錬が、どこか遠くへと駆けていったのを確認した後に、デスヴィンは改めてアルテナの方へと振り向く。
錬に渡された端末をうなじに当てると、錬がアルテナに取り付けたノイズメイカーは、実にあっさりと外れた。
「アルテナ…何があった。いや、それより、どうして君がこんなところにいる?」
「……デスヴィン……さん」
アルテナの頬を、涙が伝っているのを確かに確認する。
「……泣いている!?どうした、やはり、錬になにかされたのか!?正直に教えるんだ!場合によっては―――」
心の中に広がる、嫌な予感。
目の前の少女が、錬によって、何か酷い事をされたのではないのかという不安の感情が胸のうちに広がる。
…なぜか良く分からないが、アルテナが絡むと、デスヴィンはこんな感情に襲われる。
その理由には後一歩で気づけそうな予感がする。
断定できないのだ。デスヴィン自身の気持ちが。
以前、シティ・神戸跡地に居た頃に読んだ本に書いてあった事が本当だとしたら、もしかしなくても、デスヴィンは『そういった感情』を、アルテナに抱いている事になる。
本には『そういった感情を抱くのは人として当たり前の事であって、何の恥ずかしさも持つ必要はない』と書かれていた。
だが、それでも、シティ・神戸に居た頃のデスヴィンには分からなかった。否、実感が無かったと言った方が正しかっただろう。
『そういった感情』を一切合財抱かずに生きてきたデスヴィンには、『そういった感情』を理解したくても理解できなかったのだ。
しかし、今なら『そういった感情』の意味が、理解できそうな気がした。
「ううん……違うのデスヴィンさん。あたしのせいなんです。あたしか今から、それを全部話します。だから、錬君を追わないで……あ、でも、その前に、いくつか、聞かせてください」
デスヴィンが、不安に苛まれる心境の中で、己が今抱いている感情について考えていると、アルテナがようやく答えを返してくれた。
「いいだろう。俺に答えられることなら答えよう」
「ええと、では、先ず1つは…デスヴィンさん、怒っているの?」
「……怒っている、俺が?」
いきなり唐突な質問だったので、思わず面食らった。
デスヴィンの頭の上に疑問符が浮かび上がる直前に、アルテナの口から次の言葉が発せられた。
「あ、違うのですか?でも、デスヴィンさん、申し訳ないのですけど、顔が怖いですよ……」
「そう……だったのか?」
自分が険しい表情をしていることに、デスヴィンは気づいていなかった事に気づかされた。少々複雑な気持ちがデスヴィンの胸のうちに広がる。
「あ、少しよくなりました…。そうです、その顔でいいんです」
「そ、そうか……」
なんだか、照れくさくなる。
「はい。それで、次の質問なのですが……デスヴィンさんは、どうしてここに?」
既にアルテナは泣き止んでいた。その瞳に涙は浮かんでいない。
「俺は、作戦の最中で、この騒ぎに応じて悪事を働く者がいないかどうかを確認していた最中だったのだが……視界に君の姿が目に入った途端、何も考えられなくなり、気がつけば、体が動いていた……」
そう、本日のデスヴィンの作戦は『この騒ぎに応じてシティ・ニューデリーで悪事を働く者がいないかどうかの確認。もし怪しい者がいた場合、ある程度の戦闘行為は容認される』というものだった。
ちなみに、デスヴィンは朝から怪しい者を探していたが、そのような者は1人たりとも見つからなかった。
「そうだったんですか……じゃあ、デスヴィンさんがここを訪れたのは、全くの偶然だったんですね」
「ああ、その通りだ。こうしてみると、偶然とは恐ろしいものだと痛感せずにはいられんがな」
「その通りですよ。本当に……」
吐き出すようにその言葉を告げたアルテナが、僅かに俯く。
「質問は以上です。だから、今度は、あたしが全てをデスヴィンさんに教える番です」
凛とした目つきで、きりっ、と目を見開くアルテナ。本気の瞳、という言葉が、デスヴィンの脳裏に浮かんだ。
「デスヴィンさん、落ち着いて聞いてください」
抑揚のない声で、アルテナはそう告げる。
その様子から、これからアルテナの口から告げられることが、とても大事で、嘘など一欠けらもないものなのだという事を、デスヴィンは悟った。
「お話します……あたしと錬君の間に、何があったのかを……」
―――デスヴィンに全てを説明している間、心の中に、落ち着きが戻ってくるのを、アルテナは確かに感じた。
そして、錬の言葉の数々に耳を貸さなかった自分に気づき、僅かに後悔した。
そう―――本当なら、アルテナとて、心の中では分かっていた。
きっと錬とて、あれだけの事をして悩まなかった訳ではないのだと。シティ・神戸の崩壊を引き起こして、物凄く後悔したのではないのかと。そして、死んだ家族も、アルテナが錬やフィアを憎むことよりも、錬やフィアを許してあげる事を望んでいるのだろうということを。
だがそれでも―――シティ・神戸の崩壊を巻き起こした最大の原因であるフィアが生きているという事実そのものが、錬が放った、自分の罪を認めながらも、それでもフィアだけは決して殺させないというあまりにも虫のいい話が―――アルテナの心を憎しみと怒りで彩り、思考を鈍らせ、全てを塗り替えてしまった事に、このときになってようやく気がついた。
その怒りは、アルテナに「どうして死ぬべき命であるはずのフィアが生きていて、生きていられた家族が死ななくてはいけないのか」という考えを持ってしまったことにも、自分の計画が完全に失敗となってしまった事が確定した瞬間、アルテナの心の中、ずっと眠り続けていた狂気が牙をむいた事にも、同時に気づいた。
(あたし―――本当に、なにしてたんだろう)
アルテナの心の内には、後悔という感情が漂っていた。
今この瞬間、こうして生きていられることに、感謝せずにはいられなかった。
何故なら相手は、あの『悪魔使い』だったのだから―――。
全てを語り終え、アルテナは小さく息を吐いた。
デスヴィンは無言のうちに、全ての真実を受け入れた。
それは、最初こそ、とても信じられない事実ばかりだと思っていたが、デスヴィンの脳内に情報として保管されている、過去に聞いたアルテナの以前の生活や境遇を考えれば、納得の出来るものでもあった。
アルテナが、シティ・神戸において、家族と共に過ごしていた魔法士であったこと。
アルテナは最初、とある理由(この事については、出来ることなら今は追求してほしくないといわれた。その代わり、もう少し、心が落ちついたら絶対に話すと、アルテナはそう言ってくれた)から、シティ・神戸市民としての偽装IDを作成し、シティ・神戸の市民として生きる事を決意したこと。
ある日、1人で暮らしていると、とある家族から、一緒に暮らさないかと誘われたこと。
血の繋がりこそないけれど、本当の家族が出来て、とても嬉しかったこと。
それからの1年間が、とても楽しかったこと。
アルテナの幸せは、シティ・神戸の崩壊と共に、家族の死と共に、永遠に失われてしまったこと。
アルテナは『騎士』の一部の能力を使用できるカテゴリの魔法士だったが、それでも、家族を助けられなかったこと。
シティ・神戸崩壊後は、シティ・神戸跡地付近のプラントで生きてきたこと。
その目的は、シティ・神戸を崩壊させた犯人を探し出し、犯人に罪を償わせる為に、生きると決意した為だったこと。
その中で、恭子やデスヴィンと出会ったこと。
そしてある日、アルテナはとあるルートから情報を得て、シティ・神戸を崩壊させた犯人が『天樹錬』と『フィア』であることを知ったこと。
『天樹錬』と『フィア』らしき人物が、シティ・ニューデリーにいるらしいという情報を受け、アルテナが行動を開始したこと。
フィアをさらい、シティ・モスクワのマザーコアにさせようとしたが、最終的には失敗に終わり、アルテナ自身も、錬に敗れたこと。
そして、錬にノイズメイカーを取り付けられたその瞬間に、デスヴィンが駆けつけてくれて、嬉しかったこと―――。
色々な、様々な情報が、デスヴィンの脳内と心の中で交錯していたが、何とか整理する事に成功する。
数秒間の沈黙の後に、デスヴィンは静かに口を開いた。
「とりあえず色々と驚いたが、1番驚いたのは―――まさか、あのフィアという少女が、シティ・神戸のマザーコアだったという事実についてだな……」
「でもデスヴィンさん……フィアちゃんを責めないであげてくださいね。ましてや、マザーコアだってこと、他の誰にも公言しないでくださいね。フィアちゃんだって、色々と悩んでたみたいなの」
「それについては大丈夫だ。俺にはマザーコアなど殆ど関係がない。ただ、シティを転々として生きる身だからな。態々そうまでしようとは思わないさ。だから、態々シティにマザーコアの素体を差し出す真似などする必要がないという事だ」
「そういう問題でいいのでしょうか……でもまぁ、それでいいです」
アルテナが、小さく一息ついた。
「―――そして、あたしは、あなたに謝らなくてはいけないことがいっぱいあるの」
再び凛とした表情となったアルテナの声には、抑揚がなかった。
「どういうことだ?」
アルテナの様子にただならぬ何かを感じたデスヴィンは、すかさず問い返す。
「まず、1つなのですけれど…」
アルテナは一息置いてから、続けた。
「デスヴィンさん……ブリード君とミリルちゃんの事は知ってますよね?」
「勿論だ。俺がシティ・神戸跡地付近のあのプラントに来て、すぐに知り合ったからな」
人懐っこくひょうきんな少年と、おとなしめだけど、明るい笑顔を持つ少女の姿が、デスヴィンの脳裏に思い描かれる。
「ブリード君とミリルちゃんね……『賢人会議』に行こうとしたの。あたしは、それを偶然だけと聞いてしまったの。だから止めなくちゃって思って、あたし、あの子達を、傷つけて脅してしまったの。あ、でも、殺したわけじゃないの。ちゃんと手加減したから……」
「……なに?」
デスヴィンの眉が、ぴくりとつりあがった。
「……何故、そんな事をした」
表情は変わらず。だが、デスヴィンの声は驚きに満ちていた。
ブリードやミリルが『賢人会議』に行こうとしていたという話も初耳だった。だが、その件については、後々に自分の口から理由を聞こうと判断する。
デスヴィンの脳内で、思考が落ち着かない。喉がからからになったような感覚が酷く不快だ。
「落ち着いて聞いてください……そうしないと、もしかしたら、あの2人は、デスヴィンさんと戦うことになってしまったかもしれないからって思ったからです。だってそうでしょう。『賢人会議』に行くって事は、今、シティ側に味方しているデスヴィンさんと戦う可能性だって、十分にありえるじゃないですか」
俯きながら、アルテナは淡々と告げる。
「……」
デスヴィンは何も言い返せなかった。アルテナの言う事にも一理があったからである。
「そして、まだ終わりじゃないんです。いいえ、寧ろ、これからいう事こそが、デスヴィンさんにとってもっとも大事なことなんです」
すっかり諦めたような、或いは、何かを悟ってしまったかのような、そんな表情のまま、アルテナは告げた。
「……10年前に、あなたの右目を奪ったのは、他ならない、このあたしなんです」
「な――!」
に、という言葉を続けることが出来なかった。
それほどまでに、アルテナの発言に驚かされた。
アルテナのいう事が正しければ、デスヴィンが10年間探し続けていた、デスヴィンの右目を奪ったのが、他ならないアルテナだという事になる。
そんな馬鹿な、という言葉が、デスヴィンの頭の中をぐるぐると回り続ける。
「デスヴィンさん、この2本のナイフに見覚えはありませんか?」
アルテナは、その顔を俯かせたまま、デスヴィンの目の前に、2本の白銀のナイフをつきつける。
「――それは……!」
2本の白銀のナイフを目の当たりにし、デスヴィンの顔が引きつる。見まがうことなど、何もない。
その瞬間、I−ブレインによって記録された、10年前の忌まわしき記憶が否応無しに蘇る。
2本の白銀のナイフを握り締めた、顔も知らない人物に右目を切り裂かれた時のヴィジョンが、鮮明に脳内に呼び起こされる。
「―――ぐ」
何の前触れも無く、ズキン、という音と痛みが、デスヴィンの右目を襲った。
青色の髪の毛に隠れた、もう見えないはずの瞳。
反射的に右手で右目を押さえて、痛みに耐える。痛覚遮断を使えば話は早いのだが、この程度の事で安易に使うのは憚られた。
不定期に突然襲ってくるこの痛みの原因は分からなかった―――つい、先ほどまでは。
その瞬間、以前の、シティ・神戸での記憶が、フィードバックする。
十年間の経歴―――その中の殆どが戦いに関することだったが―――を簡単に説明して、
「――――まあ、これが俺の履歴だ」
ため息と共に、締めの一言を言い放った。
「…そう、だったんですか」
「戦争は終わったが、世界はいまだ戦争をしているのと同じようなものだ。パン一切れ、燃料一滴の為に毎日が戦争だからな。八歳の子供に突然襲い掛かられたこともあったよ」
「大変だったんですね…」
「そりゃ大変だった…殺すわけにもいかないからな…まあ、何度も経験するうちに慣れてきて、どう対処するべきか分かってきたのだがな。他に質問は?」
気がつけば、質問が無いか聞いていた。
おそらく、デスヴィン自身、こうやって自分の事を他人に話したのは初めてだったので、止めどころが分からず勢いに乗ってしまったのかもしれない。
「…じゃ、じゃあ、前から聞きたかったのですが…」
そこに来て、アルテナがおずおずと質問を切り出してきた。
「…これは、答えたくなければ答えなくて結構です。ですが、やっぱり気になるので―――貴方のその右目…どうしたんですか?」
「…っ!!」
その質問を聞いた時、デスヴィンは少なからず動揺した。
「あ!い、嫌なら答えなくていいから!!ご、ごめんなさい!」
それを察知し、平謝りするアルテナ。
「…いや、大丈夫だ。
質問には答えるのが道理。だから…これを見たらこの話を終わりにしてくれ」
アルテナの返答を待たずして、デスヴィンは右手で髪の毛をかきあげる。
「――――っ」
口に両手を当てたアルテナが息を飲む音が、ここまで聞こえてきそうだった。
デスヴィンの髪の毛の下にあったのは、斜めに切り裂かれた、二度と開く事のない右目。一生消える事のない痛々しい傷跡が、確かな形でそこに残っていた。
「…大戦の最中、いきなり襲われたんだ。そいつはとても恐ろしい相手だった。気配を感じさせること無く、俺達の懐へと近づいていたのだからな。いつ斬られたかも分からなかった。気がついた時には、右目はもう見えなかった。最も、そいつはすぐに撤退したんだが」
「…恐ろしい…相手だったんですね…」
「ああ、今でも覚えている。残念なのは、そいつの姿を全く覚えていないことだが…まあ、あの大規模な世界大戦だ。生きている確率は…かなり低いだろう」
「…そう、だったんですか」
「ああ、これで、この話は終わりだ」
「はい、分かりました」
しのびやかな笑みを浮かべたアルテナの顔には、先ほどのような暗さは残っていなかった。
ただ、暗さが完全に取り除かれたわけではなく、まだ、アルテナの顔に影は残ったままだった。
―――あの時は、デスヴィンの話の内容があまりにも痛烈だった為に、アルテナが息を呑んだのかと思った。
しかし同時に、あの時、何らかの違和感があったのも確かだった。
そして、デスヴィンのその考えは、その違和感の正体は、アルテナの発言によって裏打ちされた。
「―――デスヴィンさん、あなたは以前、あたしに話してくれましたよね。その、右目の傷の事を。
あの時、あたしがデスヴィンさんの右目を見て口元に手を当てたのは、デスヴィンさんの話の内容に驚いたからじゃなかったんです――デスヴィンさんの右目の傷は、あたしがつけてしまったものだって、気づいたからなんです」
「………」
開いた口がふさがらない、とは、まさにこのような事を言うのだろう。事実、デスヴィンの口は、無意識のうちに開いたままになっていた。
その心の中を埋め尽くしたのは、叶ってほしくない現実が叶ってしまったという失望だった。
「……そう、あたしは、いろんな人をいっぱい傷つけて、命を踏みにじって生きてきたんです。
デスヴィンさんの右目だってそうです。あたしは、あの時、自分が生きるためとはいえ、戦って、そして、デスヴィンさんの右目を奪ってしまったんです……デスヴィンさん……あなたは、右目を奪った犯人に出会ったら、どうするつもりだったんですか?やっぱり、その人を殺すつもりでいたんですか?」
「それは……」
デスヴィンはアルテナの問いに答えることが出来ない。何故なら、デスヴィンの心の中には、既に、アルテナへの特定の感情が芽生えてしまっていたからだ。
「本当なら、このことは、ずっと黙っていようって思いました。でも、あたしには、この事を黙っていることが、どうしてもできませんでした」
「何故だ?」
「……言っていいんですね?」
静かな声。
「当然だ」
表面上は平静を保つものの、デスヴィンの心の中では、不安が拭えない。
アルテナが次にどんな言葉を口にするのかが、気になって仕方が無かった。
アルテナが口にした『この事を黙っていることが、どうしてもできませんでした』という言葉。
それがどういう意味を持つのか、デスヴィンは、その答えを知りたかった。他者に殆ど興味を持たないはずのデスヴィンが、強く興味を惹かれた。
「じゃあ、言わせてもらいます……」
一呼吸置いて、アルテナは叫んだ。
自身の心が放った、どくん、という音を、デスヴィンは確かに聞いた。
「っく……っく、うぅ……」
胸のうちの全てを告げたアルテナの瞳から、涙があふれる。地面にナイフを手放し、細い両腕で、しゃくりあげながら涙を拭うものの、涙は、後から後から流れ出て止まらないようだった。
好きという感情と、罪の意識とがごっちゃごちゃになってしまった、少女の心。
なら、この場に居合わせたデスヴィンがやるべきことは―――その心に安らぎが訪れる言葉をかけてあげること。
「確かに俺は、10年間、この右目を奪った魔法士を探していた。
右目を失った事に対する、俺の生活のデメリット、及び、プライドへのダメージは、確かにすさまじいものがあったと今でも思っている――だけど、それが君だって分かった時、そんな気持ちは、どこかへ飛んでしまっていた」
「どうして!?
あたしは、デスヴィンさんの右目を奪ったのに!?
あたしは、全てを告げたら、デスヴィンさんに殺されるかもしれないって思ったし、その覚悟もして、この事を話したんです……だから、殺したいなら殺してください……あたしは、そうされても仕方のない事…」
「俺が……君の事を好きだからだ。他の理由などいらない。好きな子を殺せるわけがないだろう」
アルテナの反論をさえぎり、心の中で、今できる限りの最大の勇気を振りしぼり、デスヴィンが続けた。心臓が、今までにないほどの早鐘を打っていた。
「そして、その罪を、アルテナが生きることで俺に償ってほしい。死ぬことではなくて、生きることで、俺に償ってほしいんだ……それと、逆に考えるべきなのかもしれない。10年前にそんな出会いがあったからこそ、俺達は今、こうして出会っているんだ……と」
……口を吐いて出たのは、そんな台詞だった。デスヴィン自身、どうしてこんな台詞を口にしたのか、言ってから理解不能に陥る。おそらく、以前読んだとある本に、こんな感じの台詞が載っていたのを、脳が覚えていたせいかもしれない。
「……ふっ、うふふっ」
まだ瞳の端に涙の後が残る顔で、口元を押さえて、くすくすと、小さく笑うアルテナ。
「……なぜ笑う?」
「ご、ごめんなさい……失礼な発言になってしまうのは分かっていますけれど……『逆に考えるべきなのかもしれない』のあたりの台詞は、デスヴィンさんの口から出るには、あまりにもイメージが合わないって思ったんです…ほら、だって、デスヴィンさんって、どちらかといいますと、硬派……っていうんでしょうか?そんな感じの人に見えるから……だから、あまりにもイメージからかけ離れてて……ふふっ……」
笑いをこらえきれないようで、アルテナは口元を押さえて、泣き笑いの顔で小さく笑い続けている。
「……そこまで笑わなくてもいいと思うのだが」
小さくため息を1つつくデスヴィン。恥ずかしさをこらえて真面目に言った言葉でそこまで笑われてはさすがに傷心する。
「でも…ね」
小さな笑いまじりの声は、嗚咽交じりの声へとまた戻る。
「デスヴィン……さん……嬉しい、あたし、嬉しいの。そう言ってくれて、あたしのこと許してくれて、とても嬉しいの」
顔を上げたアルテナの顔は、また、涙にぬれていた。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
俯き、両手で目を押さえて、子供のように泣きじゃくる。
「もういい。謝罪の言葉は一回で十分だ」
そう告げ、デスヴィンは、胸の中に、少女の体を抱きしめる。
「……あ」
ぎゅっ、と、さらに力強く抱きしめる。
「あたたかい…」
胸の中、少女の小さな声が聞こえた。
抱きしめた少女の体が、思っていたよりずっと小さかった事に、デスヴィンは、この時、初めて気がついた。
こんな、触れれば壊れてしまいそうな体で、この少女は、10年もの間、罪の意識に苛まれてきたのだろう。
10年前に右目を奪った相手の事を、ずっと、ずっと気にかけていたのだろう。そうでなければ、あんなふうに謝ったりなどしないはずだ。
デスヴィンはアルテナを許すことが出来た理由はそこにあった。だから、デスヴィンは、アルテナを憎むのではなく、許すことで全てを終わらせることにした。
それから、どれくらい経っただろうか。
脳内時計は『午後3時3分』を告げる。デスヴィンがアルテナを抱きしめてから2分も経っていないのだが、デスヴィンにとって、その時間は、10分にも20分にも感じられた。
「……ねぇ、デスヴィンさん」
アルテナの小さな声が聞こえた。
「む?」
「その……ちょっと、離してくれませんか?ほら、ここって結構目立つみたいですし……いつ、誰がここを通ってもおかしくないんですし……えっと、つまり、恥ずかしいんです」
「そ、そうか」
少し照れくさい感覚を覚え、デスヴィンはアルテナの体を抱きしめていた腕をはなす。
アルテナの顔が僅かに紅潮していた。
「デスヴィンさん……」
「?」
大きく開かれたアルテナの瞳は、先ほど泣いていた時とは全く違う、凛とした輝きにあふれていた。
「……あたし、色々なものと、決着をつけます。まだ話してない事がいっぱいあって、あたしは、過去に様々な過ちを犯してここまできました。そして、いつもその罪を引きずっていて、常に罪悪感を持って生きてきました。
でも、いつまでもその事を引きずっていては、結局、何も変わらないの。変わらないって分かってたんだけど、どうしても引きずり続けてばっかりだった」
「……」
デスヴィンは何もいう事が出来ない。
「だから、一緒にいてください。あたしの傍にいてください。あたしに、生きるための理由と希望と勇気をください」
「―――ああ、君が……いや、アルテナが望むなら、俺でよければいくらでも傍にいてやる」
「―――はい」
シティ・ニューデリーの空の下、青年と少女は互いに向き合い、小さく微笑んだ。
―【 キャラトーク 】―
ノーテュエル
「カップリングが多いことで有名(?)な本作だけど、この2人まで実は相思相愛だったとは思わなかったわっ!」
ゼイネスト
「しょっぱなから飛ばしてるな……そもそも、かなり前の話で、デスヴィンがアルテナにただならぬ感情を抱いていたシーンはあったし、アルテナのあのアプローチから見ても、この流れになる事は予測がついただろ」
ノーテュエル
「いや、別に今更カップリングが増えた事に関しては問題ないんだけどね。ちょっと叫びたかっただけーv」
ゼイネスト
「それだけかよっ」
ゼイネスト
「さて、とりあえず……ようやく、この2人はスタート地点に立てたって感じだな」
ノーテュエル
「んで、これからアルテナは過去の罪の清算に向けて、現実と戦っていくという訳ね。うんうん、戦わなきゃ現実と」
ゼイネスト
「お前……一回でいいからアルテナみたいなことしてみろ。そんな暢気なこと言ってられないだろうから」
ノーテュエル
「冗談だってば……でもさ、私達だって、アルテナの考えた『ライフリバース計画』の犠牲者だってこと、忘れちゃいけないのよ。だからこそ、アルテナには現実と戦ってほしいのよ。『ライフリバース計画』の実行者としてね。
まぁ、なんか私達は結果的には生きてるみたいだし(本編にそれらしき描写はほんの一瞬しかなかったけど)、アルテナだって反省しているみたいだから、許してあげようって思うけどさ」
ゼイネスト
「なるほど、さっきの『戦わなきゃ現実と』にはそういう意味も混じっていたのか。お前にしてはたまにはまとも…にはちと遠いかもしれないが、ましな事をいうんだな」
ノーテュエル
「ちょっとゼイネスト、それどーいう意味?」
ゼイネスト
「どういう意味も何も、そのままの意味だが?」
ノーテュエル
「なんか引っかかる言い方だけど、まあいいわ。
んでさ、デスヴィンの途中の発言なんだけど……あれはアルテナじゃなくても笑うしかないんじゃないの?」
ゼイネスト
「言うな。デスヴィンは至って真面目にあの台詞を言ったんだ……不器用なデスヴィンにしちゃ、よくやった方だと俺は思う」
ノーテュエル
「や、分かってるんだけど、ね……んで、次のお話はどうなるんだっけ?」
ゼイネスト
「事実上の終結、最後の後始末だと聞いているが」
ノーテュエル
「そっか、もうちょっとで、この長い物語も終わっちゃうんだもんね」
ゼイネスト
「最終的に何をやりたいのか分かりにくい物語になってしまった気はするが……ま、しょうがないか。そもそも、DTRの頃からこの流れだ。FJでいきなり変わる訳もない」
ノーテュエル
「作者としては、何をやりたいかっていうテーマはある程度は決まってたみたいなんだけどね…敢えて言うなら『賢人との対立』かしら?ハーディンとかフェイトがいい例ね」
ゼイネスト
「ま、極論を言えば『こんな物語があってもいいだろう』だからな…二次創作なんてそんなものじゃないのか?」
ノーテュエル
「いえてる。まぁ、あくまでも『最低限の』ラインだけかもしれないけどね」
ゼイネスト
「それをいっちゃいかんだろ……ま、んじゃ、そろそろ恒例の次回予告と行こうか」
ノーテュエル
「次回は……『ホワイト・レクイエム』だってさ」
ゼイネスト
「なるほど、では、また自戒まで…そしてここでタイプミス発覚。次回まで、だ」
ノーテュエル
「タイプミスまでネタにするか作者っ」
さて、ようやく書きたかった話とか、最後のネタバレとか終わりました。
朴念仁キャラだったはずのデスヴィンが、いきなり恋愛に目覚めたようなキャラになったりもしましたが……。
この辺、私はまだまだ未熟なんだなと思い知らされるところですねぇ…。
―――ってか、確かデスヴィンは任務の最中のはずだったんだけど……。
いつの間にか任務ほっぽりだしてアルテナに告白してるような…^^;
え、えーとですね……と、とりあえず、自分の気持ちに嘘はつけないってやつで勘弁してください(笑)
それにしても……長かったこの物語にも、ようやく終わりが訪れると思うと、ほっとしたような、ちょっとさみしくなるような、複雑な気持ちになりますねぇ。
まぁ、始まりがあれば終わりがあるのは、仕方のないことでしょう。
ラストスパートまで頑張っていきたいと思います。
ではでは。
<作者様サイト>
Moonlight butterfly
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