戦場のあちらこちらでは、荷電粒子砲による、黒くこげたいくつもの小さな穴が大地に穿たれていた。
ハーディンはとにかく、遠距離からの攻撃に徹底していた。『騎士』としての能力を使用しての攻撃より、荷電粒子砲による攻撃の方が、I−ブレインにかかる負荷が少ないためだ。
無論ハーディンとて、サクラには『魔弾の射手』という、凶悪かつ圧倒的な破壊力を持つ遠距離攻撃があることは事前に調査してある。だが、あのような会議場で大規模な発言をした以上、シティ・ニューデリーの大部分を破壊するような、そんな危険極まりない兵器は使わないだろう―――と、ハーディンはそう判断している。
万が一使用してきそうになったら……全力を以ってして止めるだけだ。絶対的な火力で劣るハーディンの能力で止められるかどうかは分からないが、それでも、このシティを、シティに住む人々に被害を出すわけにはいかないと、ハーディンは心の中で強く決意している。
相棒の騎士剣にして、荷電粒子砲の発動媒体である『アレフスレイスト』により放たれた荷電粒子砲の数は、ゆうに40を超えた。
目の前の少女は、それこそ多彩な手を用いてハーディンの荷電粒子砲を回避してくる。
あらかじめ荷電粒子砲の発動を読み、ぎりぎりで回避したり、ゴーストハックしたチタン合金の腕を盾に荷電粒子砲を防いだり、自身のマントを変化させて防いだりと、まるで手品師のようだ。
複数の能力を行使できる『悪魔使い』であるならそれなりの苦戦は免れないと思っていたが――正直、予想以上の苦戦だ。
(このままでは何時まで経っても勝負がつきませんね…しかし、まだ切り札を発動するには早すぎる……判断が難しいところですよ!)
そしてハーディンは、サクラが移動するであろう場所を先に予測した上で、次の荷電粒子砲を放っている。
サクラがハーディンに対し、せめあぐねているのはそのせいだ。
うかつにハーディンに近づけば、それだけ荷電粒子砲の被弾率が高くなる。ハーディンと10メートル以上の距離が離れている今でさえぎりぎりで回避できている荷電粒子砲なのに、それ以上近づいたらどうなるかなんて、子供でも分かる理屈。
サクラは近くにある物質をゴーストハックしたり、自らのマントを生物化させるなどしてが対抗してくるが、生憎とハーディンは『聖騎士』であり、『騎士』と『光使い』の両方の利点をあわせもつ、遠距離も近距離も両方対応可能という、世界でも稀有な存在だ。
若干11歳にして第三次世界大戦を生き抜き、そして今は、シティに住む人々の為に、姉を失い、罪もない魔法士をマザーコアとして殺し、己の本心すら殺し、戦い続ける魔法士―――それが、ハーディン・フォウルレイヤーという存在。
(―――だからこそ、負けるわけにはいかないのですよ!与えられた環境で精一杯生きている人々の命を守る為にも、あなたたちのような存在を放っておくわけにはいかないのですから!)
すっ、と目を細め、ハーディンはI−ブレインに命令を送る。
同時に口を開き、声を張り上げて叫んだ。
「よく聞きなさいっ―――サクラ!」
ハーディンの突然の大声に、サクラが何事かとハーディンを見やるのが確認でいた。
「―――僕は、あなたのような危険思想の持ち主を認めないっ!魔法士が助かるのなら何千万人という人間が死んでもいいような行動や言動をするなど、僕には到底許せない!」
叫びながら、荷電粒子砲の一撃を放つ。
「だからマザーコアの存在を容認するというのか!魔法士を切り捨てる現実を容認するというのか!確かにあなたは、マザーコアに変わるエネルギーを作りたいといっていた、だが、その『マザーコアに変わるエネルギー』が完成するまで、魔法士には切り捨てられ続けなければならない―――あなたのいう事は、そういう事ではないか!」
サクラもまた、大声で叫びながら行動する。
ゴーストハックしたチタン合金の腕を盾に、サクラはハーディンが放った荷電粒子砲を防いだ。同時に大地を蹴り、ゴーストハックしたチタン合金の腕の影から飛び出してくる。それからコンマ1秒遅れて、荷電粒子砲がゴーストハックしたチタン合金の腕を貫通した。貫通したその場所は、ついコンマ1秒前までサクラの心臓があった場所だった。
サクラが何もない空間を腕で薙ぐ。ハーディンにはそれが『なんらかの攻撃の予兆』である事が一瞬で理解できた。
(攻撃、感知)
ハーディンのI−ブレインが、不可視の攻撃の存在を感知する。
ハーディンはこの戦いが始まってからすぐに、サクラが、遠距離攻撃として空気結晶の銃弾を使用する事を見切ることが出来た。騎士のもつ索敵能力の賜物といえる。この能力が無ければ、もしかしたらやられていたかもしれない。
(種の割れた手品に意味などないのですよ!)
冷静な意識で、ハーディンは『アレフスレイスト』を高速で振るう。キィン!という鈍い音と共に、剣先に手ごたえを感じる。空気結晶の銃弾をはじき返した音だ。
そのまま、流れるような動きで剣をふるい、飛来する空気結晶の銃弾を全て叩き落した。どこから空気結晶の銃弾が飛んでくるかなど、索敵能力の索敵結果と、攻撃感知のメッセージがあれば全てわかる。
現実時間にして1秒を必要とせず、サクラからの攻撃を回避しきったハーディンは、攻撃回避の手を止めて、すぅっ、と軽く息を吸い、再び叫んだ。
「それ以外に今の人類に道があると思うのですか!?マザーコアがなくなれば、シティは1日も持たない!それは誰もが知っている当たり前の事実です!だから、すぐにマザーコアを撤廃するというあなたの強行策など認めない!あなたのやろうとしていることは、魔法士以外の人類を死に導くのと同意義だ!」
同時に、荷電粒子砲の一撃を見舞う。無論、サクラとておとなしく荷電粒子砲を喰らうわけがなく、再度、ゴーストハックしたチタン合金の腕の影から飛び出してくる。それからコンマ1秒遅れて、荷電粒子砲がゴーストハックしたチタン合金の腕を貫通した。貫通したその場所は、ついコンマ1秒前までサクラのI−ブレインがあった場所だった。
「私とて分かっている!マザーコアなしでは人類は生きられないという事実など!だから私達は告げた!コアの稼働率を70%に下げるようにと!それで、少しでも、マザーコアを長く持たせて、マザーコアとして切り捨てられる魔法士の絶対数を減らすべきだと!」
サクラの左手に、1本のナイフが握られる。だが、サクラはそのナイフを投げない。
(攻撃、感知)
先ほど荷電粒子砲に貫かれたのとは別のチタン合金の腕が、ハーディン目掛けて襲い掛かる。
ハーディンはチタン合金の腕に『アレフスレイスト』で斬りかかる。
(『情報解体』発動)
存在情報を解体されたチタン合金の腕が、その形状を保てず霧散する。
「――確かに、妥当な案ではあります……しかし、そうすれば、シティの住民の生活に多々なる不具合が生じてしまう!与えられた環境で精一杯生きているシティ市民に、さらなる苦汁を背負わせるやり方もまた、僕は認めない!それとも、やはりそうなのですか!?魔法士を犠牲にする人間が憎くてたまらないから、シティ市民の命などどうでもいいと、あなたはそう言うのか!」
再度、荷電粒子砲の一撃を放つ。
「違うッ―――!違う違う違うッ!私はシティの人間が憎かった訳ではない!私はただ、マザーコアとなる魔法士が、世界中の人々から死ねと言われる世界が間違っていると思ったからだっ!誰か1人くらい、マザーコアとなる魔法士が死ぬことが間違っているといってくれる者がいなかった事が、悔しくて仕方が無かったんだっ!」
(攻撃、感知)
再度、ハーディンのI−ブレインが、不可視の攻撃の存在を感知する。
現実時間にして1秒も必要とせずして、具現化した空気結晶の鎖がハーディンの目の前まで迫る。
(『聖盾』起動)
とっさに空間を歪曲させ、具現化した空気結晶の鎖による攻撃を回避する。『聖盾』は『光使い』の『Shield』と呼ばれる能力である。
「そんな話が信じられると思ってい……」
「本当だ!私には、守りたかった1人の子がいたっ!その子はマザーコア披検体で、研究所の誰も彼もが、その子に死ねと言っていた!マザーコアになれといっていたっ!私は、それがどうしても納得できなかったっ!」
ハーディンの声をさえぎり、ここにきて初めて、サクラが悲痛な声をあげた。
「……納得できなくて、どうしたのですか?」
ハーディンの喉の奥から出たのは、ハーディン自身でも驚くような、冷静な声。
命のかかった戦場にいるということすら忘れてしまいそうになるほど、ハーディンは、サクラの話に興味を持ってしまった。
サクラがどうして『賢人会議』として活動するようになったのかという、根本たる原因。
「その子を助ける為に、頑張った。だけどあの時は、研究所の人間達の方が上手だった。私はその子を助けることが出来ず、結局その子はマザーコアにされた」
「……」
ハーディンは何も言わない。否、言えなかった。何故なら、ハーディンもまた、姉が望んだことだったとはいえ、姉をマザーコアとして失ってしまったのだから。
「だけど、私にとって何よりも悔しかったのは、マザーコアの機能回復により、たくさんの人が喜んでいたことだった。だから思ったんだ―――世界中の誰もがあの子に死ねというのなら、誰か1人くらい、それは違うのだと言うような人間がいなければ不公平なのではないのかと!」
心のうちを明かすかのように、サクラが叫んだ。
最初に出会ったときの、冷徹な意思が消えうせたかのような、歳相応の少女の声。
ハーディンはその声に、サクラがどうしてこのような人生を歩んできたのかを、僅かながらだが理解した。
今のハーディンに全てが分かるわけがない。サクラが歩んできた人生はサクラしか知らない。サクラの全てを、この場で出会ったばかりのハーディンが察するなど、おこがましいことだ。
「―――なるほど、それが本当であれば、僕は、あなたに対する面識を変えなくてはなりませんね……正直、今までは、貴女はただの我侭な独裁者だと思っていましたが……」
脳の奥が、冷静な思考を保っている。
次に言うべき言葉が、頭の中で順を追って浮かび上がっていく。
「……それなりの理由があったのですね。あなたもまた、悲しい人だ」
「だが、互いに退く心算はないのだろう。貴方も、そして私も」
「当然です。互いに、守りたいものがあるのですから!」
「―――いい答えだ!」
(危険、感知)
刹那、ハーディンのI−ブレインが、サクラの目の前の空間に電磁場が制御されている事を確認する。サクラの周囲に発生しているそれが電磁場だと分かったのは、ハーディンの仲間にも、電磁場を使える者がいた為だ。
(……電磁場まで使えるというのかっ!?もしこのまま僕が地上にいたままあの技が放たれたら被害が大きくなる…なら!)
ハーディンは大地を蹴って跳躍し、空へと逃れる。
「態々逃げ場のない空へと逃げるか!」
眼下に凛然と立っているサクラの目の前で、電磁場が捻じ曲げられ細い銃身が形成される。
(―――来るっ!)
ハーディンがI−ブレインに命令を送る。
(『
コンマ1秒の間を置いて、ハーディンの背中から、二枚の白銀の翼が具現化される。
I−ブレインの片隅に植えつけられたこの能力の名前は『
この能力はその名の通り、ハーディンの背中に物理的な存在の翼を生成する。
特別製のプログラムで組まれた事により、非常に処理が軽く、I−ブレインにも殆ど負荷がかからない。
ただし『天使』のそれとは全く別物である。そもそも、ハーディンの生まれた第三次世界大戦中に『天使』はまだ誕生していない。
―――では、なぜこんな能力が必要なのか。
通常、普通の騎士でも『自己領域』により、空まで浮かぶ事は可能だ。
だが、足場の無い空中では『自己領域』があっても思うとおりに動けないのは周知の事実。そして、それは『騎士』であれば、何人であろうとも例外ではない。足場に出来る何かがあれば話は別だが、毎回都合よくそんなものを持ち合わせている訳もない。
だからこそ、ハーディンは、この『翼の創生』を持って生みだされた。
『翼』があれば、鳥のように、空中でもベクトルの動きを変える事が出来る。ほんの少しの翼の動きで『方向性』は生まれるので、後は『自己領域』で速度を上げればいい。翼の動かし方をうまく制御すれば、方向転換も容易く出来る。つまりが、思うが侭に空を飛べるという事だ。
『重力制御』だと、一瞬だが『自己領域』を解除し、動きたい方向に重力を向けてから再度『自己領域』を発動する二度手間があるが、これならその手間が省けるため、I−ブレインの負荷も抑えられる。
(『身体能力制御』発動)
I−ブレインが抑揚のない声をつげる。
運動係数を36倍、知覚速度を72倍に定義し、ハーディンは足場のない空中で真横に『飛んだ』。
そのコンマ1秒後に、つい先ほどまでハーディンがいた空間を、サクラが形成した銃身が放った電磁砲が掠めていった。
戦場において、サクラは唖然としていた。
無理もないだろう、背中から翼を生やして空を自在に飛び回る騎士など前例がない。そんなものを目の当たりにして、驚かないほうが無理というものだ。
そして、それがサクラにとっての致命的な隙を、ハーディンにとっての最大の好機を生んだ。
(『自己領域』発動)
I−ブレインが抑揚のない声をつげる。
ハーディンの光速度、万有引力定数、プランク定数を改変し、ハーディンの周囲の空間を「自分にとって都合のいい時間や重力が支配する空間」に改変する。重力制御による空中移動と並行して亜光速で動く。
現実時間にして1秒の1000分の1の時間でハーディンはサクラへと接近し、『アレフスレイスト』から荷電粒子砲を放った。
「しまっ―――」
ハーディンが目の前に現れた事に気づいたサクラが、そんな声と共に体を動かす。
「――うぁぁっ!」
コンマ5秒後、戦場に響いたのは、サクラの悲痛な叫びだった。
サクラの右足を、ハーディンの『アレフスレイスト』が放った荷電粒子砲が直撃したのだ。それも、騎士剣の切っ先がサクラの右足の太ももに限りなく近い状態で、だ。
じゅっ、という、肉がこげる音が聞こえた。続いて、荷電粒子砲が背後の壁に着弾する音がした。
ゼロ距離における荷電粒子砲の一撃。遠距離攻撃を主とする『光使い』なら、普通は絶対に使ってこないであろう手段。
通常、遠距離攻撃を行うものは、得てして近接攻撃に弱いという『代償』が存在する。『人形使い』がその最たる例だ。
だが、ハーディンは違った。『聖騎士』という『騎士』と『光使い』の能力を同時に保持する事により、通常の魔法士よりも遥かに幅広い選択肢による戦闘を可能とした魔法士だ。
だからこそ、ハーディンには『遠距離攻撃を行うものは、得てして近接攻撃に弱い』というセオリーが通用しない。
おそらくサクラとしても、ハーディン自らが近づいてきてこういった行動に出るとは、予測していなかっただろう。
魔法士戦闘とは一種の騙しあいでもある。偽りの印象を植え付けておいた上で、本当の戦術を明かす――それは、言うなれば、チェスやポーカーに近い。
本来ならサクラの心臓を貫くはずの一撃は、サクラのギリギリの回避により、右足への直撃になってしまった。
だが、それはハーディンにとってプラスに働いている。
サクラは『身体能力制御』によりすばやくその場を離れたが、それでも、右足へのダメージは非常に大きかったようで、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、立つのがやっとといった感じで、必死で体を支えている。
「さて……ようやくここまできましたね」
ハーディンの口の端に、かすかな笑みが浮かぶ。
サクラとの距離はおおよそ5メートルほど。この距離で荷電粒子砲を放てば、先ず回避されないであろう位置。
仮に回避できたとしても、薄皮一枚の差ほどのぎりぎりの距離で回避するのが精一杯であろう。
「くっ……」
痛みのせいか、或いは悔しさの為か、歯を食いしばるサクラ。
ハーディンが『アレフスレイスト』を構え、サクラの心臓に照準を合わせ、荷電粒子法を穿とうとした刹那、
「うぁ〜ん!ママ〜!」
………2人きりの戦場に、あまりにも場違いな声が響いた。
ほんの一瞬、ハーディンとサクラの視線がそちらに向いた。
その上からは……先ほどサクラが放ったナイフの電磁場加速により、今にも崩れ落ちそうな建物があり――――それが、たった今、崩れ落ちた。
―――泣き喚く、子供目掛けて。
「―――っ!!!!!!」
1秒後には全てが決まってしまう状況の中、ハーディンは2つの選択肢を迫られた。
1つは、この場でサクラに止めを刺すこと。この距離であれば、荷電粒子砲の一撃を外す可能性は僅か15%ほど、つまり、85%ほどの確率で命中する事になる。しかしその代わり、目の前の女の子を助ける事は、絶対に間に合わない。
もう1つは、サクラに止めを刺さずに、女の子を助けること。今であれば、瓦礫が落ちきる前にぎりぎりで女の子を助ける子とが出来る。しかしその代わり、間違いなく、この場でサクラに止めを刺すことはできない。
―――そしてハーディンの答えなど、最初から決まっている。
きびすを返し、ハーディンは女の子の方へと駆け抜ける。
瓦礫が落ちるコンマ1秒前、ハーディンは女の子を抱きしめる。
「―――がっ!」
女の子を抱きかかえる格好になったハーディンの右肩に、激痛が走った。落ちてきた瓦礫がハーディンの肩を直撃したのだ。
ずざざざざざざ―――っという音と共に、ハーディンの体が地面にこすり付けられる形になる。だがそれでもハーディンは、胸の中に抱きしめた女の子を、決して離しはしなかった。
「大丈夫?」
「う…うわぁ〜ん!」
「―――君は逃げなさい。僕は、ここで、悪者を止めなくてはならないんです」
「で、でも…お兄さん、血が……」
血を見て涙で目をうるうるさせ、嗚咽交じりで喋る女の子。泣き出してもおかしくないはずだが、その子は泣かなかった。
女の子の指摘どおり、ハーディンの右肩は、今、酷い事になっていた。
マントと服が破れ、赤く染まった肩がのぞいていた。すぐに手当てを受けなければいけないほどの傷である。
「いいから逃げてください。ここは、すごく危険ですから」
「……う、うん!」
女の子は半ば混乱した様子だったが、ハーディンの『ここから離れてください』という願いを聞きいれ、涙をぽろぽろとこぼしながら、町の中央に向かって走っていった。
女の子の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、ハーディンは改めてサクラの方へと振り返る。
「……驚いた、本当に驚いたぞハーディン・フォウルレイヤー。私へのとどめよりも、その子を優先したか……もっとも、今まで見てきた貴方という人物像を考えれば、そのような行動に出るのも、至極当たり前といえるかもしれぬがな」
サクラの表情は、苦痛の中に浮かぶ笑顔。
「……僕の力で守れる命なら、全て守る―――僕は、そう決めて、今まで生きてきたんです」
「志高い生き方だ――私は、あなたのような奴は嫌いじゃない。だから追撃しなかった。それでは、あまりにも不公平すぎるからな…」
「そうでしょうか?僕は、貴女の事が今でも大嫌いですけどね。ですが…貴女には貴女なりの騎士道精神があるというのが、今ので少しばかり分かりましたよ……その点に関してだけは、不本意ですが感謝いたします。敵に塩を送られるというのは、思ったよりも屈辱でしたけどね……」
ハーディンもまた、苦痛の中にわずかな笑みを浮かべる。
「さぁ、そろそろ終わりにしましょう『賢人会議』―――いいえ、『サクラ』!」
ハーディンはそう叫び、右へと飛んだ。その方向は、先ほど女の子を逃がした方向とは、正反対の方向だった。
サクラの標的は、この場においては間違いなくハーディン1人だけである。そうであるならば、万が一の事を考えて、誰もいないであろう方向を選択して移動するのが最善策と、ハーディンは考えたのだ。
サクラとの距離はおおよそ20メートル。荷電粒子砲で遠距離から攻撃するには十分な距離だが、幾度と無く荷電粒子砲を放ってきた為に、サクラに荷電粒子砲のパターンを覚えられている可能性は十分に考えられた。
だからハーディンは、先ほどと同じく、敢えて接近戦を挑む事にした。
今度こそ、サクラの心臓或いはI−ブレインを貫き、全てを終わらせる為に。
右足を軸に、ハーディンは一歩を踏み出し―――その刹那、サクラの眼前に、今まで感じた事のない強大なエネルギーが集まっていくのを確かに感じた。
ハーディンがサクラのいる方向へと疾走を開始したのを確認した後に、サクラもまた、奥の手を繰り出す準備を即座に開始した。
おそらくこれが、サクラの最後の一撃になる。
I−ブレインは、錬との戦いもあって、既に疲弊しきっている。このままでは強制停止に至るのも時間の問題だ。
ここでハーディンを撃破、或いは重症を負わせて、サクラはこの場から逃走する。今のサクラに残された手段はそれしかない。
もし失敗すれば……待っているのはサクラの敗北だ。
(だからこそ―――決める!)
サクラの脳内で激鉄が叩き落される。
記憶領域からプログラムが展開され、処理が始まる。
電磁気学制御が目の前の空間の情報を書き換え、電磁場を捻じ曲げて細い銃身を形成する。
処理はそこでは終わらず、細い銃身の周囲をさらに電磁場が取り巻き、一回り大きな銃身が形成される。
それに新たなプログラムが加わり、銃身はまた一段階成長する。
その照準は、目の前の白銀の騎士。
逃げ惑う二人が動転する間にも、装填は着々と進んでいく。
「――――決着をつけよう!ハーディン・フォウルレイヤー!」
凛とした声で、サクラは叫ぶ。
限界まで強化された電磁場。
周囲の空気が電離し、歪んだ空間に火花が散る。
サクラの目の前には『展開完了』の文字が浮かびあがった。
「安心しろ…あなただけを貫くように設定してある!シティ・ニューデリーに被害が出ない程度に威力は調整してある―――私とて、関係のない者達を巻き込むなど、もう、たくさんなのだから!!」
それは紛れもない、サクラの本心。そう、不必要な犠牲はあってはならない。シティ・メルボルンにおいて、幻影No.17との2度めの戦いにおいて、サクラが犯してしまった罪。
あの時と同じ罪は、出来ることなら犯さない方がいい―――数ヶ月前、サクラは真昼に、それに近い事を教えられた。
それと同時に『……惜しいな』という感情が、サクラの心の中に浮かぶ。
この戦いだけで、サクラは理解した。目の前の青年は、道こそ自分と違えど―――十分に、自分が賞賛するに値する意志と信念の強さを持ち合わせていたことを。
あの白髪の少年―――幻影No.17と同じ感覚。
畏怖と尊敬という二つの単語が、心の中に浮かび上がった。
(出来ることなら、敵としてではなく―――味方として出会いたかったぞ……ハーディン・フォウルレイヤー)
サクラは外套の一番奥のナイフを掴み、目の前の砲身に投げ入れて、
最後の命令を、叩き込んだ。
投擲ナイフの刀身が、一瞬で砕けた。
砲身内部の複雑な電磁場構造が生み出す力のねじれに耐え切れず、ミスリルの刀身は無数の細かな欠片に分解された。
飛び散った欠片を電磁場が捕らえ、ローレンツ力によって加速。
ただし、倒すべき相手は、ハーディン・フォウルレイヤーのみだと分かっている。だからサクラは、ハーディンが子供を逃がしたのを確認してから『魔弾の射手』の装填に入った。かつ、シティ・ニューデリーに被害が出ないように調整している。
螺旋状に形成された加速路の中、小指の先ほどの小さな破片は数秒で光速の59パーセントを突破する。
摩擦熱を無視するように情報の側からの操作を施された銀の弾丸が、相対論に従い質量を本来の数倍に戻す。
十数の光速の弾丸が、電磁場の砲身から放たれる。
並みの魔法士でも、動けなくなるくらいのダメージを負うように威力を調整した一撃。
「あーっと、わりぃんだけど、今、ハーディンを失わせるわけにはいかねぇんだよ」
真横より、声。
今までこの戦場にいなかった第三者の人影が出現し、ハーディンの前に立ちはだかる。
青を基調とした、シルクハットのような帽子を被った青年が、何の事前準備もなしに、手に持っていた巨大なレールガンより電磁砲を放った。
―――次の瞬間には、サクラの放った『魔弾の射手』は、シルクハットのような帽子を被った青年が放った巨大なレールガンによる一撃とぶつかりあい――――完全に相殺し、跡形も無く消え去った。
だが、サクラにとってそれは返って好機だった。
『魔弾の射手』は、シルクハットのような帽子を被った青年が放った巨大なレールガンによる一撃とぶつかり合った瞬間、激しい閃光があたり全体を包んだ。
その光は、この場に居合わせた全員の目をくらませるのに十分だった。
サクラは一瞬だけ目を瞑ったものの、すぐに目を開ける。まぶしさに目がしばしばしたが、構う余裕など無かった。
左足を踏み出そうとして、一瞬だけ踏みとどまる。何か、最後に一言だけでも言い残した方がいいのではないのだろうかと考え……脳内に思いついた言葉を即座に口にした。
「この場は退かせてもらう……だが、いつか決着をつけさせてもらおう―――ハーディン・フォウルレイヤー!!!」
最後に一言だけ残し、I−ブレインをフル稼働させ、サクラは当初の予定の逃走ルートを全力で疾走する。
追撃は、最後まで来なかった――――。
激しすぎる閃光に目を瞑り、次に目を開けた瞬間には、サクラの姿は何処にもなかった。
「怪我人に問答無用で凶悪兵器使用とはな……ハーディン、その肩の怪我、大丈夫……じゃねぇよな」
「騎士の『痛覚遮断』がありますから、実はそれほど辛いわけではないのですよ。ところでフェイト……サクラを、倒したのですか?」
「へぇ、騎士ってのは便利なんだな。あと、サクラには逃げられちまった。どうやら、サクラの放ったあの能力と、おれのレールガンの威力が相殺しあった隙に逃走を図ったみてぇだな」
ハーディンをかばう形で、ハーディンの目の前に立っていた青年――フェイトは、首を振って答えた。
「ならばどうしますフェイト?追撃しましょうか?」
「いや、『賢人会議』の面々は、もう殆どが離脱を完了してやがる……この戦いはもう意味をなさねぇ。アニルのマザーコアへの適用も完成した今、『賢人会議』がこのシティ・ニューデリーにいる意味は無ぇ筈だ」
「いいえ、まだ手段は残っていたはずです。僕としては不本意な作戦となりますが、昨日の午前中にフェイトが捕らえた……その、セレスティ・E・クラインという少女の身柄を使えば……」
「あ、それもう無理だ」
ハーディンの提案にフェイトが肩をすくめた。
「森羅ディーとやらへの最強の切り札……まぁ、セラとかいう少女の事だけどよ……既に『賢人会議』に返されてやがった。だからその作戦はもう使えねぇんだ。見張りの兵士がセラの姿がない事に気づいた時には既に何もかも手遅れな状況だったよ。しかも、巧妙にセキュリティログが消してあって、誰がやったのかすらわからねぇ」
「そんな……」
「…ま、胸糞悪いが、今回はしてやられたってわけだ」
舌打ちし、さも悔しげに歯噛みするフェイト。握り締めた拳が小さく震えている。
「フェイト…あなたは…」
「ああ、お前には話したっけか。おれは『賢人会議』に好きな子を傷つけられてな。だから『賢人会議』に、好きな子が受けた傷を1万倍くらいにして返してやろうと思っていた」
「エルシータ、でしたね。彼女の名前は」
「そうだ。シティ・メルボルンでの『賢人会議』の行動がなければ、エルは今でも普通の人間として過ごせていたはずだ。だが、エルは『賢人会議』の行動のせいで、足を失っちまった。だからおれは、エルの為に戦う!『賢人会議』を滅ぼしてやる!!」
鋭い目つきで、曇った空を見上げるフェイト。
「あんな、マザーコアにされる魔法士の事しか考えていねぇで、その為なら例え全人類ぶっ殺してもいいとか抜かすふざけた奴に負けてたまるかよ!
そしていい知らせがあるぜ、ハーディン…サクラが逃げ去ったとおぼしき方角だが―――その先には、さっきおれと合流したイルが待機している!」
その言葉を聞いた刹那、ハーディンの表情が変わった。
(※キャラトークはお休みいたします)
<作者様サイト>
Moonlight butterfly
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