FINAL JUDGMENT
〜そして出会う、彼ら、彼女ら〜












[※ここからは、WB六巻(下)を読み終えてから読む事をお勧めいたします]

















午後が訪れ、シティ・ニューデリーの会議が開催された。

ある意味では茶番ともよべる食糧問題などの会議は、全てが昨日の段階で終了してしまっている。だから、今日の会議は、本題ともよべる『世論を覆す』という命題についての会議となる。

(―――さて『賢人会議』はどう来るでしょうか)

机の上で、ハーディンは鼻の下で両手を組み、周囲への注意を途切れさせないように気を張り詰めながらも、会議の様子を見守っていた。

先日の打ち合わせにより、錬、ヘイズ、クレア、ハーディンは、会議場内部に『賢人会議』が現れた時の為に会議場内部に待機。イルとフィアと月夜とフェイトとデスヴィンが会議場の外に待機する手筈になっている。

因みにシャロンは、会議場とは少し離れた位置にある診療所の方で待機している。なんらかの形で怪我人が出た時の為の治療要員という訳だ。

そして由里は、シティ・ニューデリーのマザーコア賛成派のビルのとある一室で待機してもらっている。いざとなったら由里に顔を出してもらい、なんとかして『賢人会議』側の動揺を誘い、その隙にこちらが次の手を見つけて行動するという策を練ってある。

忙しくて由里の顔を見にいけなかったのがちょっとだけ残念だったが、今はシティと『賢人会議』との重要な対立の時だから仕方が無い、とハーディンは心に言い聞かせて、由里の様子を見に行くようなことはしなかった。

尚、安全面という意味では、ハーディンのもつ特殊な無線機が証明してくれている。

由里からの『特に異常は無いですよ』という連絡を表す特殊信号は、一定時間ごとにハーディンだけが持つ特殊な無線機へと送信されている。また、由里の部屋は、周囲をビルが立ち並ぶ雑然とした場所へと指定してある。由里がそこにいることを悟られないようにする為にだ。

また、オペレーターからも、今のところ、異常は報告されていない。だからこそハーディンは、態々出向かなくてもいいと判断したのだ。

(…ですが、やはり、会いにいくべきだったでしょうか)

割り切ったはずなのに、ハーディンの心の中には、残念、という感情が確かに存在していた。

こんな感情がどうしてあるのかは分からない。だが『会議開始前に由里に会えなかったことを残念がっている自分がいる』という事実は、覆しようが無かった。

(……おかしいですね。僕はどうして、こんなにも彼女の事を気にかけているのでしょうか……いえ、それを考えるのは後回しにしましょう。今は、目の前のことに集中しなければ……)

脳内の思考を、頭を振って打ち消し、ハーディンは会議に集中した。

だが、所詮は解決を先延ばしにしているだけだと分かりきっている為に、どこかすっきりしない気持ちは、しっかりと心の中に残っていた。
















―――『賢人会議』が現れる事無く、会議は順調に進んだ。

そしてアニルは、この世界の真実を、会議場に居合わせた35000人の人々へと告げる。

―――マザーコアが、魔法士の脳を利用した半永久機関であること。そして、シティ・ニューデリーのマザーコアが、10年ぶりに交換されるという事。マザーコアになるという志願者は、既に存在しているという事。

当然ながら、人々はざわめきだち、会場のなかにこれでもかというもどのよどめきが沸き起こる。

誰も彼もが、隣同士の市民と『どういうことよ』『嘘だろ!?』『知らなかったぞそんな事』などといった単語を並べて、混乱の中、話し合っている。

(―――まぁ、こうなるのも当然でしょうね。それにしてもアニル殿も、はりきった事をしてくれるものです)

周囲の市民達とは違い、ハーディンの心は酷く落ち着いている。ハーディンは、この世界のマザーコアに関しての事実を、10年前から既に知っているからだ。

シティ・モスクワで、望まぬとも、マザーコアにされる魔法士を『マザーコアとして殺す』役割を果たしてきた。恨まれ、憎まれ、無かれ、怒られ、侮蔑されても、ハーディンは、己の道を曲げなかった。

自分のやっている事が正しいなどとは、欠片ほども思っていない。同じ『魔法士』として生まれた仲間を殺さねばならないこの現実に、何度もくじけそうになり、何度も『本当にこれでいいのか』と悩み苦しみ、何度も嘔吐しそうになりながら、それでも、前に進んできた。

そして、シティ・モスクワの、力を持たず、何の罪もない人々が、笑って生きていけるなら、この胸の痛みも耐えられるものだと信じて、ハーディンは生き続けている。

それに、シティ・モスクワのマザーコアには、5年ほど前から―――。

「―――政治とは、断じて神の代理行為ではないのです」

そこまで考えた時、その発言が告げられた――――――その瞬間だった。

「―――ッ!?」

―――会議場のあらゆる照明という照明が一瞬にして途絶え、視界が完全なる漆黒の闇に閉ざされた。














突然のアクシデントに、会場の中に、先ほどとはまた違ったざわめきが沸き起こる。

(―――ついに、動いたのか!?『賢人会議』!)

そんななかでもハーディンの反応は、素早かった。

耳元から口元へとつながっている通信素子に向かって、小さい声で告げる。

「錬君!アニル殿の護衛に―――」

『もう移動してるよ!』

ハーディンがその台詞を言い終わらないうちに、少々ノイズが混じったハスキーボイスが、通信素子を通して返ってきた。

天樹錬。今現在、アニルに一番近い位置に居る筈の魔法士。

ハーディンは錬の素性を詳しくは知らないが、とても腕のたつ魔法士であることだけは確からしい。

(―――さて、どうしましょうか)

ハーディンとて、状況が把握できてない以上、うかつに動けない。

もちろん、漠然と思考に浸っていても駄目だという事も分かっている。

I−ブレインを稼働させて、正確な答えを導き出さんとしたその時に『そいつら』は現れた。













視界のずっと遠くで、光がともる。

漆黒の暗闇の中、天井から一筋だけ伸びたスポットライトが、市民席最上段のさらにずっと上、天井に近い位置から突き出た、作業用と思しき小さなテラスを人々に示す。

テラスの奥、非常扉から、3つの人影が姿を現す。

長い黒髪を頭の両側で編んだ、黒いドレス姿の少女。

二振りの騎士剣を両方の腰に構えた、長い銀髪の白人の少年。

そして、その2人の背後に、影のようにたたずむ、東洋系の青年。

―――直後、市民席のあちこちに配備されていた警備兵が一斉に短機関銃を構えた。

刹那、スポットライトの中から、白人の少年の姿が掻き消える。

あらゆる箇所で同時に悲鳴が上がり、警備兵達が短機関銃を取り落とす音が、完璧に一つに重なり合って響く。

それだけで、ハーディンは何が起こったのかを理解した。

(―――騎士か!?それにしても、なんと早い……これでは、うかつな行動は危険だ…)

目の前で起こった現実に対し、冷や汗が頬を伝う。

「―――ニューデリー市民の皆様に、ご挨拶申し上げる」

会議場に響き渡る、甲高い声。

(―――この声、やはり…あの時の、世界全土へ向けての『賢人会議』の発言の時と同じ……)

「―――我々は『賢人会議』。ただ今よりこの会議場は、我々が占拠させていただく」

跳躍し、テラスの手すりへと着地した、黒いドレスの少女は、眼下の人々を睥睨して、堂々と告げた。

(―――会議場を占拠する!?虐殺者の分際で何様のつもりで発言しているというのですか…『賢人会議』!)

ハーディンの目つきが自然と険しくなり、心の中では強い憎悪の感情が膨れ上がる。腰にかけてある騎士剣に手を伸ばしかけるが、次の瞬間には冷静な感情を取り戻し、剣に触れる直前で手を止める。

(――くっ、本来ならここで真っ先に僕が動くのですが……今のこの状況は拙すぎます。これでは、この場に居合わせた市民35000人を人質に取られているようなものだ……やはりテロリスト……卑劣な手段はお茶の子歳々という訳ですか…)

覆すことのできないこの状況に歯噛みしながら、ハーディンはただ、眼前の光景を見つめるしかできなかった。

















―――その後の展開は、あっという間だった。

アニルが「――――自ら登場とは、恐れ入ります」という発言をした直後から、アニルと『賢人会議』との、政治的戦いが幕をあけた。

まず最初に、この会議の内容が全世界へと放映されることとなった。世界の全ての人々にマザーコアの存在を知らせる為に、との事だが、ハーディンもまた、それに関しては同意できるところがあった。

そも、ハーディンとて、最終的にはマザーコアから脱却しなければならないと考えているのだ。そうであるならば、世界の人々がマザーコアの存在を知ることもまた、この世界で生き抜く為には必要なのかもしれない。

しかしながら、懸念もある。そうなれば『シティで安穏と暮らしていた市民達が、魔法士の命を食いつぶして生きてきたんだ。だから今度はお前らの番だ』などという理屈で、シティ住民に対し、報復という名の大量虐殺を行う魔法士が出てくる可能性があるのだ。だからこそ軍は、シティの住民に対して、マザーコアの存在を隠していたのだ。
















―――双方とも、一歩も譲らぬ論議が続いた。

しかしながら、その会話の中に『賢人会議』が、何の力も持たず、何の罪もない、何百人もの市民を犠牲にしてでも目標を達成しようとする姿勢が見られたことに関しては、ハーディンは口にこそ出さなかったものの、強い憤りを感じずにはいられなかった。

(―――納得しかねますね。たとえ、後に人類全ての為になるであろう大きな目的があれば、市民を犠牲にしてもいいというのか!?やはり『賢人会議』の思考では、それくらいが限度なのか!?つくづく失望を誘う発言だ…)

ぎりり、と、歯を食いしばる音が、ハーディン自身でも聞こえた。

しかし、いまだにうかつに動けぬ均衡状態の為、ハーディンはただ、目の前の状況を見守るしか術がない。

黒いドレスの少女か、銀髪の少年か―――そのどちらかが動けば、現実にして1秒足らずにして、この場にいる一般市民35000人の命が吹き飛ぶのは間違いない。

卑怯で非人道で、だが、確実な手段。有史以来、人質作戦というものは、あらゆる箇所で有効な作戦だという事を、如実に表している状態だった。














―――それから数分が経過し、マザーコアの寿命が、シティ・ニューデリーで残り50年、他のシティでは30年だという事実が、アニルの口から明らかにされた。

市民達の間にはかつてないほどの興奮が沸き起こり、会議の運営委員が『静粛に!』と声を張り上げても全く効果がなく、最早、耳持たず状態に陥ってしまっている。

ハーディンもまた、その発言が出た事に対し、驚愕した。それは、アニルが、このような思い切りすぎたような行動に出たからに他ならない。

(―――マザーコアが、本当の意味での永久機関でない!?どういうことだ!?そして、それをこの場において明かすのか!?アニル殿はっ!)

だが、それと同時に、納得できる部分もあった。マザーコアの正体が魔法士の脳であることを明かしたならば、マザーコアが完全なる永久機関でないことも、この場で、世界中に知らせておくべきなのかもしれない。

しかし何より引っかかったのは―――『マザーコアが、本当の意味での永久機関でない』という事だ。

そう、ハーディンは『その事実を知らなかった』

いつか人類が、マザーコアから脱却しなくてはならないことに関しては知っていたが、まさか、マザーコアに寿命というものが存在する事までは、考えも、予測もまわらなかった。

しかしながら、その後のアニルの説明で、全てを知ることができた。

そう、マザーコアとしての『魔法士』本体は確かに永久だが、マザーコアに備え付ける『部品』は有限ではない。どんな部品であろうとも、使っていくうちに必ず劣化し、寿命がきて、廃棄にいたる。

冷静に考えてみれば、至極当たり前の理屈。

――そう考えると、ハーディンの心の中に発生した焦りの感情は、一気に引いていった。それと同時に、ここにきて、更なる一つの決意が生まれた。

(……何時の日か、なんていう悠長な事は言っていられませんね……完成させなくてはなりません。マザーコアの代わりとなる為のエネルギーを…それも『賢人会議』のような組織に頼らずにっ…)

ハーディンは『賢人会議』が発した『賢人会議』と提携を結ぶという案に関しては、正直なところ、否定的だ。

それは『賢人会議』が、現状では信じるに値しない組織だという考えの下と、『賢人会議』のやり方がどうあがいてもハーディンにとって受け入れられないものであるからに他ならない。

たとえ大きな目的だとしても、そういう大事な問題は、人類みんなが相談した上で決めるべきことであり、決して、一部の力ある者達の独断で決めつけ、無理やり押し付けていいものではない。

そんな横暴な手段ばかりとるような組織を、どうして信じられようか。もう少し、やり方というものはあるはずなのに、力に訴えるようなことしかしないような連中が相手では、生存競争にしかならない。

その間にも会議は進み、アニルが小さく息を吐いた。

「さて、これでとうとう明かされるべき秘密も尽きました。この上は議論を尽くし、市民の皆様に判断を仰ぐのみ。
 …『賢人会議』の主張が人々に受け入れられるか否か、心行くまで舌戦と参りましょうか」

すると。東洋系の青年が、いえ、と首を振り、告げた。

「それは僕としても願っても無いことなのですが……残念ながら時間切れです、閣下」

青年の右手が、すっと目の前に掲げられる。一本だけ立てられた細い指が、リズムを取るように動き、空中に何かのサインをえがく。

「ようやく、こちらの準備が整いましたので」

―――次の瞬間、会議場の扉という扉が一斉に開け放たれた。

刹那の間に、会議場を36等分する位置に設けられた扉からなだれ込んできたニュデリー自治軍の兵士が、味方である筈の警備兵を取り押さえたり、あわてふためく市民に対して銃口を突きつけたりしていた。

「な、何故このようなことが!?」

突然の出来事に、さすがのハーディンも、対応が遅れる。

―――だが、それでも、瞬時にして分かった事が一つある。

それは、この会議場が、味方である筈のマザーコア推進派の兵士達によって制圧されたという事だった。

(―――くっ!)

先ほどよりもさらに動きにくい状態になった現実を認めざるを得ない。耳元の通信素子に手を当ててみるも、酷すぎるノイズのせいで何も受信できそうにない。もしかしたら外を守っているイルやフェイトあたりから連絡があったかもしれないが、こちらがこの状態では、受信は無理というものだった。

それでも、何とか手は無いものなのかと思い、視線をめぐらせると―――とある一箇所に変化があった。

(…ヘイズさんとクレアさんの姿と…あとは、名前は知らないけれど、おばあさんが1人居たはずなのに、今は居ない……まさか、この事態を察知できたのか!?)

この一瞬で、赤髪の青年と、茶髪の少女と、名も知らぬおばあさんに託すしかないと判断。

そして、ハーディンはその一瞬の判断が正しかったという事を、少し後にに知ることとなる。

続いて『賢人会議』の参謀をなのる青年の口から、アニル・ジュレの妹であるルジュナ・ジュレが、裏で極秘に進めていた作戦の全てが暴露された。

それは『マザーコアの交換を成功させながら、同時にこのシティにマザーコア反対の思想を根付かせ、少なくともその芽を残し、マザーシステム推進派を勝利させながら、同時にマザーシステム反対派を『敗北させない』。加えて『賢人会議』を敗北させるという、なんとも物凄く、感服するに値する策だった。

(ルジュナ殿、なんというすごい作戦でしょうか……これがうまくいってくれれば全てがよかったのですが……それに気づくとは、やはり『賢人会議』も偉大でしたか……おそらく、あの参謀は、とてつもない実力の持ち主のようですね……)

ハーディンが感嘆の息を漏らしたその後に、事態は急激な変化を迎える。

『――警告。特急警戒警報を発令します』

機会合成された電子音がスピーカーの向こうでそう宣言する。会議場の中央に浮かんだ12枚の立体ディスプレイに、真っ赤な『警報』の文字が映し出される。

ハーディンの視線がそちらに向いた。否、ハーディンだけではなく、この会議場に居合わせた全ての人々の視線が、その赤い『警報』の文字へと向かった。

瞬間、待ち構えていたかのように、指をはじく小さな音が警告音にまぎれて響く。

その小さな音が鳴った次の瞬間に、中央にある台座が、不安定にぐらりとゆれる。その上に乗っていたアニル達が、バランスを崩して倒れそうになるが、誰一人として倒れた者はいなかった。

続けざまに、第2、第3の小さな音が響き、中央の台座を支える部分が完全に崩壊する。

(…これは、一体?)

ハーディンには、この現象の正体がつかめない。せいぜいが、もしかしたら、これが、ヘイズ或いはクレアの能力かもしれないという判断ができた程度だ。ハーディンは、ヘイズやクレアの能力の正体を知らないのだ。

ちなみに、中央の台座を支える部分が完全に崩壊した時、I−ブレインを持たないマザーコア反対派の人々は、推進派の魔法士によって助けられていた。その事に、ハーディンは素直に安堵する。

そして次の瞬間、アニルの護衛役である錬が、ここに来てようやく動いた。

主席執政官であるアニルに向けて、錬が手を伸ばす。

同時に『賢人会議』側の銀髪の少年が動き、一瞬にして6つの斬撃を放つ。

6撃目で銀髪の少年の体が大きく跳ね飛ばされ、銀髪の少年の姿は、アニルの妹であり、シティ・ニューデリーのマザーコア反対派であり、実はアニルの為に全ての準備を裏で整えていたというルジュナの真横に降り立つ。

続いて、錬はアニルの体をその細い腕に抱え、跳躍しようとしたところでツインテールの黒髪少女に、投擲ナイフによる迎撃をもらうが、同時に鳴り響いた小さな音により、投擲ナイフは砂のように崩れ落ちる。

その後に繰り広げられた魔法士同士の戦いにより、天井の照明が全て破壊された。

だが、錬は『賢人会議』の迎撃をかいくぐり、なんとか外への脱出を図ることに成功した。












(―――これで、アニル殿の安全は確保されましたか…錬君、よくやってくれました)

本当なら、少しでも他の人達を助けるべくハーディンも動きたかったのだが、状況が状況なだけに動けなかった。周囲には大量の魔法士がいる。それも、今の状況下では全て敵だ。

だが今、ハーディンの周囲には、幸いにも誰もついていない。とりあえず、とばかりに、駄目元で通信素子の通信機能をONにする。すると、ノイズが比較的和らいだ状態であることが確認できた。

そのまま、ハーディンは、とある人物に連絡を取る。つい昨日来たばかりのハーディンの仲間達の通信までもが盗聴される可能性は低いと考えたからだ。

待つこと2秒、すぐに反応があった。

『誰だ!?』

「フェイト…聞こえますか?」

『ハーディンか!?聞こえてんぞ!一体全体どうなってやがる!いきなり会議場の中が見えなくなったと思いきや、今度は、会議の続行を求めるシティの住民共が、シティ・ニューデリーの自治軍の奴らと衝突を始めやがったぞ!』

焦りを含んだ、フェイトの声。やや怒りが混じっている口調なのをみると、どうやら、フェイトの方でも大変な状況になっているらしい。

「…『賢人会議』になにもかもやられました。とりあえず、アニル殿は脱出に成功いたしました。おそらくこの後は、アニル殿はマザーコアとして、マザールームに向かうでしょう。ですが『賢人会議』が、それを呆然と見ているつもりは先ず無いはずです…ですからフェイトは『賢人会議』の連中を目の当たりにしたら……問答無用で戦ってください」

『もとよりそのつもりだ。心配すんな。いざとなったら、あの小娘を人質に出せばいい。今はまだ出せる状況じゃなかったから出さなかったんだろ?』

「ええ、彼女は、『森羅』とやらが本気を出した際の切り札ですから…あと、それと……できれば、市民と自治軍の戦いを止めて下さい。できれば、誰も殺さない形でお願いします。これから、デスヴィンにも、連絡がつき次第、同じ事を伝えますので、もし偶然であったとしたら、協力してください。ある程度収まったと思ったら、あらかじめ伝えておいた非常用の建物へと非難を開始してください――以上です」

因みに、『彼女』とは、『賢人会議』側の魔法士である、金髪ポニーテールの少女のことである。午前中にフェイトは偶然にも彼女と出会い、彼女を捕らえることに成功したらしい。今は、マザーコア賛成派の一室に軟禁してあるはずだ。無論、シャロンの能力で怪我を治して、である。

『……うお、めんどくさそうな依頼じゃねぇかおい。んだが、まぁ、やってみるとするぜ。んで、お前はどうすんだ?』

「僕は、市民の皆さんの安全を確認したら、隙を見てここから脱出します。おそらくですが『賢人会議』も、シティの市民を生贄にしてアニル殿を誘い出すという手までは使わないと思いたいのですが……」

『…そうか。お前がそういうならがんばれとしか言いようが無いな……しかしよ、お前もとことんお人よしだなぁ。シティ・モスクワの住民ならともかく、ここはシティ・ニューデリーだぜ』

「シティの違いこそあれど、市民は市民です。何の力も持たず、戦争が始まってしまえば真っ先に犠牲になってしまうのは、他ならぬ彼ら、彼女らです。だから僕は、彼らを、彼女らを守るんです。持って生まれた、この力を使ってでも…それが、僕が戦う理由です」

『んー、おれには理解しがたいけど、まぁ、これだけは言っておくぜ―――生きて出てこいよ』

「ええ、無論、僕もこんなところで死ぬつもりはありませんから…では、これで」

『ああ、後は、大船に乗ったつもりで任しとけ』

ノイズが少々混じった状態だったが、どうにかしてフェイトとの会話は成立した。

だが、後1人、連絡をするべき相手がいる。

ハーディンは通信素子を起動し、フェイトとは別の、もう一つの番号を入力する。

ざーざーという、耳障りなノイズ。3秒ほどの間を空けて、応答があった。

『こちらデスヴィン・セルクシェンド…応答した』

無機質な答えが、通信素子を通して返ってきた。

「デスヴィンですか!?今、どこにいます!?」

『ハーディンか。所定の位置から全く動いていない……そして今、目の前ではシティ・ニューデリーの自治軍と、シティ市民が小競り合いを起こしている……会議が中断されたことに対する怒りと、会議場に家族がいる不安で我を忘れているのかもしれん」

「やはりそうなってますか……『賢人会議』の仕業により、あちらこちらでシティ・ニューデリーの自治軍と、シティ市民がぶつかり合っています。なんとかして、その戦いを止めて下さい。ただし、決して誰も殺さない、という条件で、です。そして、ある程度収まったと思ったら、あらかじめ伝えておいた非常用の建物へと非難を開始してください。フェイトにも同じ連絡をしてあるので、もし出会ったら、協力をお願いします」

『承知した』

簡潔な返答。

「ええ、では」

ハーディンは通信素子を一旦切り、今度はイルへと連絡を試みるが、一向につながらない。ヘイズやクレアや錬や月夜やシャロンも全てアウト。加えて、なぜか由里までつながらなくなっている。

結局、この場においては、2人だけにしか連絡できなかった。

(……2人に連絡できただけでもよしといたしましょうか…さて、会議場の方はどうなりましたか?)

視線を戻すと、中央の台座では、ルジュナをはじめとするマザーコア反対派の6人が、近場に居た兵士によって身柄を拘束されていたところだった。

助けに行きたいのは山々だが、今、うかつに動くべきではない。まだまだ予断を許さぬ状況であることには変わりは無いのだ。

(……ここは一旦様子を見るしかないようですね。この状況がどう動くか、それ次第で僕の行動は変えなくてはなりませんから)

この状況下でありながらも、ハーディンの頭と心の中は、とても冷静だった。このような状況下であるからこそ慌ててはならない。どんな軍隊でも、初歩の初歩で習う事だ。

ハーディンはただ心を落ち着かせて、目の前の状況に集中することにした。









【 + + + + + + + + + 】














同時刻、シティ・ニューデリーの税関に、少年と少女の2人組の姿があった。

「……一体全体、何がどうなってるんだ、これは……シティ・ニューデリーの会議のさなかに、あの『賢人会議』が乱入してきて、色々と問答が起きて、その中には錬の姿もあって、しまいには突然会議の様子が見れなくなったと来て……ここまでめぐるましく変わるような状況が、あっていいものなのか!?」

シティ・ニューデリーの税関を通り抜けた先には、市民と自治軍らしき兵士がぶつかりあっている光景が、あちらこちらで広がっていた。

黒い服に身を包み、腰には二本の日本刀を携えた、黒髪の少年が、呆然として呟く。

「……論、どうするの?」

エメラルドグリーンの髪に、ピンク色のリボンを片方だけにつけ、青系の服と、白いスカートに身を包み、腰には2本の小さな騎士剣を携えた少女が、小さな声で、隣に立つ黒髪の少年に、震える声で告げる。因みに、隣の少年とは、頭一つ分くらいの身長差がある。

「そうだな…先ずは、目の前の無益な争いを止める事から始めてみる。後は、近くに避難ができそうな場所があれば、そこに逃げ込むだけだ…当面の予定はそれで決定だ――――いくぞ、ヒナ!安心しろ、オレは誰も殺さないから」

同時に、論、と呼ばれた少年が駆け出す。

「…はい!」

少しだけ元気を取り戻した声で返答し、ヒナと呼ばれた少女が、その後に続いた。








【 + + + + + + + + + 】













「……あの子、天樹……論……どうして、ここに……」

全身をフードで身を包んだ人物が、誰にも聞こえないような小さな声で、口元に手を当てて呟く。

視界に移った黒髪の少年の姿を、見間違えるはずも無かった。何故なら、彼―――『天樹論』をこの世に誕生させたのは、他ならない自分だからだ。

その近くにいた、ヒナ、と呼ばれたエメラルドグリーンの髪の少女は、おそらくだが、論の彼女だろう。

(そっか、あの子、彼女を作ったのね…)

心の中にわきあがってきたのは、うれしいという感情。涙が出そうになったが何とかこらえた。

―――だが、それでも、論の目の前に現れる気にはならなかった。

何故なら自分はたくさんの『罪』を犯した身だから。そして、この後、とある罪を償うと同時に、とある人物に、自らが犯した過ちを無理やりにでも償わせる予定となっている。

とある人物から『シティ・ニューデリーにいる』という連絡を貰い、態々ここまで来たのだから。

(―――さて、と、感動に浸るのはここまで、そろそろ、行きましょうか…全てを償う為に。そして、全てを償わせる為に!)

名残惜しさを心に残したまま、フードの人物は、論とヒナが向かったのとは反対の方向へと、静かに歩き出した。


























<To Be Contied………>















―【 キャラトーク 】―









由里
「…あ、あれ?今回は私?」

シャロン
「私もいるなの」

由里
「いつの間にか突然キャラトーク要員にされちゃうシステムに変更されてますから、困っちゃうのです、シャロンちゃん」

シャロン
「でもそれって、少し前の話で、ノーテュエルとゼイネストが(レシュレイの見間違えでなければ)生きているって事が明かされたからそうなったなの……だから、本編でも、早く再会したいなの」

由里
「シャロンちゃん、本当に良かったですっ」

シャロン
「はい、嬉しいなの」








由里
「じゃあ、本題ですっ。
 今回は、WB6巻(下)での、シティ・ニューデリーの会議の流れを、会議に参加したハーディンさんの視点で見た流れでした」

シャロン
「ちなみに、どうしてこうなったかっていうと、FJでやりたいことをやろうとしても、この段階で『賢人会議』とどこかで戦おうっていう流れにはなかなかできなかったから、なら本編の流れを汲んで、そこにハーディンさん達を組み入れてみたらうまくいくんじゃないかって考えた末での展開だった……というわけなの。成功かどうかは分からないなの……」

由里
「あ、それと、WB6巻(下)に比べると、全体的な会議の描写がやや簡易になってるのは、さすがに本文全部を再現していたら、いくら時間があっても足りないだからだそうですっ」

シャロン
「それでも、ある程度は同じにした箇所もあるなの。何が起こっているのかを、最低限、読者の皆さんに分かるように配慮しないといけないなの」

由里
「そして…ハーディンさんは今まで、マザーコアに寿命があるって知らなかったのですか…でも、その割には、あまり驚いていないような印象を受けたです」

シャロン
「もしかしなくても、マザーコアを扱う職業に就いている時点で、ある程度は気づいていたかもしれないなの。で、それが、アニルさんの発言で、明確化されたんじゃないかって思うなの」

由里
「後は…『賢人会議』に対するハーディンさんの気持ちが再確認できたですっ。やっぱり、私と同じような感情を抱いていたって事が、改めて分かったですっ」

シャロン
「だから由里さんと気があったかもしれないなの」

由里
「後は…デスヴィンさんとフェイトさんに連絡をとって、ハーディンさんは目の前の状況しだいで動くっていう事態に陥って、ここで今回の話は終わりって流れだったです」

シャロン
「この後の展開が凄く気になるなの。いいところで区切られたと思うなの」

由里
「でもでも、一番注目したいのは…久しぶりにお兄ちゃんが出てきたこと!」

シャロン
「どうしてシティ・ニューデリーにいるか…については本編では触れられなかったみたいだけど……以前のラジエルトさんのお話から考えると、シュベールのお墓参りを終えて来たところみたいなの。後は、早く由里さんと会えるといいなの」

由里
「うん!」

シャロン
「で、最後に出てきたフードの人は何者なの?罪を償うとか償わせるとか言ってたけど、よく分からないなの」

由里
「その辺は……今度の展開待ちとしかいえないと思うのです……今回のお話をまとめると、こんな感じですっ」

シャロン
「次回は『天使は、治すのが仕事です』なの!」











<To Be Contied〜>








[作者コメント]



WB六巻の流れを、そのまま組み込んでみました。

物語の流れの都合上、こうでもしないと、何時まで経ってもお話が進まないので……^^;





……さて、WB読者の皆様なら、この後の展開がどうなるかは分かっていらっしゃるでしょう。

作者としては、その流れも強襲していこうと思っております。

(そうしないと、やりたいことに結びつかせることが出来ないので……^^;)




ではでは。




<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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