DESTINY TIME RIMIX
〜離反〜
そして全てを知った。
失った何かを取り戻したかのような、そんな感覚。
そして私は歩むだろう。
真実への道を。
倒すべき敵がいる場所へと突き進もう。
それこそが、私が成すべきことなのだから――!!!
―――【 彼 が 彼 女 を 守 る 理 由 】―――
〜THE RESHUREI&SERISIA〜
『彼女』が殺人に向かないという事実を知ったのは、確か一年半以上も前のことだった。
その時は確か、自分達の親であるラジエルトの命令で、シティ・マサチューセッツの刺客を追っ払ってこい。と言われた。
何でも、シティ・マサチューセッツの進歩の為に協力して欲しいと言われたらしい。が、当時のラジエルトは雪の復活に手一杯で、そんなことに時間を割いている余裕は無かった。そのため、シティ・マサチューセッツの刺客を幾度と無く門前払いした。
そのうち、キレたシティ・マサチューセッツの軍の上層部が『首に縄つけてでも連れて来い』などととんでもないことを言い出しやがったらしく、シティ・マサチューセッツの刺客が重装備でやって来た。
で、レシュレイとセリシアが、そいつらを追っ払ってくることになった。あくまでも追っ払ってくるのであって、殺せとは言われていなかったが、殺されそうだったら反撃しろと言われた。
正直気が乗らなかったが、首のチョーカーがある以上逆らえない。
その時のセリシアは「できれば一人も殺さないで返したいですね」と言っていた。
だけど、それは叶わなかった…。
レシュレイとセリシアは、二手に分かれた。
レシュレイ側の刺客の数は、おおよそ二十人位。だが、『真なる龍使い』であるレシュレイの能力は彼らには未知の能力だったらしく、一瞬でその半数が大打撃を負った刺客たちは即座に逃げ出してしまった。
「…何だ、あっけないな。もう少し抵抗してくると思ったんだが」
ふう、と安殿と拍子抜けの両方の意味が混じったため息を衝いて、レシュレイは自宅と呼べる研究所の中へと歩みを進める。
そして、いざ自分の部屋の前に辿りつかんとしたときに、
「…まさか」
気がついた。
背筋が寒くなる感覚。人によって作られた存在とはいえ、人としての本能が告げる第六感。
立ち止まって考えること約一秒、その悪寒の正体に行き着き、とんでもない真実に気がついた。
そもそも、ラジエルトを連れて行くのに、刺客がたった二十人くらいしかいなかった時点で、どうして疑おうとしなかったのだろうか?
そもそも、何故その可能性を捨てきっていたのだろうか。
その理由を一言で表すなら、『油断』となるだろう。そして『油断』という言葉は焦燥となって、レシュレイに襲い掛かる。
激烈に致命的に殺人的に嫌な予感。
嫌な予感。
嫌な予感。嫌な予感。
嫌な予感。嫌な予感。嫌な予感。
頭の中を『嫌な予感』という文字が埋め尽くしていく。
「ッ!!!!」
額を伝う冷や汗を拭うことなく、踵を返したレシュレイは駆け出していた。
「なんて事だ…俺としたことが、こんな簡単なミスを…!!!!」
その顔に、後悔を纏いながら。
後になって気がついたが、度重なる戦いにより、シティ・マサチューセッツはレシュレイの圧倒的な戦闘能力の事に気がついていた。よって、ラジエルトを連れてくるなら、かないっこないレシュレイを相手にするよりは、目標をセリシアの一点突破にした方が成功率が高いと踏んだらしかった。
レシュレイと分かれて行動したのは失敗だったと、セリシアは心底から後悔した。
「…な、何ですか…これ」
そして泣きたくなった。
目の前に立ちはだかるのは、五十人くらいのシティ・マサチューセッツの刺客。
…一部、顔を赤くしてハァハァ言ってる眼鏡かけた太っているのがいるけど、意図的に視界から外した。
何も言わずに、そいつらは襲い掛かってきた…何か一部、戦う事よりは思いっきり男の欲望で動いているような人までいたが、意図的にその考えを外した。
セリシアが説得する暇も無かった。
(攻撃感知。戦闘開始。回避可能)
I−ブレインは、感情の無い声でそう告げるだけ。
すなわち、戦闘は避けられないということ。
「うおおおぉぉぉ――っ!!!」
剣を上段に構えて切りかかってきた男に対し、
「こ、来ないでっ!!」
セリシアは反射的に目を瞑り、反射的に鎌を振り回した。
「…え!?」
何かを切り裂くような、独特の嫌な手ごたえがあった。
…ほぼ同時に、ぞぶしゃぁっ!!という、限りなく嫌な音がした。
消えゆく命が奏でる輪舞曲の調べと共にあがる野太い叫びが意味するものとして、男の断末魔の悲鳴が響いた。
何かが、セリシアの顔や手足に降りかかった。目を開けてそれを見てみると、それは紅い液体だった。ヘモグロビンの色彩を基調にした綺麗な赤。
「…なに…これ…まさ…か」
そしてセリシアは、見てはいけないものを見てしまった。
「やああぁぁぁぁぁ!!!!」
だから、反射的に叫んだ。
足元に、今まで生きていたものが転がっていた。
目を見開き、顎が外れそうなほどに口を開けていて、腰から下が無かった。かわりに、腰から下には、赤い液体がとめどなくあふれ出てきていた。
頭を抱え、セリシアは絶叫した。
それは、セリシアが今まで経験したことの無い感覚―――すなわち「パニック」という感覚だった。頭がぐるぐるするようなぼうっとするような、自分がここにいるのかさえも認識出来ず、周りの音や声なんかは聞こえるのに、それが夢の中での出来事のように感じる感覚。
野太い断末魔の叫び声をあげて絶命した男が死んだのを合図にしたかのように、シティ・マサチューセッツの刺客が、まるで機械のように無表情な顔をしてセリシアに次々と襲い掛かってくる。
気がつけば、体が動いていた。
気がつけば、鎌を振り回していた。
気がつけば、次々と命が消えていく。
「いぃやああぁぁぁぁ!!!」
叫びながら、
「来ないでえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
涙を流しながら、
「レシュレイィィィィィィ!!!」
大好きな人の助けを求めながら。
それでも、手は動く。
動かしたくなくても、手は動く。
その度に、白銀の鎌が煌く。
『命』を狩り、絶命および消滅への回帰への道を切り開くために、白銀の鎌が煌く。
何かを切り裂いた手ごたえが、絶え間なく襲い掛かる。それら全ての硬度は全く同じである。当然だ。セリシアが切り裂いているのは『人』なのだから。
ぞぶしゃぁっ!!という、限りなく嫌な音が連呼する。命が一つ、また一つとして消えていく。もう戻ってこない魂が、はるか空へと昇華していく。
断末魔の悲鳴が、世界を満たしていく。
「聞いてねぇぞぉぉぉおおおぉぉ!!!!」
「莫迦な!!」
「この小娘の体に…一体どれだけの力が…」
「くっそがぁぁぁぁ!!ビビってあいつに任務を変わってもらったのは失敗だった!!!」
「こんなところで終るのかっ!!!!!!!」
「畜生がぁ!!人生貧乏くじかよぉ!!!無駄死にかよぉ!!!!俺は…俺は不幸の星の下で生まれてきたのかよぉ!!!!」
「まだ…終われぬのに…」
「如何様が約束されたゲームか…ふ、分の悪い賭けは好きだったが、今回のは、ちと部が悪すぎたな…」
「アンフェア極まりない戦いだぜ…まあ、その分この譲ちゃんの苦しみも増すってワケか…ひゃはははははははは!!せいぜい罪の意識にとらわれな!!あはははははははははははははははは!!!はははははははははは!!!あははははははははははは!!!!」
「嗚呼、会えて嬉しかったぞ強き者よ…この弱者しかいない世の中で、俺の人生において、唯一熱く俺を楽ませてくれたな…感謝するぞ…さらばだ!!!」
「この肉体を超えるとは…」
「ガキの顔も…見てねえのによ…」
「ありえねぇぇえぇぇぇぇぇ!!!」
「ヤキが…回ったのかよ…」
「な、何で僕がこんな目に会うんだよ―――!!…でも、この子結構可愛いなハァハァ…ぐぼぁ!!!な、何で僕にだけ追撃が来るの…!?」
シティ・マサチューセッツの刺客達の、一人一人の個性というものがにわかに表現されている死に台詞が戦場に響き渡る。約一名ほど背筋が凍るような発言をした者がいたので、気づかぬうちに追撃していたようだ。
紅い液体が、次々と増えていく。
動かない肉の塊も、比例して増えていく。
大地が、赤く染まる。
セリシアの鎌も、赤に染まっていく。
紅い血が、肉塊が、人だったものが、段々と増えていく。
そして反比例して、人の姿を保っている存在が一人、また一人と消えていく。
セリシアが正気に戻ったのは、シティ・マサチューセッツの刺客五十人を、全て切り殺した後だった………。
「何だ…此れは…」
やっとたどり着いたレシュレイが見たものは、紅だった。
何が……。
何が起きたのだろう。
思考が追いつかない。
赤、アカ、紅。
夕焼けでもないのに、紅い。
赤の絵の具を塗ったわけでもないのに紅い。
まるで血の色のように、紅い。
否、それは本当に、血の色だった。
死体。
死体死体。
死体死体死体。
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体。
…その惨状があまりにも酷いので、どんな状況だかを詳しく説明するのは自粛する。ただいうなら、常人ならば、吐き気がこみ上げてきて一瞬でリバースするほどの酷さ。
「ぐ…が!」
不自然なぐらい冷静な意識とは反対に、沸き立つような勢いで胃の中のモノが逆流してくる。
焼けるような感覚を、歯を食いしばって耐える。
「…まさか、これ全部、セリシアが…!?」
頭の中ではその考えを打ち消したかったが、目の前の現実がそれを許さない。
死体の数、おおよそ五十以上。
いや、もはや肉の塊と化したそいつらを、死体というカテゴリに分類するのは間違っているかもしれない。死体はどれもこれも人としての形などとうに破棄している。
そしてレシュレイの頭の中に、瞬時にして三つの単語が浮かび上がった。
同時に、レシュレイはセリシアの姿を確認して、駆け出していた。
レシュレイが連想した三つの単語は、
地獄絵図。
阿鼻叫喚。
紅い世界。
「セリシアッ!!!」
紅い世界の中心に、彼女は立っていた。
紅い血の色に染まった鎌を持ち、立っていた。
目から流れる涙を止めることなく、頭を抱えて立ち尽くして泣いていた。
否、泣き叫んでいた。
「いやっあああああああぁぁぁっっっ!!ああっぅぅぅぁ!!」
血に染まった鎌をかなぐり捨てて、頭を抑えて、セリシアはいやいやをするように首を振って泣き叫ぶ。
「セリシアッ!!…くっ!!!」
まずい!!
レシュレイは、直感でそれを感じ取る。
セリシアは泣き叫ぶことで、意識を現実へとぎりぎりのラインで繋ぎ止めている。
I−ブレインを再起動させ、神速とも呼べる速さで駆け出したレシュレイの体は、数瞬の間を置いてセリシアの目の前まで移動していた。
「あ……ああぁぁあっ!!!」
レシュレイの姿を確認し、一瞬だけセリシアの顔が安堵を取り戻す。
「セリシア…!!大丈夫だ……落ち着け!!…落ち着いてくれ!!!」
「レシュレイ……レシュレイ……」
耳を塞ぎ、うずくまりそうなほどに体を丸めるセリシア。
見開かれた瞳は、恐怖の色に焼きついていた。
「!!」
セリシアが、死体の山がある方向を向こうとする。
「待て!!セリシア!!見るんじゃない!!」
死体の山をセリシアの視界から完全に隠すように。
その体をぐっと抱き寄せる。
震える体を、強く、強く抱きしめる。
「れ…れしゅ!!れしゅれ…レシュレイ!!…私、わたし、わたしころしちゃった!!ひとをいっぱいころしちゃった!!殺したくなんて…ころしたくなんて無かったのに!!」
涙を流しながらも、セリシアはさらに泣きじゃくった。
そんなセリシアに、今のレシュレイが出来ることは、唯一つ。
「落ち着けセリシア!!俺はここだ!!俺はここにいる!!だから…だから自分を見失うな!!」
「レシュレイ…レシュ…う…ふわあああぁぁん………うわぁあぁぁああぁぁぁああぁぁぁあん!!!」
セリシアの泣き声が、さらに高くなる。
だがそれでも、レシュレイはセリシアを離さない。
今のレシュレイに出来ることは、力強く、セリシアをぎゅっと抱きしめてあげることしかなかったから。
結局、セリシアは泣きつかれて寝てしまった。
付き添っていたレシュレイも、いつの間にか寝てしまった。
I−ブレインが『午前一時一分三秒』を告げた。時間帯が深夜であることは明らかだが、今まで寝こけてしまっていたレシュレイには眠気など無かった。
天井を仰いで背伸びをしたレシュレイは、椅子から立ち上がり、ラジエルトの部屋へと歩き出した。
五歩くらい歩いたところで、ラジエルトとばったり出くわした。ラジエルトの顔は見て分かるほどに憔悴しきっている。まるで、徹夜明けで手術を終らせた医師みたいに。
「…ちょうど良かった…レシュレイ、話がある」
壁に寄りかかり、大きくため息を吐くラジエルト。次にラジエルトが発するであろう言葉は、レシュレイには大体の予測がついていた。
「…セリシアのことだろ。あいつに殺人は向かなすぎる。やっぱり騎士には向いていないんだ…けど、あいつが『騎士』として生まれてきた以上、戦いは避けられないし、時には人殺しとて避けられない時がある…そうなってしまったら、あいつは耐えられるのか!?今日みたいな思いを、いくつすればいいんだ!?」
拳を握り締め、レシュレイは叫ぶ。こうなってしまった事には、いともたやすくシティ・マサチューセッツの策に溺れてしまった自分の不注意がある。
レシュレイの心の中は、情けない気持ちで一杯だった。
「…だからお前に頼む、いや、頼みがある」
いつもの不真面目さからは想像がつかないほどの、冷酷なまでに真面目なラジエルトの顔。その勢いに一瞬気おされながらも、レシュレイは顔を背けなかった。
「お前達は世界でも最高クラスの強さを持つ、俺の誇りでもあり、大切な子供達だ…。だが、強すぎる力を持つが故に、世界はお前達をほうっておいてはくれないだろう…この先どうなるかは分からないが、下手をすれば人類全てを巻き込むような大事件に発展するかもしれねえ―――そうなった時、お前は如何する?」
「…俺は」
世界とか人類とか、そんな大それたことにかかわろうとは思わない。今の自分は、この頼りないようで実は自分達の事を誰より考えてくれる父親と、気がつけばいつも自分の傍にいる一人の少女の事で手一杯だ。降りかかる火の粉は如何なる手段を取っても振り払おうと思うが、出来ることならそういった状況には陥りたくはない。
「人より強い。というのはそういうことだ。で、セリシアはあの通り、命令されても人を殺すのをためらうほど、人を殺すことを嫌っている。だが、そんなセリシアの意思とは関係なく、世界はセリシアを戦いへと狩り出すだろう。そうなったらセリシアは、今日よりさらに苦しい思いをするだろう…いつかそういう日が来るのかもしれないと、心に決めておいた方がいい」
シティ・マザーシステム・魔法士・『賢人会議』・空を覆う雲――――世界を構成するそれらのモノに対して、自分の考えをはっきりさせておけということなのか。
「…自分の立ち位置を決めとけということか…」
「ああ」そこで一旦言葉を区切って、
「だからレシュレイ、父親として言おう」さらに区切る。
「………あいつを守ってやれ、それはお前にしか出来ない」
レシュレイは、無言で頷いた。
「セリシアとは外見年齢が近いし、セリシアがお前に好意を持っているのは火を見るよりも明らかだ…俺はお前らを兄弟として作ったつもりはない。あくまでもレシュレイ・ゲートウェイはレシュレイ・ゲートウェイ、セリシア・ピアツーピアはセリシア・ピアツーピアという、血のつながりの無い一人っ子として作ったつもりだ。だから、お前ら二人の間にどんな関係が出来ようが、口出ししないしする権限も無い。結婚も認めるさ」
「…何か一部、凄く意味深な台詞があったが…まあとにかく、言われなくてもその心算だ。第一、セリシアが誕生した時から、俺は決めたんだ。俺がセリシアの支えになってやる。俺がセリシアを守ってやるって」
レシュレイは覚えている。
初めて出会った時の、セリシアの怯えた瞳を。
いきなり右も左も分からない場所に誕生し、恐怖と不安でいっぱいで、引っ込みがちだった時のセリシア。
何をするにも、常におどおどしていた少女。
そんなセリシアがあそこまで明るくなれたのは、レシュレイが頑張ってセリシアとのコミュニケーションをとったからだ。もちろん、当時は外見年齢が同じ少女を相手にしたことの無かったレシュレイだったから、悪戦苦闘は避けられなかった。
だが、レシュレイは幾度も失敗しながらも、心からの熱意でセリシアに接した。そして、最初は中々心を開かなかったセリシアも、だんだんと心を開いてきた。だからこそ、今のセリシアがあるのだ。
それを聞いたラジエルトは、ふ、と息を漏らし、
「ふ…我が息子ながら、なかなかどうして男らしい台詞を言ってくれる。…まあ、そういうのは嫌いじゃないがな…ああそうそう、今のところ、キスまでなら許す。で、もう少し成長したら、双方合意の下でせいこ」
いつの間にか、レシュレイは腰を深く落としていた。そして、ラジエルトの……な発言が出る直前に、真っ直ぐに拳を突き出してラジエルトを突いた。
無言でレシュレイが放った強烈な正拳突きを鳩尾にまともに喰らい、ラジエルトは腹を押さえて屈みこんで悶絶した。
「か…家庭内暴力だ…」
つかつかと歩み去っていくレシュレイの背中を見ながら、痛む腹を押さえつつも、ラジエルトは何とかそれだけを言った。
「…む」
目が覚める。ぼんやりした頭でも、I−ブレインは正常に起動している。現在時刻は午前九時三十九分三十五秒。
レシュレイ・ゲートウェイはベッドに身を起こし、枕もとに置いといた水入りのペットボトルを手にとってキャップを開けて水を飲む。冷たい水は、ぼんやりした頭と目を覚まさせるのに十分な効果があった。
…そしてレシュレイは、夢を見ていた。
セリシアが、初めて人を殺した時のこと。現実にあった出来事であり、修正しようのない事実。
あのあと、セリシアは三日間ほど部屋から出てこなかった。出てきたときには酷い有様で、目はくすんでいてくまが出来ていて、涙の後が幾筋も浮かんでいた。肌はがさがさ、髪もぼさぼさになっていた。それで、セリシアがどれほど苦悩し、後悔していたのかが一目で分かった。
だから自分は、彼女を好きになったし、守りたいとも思ったのだ。
その時、自分が言った言葉は―――。
「…やめた」
思い返せば、耳が赤くなるほどすっごくこっぱずかしいセリフだったので、言おうとしたその言葉を飲み込んだ。
そう、あの事件以来、セリシアは誰一人として殺していない。
何故なら、彼女が斬るべき敵は、レシュレイがその手を血で汚してまでして斬り捨ててきたからだ。
無論レシュレイとて、命を奪って平気なわけが無い。
同じ魔法士同士、殺しあって嬉しいはずが無い。
そもそも、殺したくて殺したんじゃない。人を殺した後には、いつだって腹の中にぐるぐるする気持ち悪い感覚が浮かび上がるし、吐き気だってしてくるし、激しい罪悪感に襲われる。
だけど、セリシアが苦しみ、泣く顔を見るくらいならば、己の手をどれほど汚そうとも自分がその苦しみを全て背負った方が、数倍は楽だった。だからこそ、レシュレイは歯を食いしばって耐えることが出来たのだ。
だけどレシュレイは、気がついていない。
セリシアが、レシュレイの気持ちに気がついていることに。
そして、自分のせいで、レシュレイが余計に人を殺してしまって、
物凄く嫌な思いをしているんだと気がついていることに…。
―――【 い つ か 見 た も の / 悪 夢 と 羞 恥】―――
〜THE CURAU SORASU
&
INTRUDER〜
音が、聞こえる。
とんとん、という、何度も聞きなれた音。
まな板の上で、包丁が野菜を切る音。
そして、その包丁を扱う人は――――。
「…待っててね、クラウ。もう少しで、クラウの大好きなクリームシチューが出来るからね」
私と同じ蒼い髪の毛を持つ女性。
ふわふわした雰囲気を持つ、近くにいて、何だか安心出来る人。
何か、懐かしいような匂いのする人。
「おーい、腹減ったぞ―――!!早くしてくれぇ――――!!!ほらクラウ、お前も俺に合わせてだな…」
子供のように、茶碗を箸でキンキンと叩く、茶髪の大柄な男性。
まるで、子供みたい。
そう思って、私は苦笑する。
「父さん…クラウが呆れてるよ」
茶髪の大柄な男性と同じく茶髪の、眼鏡をかけた聡明そうな少年が、はあ、というため息と共に肩をすくめる。
見た目は大体十四歳くらい。
…だけど皆して、私のことをクラウと言う。
私はクラウ・ソラス。
それが正式名のはずなのに。
何だろう。
何なのだろうか。これは。
この人達は、誰なんだろう。
どうして、私のことを知っているんだろう。
私は、『賢人会議』で作られたはずの存在。
家族なんて、いないはずなのに――――――。
これじゃまるで、本当の家族みたいじゃない。
ねえ、教えて。
あなた達は、私の――――――。
――――――――――何なの――――――――――?
その刹那。
けたたましく、警報が鳴った。
「――――来やがったか!!!!」
警報がなると同時に、茶髪の大柄な男性が、血相を変えて立ち上がった。
そして今、気がついた。
自分の頭が、茶髪の大柄な男性の腰の辺りにまでも届いていないということに。
――――――私が、小さくなっている!?
混乱する私には気がつかないで、蒼い髪の毛を持つ女性も立ち上がり、叫んだ。
「―――イオス!!クラウを連れて逃げて!!」
イオスと呼ばれた、茶髪の眼鏡をかけた聡明そうな少年は頷いて、私の手を握った。その手が私の手よりも遥かに大きいことに気がつく。
「ま、待ってよ!!何がどうなっているの!?」
状況が理解できない。
そんな最中、外からは靴の音が聞こえてくる。
非常に統率のとれた音。
そう、まるで統率された軍隊のような――――。
「行くよ!!!」
私が考えている途中で、イオスと呼ばれた、茶髪の眼鏡をかけた聡明そうな少年は、私の手を引いて走り出した。
「痛い!!」
いきなり引っ張られた腕が痛い。
だけど、イオスと呼ばれた、茶髪の眼鏡をかけた聡明そうな少年は、止まることなく走り続ける。
だから、私も走り出した。
走りながら、イオスに質問した。
「ねえ、どうして逃げるの?」
「今来てる奴らは、僕らを捕まえに来たんだ!!!このままじゃ、僕達皆捕まって、どこかのシティに連れて行かれる!!もし戦って勝ったとしても、すぐにエージェントに見つかって、どこかのシティに連れて行かれる!!」
「じゃ、じゃあ、戦おうよ!!!その『えーじぇんと』とかいうやつらも倒そうよ!!!」
言葉が舌ったらずになっているが、気にしない。
「…無理だ!!この戦いに、勝ち目なんてないんだ!!」
そう言っている間にも、イオスは目の前にまで迫った鉄製の扉を開いた。
イオスに引っ張られて、私もその鉄製の扉の中に入ることになる。
その鉄製の扉の重さの都合上、鉄製の扉はギギギギ…と音を立てて、すぐに閉まり始めた。
気のせいではなかっただろう。
鉄製の扉が閉まる際に、茶髪の大柄な男性の叫び声と、私と同じ蒼い髪の毛を持つ女性の悲鳴が、二回ほど鋭利な刃物で何かを切り裂く音と同時に聞こえたことが。
鉄製の扉の先は、地下通路になっていた。
湿っぽくて、じめじめして、明かりがあってもちっとも頼りにならないこの通路を、私とイオスは歩いていた。
「この通路を過ぎれば、別のところに出るはずだ」
イオスはそれだけを言う。
がくがくと震える足で言う。
だから、私も歩く。
この言い知れない不安から、一秒でも早く逃げたいから。
だから、歩く。
とにかく、歩く。
怖いけど、歩く。
一寸先くらいしか見えないけど、歩く。
だって…他に、出来ることがないから。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
地下通路では、時間の概念が分からない。
だけど、私達二人は、無事、日の光の下に出れた。
「良かった…私達、逃げ切れたんだ!!」
私は、無邪気に叫んだ。
イオスも、頷いてくれた。
…そこに、最大の隙が生まれた。
しゅりん。
確かそんな音が、私の後方からした。
この音には、聞き覚えがある。
そう、鞘から刀を抜く音だ――――――。
気がついたときには、既に手遅れだった。
私達は、既に待ち伏せされていた。
「危ない!!!」
殺気を感じたイオスは、私に覆いかぶさるようにして立ちはだかって――――――、
ザシュ!!!!!!
無慈悲な音がした。
ごぼり。
イオスの口から、紅い血液が逆流した。
「クラウ…………に……げて…………」
紅い液体が、とめどなく溢れてきて、
物凄く痛いはずなのに、イオスは笑顔でそう言って―――――――。
どしゃり。
血まみれのイオスの体が、前のめりに倒れた。
その背中には、深くて長くて紅い切り傷があった。
そしてそれは、誰がどう見ても、心臓まで達していた、致命傷だった。
「い、いい―――――いやあああああぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁああああ―――――――――――――っ!!!!!!!!!」
私は、絶叫した。
そこで、意識が途切れた。
「!!!!!」
がばり、と毛布を跳ね除け、クラウ・ソラスは文字通り跳ね起きる。
「また…あの夢なのね」
この夢を見たのは、これで何度目か。
何度見ても、慣れることはない最悪の悪夢。
どうして自分が、あんな夢を見るのか。
『賢人会議』の他の魔法士に聞いても、原因を掴むことはできなかった。
全身が、嫌な汗で気持ち悪い。
気持ち悪い。シャワーを浴びたい。
クラウ・ソラスは、即座に行動を起こした。
朝、イントルーダーは、窓の外から響いてくる飛行船の音で目を覚ました。
世界に存在する三大戦艦である可能性はかなり低い。もし正解だったとしたら、その後に追っ手が続くはずだ。特に、ヴァーミリオン・CD・ヘイズの搭乗する百五十メートル級巨大飛行戦艦「HUNTERPIGEON」は、シティ・モスクワが莫大な懸賞金を賭けている戦艦だ。だが、追っ手の気配が一切感じられない。
となると、ただのフライヤーか何かか。と、そう結論付けた。
脳内時計が、『午前八時十二分』を告げた。もう一度寝るかしばらく迷ったが、結局諦めて起きることにする。寝直せば下手すれば昼まで起きれないだろうし、何より腹が減った。それに、クラウ・ソラスの事も気にかかる。
クラウ・ソラスは、このオンボロ蚊帳の中でも、比較的無事な部屋で寝ているはずだった。
先日、クラウ・ソラスに手ひどい仕打ちをしてしまったため、それ相応の責任は取らなければならない。
それに、彼女の事を考えると、頬が紅潮して胸が熱くなる。
「…あー、これが恋ってやつなんだな」
そんなことをぼやきつつ、イントルーダーはバスルームに続くドアを開けた。
その動きが凍りついた。
「!!!!!」
バスルームには、先客がいた。
窓越しにきらきらと輝く朝日の光に包まれて、バスルームには一人の女性が立っていた。突然入ってきたイントルーダーに気がついて、びっくりしたように振り返る。
「ク…クラウ・ソラス!?」
真っ先に目に入ったのは、眩しいほどに白い肌。
人形のように細いが、ふっくらとしている腕に、年相応のやわらかさを持つ体躯。
女性としての魅力と色気を十二分に持つ豊満な胸。
その上に流れ落ちる蒼い髪。
ボーン・キュッ・ボーン←(滅死語)と、バランスのとれたスタイルの良さ。
モデルにでもなれそうな、素敵に優れたプロポーション。
艶めかしさと美しさと色気を持ち、男の本能をくすぐるものを持つその姿は、まるで神話の天使のようだ。これで性格が誠実なら、より天使に近づくのだが。
白いバスタオルが、その雰囲気をよりグレードアップさせる。…おかげで大事なところが見えないじゃないか…というのを口に出すと間違いなく『一撃必殺超振動拳』が飛んできそうだったので、イントルーダーは黙秘を決め込んだ。
だが、彼女の足元には、解き終えたばかりの白い包帯が、舞い散った翼のようにバスルームに散乱している。その上に点々と残された、紅い染みが痛々しい。
バスタオルで隠されているため、彼女の傷の具合を見れないのがちと残念だ。
クラウ・ソラスが両手でバスタオルを抑えて、感情のない声で言う。
「…いつまで見てるのよ」
気づかぬうちに、イントルーダーは、クラウ・ソラスの姿に完全に見とれていたようだ。
それでいて初めて、イントルーダーはようやくクラウ・ソラスが風呂に入ってからあがり、着替えている最中だということを認識した。そういえば、クラウ・ソラスの体から、うっすらと湯気が上がっているのが見える。
「あ…わ、悪い!!」
意識を現実に戻したイントルーダーの口を衝いて出たのは、そんな言葉だった。そのまま後ずさりして、イントルーダーはこの場からの脱出を試みようとした。
その瞬間、
運命の悪戯は起こった。
オンボロ蚊帳だったため、どこかに隙間があったらしい。
加えて、今日は風が強かったらしい。
したがって、強い隙間風が、バスルームを襲った。
「!!!!!!!」
クラウ・ソラスのバスタオルが、上方に思いっきりたなびいた。
当然、この後に何が起こったかは説明するまでもないだろう。
強いていうなら、そう―――――。
イントルーダーが、男として非常にいい思いをしたということか。
で、一瞬のうちに、クラウ・ソラスの顔が真っ赤に紅潮して、
「い、いい―――――いやあああああぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁああああ―――――――――――――っ!!!!!!!!!」
超反応でバスタオルを掴み、座り込んで、
羞恥心目一杯に、泣き叫んだ。
「ひっく…ひっく…ぐずぅ…」
クラウ・ソラスが、泣いている。
「………」
そしてイントルーダーは、唖然としてその様子を見ている。
「…見られた…見られた…」
イントルーダーを襲う、物凄い罪悪感。
困った。
激しく困った。
冗談抜きに困った。
イントルーダーは、考え込んでいた。
物理法則すら書き換えるI−ブレインを使って考えても、いい解決法が出てこない。
そんなことをしている間にも、クラウ・ソラスは座り込んでしまい、左手でバスタオルを持ってその体を隠しながらも右腕を涙を拭って、まるで子供のように「ひっく…ひっく」と泣いている。
「もう…お嫁に…行けない」
…旗から見たら、どうみても自分が悪役だ…ていうか、自分が悪役なのは在る意味では事実なのだが。
今更女性の裸を見たくらいで大騒ぎするわけでもないが、別に付き合っているわけでもない(ていうか一方的な片思い)し、かつては同じ『賢人会議』にいた(先に『賢人会議』を脱走したのは自分の方なのだが)彼女の着替えを覗いた挙句、あんないい思い…いやいや、双方合意でもないのに社会的にいけないことをしでかしてしまったとなる…ってこれは話が飛躍している。えーとつまり何だ、ある種の除き行為というものをしでかしてしまったのか。ああ、これも立派に社会的にはいけないことだなと思うと、流石に罪の意識を感じる。
それから一秒くらい考えて、口を衝いてでたのは、こんな台詞だった。
「安心してくれ。
肌まで晒せてもらっては、男として言い逃れをするわけにはいかないだろう。
喜んで責任を取らせてもらう」
明らかに致命的に素敵に殺人的に決定的に、
完全無欠かつ此れ以上無いほどの台詞判断ミスだった。
刹那、今まで泣いていたクラウ・ソラスは、近くにあった木製のタライを引っつかんで、
「この世に神なんていないのねぇぇぇぇぇええぇえぇぇ!!!!!」
スパコーン!!!!!
クラウ・ソラスのI−ブレインによって強化された腕が、木製のタライを投げつけた。狙いを外すことなく、木製のタライはイントルーダーの顔面を直撃した。
「かはっ…」
そんな声をあげて、イントルーダーは気絶した。
『一撃必殺超振動拳』が飛んでこなかったのは、ほとんど奇跡だったかもしれない。
―――【 全 て の 真 実 】―――
〜THE CURAU SORASU & INTRUDER〜
気絶している助平はほっといて、クラウ・ソラスは着替えた。このオンボロ蚊帳の中で新しい着替えが調達出来たから、昨日の服を着る必要はない。
白いレースのパジャマみたいな服を着て、クラウ・ソラスは外の空気を吸うべく、外へと続くドアを開けて、
「…何これ」
外に出た途端、武装したエージェント達が小屋を囲んでいるのが一瞬で理解できた。彼らの服装は、どこかで見たような黒服にサングラス。…二十世紀末あたりに放映され、主人公のとったあるポーズを真似して背筋を痛めた者が続出した某映画を思い出す。
そして、いくら頭の悪い人間でも、この状況下を見れば分かるであろうことが一つある……穏やかな空気とは百八十度正反対の空気だということだ。すなわち、これから起こることも、穏やかではすまないことであることが予測される。
「…で、何がどうしてどうなっているのかしら」
自慢の蒼色の髪の毛の先を指でいじくりまわしながら、いらつきを隠そうともせずに、クラウ・ソラスは毒づいた。
武装したエージェント達の中の一人がずい、と一歩踏み出し、告げる。
「知れたこと。裏切り者のイントルーダーと、イントルーダーの恋人であるクラウ・ソラスを排除するために来たのだ。これは、『賢人会議』最高幹部の命令である!!」
「……………………………………………………………………………………………………はい!?」
何か今、物凄〜く聞き捨てならないことを聞いた気がする。
百分の一秒ほど考えて、その意味と誤解に気がついたクラウ・ソラスは、心の中だけで毒づいた。
(ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!よりにもよって、この私がイントルーダーの恋人ですって!?冗談にも程があるわ!!あいつらの目は節穴!?…そりゃ、真っ向勝負して負けて、傷の手当をしてもらったし、裸を見られた…って何思い出してるのよ!!!だからって、何でそれだけで私とイントルーダーが恋人同士だっていうことになるのよ!!)
「ほう、『賢人会議』では、俺とクラウ・ソラスは、そういう仲になっているのか」
が、いつの間にか復活して隣に立っていたイントルーダーの対応は、クラウ・ソラスとは全く違うものであり、かつ、クラウ・ソラスのI−ブレインが予測していたものと全く同じだった。
しかも、激烈に痛烈に殺人的にものの見事に嫌な方向で。
「おお!!『賢人会議』も俺とクラウ・ソラスの仲を認めてくれるのか!!これはこれはありがたい!!よし、今のうちに結婚披露宴の招待状を…」
「書かなくていい!!!」
イントルーダーの後頭部に、クラウ・ソラスの裏拳がいい感じで入る。
「ぐがぁ!!」
間抜けな声をあげて、イントルーダーはしゃがみこんで後頭部を抑えた。
「…完全武装の我らを目の前にして夫婦漫才とは…どうやら、本当に殺されたいらしいな」
先ほど、ずい、と一歩踏み出したエージェントが、拳をわなわなと震わせながらその台詞をつむぎ出す。ネームプレートに『『賢人会議』射撃隊隊長マンフドイ』と書いてあるところを見ると、どうやらこいつがリーダー格らしい。
「誰が夫婦漫才よ…」
半ば呆れたクラウ・ソラスの口を衝いて出たのは、そんな言葉だった。
「そのまんまだ!!!見せ付けやがってぇぇぇぇぇ!!!」
あ、キレてる。
頭から湯気が出てきそうなまでに、嫉妬の炎で顔を紅くして怒りを露にしているエージェントの顔を見て、クラウ・ソラスはそれだけを思う。
次の瞬間には、周りのエージェント達全員が、イングラムを構えた。
「…もういい!!!彼女いない暦二十七年!!マンフドイの名において
全弾発射しろ!!」
「了解!!!!!うおおおおお――――!!!我らの敵を撃ち殺せ!!俺達はこのイングラムが恋人だ!!!動くリアル恋人達は死すべし!!!」
「そうだそうだ―――――!!!バレンタインデーなんて―――!!!」
血の涙を流したマンフドイの部下が、五十ミリ弾を所狭しと乱射する。
「…って、あんたら皆して、モテない軍団か!!!」
…なんて奴らを刺客にして送ってくれるのよ…あ、そうか、いても邪魔だからこの際に始末してしまおうってわけか。成程成程。実に効率のいい捨て駒作戦だわ…私の大嫌いなタイプの作戦だけど。
クラウ・ソラスは、それだけを思う。
常人には十二分に追いつけない五十ミリ弾の速度も、無限大の脳内容量を持つ魔法士型であるクラウ・ソラスが発動した『自己領域』の前には、FPSの最大値が一なんじゃないかと思われるほどに遅く感じる。(ちなみに、FPSの基本値は三十又は六十が最適値である)
よって、某紙忍者の一撃必殺技並みに、当たるほうが難しい。まるで年下の子供と遊ぶかのように、クラウ・ソラスはひょいひょいっと五十ミリ弾を回避していく。
「おおっと、これぞ、愛の試練ってやつか!?なら俺はこの五十ミリ弾を避けまくるだけだ!!二十一世紀当たりに発売されたシューティングゲームに比べれば、この程度の弾幕を避けることなどあまりに容易!!よって、避けるだけではつまらない!!」
で、いつの間にか復活したイントルーダーは、迫り来る五十ミリ弾を見ても何も動じない。それどころか、とんでもないことをさらりと言ってのけた。
そして、イントルーダーは目を瞑る。
刹那、目の前の一点を中心に、視界が裏返る。周囲が闇に包まれ、文字列に埋め尽くされた無数の『カード』が浮かぶ。その様は神経衰弱を連想させる。
思考の主体を『I−ブレインの中のイントルーダー』に移行。ナノセカント単位に引き延ばされた極限まで濃密な時間の流れの中で、思考が研ぎ澄まされていく。 『I−ブレインの中のイントルーダー』が、迷うことなく手前にある一枚のカードを手にする。刹那、一ナノセカントの時間を経て、カードが光を放ち、
(『冥衣』発動)
思考の主体が『現実のイントルーダー』に戻る。
『現実のイントルーダー』は目を開ける。
その瞬間にイントルーダーに五十ミリ弾がヒットするも、『冥衣』によって、五十ミリ弾は『冥衣』を貫通するどころか音を立てて跳ね返される。イントルーダーの頭や手など、『冥衣』から露出している部分は、『冥衣』が勝手に動いてカバーしてくれる。
「どうだクラウ・ソラス!!『冥衣』の前では、このような五十ミリ弾など全く持って無力!!先ほどは避けると言ったが、お前が『避ける』なら、俺は『防ぐ』側に周る!!どうだ!!惚れ直したか!!」
「最初っから惚れてなんていないし、御託はいらないわよ!!」
「何!?ならもっとアピールして、振り向かせてやる!!」
「戦闘中にそんな事してる場合!?」
「俺は愛のためなら何でもやるさ!!」
「じゃあ、私の前から消えて!」
「却下!!そういうのは出来ん!!!」
「早速矛盾じゃないのよ!!」
「てかお前ら!!二人の世界に入るな!!当て付けか!モテない俺たちへの当て付けなのか!!!」
涙ながらに、マンフドイが叫ぶ。
「…ああもう、そこの『賢人会議』のエージェント!!自分達に魅力が無いからモテないっていう単純かつ最も分かりやすい理由がなんで分かんないのよ!!!」
気がつけば、クラウ・ソラスは言い返していた。よりによって、エージェント達の禁句にも等しき言葉を。
…ぶちっ。
確か、そんな音がした。
「ヤバ…」
言い過ぎたことを今更後悔する。
だが、遅い。
「撃て――――――――――!!!!」
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「アベック撲滅委員会の名にかけて!!撃つ!!」
さらに飛来する五十ミリ弾。そしてさらに量を増す、エージェント達の血涙。
…なんか、こいつらが凄い哀れに見えてくる。ていうか、アベック撲滅委員会って…あ、頭痛くなってきた。
心の中だけでそう毒づいて、右手で頭を抑えながらクラウ・ソラスは五十ミリ弾を回避し続ける。が、I−ブレインによって『自己領域』を展開しているから、やっぱり五十ミリ弾は当たらない。
そして、戦闘開始から、現実時間で三十秒が経過したときに、状況が変わった。
あれほど飛来していた五十ミリ弾が、飛来してこなくなった。
その代わりに、何の前触れも無く、何か紅い液体が飛来してきた。続けて、まるで人体を斬り裂いたような、思わず耳を抑えたくなる不協和音が続けざまに響いた。
「うわあっ…と」
すんでのところでそれを回避するクラウ・ソラス。
地面に付着した液体は、クラウ・ソラスにとっては、なじみの深いものだった。
ヘモグロビンの色彩を基調にした、まだ温かそうな液体は、見まがうことなく『血』だった。
刹那、
「ぐぎゃああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うごああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うわらばぁぁぁぁぁぁあぁ!!!」
「たわば!!!」
「何ゆえこんなことに――――!!!」
「あわびゅ!!!」
「あ〜べ〜し〜ぃ!!!」
「ひでぶ〜〜〜!!!」
「最後に愛が欲しかった―――――っ!!!」
男達の断末魔の叫び声(最後のには特に気合が入っていた)が、消えゆく命が奏でる輪舞曲の調べに乗ってその場に響き渡った。
黒い何かが、動く。
クラウ・ソラスにとっては、記憶に新しい魔法士能力。
飛翔するのは、黒い衣――――すなわち、イントルーダーの能力である『冥衣』――――――!!
続いて、大地が満たされる。
かつて生きていたもので、満たされる。
もはや動かなくなって、その存在意義を無くしたモノで満たされる。
それすなわち、死体である。
それすなわち、亡骸である。
それすなわち、殺戮である。
それすなわち、人間の肉である。
大地が、死体で満ちている。
大地が、死の匂いで満ちている。
大地が、紅い血で満ちている。
そしてその中心には、
「雑魚共。お前達は既に死んでいる!!!己の力量も測れぬ愚物とは、そうそう長く付き合ってやる手間も義理も時間もない!!何よりも、モテないだけというくだらない理由でキレるお前達を、人として生かしておく理由も無い!!!!!」
返り血によって黒から赤に染まった『冥衣』を纏い、鬼神のごとく立ち尽くしているイントルーダーの姿があった。その表情は、そう…悪政王が高いところから愚民を見下すような表情だ。
正直、この男の性格がよく分からない。
冷酷かと思えば一転して『男心は複雑だ』などと言ってのけるため、ギャップが激しすぎる。
冷酷なのが本当なのか。
それとも、『男心は複雑だ』などと言ってのけるほうが本当なのか。
その答えが、分からない。
…と、それより、まず言うべきことがあった。
「って、あなた何してるのよ!!」
「…何って、『賢人会議』の刺客をぶっ潰しただけだが」
何食わぬ顔で答えるイントルーダー。その顔には一滴の返り血も付着してはいない。
当然だ。
全ての返り血は、彼の『冥衣』が受け止めてくれているのだから。
「そうじゃなくて、あなた何考えてるの!!これで私も、『賢人会議』の敵になっちゃったじゃないのよ!!ああ、もう!!私の人生めちゃくちゃだわ!!もう少しで最高幹部の仲間入りだったのに!!」
「ならなおさらいい。『賢人会議』の敵になったってことは、俺の仲間入りでもあるわけだ!!!というわけで、早く俺の愛を受け取ってくれ!!責任とってやるから!!」
「いらないわよ!!!」
その言葉だけで、イントルーダーの戯言を一蹴する。
…全く持って、とんでもないタイプの男に好かれてしまったものである。顔がいいのがせめてもの救いか。と、クラウ・ソラスはこの場にそぐわないことを考える。
その刹那、機械音が響いた。
イントルーダーとクラウ・ソラスが、同じ方向に振り向く。
音を発しているのは、かつてマンフドイだったモノが着ていた服のポケットから。
『…エージェント、全滅。イントルーダーとクラウ・ソラスの裏切りを完全に確認…以後、この二人を完全なる敵とみなす…機密保持のため、このプログラムは後0.2秒後に自爆する。自爆する。自爆する…』
イントルーダーとクラウ・ソラスは、共に安心しきっていたため、I−ブレインを終了させていた。よって、機械音を発しているものの正体を見切ることが出来ず、結果、機械音を発していたものは、かつてマンフドイだったモノが着ていた服のポケットの中で小爆発を起こした。
「…これで完全に、私は『賢人会議』の敵に回ったわね」
忌々しげにイントルーダーを睨み付けるクラウ・ソラス。
だが、当のイントルーダーは動じずに口を開く。
「…いや、これでよかったかもしれん。考えても見ろ。『賢人会議』にはどこかおかしい点があるって気がつかなかったのか?」
「どういう意味!?」
「例えばだ…エドワード・ザインに対しシティに反乱するように促したし、依頼を出してマリアをシティに忍び込ませたり、
他にも色々やっているが、それらの行動に対し接点が無いだろう?しかも長が言うには、『私は、全ての魔法士に平等に生きて欲しい』らしいが、もともと魔法士なんて言っても人間と殆ど代わりはしないんだ。あるとすれば、魔法士はマザーコアにされる…としたら?」
それを聞いて、クラウ・ソラスは、新たな気持ちに気がついていた。
これまでは絶対に持つはずの無かった、『賢人会議』への不信感。
何故、今まで気がつかなかったのか。
何故、不信感を抱かなかったのか。
何故、『賢人会議』が全てだと思っていたのか。
「ああ、そうそう」
イントルーダーが、思い出したかのように…否、実際今思い出したのだが、言葉を付け加える。
「お前が探しているゼイネスト・サーバとやらだが…どうやら、今では死亡しているらしい」
頭を、グラビトンハンマーで殴られた気分だった。
「な…」
衝撃のあまり、声が続かない。
あいつが死んだ!?
あの、ゼイネスト・サーバが!?
いや、それよりも大事なのは…。
「あなた…どこでその情報を!?」
クラウ・ソラスは、驚きを隠せなかった。
隠すことが出来なかった。
倒そうとしていた相手が、倒す前に死んだという話が本当なら、『賢人会議』がクラウ・ソラスを裏切り者扱いした理由に、絶対的な納得がいくからだ。
「それなら」
イントルーダーは、迷い無く言い切った。
「『賢人会議』の極秘データを盗み見た結果だ。だからこそ、俺は『賢人会議』に追われるハメになった。『賢人会議』が躍起になって俺を始末しようとするのはそのせいだ…まあ、こうなったことに対しては後悔などしていないけどな」
そこで一旦言葉を切る。
次に告げられた台詞は、クラウ・ソラスの予想と、『賢人会議』についての見解を根本から覆すものだった。
「ゼイネスト・サーバは、自らの体の中に仕組まれた『殺戮者の起動』…すなわち、自我を失って、目の前の相手を殺すことにのみ執着させるように、本人の意思に関係無く無理矢理マインドコントロールする能力…が発動して、ノーテュエル・クライアントと討ち死にした。よって、この世界のどこにも、ゼイネスト・サーバという人物はいない。…シャロン・ベルセリウスだけは生きているがな。
それに、『賢人会議』の極秘データを盗み見たから分かったんだが、ゼイネスト・サーバには本来『殺戮者の起動』などという厄介極まりないプログラムなんて入っていない予定だったし、ゼイネスト・サーバの生みの親であるヴォーレーン・イストリーも、『殺戮者の起動』をゼイネスト・サーバに搭載するつもりは鼻っから無かったらしい。
だが、ヴォーレーン・イストリーのその態度を、『賢人会議』は自分達に対する反乱として理解したらしい。よって、ヴォーレーン・イストリーを殺し、ゼイネスト・サーバに無理矢理 『殺戮者の起動』を埋め込んだんだ。
さらに、ノーテュエル・クライアントにも『狂いし君への厄災』という、『殺戮者の起動』を元に作成したプログラム…を無理矢理取り付けたんだ。
だが、ヴォーレーン・イストリーは、『賢人会議』が自分を殺すことを早くから気がついていたんだろうな…ヴォーレーン・イストリーは殺される前に、ゼイネスト・サーバの『殺戮者の起動』を抑えるための能力『治癒の天使』を持たせた魔法士の少女…シャロン・ベルセリウスを極秘に作成していたんだ。…最も、『治癒の天使』を持ってしても、『殺戮者の起動』を完全に抑えきることは不可能だったらしいがな…『賢人会議』がそのことに気がついたのは、ゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人が賢人会議から脱走した後だったらしい。
そして『賢人会議』は、ゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人を裏切り者として認識した。だからお前に、ゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人を裏切り者だから殺してこいと命じた。『賢人会議』にとっては、所詮お前は聞き分けのいい、ただの人形だったんだよ。
…だがな、この場合、どう見ても悪なのは『賢人会議』だろ?そのことに気がついたから、俺は『賢人会議』を脱走して、『賢人会議』と敵対したのさ。」
全てを語り終え、イントルーダーは大きく息を吐いた。
…クラウ・ソラスの頭の中が、真っ白になった。
知らなかった。
信じられなかった。
自分が正義だと信じていた『賢人会議』が、実は『悪』だったなんて。
だが、思い当たる節があるのも、また事実だった。
そもそも、『賢人会議』にとっての裏切り者であるゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人に対し、差し向けた追っ手が私だけだったというのも、よくよく考えて見ればおかしな話だ。
その時は、「ああ、私は選ばれたんだ」みたいなことを思っていたが、今考えてみると、つまりはこういうことだったのだろう。
クラウ・ソラスが、『賢人会議』にとっての裏切り者であるゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人を殺してくれればそれでよし。殺せなくても…否、殺せない確率の方が高いと踏んでいたに違いない。事実、ゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人の総合戦闘能力は、私一人では正直荷が重かった。
では、クラウ・ソラスが、『賢人会議』にとっての裏切り者であるゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人を殺せなかったらどうなるのか。
だが、その点も心配なかった。
『賢人会議』は、分かっていたのだ。
『治癒の天使』を持ってしても、『殺戮者の起動』を完全に抑えきることは不可能だということに。
よって、クラウ・ソラスが手を下さなくても、いずれにしろゼイネスト・サーバ、ノーテュエル・クライアント、シャロン・ベルセリウスの三人は死ぬと目論んだのだろう。…まあ、シャロン・ベルセリウスだけが生き残ったのは、『賢人会議』も予測しえなかったことだろうが。
「…ふーん、成程。そういうことか…」
全てに納得がいった。
『賢人会議』が、私を裏切り者として認めた理由が。
考えてみればそうだ。
イントルーダーといるだけで、何故、裏切り者扱いされるのか。
それは仮初めの理由に過ぎない。イントルーダーが裏切ったことをうまく利用しただけに過ぎない。
ならば、本当の理由は―――――。
「…ゼイネスト・サーバが死んだから、私もお払い箱ってことね…やってくれるじゃない『賢人会議』。この私をコケにした罪、地獄で後悔させてやるわ。世界中で魔法士についての情報を盗み続ける正体不明の大規模暗躍組織がどうしたってのよ。
…全てがうまくいってるなんて思わないことね。この私を作り出しておいて、用が済んだらポイですって!?『飼い犬に手を噛まれる』っていうことわざを、その身に体現させてあげるわ」
「………………………………………………………………………何!?」
イントルーダーが、首をかしげた。が、そのすぐに我に返ったように口元に手を当てて、
「…ああ、成程。そういうことだったのか。そうだよな。そうでなければ、『賢人会議』を疑おうなんて考え、出てくるわけがないよな…」
上の空で呟き、クラウ・ソラスを放ったままで一人続ける。
「ということは、やっぱり、盗み見た『賢人会議』の極秘データに書いてあった『あの記述』は正しかったのか…まあ、あれに嘘が書いてあるとは思えんがな…わざわざ嘘を書いてカモフラージュする暇があったら、他の事やってるほうが時間を有意義に使えるしな…」
「ちょ、ちょっと、それってどういう意味!?」
勝手に一人で納得しているイントルーダーの行動に疑問を感じ、クラウ・ソラスは問いかける。わけもなく心臓がざわつく。背中を汗が伝う。自分が、何かとんでもない勘違いをしている気がして。
「…いいか、クラウ・ソラス。これから俺が言うことをよく聞いて、真実を知っていて欲しい。…お前、もしかして、自分が『賢人会議』で作られたと思っているだろ?」
「…そうだけど」
イントルーダーは、一瞬の間を置いて話し始めた。
「…なら言おう」
イントルーダーは、さらに一旦言葉を切る。
そして…告げた。
「お前に刷り込まれたその知識は偽りだ。お前は後天性の魔法士じゃない。世にも極稀に見る『先天性の魔法士』なんだ。『光使い』セレスティ・E・クラインと同じでな」
「……………………………………え!?」
知らず、声が震えた。
クラウ・ソラスは、笑おうとして、失敗した。
いきなり告げられた驚愕の事実に、クラウ・ソラスの理解力が追いつかない。
それでも、イントルーダーは話を続ける。
「お前は培養層じゃなくて、人の胎内から生まれたんだ。その母親の名前はミライア・ソラス。お前と同じ蒼い髪の毛を持つ女性だ。
父親の名前はカナス・ソラス。茶髪の大柄な男性だ。
そして、兄の名前はイオス・ソラス。茶髪の眼鏡をかけた聡明そうな少年だと、盗み見た『賢人会議』の極秘データに書いてあった」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!!」
そんな…まさか。
「それじゃ、あの夢の中に出てくる人達と同じじゃないの!!!」
「…夢、だと!?」
―――クラウ・ソラスは、今朝を含め、今まで幾度となく見た夢の事を、イントルーダーに話した。――――――
全てを聞き終えたイントルーダーは、これ以上ないほどの真面目な顔になった。その顔には、先ほどまでの『俺の愛を受け取って〜〜〜』などと言っていた様子は微塵も見られない。
「…間違いない。お前が見た夢が、お前が人の胎内から生まれて、普通の人間と同じように育てられた証拠だ。あれはただの夢なんかじゃない。あれは現実にあった出来事だったんだ。
記憶を消されたかと思っていたが、きっと脳のどこかで、記憶が生きていたんだな。
…で、これからさらなる真実を話すぞ…。
十七年前、『賢人会議』は優れた魔法士としての力を求めて、お前達四人の家に襲撃をかけた。その結果、ミライア・ソラス、カナス・ソラス、イオス・ソラスの三人がその際に死亡。
そして、お前一人が生き残り、『賢人会議』に連れてこられて、記憶を消された。その後はお前も覚えているとおりだろう。
『クラウ・ソラスは『賢人会議』で生まれた』と刷り込まされたということさ。
つまり、『賢人会議』はお前の力を求めて、お前達の家に襲撃をかけたんだ。…おおっと、自分のせいで家族が死んだとか思うなよ。お前の両親は、かつて『賢人会議』で様々な研究をしていて、そのために多くの命を奪ってきたんだ。そして、ある時…その時点でミライア・ソラス…旧姓ミライア・ピエアとカナス・ソラスが恋に落ちた時を境に、後にお前の両親となる二人は、『賢人会議』を脱走した。
『賢人会議』からしてみれば、その時点で、二人を殺す理由になるけどな。
で、結論から言えば、『賢人会議』は…クラウ・ソラスの両親の仇だ」
クラウ・ソラスは、もはや何も言えなかった。
―――【 新 た な 道 】―――
〜THE CURAU SORASU
&
INTRUDER〜〜
真実。
死んだ家族。
偽りだらけの出生理由。
斬られて死んだお母さん――――ミライア・ソラス。
斬られて死んだお父さん――――カナス・ソラス。
私を守って死んだ兄さん――――イオス・ソラス。
全てを失った、あの日。
本当ならいたはずの、家族。
私の人生を狂わせた、
全ての元凶は――――――!!!!
‖
賢
人
会
議
!!!!
‖
クラウ・ソラスは拳を握り締め、誓う。
「決めたわ…。
…『賢人会議』の幹部共。忌まわしい偽善の飼い犬め。第六法を待つまでもないわ。お前達は私の手で必ず殺してやる…」
家族を殺されたという真実を知ったことにより、クラウ・ソラスの心の中に、激情が浮かんでくる。
その肩に、軽く、別の誰かの手が触れた。
「協力は必要か?」
クラウ・ソラスは、振り向いて答えた。
「ええ、お願い」
「…あ、あとそうだ。さっきはすまなかった」
「え?」
「いや………その、見るつもりはなかったんだ…けど」
イントルーダーが、頭を下げて謝ってきた。
「……そんなのいちいち謝らないでよ」
クラウ・ソラスの口調は、怒っているというよりも、へそを曲げた女の子のものだった。その頬が見事に赤い。きっと、あの時の事を思い出してしまって紅くなっているのだろう。あれほど気丈なクラウ・ソラスが、着替えを…というか裸を見られてここまで動揺するというのが、イントルーダーにとっては意外だった。
「…でも」
頬を紅くしたクラウ・ソラスが、口を開いた。
「もし責任取ってくれるって言うんなら、考えてあげてもいいかもしれないわね」
クラウ・ソラスは、頬を紅くしたまま笑っていた。
全ての真実を知った一人の女性は、
真実の道標である男性と共に、
『賢人会議』との戦いに、挑んでいく――――――。
そして、
クラウ・ソラスの気づいていないところで、イントルーダーは頭を抑えていた。
たった一つだけ残っていた、プロテクトつきのファイル。
そのファイルが、イントルーダーの頭の中で展開していた。
その内容のおかげで、全ての謎が解けた。
『賢人会議』のトップシークレット情報が正しければ、自分達が所属していた『賢人会議』は……。
―――【 続 く 】―――
―――――【 補 足 説 明 】―――――
(※ 本編のネタばれを含むため、本編読破後にお読みください)
※1 レシュレイ・ゲートウェイ
(ゲートウェイはLAN用語より)
性別、男。外見年齢十八歳、実年齢三歳、西洋系、一人称『俺』。
蒼色のショートヘア。
ラジエルト・オーヴェナ(※3)の最高傑作の一つであり、おそらく世界最強の『龍使い』。彼の持つ能力の名は、『真なる龍使い』。
『遺伝子改変型I−ブレイン』の力により、肉体の構造、構成せし物質の遺伝子配列を並び替え、レシュレイが望むままに、レシュレイの体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力。そのレパートリーの多さは流石の一言。
『龍使い』の致命的欠点であった『暴走』を『遺伝子改変型I−ブレイン』の存在によって修正されたため、『暴走』しないのが最大の特徴である。但し、自らの体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力であるがために、飛び道具を作ることは出来ない。
普段は物静かな性格だが、周りの状況に流されやすいのか、ときによってはボケ役になったりツッコミ役になったり特攻隊長になったりと、彼が物語の中で回る役割は多い。
セリシア(※2)とは相思相愛の恋仲にある。また、一年半以上前のとある事件があってから、彼女を守るための存在になるとその身に決めた青年。
『騎士』でこそないが、ラジエルト(※3)がレシュレイを作成する際に打ち込んだプログラムにより、自己領域や身体能力制御を発動可能になった。最高で身体速度・知覚速度を七十倍まで定義できるが、いかんせん経験不足なせいか、時間経過とともに速度が落ちていき、最終的には六十一倍くらいに下がる。(それでも早いが)
ちなみに好物はカツ丼。
※2 セリシア・ピアツーピア
(ピアツーピアはLAN用語より)
性別、女。外見年齢十八歳、実年齢二歳、西洋系、一人称『私』。
桃色の長髪。
ラジエルト・オーヴェナ(※3)の最高傑作の一つであり、実力だけなら黒沢祐一にもひけをとらない。が、いかんせん実践経験が足りない上、本人が戦闘向きな性格をしていないので、黒沢祐一と戦ったらまず勝てないと思われる。
騎士鎌『光の彼方』という、一風変わった武器を使う。その破壊力はセラの『Shied』すら切り裂く。また、セリシアの意思によりその長さや形状を変えることが可能なため、リーチを自在に操れる(最大射程はおおよそ十五メートルほど)分、中距離では無類の強さを誇る。
しかし、その武器の形質上、接近戦となると圧倒的に不利になる。
(鎌の持つ棒の部分を消すことは出来ないため。仮に鎌の持つ棒の部分の長さを最小のものにしても、鎌という武器の性質上、ある種の逆刃刀状態になってしまう。
(尚、逆刃刀については『るろうに剣心』を参照)
また、作成時のプログラムのミスなのか、『騎士』であるにもかかわらず『痛覚遮断』を持っていないため、『痛覚遮断』で痛みを消しつつ戦うことが出来ないため、彼女がダメージを負う事は、戦場において致命傷にさえなりかねない。故に『光の彼方』は、彼女にぴったりの武器と言えるだろう。
純真無垢な性格で、人殺しを何よりも嫌う。また、ホラーやごきぶり、ネズミなどが嫌いな怖がりかつ泣き虫。だが、いざという時の行動力は高く、時には周りの人間をびっくりさせることも。
レシュレイ(※1)とは相思相愛の仲にある。過去にシティ・マサチューセッツの刺客を五十人以上も殺してしまい、狂いそうになったところをレシュレイに救われたことがある。もしレシュレイがいてくれなかったら、セリシアは今でも立ち直れていたかどうかは分からなかっただろう。
『騎士』が持つ『自己領域』や『身体能力制御』より、最高で身体速度・知覚速度を六十九・五倍まで定義できるが、いかんせん経験不足なせいか、時間経過とともに速度が落ちていき、最終的には五十九倍くらいに下がる。(それでも早いが)
ちなみに好物はうどん。
※3 ラジエルト・オーヴェナ
性別、男。三十二歳。一人称『俺』『私』。(その時の気分で変わる)
ぼさぼさの黒髪に黒い瞳。ずぼら。
アルフレッド・ウィッテンの唯一無二の弟子であり、アルフレッドの生み出した、バグの多い『龍使い』を、『真なる龍使い』レシュレイ・ゲートウェイという形で完全な形として生み出し、今までにない性能を持つ騎士鎌『光の彼方』とそのマスターであるセリシア・ピアツーピアの作成、そして今は反魂の法を研究しており、七瀬雪をこの世に呼び戻すという偉業を成し遂げようとしている。
恩や義理人情に厚い性格。おそらく、全世界でも最強クラスの科学者であることは間違いないが、興味あること以外への知識は貧しいという、典型的な科学者タイプでもある。ちなみに何故か和食好き。
研究の傍ら、レシュレイとセリシアのために新しい服を縫っていたり、料理研究をしたり、新たな発明を生み出すべく試行錯誤の日々を送ったりしている。
実は既婚者(妻は既に他界)。根は優しい父親(あるいは馬鹿親)であり、二人が出かけた時は、心配で夜も寝れないらしい。
【P.S】
外見的には、GGXXの御津闇慈を想像していただけるといい。
但し白衣着用で。
※4 クラウ・ソラス
性別 女。実年齢二十歳。一人称『私』。
青色の長髪。
『賢人会議』に籍を置く無限大の脳内容量を持つ魔法士型』。
殆どの魔法士が武器を用いて戦闘するこの世界においては珍しく格闘戦を得意としており、自らの体を使ったさまざまな格闘技を放つ。その中でも、一時的に両腕の筋肉を超強化し、両腕を物凄い速度で振動させ、その振動で相手をねじ切る格闘技『一撃必殺超振動拳』の破壊力は、見る者全てを魅了してやまない破壊力を持っており、大理石すら軽々と砕く。
気品があり、気高く振舞うために『賢人会議』内ではよく『お姉さま』と呼ばれていた。
イギリス地方の大規模なプラントで開催された美人コンテストとやらに飛び入りで乱入参加して、ものの見事に優勝をかっさらってしまったほどの美女である。が、そのすぐ後に行われたイントルーダー(※5)との戦いに敗れたものの、その傷を他ならぬイントルーダーに手当てされて治してもらった。
ちなみに後日、イントルーダーに自分の裸を見られてしまった不幸な人。
その数日後に『賢人会議』からの刺客に会い、それをイントルーダーが勝手に皆殺しにしてしまったのと、イントルーダーが話してくれた真実により、自分の意思で、『賢人会議』と敵対する道を選ぶ。
なぜなら、『賢人会議』がクラウ・ソラスを裏切り者として認めた本当の理由は、『賢人会議』にとっての裏切り者のゼイネスト・サーバを殺す前にゼイネスト・サーバが死んでしまったため、役目を果たせなかったクラウ・ソラスは、『賢人会議』に捨てられたということだった。
それどころか、『賢人会議』がクラウ・ソラスの家族の仇だったという驚愕の事実があった。クラウ・ソラスは、世界で二人目の『自然発生した魔法士』だったのだ。
ついでに言うと、好物はバニラアイスクリーム。
※5 イントルーダー
性別 男 外見年齢二十六歳。実年齢一ヶ月。一人称『俺』。
紫色のショートヘア。
『賢人会議』に生み出された魔法士。
『最強の時空使い』という能力…とどのつまり思い通りの場所へとワープ可能な能力を持つが、一度使うと百時間の休憩をとらないと再使用できない。よって、女風呂を覗いてすぐワープして逃げる、などという不届きな真似は出来ない。移動できるのは、最高で十キロメートルくらい。
実年齢の割りに知能・知識などが総じて高いのは、英才教育の賜物と、作成時の基礎能力の高さのせいだと思われる。(I−ブレインを起動していなくとも、一流大学に入れるほどの頭脳を持ち、普通の大人の二倍くらいの腕力を持つし、百メートルを十秒で走ることが可能であるなど、あらかじめ知力や筋力などが強化されているということである)
イントルーダーの意思によって自由自在に動く『冥衣』による戦闘を行う。
実はクラウ・ソラスに一目ぼれしており、彼女を負かしてやりたいという想いがあった。が、本人の前ではあえて「お前を殺す」みたいなことを言った模様。
実年齢一ヶ月なだけあり、社会的常識には非常に疎い。また、非常に偏った知識の持ち主でもあるため、時折、周りを唖然とさせるような発言を平然と行う。
実は、『賢人会議』の極秘データを盗み見たただ一人の魔法士であり、『賢人会議』のやっていることは彼の正義に反発するものであったらしく、『賢人会議』を脱走する。そのせいで『賢人会議』に追われることとなっている。
そして、偶然にしろクラウ・ソラスの裸を見た果報者。
尚、好物はリゾット。
その他 某紙忍者の一撃必殺技
『ギルティギア』シリーズに登場する、格闘ゲーム史上最軟の名が相応しいと言われる似非忍者「チップ・ザナフ」の一撃必殺技である『ディエルタ・エンド』の事。発動するとチップが五人に分身して五亡星を描く。
一撃必殺技とは、その名のとおりヒットすれば即勝ちが確定する技の事なのだが、本作では一撃必殺技発動には事前準備が必要で、その長さは各キャラによって違う。(ちなみに事前準備中は無防備)
しかもチップの一撃必殺技は、発動してからのガードこそ出来ないが、事前準備→発動までの時間がすさまじく長いため、相手が気絶してから事前準備しても、発動前に相手が気絶から復帰してしまう。よって、相手がわざと当たりでもしない限り、実戦でこの技が当たる可能性は皆無である。
ちなみに、チップは事前準備の時に「気を全開にしてやる!!!」と言うが、気を全開にしている間にやられることが多い。
尚、トレーニングモードにて、
・事前準備終了後、足払いなどで相手をダウンさせる→相手がサイクバースト→相手がサイクバーストで空中にいる時に一撃発動すると、成功していれば最後の一撃がヒットしても相手をK.O出来ないで、相手が横に吹っ飛ぶ。→で、さらに一撃を発動すると、チップの分身が縦方向に五つ出来る(当たり判定無し)上に、分身が一つ画面上に残る。よって、繰り返せば、画面上にチップを大量に増やせるというお笑い技がある。
―――――【おまけのキャラトーク】―――――
ブリード
「………」
ミリル
「…ブリード、始まってるよ」
ブリード
「何!?もうスタートしてるのか!?
…えー、失礼しました!!このコーナーは、今回の『DESTINY TIME RIMIX〜離反〜』にて出番の無かった者達がフリートークを繰り広げる場所です!!早い話が出番よこせって事です!!!」
論
「じゃあ早速、一番手をいかせてもらう…まず、今回出番の無かったオレ達だが、どうやら次回は登場するらしい。現に次回作の頭からオ…」
ゼイネスト
「ストーップ!!それは言ってはいけないことだ!!!」
論
「…と、失礼した…ところでそこの職業『只今死亡中』の片方であるゼイネスト・ザーバ。そういや、お前も今回出番無かったよな」
ゼイネスト
「嫌な職業を勝手に作るな!!!」
ブリード
「さて、次の話題は何だ?」
ノーテュエル
「そういえば、先行者さんの★〜SPEED‐STER〜★― Tomboy ! ―っていう小説に、論が出てたわね。錬と間違われた形だったけど」
ブリード
「おお、人気者だな論!!…どうした、論?」
論
「オレを錬と間違えるとは、このフィアーとかいう女、中々に度胸があるな。…まあ、それは、★〜SPEED‐STER〜★― Tomboy ! ―を読めば一発で分かるんだが…まあいい、オレと錬を間違うような不届き者には、お仕置きが必要だな。
…待っていろフィアー。
『そして時の流れは終結へ』を叩き込んでやる」
一同
「それは人として駄目―――――――――――――――!!!!!」
結局、論はフィアーに『そして時の流れは終結へ』喰らわせにいくことは出来なかった。
ブリード
「さて、次の話題は何か無いか?」
ゼイネスト
「はーい、確かこの前、論が『ある家での不思議な出来事』っていう小説を読んで、フィア萌えになったとかならないとか…」←(仕返しのつもりらしい)
論
「なっているわけがないだろう!!!斬る!!!」
ゼイネスト
「やばい!!!逃げろ!!!」
論
「待て!!!」
ゼイネストと論、一時退場。
シャロン
「お、遅れたなの」
ミリル
「あ、シャロンちゃん、こんにちは…でも、ちょっと来るのが遅かったね。今まで、ここにゼイネストがいたのに」
シャロン
「ががーん!!!」
ミリル
「まあまあ、きっと本編で再開できるわよ」
シャロン
「…そう信じたいなの…それはいいけど、さっそく終わりの時間が近づいてきたなの」
ブリード
「何!?それでは、今回はこの辺で!!」
論
「お帰りの際は、車に気をつけてください」
ゼイネスト
「いや、それなんか違うし!!」
ミリル
「ていうか、いつの間に来たんですか!?ああ、もう時間が!!!!」
〜続く〜
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<作者様コメント>
今回でやっと、今まで扱いが杜撰だったクラウ・ソラスやイントルーダーの話や、
セリシアがどうしてあそこまでレシュレイを慕うのかという理由を書けました。
レシュレイ…主人公なのにまともな出番が無かったからなぁ…。
さて、いよいよキャラ同士の宿命がつながってきました。
共通の敵を相手に、彼・彼女らは如何出会うのか!?
こうご期待!!!
最後に、ここまで読んでくれたあなたに感謝を。
<作者様サイト>
無いものねだりはしないで下さい(おい)