DESTINY TIME REMIX
〜天樹VS天樹(前編)〜
幸せを手にした者がいた。
不幸を背負った者がいた。
膨張するのは、恨みと憎しみ。
不運なすれ違いが引き起こす、悲しき悲劇。
―――【 天 樹 の 名 を 持 つ 者 】―――
〜THE RON〜
白い夏に雪が降る。
ただし吹雪という形で。
全ては大気衛星の暴走が原因。
世界は今、滅亡に向かいつつある。
吹雪の白い世界の中でも一際目立つ、黒のスーツを纏った少年。
「やれやれ…シティ・神戸が崩壊してしまったせいで、どこがどこだか探すのに時間が掛かりすぎてしまった…こんなことなら、日本の地図を持っておくんだった…」
かなり低めで厚みのある声による呟きは、吹雪の叫びにより打ち消された。
場所的にはシティ・神戸の崩壊跡。気温はマイナス十五度、天候は吹雪。視界は最悪。だが、『透視』を使えば、邪魔な雪の結晶など無視し、目標とするものだけを見ることが可能となる。シティ・マサチューセッツの『WBF』の最高峰の魔法士『千里眼』クレアヴォイアンス・No7の能力のコピー。
ついこの前偶然にもFA−307に遭遇してしまい、ボソッと『変な眼帯』とか言ってしまったのが大きすぎた間違いだったと気づいた時には遅かった。
FA−307のパイロット、クレアヴォイアンス・No7は怒りを隠さずに荷電粒子を撃ちまくってきた。
が、でたらめ荷電粒子にわざわざあたってやる親切心など彼には無い。てか、当たったら問答無用で死ねるだろう。
全長七十五メートル、銀灰色の装甲を持つFA−307より放たれる大地を削り取るほどの威力を持った一撃に、並みの人間と殆ど変わらぬその体で耐えられるわけなど無い。
破壊してやるのが最も手っ取り早い選択肢なのは明確だったが、『ヤツ』との戦いの手前、無駄な力を消耗するのは避けておきたい。
ならば、選択肢はこれが最善だろう。
(I−ブレイン、戦闘起動。『刹那未来予測サタン』簡易常駐。演算効率依然として変わらず。『運動係数変化』並行起動。運動係数を二十五倍、知覚係数を八十倍に定義)
五秒先までの未来を確率で予測。脳内コンピュータが「次に荷電粒子が来ると思われる位置」を可能性という名の情報の海から演算する。脳内コンピュータがはじき出した計算の結果は…今、彼が立っている場所。
「直撃か!!」
『運動係数変化』によって二十五倍まで引き伸ばされた運動能力をフルに使用し、彼は横方向に跳躍する。数メートルの距離を逃れた次の瞬間、背後に膨大な熱量を感知。通常時間に換算してコンマ一秒前まで彼が立っていた空間を、細く絞られた荷電粒子が貫く。クレアヴォイアンス・No7の放った一撃は、地面に数ミリの穴を開けて闇に溶ける。
一ミリの狂いも無い正確無比な照準。
だが、次の瞬間には、さらに彼は動く。
脳内コンピュータが起動している『刹那未来予測サタン』がフル起動して「次に荷電粒子が来ると思われる位置」を可能性という名の情報の海から次々と演算する。そして、彼が回避運動を終了した後に数ナノセカントの時間を置いて、脳内コンピュータがはじき出した「次に荷電粒子が来ると思われる位置」を、荷電粒子が演算どおりに貫通していく。
脳内コンピュータがはじき出した「次に荷電粒子が来ると思われる位置」は、一ミリたりとも間違っていない。
華麗なる回避劇を展開する、黒髪の少年。
世界は『情報』で出来ている。
物質、力、法則―――この世に存在するあらゆる事象は、数値パラメータと数式によって『情報』としての記述が可能である。それはすなわち、この『物質世界』に存在する全ての要素が、全く同時に『情報』というもう一つの実態を持っていることになる。
(中略)
―――『情報』の変位は、現実世界を書き換える。
二千百八十年初頭、ハノーバーのフリードリッヒ・ガウス記念研究所で初めて証明されたこの結論は『情報制御理論』と名づけられ、その後幾多の試行錯誤を経て、一つの成果を得ることになる。
情報の書き換えを可能とするほどの超高速演算能力を実現するために、脳内に生体コンピュータ『I−ブレイン』を与えられた者たち。
身体能力を加速し、重力を捻じ曲げ、物理法則を読み解き、分子運動を制御し、熱力第二科学の法則すら覆し―――思考によって物理法則・世界法則を超越する、最強の戦闘兵器。
彼らを総称して『魔法士』と呼んだ。
数分後、その繰り返しで、彼はクレアヴォイアンス・No7から逃げおおせた。
「…なんで、オレが八つ当たりされなきゃいかんのだ…振られた女の恨みは怖いな…後は、口は災いの元という言葉の意味をも一度理解しておこう」
ぶつぶつと愚痴をもらしつつ、彼は眼科のプラントを見下ろす。先ほどの戦闘中『ディーの馬鹿――――!!!』などというクレアヴォイアンスの雄たけびが、荷電粒子の一撃が放たれると同時に聞こえてきたのだ。
彼の名は、論。論という字は論理学の論からとったらしい。論理学自体は凄いが、論という名前まで凄いわけではない。ようするに彼の製作者は、珍しい名前をつけたかっただけなのだろう。
黒い髪、おおよそ百六十センチの身長。黒を基調としたフード付きパトルスーツは対銃・対刃物・対電気に対し絶大な防御力を誇る特注品で、論の体にぴったりとフィットしている。
彼のフルネームは、天樹論。
彼の製作者の名前は、天樹健三。
錬とはかなり違う場所で極秘に製造された、天樹錬のクローン。
もう一人の『悪魔使い』。
厳密に言えば、とある少女を含めて三人目の『悪魔使い』。
彼の目的は、ただ一つ。
天樹錬の、殺害。
―【 予 測 だ に し な い 出 会 い 】―
〜THE REN&FIA〜
もし隊商が来たら買い物に言ってくれ。とは、真昼の置手紙の弁だった。
ちなみに当の真昼は、月夜と一緒にシティ・メルボルンへと向かっている。つい最近定期連絡したら、月夜の長話が八割を占め、最後には真昼が強制的に回線を切ったため「あ――――――っ!!」という、月夜のこの世の終わりのような声が聞こえてきて思わず吹き出した。
あやうく肉まんの材料である白菜が切れそうだったのが第一の理由。それ以外にも色々と必要なものがあるからと、膨大な数の品物を買ってくるように錬は頼まれていた。で、話を聞いたフィアが、「私も行きます!!」と言ってくれたのは純粋にうれしかった。そうでなくても小柄なこの体。帰ってくるころには、錬自身の身長よりも荷物の面積の方が大きくなってしまっているに違いない。
「じゃ、二十分後にここに集合だね」
二人で手分けして買い物を済ませることにして、黒髪の少年と金髪の少女はしばしの別れを告げる。フィアは果物屋の角を曲がり、毛糸屋の目の前を通り過ぎ、雑貨屋の店先ですっころびそうになって、段々とフィアは人気の無い方向に歩いていく。その先でないと肉屋がないのだ。
店先の髭面のおじさんにお金を払い、合成肉を受け取る。勘定を終えて、とりあえずは一安心…したところに、先ほど別の方向へ行ったはずの錬が、走ってこっちへ向かってきた。
「おーい!!フィア!」
早すぎる再開に、フィアは少なからず戸惑いを覚える。まだ十分も立っていない。元から丸い目をさらに丸くして、驚きを隠すことなくフィアは聞き返す。
「錬さん!!どうしたんですか?買い物は?…それと、何でそんなに声が高いんですか?」
何故か錬の声の質がいつもと違う。いつもよりも低く、厚みのある声。
「ごめんごめん、頼み忘れがあったんだ。それとさ、今ちょっとヘリウムガス吸っちゃって、声がおかしくなってるんだよ。…あと」
向こうにある風船売り場を指差しながら、錬は一旦言葉を切る。その後、フィアの耳元に錬の唇が近づく。
「…さっきから、誰かの視線を感じる。もしかしたら、フィアを狙ったどこかのシティの刺客かもしれない」
ひそひそ声で、とんでもないことを告げた。
その事実に戦慄するフィア。
フィアは世界中でも希少な『天使』だ。そして、彼女はマザーコアとしてこれ以上ないほどの適正を持っている。他のシティの連中が血眼になってフィアを狙っているということを、錬と出会う前からフィアは理解している。
「…錬さん。じゃあ…」
知らず、声に不安が混じる。
「一旦、どこかに行こう。そして、その刺客かもしれないやつの視線が無くなるまで、どこかに隠れていよう、それも、町の隅の方に。こういう場合、刺客ってのは何食わぬ顔で町の中にいるものなんだ」
そう言って、フィアの手から今しがた買ったばかりの合成肉などが入った袋を持ち、町外れの方向に錬は駆け出した。
「あ、待ってください!」
続いて、フィアも駆け出した。
錬のズボンのポケットが不自然に膨らんでいることに、最後まで気がつかなかった。
「…ここならいいよね」
そういって錬が出たのは、プラントの外。珍しく吹雪がやんでいて、あたり一面の銀世界がうかがえる。I−ブレインを使えば、氷点下の気温など、人間が生きるための適温に変えられる。
「…錬さん、何でわざわざこんなところに…」
「ここなら、きっと刺客も来ないからね、きっと今頃、刺客は無駄な労力を費やしている頃だろうね」
「…そうですね」
ほっ、と安堵の息をつくフィア。そして目の前の黒髪の少年をまじまじと見つめ…妙な違和感に気がついた。
「…どうしたんだフィア。僕の顔に何かついてる?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
頬を紅潮させ、フィアは明後日の方向に目を逸らす。そして振り向き、もう一度錬の顔を見る。
だが、錬を見つめれば見つめるほど、その違和感は大きくなっていく。
『同調能力』で錬の心の中を見るのはやめておいた。人の心にむやみに入ってしまっては、相手に失礼な上に、プライバシーの侵害になってしまう。誰だって、隠しておきたい思いの一つや二つはある。心を読むということは、それをばらしてしまうのと等しい。だから普段は、『同調能力』を封印していた。
「あ、そうそうフィア。『同調能力』の暴発はしてないよね」
考えていたところ、同じ話題についての質問。
すかさずフィアは返答する。
「大丈夫ですよ。私だってそんなに子供じゃありません」
「良かった。やっぱりフィアはいい子だね。…これ、さっきの隊商のところで売ってたんだ。フィアに似合うと思って買ってきたんだけど、付けてみて」
そういって錬が取り出したのは、銀色に光るネックレス。星型の中央にある黒いペンタゴンが、その美しさをかもしだしている。
「…うれしい。錬さん、ありがとうございます!!」
満面の笑みでフィアはそれを受け取り、目を瞑り、うっとりしながら鼻歌交じりに早速着けた。
…錬さん、綺麗って言って。
だが、その思いは、刹那に響いた音によって打ち消された。
ひゅっ!!
確か、そんな音がした。
「え!?」
フィアが音に驚いたその瞬間に、ネックレスの紐の部分がフィアの首を締め付けるかのように巻きついた。
(システム・エラー。処理速度低下。I−ブレインに異常発生)
さらに、I-ブレインが異常を告げる。この反応は、ノイズメーカーを着けられたときと全く同じだ。
「錬さん!!これは一体―――!!!」
その瞬間、やっと違和感に気づく。
いつもより、明らかに違う点、
何故、もっと早く気づかなかったのか。
「何でも無いよ。フィア。きっとそういうネックレスなんだ」
目の前の「錬」は、何食わぬ顔でそう告げる。
だが、フィアの心の中では、既に答えが出ていた。
目の前にいる人物が、錬の皮をかぶった別人だということを。
そして何より―――今の錬は、フィアよりもかなり身長が高い――――。
「いいえ…錬さんの身長は、もっともっと低かったはずです…靴だっていつもと変わらないのに、身長だけが高いのはおかしいです!!あなたは錬さんじゃない!!」
とぼける錬に対し、凛とした表情でフィアは叫んだ。
刹那、錬の表情が変わる。顔をあげているにもかかわらず、表情に影が落ちているかのよう。
「…あーあ、ばれちまったか…まさか身長でばれるとはな…ったく、錬め、なんでそんなに身長が低いんだよ…。そうさ、オレは錬じゃない。オレの名は論。天樹健三によって作られた錬のプロトタイプだ」
その声は、錬のそれではなかった。
―【 仕 掛 け 】―
〜THE RON〜
論の頭の中では、今までの行動が再現されていた。
プラントの町外れのカフェで、角砂糖を三つ入れたコーヒーを飲む論。
うむ、いい味だ。…しかし、砂糖を入れすぎたかもしれない…ちと甘すぎる。
「ふう、やっと着いたぜ…さて、錬とフィアはどこにいるんだか…」
そういって、何気なく窓の外を見て、
「!!!!」
コーヒーを噴き出しそうになった。
なんと、窓をはさんだ自分の目の前で、黒髪の少年と金髪の少女が歩いていったではないか。
いきなりチャンス。
急いでコーヒーを口に入れ「あちっ」火傷しそうになった。
勘定を済まし、錬たちからかなりの距離をおいて、状況を把握する。
今日は確か、隊商とやらが来る日だ。そして今、錬とフィアの姿が目の前にある。
ちょうどいい。
フィアは錬にとって大切な存在。
ならば、フィアを人質に取れば、錬はきっと来る。いや、『きっと』ではなく『必ず』来るはずだ。
物陰から、二人の様子を覗き見る。
街角でフィアと錬が、それぞれの用事を果たすために一旦分かれる。
そして、一分ほど間をおいて堂々とフィアの後を付ける自分。もちろん、錬が通ったルートとは別のルートを経由していく。これなら怪しまれることはないし、フィアに見つかっても、「今、ちょっとヘリウムガスを吸ってしまってね。声が変わってしまっているんだ」といってごまかせる。ちょうどいいことに、近くには風船屋もある。
果物屋の角を曲がり、毛糸屋の目の前を通り過ぎ、雑貨屋の店先ですっころびそうになって、段々とフィアは人気の無い方向に歩いていく。
その先は、確か肉屋がある。
肉屋の後ろは、外とプラントの境界線。
知らず、笑みがこぼれる。
こんなにも、事がうまく進んでくれるとは。
その間もオレは周りを見渡して、いかにも「ここにははじめて来ました」という風に周囲の人間に見せかける。フィアばかりに視線がいってしまっていては、ほぼ間違いなく怪しまれるからだ。
フィアが肉屋で買い物を終えたのを見計らい、声をかける。
「おーい、フィア――」
なるべく自然に、あいつの口調を混ぜて。
「錬さん!!どうしたんですか?買い物は?…それと、何でそんなに声が高いんですか?」
元から丸い目をさらに丸くして、驚きを隠すことなくフィアは聞き返す。
「ごめんごめん、頼み忘れがあったんだ。それとさ、今ちょっとヘリウムガス吸っちゃって、声がおかしくなってるんだよ。…あと」
向こうにある風船売り場を指差しながら、一旦言葉を切る。その後、フィアの耳元に口を近づけて、
「…さっきから、誰かの視線を感じる。もしかしたら、フィアを狙ったどこかのシティの刺客かもしれない」
ものの見事な大嘘をつく。
その事実に戦慄するフィア。
大成功。
フィアは完全にオレを、錬だと思い込んでいる。
「…錬さん。じゃあ…」
「一旦、どこかに行こう。そして、その刺客かもしれないやつの視線が無くなるまで、どこかに隠れていよう、それも、町の隅の方に。こういう場合、刺客ってのは何食わぬ顔で町の中にいるものなんだ」
そう言って、フィアの手から今しがた買ったばかりの合成肉などが入った袋を持ち、町外れの方向にオレは駆け出した。
「あ、待ってください!」
続いて、フィアも駆け出した。
大大大成功。
さて、あとはこいつを着けさせるのみ。
一度着けたら、並みの力では外せない、ノイズメーカー入りのこのネックレスを…。
そしてフィアは、自分の思惑通りに、ノイズメーカー入りのネックレスを着けた。
だが、最後の最後で、
「いいえ…錬さんの身長は、もっともっと低かったはずです…あなたは錬さんじゃない!!」
見事に見抜かれた。
身長のことまでは、気が回っていなかった。
いくらオレでも、身長を縮ませるなんて芸当、出来っこない。皮膚の構成を変化させるなんていう神業など、龍使いにでもならなければ出来ないだろう。
―【 錬 を 語 っ た 者 】―
〜THE RON&FIA〜
「そいつは強力なノイズメーカーだ。お前程度の力じゃ外せない」
何とかネックレスを外そうと懸命に手を動かすフィアに対し、論はそう告げる。
「…何が目的なんですか。あなたも、私をマザーコアにしようとする人たちの仲間なんですか…?」
「いや、違う」
「え!?」
予測だにせぬ論の答えに、フィアは一瞬唖然としてしまう。これまで自分に危害を加えた人間は皆、フィアを求めてやってきたものしかいなかったからだ。
「オレは錬のクローン、つまり錬の偽者、…だが、偽者が本物を倒せば、そいつが本物に成りすますことも可能だ…これの言っている意味が分かるだろう?」
その言葉が意味するものを、フィアは一瞬で理解した。
「まさか…あなた…」
段々と青ざめていくフィアの顔。
「そうさ、オレの目的はただ一つ。天樹錬の殺害だ!!」
そして出てしまったその言葉。
「…させない」
「ん!?」
「錬は…殺させない…錬は…殺されるようなことなんてしていないです!!」
勢いよく顔を上げるフィア。
その顔にあるのは、強い意志を秘めた、エメラルドグリーンの瞳。
「本当にそう思うのか?たしか、シティ・神戸の崩壊だって、錬がお前を助けなければ、七瀬雪の犠牲は無駄にはならなかったし、一千万人の人間だってもっともっと助かっていたはずだ。
結局、どんなに偉そうな大義名分掲げても、錬のやったことは人類保存への反逆に等しき行為ではないのか?」
「…それは…」
流石にそれを指摘されると、フィアとしては返答に困る。
論の発言は、それだけ正確に的を得ていた。
「それに、オレは生まれてからずっと一人、なのに、錬はずっと真昼と月夜という家族がいた。
…正直、それが一番不公平なんだよ!!
何故だ!?
オレはあんなに辛い思いで一日一日を生きてきたのに、錬は普通の人間と同じように生活できている!!
これを不公平と言わずして何と言う!!」
「それはエゴです!!」
「まあお前はそう言うだろうな。
なんせ、お前はオレが何と言おうと、錬の味方をするだろうからな…この死にぞこないがぁ!」
「!!!」
フィアの瞳から、涙が零れた。
一瞬、それを見た論はたじろいだ。
「…と、すまん、言い過ぎたな」
流石に今のは自分らしくなかったと、論は反省する。
「…あなたの境遇は分かりました…ですが、やっぱり錬は殺させません!!」
そのまま、きっ、と、フィアは論を睨みつける。
だが、そんなフィアの態度も、論の一言に一蹴される。
「力を使えないお前に何が出来る。助けてください。とでも大声で叫ぶのか?」
だが、フィアは怖気づかない。
「その通りですっ!!!」
言うや否や、踵を返したフィアはプラントの方向へと駆け出した。
プラントまでは、距離にしておおよそ三キロ。
「無駄なことを…その命、オレが貰い受ける!!!」
言うや否や、論は腰にかけている一振りの刀の柄を握り、鞘から剣を抜き出す。黒い刀身は時代劇に出てくる刀そのもので、唾の部分まで時代劇に出てくる刀にそっくりだ。
いや、『刀にそっくり』ではない。『刀そのもの』なのだ。
『剣』ではない。戦国時代などに主に使われた武器『刀』すなわち日本刀である。
さしずめ『騎士刀』といえばいいのだろうか。日本刀は独自のフォルムを持ち、剣に比べるとやや重い反面、『斬る』ことを目的とした武器の中では、右に出るものが存在しない種類の武器。
その名は『菊一文字』。
『運動係数変化』により、運動係数を二十五倍にまで高めた論は、迷うことなくフィアへと飛翔する。ネックレスに内蔵されたノイズメーカーによりI−ブレインが使えないフィアの速度など、たかが知れていた。
両者の距離が、一秒ごとに大きく縮まっていく。
わずか二十秒足らず、距離にして一キロ足らずの場所で、論はフィアに追いつき、
「遅すぎるんだよ!!!」
特殊金属の刀の切っ先をフィアの左足の太ももに突き刺し、フィアを大地に縫い付ける。
その痛みに、うつぶせになったフィアの体がぴくんとのけぞった。
「あ…」
一瞬の『溜め』。その一瞬の間に、激痛がフィアに襲い掛かる。
「いっ…痛いっ…う、ああうあっ、やめっ、やめてうああああっ!!!!」
神経と骨を焼く激しい痛みに、大きなエメラルドグリーンの瞳から涙がこぼれる。
フィアの左足の太ももから流れる紅い血が、雪を溶かし、紅い模様を描く。
「心配するな。お前を殺しはしない。人質には生きてもらわないと困るからな…」
「っ!!」
苦し紛れに、フィアは左手の拳をふりまわした。
「無駄だらけだ」
が、鍛えられていないフィアの攻撃が、幾多の戦場を経験してきた論に当たるはずなど無い。その一撃は空の空気をわずかに振るわせたに過ぎなかった。
何より、下手に動いたせいで、左足の痛みがさらに酷いものとなった。
「さて、後は書き置きを残すだけだな…というわけで、錬の家を教えてくれ…教えなければどうなるかは…分かるよな」
こくこくこく、と、フィアはただ頷くしかなかった。
論は、本気だ。
ここで正直に答えなければ、きっと、もっと酷いことをされる。
だから、フィアは可能性に賭けるしかなかった。
錬が論を倒してくれるという可能性に。
―【 後 悔 】―
〜THE REN〜
「…フィアが、まだ戻っていない!?」
驚愕の事実に、買い物を終えて自宅に戻ってきた錬は目を大きく見開いた。途中で道に迷ってしまい、予定の時間を二十分ほど遅刻。もちろんフィアの姿が無かったために、怒って帰ってしまったんだなと錬は思い、後の事を考え、重い足取りで帰ってきたのだ。
そこへ、いきなりバタン!!という激しい音と共に、鬼気迫る表情でヴィドが駆け込んできた。
「おお!!!いたいた錬ちゃん!!!…おい!!これ見てみろ!錬ちゃんの家のドア開けたら、挟まってたんだ!!」
ヴィドの手の中にあるのは、一枚の布切れだった。
「…これ、フィアのスカートの裾じゃないか!!」
錬が叫んだ。そしてその布切れには、紅い文字が書かれている。
『天樹錬へ。
初めまして。お前の大切なものはオレが預かった。
返して欲しくば、プラントから五キロ離れた洞窟まで一人で来い。
二人以上で来たら…その時はどうなってるか分かっているだろうな…。
さあ、殺しあおう!!!!天樹錬!!どちらが天樹健三の最高傑作か、はっきりさせようじゃないか!!!
P.S
この文字は、フィアの血で書いたものです。
BY お前のクロ−ン、論より』
ぐしゃり。
錬はそれを、無言で握り潰した。
現在の部屋の温度は、おおよそ二十五度。
しかし、今この部屋には、激しく熱く燃える地帯が存在している。
「…許さない…」
その温度の主は錬。
「…待ってろ!!論!!…ウィドさん!!!このこと、黙っててね!!!」
そう言って、論理回路の書き込まれたナイフを携えた錬は家を飛び出し、プラントの外へと走り出した。
―【 続 く 】―
(今回は、キャラトークはお休みです)
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<作者様コメント>
…ふと読み返してみると、論の台詞の殆どが七夜ですな。
「さあ、殺しあおう!!」
「その首(論が言ったのは命ですが)、俺が貰い受ける!!」
「遅すぎるんだよ!!」
などなど…。
…まあいいか。(いいのか!?)
さてさて、いよいよ論の目的の一つが明らかになりました。
錬を倒した先に、論は何を見るのか?
後編をお待ちください。
以上、画龍点せー異でした。
<作者様サイト>
なし
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