FINAL JUDGMENT
〜波乱のさなか〜














「あー、疲れた。マジで疲れた。すげぇめんどくさかったっての……」

シティ・ニューデリー、マザーコア賛成派が保持している非常用の建物の中で、フェイトは壁によりかかり、ふぅ、と軽く息を吐いた。今、この建物の中にはフェイトしかいないので、こんな独り言も大声で口に出すことが出来る。

脳内時計が『午後5時40分』を告げる。時間帯もあいまってか、建物の中は薄暗く、電灯にはわずかな明かりしか灯っていない。元々非常用の部屋だけあって、長いこと点検されていなかったのかもしれない。

相棒のレールガン『D・Dデストロイ・デリンジャー4444』は壁にたてかけてある。長年、生死を共にしてきた、この『相棒』は、わりと重量がかさむ為、四六時中持ち歩くには不便だなとフェイトはいつも思っている。

二本のレールを合体させたような形をしているこのレールガンは、フェイトの『電磁力学制御』の発動に呼応し、銃内部に電磁場を発生させ、その電流により発生する一定の磁場を弾体推進に持ちいり、特注製のミスリル弾を発射する仕様となっている。

因みに、ミスリル弾の形状は普通の銃の弾等と同じで、サイズが少々大きいものになっている。勿論、相手が人間であれば、当たり所が悪ければほぼ即死だ。

「とりあえず、おれの知る限りじゃ死人はゼロ、か。誰も殺さねぇ戦いってのはめんどくせぇが、こいつも命令じゃしゃーねーな」

先ほど、ハーディンから連絡された『できれば、誰も殺さない形で市民と自治軍の戦いを止め、ある程度収まったと思ったら、あらかじめ伝えておいた非常用の建物へと非難を開始』という命令を遂行することに成功し、中央塔からかなり離れたこの建物の中へと避難し終えたところである。

「さってと、ハーディンから聞いた情報だと、確かおれ以外だとデスヴィンがこの建物に入ってくるはずなんだけ…」

―――かちゃ、という、小さな音。フェイトは反射的に『D・D4444』へと手を伸ばし、何者が入ってきてもいいようにと身構える。

「……お前は。なるほど、どうやら、お互いに生き残れたようだな」

暗闇の中、聞きなれた声がフェイトの耳に入る。

声のした方へと振り向くと、そこには、電灯のわずかな光に照らされ、青い髪で右目を隠した長身の男の姿があった。無論フェイトは、この男を知っている。この数週間、何度も顔を合わせていれば嫌でも覚える。ましてや、この作戦に参加していればなおの事だ。

「―――デスヴィンか。お前もハーディンから『できれば、誰も殺さない形で市民と自治軍の戦いを止め、ある程度収まったと思ったら、あらかじめ伝えておいた非常用の建物へと非難を開始』という命令を受けたんだっけか?ああ、あとそれと、おれがあんな連中相手に死ぬとでも思ったか?」

「安心しろ、思っていない」

「へいへい、即答ってやつね」

デスヴィンのまっすぐすぎる回答に、フェイトは肩をすくめる。出来ることならもう少しばかり面白い回答を聞きたかったのだが、目の前の青年にそれを期待するのは、少々無理があったようだ。

デスヴィン・セルクシェンド……10年前にフェイトと同じ組織――『アルカナ・リヴァイヴァー』で作られた魔法士だ。

無口で静かで、必要以上の事を口にしない男―――という印象を、フェイトはデスヴィンに抱いている。

「ああ、そのとおりだ。普段とは勝手の違う命令だけに、コツをつかむのに少々手間がかかったが、俺のほうも何とか死者はゼロに抑えた。
 軍の連中も、シティの一般市民も、片っ端から昏倒させて、近場にあった講堂や孤児院に運び込んだ。ちょうど、手伝ってくれた奴もいたからな」

「手伝ってくれた奴?おいおい、あの状況下でお前を手伝ってくれる奴が居たのか?軍の連中とシティの市民がぶつかりあっている状態だろ?軍の連中とシティの市民に第3勢力と認識されて、両方から攻撃を貰うような状況だぜ。つーかおれがそうなったんだけどな」

…そう、互いに高揚状態になっている軍の連中とシティの市民、その両者の間に割って入った者が居たら、軍の連中とシティの市民は、間違いなくその第3者を『敵』としてみなすのが普通である。そして、そうなった場合、殆どにおいて、彼らは話を聞く耳など持ちはしない。

その為フェイトは、軍の連中とシティの市民が、合わせて10人程度しかいない箇所だけの抗争を止める事に徹した。フェイトの能力は、大人数を『殺す』事には長けているが、『止める』事には不向きである。せいぜいが『能力を見せ付けて脅す』くらいしか出来ない。

強大すぎる力は制御が難しい―――その言葉を、改めて痛感せざるを得なかった。

軍の連中とシティの市民が抗争を起こしているところを、全部で15箇所ほど止めてきた。ある時には近くにある建物を木っ端微塵に破壊して(無論、無人の建物であるという事を確認してある)『いつまでもくだらねぇ喧嘩ばっかしてっと、次はテメェらがこうなるぞ』と脅した。

同じようなパターンで15箇所も止められたのは、幸運だったといわざるを得ない。3、4箇所くらいは、血が流れてしまうのを覚悟していたのだが、それは杞憂に終わってくれたようだ。

軍の連中といっても、その殆どは人間だ。シティの市民に至ってはほぼ論外である。仮に魔法士が居たとしても、A級クラスの魔法士以外なら、デスヴィンにかなうわけも無い。

10年以上も傭兵として、そして『騎士』として戦ってきているデスヴィンの戦闘経験は、そこんじょいらの魔法士などでは到底覆せない代物なのだから。

「ああ、そのとおりだ。俺が抗争を止めに入ったら、軍の連中とシティの市民の一部が結託して襲い掛かってきた。だが、俺とて『騎士』だ。あの程度の連中の攻撃を回避して、打撃による昏倒をさせるなど造作も無い。まぁ、多少の銃撃は喰らってしまったがな」

「ん?どれどれ……あーなるほどな」

デスヴィンの服を見て、フェイトはうんうんと頷いて納得する。

うっすらとしか見えないが、デスヴィンの服には、あちらこちらに、何かがかすったような跡がついている。

フェイトはその跡を、これまでの人生の中で何度も何度も見てきている。答えは唯一つ―――銃弾が掠めた跡に他ならない。第3次世界大戦に参加してフェイトは、銃弾に撃たれた人間を、銃弾を掠めた人間を、それこそ嫌になるほどたくさん見てきたから、すぐに分かった。

「一対多の状況下で、そんだけのダメージで済んだなら上出来じゃねぇのか?」

「本来なら無傷で終えたかったんだがな。俺も少々、ヤキが回ったものだ」

ふー、と小さくため息をつき、デスヴィンは建物内の椅子に腰を下ろす。

この非常用の建物は、言うなれば体育館のような構造をしている。

基本はただっ広いだけの部屋で、部屋のあちこちに扉があり、その奥には大量の折りたたみ椅子と、万が一の緊急時に備えて、毛布と枕が収納されている。

聞いた話によると、学校の入学式などに使われるらしい。

「おいおい、まだまだヤキがまわったとか言うにははえぇだろ?…と、そういや聞き逃すところだったぜ。さっき、お前の会話に出た『ちょうど、手伝ってくれた奴』ってのは、一体誰なんだ?」

それは、フェイトが最も疑問に思った点。

燃料一滴、米一粒のこの世界において、名も知らぬ他人の為に協力してくれるという行為じたい、フェイトとしては信じがたかった。

フェイトは基本的に『この世界では、仲良くなったと見せかけてズドン』というのがこの世界におけるルールだと考えていたから、なおの事である。最も、最近は、とある1人の少女に出会った為に、その考えにも修正が入り、例外もあるものだと認識してはいる。

「ああ、通りがかりだが、シティの住民と軍の衝突の緩和、及び鎮圧に協力してくれた。なんでも『見たところ、あなたは無意味な戦いを止めている。だから、それを手伝いたかった。』と言っていたな。一通り片付いた後、俺はここの事を教えたから、そろそろ来る筈なんだが……」

デスヴィンが入り口の扉を見やり、そう告げる。

「因みにどんな奴だった?」

「そうだな……2人組みの子供だった、というのが第一印象だな」

「子供だと?マジかよ」

「ああ、2人とも10代半ばだった。少年と少女の組み合わせでな、少年の方は黒髪に黒い服を着て、腰には2本の剣を装備していた。少女の方は、緑……いや、エメラルドグリーンの髪の毛で、青系の服を着て、白いスカートを履いていて、腰には2本の細身の剣を携帯していた。2人とも圧倒的な速さで、軍の連中とシティの市民を次々と、外傷を与えずに昏倒させていたから、所持している能力は『騎士』だと考えて間違いなさそうだ」

「…やけに詳しく覚えてるじゃねーか」

流石に感心する。これがフェイトだったら、外見を軽く説明して終わっているところだ。

「そうか?これくらいは基本だと思うが」

「ま、聞かされる側としても、そんくらい詳しい方がありがてぇけどな。んで、なんでここの事を教えたんだ?万が一、その2人が、他のシティから、このシティ・ニューデリーへと送り込まれたスパイだったとしたらどうすんだ?」

「心配するな……ここには俺達しかいないだろう・・・・・・・・・・・・・・?」

ふ、と、口元にわずかな笑みを浮かべるデスヴィン。

デスヴィンのその台詞で、フェイトはデスヴィンの意図を汲んだ。

「なーるほどね。ハーディンの情報が正しければ、ここにはおれとお前しか来ないことになっている。他のシティ・ニューデリーのマザーコア賛成派の連中は、殆どがあの中央塔の中に捕らわれたままになっているか、拠点である建物の方に避難しているはずだしな。だから、ここなら、万が一の事態があっても、被害は最小限に抑えられる……そう踏んだってことなんだろ?」

「ああ、それに、俺もお前も『力』があるだろう。お前のあの『力』を目の当たりにして、頼りに出来ないと考える方がおかしい」

「あー、なるほどな……ま、もし『あの力』を使うことになったら……ここの崩壊くらいは多めに見てほしいとこなんだけどな」

『あの力』とは、フェイトがこの作戦に参加するときに、参加資格としてどんな能力を保持しているのかと聞かれて、仕方なしに披露した、『D・D4444』による、荷電粒子砲の一撃の事だ。

試験用の強化カーボンによる柱だけではなく、その周囲の壁まで根こそぎ破壊した、圧倒的過ぎる威力。

その気になれば、シティの1つや2つ、滅ぼすことすら出来るであろう能力だ。

「まぁ、器物を破損した場合は、高額な修理費を請求されるのは覚悟しておくべきだな」

「おいおい、経費でおとせねーのか?」

「俺に言われても困る」

「こんな時まで冷静に返答してくれんなお前…」

「俺はいつもどおりに喋ってい……待て、静かにしろ」

「……ああ、気配を感じるぜ……来たんだろ?」

扉の向こうに、わずかな気配を感じた。数は2つ。デスヴィンの話が正しければ、扉の向こうにいるのは、先ほどデスヴィンを手伝ってくれた2人組みという事になる。だが、一声も発していないらしく、声が聞こえない。

「そのはずだ。それに、普通の人間であればこんな時間帯にこんなところにこようとは思わないはずだ……まぁ、構えておく必要はあるかもしれんが」

念のために、と思い、デスヴィンは腰にまわしてある、小さな袋へと手を伸ばす。

フェイトは一応事情を聞いているから分かるが、デスヴィンの騎士剣は非常に特殊な性能を持っている。曰く『携帯できる騎士剣』をテーマに製作されたらしく、デスヴィンの腰にまわしてある袋には、特殊製の粉が入っている。戦闘時は、その特殊製の粉が騎士鎌「ルードグノーシス」へと変形するらしい。

フェイトもまた『D・D4444』へと手を伸ばし、何者が入ってきてもいいようにと身構える。

―――がちゃり、と、扉が開いた。

時間帯が夜の為に、開いた扉から入ってくるのは、人口太陽の光などではなく、星ひとつ光らない夜の闇。

そこに、2人の人影があった。

「―――おま…いや、失礼した。あなたがいるという事は、ここで、いいみたいだな」

一つは、黒髪の、日本人の少年の姿。デスヴィンの説明どおりの外見をしていることから「間違いないな」と、フェイトは思った。少年にしては少々高めの声をしている。

どうやらデスヴィンの事を「お前」と言いそうになって言い直したらしい。アニル相手に「あんた」と呼ぶ錬とは違うなぁ、と、フェイトはどうでもいい事を考えた。

「……間違ってなくて、よかった」

その後ろに、少年の後ろに隠れる形で、かすかに震えて、縮こまっていて、両手でひっしと少年の黒い服の袖をつかんでいる、エメラルドグリーンの髪の少女の姿。

(…なんか、すげぇくらいにおどおどしてんな…)

人見知りが激しいのか、それとも素でこうなのか…まぁ、可愛いといえば可愛いのかも知れねぇな。でもおれにはエルっていう本命がいるから、血迷う真似はしねぇ、と、フェイトはこれまたどうでもいい事を考える。

「んー、お前達がお前がデスヴィンが言っていた『ちょうど、手伝ってくれた奴』か?」

「……まぁ、そんなところだ」

フェイトの問いに、黒髪の少年が答える。

「一応聞かせてもらっていいか?名前は何て言う?」

「…論だ」

ほんの少しだけ迷った様子を見せた少年だったが、すぐに名前を告げてくれた。

「苗字は?」

「なぜ、そこまで明かす必要がある?」

「こりゃ失礼……ああ、そうだ。おれから名前を聞いているのに、おれからも言わないのはちとマナーに反するよな。おれの名はフェイト。そのまま呼んでくれりゃいい」

苗字を追求したところ、ぴしゃりと反論されて、フェイトは肩をすくめた。

「んで、それとは別にもう一個だけ聞かせてくれ…なんでデスヴィンに協力したんだ?」

「えっと、その……いくらわたし達とは無関係でも、やっぱり、目の前で、戦いが起こっているのを止める訳にはいかないって思ったからです…あ、あと、わたし、ヒナっていいます」

論の後ろで、エメラルドグリーンの髪の少女が答える。

「…あなたはオレ達の事を説明してないのか?」

「一応、説明したんだがな。念の為、という事だろう。ああ、あと、俺の事はデスヴィン、でいい」

論の問いに、デスヴィンが答える。

「んでよ…なんでお前らはこんなとこに居るんだ…ってのを聞くのはご法度だろうな。今の質問は忘れてくれ。人間、誰しも言いたくないことはあるだろうしな」

フェイトは問いを投げかけようとしたが、途中で止めた。それは、別に深入りする必要はないと判断したのもあるが、論の外見を見た時から気になった事もあったからである。

論の外見を見た瞬間、フェイトの脳裏にとある人物の姿がフラッシュバックした為だ。

「……いや、ちょっとな。お前によく似た奴を見かけたんでよ。確か、錬っつったかな?」

錬、という名前を聞いた刹那、論の目つきが険しくなった。その瞬間、フェイトは何かを確信する。

「ん、その反応、どうやらお前、何か『知っている』みてぇだな」

「な、なんでもない……他人の空似じゃないのか?」

(ん?なんか今つっかかるもんがあったぞ)

論の喋り方に、フェイトは疑問を覚える。そこで、もう少しばかり、かまをかけてみる事にした。といっても、はっきり言って、当たっているわけが無いと思ってのかまかけだ。

「そうか。ところでお前の苗字……まさか『天樹』じゃねぇよな?」

「……なっ…い、いや、なんでもない」

「論っ!?」

(―――マジかよ)

フェイトの問いに反応した論をヒナが静止するも、既に遅い。フェイトは今の論の発言で、論の苗字が『天樹』であるということを確信する。

人間、図星を突かれると、どんなに慣れた人間であっても、何らかの形で動揺する。もし論の苗字が『天樹』でなければ、そんな反応は取らないはずである。

ただ単に『論という少年が錬に似ている』という事からやってみたこの問いだが、意外な展開だったといわざるを得ない。はっきりいって、ここまでは予測していなかった。

最も、日本系の名前であれば『天樹』という名前はいくらでもある。だが今回ばかりは話が別だ。天樹錬にそっくりで、しかも魔法士とくれば、なんらかの疑いも持つのが当然かもしれない。そして、その疑いを晴らすべくフェイトが行動したところ、今のような結果がある。

(んだが、まだ結果を出すにははえぇな…もうちっと情報がほしいぜ)

だが、フェイトとて、今の状況をまるっきり信じている訳でもない。もしかしたら本当に他人の空似である可能性も、十二分に考慮しておく必要があるのだ。

(ま、とりあえず、論の事はまた別の機会にでも調べるとして…今のところの最大の問題は、中央塔をどーするかなんだよなぁ…ったく、めんどくせぇ事になったもんだ)

そう思いながら、フェイトは、近くにある、何も映さないディスプレイを見やる。

中央塔で『賢人会議』が告げたとおり、先ほどの会議の内容は、全世界、全てのあらゆる映像端子に送信されている。それは、この非常用の建物とて例外ではない。小学校の入学式に教師が祭壇に上がる為のスペースがあり、そこに、一台の、中くらいの大きさのテレビが置かれているのだ。

最も、今の中央塔は完全に『賢人会議』に占拠されているために、何も映っていなかった。ブラウン管はただひたすらに沈黙し、黒一色のまま、何も映さぬ、物言わぬ箱と化していた。











―――筈だった。










ザーッ、という音と共に、突如として、今まで沈黙を守っていたディスプレイが復帰した。

画面がゆっくりと映像を映し出す。それはつまり、中央塔に何らかの異変があったという事だ。

「―――っとぉ!なにやら映像端子が動き出したみてぇだぜ!」

右手の親指をたてたフェイトの口からは、歓喜の声。

この場に居合わせた四人の視線は、ディスプレイへと釘付けになる。

そしてディスプレイには―――シャロンの姿が映し出された。

「おい待て!なんでシャロンがこんなとこにいるんだ!」

「シャロン!?」

「シャロンちゃん!?」

「シャロン…」

フェイト・論・ヒナ・デスヴィンの、四者四様の個性ある反応。

『……会議場に家族が出席していた皆さん、聞いてくださいなの!』

大きく口を開けて、シャロンが叫んだ。

その後ろには、倒れ付す兵士達と、長時間の中央塔での拘束から開放され、外へと駆け出す市民達の姿と、それを誘導する兵士の姿と、騎士剣を構えながら、それを見守るハーディンの姿があった。












【 + + + + + + + + + 】















中央塔へと潜入し、会議に参加した人達の家族を救うと決めたシャロンは『堕天使の呼び声コールオブルシファー』を使用して、入り口に立つ兵士達を殴って気絶させ、中央塔内部へと潜入した。

昼間のうちは中央塔への潜入を試みた人々で一杯だった中央塔入り口も、今の時間帯(午後7時)では、一旦引き上げたのか、見張りの兵士しか立っていなかった。

兵士は合計7人。不意をうっての襲撃で3人を気絶させる。反撃に躍り出た兵士達の銃撃も、シャロンの『干渉不能の掟ロストルール・イリュージョナル』の前には無力だった。攻撃という攻撃は全てシャロンを貫通し、シャロンに傷一つ与える事無く、シティの夜空へと消えていく。

自分の能力がここまで有効活用できる日が来るなんて信じられない、という感傷に浸る暇も無く、シャロンは動く。質量を持った紅い翼を振るい、残り4人も気絶させ、閉じられた扉に関しては『干渉不能の掟』を使用し、シャロン自身の体を透過させて通過する。

内部に居た兵士達は、外が屈強なガードで固められている為に安心していたのか、完全に油断しきっていた。

シャロンはそこをついて、紅い翼を振るい、打撃による一撃で兵士を気絶させた。

兵士達は、まさか内部に潜入されるとは思ってもいなかったので、扉は最低限のロックしかされていなかった。

扉越しに人々の「帰して!おうちに帰して!」「どうして私達が!」「くそっ!『賢人会議』め!」という声を聞き、シャロンの心の中で、より強い決意と思いがカタチとなる。

だが、それはさして問題ではなかった。

シティ・ニューデリーのマザーコア賛成派は、いざという時の為に、中央塔のロックを解除できるように、指紋認証によるデータ入力を行っている。それは、今回のシティ・ニュデリーの会議にて『賢人会議』を迎え撃つ為のハーディンらとて例外ではない。無論、シャロンもまた、このシティ・ニューデリーの中央塔のロックを解除できるようにと、指紋認証によるデータ入力をされていた。この指紋認証によるデータ入力の為のパスワードはハーディンによって設定されているので、マザーコア反対派の連中の手を持ってしてもデータを削除されずに、そのまま残っていた。

シャロンが扉を開けた瞬間、崩壊した会議場の全貌と、視界の中、何かが亜高速で動き、兵士達をばったばったと気絶させているのが目に入った。

I−ブレインが記憶したデータには、該当する人物はたった一人だけ……白銀の聖騎士、ハーディン・フォウルレイヤー。

現実時間にして1秒足らずにして全ての兵士が気絶させられ、シティ・ニューデリーの市民達の開放がなされた時、シャロンは、自分の行動を「やってよかった」と思った。

……因みに、幸いにも『賢人会議』の面々は、マザーコア反対派の拠点へと戻っていた。だからこそ、シャロンはなんとか中央塔に入ることが来たのだ。もしサクラやディーといった強者がこの中央塔にまだ残っていたとしたら、シャロンはここまでたどり着くことすら不可能だっただろう。













シャロンの乱入が起こるまで、ハーディンは動く事が出来なかった。中央塔にはまだ『賢人会議』配下の兵士が、少数だがいる。うかつに動けば市民の命が危ないことは明確だったからだ。

だが、中央塔の扉が開けられた刹那、いち早く、状況が変わった事を理解したハーディンは、刹那の間に『自己領域』を発動し、中央塔の会議室内に残っていた兵士達を、現実時間にして1秒足らずにして全員を気絶させた。

兵士達にとっては完全に予測外の展開だった為に、完全に反応が遅れた。そして、コンマ単位の戦闘を行う魔法士を相手にした場合、それは致命的を通りこして詰みに等しかった。











【 + + + + + + + + + 】
















「……あれ?あの警備を抜けられるような子が居たんだ?」

シティ・ニューデリーのマザーコア反対派の建物の一室で、中央塔の様子を見ていた真昼は、参ったね、と、ちょっとだけ困ったような笑顔を浮かべた。

「そんな暢気な事を言っている場合か真昼!人質作戦が使えなくなったではないか!こうなれば、早く、アニル・ジュレとその同胞の現在地を探さなくては!」

真昼の隣で、いきりたつサクラ。

「はいはい、分かってるから」

いつものにこにこ顔で、真昼は手元のキーボードに指を走らせた。













【 + + + + + + + + + 】














シティ・ニューデリーのマザーコア反対派の拠点の207号室に軟禁されてから、何時間も経過している。

なんとか脱出できないかと試みていたのだが、鍵は全てかかっているし、由里は丸腰同然の状態だったので、脱出の手段が無い事を早々に理解した。

こうなると、誰かが由里がシティ・ニューデリーのマザーコア賛成派の一室に居ないことを気づいて、助けを待つしかやれることがない。

因みに、どうでもいいが、一応、手洗いとお風呂もあったから、そういったことに関しては困らないつくりの部屋だった。

だが、だからといって、由里はなにもしていないわけではなかった。先ほどの真昼に言われた事から、自分が今までやってきたことと、自分の何が間違っていたのかを、ただ、ひたすらに考えていた。

しかし、由里1人で考えていたところで、誰かがそばに居てくれなければ、自分1人で結論を出すのは無理だということだけしか分からなかった。

頭の中はぐるぐると回り続け、何が正しいのか分からなくなった。自分が今まで信じてきたものはなんだったのかと考えに考えて、結局、分からなかった。

―――だから、突如としてディスプレイに映ったシャロンの姿に、由里は驚かずにはいられなかった。

「シャロンちゃん!?」

声を上げて、ほぼ反射的に椅子から立ち上がっていた。

今までの思考は、驚きのせいで、どこかへ吹っ飛んでしまった。













【 + + + + + + + + + 】












「……お外の警備兵を気絶させたから、皆さんを帰す事が出来るの…だから、中央塔の皆さんの家族が無事だって事を伝えたいと思ったからこうしているなの!」

全世界へとつながっている端末に向けて、シャロンが叫んだ。

それを見たフェイトは、口の端にわずかな笑みを貼り付けて『D・D4444』へと手を伸ばす。

「―――さて、面倒な人質もいなくなったし、これで反撃のお膳立ては整ったな」

「…待て、反撃にはまだ早いぞ、フェイト」

にやり、と笑みを浮かべるフェイトに対し、デスヴィンが冷淡に告げる。

「なんでだよ?」

「まだ、反撃の為のトリガーが引かれていないという事だ。今、無線で連絡が入ったが、どうやら、近いうちになんらかの形で何かが動くらしい。だから、その時まで待っていてほしいとの事だ。つまり、今日はもう、俺達がなすべきことはないらしい」

「なに!?おれの無線にはなんの連絡もねーぞ……げ、なんの連絡もねーと思ったら、無線機がぶっこわれてやがる」

ポケットをあさったフェイトは、ポケットから出てきた無線機を見て愕然とした。真ん中らへんにでかい穴が開いている。どうやら、シティ住民と軍の連中との抗争を止めている最中に、いつの間にか銃撃を貰っていたらしい。中央に小さな穴が開き、銃弾がめりこんでいた。

「―――どういうことだ?出来れば、状況を説明してほしいんだが」

ここに来て、論が口を開く。

「…んー、どーすっかなー」

「話せばいいだろう?どうせここまで首を突っ込まれている。それに、論達とて、あの会議中継は見たのだろう?今更、そんな事にこだわる必要も無いのではないのか?」

頭をかくフェイトの横で、デスヴィンがあっさりと告げる。

「んー、そーだな…んじゃまぁ、かいつまんで説明するわ」

そしてフェイトは、アニルやイルなどの名前は全て伏せた上で、論とヒナに説明を始めた。


























<To Be Contied………>















―【 キャラトーク 】―









ゼイネスト
「ん、これは…」

ノーテュエル
「あ、今回はいつもどおりに私達なんだ。んじゃ、早速はじめましょ」

ゼイネスト
「そうだな……個人的に一番いいと思ったのは、シャロンが中央塔への潜入を成功させて、中央塔に捕らわれていた人々を救い出したところだな。いつも俺達に守られてばかりのシャロンが、随分と成長したものだ」

ノーテュエル
「んー、例えるなら、雛鳥は何時の日か親鳥の元から飛び立つもの―――ってとこかしら」

ゼイネスト
「俺達はシャロンの保護者じゃなくて友達だけどな」

ノーテュエル
「…ゼイネスト、あんた、死ぬ間際にシャロンに告白されて、しかもそれをOKしておいて『友達』は無いんじゃないの?」

ゼイネスト
「あ、いや、これは違う!ちょっと間違えただけだ!」

ノーテュエル
「ま、そーいう事にしておいてあげるわ。んで、後は……また思わぬ面子同士が出会ったわね」

ゼイネスト
「論とヒナ、そしてフェイトとデスヴィン、か…最も予測できなかったカードだな」

ノーテュエル
「で、論とヒナは、見知らぬデスヴィンを助けた、という訳ね……ほんと、まっすぐなのね。普通だったら、赤の他人の事なんだから、先ず係わり合いになんてならないと思うんだけど…」

ゼイネスト
「だが、そうやって、他人に接することの出来る論やヒナだからこそ、この流れになったんだろう。DTRでもそうだったが、論は見知らぬヒナに説教までしたからな」

ノーテュエル
「あー、あったあった」

ゼイネスト
「良くも悪くも他人思いな2人が、フェイトやデスヴィンと出会った事で、どうなるんだろうな…」

ノーテュエル
「フェイトもデスヴィンも根は悪くなさそうだから、悪いようにはしないと思うけどね…」

ゼイネスト
「で、次回からは、原作どおり、シティ側の反撃となるわけか」

ノーテュエル
「んー、それなんだけど、どうやら、その前に一話ほど入りそうよ」

ゼイネスト
「何?」

ノーテュエル
「次のお話のタイトルは『真実を知り、行方を知る』なのよ。だって、シャロンは今、全世界へと向けた端末に語りかけているわけだけど、今回はレシュレイ達がシャロンの生存を知ったっ記述(?)がなかったじゃない。ってことはさ、次あたりで、レシュレイやブリードの話になるんじゃないの?シャロンの生存を知りました、って事でさ」

ゼイネスト
「…お前にしてはいい発想じゃないか」

ノーテュエル
「ちょっと、それどーいう事よ」

ゼイネスト
「いや、別に」

ノーテュエル
「なんかひっかかるんだけど」

ゼイネスト
「いや、だから気にするなといってるだろ。で、では、また次回で」

ノーテュエル
「こらぁっ、ごまかすなーっ!」











<To Be Contied〜>








[作者コメント]



―――互いに相手の事を認めるのが早すぎとか、現実を認めるのが早すぎとか、そういわれそうな流れですがご勘弁をw

こんな世界だからこそ、他人を信じないといけないと思うわけなのです。理想論ですが。




さて、シャロンの活躍で、シティ・ニューデリーのマザーコア賛成派の逆転の準備は整いました。

後数話ほど、おつきあいくださいませ。


ではでは。


<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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