DESTINY TIME RIMIX
〜あなたがいて、わたしがいて。〜
安堵の後に訪れる絶望は、
どうしてこうも痛々しいのだろうか。
忌わしきモノが消えた安堵を襲う、無慈悲な現実。
そして連鎖的に発動する、消え行く命。
呪われているのは自分の運命か。
あるいは神か。
その日、少女は泣くだろう。
失って生まれる、悲劇。
―――【 極 秘 た る 事 実 】―――
〜THE NORTYUEL&ZEINESUT&SHARON〜
第三次世界対戦が始まるまではフランスという国があった場所に作られ、長い間放置されていたわりにはかなり設備の整っている、本来の主亡き研究所跡に、今では非常に珍しい珍客が訪れていた。
錆びた扉の向こう側には、パチパチとキーボードを叩く音。その音に混じって「あー」とか「うー」とか言う声も聞こえる。
天井の明かりは意外にも当分はもちそうで、点滅する予兆すら見せない。
「えーい、何で出てこないのよ!!」
ディスプレイに羅列する無数の文字に対し鋭い目つきでにらめっこしながら、金髪のおさげの少女、ノーテュエル・クライアントは叫んだ。
「ノーテュエル、短期は損気」
「そんなこと分かってるわよ」
あくまでも冷静に諭すシャロンと、ぶすくれるノーテュエル。
二人…否、別室で待機中のゼイネストを含めて三人は、ここの研究所跡のデータ検索(というよりハッカーと言った方が近いか)をしている真っ最中だった。何か使える情報が無いか探っているのだが、いかんせんここのプロテクトが無駄に強固なために、作業はちっともはかどってなどいなかった。
何の酔狂か、データを探し当てたと思ったらある日の担当の日記だったり、はたまた趣味で書いたと思われる小説だったり、はては俗に言う十八禁ゲームだったりと、違う意味での宝庫状態だ。
ちなみに、最後のソレを見たときに、二人して赤面したのは言うまでもない。
この上、いきなり停電になってしまったりした日には、血管の一本や二本は軽く切れそうだ。
そしてさらに五分後、ノーテュエルの手が完全に止まった。
「…ノーテュエル?」
いきなり作業を止めたノーテュエルをいぶかしげに見ながら、シャロンはおずおずとノーテュエルの顔を覗き込もうとして、
いきなりノーテュエルが顔を上げた。
「……あー、疲れた。ゼイネスト――!交代――!!!」
そしてシャロンは、至近距離からノーテュエルの魂の叫びを聞く…というか無理矢理聞かされる羽目になった。
「うう、まだ耳なりがする…」
耳を抑えたシャロンは、ノーテュエルを恨みのこもった目でじっ、と睨む。が、その仕草は怖いというよりむしろ可愛らしく、ちっとも睨んでいるようには見えないのが悲しいところである。
至近距離からノーテュエルの魂の叫びの直撃を喰らい、シャロンの耳は当然耳鳴りを起こす。シャロンのI−ブレイン能力『ラーズエンジェル』は、あくまでも他人の治癒能力を一時的に大幅に高める能力であって、シャロン本人に対しての使用は出来ない。
「あー、ごめんごめん。つい…ね」
てへへ、と、後頭部を抑えつつ、ノーテュエルははにかみながら謝罪する。
「…つい、ですむなら警察は…」
「この世界にそんなのはもう意味をなさないし」
シャロンの反論は、ノーテュエルの鋭い切り返しでたやすく打ち消され、シャロンは後に続くはずだった膨大な量のセリフを飲み込む羽目になった。
警察よりもそこらの魔法士の方が遥かに強いこの世界で、警察は意味を成さない。…というか、そんな職業自体、いつの間にか廃止されてしまった。
はあっ、と大きなため息一つ、ノーテュエルは休憩室へと入る。
「…じゃ、後は任せたわよゼイネスト」
「ぐご〜〜〜〜〜っ!!!」
返って来たのは間抜けな鼾。
「…って、起きろ―――!!!!」
先ほどのノーテュエルの魂の叫びもなんのその、ものの見事に無効化してゼイネストは爆睡していた。
「……」
ノーテュエルの放った叫び声が聞こえていないと知るや否や、口元に悪意ある笑みを浮かべたノーテュエルは無言でゼイネストのそばまで歩み寄り腰を下ろして、
「それっ!!」
がっし、と、ゼイネストの枕を掴んだ。
そして次の瞬間にはゼイネストの枕をすっ、と取り除く。
がすっ!!!!
一秒足らずの間をおいて、万有引力の法則に従い、ゼイネストの頭が自由落下。
後頭部にいい感じで、強化カーボンの床の硬さがクリティカルヒット。
ゼイネストの意識が完全に覚醒。
そして起き上がり、リバーサル(※1)で第一声。
「ってぇ!!!何しやがる!!!人が気持ちよく寝てんのに!!!!」
「交代の時間」
睡眠を邪魔され怒っているゼイネストの返答をその一言で一蹴して、ノーテュエルは手ごろなところにねっころがる。
「〜〜〜〜〜っ」
安眠を妨害され、ゼイネストはわなわなと拳を握り締めるも、
「ZZZZ…」
殴るべき相手は既に夢の中。昔からそうだが、ノーテュエルは非常に眠りやすい体質らしい。しかも一度眠ったら中々起きない。某アニメの、眼鏡をかけたあやとりと射撃が得意な少年みたいだ…間違っても直死の魔眼を使う少年ではなくて。
「…のやろう…そうだ!」
ゼイネストはこのやり場の無い怒りを、近くにあった黒のマジックペンで、ノーテュエルの額に「肉」と書くことで和らげた。
…まあ、次にノーテュエルが起きたときに、一悶着ありそうだが、それはその時に対処しよう。
しかし三人は知らなかった。
その一悶着が、予想を遥かに超える悲劇になろうとは。
そして知る。
つかの間あっても長期であっても一瞬であっても、
楽しい日々などあっという間に
壊れてしまうということを。
不幸は、幸せの二倍多い…ホメロス。
「…!?」
その時、ゼイネストは異変に気がついた。
右手に、妙な塊を握っている感触と、どろどろしたものが手に付着している感覚。
そして実際に見て実感。
無意識下でペンを握りつぶしてしまい、手が黒く染まってしまっていることに気がつく。
ぞくり。
突如訪れる不安感。
なにかを壊したくなるこの衝動。
自我を失いそうになるこの衝動。
まさか…。
そんな…。
馬鹿な!!!
「くっ…消え去れ!!」
叫ぶと同時、右手を思いっきり壁にぶつける。力が強すぎたのか、ごきゃっ、という、骨が折れる鈍い音。
だがそれと同時に、なにかを壊したくなる衝動は消えていった。
慌てるな、自然に振舞えばいい。
…この怪我は、あとでシャロンに治療してもらえばいい。
そして、この事をノーテュエルだけは知っている。
もちろん、このことはシャロンには言えない。『寝返りを打ってぶつけた』ということにでもしておこう。
何故なら、本当のことなど言えるわけが無い。
ゼイネストには、
ノーテュエルの『狂いし君への厄災』よりも
さらに凶悪なプログラムが埋め込まれている。
などとは。
脱力感に襲われ、崩れるように壁に寄りかかった。
「…あと、何日だろうな…」
そして誰にともなく、独白した。
「俺が…俺でいられるのは…」
―――【 彼 女 の 想 い 】―――
〜THE NORTYUEL&ZEINESUT&SHARON〜
ノーテュエルと作業中、シャロンには、一つの決定があった。
これから起こす行動には、シャロンの全ての意思が込められている。
もう我慢できない。もう耐えられない。
ゼイネストのことを考えると、心の奥で、熱いものがこみ上げる。同時に頬が紅くなる。
これが恋だと気づくのに、そうそう時間はかからなかった。
が、ゼイネストとノーテュエルの前では、何とかそれを隠し通してきた。
ずるい考え方かもしれないけど、ライバルは、少ないほうがいいから。
戦闘能力が負けていても、恋愛勝負なら、私は負けたくない。
だから、今日言う。
ゼイネストと、二人きりになったときに。
世間で言う、愛の告白というやつを。
生まれて初めての、告白を。
シャロン・ベルセリウスは、ゼイネスト・サーバのことが好きだった。
はじめて見たときから、好きだった。
二年前、誕生してから一ヵ月後、その時はまだ生きていた父親…ヴォーレーン・イストリーに一つの部屋へと案内されて、そこで出会った二人の人間。
金髪のお下げの少女。
赤髪の少年。
最初に、金髪の少女がずずいっ、と前に歩み出してきた。
そしていきなり人の頭の上に手を置き、ゆっくりと手を動かした。
「わー、可愛い子ー。私もこんな顔で生まれたかったな――――」
くすぐったさに、首をすくめてしまった。
「お前じゃギャップが大きすぎて無理だ!綺麗なバラには棘があるって言うが、お前じゃ棘どころか毒になりかねん。それもトラ河豚クラスのな」
赤髪の少年の、容赦ない突っ込み。
カッチ−ン!!少女の頭から、そんな音がした。
気のせいか、少女の頭からは湯気が上がっている。そして顔も赤い。
これがヤカンでかつお湯が入っていれば、カップ麺が作れそう。
何となく、そんな事を思ってしまった。
「な、なんですって―――――!!!!よくも私を侮辱したな―――!!その罪、地獄で償え―――!!!」
「お前は冥府の番人か!!!…それにしても、随分とやかましい冥府の番人もいたものだ」
「死なす――――っ!!!!!」
拳をぶんぶん振り回し、金髪のお下げの少女は、赤髪の少年を追いかける。「ぐわ――っ、助けろ!」などと叫びつつ、部屋中をぐるぐる回って逃げる赤髪の少年。
「…はあ、この二人は相変わらずか…」
もう何も言うことは無い。とでも言いたげに、不精髭の三十台後半・ヴォーレーン・イストリーは顔をしかめた。
で、シャロンの方はというと、いきなりの出来事に頭がついて行かず、ただただおろおろするのみだった。
刹那、いきなり頭に痛みが走った。
同時に「ごん」という鈍い音。
こんな時に『痛覚遮断』など発動しているわけが無い。
それでシャロンは、自分がぶたれたことを認識した…厳密には、金髪のお下げの少女の拳が偶然シャロンにヒットしただけなのだが。
痛さに、目に涙が浮かぶ。
「ど、どうしよう…」 予期せぬ出来事に、さっきまでの威勢はどこへやらおろおろする 金髪のお下げの少女。
「馬鹿!!」
赤髪の少年が、シャロンに駆け寄る。
金髪のお下げの少女の拳がヒットした箇所を、壊れ物でも扱うかのように優しく撫でる。
そうすると、不思議と、痛みが退いていった。
「…あ、も、もう大丈夫なの」
「ほんと!?良かった―――!!」
金髪のお下げの少女が、文字通り飛び跳ねて喜ぶ。が、そこをすぐさま赤髪の少年に頭を叩かれる。
「なんで叩くのよ――――っ!!」
「この娘の分だ」
その時だった。
少女の心臓が、どきりと高鳴ったのは。
「最初に仕掛けたのはあんたでしょ―――っ!!!」
「お前が最初に失言漏らしたんじゃないか!!」
そして二人のたわいもない喧嘩は、このあと十分ほど続いたのだった。
休憩室から、緋色の髪の少年が現れる。
「…ま、そろそろ来ると思ったけどな」
ふう、と小さなため息一つ。あらかじめ準備していたかのように、ゼイネストは緋色の前髪を指でいじりながら、先ほどまでノーテュエルが座っていた席に腰掛ける。
で、当のノーテュエルは休憩室にて、手ごろなところで雑魚寝を始めた。
一応毛布はあったのだが、この気候にも耐えられるように進化した虫に食われてぼろぼろになっており、話にならなかった。それに、I−ブレインによる体温調節をすれば、もとより布団など必要ない。
ゼイネストが座ると同時に、隣で小さく、シャロンがふー、と安堵の息をするのが聞こえた。
同じ「ふー」でも、かなり意味が違う。
「さて、始めるか」
言うと同時、ゼイネストはキーボードを打ち始める。
その隣のシャロンは、どこか落ち着かない様子でゼイネストを見ていた。
作業開始からさらに二十分が経過。
目の前のディスプレイには、求めていた情報が映し出されている。しかし、その先にはさらにパスワード入力が必要なようだ。
ようやく作業全体の折り返し地点。
そろそろいい頃合だろう。
誰にも分からないように、シャロンはこくんと、しかし力強く頷いた。
「…あの、ゼイネスト…聞いて欲しいことがあるの」
手をもじもじさせながら、シャロンはおずおずと切り出した。
「…何だ?」
いつもと様子の違うシャロンを前に、ゼイネストは黙り込む。
我知らずのうちに、頬が赤くなり、言葉の語尾が上ずり、上目がちになってしまう。
心臓はどくどくと激しく鼓動を打ち、体全体の体温が上がっていく。
口ははくはくと動くだけで、なかなか言葉が出てこない。
ゼイネストは、何か自分が悪い事をしたのかもしれないという、無実の罪悪感を纏ったような顔をしている。
だが、なけなしの勇気を振り絞り、シャロンはついにその言葉を言い切った。
「こんなときに…
こんな事言うのは場違いかもしれない…。
だけど、もう我慢できないから言います…」
再び流れる長い沈黙の後、
再びシャロンは口を開いた。
「私、ゼイネストのことが大好きなの!!!
初めて会った時から好きだった!!!
だから…仲間じゃなくて、ひとりの『私』として
私を見て欲しい!!!
…付き合って…ください。ゼイネスト…」
時が、止まった。
――――先ほどの何の変哲も無い空気が、一瞬のうちに非常に重苦しい空気に移り変わってたっぷり一分の時が経過。中先に口を開いたのはゼイネストだった。
「…少し、考えさせてくれないか」
口を衝いて出たのは、それだけの言葉。
「!!」
その答えに息を飲み込み、胸に手をおいてその場に立ち尽くすシャロン。この後どういった行動を取ればいいのか分からず、ただただ立ち尽くすしか、今の彼女にはなかった。
そしてゼイネストは、一人で作業を続けていく。
それはまるで、現実逃避のように。
それからしばらくして、ノーテュエルが戻ってきた。
その間、ゼイネストとシャロンの二人は、一言も口を聞けなかった。
「やっぱりここの設備は高レベルね。前の場所…えーと、スイス付近の研究所だったっけ?あそこはもう設備が老朽化してたから、このブラックボックスの中身を見れなかったのよね―――――!!!ああもうめんどかった――」
最初に少しだけ作業をし、後はゼイネストとシャロンにまかせっきりだったノーテュエルは、うーん、と背伸びをして、いかにも自分は頑張りました。といった口調で口走った。I−ブレインの過去ログからは「あなたは殆ど作業して無いでしょ」という鋭すぎる指摘が来たが、あえて無視する。
…ちなみに、額にかかれた「肉」の文字は、既に拭き取られた後だった。
「う〜ん」という声と共に、目を覚ましたノーテュエルが最初に向かった場所は洗面所。
で、真っ先に、洗面所に設置されている自らの姿を映すもの…すなわち鏡…が目に入り、
―――ゼイネストォォォォォォォ!!!
―――鬼神咆哮ノーテュエル。
額の「肉」の文字を素早く拭い去ったノーテュエルは、シャロンたちのいる部屋へと光速度の九十パーセントの速度で向かう。
…が、着いたころには二人が作業を終わらしたところだったので、先にそっちのほうで喜びの感情が膨れ上がってしまい、先ほどの怒りはどこかへと霧散してしまった。
「…ノーテュエル、某掲示板じゃないけど、自作自演はかっこ悪いなの」
ぐさり。ため息がちにその言葉を口に出したシャロンのセリフが、ノーテュエルの心に突き刺さり、ノーテュエルは笑顔を引きつらせ「あ。あはははは―――、何のことかな―――」と、笑ってごまかした。
だが、シャロンの様子がおかしいことに、ノーテュエルはすぐに感づいた。
「ゼイネスト…あんた、シャロンに何したの?」
「な、何も…」
「嘘」
ずずぃ、と詰め寄るノーテュエル。その瞳が本気で怒っている。いつもはおてんばであちこちにトラブルを振りまくノーテュエルも、こういう時にはもの凄く真面目になる。それこそ、普段一緒にいる他の二人が驚くほどに、だ。
「ゼ、ゼイネストは、何もしてない…」
「シャロン、正直に言いなさい。私が寝ている間にゼイネストに何されたの?事と次第じゃただじゃおかないわよ」
「だ、だから…」
「ゼイネスト…まさかあんた、シャロンの告白をフッたんじゃないでしょうね…」
シャロンの弁解を無視して、ぎろり、と、鬼神の如き表情でノーテュエルはゼイネストを睨んだ。
「断じて違う!!!」
ゼイネストは全力で、それも真面目な顔で否定した。
「…その眼だと…嘘は言っていないみたいね…まあいいわ、今のところはそれで済ましておいてあげる…だけど、もし違ったら…斬る!!!」
立派な、シャロンの姉貴分としての少女が、そこにいた。
先ほどのシャロンからの告白。
その様子から、彼女が本気なんだということは、すぐさま理解できた。
だが、と思う。
こんな自分が、彼女と共に歩んでいく資格など在るのだろうか。
いつ暴走するか分からない、不安定な自分。
シャロンのことは、純粋に好きだ。
友達としてではなく、一人の少女として。
だが、自分のそばにいては、彼女を傷つけてしまうだろう。
この力は、シャロンの力をもってしても、止められないだろうから。
忌わしきその力の名前は、
『殺戮者の起動』
ノーテュエルの、
『狂いし君への厄災』の、
プロトタイプと言える能力。
心の中では、二つの答え。
シャロンが好きだから、好きだと答える。
シャロンを巻き込みたくないから、今はまだ友達のままでいて欲しい。と答える。
だが本心は、
前者の答えを言いたくてうずうずしている。
そして気づく。
自分は、本当にシャロンの事が好きなんだな。と。
(パスワード照合…正解。文書を表示します)
正解のパスワードを入力して、ここでの作業は終わり。
一気にうるさくなる機械音。コンピュータがデータを読み出しているのだろう。
「…んじゃ、一仕事終ったし、文章読み出しが終わるまでパーッとやるか!!!」
場の空気を換えるべく、そして心の迷いを打ち消すべく、ゼイネストが、仕事が終った開放感から上昇気味のテンションでその言葉を言い終わった瞬間、
「!!!」
ゼイネストのひざが一瞬がくりといったことに、ノーテュエルとシャロンは気づかなかった。
そしてゼイネストの内より来たるは覚えのある感覚…というより、今まで何度も経験してきた感覚。
『殺戮者の起動』が、ゼイネストの脳内でゆっくりとプログラムを覚醒。
そして、ゼイネストに襲い掛かる、今まで何度も経験し、かつ、嫌悪してきた能力。
心の底から湧き上がるのは、大地の鼓動などではなく、純粋なる殺戮衝動。
一度発動してしまえば、シャロンの『治癒の天使』が効かない、呪われたチカラ。
(何故、こんな時に…)
天の上であざ笑っている、カミサマとやらを殺したくなる。
どうして、こんな風に自分を生んだのか。
俺の結末など、決まっているのか。
俺達がもう少し頑張っていれば、別の道を選ぶことが出来たのだろうか?
こんな力に悩まされずに、普通の魔法士として生きることが出来たのだろうか?それとも、答えはあらかじめ決まっていて、俺達はただそこに向かっていただけなのだろうか?
そして、何より、
…そんなもの、今更考えて何になる!!今は、二人を殺さないようにしないと――――!!!
その言葉を最後に、ゼイネストの意識が一時的に真っ白に飛んだ。
(『殺戮者の起動』強制起動)
無慈悲に告げられた、それはまさに、
『殺戮者の起動』が、発動した証だった。
―――【 誰 か 嘘 だ と 言 っ て 】―――
〜THE NORTYUEL&ZEINESUT(DESTROYER)&SHARON〜
「!!」
喜びの中、背後に感じる殺気。
危険を察知し、ほとんど勘でシャロンは真横に飛びのく。
つい先ほどまでシャロンがいた場所の空気を、ゼイネストの騎士剣『天王百七十二式』が切り裂いた。
「ゼイネスト!?どうして!?」
「ちょっと、何してんのよゼイネスト!!!」
全くの予測不能な攻撃。
そして、来るはずが無いと思っていた攻撃。
仲間だったから、信じていたから、そして何より、つい先ほど告白した相手に切りつけられたことが、シャロンをかなり動揺させた。
シャロンの瞳から、涙が流れる
「…っ!!離れるんだ…シャロン!!」
ゼイネストはいかにも苦しそうに、右手で顔を押さえている。騎士剣『天王百七十二式』の柄を握ったその左手はぶるぶると震えており、まるで、腕が勝手に動くのを抑えているような――――。
「…ゼイネスト、あんた、まさか…」
声が震えるのを、抑えることが出来ない。
ノーテュエルの口調は、まるでこのことが起きるのをあらかじめ予測していたかのような言い方だった。
迫り来る刃。
ゼイネストによって放たれたそれらは狙いを間違うことなく、二人の少女に襲い掛かる。
「なんで…ゼイネストがこんなことにっ!!」
突然の状況について行けず、シャロンは剣閃を避けつつ、混乱した叫びを上げる。
その隣では、ノーテュエルがこれ以上無いほどの真面目な顔をしている。
そして、何かを決意したかのような表情。
続けて、叫ぶ。
「・・・シャロン!!今から簡単に理由を説明するわ!!だから何とか避けきってて!!…おっとっと!」
ゼイネストの横薙ぎの一撃を回避。
続けざまに放たれた第二撃・第三撃を続けざまに回避。
「ぐ…がぁぁぁぁぁあああ!!!!」
後に響いたのは、ゼイネストの悲痛な叫び声。
そしてノーテュエルは、ゼイネストの剣閃を避けつつも、説明を開始した。
ノーテュエルの説明を簡略化すると、以下のようになった。
…シャロンには、到底信じられない内容だった…。
まず疑いようの無い真実として、シャロンとゼイネストの二人には『狂いし君への厄災』は仕組まれていなかった。
そう『狂いし君への厄災』なら。
だからといって、それ以外の可能性が無いとは言い切れないだろうか?
例えていうならば、ヴォーレーン・イストリーが『狂いし君への厄災』以外の何らかのプログラムを極秘に開発しており、それを極秘で自分の作った魔法士に埋め込んだ、あるいは 能力書き込みプログラムの手違いで『狂いし君への厄災』以外の何らかのプログラムを埋め込んでしまったとなれば…大幅に話が違って来る!!!!!
ゼイネストの抑えられない何かの正体。
生前のヴォーレーン・イストリーが言っていた、最高傑作の中の一つの話。
『狂いし君への厄災』の原点とも呼べる『殺戮者の起動』。
目に写るもの全てが憎くなり、殺さずにはいられなくなるという、世界で最も危険な能力の一つ。
ヴォーレーン・イストリーは、この能力を誰にも埋め込んではいないはずだと言っていた。
しかし、あれは嘘だったのだ。
ときおり、ゼイネストは、何となく人を殺したくなったときがあった。その時はまだ実行には至らなかった。しかし、その衝動は日に日に強くなっていき、身を焦がさんばかりの殺戮衝動に耐えられなくなった。
だが、シャロンが来た途端、あれほど強かった殺戮衝動が、一気に引いていった。
最初は何故だか分からなかった。
分からないうちに、ヴォーレーン・イストリーは死んだ。…否、殺された。
そして今なら、ヴォーレーン・イストリーがシャロンを生み出した理由も説明がつく。
『治癒の天使』には、自己治癒能力の促進のほかに、『悪性ウイルスなどの発病を抑制する働き』も併せ持つ。
だが、完全に発病してしまえば、防げない――――。
そして、完全に発病してからでも間に合う能力を作る前に、ヴォーレーン・イストリーは殺された。
つまり、ヴォーレーン・イストリーがシャロンを生み出した本当の理由は…。
「シャロン!!これが全ての真実よ!!」
全てを語り終え、荒い息でノーテュエルは叫ぶ。やはり、攻撃回避と説明の両方は、下手な戦闘より大変な作業だった。
さらに足元を救うかのような一撃。だが、ノーテュエルは跳躍して回避に成功する。
「私は…」全てを悟った顔で、シャロンは言った。
その声は、細く、弱々しかった。
「ゼイネストのブレーカーだったのね。そして、ノーテュエルは最初からそのことを知っていたのね」
ノーテュエルは、ただ小さく頷いた。
シャロンの瞳から、一筋の涙。彼女が受けたショックは、かなり大きかった。
今度は上段から剣。これも回避。
先日のシティ・モスクワでの戦いで、『狂いし君への厄災』状態のノーテュエルと、素面状態のゼイネストが対峙したとき、ゼイネストは確かにこういった。
『お前と戦うのって、これで何度目だろうな』
今考えるとあれはノーテュエルの『狂いし君への厄災』のことだけではなく、ゼイネストの『殺戮者の起動』のことも含まれていたのだろう。
今の世の中でゼイネストとまともに渡り合える相手が早々いるはずはない。シャロンが知っている中でゼイネストに敵うものがいるとすれば、ノーテュエルくらいしかいないだろう。そして二人は影で手合わせすることによって、ゼイネストは『殺戮者の起動』を、ノーテュエルは『狂いし君への厄災』により引き起こされる殺戮衝動をおさえこんでいたのだ。
騎士剣『天王百七十二式』を振り回しつつ、ゼイネストが叫んだ。
その顔は、シャロンが今まで見たことが無いような、悲壮感だだよう顔。
「俺の中の『殺戮者の起動』は、もう止められない!!シャロンの『治癒の天使』をもってしても、もう歯止めが利かないんだ!このままでは俺はお前達を殺してしまう!!!…だから頼む!!!!……俺を殺してくれ!!この止められない何かを抑えられぬ俺の魂、終わりにしてくれ!!」
「!!」
「…」
シャロンはその場にがっくりとうなだれ、ノーテュエルは下唇をかんだ。
だが、シャロンと違い、ノーテュエルの復帰は早かった。
「いいわ」ぞっとするほど表情のない顔で、ノーテュエルが立ち上がった。
「ゼイネスト、全てを終わりにしてあげる」
「だめえ!!!」
涙目のシャロンが、両手を大の字に広げノーテュエルの前に立ちふさがる。
「シャロン、そこをどいて!!」
「いやぁ!!」
「いいから退いて!!早くしないと!」
「絶対に退かない!!」
「だけど!!」
「私の前で、ゼイネストは殺させない!!!」
「それは分かってる!!分かってるけど今は状況が状きょ…」
それを言った刹那、
(『殺戮者の起動』、本体の自己制御権を完全に剥奪。以下、『殺戮者の起動』が全ての支持をとります)
ゼイネストの脳内で告げられる、死の宣告。
「ぐっ…が…あああああっ!!!」
突如上がる、まるで野獣のような咆哮。
「!!!!」
シャロンとノーテュエルが、同時にゼイネストの方を振り向く。
ゼイネストの瞳が、金色に変色していた。
そして今、ゼイネスト・サーバの頭の中には
殺戮衝動のみが、在中していた。
「逃げなさい!シャロン!!」
前振りなしで神速で放たれたゼイネストの騎士剣『天王百七十二式』による一撃をかろうじて真剣白羽取りしたノーテュエルは、光速度の五十パーセントの速度で右足を振り上げ、ゼイネストの顎を穿つ。
「ぐっ!!」
顎への一撃は予想以上に効いたらしく、ゼイネストが一瞬よろける。その隙を逃さずにノーテュエルが加速。その間にも、ノーテュエルは自分のI−ブレインの正常起動を確認する。
普段の戦闘中であれば、ゼイネストが常に展開するはずの『魔法士拘束デバイス自己発生型』が来ない。
『殺戮者の起動』中は他のI−ブレイン能力を起動することが出来ない。それは、この二年間でよく分かっている。
『殺戮者の起動』は、I−ブレイン内の他の能力を起動できない代わりに、一度に様々な恩恵を使用者に与える。『身体能力制御』『痛覚遮断』はもちろんのこと、騎士剣『天王百七十二式』まで同時に展開できる。が、やはり『無限大の脳内容量を持つ魔法士型』といえども、『魔法士拘束デバイス自己発生型』まで並列処理するのは、脳に相当な負担が掛かるのだろう。今はそれが救いなのだが。
しかし、それでも辛いことに変わりは無い。『殺戮者の起動』による速度上昇率はゼイネストの既存のI−ブレイン能力による速度よりも速くなっている。その速度はおそらく…通常の七十二倍。
ゼイネストの騎士剣『天王百七十二式』が閃く。
切り下ろし、横薙ぎ、切り上げ、突き…ありとあらゆる剣術スキルとテクニックを披露し、ゼイネストはノーテュエルに斬りかかってくる。部屋の隅、ノーテュエルの向こうで震えているシャロンに向かっていかないのは、まずは目の前の倒すべき存在であるノーテュエルを優先しているせいだろう。
そして今。ゼイネストは本気で、ノーテュエルを殺しにかかってきている。
…まあ、負ける気は一パーセントも無いからね。
心の中で苦笑する。そう、何も今始まったことでもない。ゼイネストとの戦い…いや、むしろ『殺し合い』なら『いつものこと』。生まれたときから、ゼイネストの、そして、まだ『狂いし君への厄災 |
<作者様コメント>
志半ばで倒れた二つの命。
一人ぼっちの少女は歩み出す。
親しい人の死を背負い、この醜くも美しい世界へと。
そして次からは、いよいよ物語りも佳境に向かっていきます。
次々とめぐり合う仲間達。
そして『賢人会議()』の正体は一体!?
次回、『DESTINY TIME RIMIX〜離反〜』乞うご期待。
<作者様サイト>
なし
|