FINAL JUDGMENT
〜ホワイト・レクイエム〜














シティ・ニューデリーの待ち外れ。

ハーディン、そして、突如として加勢に現れたフェイトの前から逃げ延びれたと思ったサクラには、更なる障害が待ち受けていた。

「―――何故だ…何故貴方がここにいる!」

見慣れた白髪。サングラス。鍛えられた体躯。見間違うはずが無い。シティ・メルボルンにおいて死闘を繰り広げ、そしてつい先日、このシティ・ニューデリーにおいて不本意ながらも協力体制をとらなくてはならなくなった男―――幻影No.17。

「んー、あー、そう言われてもな……多分、天の導きや。おれとお前の決着をつける、最後の戦場へのな」

冗談めかした口調でイルはそう言ってのける。

「そんなふざけた理屈が通じるとおもってい…くっ…」

言葉を最後まで出し切れず、出血の止まらない右足を押さえるサクラ。

「なんや、怪我かいな。その傷跡からすると、ハーディンのヤツにやられたんやな―――まぁええわ。ハンデのある戦いなんてホンマなら好きやあらへんのだけど、うだうだ言ってたら機会を逃しちまう可能性だって捨てきれへん。今日の失敗は、明日の大量虐殺なんて事、おれは決して許さへん。だからここで倒すんや――――お前を!」

「1対1での決着ということか!いいだろう幻影No.17!貴方の望みどおりの戦いといこうではないか」

「ああ、その答え、待ってったわ…ところで、さっきのどでかい荷電粒子砲…あれはお前のかいな?サクラ」

「答える義理はない―――といいたいところだが、冥土の土産に教えておこうか」

「メイドの土産?それうまいんか?」

「こんな時にまでふざけているのか貴方という人は―――っ!」

額に青筋を浮かべて、がーっ、とサクラは叫ぶ。

「…ッ」

だがそれも長くは続かず、体に走った痛みにすぐに顔をしかめる羽目になった。目の前の男の予想外すぎる反応に突っ込む事に意識を使いすぎてしまい、自分が怪我をしているという事実をすっかり忘れてしまっていた。

「なんやお前、怪我しとるやないか」

「煩い!」

「…ま、お前の説明がなくても、さっきの荷電粒子砲の正体は見当がつくけどな。
 青い服きて奇抜な帽子被った奴の放ったレールガンによる一撃と、お前の使った…あー、能力名がわからへんな。電磁場生成レールガン?それでええんかいな?そいつとせめぎあったんやろ?」

「…青い服きて奇抜な帽子被った奴…確かに正解だが、何故…まさか」

「当たり前や、その青い服きて奇抜な帽子被った奴――フェイトも、お前に恨みもっとるからな。なんでも、好きな女の子傷つけられたって激怒してたで―――お」

人の気配を感じ、イルが視線をその背後に向ける。

そこに、新たに二つの影が現れる。

サクラの顔に浮かんだ、一瞬の期待に満ちた表情。デュアルNo.33やセラが助けにきてくれたのかと思ったからだった。

だが、次の瞬間、サクラのその期待は見事に打ち砕かれる。

「――追い詰めたぜ『賢人会議』…いや、サクラ!ここがテメェの墓場……だッ!」

「イル!貴方1人では無理だ!貴方は以前の戦いでサクラに弱点を知られている。そのまま突っ込んでも、勝利の保障はありませんよ!」

片や、なにやら息切れを起こしている、青い服を来た奇抜な帽子を被った青年。

片や、右肩からの大量の出血により、衣類とマントを赤く染め上げてしまっている銀髪の青年。

当然ながら、サクラは後者の青年に見覚えがあった。つい先ほどまで、それぞれの意見をぶつけあって戦った青年だ。

マザーコアとしての適正が非常に低かったが為にマザーコアになれず、さらには姉をマザーコアにされ、それでも尚、シティに住む弱い人々を守る為に戦うことを決意している、輝くほどの強い意思。

「く――撒いたと思ったのだがな」

「―――生憎と、僕は目の前の敵を逃がすほど甘くないのでしてね」

「…フェイト・ツァラトゥストラ、己の怨敵を討つ為参上…なんつってな」

「―――」

2人の口上をあえて完全に無視したサクラは無言で6本のナイフを取り出し、両手にそれぞれ3本ずつ構え、一瞬のうちに投げつける。

ベクトルを加えられて投擲されたナイフは、まっすぐな直線を画き、それぞれ2本ずつ、3人目掛けて、その命を奪わんとうなりをあげる。

「――そうはさせっかよ!」

青い服を来た奇抜な帽子を被った青年―――フェイトが白い歯を光らせ、その手に携えた巨大なレールガンを構え―――、

「やらせはしねぇ!やらせはしねぇぞ!テメェなんぞにやらせはしねぇぜ!」

…なんかどっかで聞いた台詞を思いっきり叫んだ。

「もうちょっと気のきいた台詞はないんか?」

「やかましい」

そんなやりとりが交わされてから刹那の時を経て、フェイトの構えたレールガンに雷光が装填される。

「ほいっと」

フェイトは懐から取り出したミスリル製の特殊な弾丸をレールガンへと投げ入れる。

次の瞬間、電磁場がはとばしり、サクラが先ほど見た電磁場の波が直線を形成してサクラへと襲い掛かる。

背後に生き物の気配及び存在が無いことを確認したサクラは、紙一重でその一撃を回避する。

サクラの放ったナイフは、6本全てが電磁場に飲み込まれてその存在を消失する。

「―――避けたかよ」

ち、と舌打ちするフェイト。残念そうな表情が浮かんでいる。

「…1つだけ聞いておこう…フェイト、貴方もか?」

「は?何言ってんだお前?」

サクラの意図がつかめないらしく、あっけに取られるフェイト。

だがそれでもサクラは続ける。

このフェイトという青年が、何のために戦っているのかを確認する為に。

理屈など無かった。ただ、知りたいと思っただけだった。

「貴方は、何の為に戦っている―――貴方もまた、シティに住む者達を守る為に戦っているのか?」

「あ?何言ってやがる――おれは、おれが生きる為に戦っている。
 それ以上をお前に言う必要は無いし、言ったってどうせ理解なんざ示してくれそうにないからな」

「―――なっ!!」

目を見開いて、サクラが驚愕した。

「おれはただ、おれがシティで生きる事が出来ればいいだけなんだよ。他の人間なんざ知った事か。利己主義?ああ、それで結構だ。少なくとも、おれにはシティさえあればいい。だからおれはマザーコアを支持するのさ。おれが生きる為に!」

「―――貴方はっ!!貴方は、そんな下らない事の為に―――っ!!!」

フェイトの発言に激高し、サクラは叫ぶ。

この戦いにおいて、絶対に信念で負ける訳にはいかない―――その思いが、サクラの満身創痍の体を動かしていた。

「…おい、今のは聞き捨てならねーな。お前が人を下らないとか言える権利が本当にあると思ってんのか?一般的な観点から考えれば、お前のやってる事がよっぽどくだらねぇじゃねーか」

「御託を並べるな―――っ!!私は、人間が生きる為に犠牲にされている魔法士の為に―――」

「あー、それについて言わせてもらうがよ。俺からしてみれば…」

顔一杯に蔑みの表情を浮かべた後に、はっきりとした口調でフェイトは告げた。












「――――それがどうした。だ―――だってよ、マザーコア用の魔法士がいくら死のうが、おれには関係ねぇじゃねーか」












「―――な、に」

サクラが何かを叫ぼうとしても、言葉にならない。

それほどまでに、目の前の青年の考えは、サクラが今まで戦ってきた者達とは一線を駕していた。

「関係ない…だと」

「ああそうだ。
 人間ってのはな、自分の家族は絶対に助ける。それは親子だから、自分に関係があるからだ。
 親がどうして自分の子供を叱ると思う?自分の子供だからさ。
 他人の子供なんか怒らないだろう。なんせ、自分と関係ないからな」

喉がからからになっていく感覚を、サクラは確かに感じていた。

「地球上の人間全てがそうだ、とは、口が裂けても言わねぇ。
 そりゃそうだ。人間は一人一人が色々な考えを、そいつにしかない考えを持っている。
 お前みたいに世界に喧嘩売るようなとんでもない奴も居れば、幻影No.17みたいに、より多くの命を救うって志を持っている奴もいる。
 おれには他人がどういう考えを持とうが、その全てを否定するなんざ出来ないからな。
 ―――つまり、裏を返せば、おれにはおれの考えがあって、その志の元に、その世界観の元におれは生きているってことだ。
 だから『自分と関係ない奴がどんな目に遭おうと知った事か。おれには関係ない』―――これが、おれの考えだ。
 お前もあのシティ・メルボルンの戦いで学んだ筈だろう。イルとの考えの違いを」

「…ああ、その通りだ。私とは決して相容れない、正反対な考え。そして、絶対に曲げない信念が、そこにあった」

「そう。お前の正義はお前の正義。それはおれも認めよう。
 …だがな、進むべき道を間違えたんだよ――テメェ。
 お前がいくら正しいと思っていようが、世界はそんな甘ったるい考えを受け入れられるような状況じゃねえんだ」

怒気を孕んだ声で、フェイトは叫んだ。

だがそれも一瞬の事。フェイトの表情が一瞬和らぐ。

「…んじゃ、ちょいと話を変えて聞くがよ。お前、病気でいつ死んでもおかしくないマザーコア被検体の魔法士が居たとする。
 でも、そいつは生きよう生きようって、毎日を精一杯努力して生きている。そいつを目にしたら、お前はどうする?」

突如、全く違うベクトルの質問が放たれた。

急にそんな事をするフェイトの意図が分からないが、聞かれた以上は答えなくてはならないだろう。

故に、少しの沈黙の後にサクラは答えた。

「…当然ながら助けたい。そう思うに決まっている!!
 ましてや、それがマザーコア被検体であったとしたら尚更だ!!」

「そうくるよな。んじゃ、質問を変えよう。
 全く同じ状況下で、今度は人間が、それも、病におかされている14歳くらいの少女が殺されようとしている。そして目の前には、そいつに止めを刺そうとする魔法士がいる。ちなみにそいつは元マザーコアの魔法士で、力の無いものに当り散らすクソ野郎だ…さて、こんな状況下に出会ったら、お前はどうする?」

サクラは、その問いに――――答えることが出来なかった。

病におかされている少女を助けるのが普通だろうが、そうしたらどうなる?サクラは、元マザーコアの魔法士を殺さなくてはならなくなるだろう。あるいは、その元マザーコアの魔法士は、連れられてまたマザーコアにされてしまうかもしれない。

だからといって、元マザーコアの魔法士を見逃せば、今度は間違いなく少女が死ぬ。

「やっぱ、そうかよ」

フェイトの顔に、強い嘲りと軽蔑の色が浮かんだ。

「魔法士なら助けるが、人間ならいっそ死ね、か。
 病弱で、それでも希望を持って生きようとしている奴の希望を奪って、未来が無い健康体のマザーコア被検体の魔法士は救うのか!ふざけるのも大概にしやがれ!」

次の瞬間、フェイトの目つきが鋭くなった。

刺すような、いや、刺し殺すような視線のまま、怒気を孕んだ声でフェイトは続ける。

「…教えてやるよ。サクラ。お前の『信念』はな―――ただの『自己満足』なんだよ!!
 おれがあちらこちらから聞いた話から理解するに、テメェは過去に助けられなかった一人の少女がいて、そいつの代わりにマザーコア被検体を守って、その代償に何千人、何万人もの人間を殺す。しかもその罪は全て人間に擦り付けてな。
 ―――は、相当な笑い話だな。どこにそんな理屈が通る世界があるってんだよ。
 …おれが思うには、所詮お前は『過去助けられなかった一人の少女』の亡霊に取り付かれただけだ。
 少女の代わりにマザーコア用の魔法士を守る事で、そいつに償いたかった…そうじゃねーのか?」

そうだ、とサクラは思った。

自分はあの子を守れなかった。

世界の全てがあの子に死ねと言うのなら、誰か一人くらいあの子に生きて欲しいと思う人間がいてもいい。

その思いから、サクラは『賢人会議』を設立したのだ。

「お、そうだな。いい事を教えてやる。
 人間には因果応報ってもんがあってな。前世で借金抱えて死んだりすると、生まれ変わっても借金の苦労を背負った家に生み落とされるらしい。
 つまりおれが何を言いたいかってーと、今、マザーコアにされる魔法士ってのは、前世で悪どい事をして死んだんじゃねーかって思うわけだ。
 で、この世で善行を積むことにより、いつかはまともな人間に生まれ変われる…仏法的な考え方だが、筋は通っているって思ってる。
 マザーコアになる事で人を救う…それはこの世界においては間違いなく善行だ。んで、お前はその邪魔をしてるんだぜ?」

「それは詭弁だ!マザーコアとなる魔法士を殺す為の口実ではないか!」

「おおう、反論しか飛んでこねぇ。胸がないと他者の意見に対する許容範囲も狭いもんなのかね」

肩をすくめるフェイト。

「…死にたいようだな」

流石に今の発言にはカチンときた。ふつふつとした殺意があふれるように浮かんでくる。

「まぁいいさ。んで、最後にいいことを教えてやるサクラ。
 シティ・メルボルンでお前が起こした戦いのせいで、崩壊した建物の下敷きになって、何とか一命を取り留めたものの、両足を瓦礫につぶされて歩く事すらままならなくなって、車椅子による生活を強要された奴だっているんだよ。んで、その子はおれの――――恋人だ」

その発言に、サクラは驚きを隠せなかった。

「―――それが、貴方の戦いの理由なのか、フェイト。好きな子を傷つけられて、そして、その子の為に私を討つと、そう言うのか」

「ああ、その通りだ―――あー、言いたい事を言うだけ言ってすっきりしたぜ……つーわけで……」

心の底からすっきりしたような素振りを見せたフェイトは、この上なくすっきりしている笑顔を浮かべ―――次の瞬間には、その笑顔がにやりとした笑みを浮かべる。

「――口上はここまでだ。決着をつけようぜ。サクラ」

フェイトはレールガンを構え、一切合体の迷い無く電磁場を放つ。

サクラは攻撃の位置を予測し、紙一重で回避する。

一撃。

二撃。

三撃。

四撃。

五撃。

サクラはその全てを回避する。

電磁場が放たれるたびに、シティ・ニューデリーの大地にクレーターが穿たれる。

サクラの知らないことだったが、フェイトは、このシティ・ニューデリーを破壊しない為に、ある程度の手加減を強要されている。『シティ・ニューデリーになるべく損害を与えないこと』も、フェイトの報酬条件の中に入っていたのだ。

「―――ち、いいところで『警告』がきやがった」

そして六撃目が放たれんとした瞬間、フェイトは忌々しげに舌打ちする。

「警告!?なんやそれ!?」

「……どーやら、さっきのサクラとの打ち合いと、ここまでの戦いで、おれのI−ブレインが相当消耗しちまったようだ……まぁ、あんだけの威力をもってるモンを相殺したんだから無理もねぇかもしんねぇけどよ…とにかく、おれはもう、もって後一発しかレールガンを打てねぇ……くっそ、あんだけ大口叩いちまったってのにこのザマかよ…情けねぇったらありゃしねーぜ」

矢継ぎ式に話すフェイトの表情は、本当に苦しそうだった。ぜぇぜぇと、肩で息をしているも当然の状態である。

無理もない、とハーディンは分かっていた。

フェイトの能力は非常に燃費が悪く、連発の効くようなシロモノではない。先ほどの一撃で相当I−ブレインに負担がかかっているのは間違いないはずだ。

「ああ、2対1でも大丈夫や。むしろシティ・ニューデリーの為にようやってくれたわ…あとはおれ達にまかしといて、その辺で休んどけや」

「…ちっ、なさけねぇけどそうさせてもらうぜ…後は頼んだぜ…」

「イル!そうと分かったら、僕と2人で斬りこみますよ!」

「了解や!」

言うや否や、イルが疾走を開始する。

人間の速度を決して超えない速さではあるが、それでも、イルは着実にサクラとの距離を詰める。先ほどのレールガンへの回避運動にI−ブレインを割いていたため、I−ブレインの疲労が確実に蓄積されている。














「―――ち!」

サクラの漆黒のマントが、非生物であるにもかかわらず生物的な動きを得て、迷う事無くイルへと向かう。

「ん、こいつは…」

イルが呟くや否や、存在確率を改変しているはずのイルの右腕が切り傷を負い、血が流れる。

だが本来『そういう事』はありえないはずだった。

『シュレディンガーの猫は箱の中』の発動により、イルの存在確率は変更されているはずだ。

仮に人体が100個の細胞で出来ていて、その存在確率が1%だとする。その時に1回攻撃を受けたとすると、100個のうち1個の細胞にだけ攻撃が当たる計算になり、残りの99個の細胞は全くの無傷で済むと期待できる。100個の細胞全てに攻撃が当たる確率は、100の100乗分の1である。 

だが、サクラはその確率の壁を乗り越え、イルに攻撃を当てた。

(あれが、シティ・メルボルンにおいて、イルの「存在確率」を高めたといわれる能力か!)

ハーディンは小さく息を吸い、レイピアの切っ先をサクラのマントに向け、照準を合わせる。

シティ・メルボルンのイルの敗因は、サクラの使った謎の能力(能力名が未だに解明できていないので、ここでは『謎の能力』と定義する)により、イルの『シュレディンガーの猫は箱の中』がある程度無効化されてしまい、サクラの攻撃が通ってしまったことだ。

そうでなければ、事実上、物理的にダメージを負わないはずのイルに、ダメージが通るはずは無い。

「――その障害、この手で破壊させてもらいますよ!」

ここに来て、今まで動かなかったハーディンがようやく動いた。

レイピアを構え、荷電粒子砲の発動の準備に入る。

コンマ何秒かの間を置いて、荷電粒子砲数発分がレイピアに集積され、発射体勢に入る。

それから数秒もたたないうちに、レイピアより複数の荷電粒子砲が放たれた。

ただし狙いはサクラ本人ではなく――――サクラが操っていて、かつ、イルにダメージを与えている、その黒い外套―――。













【 + + + + + + + + + 】













サクラは、イルとの戦いにおいて、勝利を確信していた。

イルの額を『幻楼の剣』で打ち抜けば、イルといえども先ず間違いなく絶命、悪くても大打撃を与えられるはずだと考えた。

ゆえにサクラは『幻楼の剣』の狙いをイルの額にあわせ、放つ。

過去に共闘した記憶から、胸の奥になにやら微妙な感情が芽生えたが、それはこの際無視する事にした。

『幻楼の剣』が、迷う事無くイルの額、厳密にはその奥にある脳とI−ブレイン目掛けて放たれる。

しかし、確信したはずの勝利は、約束された勝利にはならなかった。

一瞬の間に、荷電粒子砲が数発、連続で放たれた。

衣類が焼け焦げる焦げ臭いにおいが、サクラの鼻腔を刺激する。

だがサクラには、そんな事を気にしている余裕など全く無かった。

「馬鹿な!『幻楼の剣』が―――!」

欠片も残さず木っ端微塵に打ち砕かれた外套を目の当たりにし、サクラの瞳が驚愕に染まる。

『翼』の存在確率を70%にして、残り30%を防御を通過する刃として攻撃する、対『幻影』用の唯一の攻撃手段。

それが今、サクラの目の前で、完膚なきまでに打ち砕かれた。

当然ながら、外套の代えがあるわけもない。

これが何を意味するのかなど、子供でも分かる。

――目の前の少年を止める術が、何一つなくなったということだった。










その間にも、時間は動いていた。

「天はおれに味方したようやな――サクラ」

白髪の少年はその勢いを全く殺さず、サクラへと突っ込んできた。

(―――高密度情報を察知)

刹那、どん、という音と共に、浮遊感が訪れる。次の瞬間には身を翻し、反射的に両手を突いて着地する。

―――イルの放った手刀は、空を切った。









【 + + + + + + + + + 】








「―――あ」

目の前が、黒一色で染まっていた。

「どうやら、かろうじて無事のようだな……言ったはずだ。お前達が困った時には、俺は必ずかけつけると。真昼の連絡がもう一瞬でも遅ければ、間に合わなかったのかもしれないがな」

その声を聞いて、サクラは、誰が来たのかを確信した。嘗て、シティ・メルボルンで味方をしてくれていた『大戦の英雄』だ。

「黒沢祐一…」

サクラの心の中に安堵が芽生える。この場面での予測だにしない増援に、真昼に少しだけ感謝する。

「流石に1対他ではお前でも厳しかったようだな。ましてや、お前が相手をしていたのは、いずれもトップクラスの性能を誇る魔法士達とくれば尚の事だ」

「……おい、今間違いなく『黒沢祐一』っていいやがったよな」

一方、シティ側の魔法士達にとっても祐一の出現は予想の範疇外だったようで、明らかな動揺が走っている。その証拠に、最初に口を開いたフェイトの声は震えていた。

「空耳だと思いたいけどその通りやな……それにしても、たいした切り札をもっていたもんや」

答えを返すイルの頬を、一筋の汗が流れた。

「まいりましたね……これでは、僕らの方が圧倒的に不利ではありませんか。いざとなったら『自己領域』で逃げられますが、それをあちらが許してくれるかどうか……」

さしものハーディンも、今の状態で祐一とサクラの両方を相手にすれば負けると分かっているようだ。

だが、祐一が口にしたのは、意外な言葉だった。

「サクラ、退くぞ」

「な……」

「ここであの3人を殺しても何も変わらない。今は退いて時を待て」

「しかし! それでは此方が背を向けた瞬間に……」

「さて、お前達はどうする? ここで戦って果てるか? それとも仕切りなおすか? 死にたければかかってくればいいし、撤退するならすればいい。撤退する場合、追撃はしないと約束しよう」

サクラの発言を無視し、紅蓮色の騎士剣をひゅっ、と突きつけ、祐一はそう告げた。

「ど、どうするんやハーディン?」

「決まっているでしょう」

イルの問いに、ハーディンはよどみなく答えた。

「撤退します。敵前逃亡など屈辱の極みですが、相手があの黒沢祐一であるなら話は別です。
 それに、シティ・モスクワとてこれ以上戦力を減らすのは避けたいところです。今は退いて、次の機会を待ちましょう。」

「おれも賛成だ。おれの能力じゃ『騎士』には勝てねぇ。まっさきにおれが殺されて終わりだ」

「どうしますかイル? 撤退2で、もう過半数なのですが」

「……ああもう、そーなったら答えなんてきまったよーなもんやないか」

がしがしと頭をかくイル。

「――聞いてのとおりや、この場は引き分けや。だが、まだ負けたわけやない。いつか必ず、そこの頑固女の鼻っ柱をへしおったるわ!」

「賢明な判断だな」

祐一が小さく息を吐く。

「おごるな幻影 No17。言ったはずだ。貴方は必ず私が倒すと。だから、せいぜいそれまで生き延びることだな」












―――そして、両者ともども撤退し、シティ・ニューデリーのマザーコアをめぐる戦いと、『賢人会議』とシティの戦いは、ひとまずの終結を迎えた。






















<To Be Contied………>















―【 キャラトーク 】―









[お休みします]


























[作者コメント]


―――最後の展開が、どうしても思いつきませんでした。

色々考えた結果、こんな結末になりました。

…うーむ、この物語、いつから道を間違えたのでしょうか。





書き始めた当初は、正直、どんなラストにしようかなんて決めていなかったわけで…。

どんな魔法士を登場させようか、そこばかり気にしていた感が否めないと思います。

で、そのしわ寄せがここに来たのか、どうあがいても万人に納得してもらえるような物語にはならなかったわけでして。

そこでシティ側と『賢人会議』側の双方が痛みわけで終わる―――という展開を思いつきました。

WB本編でも、最終的に和解した上で物語が終わるんじゃないか、と、ここ最近の巻を読んでいて、そう思えてきましたし。









ではでは。