シティ市民と軍の人間との小競り合いは、シティ・ニューデリーのいたるところで発生していた。
シティ・ニューデリーの会議が途中で中断されたことと、中央塔での会議に家族が参加していた者達の不安による暴動。
そして、それを止めんと軍の人間が出動し、衝突の末に発砲事件にまで発展。
―――そんな中、デスヴィン・セルクシェンドは、ハーディンからの命令により、ぶつかり合う人々の制止という任務を遂行していた。
「…やりにくいな」
頭上すれすれをかすった兆弾を全く気にせず、騎士鎌『ルードグノーシス』を振るう。狙いは、たった今発砲した軍の人間の背中だ。
鎌の刃の部分ではなく、殺傷機能のない峰の部分による打撃。
やや強めの力で殴りつけ、軍の人間を気絶させる。基本的に銃を持っているのは軍の人間だからだ。但し、場合によっては、一般市民も気絶させなくてはならない事も理解している。一般市民といえども、中央塔に忍び込もうと画策するならば、なんらかの『武器』を手に取るのが普通のはずだ。
(…一般人にも持てる武器……考えるならば、ナイフや包丁の類か?)
着地と同時に、デスヴィンは顎に手を当てて思考する。
そして次の瞬間、デスヴィンは己の考えが当たっていた事を理解する。
「お、俺達を中央塔へと向かわせろ――っ!邪魔をするな―――っ!」
震える声で叫んだ一般人の男性が、刃渡り15センチ以上にも及ぶ包丁を構え、デスヴィンへと駆け足で突っ込んでくる。しかし包丁を握る手はぶるぶると震えており、少し力を抜けば、包丁をぽろりと落としてしまうだろう。
(―――生憎だが、そんな物腰では俺は刺せないぞ)
表に出す表情はあくまでもポーカーフェイスを保ちながら、デスヴィンは、デスヴィンへと向かってくる男を迎え撃つ準備に入る。
包丁を持つ腕めがけてルードグノーシスを叩きつけると、「ぐぅおっ!」という声と共に、男性の腕から包丁がぽろりと地面に落ちた。男性は痛みに顔をしかめて、腕を押さえる。
「―――やめておけ、命を奪う事は、一生を棒に振るという事だ。一時の感情でそんなものを持ってはいけない」
そう告げて、デスヴィンは男に背を向ける。万が一男が包丁を拾ってデスヴィンへと攻撃してきたとしても避けれる自信はある。
(―――だが、来ないか)
体は前を向いたまま、視線だけを後ろに回すと、男は包丁を握り締めて、腰に下げてあったケースへとしまいこむ。
「―――分かってる、分かってるんだ!本当は、こんなことしても意味がないと!だが、あの中央塔には俺の妻がいるんだ!それが心配でたまらないだけなんだ!」
不安の色が濃く混じった、男の口調。
「……気持ちはわからなくないが、落ち着け。これこそが『賢人会議』の狙いなのだぞ」
デスヴィンは理解している。この戦いに、血が流れる必要はないのだと。
この無意味な暴動を止めなくてはならない。誰も得せず、寧ろ損とむなしさしか残らぬ戦いだ。否、そもそもこれを『戦い』といっていいのかすら分からない。デスヴィンとしては「悲しきすれ違いによるぶつかり合い」の方が余程しっくりくると思っている。
「こ、こいつめっ!さっきからうろちょろと!そして一体何を言っている!」
「まさか、他のシティのスパイか!?」
真横より、発砲の音。振り向いた先には、軍の人間が2人。どうやら彼らは、デスヴィンを、軍の人間とシティ市民との抗争に対して登場した第3勢力だと思ったらしい。
(……とりあえず、この兵士達だけでも倒しておくか……訓練された兵士と訓練されていない人間とでは、戦力差など火を見るより明らかだ。市民に対しては、その後で説明すればいい。今は、この争いを沈静化刺せることが必要だからな)
脳の中で一瞬にして答えを出したデスヴィンは、弾丸がデスヴィンへと近づいたのを確認してから、身をよじり、最小限の動きで、デスヴィン目掛けて飛んでくる兆弾をいともたやすくよける。次の瞬間にはルードグノーシスが振り下ろされ、たった今発砲した2人の軍の人間を難なく気絶させる。
『身体能力制御』と『運動能力制御』、そして『自己領域』を使用可能とする『騎士』であるデスヴィンが、この争いの中で遅れをとることは無い。
I−ブレインを持たない兵士が構えた銃から放たれる兆弾など、蝿よりも遅く感じる。
一挙動で跳躍し、銃弾を足場にして着地、そのまま発砲した兵士の背中を『ルードグノーシス』の鎌で穿つ。「がっ!」という声と共に、目の前の兵士が意識を失い、昏倒する。
「―――やめろ、こんな戦いは無意味だ。お前達がどうあがいたところでどうにもならん……何故、それが分からない!」
この抗争はとても無意味なものなのだと伝える為に、凛とした顔で、軍の人間とシティ市民、合わせて20数人に一喝する。
(……最も、説明して分かるような状態であれば、こんな苦労などしないのだが)
その予感もまた、的中する。
「何を言っている!元はといえば、事情を説明しない軍が悪い!」
「俺の兄弟があの中央塔に居るんだ!行かせろ―――っ!」
シティ市民は、自分達の不満と不安と怒りを糧に行動し、
「極秘事項故に説明は出来ないといっているだろう!おとなしくせんと、貴様ら全員逮捕するぞ!」
「公務執行妨害だ!」
軍の人間は、己の任務を果たすべく行動している。
デスヴィンの一喝で、人々は一瞬だけ動きを止めたものの、すぐに抗争を再会してしまった。
……そもそも、両者ともども高揚状態になっているからこうやってぶつかり合っているのだ。そんな人々が、デスヴィンの一喝だけで事態を収めてくれる事があるわけがない。
そして、先ほど見せたデスヴィンの戦闘能力から、軍の人間もシティの市民も、デスヴィンを相手にしようとはしない。シティの市民は、音信不通となった中央塔への潜入、及び、軍への事情説明を要求し、軍の人間は、治安維持の名の下に、それを暴力事件として片付けようとする。
(…結局は、実力行使しかないわけか。場合によっては、この場に居合わせた全員を気絶させる事も考慮すべきだな……命令とはいえ、面倒なことだ……だが、いつもの依頼に比べれば遥かに楽だ)
心の中で小さく呟くのと同時に、デスヴィンは行動を開始した。
―――ここでの『いつもの依頼』とは、要人の警護、指定した人物の殺害など、いずれの場合にも血を見る事を余儀なくされる依頼だ。
第三次世界大戦終結から10年、デスヴィンは裏社会では有名な傭兵として覚えられており、当然ながらその腕もたつ。そして、腕がたつという事は、必然的に『そういう依頼』を持ちかけられるという事に繋がる。
力を持ってしまったが為の宿命。世界というものは、得てして、力を持つ者を放置してくれない。
そして、デスヴィンとて、望んで人を殺めるわけではない。生きる為に必要だから他者を斬り捨てるしかなかった、ただ、それだけだ。
そんな自分に舞い込んだ『誰も殺さない戦い』だからこそ、いつもの依頼に比べれば遥かに楽だという考えが浮かんだのだろう。
シティ・メルボルンを出てから、はや5日。
シュベールの墓参りを終えた論とヒナは、シティ・ニューデリーへと立ち寄っていた。
道中で、零という謎の少年に出会って戦わざるを得なくなるなど、予期せぬハプニングもあったのだが、無事に目的を果たすことは出来た。
論とヒナは、現在ではシティ・メルボルンに住んでいるのだが、シティ・メルボルンへとまっすぐ戻らず、こうしてシティ・ニューデリーに滞在している。
その理由は2つある。
一つは、悪天候により、シティ・メルボルンへは、しばらくの間船を出せないことになった為、ここ2、3日の間は、シティ・ニューデリーで足止めを食うこととなった為だ。それを想定したラジエルトが偽造市民IDを用意してくれたのは、とてもありがたかった。
因みに、何故シティ・ニューデリーなのかというと魔法士の人権が確立されているシティ・ニューデリーなら、ラジエルトは安全だと踏んだとの事。
だがそれでも、まだまだ、油断出来る状態ではないことも分かっている。その理由は論自身ではなく、寧ろ、その隣にいる少女にある。
少しだが『天使』としての能力を保持しているヒナは、その事実が明るみに出てしまえば、世界中から命を狙われる立場になってしまう事は容易に想像できる。
そうなってしまった場合、論だけでこの少女を守りきれる自信は―――正直言って、無い。いくら論が強くとも、世界中を相手にして戦えるほど、自分の力を、自分の能力を過大評価しているつもりは欠片ほども無い。
故に論は、常日頃から、ヒナには『天使』としての能力を使わないようにと言いきかせている。
ヒナもそれを分かっているらしく『天使』の能力を使うことは殆ど無い。ただ、時折、どうしても内緒話をしたい時に、『同調能力』で、論の心の中に語りかけてくることがある。
ヒナ曰く「論の心の中はとっても安心できる場所」との事だ。
こっぱずかしい台詞をよく言ってくれるなぁ、と思わずにはいられず、論もこの時ばかりは、顔を赤くして照れ隠すしかなかった。そしてそんな論を見て、ヒナがくすくすと笑っていたのも覚えている。
そして論は、自分が守るべき少女の笑顔を脳裏に焼きつけたのだった。
論達シティ・ニューデリーに向かったもう一つの理由は、論もヒナも、シティ・メルボルン行きの高速輸送船内部にて、シティ・ニューデリーの会議中継を見たからだ。
マザーコアの真実、マザーコアの老朽化、賢人会議、論によく似た少年の姿。
―――天樹錬…論の元となった人物である。
論がどうやって作られたかは、論自身も良く分からない。気がついたら目が覚めて、気がついたら命を狙われる身にあったことまでくらいしか覚えていない。
生まれてからすぐに、錬に似ているという理由から命を狙われた。
自分の命を狙うものを幾度と無く切り捨て、幾度と無く退ける毎日は、論の心に悲鳴を上げさせた。
何故このような理不尽な思いをしなければいけないのかという、呪詛の混じった恨み辛みは、一時的にだが、論の性格を変えてしまった。
フィアをさらい、錬をおびき寄せ、論は、錬と戦った。
生まれてから、心の中に積もりに積もってきた理不尽と無慈悲と怒りと悲しみと憎しみを、全て錬にぶつけた。
そして、錬との戦いの中で、論は元の性格を取り戻した。
最後は、錬に対する罪の意識から、錬には挨拶もしないで、置き土産だけして去る事にした。
―――そして今、論は、これほど近くに錬がいると知った。会ってみたい、と思ってしまった。
以前、やってしまった事を考えれば、論がそうそう簡単に錬に会える資格など無いのかもしれない。だがそれでも、論は、錬に、少しだけでいいから会ってみたかった。
その理由も、今ではもう分かっている。錬と出会えたら、真っ先に告げるべき言葉も、もう考えてある。
(―――錬、オレにも、お前みたいに、守りたい大切な子が出来たんだ)
全てが集約された、この一言を、真っ先に錬に告げると、論は心に決めている。
先ずは、目の前の無益な争いを止める事からはじめようと思った論とヒナは、2人同時に『身体能力制御』を発動して、市民と自治軍らしき兵士達の群れへと疾走する。
「ねぇ、論、でも、どうやってみんなを止めるの?」
ヒナが両足を動かしながら横を向き、論に問うた。
「そうだな……」
『身体能力制御』発動の為の騎士刀『菊一文字』を右手に構え、疾走しながら、論は顎に手を当てて、眼前の状況を見据える。
目の前には、争う市民と兵士、その中に混じり、兵士を、時には市民を気絶させていく、謎の魔法士の姿がある。一般人を遥かに凌駕する速度で次々と兵士を、時には謎の魔法士を狙う市民を気絶させていく。
因みに、何故、目の前の、争う市民と兵士、その中に混じり、兵士を、時には市民を気絶させていく人物が魔法士なのかと分かったのには、理由がある。
目の前の男は、一般人を遥かに凌駕する速度で次々と兵士を、時には謎の魔法士を狙う市民を気絶させていっている。
そして、『一般人を遥かに凌駕する速度』など、論が知る限りで、この世界では『身体能力制御』或いは『自己領域』くらいしかない。
さらに『身体能力制御』或いは『自己領域』を使えるのは、論が知る限りでは、先天性或いは後天性の魔法士以外にはありえない。だからこそ論は、兵士を、時には市民を気絶させていく男を、魔法士だと確定させることが出来たのだ。
謎の魔法士が手にしているのは鎌。よく知る桃色の髪の少女が使うのと同じ武器だ。まさかこんなところで鎌を使う魔法士を目にするとは思っていなかった。
(――セリシアと同じ武器を使うやつがこの世界にいるとはな。鎌なんて、本当なら戦には不向きな武器だと思うが……っと、余計な思考は働かせるな。必要なことだけ考えろ)
心の中で自らに一喝。
刹那、論はI−ブレインに計算を丸投げし、I−ブレインが告げる『この場においてもっとも有効と呼べるであろう手段』の返答を待つ。
I−ブレインは、一瞬にして約17000通りの答えを導き出す。次の一瞬にして、その中の約16960通りの答えが排除され、わずか40個の答えが残り、さらに一瞬の時が経過した瞬間に、唯一つの答えが導き出される。
(…よし!)
論は小さく頷き、ヒナへと答えを返す。
「ヒナ!心の中だけで話すぞ!とりあえず、一旦立ち止まるんだ」
「え!?あ、うん!」
論とヒナは、同時に立ち止まる。
ヒナが両手を胸の前で合わせて、目を瞑ってI−ブレインに命令を送る。
数ナノセカントの時間を得て、ヒナの背中に水色の翼が具現化する。
漫画に出てくる天使のようなその翼は、守るように論の身体を包みこむ。
『情報』から作られた天使の『翼』は、魔法士で無くては視認する事が出来ない。
だから、ここでヒナが翼を広げても、一般人には『少女が目を瞑って考え事をしている』という風に見えるだろう。
そして、ヒナの背中に、水色の天使の翼が具現化したのを確認した後、論も目を瞑る。
(『
I−ブレインのファイアウォールの解除ポートの解放を完了する。
本来『天使逆転支配サタン』は、相手の同調能力に介入して、その制御権を奪うのが目的だが、寧ろ、相手に制御権を奪われないようにするために使う能力だ。<br>
また、『天使』と心の中だけで会話をする事も可能。<br>
で、この場合は、特に制約もかけずに『天使』との会話にI−ブレインの容量を割けばいいだけのこと。
『…ど、どうですか?ちゃんと『同調』出来てますか?』
ちょっとだけ不安の混じった声で、ヒナが問いかけてきた。
『…大丈夫、リンク確立に成功した。じゃあ、今から話すから、よく聞いてくれ』
『は、はい』
I−ブレインを通しての、精神世界だけの会話。
ヒナからの返答が返って来た事を確認した論は、今、I−ブレインから返ってきた答えを告げた。
『目の前の謎の魔法士に協力し、市民と兵士の動きを止めろ。後は、謎の魔法士の行動しだいで考える』―――それが、I−ブレインが出した答えだった。
現状、あまりにも不確定要素が多すぎるが為に、予測のできない危険を孕んだ答えではあるのだが、情報が少なすぎるこの状況では、そんな答えであっても従うしかない。実際、これが一番リスクの少ない行動なのだ。
もし、謎の魔法士が、市民と兵士の抗争を止めようとしているなら、抗争の停止を手伝ってもいい。
或いは、もしかしたら、謎の魔法士が、市民と兵士を傷をつけずに気絶させ、どこかに連れて行こうとでもしている可能性も考えたが、それならその時で、論とヒナが謎の魔法士を止めればいいだけだ。この場合、謎の魔法士の目的は『市民や兵士を傷をつけずに気絶させる事』が条件だから、謎の魔法士が人質を取るとは考えにくい。
これらが、この行動のリスクが少ないことの理由となる。
(―――分かりました。やっぱり、そうするんですね)
『…じゃあ、そろそろ『同調能力』を解除するぞ』
『はい』
(『同調能力』解除)
I−ブレインから放たれたその言葉を受け入れた後に、
(『天使逆転支配サタン』リンクを解除)
論のI−ブレインがその一言を告げる、
その直後、意識が現実に引き戻され、二人は目を開けた。
謎の魔法士のおかげで、少しは収まったものの、まだまだ抗争は続いている。
「…論、いきます」
「ああ!」
2人の魔法士は、再び疾走を開始した。目の前の、無意味な戦いをやめさせる為に。
いくら軍の兵士といっても、やはり人間の兵士では、論やヒナを止める事は出来なかった。
合わせて100人近くの市民と兵士の抗争は、わずか2分足らずで鎮圧された。
「……ふぅ、収まったか」
右腕で、額に浮かんだ汗を拭う。
論の足元には、ただ1人の例外も無く、気絶状態に陥った市民と兵士の姿がある。
完全に高揚状態に陥っていた市民と兵士が大人しく抗争を中止してくれるわけも無い。だから、ただ1人の例外も無く、気絶させるしか術が無かったわけである。
戦うことを嫌っていたヒナも、命を奪わない戦いであれば大丈夫だといっていたが、実際、そのとおりで、ヒナはその速さを活かし、次から次へと、シティ市民と軍の兵士を気絶状態に追い込んだ。
『身体能力制御』により、通常の72倍という、通常レベルの魔法士では考えられないほどの速度を出すことの出来るヒナの戦闘能力はまさに一流なのだと、改めて認めざるを得なかった。
兵士達も、まさか魔法士が、それも、一流の戦闘能力を持つ魔法士が出てくるなどとは思っていなかったらしく、ノイズメイカーの類は持ち合わせていなかった。
「論っ」
とてとて、と、ヒナが論の元に駆け寄る。
「よかった、誰も傷つけないですんだの」
「ああ、本当に良かった」
安堵の表情でそう告げるヒナに、論は笑顔で答える。
…正直なところ、不安はいっぱいあった。
万が一、間違って命を奪ってしまったらどうなるか、という懸念は、抗争を止めようと動いている間、常に心の中にあった。
結果としては、誰一人殺さずにすんだのだからよかったと、心の底からそう思う。
―――そして、論もヒナも分かっている。
まだ、目の前に、もう一つの問題があるという事を。
「―――答えろ、何故、俺を助けた」
鋭い眼光が、論とヒナに向けられる。それは、論とヒナより先に、シティ市民と軍の兵士の抗争を止めようと動いていた、謎の魔法士のもの。
2人は同時に、謎の魔法士へと振り向く。
「―――正直に言わねばどうなるか、説明の必要は無いだろう?」
男は腕を頭上まで持ち上げる。その手に握られた銀色の鎌が鈍く光る。
論が知っている、鎌という武器を使う桃色の髪の少女が持ち合わせていない、触れれば凍りそうなほどの冷徹な瞳。
同時に、論は、この男の全身から発せられる『戦士としての強さ』を直感で感じていた。
結論は一瞬で出る―――今の論では、この男を倒すのは至難の技だ、と。
2年前にこの世界に誕生し、生まれながらにして、錬と瓜二つな容姿を持っていたが為に、世界中のあらゆる輩から狙われ、戦い、そして生き抜いてきた論の戦闘経験も捨てたものではない。
だが、それでもなお、世の中、上には上が居るものだということも、論は知っている。
(―――余計な戦いを避ける為には、すぐにばれそうな嘘は絶対に避けるべきだと知識にはある…)
「……見たところ、あなたは無意味な戦いを止めている。だから、それを手伝いたかった。では、駄目か?」
刹那、謎の魔法士の表情に、一瞬だけ疑問の色が見えた。
「損得を考えずに、赤の他人であるにも関わらず行動したのか?俺には良く分からない考えだ」
「別に分かってもらおうってつもりも無い。ただ、オレが今、この場で出来ることはこれくらいしかないって思ったからな。市民と兵士のぶつかり合いも、全て無意味だ…違うのか?」
「いや、お前の言うとおり、この抗争に意味は無い。全ては、会議に突如乱入し、この事態を作り上げた『賢人会議』の仕業だ。あの放送が世界全国の全ての映像端子に放映されていたなら、お前も見ただろう?『賢人会議』の、あの行動の数々を」
「ああ、見たとも…なにやら、とんでもない事をやらかしているようだな。『賢人会議』は」
こうやって離している間にも、論の心の中には、絶えず緊張が走っている。
普通に会話しているが、目の前の謎の魔法士には、一瞬の隙も見当たらない。それどころか、寧ろ、常に全身から鋭い殺気を感じる。
「…さて、この市民と兵士を、全て、あるべき場所に帰さねばな。と言っても、近場にある講堂くらいにしか預ける事は出来ないのだが…お前達、見たところ、シティ・ニューデリーに害を及ぼすような輩では無さそうだ。なら、この市民と兵士達を、近くにある講堂に運ぶのを、手伝ってくれないか?」
「…何?」
思いもよらぬ発言に、論は一瞬疑念を覚えた。心の中で警戒心が膨れ上がる。
「…このご時勢に、損得を考えずに、見知らぬ他人を助けようなどというような奴を、とりあえず信用しておこうと思っただけだ」
「それはほめ言葉として受け取っていいのか?」
「好きにしろ。それで、手伝うのか?手伝わないのか?……ああ、もし気絶している市民に何かしたら、どうなるかは分かっているだろうな?」
殺気を帯びた、鋭い声。
だが、論とヒナにとっては、この流れは、好都合と呼べるものだった。
もともと論もヒナも、市民と兵士の無意味な争いを止めるために、この男に加勢したのだ。当初の目的は果たせたし、今のところは変な誤解も招いていない。
「もちろん手伝うさ。オレ達だって、市民と兵士の争いを止めるためにあなたに加勢したんだからな」
「……そうか、なら、協力、感謝しよう。ああ、まだ名前を言っていなかったな。俺の名はデスヴィン。それだけだ」
「…論だ」
「ヒナです」
「了解した」
一言だけの自己紹介を交わした後に、3人は、気絶している人達を講堂へと運ぶ作業に入った。
―――そして、3人は、最後まで気づかなかった。
物陰から、論達が市民を講堂へと運び込む、その様子を見ている人物が居た事に。
※キャラトークは都合によりお休みします
DTRキャラとFJキャラの合流という流れになりましたが、この流れにするのにかなりの時間をかけた気がします。
ましてや殆ど接点の無いこの組み合わせですとなおさらなものでして…。
突発的な流れではありますが、それなりの理由の説明はさせたつもりです。
3人とも、無意味な戦いを止めたいという考えが一緒だったから、あの場所で争わずにすんだ訳で。
裏世界で傭兵をしてきたデスヴィンがそう簡単に、ましてや、出会ったばかりの相手を信じるのかよ、とつっこみたい方もいらっしゃるかもしれませんが…実のところ、デスヴィンはあんまり疑り深いキャラじゃないという事でよろしくお願いいたします。
ではでは。
<作者様サイト>
Moonlight butterfly
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