アルテナは、錬について関連づいていると思ったことの全てを語った。
論という魔法士を作り上げたのが、他ならぬアルテナ自身であるという事を語った。論の事について話している間、錬は、終始無言だった。その胸の内に何か複雑な感情でもあったのだろうという事は容易に想像できたが、アルテナはそこまで聞くつもりにはならなかった。
論の妹として由里を生み出した事も語った。錬は「論に妹がいたの!?」と、ひどく驚いた様子だった。
ただし、容姿の話などには一切触れなかった。だから錬は、半年以上も前の『賢人会議』の放送の途中に割り込んだ少女が由里だという事までは知らないはずだ。
そう、アルテナは、あの少女が由里だと知っていた。他ならぬ自分が生み出した魔法士だという事に気づいていた。
でも、それでもアルテナは、由里へと近づくことが出来なかった。過去に犯してしまった罪の意識が、アルテナ自身を縛りつけ、由里に、いや、由里だけではなく、論に会いにいくことを阻ませていた。
ともすれば、過去の事を引きずりすぎだとも
また、『記憶回帰計画』や『ライフリバース計画』に関する内容は全て伏せた。錬に関係しているのはあくまでも論のことであり、『記憶回帰計画』や『ライフリバース計画』には一切関係していない為だ。
それに、これらの事を錬に話したところで、何の意味もないだろうと、アルテナ自身、分かっていた。
「……以上よ」
全てを語り終え、アルテナは小さく息を吐いた。
錬は一瞬だけ目を瞑り、小さく息を漏らした後に、再び目を開く。
「……本当に驚いたよ。まさか、僕の髪の毛の遺伝子から論みたいな魔法士を作り出すなんてね……」
「あたしも、まさか、あんな事になるなんて思わなかった」
本当に予想外の結果でした、と、アルテナは肩をすくめる。
「そしてあんたは、何らかの理由で論の元を去った……僕はその理由を無理に問いただしたりはしないよ」
「そうしてくれると、あたしとしても助かるわ……ところで、随分と余裕なのね。こうしている間にも、フィアちゃんはシティ・モスクワへと連れられているのよ」
「余裕じゃないさ……だけど、あんたを放っておくわけにもいかない……あんたを不幸にしてしまった原因は僕にもある。だから、僕はあんたに対し、ここで告げるんだ!」
「告げる?」
アルテナの眉が、ぴくんとつりあがった。この場において今更何を告げる心算なのかという疑念が浮かぶ。
「僕はただ――人間でも魔法士でも、誰かの為に誰かが犠牲になって、代わりに誰かが幸せになるような、そんな道を選びたくないだ―――」
錬が最後まで言葉を発しきろうとした瞬間、錬が言葉を止めた。
「―――ああもう、こんな時に一体何!?」
僅かにいらだった様子で錬は通信素子を手に取り、耳元に当てる。
人に何かを言おうとしている時にころころと気が変わる子ね、とアルテナは思ったが、今更、目の前の少年に改めて失望するわけでもなかった。もとより、シティ・神戸の時に、多くのシティ・神戸市民を殺したにも等しいであろう事を実行した時点で、アルテナは既に錬に対して失望の感情を抱いている。否、失望だけではなく、怒りや憎しみも同時に抱いている。
『―――錬?聞こえる?』
「月姉!?」
『どうも何も……一台だけフライヤーが飛んでいくのがあんまりにも不自然ね、と思ってよく見たら、フィアに似た女の子が見えたから、速攻で飛び乗ってフライヤーの操縦者をぶんなぐって気絶させて、操縦桿奪って着陸したのよ!』
通信素子の向こうから聞こえてくる声は、アルテナの耳にも届くほどの、女性と思しき大声だった。
「月姉、どれだけむちゃくちゃするの……」
『大きなお世話……とりあえず、フィアは無事よ。傷1つついてないわ……んじゃ、一旦切るわよ!私だって忙しいんだからね!だから錬、フィアの事、早く迎えに来てあげなさいよ!あ、あと、なんでこうなったのかはあとでみっちりと聞いて、しっかりとお仕置きしてあげるから、覚悟しなさいね?』
「分かってるっ!」
ぶちっ、という音と共に、錬は通信素子の電源を切った。本物の殺気が、通信素子を通してひしひしと伝わってきたからだ。
「……そんな、嘘でしょ…」
声が震えていることに、アルテナは気づく。
現実を理解し、心の中に怒りの炎が湧き上がってきて、思考がだんだんと感情に塗りつぶされていく。
「そっか、失敗しちゃったんだ……そう、錬君はそこまでして、フィアちゃんに死んでほしくないんだ……」
「……当たり前だよ。だけど……」
「シティ・神戸の犠牲者の事も――っていうつもりでしょ」
さきほどよりも、さらに震える声が喉から出ている事に、アルテナは気づいていた。
「なら、どうするつもりなの…いい加減、煮え切らない答えや気休めをいうのはやめて。もう、錬君がなにがあってもフィアちゃんを殺させるような道を選ばないっていうのは嫌というほど分かるわ……だけど、それだったら、何もしていないのに、ただ、シティ・神戸っていう、与えられた環境で生きてきたのに、それをいきなり奪われた人達に対して償う為に、錬君は何をするつもりなのよっ!!」
ぴしゃりと音がしそうな声で、アルテナが叫んだ。
数秒の沈黙の後に、錬がそれに答える。
「……正直言って、僕には、まだ分からない」
「ふざけないで―――っ!いつまで答えを先延ばしにするつもりなの!」
感極まった声と共に、アルテナが疾走を開始する。
(『身体能力制御』発動)
脳内で、抑揚のない声が、I−ブレインの戦闘起動を告げた。
両の手の
(もういい……もういい……もういい!最初から、最初からこうすればよかったのよっ!)
もう、容赦はいらない。覚悟は決まった。
この時、アルテナは、生まれて初めて、目の前の人間を、明確な意思の元で殺そうと思った。
最初は、錬からフィアを奪うことで、錬に罪の意識を理解させようと思っていた。アルテナが、いや、アルテナだけではなく、シティ・神戸の犠牲者の悲しみを、例え当人達が知らなくても、少しでもいいから晴らさせてあげようと思っていた。
シティ・神戸の犠牲者達の中には、シティ・神戸住民を酷い(どころではすまないだろう)目に遭わせたフィアや錬に対し、アルテナと同じ、或いはそれ以上の憎しみを抱く者も数多くいるはずだ。
だからアルテナは、自分の計画が成功した暁には、フィアが別のシティのマザーコアになったという報告を、もし出会えたらの話ではあるが、シティ・神戸の生き残りに報告してあげようと思っていた。あなた達をこんな不幸のどん底に陥れた元凶は、自らの罪を認めて償ったと、そう伝えようと思っていた。
そして、大好きな家族が眠っているお墓の前で、敵討ちをした事を告げようとも思っていた。
「あたしは、敵を討ったって事を、お父さんやお母さんやお姉ちゃんやお兄ちゃんのお墓に報告したい!その対象は錬君でもフィアちゃんでもいいっ!」
「あんたの家族が、そんな事を望んでいると思っているの!?自分達が殺された敵討ちをあんたにしてほしいって、そんな事を希望すると思っているのっ!?」
錬のその言葉が、アルテナの怒りをさらに煽った。
「気安くあたしの家族を語らないで―――っ!みんなのこと、何もっ、何も知らないくせに!
……『同じことをもう一度繰り返したとしても、自分はきっと同じ答えを選んでしまう』―――貴方は確かにそう言った。
―――つまり、貴方は何回この問いを繰り返したとしても、自分と、自分にとって大切なもの以外は全て切り捨てるという事、そして、その答えを絶対に変えることは無いという事の裏づけになるわ。
自分にとって大切なものが無くなるのが嫌だからという、とってもとっても自分勝手な考えで、何度も同じ答えを繰り返す。
その行き着く先は、どう綺麗に言いつくろったとしても、我が身可愛さにしか思えないっ!!
だからあたしは、虐げられた者達の痛みを貴方に味わせるために動いたわ!
自分の大切な者を守る為に全てを切り捨てた貴方の一番大切なものを、もう、二度と手の届かない場所へと送ることで、かつて、助かる筈のたくさんの命を奪った償いをさせるって思った!!今は、とりかえされてしまったけれど!
これは逆恨みなんかじゃない…貴方のせいで全てを無くした者達の怒りなのだから!!」
ヒステリックな叫び声が、2人以外、誰もいない戦場に響き渡る。
流石の錬もアルテナのいう事のほうが正しいのと思ったのか、一瞬だけ、その表情に戸惑いが生じる。
―――本当なら、アルテナとて、心の中では分かっていた。
きっと錬とて、あれだけの事をして悩まなかった訳ではないのだと。シティ・神戸の崩壊を引き起こして、物凄く後悔したのではないのかと。そして、死んだ家族も、アルテナが錬やフィアを憎むことよりも、錬やフィアを許してあげる事を望んでいるのだろうということを。
だがそれでも―――シティ・神戸の崩壊を巻き起こした最大の原因であるフィアが生きているという事実そのものが、錬が放った、自分の罪を認めながらも、それでもフィアだけは決して殺させないというあまりにも虫のいい話が―――アルテナの心を憎しみと怒りで彩り、思考を鈍らせ、全てを塗り替えてしまった。
その怒りは、アルテナに「どうして死ぬべき命であるはずのフィアが生きていて、生きていられた家族が死ななくてはいけないのか」という考えを持たせてしまう。
そして今、自分の計画が完全に失敗となってしまった事が確定した瞬間、アルテナの心の中、ずっと眠り続けていた狂気が牙をむく。
怒りと悲しみと憎しみの果てに、自分の意見に狂気じみたものが混じっていることに、最早、頭と心がいっぱいいっぱいになってしまったアルテナは気づいていなかった。
ただただ感情に任せ、それでも、僅かに残った理性で、如何にしてアルテナは錬を殺すかどうか考える。最早フィアを殺しに行っている余裕はない。錬が決してそれを許さないはずだ。アルテナの能力『存在透過』を使用したとしても、錬に背を向ける時点で、非常に大きなリスクを背負う可能性が高い。だからアルテナは、フィアを殺しにいけない。なんらかの形で錬の気を引いたとしても『自己領域』の使えないアルテナでは、追いつかれてしまったり、何らかの追撃を喰らってしまう可能性が非常に高いと、I−ブレインが判断している。
さらに、アルテナは元々が『多人数にまぎれて相手を倒す』という戦闘を専門にしてきた魔法士だ。とどのつまり、アルテナ単体での1対1での戦闘には最初から向いていないという事。
勿論、アルテナとてそれを分かっている。だからアルテナは、真っ向から錬を倒すのではなく、フィアがマザーコアにされるまでの時間を稼ぐ作戦に出たのだ。もっとも、その作戦は既に失敗に終わってしまったが。
なお、本気になれば、錬がアルテナを殺すのはそう難しくない。世界中を探しても単体で錬に拮抗できるような魔法士はほとんどいないだろう。だが、錬は、アルテナがシティ・神戸に住んでいた魔法士だと分かってしまった為に、アルテナの命を奪うような行動が出来ないだろうと踏んでいた。
アルテナのその考えは当たっていたようで、事実、錬は、自分から積極的に攻撃を仕掛けてこようとしてこなかった。
ならば、アルテナから攻撃を仕掛ければ―――。
靄がかかってしまったかのようにおぼろげになってしまった思考の中、希望的観測に身を任せアルテナは動く。
思考が感情で塗りつぶされた今のアルテナには、まともな戦術を考える余裕すら残っていなかった。
「くっ―――」
ギィン!という音。錬のナイフと、アルテナの暗殺剣がぶつかりあった音だ。
すかさずアルテナはもう片方の手に握り締めた、もう片方の暗殺剣を、下から上へと薙ぐように振るう。
錬の心臓を狙ったその一撃は、突如として出現した氷の盾に阻まれた。
「自分達だけっ……自分達だけ助かろうっていうような人にあたしは負けない!そしてあたしは、そんな人のいう事なんか、一切合財信じない!あなたも――あたしと同じ痛みを、同じ苦しみを、同じ悲しみを味わってからそういうことを言いなさい!
何にも失ったことのない子供に、あたしの苦しみなんて分かりっこない!!
あなたはフィアちゃんを奪われて、それでやっと『公平』になれるんだから!!
お互いに奪われて、初めて同じ土俵に立つにふさわしくなる!
シティ・神戸のみんなも、かの『大戦の英雄』黒沢祐一も、そしてこのあたしも大切なものを奪われたのに!!
あなただけが…あなただけが何も奪われずにのうのうと生きている!!これを不公平と言わずしてなんて言うの!!
過ちを繰り返さないなんていう戯言は、分不相応な立場になってから口にしなさい!
あなたも一度くらい、大切なものを失った苦しみを味わえばいい!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせず、それどころか涙を拭おうともせず、怒りと悲しみと憎しみという感情に己の身を任せて、アルテナは錬へと執拗な攻撃を繰り返す。そして、全て防がれる。
だがそれでもアルテナはめげない。諦めない。感情と気力に全てを任せ、ひたすらに攻撃を続ける。
「―――確かに僕はバカで、どうしようもない。あんたの言うとおり、自分の信念なんてもっていない。コウモリみたいにふらふらと、目の前で困った人を助けているだけだ。この世界でどうしていけばいいのかも分からないし、自分の力をどう使えば償えるのか、どの行動が一番正しいのかなんて分からない。何もかもが分からない。でも……でも、待ってほしいんだ」
アルテナの攻撃を全て回避しながら、錬は謝罪の言葉を告げる。
「――それって結局『分からない』って言って逃げているだけじゃないっ!」
再び振るわれる暗殺剣。だが、そんな怒り任せの一撃では、錬の命を奪うにはあまりにも遠すぎる。再び、錬のもつナイフがアルテナの一撃を受け止める。
「だから、僕はあんた……ううん、貴女に約束するんだ!いや、貴女だけじゃない、シティ・神戸の全ての人にだ!僕は、必ず、必ず答えを出すからっ!―――その時まで、待っていてほしいんだ!」
「……っ!」
僅かに心を揺り動かされるところがあったらしく、アルテナが僅かな間だが、その動きを止めてしまった。
その隙に、錬が反撃に躍り出た。
「―――ごめんね」
錬がポケットから取り出した黒い小さな塊。
誰がどうみても、ノイズメイカーと分かる代物。
錬は一瞬だけ『迷い』の感情を示し、目を瞑った。そのコンマ2秒後に、ノイズメイカーをアルテナのうなじへと差し込んだ。
そのとき、アルテナは、錬への攻撃が空ぶったタイミングであったため、体勢を整えることが出来ず、ノイズメイカーを回避することが出来なかった。
「うくっ!」
脳にすさまじい痛みが走り、頭の中から何かが掻き消えたような感覚と同時に、アルテナのI−ブレインが強制停止を告げた。
それが、戦闘終了の合図となった。
脳に響いた痛みに耐え切れず、アルテナは前方へと倒れこむ。
―――それと同時に、錬が、アルテナの目の前からすばやく身を引いたのが、視界の隅に映った。
コンマ1秒の差で、地面と接触しそうになったアルテナの体が、とさ、という音と共に、誰かの腕の中に抱きかかえられる形になる。
(えっ?)
おそるおそる顔を上げたそのとき、瞳の端から、涙がこぼれる。それは、悲しみの涙ではなく嬉しさから来る涙なのだと、アルテナは一瞬で理解する。
その姿は、アルテナにとって、見慣れた姿。そして、忘れることの出来ない姿。
無言でアルテナを地面へと下ろし、アルテナをかばうような形で、目の前に立ちはだかった人物は――デスヴィン・セルクシェンド。
「デスヴィン!?どうしてあんたがここに!?」
錬の顔に、驚きの感情が浮かんだ。
錬は目の前の人物を知っている。今回『賢人会議』を倒すべく、召集された魔法士の1人であり、第三次世界大戦を生き抜いた騎士だと聞いている。
第三次世界大戦を生き抜いた貫禄は流石というに値するものだと、錬は思う。
決して、背丈の差だけではない……事実、錬の頭のてっぺんまで合わせても、デスヴィンの胸元に届くくらいしかないほどの背丈の差があるのは認めざるを得ない現実ではあるのだが。
「―――貴様、こんなところで何をしている」
静かな怒りのこもった声が、錬を押しつぶさんとしているかのように重く響く。
「彼女が何をした。答えろ。場合によっては、味方である貴様であろうとも容赦はしない」
答えない錬に対し、デスヴィンが言葉の追撃をかける。
「デスヴィン、あんたはその人を知っているの?」
「知っているも何も、彼女は俺のちょっとした知り合いだ。何故こんなところにいるのかまでは知らぬがな」
『ちょっとした知り合い』の辺りで、アルテナの肩が僅かにがくりと落ちるのを、錬は見逃さなかった。だが、それを指摘する気にもなれなかった。何故なら、アルテナの様子で、この2人がどういう関係なのか、錬にはある程度予測がついてしまったからである。
「――ひとことで言うとその人が、僕の大切な人を危険な目に遭わそうとしたって言ったら、どうするの?」
言ってから『これで大丈夫なのかな?』と、錬は思った。
フィアの事をいう訳にもいかず、さりとて、アルテナの事をどうこう言う気持ちにもなれず、濁した言い方になってしまった。今この場でアルテナの事を悪く言ったら、それこそ最悪の状況になりかねないという懸念がある。
無論、今この状況が起きているのは、他ならぬ錬のせいだと分かっている。だがそれでも、錬にも譲れないものがあった。だからアルテナと戦わざるをえなかった事に関しては、それだけは説明すべきかと、錬は頭の中で思考をめぐらせる。
「……どういう事だ?」
寡黙な態度を崩さぬまま、デスヴィンはいまだ怒りの混じった声を淡々と告げる。
「―――詳しいことは、その人の口から聞いて。その人のノイズメイカーの解除は、この端末で行える。だから、今、この場は見逃してほしいんだ」
右手で黒い端末を差し出す錬。デスヴィンは無言でそれを受け取る。
「―――嘘であったら、貴様の命はないぞ。その首を一瞬のうちに切り落とさせられる覚悟は出来ているのだろうな?」
「こんな時に嘘なんてつけないよ……」
デスヴィンの本気の口調に、心の奥底で僅かに恐怖心が芽生え、錬の声が小さくなる。
「なら、信じておこうか」
地の底より、重く、響くような、デスヴィンの声。
「……そして全てが終わったら、僕の口からも、何があったのかを説明するよ。そして、勘違いしないでほしいんだ。僕は、その人を傷つけたいわけじゃないんだ。寧ろ僕は、その人に償わなくちゃいけないことがある。それは確かで確実で絶対なことなんだ―――だけど今、僕にはなによりもやるべき事があるんだ。だから、お願い」
凛とした目つきで、錬はデスヴィンに、それと同時に、アルテナにもはっきりと告げる。
デスヴィンは1秒だけ目を瞑り、再び目を見開き、答えた。
「……なら行け。俺とて、味方であるはずの者を疑うような真似など好きではない。今回ばかりは貴様の言う事を信じてやる。だが、もし何かあったら、俺は容赦なく貴様の命を奪うことも情緒せんぞ」
「分かってる……覚悟はしているよ」
最後に、ちらり、と、デスヴィンの影に隠れる形になっているアルテナを見やる。
アルテナは何も語らず、ただ、うつむき続けていた。
「―――そして、ごめんね……アルテナさん」
錬はそう告げて、デスヴィンとアルテナに背を向ける。
万が一の時に備えて、心の準備はしていたが、殺気も、攻撃察知の警報も何も無かった。
コンマ5秒後に、I−ブレインの力を借りて『ラグランジュ』を発動させた錬は、その場から全力で駆け出した。
心の中に在るのは、フィアへの心配と、己が犯した罪に対する、強すぎるまでの罪悪感だった―――。
―【 キャラトーク 】―
ゼイネスト
「……今回、割とあっさりとフィアが奪還されたな。月夜の勘のよさと身体能力に敬意を示したくなる」
ノーテュエル
「ってか、飛んでる最中のフライヤーに飛び乗れるってどれだけ凄い事になってるのよ月夜」
ゼイネスト
「作者的には『月夜だから』の一言で済ます心算らしい」
ノーテュエル
「某作品の『ウィズダムだから』と同じ扱い!?」
ゼイネスト
「そうらしいな。そして実際、その理論は論破しようとしても中々論破されないだろう……おそらくだが、殆どの読者が納得してしまうと思うぞ」
ノーテュエル
「…ま、その辺はおいておいて。んー、なんていうかさ、アルテナのキャラが違いすぎない?最初はもうちょっとお淑やかな女の子だと思ったのに、この話だとヒステリックに叫ぶキャラに変わっちゃってるわよ」
ゼイネスト
「人間、常時1つの姿を保っているわけがないだろう。人間である以上、怒りもするし泣きもする。表裏もある。普段は大人しい母親でも、怒る時は鬼のように怖いだろう。それと同じだと考えればいい。ましてや今回は、アルテナの前には、家族の仇である錬がいて、しかも錬は頑として自分の意見を譲らない。それでは、誰だって怒るだろう」
ノーテュエル
「あー、なるほどね。確かに、人間なら誰であってもありうるわよね。そういうの」
ゼイネスト
「で、錬は、自分がアルテナを不幸にした張本人だと分かっているが、それでも、譲れないものはあった、と」
ノーテュエル
「錬の行動も、普通の人間だったらそうするであろう行動だもんね。私だって、錬と同じ立場に立たされたら、好きな人が殺される道なんか選ばせてやるもんかーって思うかもしれないしさ」
ゼイネスト
「だが、シティ・神戸を滅ぼす要員の1つとなったフィアが生きている事に関しても、さまざまな問題が飛び交うだろう。
こういった問題に関しては、100%正しい答えなどきっとないんだ。マザーコアとシティ市民という、永遠の問題と同じだな。
そして人間はどっちか片方しか選べない。たとえそれが、100%正しい道じゃないと思っていても、な。悲しいかもしれないが、これが、1巻から続いている、WBという世界の法則なんだ。『賢人会議』はそれを変えようとしているらしいが、果たしてどうなるか……」
ノーテュエル
「お、ゼイネストがなんかかっこいいこと言ってる」
ゼイネスト
「茶化すな。
そして、この物語はラストまであと何話あるんだ?そろそろ終わりの兆しが見えてきた気がするんだが……」
ノーテュエル
「んー、実は後3話。用語集兼あとがき入れて4話って作者が言ってた」
ゼイネスト
「何!?後3話で全部終わらすのか!?おもいっきり『これから続きますよ』的な展開もあったんだぞ!ハーディンとか!」
ノーテュエル
「その辺は…まぁ、その時になんなきゃ分からないでしょ。
では次回『愛と罪の狭間』に続きまーす!」
―――錬のヘタレ度の再現に非常に苦労したお話でした。
原作よりヘタレ度が減っている気がしながらも、でもやっぱり原作並みのヘタレ度を維持してるんじゃないかなと思ったり(どっちだ)。
え?ヘタレヘタレ言うなって?すみませんw
今回、この展開にするのに、かなり悩みました。
マザーコア被検体とシティ住民の話というのは、その内容から非常に重いです。
同盟作品において、この手の流れを汲んだ作品が少ない事に関して常々疑問に思っていたのですが……自分でやってみたところ、どうしてこの手の流れに挑戦しない方が多いのかという理由に対し、ようやく納得がいきました。
錬が死ぬのは言うまでも無くアウトですが、アルテナが殺されるという展開も後味が悪すぎる……というか、それをやってしまったら、錬が『フィアを殺すキャラに関しては、フィアが殺される前にそいつを殺す』なキャラになってしまいますからねぇ…。
そこで考えた結果がこの展開だったという訳です。
この展開なら誰も死にませんし、なんとか収まりもつきます。
勿論、錬は、シティ・神戸の被害者を目の当たりにしたわけですから、この後も、色々と、真剣に考えなくてはならないのですが。それこそ、WB6巻(下)のラストみたいに。ね。
そしてキャラトークで語ったとおり、この物語も、あと少しで終わりを告げます。
もう少しだけ、お付き合いくださいませ。
ではでは、また次回に。
<作者様サイト>
Moonlight butterfly
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