※説明が遅れて申し訳ないですが、何度かに分けて展開しているレシュレイ達の物語の時間軸は、シティ・ニューデリーの会議が起こる直前の時間軸ですので、そのつもりで読んでください。
―――その人物の姿は、嘗て見た時と、殆ど変わっていなかった。
筋骨隆々とした鋼のような肉体。2メートル近い身長。橙色の髪の毛。鋭い瞳。
『もう一つの賢人会議』の一部屋に居合わせた5人は、誰一人として例外なく、その人物を知っている。
―――エクイテス・アインデュート。半年前に絶命した筈の魔法士であり、レシュレイ・セリシアにとっては兄にあたる人物で、ラジエルトにとっては自分が作り上げた最初の魔法士で、クラウとイントルーダーにとっては『もう一つの賢人会議』内で生まれた『仲間』である。
誰も彼もが、ただ、沈黙していた。一言も、喋ることが出来なかった。
何故なら、目の前にいる人物は、半年以上も前に一度、レシュレイらの目の前で死んだからだ。そして、レシュレイらは、その死を確かに看取った。シティ・メルボルンにある自分達の家の裏には、埋葬したエクイテスの墓がある。
「……久しぶりだな」
地の底から響くような、太く、強い声。
だが、その声にこたえる者は誰も居ない。目の前で起こっていることが理解できない。否、理解できないのではなくて、理解したくないのかもしれない。一度、死を看取った人物が、何一つ変わらぬ元気な姿で目の前に居る―――その時点で、常識を逸した状況だ。
「…本物なのか?お前は、本物のエクイテスなのか?」
耳が痛くなるほどの長い沈黙を打ち破ったのは、いぶかしげな口調で放たれたイントルーダーの一言。
「…信じられないのも仕方がないのかもしれんな。あの時、俺は確かに、お前達の前で死んだからな。だが、俺がエクイテスであるという証拠ならある」
「証拠って?」
「そうだな、クラウ。お前は、1年前に、一度だけ、寝坊して、髪を整えないまま、物凄い寝癖を作った状態で大慌てで俺達の前に姿を現した事があったな。それで、誰だったか忘れたが、寝癖の事を指摘したと…」
「待って!それ以上は言わないで!あなたが本物だって認めるから!」
顔を真っ赤にしたクラウが手をかざし、エクイテスに発言を止めるようにと命じる。どうやら、クラウにとってよっぽど触れてほしくない話題のようだ。
「……だが、これだけじゃ判断できないな」
「イントルーダー、まだ疑いがはれてないのか?ならお前がやってしまった失態もこの場で晒すがそれでいいか?そうだな…イントルーダーの場合は……生まれて初めて培養層の外に出てきて着替えていた時に、ベルトをはちまきと間違えて頭に……」
「―――前言を撤回する。そこまで詳しく覚えているのなら、やはりお前は本物のエクイテスのようだ。だから、それ以上、人が触れてほしく無い事に触れるのはやめてくれ」
頬に一滴、冷や汗を書いたイントルーダーは、秘密守りたさに、目の前の人物が本物のエクイテスであることを認めた。
「……ねぇ、レシュレイ…クラウさんもイントルーダーさんも、兄さんに弱みを握られてたのね……」
「ああ、俺も驚いた。しかしまさか、兄さんがそういう事を口にするとは思わなかったな。兄さんはどちらかというと、口が堅くて、他人が気にしているであろうことを決して外に出さないタイプなんじゃないかと思っていたんだが……」
と、小声で内緒話をするセリシアとレシュレイ。
「聞こえているぞ」
「なっ!」
「じ、じごくみ……な、なんでもないの」
エクイテスの、短く、しかし鋭い声が、レシュレイとセリシアの耳に届く。
驚いたレシュレイとセリシアは、ほぼ反射的に、互いに顔をはっ、と上げてしまった。
「信じてもらえないとなれば、例えどんなことでも口に出して、俺が俺であると認めさせるのが一番だろう?」
「んー、言ってることはまちがっちゃねぇんだけどな」
はは、と、ラジエルトは苦笑する。
「そして、ついでに言うならば―――先日、俺は、シティ・メルボルンで、レシュレイとセリシアに出会っている」
「―――っ!」
「え!?」
エクイテスの発言に、レシュレイとセリシアの顔に驚きが浮かんだ。
「覚えているはずだ。シティ・メルボルンの街中で、テロリストが現れたときの事を。あの時、俺は、テロリストが人質にとった女の子を助けて、そしてその時、こう言ったはずだ……『これ以上人質を取られてしまうと、こいつらにとってますます有利な事態になってしまうぞ。特に、そこで大事そうに彼女を抱きかかえている少年、お前とかはな』と」
「その発言……じゃ、じゃあ、やっぱり、あれは、兄さんだったのか……でも、だったら、どうしてあの時、俺達の事を知らないような素振りをしたんだ?」
「……それについては、すまなかったとしかいえない。だが、俺もあの時は、どういっていいのか分からなかったのだ。それに、もし『俺は生き返って、今ここにいる』と言ったところで、信じてもらえるかどうか分からなかった」
エクイテスの発言に、レシュレイは反論しなかった、否、反論できなかった。
「……そうね。普通なら、信じないと思うわ。レシュレイもセリシアも、その時は『ライフリバース計画』の事を知らなかった。そもそも、死んだ人間がそう簡単に生き返るとも思わない。ましてや、それが、目の前で死んだ魔法士なら、なおの事だわ」
腕を組み、クラウが告げる。それは、レシュレイが言いたい言葉と、ほぼ同じ内容の台詞。事実、あの場所でエクイテスが『帰ってきた』と告げたとしても、あの時、レシュレイはその事実を受け止めることが、信じることが出来ただろうか。
「――だが、俺はあの後、覚悟を決めたんだ。俺の命がここにあるのなら、尚の事『家族』の近くにいるべきなのだ、とな。いつの世も、世界は危険に満ちている。『
…最も、その結論を出したのは、つい最近の事で、しかもあの後は、テロリストの件でシティ・メルボルン自治軍とかかわり合いにならないようにと、俺はシティ・メルボルンを離れていたがな。
ほとぼりが冷めて、俺は父さん達に会いに行こうと思ったが、今、父さん達がどこに住んでいるかがわからなかった。人に聞こうとも思ったが、それも少しためらわれた。見知らぬ人間がいきなり父さん達の家の事を聞いたら、住民にいらん感情をもたれかねんからな。
だから『もう一つの賢人会議』へと戻って、情報を収集しようとした……そうしたら、偶然にも、お前達がいた」
「……偶然か。だが、こういう偶然なら、あってもいいかもな」
「イントルーダー、俺も今、まさに同意している。普段は神など全く信じない俺だが、この時ばかりは少しは信じてもいいと思っている……さて、話を戻そう。俺が死んだ後はどうなっていたかの説明が残っている」
ここで一息区切り、エクイテスは続ける。
「―――本来なら二度と目が覚めないはずの俺は、気がついたら、普通に眠りから覚めるかのように意識を取り戻していて、しかも、なぜか生命維持層の中にいた……正直、もう何が何だか分からなくなったな」
「…生命維持層、だと?」
呟いたラジエルトの声には、疑念が混じっていた。
「そう、世間一般で普及している、何の変哲も無い生命維持層の中で、俺は目を覚ましたんだ……これから、それから何があったのかを説明するが、いいか?」
エクイテスのその問いを否定する者は、この中にはいなかった。それを確認し、エクイテスは話を続ける。
「現実逃避していても仕方が無いと考えた俺は、生命維持層から出ることにした。すると、ご丁寧にも服が準備されていた。まるで、俺が生命維持層から出てくるのを分かっていたかのようにな。
着替えた後に周囲を見渡すと、一台の小型サイズのコンピュータが見つかった。そのコンピュータの映像端子は、常にログイン画面を維持していた。
画面には、パスワードを入力しろと書いてあって、そのパスワードとは「自分の名前」だそうだ。
ふざけた質問に一瞬腹が立ったが、その戯れにでも付き合ってやろうと思った俺は、フルネームで俺自身の名前を入れてみた……するとどうだ。パスワードが受理されて、文章の羅列が、俺の目の前に広まった。一番最初には強調された『ライフリバース計画』という名前があった」
『ライフリバース計画』―――その単語に、エクイテスを除く5人が同時に反応した。
この『もう一つの賢人会議』において、アルテナ・ワールディーンという少女(といっても、レシュレイ達はそのアルテナという人物がどういう人物なのかを殆ど知らないによって考えられた計画。レシュレイ達は、つい先ほど、初めて、この計画の事を知った。
―――この世界で死にゆく魔法士達の為に作成しようと思った『革命』だと書いてあった。
殺されても、その魔法士が、全く違う体で、死ぬ前までの記憶と感情を受け継いで目覚めて、新たな人として新しい人生を歩めるようにするという、命への冒涜とも取れる行動。
実際、それが成功すれば、そのマザーコア披検体は、世間的には死んだという扱いをうけながらも、その実、記憶を受け継いだ状態で、死の恐怖を乗り越え、新たな生を受け、別な魔法士の体で生きることが可能となるだろう。
だがアルテナは、その『ライフリバース計画』が完成した直後に、こう語っている。
『―――数日後、あたしは、ここに来て、やっと間違いに気づいた。
あたしのやっていた事は、マザーコア披検体の為でもなんでもなく、ただの、命に対する冒涜だった。
そもそも『ライフリバース計画』を、シティのマザーコアになる魔法士に適用してしまったらどうなるか。
―――答えなんて決まっている。「どうせ死んでも転生できるんだろ?なら死ね!」などと言われて、今よりもさらに多くの魔法士の子供達が生み出されて、そして当たり前のように殺されていくことになってしまう。今のこの世界でただでさえ低い『命に対する概念』が、さらに低くなってしまう。
―――さらにあたしが見落としていたのが、披検体の気持ちだった。あたしは、自分の研究を成功させたいが為だけに執着してしまい、成功すれば大丈夫、と思い続けて、その傍らで、披検体の魔法士の気持ちなんて欠片ほども考えていなかった。
…もしあたしの脳内に、生まれた時から『殺戮者の起動』や『狂いし君への厄災』などという能力が搭載されていたら、どれほど怖くて、どれほど苦しくて、どれほど泣きたくなるか―――想像すら出来ない。そんな事を、あたしは、あの子達に、自分の身勝手な気持ちで搭載してしまった……そう考えると、自分がしてきたことが、すごい怖い事だって、今更ながらに理解して、そして後悔して、泣いた』―――と。
「……それについては俺達も知っている。つい今しがた、クラウとイントルーダーに見せてもらったからな」
静かな声で告げるレシュレイ。
「そうか、もう既に『ライフリバース計画』について知っているのか…なら、俺の口から改めて説明する必要はないな」
「……はい、どうして兄さん達が、こんな目に遭わなくてはならなかったのか、という理由が、全部、分かりました……」
レシュレイに続くようにセリシアが告げた。その声はとても暗い。いや、暗いのは声だけではなく、表情もだった。
無論、この場に居合わせた者達は、その理由を知っている。
仕方が無かったとはいえ、エクイテスの命を奪ったのは―――。
「―――落ち込むなセリシア、顔を上げろ」
「…え?」
声に反応し、セリシアが顔を上げ、セリシアよりも約30センチほど身長が高い『兄』の姿を見あげる。
「確かに一度死んだが、俺は今こうやってここにいる。だから、そうやって、罪の意識に苛まれる必要など無い。無論、そうそう簡単に割り切るのは難しいだろうが、それでも、変えていくんだ。それに、もしかしたらお前は、俺を殺した事について苦しんでいたかもしれない。いや、苦しんでいたのだろうな。シティ・メルボルンで元気の無いお前の顔を見て、一目で分かった……しかし、それも今日で終わりだ―――いや、終わりにしろ。お前は、誰も殺して無いと、それで全てが終わりだ」
エクイテスが、いかつい顔の中に、わずかな笑顔を見せる。ぽん、と、セリシアの頭に、エクイテスの無骨で大きな手が置かれた。
「…あ」
つぅ、と、一滴の涙が、セリシアの頬を流れ落ちた。
「今まで苦しめて、すまなかったな」
「にぃ……さん…」
両腕を広げたセリシアが一歩を踏み出し、エクイテスへと歩み寄る。だが、エクイテスはすっ、と左手をセリシアの眼前に差し出し、否定の意を表す。
「おっと、抱きつくなら、俺よりももっとふさわしい奴が他にいるだろう。俺が死んだ後、ずっと傍で支えてくれた者にこそ、感謝すべきではないのか?」
「…え?あ…」
エクイテスが誰の事を言っているのか一瞬で理解したセリシアは、レシュレイの方へと振り向く。
「それに、俺はどうにも、女性に抱きつかれるシチュエーションとやらが苦手でな。まぁ、何が言いたいのかというと……あまり、俺を困らせないでくれ。そして、俺の分まで―――甘えてこい…で、いいか?」
エクイテスは、困ったように自身の頭の後ろへと右手を回す。
それが合図になったかのように、セリシアは後ろへと振り向き、
―――人目を一切気にする事無く、蒼髪の少年の胸の中に飛び込む。
「―――うわっ!」
突然のセリシアの行動に、顔が一瞬で赤く染まったレシュレイがたじろぐ。だが、その時には既に、セリシアの姿はレシュレイの胸の中。
「……良かったら、使いなさい」
クラウが横からさりげなく新品のタオルを差し出し、「ありがとう」という言葉と共に、レシュレイがそれを受け取る。
「レシュレイ、私……」
蒼髪の少年の胸の中、潤んだ瞳が、蒼髪の少年を上目遣いに見つめる。
「ようやく、終わったな」
セリシアに顔を向かいあわせる形になったレシュレイが、優しい声でささやいた。
「悪夢はもう二度と来ないんだ。兄さんが帰ってきてくれて、セリシアがこれ以上悲しい思いをしなくてすんで、本当に…良かった」
優しい声の中には、震えがまじっていた。
涙が、桃色の髪の少女の頬を伝って流れ落ちた。
後は、言葉にならなかった。
涙が、あふれるように次々と零れ落ち、やがて、少女は激しく泣きじゃくり始めた。
蒼髪の少年の手が、桃色の髪の少女の頭を優しく抱きしめる。
その腕の中で、少女は泣き続けた。
いつまでも、泣き続けた――――。
兄を殺してしまったという罪の意識から開放され、泣きじゃくる桃色の髪の少女。そして、少女を優しく抱きしめる少年。
残された4人は『邪魔者はおとなしく退散します』と言わんばかりに立ち位置を変え、2人を遠巻きに眺める
少年の瞳からも、一筋の涙が頬を伝って流れ落ちているのに気づく。
「男がむやみに泣くもんじゃない、と言いたい所だが……流石に今回はそれを言えないな」
「イントルーダー、レシュレイだて、エクイテスが死んだ後は、ずっとセリシアを支えていたんでしょ。ようやく1つ、問題が消えたんだもの。泣くなって言う方が無理ってものよ」
「まぁ、そうかもな……それとエクイテス、お前、変なところで気を使うんだな。少しばかり意外だった」
「イントルーダー…先ほども言ったが、生憎と、俺はそういうのは苦手でな……どうにもむずかゆくてたまらん」
「そんな事言って、本当はレシュレイに気を利かせたんじゃないのか?」
「さぁて、な」
ラジエルトの言葉にそっけない返事を返すエクイテスの表情には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「―――これで、まず一つ終わったのね。今更だけど―――おかえり、エクイテス」
やわらかい微笑みを浮かべたクラウは、そのまま胸をなでおろす。
「帰ったぞ。とだけ返しておこう」
「……それにしても、本当に、可愛い寝顔ね」
クラウは眼下の少女に視線をうつす。その先にいるのは、泣きつかれて、そのまま眠りについてしまったセリシアだ。
もっとも、セリシアが眠りに落ちた理由は、泣きつかれたからだけではないだろう。兄を殺してしまったという事実が、今の今まで、ずっと、重くのしかかっていたに違いない。
耳をすませば、くー、くー、という、静かな寝息が聞こえてくる。その顔に、以前までの陰りはない。
因みにセリシアの頭は、今はレシュレイの膝の上。そのせいで、先ほどから、レシュレイの顔が僅かながら赤い。
「…なぁ、枕か何かないのか?」
流石に恥ずかしくなったのか、レシュレイの口から出たのは、そんな言葉。
「いいじゃないの、そのままで。それに、レシュレイとしても、まんざらでもないんでしょ?」
意地悪な笑みを浮かべたクラウが、レシュレイの意見をあっさりと打ち消す。
「そ、それはそうだが……」
照れて頬をかくレシュレイ。心の中に少なからずそういう気持ちがあったのを見抜かれてしまい、反論しようにも反論できなくなったのだろう。
「ふむ、俺としては、逆の方がもっと絵になると思うんだが…」
「こういう時にまで茶化さないの」
まじまじとした顔でそんな事を言ってのけたイントルーダー。それに突っ込むのは勿論クラウの役目だ。
「…どうしたラジエルト。エクイテスが生き返ったというのに、あまり嬉しそうじゃないな」
「いや、すげぇ嬉しいんだ……嬉しいんだが、なんだか、全然実感がわかねぇんだよ…」
椅子に腰掛けたラジエルトが、視線を下に向けて呟く。
「俺もなんだ…。兄さんが返ってきて、嬉しい気持ちでいっぱいのはずなのに、
「突然すぎて実感がわかないのかもしれないな。俺も今、こうしてここに居ることが、いまだに不思議でしょうがない」
「…まぁ、そのうち慣れるのを待つしか無いだろう。とりあえずは『エクイテス君お帰りなさいパーティ』でも開いてみたらどうだ?そうすれば、きっと実感も沸いてくると思うのだが」
「もうちょっとまともなネーミングは出来ないの?そもそも、この歳になって『君』は無いんじゃない?」
「む、駄目か…と、ところで、話は変わるが、エクイテス、お前は、何ヶ月前に生き返ったんだ?」
「話をそらしたわね」
イントルーダーは答えない。どうやら、クラウのつっこみはあえて無視することにしたようだ。
そこに、きついコメントをもらい、微妙にがっかりした様子のイントルーダーが口にした問いに対し、エクイテスは返答する。
「…死んでから一週間ほどたってからだな。日付は2198年の10月20日、時間は17時24分39秒に目が覚めた。場所は……なぜか台湾と呼ばれる国の端の、長いこと誰にも使われていないような寂れた研究所だった。その研究所は、外界の者が誰も気づくことが無いようにと、厳重に迷彩を施されていた。だから、誰も来なかったのだろうな」
「……随分と細かく覚えているのね。それにしても台湾なんて…なんでまた」
「細かく覚えなければ気がすまなくてな。それと、何故台湾なのかは俺にも分からぬ」
「意外と、変なところにこだわるのね……」
クラウの声は、半分ほど尊敬、もう半分は呆れの感情で構成されていた。
「んー、じゃあ、もう一個質問だ……エクイテスが目を覚ました時に、エクイテス以外に誰か居なかったか?」
「俺以外には誰も居なかったな……もしかしたら、1人1人が違う研究所に『死んだ後に、記憶と人格を転送する為の次の体』があるのかもしれん。
それに『ライフリバース計画』の内容から考えるに、脳の中に忌まわしき力を埋め込まれた魔法士は、遅かれ早かれ、きっと目を覚ましているはずだ。だから、今頃、世界のどこかで、ノーテュエルやゼイネストやシュベールも生きているかもしれないな」
「あ、その件なんだけど……レシュレイがノーテュエルとゼイネストを見かけたのよね」
「何?それは本当なのか?」
エクイテスの顔に、わずかに驚きが走る。
「この『もう一つの賢人会議』のデータベースにある、ノーテュエルやゼイネストの顔写真を見せたら、その顔写真と瓜二つの人物を、シティ・メルボルンで見かけたって言ってたわ。だから、殆ど間違い無いと思う」
「そうか……あいつらも、俺と同じで、生きていたのか……そういえば、シュベールの情報は無いのか?」
「残念だけど、シュベールに関しては、今のところ情報が入ってないのよ。ただ、今、論とヒナが、シュベールとリリィのお墓参りに向かったって話よ」
「ふむ……そうか」
「?」
クラウは眉をひそめる。エクイテスの顔が、本当に微妙にだが、がっかりしているように見えたからだ。
だが、クラウはすぐに眉をひそめるのをやめる。エクイテスは、ただ単に、ノーテュエルやゼイネスト、そしてエクイテスが生き返っていて、シュベールだけが生き返ってきていないという事実にがっかりしているのかもしれないと思ったからだ。
「ブリードやミリルは、今、シティ・神戸のあたりで暮らしているわ。あの2人も、シティ・モスクワじゃもう既に居ないことになってるからね。あ、あと、シャロンについてなんだけど……」
シャロンの事を口にしようとすると、自然と、クラウの言葉が勢いを失った。
クラウとて、その理由は分かっている。半年前の戦いで、自分の目の前で消息を絶った、1人の少女の事が、心の中でいまだに引っかかっているのだ。
「あ、その前に……あの戦いの中で、シャロンがどうなったか、エクイテスは知ってるの?」
「…いや、分からん」
首を横に振るエクイテス。
「なら、説明するわね。
シャロンは、私達との戦いの末に、ミリルを助ける為に大穴に落ちてしまったの。
私達はシャロンを探す為に、すぐに後を追ったわ。でも、その大穴の底にシャロンの姿はなかった。そこは今はもう動く事の無い溶鉱炉だったわ。
でも、妙な事に、溶鉱炉の中に、扉の僅かな隙間から入ってきたわずかな雪を見つけたの。まだ新しい雪だったわ。で、その雪の中には、髪の毛が入っていたの。
あの溶鉱炉は今はもう使われていないし、何ヶ月も人が入っていないはずだった。にも関わらず雪や髪の毛のが存在しているって事は…何者かがあそこに『居た』ってこと。シャロンは自分で扉を開けて出たんじゃなかった。そもそも、あの時のシャロンはI−ブレインに直撃を受けていたから、普通なら歩く事すら困難な筈。何者かの協力があってこそ、シャロンはあそこから姿をくらました…いいえ、連れていかれた、と言ったほうが正しいかしらね。
だから、私達はうかつに動けなかった。もし、その少女にシャロンが連れていかれたとしたら、その少女の行方も捜さなくちゃいけない。けど、情報が揃わない状態でむやみやたらに動いても意味が無いわ。それに、もしかしたら、その少女が再び、この『もう一つの賢人会議』に姿を現すかも、っていう期待もあったのよ。結局、そんな事はなかったんだけどね。
それで、その髪の毛のデータを解析したところ、映ったのは、1人の少女の姿だった。その時は私達もその黒髪の少女の事を知らなかったから、『もう一つの賢人会議』のデータライブラリから、その黒髪の少女を探した。けど、ヒットしなかった。
因みに、黒髪の少女の容姿は、サクラにすごく似ていたわ」
「その黒髪の少女の事は、今はどうなってる?」
「実は、今は分かるの。だって、その本人が、半年前の『賢人会議』の宣戦布告に割り込んできたんだから……あ、そういえばエクイテスは『賢人会議』が全世界へと向けて宣戦布告をした事を知っているのかしら?」
「ああ、知っている。もっとも、俺はその映像は目にしていないがな。人々の噂や、各シティのデータライブラリ、それに、無線によるラジオ放送を駆使して情報を手に入れた。『賢人会議』が本格的に動き出したという情報や、その『賢人会議』に乱入をしてきた謎の少女の話をな。
……まさか、『賢人会議』に乱入した少女は、その、髪の毛のデータにある少女と同じだったという事か?」
「そう、大正解。
私達は、その少女の名前も、目的も知らない。だた、放送の内容から察するに、どうやらその少女はよほど『賢人会議』に恨みがあるようだったわ。後、その放送の中では、名前を告げなかったのよね…その子。名乗り出てくれれば、こっちから探すのも楽になるのに。
いずれにしても、なんとかしてその少女に出会って、シャロンの事を聞きださないとね」
「ふむ、そうなのか…ところで、1つ気にかかっているのだが、その少女が、シャロンを必要とした理由として、マザーコアにするためとかそういう可能性は考えられないのか?」
「その可能性もあるかもな……だが、少なくとも少女はマザーコアを肯定している訳ではなかった。どちらかというと『賢人会議』の行動によって、多くの力も罪も無い人々が苦しむ事を懸念しているような言い方だったな。もっとも、だからといって、マザーコアを否定しているわけでも無いが……んー、その可能性については『考えない事にする』のが一番かもしれねぇな」
エクイテスの質問に答えたのはラジエルト。
「そうか、分かった。これ以上、嫌な可能性について考えるのはやめにしよう。クラウの言うとおり、その黒髪の少女とやらを探すのが当面の目的ということだな」
「そういうことよ」
「……みんな、1つ聞きたいことがあるんだけど、聞いていいか?」
シャロンについての話題が一段楽するのを待っていたらしいレシュレイが、真剣な表情で問いを口にする。
「ん?どうしたの?」
「アルテナという女性が、いったいどういった女性だったのかを、教えてくれないか?気になるんだ。『記憶回帰計画』や『ライフリバース計画』を作り出した、その、アルテナっていう女性の事が。もちろん、今すぐじゃなくて、もう少し時間をおいてからでいい。セリシアが目を覚ましたその時でいいから、聞かせてほしいんだ」
「……ええ、了解したわ。でも、とりあえずはそろそろ寝ましょう。もう夜の11時よ」
「ん?気がつけばもうそんな時間か?はえぇな…ふわ〜ぁ…」
気の抜けたあくびをするラジエルト。
「一日にいろんなことがあって疲れているでしょう?だったら、早めに休んで、続きはまた明日にしましょう。幸いにも、この『もう1つの賢人会議』には、100部屋ほど個室があるから、寝るには困らないわ……で、レシュレイ、どうやってセリシアをベッドまで連れて行くの?」
少しばかり、意地悪な笑みを浮かべてクラウがレシュレイに問う。だが、レシュレイの答えはもう決まっていた。
「このまま起こすのはあまりにも忍びないから、俺が運ぶ」
「即答ね。でも、運び終えたら、すぐにレシュレイにあてがわれた部屋に移動してね。寝ている女の子に変なことしたら……まぁ、どうなるかは言わなくても分かるわよね」
「誰がそんな事するかっ!」
ちょっぴり顔を赤らめて、レシュレイはクラウに対し、力いっぱい反論する。
「そうだ。そもそもそういう事は、法律的に許される歳になって、双方合意の上でおこな……ぐぁっ!」
イントルーダーの脳天に、クラウの拳がクリーンヒット。いい音がしたと思った次の瞬間には、頭を抑えてうずくまるイントルーダーの姿があった。
「ふ、クラウもイントルーダーもちっとも変わらんな。かえって安心した」
エクイテスは腕を組み、かすかな笑みを浮かべている。
「と、とにかく、俺は行くからな」
見て分かるほどに動揺しながら、レシュレイはセリシアを抱きかかえて立ち上がる。一刻も早く、何らかの形でこの場から逃げなければ、さらなる追撃が待っていると考えたのだろう。
「そっちの角を右に曲がって少し進めばセリシアの部屋は88号室、レシュレイの部屋は83号室よ。間違えないでね。あ、あと、お風呂に入るなら、100号室の近くに浴室があるから、そこを使ってね」
「分かった。そうさせてもらう」
それだけを言い残し、一足先に寝室へと向かう。
「やれやれ、あいつは普段から周囲にバカップルっぷりを見せつけているというのに、いざ指摘されるといつもいつも狼狽するんだよな。加えて、一線だけは越えようとしないしな」
レシュレイの姿が完全に見えなくなったのを確認したところで、ラジエルトが一言ぼやいた。
「ラジエルト、あなたも一発殴られたい?」
クラウの声を聞いて、ラジエルトは一瞬恐怖を覚える。ぎぎぎ、と、さびついたちょうつがいのようにゆっくりと振り向いた先には、能面のようなにこにこ笑顔のクラウの姿。
「お、おい!なんで俺まで殴られなきゃならん!」
「その手の話が出たからに決まってるでしょ!全く、どうして私の周りにはこういう会話をするような男しかいないのよ!エクイテスがそういう話をしないのが唯一の助けかもしれないけど!」
ため息と共に、クラウが頭を抑える。
「んなこと言われてもよ。こればっかりは男としてだな…」
「父さん。そろそろ真面目にその手の話を止めないと、本気で殴られかねんぞ」
エクイテスの指摘ももっともで、ラジエルトが視線を下にずらすと、クラウの右手の握り拳がふるふると震えている。
「―――さ、さて、俺達も寝ようか!あくびも出てきたしな!あ、でもその前に、風呂はいらねーとな。んじゃ、お先するぜ」
突然立ち上がり、ラジエルトは意気揚々とした態度で浴室へ向かう。誰がどう見ても、あからさまに無理やりな話題の変え方である。
「……父さんも、変わってないな」
「安心した?」
「ああ」
「じゃ、私は90号室で寝ることにするわ。もちろん、あそこは前から私の寝室って決まってるしね。エクイテスもイントルーダーも自分の寝室が決まっているでしょ?」
「ああ、俺は勿論100号室だ。あそこは前から俺の寝室だったからな。ついでだから、半年近く放置した部屋がどうなっているのか見てきたいしな」
「俺はいうまでもなく94号室だ」
3人は同時に歩き、寝室のあるエリアへと入る。合計100部屋ある寝室は20部屋ごとに区切られており、ここから先は道が5つに分かれている。もちろん、この場に居る者達は、レシュレイとセリシアを除き、それを知っている。
各々が割り当てられた部屋の前まで行き、最後に一言。
「了解。じゃあ、また明日」
「ああ」
「良い夜を」
挨拶を交わし、部屋へと入った。
88号室のベッドは、長い間、誰にも使われていないにも関わらず、綺麗な状態を保たれていた。もしかしたら、クラウあたりが、レシュレイ達が来る直前に掃除してくれたのかもしれない、と、レシュレイはふと思った。
部屋の中に入ると、自動で蛍光灯の電気が入った。どうやら、自動式の電源装置をつかっているらしい。
抱きかかえていたセリシアの体をゆっくりとおろし、ベッドの上に寝かせる。
んぅ、という声と共に、セリシアがわずかに身じろぎしたが、目を覚ますことはなく、再びくーくーと寝息をたてる。
「これでよし、と」
ふぅ、と一息ついて、レシュレイは眼下の、穏やかな顔で眠っている少女をじっと見つめる。
エクイテスの死後は、陰りのある表情しか見れなかったが、その悪夢も、今日で終わりを告げる。明日からは、また、元気な顔を見せてくれるだろうと思うと、胸のうちに、あつい何かがこみ上げてくる。
「……でも、一応、書き置きだけは残しておくか」
もしかしたら、また悪夢にうなされるのでは、という懸念が脳裏に浮かび、レシュレイは周囲をきょろきょろと見回す。すると、都合のいいことに、室内に置かれた小さな机の上に、メモ用紙と鉛筆を発見する。
メモ用紙を一枚手に取り、鉛筆を握り、さらさらとメッセージを記載する。『83号室にいるから、困ったら来てくれ』と。
机の上にそのメモを置き、布団を2、3枚ほどかけてあげる。
「おやすみ」
最後に一言告げて、レシュレイは88号室を後にした。
―――ところで、この場に居合わせた6人には、この段階では知る由がなかった事実がある。
その『翌日』は…………シティ・ニューデリーの会議の最終日だった。
レシュレイが目を覚ました時には、時刻は朝8時をまわっていた。
別に時間を気にする必要はそれほどないのだが、このまま二度寝をしようにも寝れそうになかったので、おとなしく起きる事にした。
(そういえば、セリシアは大丈夫かな…)
結局、昨晩の間は、レシュレイのところには誰も来なかった。
88号室に向かうべく、くるりと振り返ると、その瞬間、ちょうど88号室の扉が開き、桃色の髪の少女がその姿を現す。
「…あ、レシュレイ、おはよう」
笑顔で挨拶する少女の顔色は、今までに比べると、かなり元気になっていた。
「ああ、おはよう」
その笑顔を見ていると、自然と、レシュレイも笑顔になってきたので、優しい声で挨拶を交わすことができた。
「昨日は良く眠れたか?」
「うん、なんだか、いつもより、ずっとぐっすりと寝れた気がするの。やっぱり、兄さんが帰ってきてくれたおかげだと思う…それと、昨日はごめんね、泣いちゃって」
「気にしなくていいよ。それに、無理はしないほうがいい。辛いことがあったなら、いつでも感情をぶつけてくれればいいから」
「うん……これからもよろしくね」
―――数ヶ月前まではごく普通に行われていた、何気なく挨拶を交わす『いつもの朝』――――それが、ようやく戻ってきたと思った。
寝室の近くにある休憩所で、朝食が準備されていた。
因みに、朝、一番早く起きたのは意外にもイントルーダーで、朝6時には既におきていたらしい。
イントルーダー曰く「実は、昨日は寝すぎて9時間も寝てしまったからな。今日くらいは早めに起きないと取り返せない」とのことらしい。
食糧生産プラントが作り出した、パンとスープと合成野菜サラダの朝食を済ませた後に、昨日と同じ場所に集合する6人。
「レシュレイ、1つ聞きたいんだけど、どうしてみんな集合するの?」
昨晩、途中で眠りについてしまったセリシアだけが、状況を理解していなかった。
「あ、そうだ。それも話しておかないとな…実は、こういう訳なんだ」
レシュレイは、昨晩、アルテナという女性についての話を聞くのだと説明する。
「アルテナ…って、それ、昨日のシークレットデータに入っていた、あの人の事でしょ?どうして知ろうと思ったの?」
レシュレイが話した真実に、セリシアは驚きを隠せなかったようだ。だが無理も無い。今、結果的にとはいえこの状況を引き起こしたのは、他ならぬアルテナという女性だからだ。
「ああ、といっても、父さん達もそのアルテナという女性に関してはあまり知らないみたいだけどな。それと、俺がそのアルテナという女性について知りたいと思った理由は、やっぱり、あの『記憶回帰計画』や『ライフリバース計画』の全貌を知ったからなんだ。そういう事を考えるのって、一体どんな人かなって思ったんだ…あ、ついたぞ」
昨日、全ての真実を知った部屋には、輪を作るように並べられた6つの椅子があった。
レシュレイとセリシアを除く4人は、既に先に来て座っている。
エクイテスとクラウの間に、空いている椅子が二つあったので、2人はそこに座った。椅子の配置の都合上、2人が隣同士に並ぶことになる。
(もしかして、気を利かせてくれたのか?)
レシュレイは心の中で、小さく呟いた。
「―――さて、揃ったことだし、それじゃ、はじめましょうか…と言っても、私達もアルテナについてはあまり知らないけどね。
私が覚えてる限りなんだけど……いつも明るくて、周囲に笑顔を振りまいていたわ。その笑顔と、穏やかな姿勢に惹かれて、アルテナに交際を申し込んだり、告白した人も何人かいたんだけど、結果は全て玉砕だったみたいね」
「その話なら俺も聞いたことがあるな。おかげで『もう一つの賢人会議』内部じゃ『アルテナをゲットするのは、奇跡でもなきゃ無理だ』っていう噂が流れたくらいだ」
クラウの話にラジエルトが便乗する。
「フラれた無様な男共の皮肉という訳か」
「あながち間違っていないかもしれないけど、この場でそんな発言もどうかと思うわよ」
イントルーダーの発言に、クラウはため息と共に肩をすくめる。
「まぁいいわ、話を続けましょう……アルテナは、常に自分の研究の内容を他人に明かそうとせず、黙々と1人で研究を進めていたわ。だから、私達も、アルテナがどんな研究をしているのかを聞き出そうとはしなかった。不用意に他人へと介入しないことが、この『もう1つの賢人会議』のルールだから」
「ん?ひとつ思ったんだけど、アルテナが居なくなって、誰か気づかなかったのか?今の話を聞いた限りじゃ、『もう1つの賢人会議』内部じゃ、アルテナはかなり存在感があったみたいだし……そんな人物が居なくなったら、普通は誰か気がつくんじゃないのか?」
「そこは俺が話そう」
問いを口に出すレシュレイに対し、ラジエルトが答える。
「……アルテナは、気がついたら、どこにも居なかったんだ。誰にも気づかれないように、風のように去っていった。アルテナの残したPCのログを見て、最後のログアウトから3日以上もの時がたって、ようやく気づけたくらいだからな。普段から1人で行動していたから、気づこうにも気づけなかったんだ。
当時は俺達も大分探したんだが、結局、アルテナが何処に行ったのかは、尻尾すらつかめずじまいだった。居なくなったのは、今からだと3年以上も前の話だったな。
当時は、アルテナがこの『もう一つの賢人会議』を去ったのか原因が分からなかったんだ。
だが、今考えるに、アルテナがこの『もう一つの賢人会議』を去った理由が『ライフリバース計画』のせいだと考えると、納得がいく。
こんなどでかくて、取り返しのつかないことをしていたんじゃ、のうのうと居るわけにはいかない―――たぶん、そう考えたからこそ、アルテナはそういう行動に出たんじゃないのかって、俺は思うんだ」
「……己の咎に苛まれたと、そういうことだな。それは俺も思った」
エクイテスのその言葉に、全員が黙り込む。
確かにそのとおりだろう。マザーコアにされる魔法士を救うはずの計画が、気づかぬうちに命に対する冒涜となっていた。
もしも自分がそんな事をしてしまえばどうなるかなど、想像もつかない。
「……そして、今、私が知っているのは、このくらいの情報しか無いわ。他のみんなはどうなの?」
「俺も正直、クラウが言ったとこまでしかしらねぇんだよな」
ラジエルトが肩をすくめる。
「俺もだ」
と、これはエクイテス。
「……ここで打ち止め、ってやつか?まぁ、確かに、俺も知らないんだけどな」
最後にイントルーダーがそう告げた、その瞬間だった。
―――突如、部屋の中央で、今まで沈黙を保っていた映像端末が、何の命令もなしに動き始めた。
「――何が起きたっ!?」
予期せぬ事態に真っ先に反応したのはイントルーダー。一秒足らずで部屋の中央にある端末に目を向ける。
「……端末が勝手に動いた?」
クラウは椅子から立ち上がり、端末のキーボードに指を走らせる。
十数秒が経過して、クラウは答えにたどり着く。
「……外部から映像が送られてきてる。こっちの操作が効かないわ」
小さく舌打ちし、クラウは目の前の映像を見つめる。映像端子が映し出す場所が、政治家が会議を行う議事堂のような建物だという事、その建物の中に、たくさんの人がいるということ。
「放送の元情報はどこだ?」
エクイテスは特に慌てふためくこともなく、ただ冷静にそれだけを告げる。
「ちょっと待って!……場所は、シティ・ニューデリーみたいね」
クラウが映像端子の発信源を特定したのと同時に、映像は刻々と変化していく。
―――その後の展開は、あっという間だった。
話を聞いていくうちに、この映像が、世界の全ての人々にマザーコアの存在を知らせる為に、世界中のあらゆる端末に対して送信されているという事、シティ・ニューデリーが、マザーコア交換の為に動いているという事。そこに『賢人会議』が乱入したという事―――。
長身の男性が「――――自ら登場とは、恐れ入ります」という発言をした直後から、シティ・ニューデリーと賢人会議』との、政治的戦いが幕をあけた。
数十分にわたり、双方とも、一歩も譲らぬ論議が続いた。レシュレイ達6人は、一言も発する事無く、その流れを見守るしか出来ない。
やがて、マザーコアの寿命が、シティ・ニューデリーで残り50年、他のシティでは30年だという事実が、シティ・ニューデリー側の口から明らかにされた。
市民達の間にはかつてないほどの興奮が沸き起こり、会議の運営委員が『静粛に!』と声を張り上げても全く効果がなく、最早、耳持たず状態に陥ってしまっている。
レシュレイ達もまた、その発言に対し驚愕した。
「マザーコアが本当の意味での永久機関じゃないって、どういうこと!?」
最初に声をあげたのはセリシア。
だが、その疑問に対する答えは、直後に放たれる。
そう、マザーコアとしての『魔法士』本体は確かに永久だが、マザーコアに備え付ける『部品』は有限ではない。どんな部品であろうとも、使っていくうちに必ず劣化し、寿命がきて、廃棄にいたる。
冷静に考えてみれば、至極当たり前の理屈。
「……気にくわんな」
エクイテスが、眉間にしわを寄せて、一言。
「どうした、エクイテス?」
「父さん…普通、こういう大事な問題は、人類みんなが相談した上で決めるべきことであり、決して、一部の力ある者達の独断で決めつけ、無理やり押し付けていいものではない筈だ。だが『賢人会議』は、そんな勝手なエゴを通そうとしている―――まるで、自分達が神様にでもなったかのような言い分ではないか…だからこそ、気にくわないというのだ」
エクイテスの言葉に、エクイテスの感情に対し、異を唱えるものはこの場には居なかった。
そんな横暴な手段ばかりとるような組織を、どうして信じられようか。もう少し、やり方というものはあるはずなのに、力に訴えるようなことしかしないような連中が相手では、生存競争にしかならないのは明確だ。
その間にも会議は進み、シティ・ニューデリー側の男性が小さく息を吐いた。
「さて、これでとうとう明かされるべき秘密も尽きました。この上は議論を尽くし、市民の皆様に判断を仰ぐのみ。
…『賢人会議』の主張が人々に受け入れられるか否か、心行くまで舌戦と参りましょうか」
すると。東洋系の青年が、いえ、と首を振り、告げた。
「それは僕としても願っても無いことなのですが……残念ながら時間切れです、閣下」
青年の右手が、すっと目の前に掲げられる。一本だけ立てられた細い指が、リズムを取るように動き、空中に何かのサインをえがく。
「ようやく、こちらの準備が整いましたので」
―――次の瞬間、会議場の扉という扉が一斉に開け放たれた。
刹那の間に、会議場を36等分する位置に設けられた扉からなだれ込んできたニュデリー自治軍の兵士が、味方である筈の警備兵を取り押さえたり、あわてふためく市民に対して銃口を突きつけたりしていた。
続いて『賢人会議』の参謀をなのる青年の口から、シティ・ニューデリーのマザーコア賛成派の長身の男がアニル・ジュレだとようやく分かり、さらに、その妹であるルジュナ・ジュレが、裏で極秘に進めていた作戦の全てが暴露された。
それは『マザーコアの交換を成功させながら、同時にこのシティにマザーコア反対の思想を根付かせ、少なくともその芽を残し、マザーシステム推進派を勝利させながら、同時にマザーシステム反対派を『敗北させない』。加えて『賢人会議』を敗北させるというものだった。
『――警告。特急警戒警報を発令します』
映像端子の中で、機会合成された電子音が聞こえた。会議場の中央に浮かんだ12枚の立体ディスプレイに、真っ赤な『警報』の文字が映し出される。この会議場に居合わせた全ての人々の視線が、その赤い『警報』の文字へと向かった。
瞬間、待ち構えていたかのように、指をはじく小さな音が警告音にまぎれて響く。
その小さな音が鳴った次の瞬間に、中央にある台座が、不安定にぐらりとゆれる。その上に乗っていたアニル達が、バランスを崩して倒れそうになるが、誰一人として倒れた者はいなかった。
続けざまに、第2、第3の小さな音が響き、中央の台座を支える部分が完全に崩壊する。
だが、中央の台座を支える部分が完全に崩壊した時、I−ブレインを持たないマザーコア反対派の人々は、推進派の魔法士によって助けられていた。
そして次の瞬間、アニルの近くにいた少年が、ここに来てようやく動いた。
主席執政官であるアニルに向けて、少年が手を伸ばす。
同時に『賢人会議』側の銀髪の少年が動き、一瞬にして6つの斬撃を放つ。
6撃目で銀髪の少年の体が大きく跳ね飛ばされ、銀髪の少年の姿は、アニルの妹であり、シティ・ニューデリーのマザーコア反対派であり、実はアニルの為に全ての準備を裏で整えていたというルジュナの真横に降り立つ。
続いて、少年はアニルの体をその細い腕に抱え、跳躍しようとしたところでツインテールの黒髪少女に、投擲ナイフによる迎撃をもらうが、同時に鳴り響いた小さな音により、投擲ナイフは砂のように崩れ落ちる。
その後に繰り広げられた魔法士同士の戦いにより、天井の照明が全て破壊された。
だが、少年は『賢人会議』の迎撃をかいくぐり、なんとか外への脱出を図ることに成功したようだ。
―――映像は、そこで途切れた。
「……」
6人の間には、沈黙が続いた。
突然の放送が告げた、突然すぎる真実に、何を言っていいのか言葉が見つからなかった。
「…なんというか、色々とめんどくせぇ事になっちまってんな」
肩をすくめるラジエルト。
「……全く、実に面倒だ。しかしそれよりももっと重要な事実がある―――まさかマザーコアに寿命があるとは思わなかったな」
ふむ、と、顎に手を当てるエクイテス。
「んー、でも言われてみれば確かに筋の通った事なのよね。だって、どんな部品でも、繰り返し、それも365日24時間動かしたら、ガタが来てしまうのも当たり前じゃないの?」
「ま、実際、そのとおりだよな……くそっ、一体何が起こってるんだ。クラウ、発信源へこっちからアクセスするのはやっぱり無理か!?」
「さっきからやってるわよ!でも無理!発信源によっぽど強力なプロテクトでもかかってるのか、こっちからじゃどうやっても解除出来ないわ!」
イントルーダーに対し、苛立ちを隠さないクラウ。
「ここで苛立っても仕方が無い。今は、時がたつの待つしかないだろう……その間に、ブリードやミリルに連絡を入れてみるのがいいのではないのか?おそらく、あの2人も、この映像を見ているはずだ。論やヒナは……見れてない可能性もあるから、一旦後回しにするしかあるまい」
「そうだな……そろそろあいつらにも連絡をいれるにはいい時間帯だ。本当ならエクイテスが帰ってきたって事も伝えたかったんだが、昨日は時間が遅すぎて連絡しようにも連絡できなかったしな」
レシュレイの提案に賛成したラジエルトは腰のポケットから通信用の端末を取り出し、つなげる。
数回のコールの後、がちゃり、という音と共に、少年の声が聞こえた。
『―――俺だ、ブリードだ。こうやって連絡してきたってことは、やっぱりそっちにも、シティ・ニューデリーの会議の様子が放映されたってことだろ?』
ブリードと名乗る少年の声は、落ち着いていた。
シティ・神戸の跡地付近にあるプラントの一軒家。そこには、ブリード・レイジとミリル・リメイルドが住んでいる。
無論この二人の家にも『賢人会議』の放送は流れていた。
何の前触れもなく、映像端子の電源がONになり、どこかのシティの会議場らしき映像が映し出された。
ブリードもミリルも、その時はちょうど映像端子テーブルの椅子に2人で並んで座っていたので、すぐに映像を見ることができた。
「――ブリード!またいきなり電源がついたよ!しかも今度は、どこかのシティの会議場みたいなところ!」
「またか!今度は一体なんだ!」
『また』というのは、以前、半年前に『賢人会議』の全世界への宣戦布告の件があったためであり、その時もこんな風にして、映像端子にいきなり謎の映像が映し出されるという現象が起きたからである。
2度目なのでそれほど驚きはしないが、それでも、操作してない映像端子の電源がいきなりオンになるというのには、なかなか慣れない。
ブリードとミリルは映像端子に映し出された映像に視線を釘付けにして、見入る。
マザーコアの真実、マザーコアの寿命、そして―――突然の画面暗転。
それらは、ミリルにとっては、決して無視できない情報だった。何故なら、魔法士としでの出来がよくなかったミリルは、もしかしたら今頃はマザーコアにされていた可能性もあったからである。その為に、マザーコアの寿命の事を知ったミリルの顔色は、蒼白とまではいかないものの、青ざめていた。
そして、つい今しがた起こった突然の画面暗転に、青ざめた顔色はどこかへと吹き飛び、変わりに、驚きに目を見開いた顔が、そこにあった。
「え?なんで?なんでいきなり画面が真っ暗になったの!?」
「んー、多分だけどよ…発信源からの情報送信が途絶えた…いや、こいつはきっと、意図的に……」
ブリードが言葉を言い切らないうちに、、テーブルの上の無線機から呼び出し音が聞こえた。それは、『もう一つの賢人会議』との決着がついた後に、連絡用にラジエルトからもらっていたのだ。
「おっと」
ブリードは2秒で無線機を手にとり、コールボタンを押して通話に出る。この無線機に連絡をかけてくる相手など、世界に片手で数えるほどしかいないから、いつもの調子で話すことが出来る。
「―――俺だ、ブリードだ。こうやって連絡してきたってことは、やっぱりそっちにも、シティ・ニューデリーの会議の様子が放映されたってことだろ?」
『ああ、そのとおりだ。やっぱりそっちにも流れていたか』
無線機から聞こえてくる声は、落ち着いた男性の声。勿論、ブリードもミリルも、その声の主を知っている。
「いきなりすぎて、事態を把握するのに時間がかかったけどな……んだが、何が起こったのかは大体は理解したぜ」
『そうか、それならいい……今、クラウが映像の発信源にアクセスを繰り返してるが、どうにも相手側のプロテクトが丈夫な為に、もしかしたらアクセスすら出来ないかもしれねぇ。だから、今は、時の流れを待つしかねぇんだ。
ああ、あとそれと、1つ、吉報があった』
「ん?なんだよ、吉報って」
『ブリード、お前、エクイテスやノーテュエルやゼイネストの事を覚えているか?』
「ああ、勿論覚えているぜ。エクイテスってのは、あんたが作った最初の魔法士で、ノーテュエルとゼイネストは『もう1つの賢人会議』で生み出された魔法士だろ。んで、俺達はノーテュエルやゼイネストと出会ったこともあるぜ……でも、聞いた話だと、みんな……」
『その3人についてなんだが―――実は今生きている事、或いは、生きている可能性がある事が、つい今しがた分かった。現に今、エクイテスがここにいる。ノーテュエルとゼイネストの行方はわかんねぇけどな』
「―――は?」
何を言われたのか分からず、ぽかんとしてしまう。
「お、おい、何を言ってんだよ。死人が生き返るわけが―――」
『ま、確かに普通は信じろとか言う方が無理だよな。だから今、それを説明しようと思う。ところで、近くにミリルはいるのか?』
「もちろんいるぜ」
『ならミリルも聞いてくれ。『もう1つの賢人会議』の魔法士達が、どうして死ななければならなかったのかという真実を!』
―――全てを語り終え、ラジエルトは大きく息を吐いた。
ブリードもミリルも、ただ、呆然とするしかなかった。
『もう1つの賢人会議』で生み出された魔法士の一部には、最終的に死に至る為の能力が生まれながらにプログラムされていたが、その理由として『死んだ後、新たな肉体へと記憶と人格を受け継いで転生させるため』と『せっかく生み出されたその能力を世の中に送り出したい』だったこと。
その計画の名前を『ライフリバース計画』という事。
『ライフリバース計画』の実行者であるアルテナが、全てが終わってから過ちに気づき、『もう1つの賢人会議』から颯爽と姿を消したこと。
そして今、エクイテスが、生きて、レシュレイ達と共にいること。
隣から、ミリルのすすり泣きが聞こえた。
「ミリル……」
「ブリード、ちょっと喋らせて」
「ああ、いいぜ」
ブリードはミリルに無線機を手渡す。
「ちょっと、言いたいことがあったので変わりました……ラジエルトさん、酷い話だよね。だって、ノーテュエルちゃんもゼイネストさんもエクイテスさんもシュベールさんも、そんな事の為に殺されなくちゃいけなかったなんて……こんなの、嘘だとしか思えないよ」
『……ミリルか。確かにお前の言うとおり、こいつは非常識かつ突飛過ぎる話だが、真実でもあるんだよ。そりゃ、俺だって理解するのと現実を受け入れるのにかなりの時間を必要としたしな……んー、はっきり言って、今言えるのは……なんとか理解してくれ、って事だ』
「善処してみます……難しいかもしれないけど」
『頼む。んで、この後、俺達は一旦『賢人会議』の出方を待つことにした……だから、今しばらくは、映像端子の前から離れられねぇ』
「分かりました。あ、ブリードに変わるね」
「いや、ここでバトンタッチされてもな。特に話すことも無いんだぜ……んじゃまぁ、俺達は俺達で行動するわ。どうせ、なんにもできねぇしな。そんじゃ、何かあったら連絡頼むわ」
『おう』
がちゃり、と、通話が切れた。
異変が起こったのは、その夜だった。
クラウは、先ほどの発信源へとひたすらにアクセスを繰りかえしていたが、一向に成果が出ないので、一旦諦める事にした。
クラウが作業している間は、他の5人もまた、別の端末を使ってアクセスしてみたり、無線ラジオからの情報を拾うなどしていたのだが、こちらも同じくして一向に成果が出ないので、これ以上は意味が無いという結論に達し、諦める事にした。
その後は、食糧生産プラントを用いて作られたお茶を飲みながら、6人で話し合っていた。
談笑などない、静かなお話。例えるならば、罪人が今までの罪を全て打ち明け、周囲の人々がそれを黙って聞く雰囲気に似ていた。
勿論、一向に復旧しない映像について着手すべきだというのは、6人とも分かっていた。
しかし、折角エクイテスが帰ってきてくれたのにも関わらず、次から次へと予測外の事が起きて、どたばたしていたのもまた事実だ。
だが、だからこそ、他愛も無い話でも、とても楽しく感じる。その気持ちは、例えるならば、引越しを終えて、疲れ果てているのにどこかすがすがしいという、そんな心境に似ている。
例え、現実からの逃避と分かっていても、せめて今だけはそれを続けていたいと、6人ともそう思っていた。
―――そんな風に時を過ごし、時刻が『午後7時』を告げた時だった。
ザーッ、という音と共に、突如として、今まで沈黙を守っていたディスプレイが復帰した。
画面がゆっくりと映像を映し出す。
『……会議場に家族が出席していた皆さん、聞いてくださいなの!』
突如、大きく口を開けて、背中に紅い翼を持つ、茶髪のポニーテールの少女が叫んだ。
6人とも、自分の目を疑った。
「……なっ、これは!」
「おい…あれって!」
「どう見てもシャロンだよな……あの背中の紅い翼を持つ魔法士なんて、俺達が知る限りじゃ、この世界でたった一人しかいない筈だ」
「シャロンちゃん!?良かった!生きていたのね」
「この世に神とやらがいるんじゃないかと、ちょっとだけ思えてきたぜ……」
「よかった……本当に、良かった……」
エクイテス、ラジエルト、レシュレイ、セリシア、イントルーダー、クラウの、6者6様の言葉が同時に発せられた。
セリシアとクラウの頬を、一筋の涙が伝う。
セリシアの涙を、レシュレイが指先でぬぐい、クラウの涙に対しては、イントルーダーがハンカチでぬぐう。
「って、なんで私はハンカチなのよ」
「クラウのことだから、指で拭おうとしたら跳ね除けられそうだと思ったんだ」
「うっ」
クラウとしても思い当たる節があったらしく、イントルーダーに反論できない。
『…お外の警備兵を気絶させたから、皆さんを帰す事が出来るの…だから、中央塔の皆さんの家族が無事だって事を伝えたいと思ったからこうしているなの!』
映像では、全世界へとつながっている端末に向けて、シャロンが叫ぶ。
「皆さんを帰す…って事は、じゃあ、今までは会議場に人々が拘束されていたわけで、シャロンは1人でそれを開放する為に、つまり、他人の為に頑張ってたっていうのか……」
と、ラジエルトは口にする。
「シャロンは『天使』だから、他人を助けたいって思いが人一倍強いって聞いたことがある。だからこそ、シャロンはここまで頑張れたんだと思うんだ。父さん」
ラジエルトの言葉に続く形で、レシュレイが口を開いた。
「……あー、そういや、シャロンには『
ぐっ、と、イントルーダーが指を立てる。
「ノーテュエルやゼイネストとの再会はどうなったの!?画面に映っていないって事は、やっぱりまだ再会して無いのかしら!?」
「再会していれば、あの2人の事だ。間違いなくシャロンと一緒に行動しているはずだぜ」
焦りがまじった声を出すクラウに、イントルーダーが的確に返答する。
「イントルーダーもたまにはまともなことを言うじゃない……それにしても、強くなったのね。シャロン」
クラウが微笑みを浮かべる。それは、例えるなら、スポーツ競技で優勝する為にずっと頑張ってきた者が優勝を掴んだところを目撃したコーチのような微笑みだった。
その瞬間、テーブルの上に置いた無線機が音をたてて鳴る。ラジエルトより一歩早く、セリシアが応対する。
『おい!今、シャロンの安否が確認できたぞ!』
無線機の向こうからは、喜びと元気に満ち溢れたブリードの声が聞こえてきた。
「はい!こっちでも確認できました!……本当に、よかった!」
涙声で答えるセリシア。
『んお、珍しいな。無線にセリシアが出るなんてよ。でもまぁ、本当に、シャロンが無事でよかったぜ……んだが、まだ安心はできねぇな。こんだけやられて、あの『賢人会議』が黙っているはずがねぇ。間違いなく反撃してくるぜ』
「それは…確かにそうですね」
『俺も一旦助けに行こうと思ったんだが、色々とあって無理みてぇなんだ。だから、もしシャロンに応戦しにいくなら、任せた―――としかいえねぇわ。俺』
「ううん、その気持ちだけで十分ですよ」
『おお、ありがたいねぇ…あ、ちとレシュレイに変わってくれねぇか?』
「はい、少々お待ちください」
セリシアがレシュレイに無線機を手渡す。
「久しぶりだな。ブリード」
『ああ、ほんとに久しぶりだ……ところでよ、エクイテスが帰ってきたって事は、セリシアの調子もよくなったんだろ?ちょいとそいつが気になってな』
「もちろんだ。数ヶ月前の元気なセリシアの姿を見ることが出来たよ」
『おお、良かったじゃねーか。いやー、正直よ、俺心配だったんだぜ。仕方が無いとはいえ…その…身内を手にかけるしかなかったんだろ?だから、ショックもすげぇ大きいんじゃないかって思ってよ』
「その悪夢はもう終わりを告げた。だから、きっと、もう大丈夫だと思う」
『そーみてぇだな。んじゃ、長電話もなんだし、ここで切るぜ。じゃーな!』
「ああ、また連絡よろしくな」
がちゃり、と音がして、通信が途切れた。
「―――父さん、これからどうするんだ?」
「…んー、ここはいったん、様子を見るべきだと思うぜ」
レシュレイの問いにラジエルトが答える。
「どうして!?シャロンの居場所が分かったのよ!?今すぐにでも―――」
「落ち着けクラウ。偽装IDとかその他もろもろ、準備がいるだろ」
「…あ、そうだったわ」
まくしたてるクラウだったが、ラジエルトの冷静な言葉に納得し、落ち着きを取り戻す。
「シャロンを連れていったという黒髪の少女の行方も分からない今は、落ち着いて、情報が入るのを待つしかないという事か」
「エクイテスのいうとおりだな。シャロンの行方こそ分かったものの、まだまだ分からないことは多い―――だから、今俺達に出来ることは、機会を待つことと、情報を入手することだ。これだけの事が起こったんだ。きっと近いうちに、絶対に何らかの動きがあるはずだ。だから、その時に対処すればいい……あわてたって、何にもならねぇんだ」
にっ、と、ラジエルトは歯をみせつけるように、笑った。
―【 キャラトーク 】―
(……お休みします)
長い間続いたセリシアの悪夢も、ようやく終わりを迎えることとなりました。
エクイテスの帰還によるセリシアの悪夢及び苦しみからの解放は、実はFJ開始当初から考えていたんです。
人の死を背負って生きろ、ってのがWB本編にはありますけど、たまにはそれと違うことをやってみたかったので。
エクイテス復活は賛否両論あるでしょうけど―――私は、基本的にハッピーエンド主義者なものなんですよ^^;
ただ、シュベールに関してだけは、どうしようかいまだに迷ってます。
先行者さんがあのようなすばらしい短編を書いてくださったとなると、そうそう簡単に復活させるわけにもいかないのですよね。
この辺は、じっくりと考えたいと思います。
さて、もうそろそろ物語も終盤です。
この後は、再びシティ・ニューデリーに舞台を戻します。
そこで行われる戦いの組み合わせとは―――?
ではでは、今回はこの辺で。
<作者様サイト>
Moonlight butterfly
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