シティ・ニューデリーの会議の翌日は、マザーコア賛成派の反撃から始まった。
―――そこから先は、あっという間だった。
ニューデリー内に設置されたありとあらゆるディスプレイに、明かりが灯った。
街頭の公共のディスプレイ、各家庭に置かれた小型の端末、軍部のモニター、通信用の回線…スイッチが入っていたものであろうとそうでないものであろうと、一切を問わずに同時に動き出したディスプレイは、市民達の前に、全く同時に1つの映像を映し出した。
その映像の中で、アニル・ジュレが、己の体に降りかかった災いと、己がマザーコアになろうとした理由の全てが語られた。
心臓を患っており、余命幾許もないこと。
その為に、アニル自身がマザーコアとなって、シティ・ニューデリーの機能を維持させるという確固たる意思を持って行動しているという事。
『たとえ50年が1年であり、一日だったとしても―――』
アニルはカメラの前に静かに歩を進め、両腕を大きく開き、
『私達の家族が、子供が、愛する人々が健やかに過ごすその一日には、意味があるのです』
その言葉を、人々の頭上に高らかに告げた。
アニルの発言を聞いて、シティ・ニューデリーのマザーコア賛成派の人間達は、誰一人の例外もなく立ち上がった。
アニルという非常に心強い味方の存在が、彼らを、彼女らを奮い立たせる。
アニルという男の持つすさまじくもあり偉大でもあるカリスマが、そうさせたのだった。
真昼が口にした「この人は魔法士能力なんか一切使わずに、自分の演説の力だけでこの状況を五分にまでひっくり返す心算だから」という言葉が当たった直後、サクラは行動を起こしていた。
コアの交換をさせるわけにはいかない。そうなってしまえば、後々『賢人会議』が、マザーコアに変わるシステムを導入させる為にシティ・ニューデリーを脅迫する時に不利が発生する。それにサクラとしても、たとえ何者であっても、マザーコアにしたくないという個人的な感情があった。故にサクラはアニル・ジュレの元へと赴いた。
そこでサクラは、自分と同じ『悪魔使い』の少年……天樹錬との戦いを痛み分けで終わらせた。
結局のところ、アニル・ジュレがマザーコアになることを阻止することは出来なかった。任務は完全に失敗に終わった訳である。
だが、それよりもサクラの胸の中を苛立たせているのは、マザーコアにたどり着く直前で戦闘を繰り広げた少年、天樹錬の事だった。
大した覚悟も持たず、より強い者の元でただ状況に流されるだけの少年。その姿はまさにコウモリ。錬は、それが自分の戦いだといっていたが、正直、錬は、サクラが最も嫌うタイプの人間だ。
まだまだ、幻影No.17の方が、サクラとしては好感がもてる。あの少年は、サクラと道こそ違えど、己の信ずる信念に基づいて戦っていた。
(なんであのような者が、私の…)
何より、サクラをいらだたせているのは、錬が、サクラと同じ『悪魔使い』であるという事実。天樹健三によって作られたもう一人の『悪魔使い』とのことで、この事実に関しては、真昼からも裏をとってある。
―――冗談ではない。とサクラは思う。
何故私が、あのような軟弱者と一緒のカテゴリの魔法士として一緒にされなくてはならないのか。そう考えるだけでいらいらする。
そういった意味では、先日出会った、何者かに作られたサクラのコピーとして作られた少女である由里のほうが、泣き虫だが、確固たる自分の意思や信念を持っているという点において、まだ少しはましにみえる。
―――最も、サクラとしては、由里を『賢人会議』に誘うつもりなどは毛頭ない。
あのような泣き虫は『賢人会議』にはいらない。それに、由里とて、それを望むわけがない。話を聞いた限りでは、由里にとってサクラは親の仇にも等しい。彼女の方からも『賢人会議』には入らないだろう。
現在、由里はシティ・ニューデリーのマザーコア反対派の拠点の207号室に軟禁してあるから、この戦いにおいて由里が姿を現すことは先ずない。
―――ふと『サイズが大幅に負けているから』という考えが頭に浮かんだが、コンマ一秒で頭から振り払った。
由里の処罰については、後でいくらでも考えられるので、今は考えない事にした。
……それにしても、随分と静かなものだな。
今のサクラは、人目につかない場所を選んで駆け抜けている。
今頃、シティ・ニューデリーの至る所では、マザーコア賛成派と反対派の人間達が争っている頃だろう
ディーには『森羅』があるので戦闘面では支障はない。ただし、危なくなったら合流してほしいという命令だけはしてある。
セラは今朝方1人でシティ・ニューデリーの町並みを歩いて、それから行方がいまだに分からない。真昼曰く『絶対に大丈夫、まぁ、見ててよ』との事だが、サクラにとってはいまだに大きな不安であることには変わりない。
無論セラとて、サクラと出会った頃と違い、とても強くなった。
守られるばかりのお姫様ではなく、自分から、戦う為の力を得て、戦えるようになった。
(―――私の、影響なのか?)
セラはサクラによくなついており、サクラのことを「とてもかっこいいお姉さん」と言ってくれる。サクラとしては嬉しいような恥ずかしいような感覚に襲われるのだが、悪い気はしなかった。
そして、その傍らで、自分の性格がセラに影響してしまったのではないかと、サクラは、時折考えるようになった。
サクラの性格は、世間一般でいう―――。
「―――っ!?」
―――刹那、サクラの脳裏に『何か』がよぎった。
それは、言うなれば、幾多もの戦いを潜り抜けた『戦士』としての本能的な勘。
脳内に命令を走らせ、反射的に体を動かす。
何かが亜高速でサクラ目掛けてまっすぐに飛んでくるのを、黒い瞳でかろうじて視認する。
「っ!」
舌打ちと同時に大地を蹴り、本来なら一歩踏み出すはずだった次の地面を踏まずに、サクラの体はほんの一瞬だけ宙をまい、すぐ真横に転がっていた、捨てられて朽ち果てたドラム缶の上に着地する。
そのコンマ1秒ほど後に、つい今しがた、サクラが一歩を踏み出そうとしていた場所に、白い何かが直撃した。
その『白い何か』は、大地に直径数センチほどの穴を穿つ。穿たれた穴からは白い硝煙がゆらゆらと上る。
(―――荷電粒子砲だと!?馬鹿なっ!)
サクラは、その『能力』に見覚えがあった。
見紛う筈がない。荷電粒子砲を使えるカテゴリの魔法士は、公式的には世界にたった一人しか存在しない。すなわち『光使い』である、セレスティ・E・クラインだけだと、サクラの記憶が叫んでいる。
わずかに困惑するサクラの目の前に、その荷電粒子砲を放ったとみて間違いない人物が、姿を現した。
「―――今の一撃を回避するとは、流石と言うべきでしょうか……『賢人会議』の長、サクラ!」
男性にしてはやや高めの声と同時に、建物の影から、1人の青年が姿を現す。
髪の毛は肩口まで届かない銀髪。緑を基調とした戦闘服に、かすかにまぶしく輝く白銀のマント。右手には細身の剣…形状からして騎士剣だろうが、どちらかというと細身剣で、レイピアという西洋の武器を連想させる。
サクラを見据える、強く、まっすぐな意思の込められた瞳の色は、蒼とエメラルドグリーンの
少なくとも、サクラが今まで生きてきた中で、このような外見を持った人物の記憶は、I−ブレインの中を隅々まで探しても見つからないし、身に覚えもない。
「―――これはこれは、初対面の人間に対して随分な態度だな」
口の端に笑みを浮かべ、内心の動揺を悟られぬようにと、敢えて挑発的な言葉を投げつける。同時に、サクラは外套の裏に忍ばせたナイフに手を伸ばし、その上で目の前の青年の反応を伺う。
(――敵か)
同時に、内心で呟く。
初対面の人間に対して荷電粒子砲を撃ち、しかもサクラが『賢人会議』であることを知っている。最も、シティ・ニューデリーの会議場において、サクラはあれだけの事をやってのけたのだ。顔が割れていたとしても何の不思議もない。
「―――お初にお目にかかります。サクラ。本来なら僕からも名乗るべきなのでしょうが……本来ならば、悪党に名乗る名前などないのですが、ね」
男性にしては、少しばかり高めの声。
「出会い頭に人を悪党よわばりとはな」
「そういわれても仕方のない事をしたという判断はないのですか?貴女は自分にとって都合の悪いことは忘却の彼方に忘れるようなおめでたい頭でもしているのでしょうか」
「少しは言葉を選んだらどうだ?なんなら、ここで貴方を殺しても構わぬのだぞ」
サクラと青年の間に、険悪な空気が漂い始める。
「―――ですが、僕としても名乗る為の理由はあります」
「ほう、それがどのような理由なのか、是非ともお聞かせ願いたいな」
サクラの皮肉を完全に無視した上で、銀髪の青年は、1つ息を吸って、告げた。
「―――貴女のような輩は、規律と秩序を狂わせる。これ以上の謀略と殺戮の限り、許すことなど断じてなりません。僕はハーディン・フォウルレイヤー……今ここで、貴女の野望を砕かんとする者です」
(―――先ほどの攻撃は、やはり避けられましたか)
サクラへと、名乗りという名の宣戦布告を告げると同時に、ハーディンは目の前の黒髪の少女を見据え、自分の予測が当たっていた事を確信した。
本当のところ、ハーディンは、このような奇襲戦法を使うことなど、不本意も甚だしかった。しかし、今回ばかりは相手が相手という事で、ルーエルテスの案もあって、渋々承諾するしか選択肢がなかったわけである。
因みに、ルーエルテスとの連絡は、全て、無線で執り行った。聞いたところによると、ルーエルテスは、回復した無線機能を使って、この作戦に参加しているシティ・ニューデリーのマザーコア賛成派のメンバー1人1人に対して、綿密な作戦を提供したとのことだ。
ハーディンはその作戦に、ただただ驚くばかりだった。流石は、第三次世界大戦において『ミッションコンプリーター』としての異名をとどろかせた戦術の天才である。
そして、当初の計画通り、シティ・ニューデリーのマザーコア賛成派の人々の配置を意図的なものにして、サクラが逃げるであろう位置を絞り込ませた。
ルーエルテスの計画通り、サクラは、ハーディンの待ち構えるこのルートを通ってきた。
だが、それもまた、ルーエルテスにとって想定された範囲内の出来事だった。そもそも、ハーディンの奇襲一発で殺せるような相手なら、目の前の少女は、とうの昔に命を落としているはずだ。
現段階でハーディンが利用できる世界中の情報網を利用し、ありとあらゆるルートを駆使して手に入れた前情報から、サクラの能力の正体は分かっている。
『悪魔使い』というすべての魔法士の雛形にして完成形。
本来書き換え不可能な基礎領域を書き換える事で、あらゆる能力を使用することが出来る。つまり他人の能力をコピーして使えるという事。ただし、能力の質はオリジナルには及ばず、また、能力をコピー出来ないこともあるとのことらしい。
だが、裏を返せばサクラの能力は『相手の能力の大元を知らない限り、新たな能力を生成することが出来ない』という最大の弱点がある。
つまり―――初見の段階で、能力が見切られ、対策を立てられないうちに、即座に決着をつけてしまえばいい。
そして、能力の種が割れていないハーディンなら、それが出来るはずだ。ハーディンの能力は先ほど放った荷電粒子砲のみだと、サクラには認識されているはずだ。ならば、まだ明かしていない第2、第3の手段を用いれば、サクラを倒せる可能性はある。
――だがそれでも、ハーディンにとっては、目の前の少女に勝機を見出すことが出来ない。
目の前の少女が、そうそう簡単に倒せるような相手ではない事を、一瞬にして悟ってしまったからだ。それは、長き間にわたり、戦場を駆け巡った者のみが習得する戦士としての本能といえる。
(―――目的とやり方さえ間違わなければ、このような形で出会うことなどなかったのに…。いえ、この場においてこのような感傷など無用でしょう。貴女の実力と覚悟、見せてもらいますよ―――サクラ!)
ハーディンは己の相棒であるレイピア―――『アレフスレイスト』を正面に構える。
「―――その前に、1つ聞きたいことがある」
戦闘に突入しようとしたその瞬間、サクラが口を開いた。一歩を踏み出そうとしたハーディンは、その足を止めてサクラの言葉に耳を傾ける。
「どういったご用件で?」
「―――貴方は一体、何のために戦っている?」
「知れたこと。与えられた環境で精一杯生きているのに、戦争が起きれば、真っ先に危険に晒される弱い人々を守る為に戦っています。例え、魔法士を殺したとしても、今は、これしかないのです」
答えは、即座に出てきた。そもそも、そういった問題に関しては、ハーディンの覚悟も答えもとうの昔に決まっている。
サクラの黒い瞳が、きっ、と鋭くなる。
「…貴方も、貴方もなのか。
幻影No.17は、守るべきシティの人間達の為に戦っていた。今の発言を聞く限りでは、貴方にもそういった意思があるのは十分に理解できる。だが、自分と同じ魔法士が、なんの罪も無い魔法士が、勝手な理由で殺されていくのを何故容認できる。貴方もまた、何かを犠牲とする事を、人間が生きていく為の仕方の無い事だと割り振っているのか」
「―――僕はまだ、ほんの少ししか話していないのですけどね。あまりにも結論を出すのが早すぎますよ。それでは相手に失礼というものです……最低限の礼儀作法を習いなおすことをおすすめしますよ」
軽くため息をついて、ハーディンは肩をすくめる。
「参りましたね、頭に血が上った輩はこれだから始末に負えない。
世の中にはよく居ますよね。自分のやってる事を否定されると、人の意見を受け入れようともせずに躍起になって怒り出す輩というものが。
……ところで、少し話が変わりますが、サクラ、貴女、本当に考えなかったのですか?人間が、古代から行ってきたことを」
「何が言いたい!!」
がーっ、と大口をあけて、額に青筋を浮かべたサクラの叫び声がわずかにこだまする。
「―――僕は時折、こう考えるのです。
過去を見返せば見返すほど、人間は、生きる為に他の種族を犠牲にしてきたという事です。縄文時代で熊を狩るのはまだいいでしょう。その頃はお米なんて無かったし、熊を狩ってその肉を食すのは、人間が生きる為に必要な行為でしたから。
戦国時代なんかでは、出世するために同じ『人間』を数え切れないほど殺すのが普通で、下克上も日常茶飯事だった。最も、あの頃は武力が全ての時代だったから、仕方がないと言うしかないでしょう。
二十世紀には、人類発展の為の産業革命の影で川の生き物が大量に犠牲になった―――まあ、この辺まではギリギリで許すとしましょうか。史実では、以後、似たような事件はおこっておりません。
―――しかし、ここからは違います。
汚職による金儲けに走った政治家が、象牙密売で設けようとしてハンター達と組んで、何の罪も無い象を大量に殺した事もあったそうです。
灰皿を作る為に、ゴリラの手が必要なので、ゴリラを大量に殺したりした輩もいました。
…挙げればキリが無いからここまでにしておきますが、これらは、人間が生きる為に絶対に必要とは言えない行為です。
――――結論を言わせてもらえば、欲望にまみれた『人間』という生き物は、どうやっても、他の生き物の命を奪って生きていく存在なのだという事。
そして、この視点から考えた場合、マザーコアは明らかに『今の人間が生きる為には絶対に必要なもの』なのですよ。無論、絶対に、いつかは脱却しなくてはなりませんが。
そして今、人間は、魔法士を『マザーコア』として扱い、この極寒の死の世界で生き延びようとしている。この世界に青い空を取り戻すという未来を夢見て。
助かりたいから、生き延びたいから、未来に何かを見つけたいから何かを犠牲にして生き延びる。肉食動物が草食動物を食らうのは、生きたいというただ純粋な行動理念から。空腹になってしまえば、のたれ死ぬ以外の選択肢は存在しません―――それは生き物としてとても自然な事で、どうしようもない事なのです。
で、それは勿論人間にも適用される…生きる為には、何かを、たとえ同族でも犠牲にしていかなくてはならない。
…ここまで言えば、僕の言いたい事がわかるでしょう?最も、僕としても、とても不本意で、とてもお納得しがたいことなのですが、これが『この世界』における現実な……」
「長々と屁理屈を述べるな――――っ!!」
ハーディンの言葉に、サクラは再びがーっと口を開けて反論する。
「……都合の悪い事を全て反論と叫びと暴力と虐殺と愚考で押さえつけていられると思うなら、それは大間違いですよ。貴女がここまで他者の話を聞くことが出来なかったとは予想以上です」
人の話を聞け、という念も込めて、キッ、という強い視線で、ハーディンはサクラを睨みつけた。だが、サクラは一歩も退かない。
「言うなれば、人間が生きる為に殺される対象が魔法士になった――――そう考える事もできなくはありませんか?有史から続いてきた人間の業の標的が、ちょっと変わっただけと考えれば造作もないことでしょう。
人間達は、きっとすっとこれからも、こういった生き方しか出来ないのでしょう。何かを犠牲にして、そして目の前の危機を乗り越えていく。それは、人間が人間として誕生した時からの―――『咎』というものなのかもしれません。僕は、そんな世界を、ずっと見てきましたから。第三次世界大戦という場所で、ですが」
「なるほど。戦争に参加した身とはな…やけに偉そうに戦いを語るかと思ったが、その為の根拠はあったという訳か」
「意外でしたか?」
「ああ、意外だ。貴方のような、如何にも貴族のような外見をしている者が、そんなところに赴いたことがあるとは、到底思えぬからな」
互いに、皮肉が混じった会話の応酬が繰り広げられる。
「そうそう―――数ヶ月前、『賢人会議』から、マザーコア披検体の子供達が奪い返されるという事件がありましたね」
思い当たる節があったのか、ハーディンの台詞に、サクラがとても嫌そうな顔をした。
「僕は先日、この手で、ヒリポ、パルタ、フィーシャ、ティーアという名前の魔法士をコアとして、シティ・モスクワのマザーコアの交換を行いました。全ては、マザーコアなしには生きられないひ……」
口を動かしながら、ハーディンは『アレフスレイスト』を正面に構える。
コンマ3秒後に、ガキィン!と、刃物と刃物がぶつかりあう音がした。
怒気を孕んだ、般若のような形相で、サクラは、ハーディン目掛けてナイフで切りかかってきたのだ。それも、おそらく『身体能力制御』にあたる能力を使用してきたのだろう。
だが、ハーディンの心の中には焦りの感情は一欠けらもない。何故なら、今のサクラの行動は、ハーディンにとって予測の範疇内の行動だったからだ。
挑発的かつ、マザーコア披検体に関する話題を出せば、必ず攻撃してくると読んだ訳だったのだが、どうやら、それは大当たりだったようだ。イルから聞いた『割と頑固で単純』という説明が当たっていた事を確信する。
「―――僕の言葉を最後まで言わせる心算もない、というわけですか?」
「―――黙れ!黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ―――――ッ!!!
貴方がフィーシャやティーアをマザーコアにしただとっ!?あの2人は『賢人会議』の中でも、年下の子供達の面倒を見る事が大好きないい子だったというのに………殺してやる!絶対に、貴方を殺してやる!」
強い力で、サクラがナイフをハーディンの方へとおしやる。『アレフスレイスト』が、ギリッという、刃物と刃物のこすれる嫌な音をたてて、僅かに後退する。
ハーディンは『アレフスレイスト』を握る腕に力を込め、サクラへと反論を繰り出す。
「……貴女がそれを口に出来る立場だとお思いですか?人に親切にするのが好きな子、先生になる事を夢見ていた子、ただ普通に暮らしたいと思っている子……貴女は、シティ・メルボルンを初めとする様々な場所で、そういった人達が得られた筈の幸せを全て奪ってきたのですよ。そして僕も、ヒリポ、パルタ、フィーシャ、ティーアの未来を、得られる物を奪った身です、何の力も持たず、与えられた環境で精一杯生きている、シティの人々の為に…ですが」
「貴方もまた、1を殺して100を生かすというのか!」
「まさか。僕も貴女も、同じ穴の狢なのですよ。それに、僕が重視しているのは数の問題ではありません。力を持つものとして、力なき者達を守る――――それが、力を持つ者として生まれた、僕の信念です。しかし、僕とて、本心では、マザーコアとして魔法士が犠牲になることが正しいなどとは、欠片も思っていない事を覚えておいてください。実のところ、僕は、貴女の言う『マザーコアありきの世界を変える』という言い分には同意できるところがある。ただ、そのやり方があまりにも過激で傲慢であるが故に、納得できない点も多いですが」
「…どういうことだ。正直、貴方の言っている事は一貫性が無いように聞こえる」
「……僕には、己を殺し世界を生かす道しか、取ることが出来なかったのですよ」
「だったら何故、己の望むままに生きようとしない!」
「まず1つは―――シティ・モスクワのマザーコアの1人が、僕の姉さんだから、ですよ。姉さんはワニの脳と呼ばれる部分に病気を患っていて、余命幾許もなかった。そう、アニル・ジュレ殿と全く同じだったのです。だから姉さんは、5年前、シティ・モスクワのマザーコアになると志願したのです。ただ死ぬのではなく、多くの人々の役に立って死んだんです。無論、僕も止めましたが―――結局、姉さんの意思を変えることは、僕には出来ませんでした」
最後の方で声のトーンが落ちたのを、ハーディンは自分で気がついた。
ハーディンにとってただ唯一の肉親である姉、メイフィリス・フォウルレイヤーを失った時の記憶は、何時思い出しても辛いものだった。
「貴方の…姉が…」
「もう1つは……第三次世界大戦の悲劇を繰り返させない為ですよ。おそらく、軍の人間達によって情報網に規制がかかっているでしょうが……分かりやすくいえば、大戦中、シティの中には、力にかまけて、何の罪もない一般人を一方的に虐殺した輩もいた―――そういう事です。貴方達がその傲慢で過激で自分勝手で自己中な意思の元でシティと戦争を行えば、またそのような悲劇が生まれる、また多くの命が奪われる……そして、また僕達のような戦士が必要になる!そうなってしまえば、いつまでも同じ事が繰り返される!!
―――だから僕は、全てを変える!必ずや、マザーコアに変わる新たなエネルギーを作り出し、マザーコアというものによってシティが支えられる歴史を終わらせる!そのために、この血塗られた運命の道を行く!これ以外の道も、これ以外の術も、僕には与えられず、施されなかった!
ならば『賢人会議』!死すべき世界の敵!貴女達を倒し、これから起こるであろう災厄を回避する!」
凛とした声で、ハーディンは、己の意思が如何なるものであるという事を、目の前の少女に言葉を用いてたたきつけた。
それが、戦闘開始の合図となった。
ハーディンは『アレフスレイスト』を握る腕によりいっそう力を込めて、サクラの小柄な体を弾き飛ばす。
次の瞬間にはI−ブレインに命令を送り、ハーディンの力によって吹き飛ばされたサクラ――厳密には、魔法士にとって致命傷となるであろうI−ブレイン目掛けて、荷電粒子砲の一撃を放った。
「ちっ――!!」
I−ブレインに命令を送り、大地を思いっきり蹴りつける。
万有引力の法則に従い、黒いコートのような戦闘服を纏ったサクラの体が右方向へと流れるように移動する。
そのコンマ2秒後に、つい今しがたまでサクラが立っていた場所を、直径10センチではあるものの圧倒的な熱量を持つ白い荷粒子砲が通り過ぎ去っていった。
もしあのままバックステップなどしていたら、サクラのI−ブレインは白い荷粒子砲によって貫かれていただろう。
続けざまに放たれる白い荷粒子砲。
その一撃一撃が即死クラスの破壊力を持ち、加えて狙いも正確。まるで、世界最高峰の演算能力と予想能力を持つ精密な機械を相手にしているようだ。超一流のスナイパーであろうともこうはいかないだろう。
白い荷粒子砲が異常なまでの細さを保っているのも納得できる。万が一外した際にも、着弾点に対し最小限の被害で済ませるためだ。事実、着弾した荷電粒子砲は、殆ど傷跡を残していない。
そう、ハーディンは最小限の被害でサクラを倒そうとしている。
それはハーディンの自信から来るのではなく、ハーディンの持つ絶対なる実力から来るもの。
恐ろしい相手だ、と、サクラは心の中で素直に思った。
しかし、幾多もの戦場を駆け抜けてきたサクラは、このような状況下であってもクリーンな意識を保ち続ける事が出来る。心の中では戦意が業火のように燃えたぎっている。
(…しかし私とて負けられない!たとえ全てを敵に回しても、守りたいものがあるのだから!)
―――そう。サクラの行動原理は、それに集約されている。
だが、それと同時に、サクラは、目の前の青年にある種の既視感を覚える。
もし、ハーディンの『本心』が本当ならば、ハーディンは、シティを守る為に、殺したくないと思いながらも、マザーコアとして魔法士を殺してきた事になる。
心を殺し、同胞を殺し、世界を救う―――それは、サクラがやってきた事と、救う対象こそ違っているものの、起こしてきた行動の本質的には同じといえるのではないのだろうか。
再び、荷電粒子砲が放たれる。荷電粒子砲が何処を目掛けて放たれたのかを察知したサクラは再度大地を蹴り、回避。狙いを逃した荷電粒子砲は、サクラの右腕を薄皮一枚の距離を隔てて着弾する。
今の荷電粒子砲は、間違いなくサクラの心臓を狙って放たれたもの。
その選択肢は正解だ。飛び道具を確実に当てたいならば、面積の大きい体の部分を狙うのがセオリーである。
一瞬で決着がつくという、まさに一触即発の状況の中で精神を研ぎ澄ます。
(ハーディン・フォウルレイヤー……貴方も、やはり、あの男と同じなのか……だが!)
脳内に幻影No.17の姿が思い浮かび、目の前の青年と重なる。
しかし、サクラには、フィーシャとティーアの命を奪った張本人である目の前の青年を許そうとは思わない。
同時に、サクラとて、何の力も持たない人々の命を奪ってきた事実がある。故に、目の前の青年から、許されようとも思わない。
あれは、敵。
倒すべき、敵。
己にそう言い聞かせた後に、サクラは投擲ナイフを両手に6本構え、大地を蹴って跳躍した。
――全ての機器に「正常」の表示が灯り、コアルームが静寂を取り戻した。
金髪の少女はコア調整用の小さな部屋を飛び出し、中央に2つ並んだ生命維持層の1つ、新しいほうに駆け寄った。
ガラス層の中をこわごわと覗き込み、アニルの穏やかな顔を見て息を呑んだ。
もうどんな感情もなく、喜ぶことも悲しむこともせず、何かを嘆く事もない。
世界の行く末を憂うことも、人々の争いに心を痛めることもないその姿を、瞬きすることすら忘れて見つめた。
「―――終わったんですね」
マザーコア用の端末の操作を終えて、金髪の少女―――フィアが、俯き、小さな声でそう告げた。
「いいえ。まだ、何も終わっていません。終わったと言っては兄さんに怒られます。ニューデリーの何もかもが、ここから始まるのですから」
アニル・ジュレの妹であるルジュナ・ジュレが、静かな声でそう告げた。
ルジュナが一歩を踏み出し、フィアへと手を伸ばし、
―――その刹那、フィアの体の真横を、亜高速の速さで何者かが駆け抜けた。
人間の目では目視すらままならず、現実時間にして一秒もかからずして、フィアの体は何者かに抱きかかえられる。
フィアを抱きかかえた人物は、そのまま、颯爽と、遥か彼方へと飛翔する。
その先では、閉じていたはずの入り口の扉が開いていた。
すぐ隣にいたルジュナ・ジュレは、目の前で突然起きた唐突過ぎる事態に反応できず、ただ「あっ…」という声を漏らすことしか出来なかった。
―【 キャラトーク 】―
ノーテュエル
「ねー、ゼイネストー」
ゼイネスト
「ん?」
ノーテュエル
「今回みたいな展開……えーと、つまり、サクラとハーディンがぶつかり合うことになるって予測できた人、一体何人いるのかしら?」
ゼイネスト
「割と予測できた人は多いんじゃないのか?これまでの話の中でも、ハーディンはサクラに対して悪い感情しか抱いていないというのが、ここぞとばかりに描写されていたし」
ノーテュエル
「んでさ、ゼイネストとしては、この戦い、どうなると思ってる?」
ゼイネスト
「流石にオリキャラが本家キャラを倒してしまうのは拙すぎるから、ハーディンが勝つ可能性は無いと思うが…よくて、何らかの形で引き分けになるという展開になると、俺は予想する」
ノーテュエル
「ふーん、そうなんだ。でも、どうやってその展開に持っていくんだろうね」
ゼイネスト
「それは流石に分からないな。
と、俺はもうひとつ思ったことがあったんだが……途中のハーディンの発言は、かなり意外な行動だったな」
ノーテュエル
「ああ『有史から、人間は奪い続けてきた。そして、その奪う対象が同じ人間になっただけ』の部分?んー、確かに人類の歴史から考えるなら、正しいといえば正しいのかもしれないわね。実際そうだったんだし。あのシーンは、ハーディンが綺麗事ばかり言い続けているだけの人物じゃないっていう表現をしたかった事から来てるんじゃないかって、私思うわけよ」
ゼイネスト
「世界も、そして人間も汚いという事か。いい得て妙ではあるな……さて、そろそろ話題を変えようか。ハーディンとサクラの対立の他に、俺が気になるのは、最後にフィアを連れ去った人物の事だ……一体、何者なんだ?」
ノーテュエル
「んー、私、それについてちょっと心当たりがあるのよね」
ゼイネスト
「ほう?」
ノーテュエル
「まだあるじゃない。この『FJ』の最初の方から登場していて、つい最近になって少しは判明したものの、いまだに回収し切れていない伏線が」
ゼイネスト
「―――ああ、なるほど。俺には分かった」
ノーテュエル
「まぁ、次あたりでその伏線がいよいよ明かされると思うわよ……因みに次のタイトルは『怒りと後悔と悲しみと絶望と狂気の交錯』なんだもの」
ゼイネスト
「…如何にも何かありそうなタイトルだな。なら、期待するとしようか」
ノーテュエル
「んじゃ、今回はこの辺で〜」
まず最初に一言………途中、一気に飛ばした感が否めない。
しかし、あのシーンまで書いちゃうと、いつまで経っても進まないわけでして…(前にも言っただろ)。
ハーディンとサクラのぶつかり合いは、ハーディンが登場してから考えていたことなんです。
ただ『どうやって戦いに持ち込ませるか』というシチュエーションに関しては、かなり悩みましたが。
そんな時に『WB六巻(下)』の展開にしてみてはどうか、と思いつき、そこからストーリーを組み立ててみたところ、なんとか組み合わせることは出来たと思います。
ちょうどサクラが1人っきりになる場面ですし、邪魔者は入らないですし。
それでは、また次回に。
<作者様サイト>
Moonlight butterfly
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