FINAL JUDGMENT
〜否定してきた過ち〜















シティ・ニューデリーの『マザーコア反対派』の一室は、白一色で塗り固められた無機質なものだった。

黒髪の少女、天樹由里は、その一室の中央で椅子に座り、顔を俯かせていた。

うなじにはノイズメーカーをはめられ、頼みの綱の自分のパートナーである『ゲイヴォルグ』も取られてしまった今、由里に出来ることは何も出来なかった。これから始まるであろう取調べに対して、素直に答えるしか道はない。

目の前にいるのは、机の上で両手を組んで、にこにこと笑みを浮かべている、眼鏡をかけた黒髪の青年。名を、天樹真昼というらしい。

そして、由里の背後には、無言で立ち尽くすサクラの姿。

この部屋には、今、この3人しか居ない。

―――数十分前、由里は、突如として自分のいる部屋へと潜入してきたサクラと戦い、見事に負けて、シティ・ニューデリーの『マザーコア反対派』の一室に連れてこられた。

サクラがシティ・ニューデリーの『マザーコア賛成派』の由里が居た一室から、この『マザーコア反対派』の一室まで移動する間に、誰一人、人がいなかった。おそらく『賢人会議』が裏で手を回し、サクラの移動経路を確保したのだろう。

最も、助けを呼ぼうとしても、口にはさるぐつわをはめられていた為に、声を出せる訳も無かった。さるぐつわをはずされた今、口にその痛みは残っていない。
















―――この部屋に連れてこられてから、ひたすらに沈黙が続いた。

脳内時計が起動できない為に、何分が経過したかは分からないが、それでも、だいたいの感覚で、4分は経過してるんじゃないかと思う。

もちろん、由里とて、このまま沈黙を保ち続けるわけにはいかないことくらい分かっていた。なんとかしてここから逃げ出して、シティ・ニューデリーのマザーコア賛成派のいる場所まで戻らなくちゃと強く思っている。

だが、現実に考えて『賢人会議』がそれを許してくれるわけが無いという事も、同時に理解できていた。だから、今は機会を待つしかないと判断している。

いっそのこと、やけになって『殺したいなら殺せばいいじゃない!』と叫ぼうとも思ったが、虚勢以外の何者でもないし、本当に殺されかねないのでやめにしておいた。

「……んー、とりあえずこのまま黙っていても埒があかないから、僕から話すよ。サクラもそれでいいね」

「好きにしろ」

ぶっきらぼうな口調で、サクラはただそれだけを告げた。

「相変わらずだねぇ、サクラは……まあいいか、じゃあ、続けるね」

あはは、と苦笑しながら、眼鏡をかけた青年は続けた。

「君は―――天樹由里、って言ったよね。僕が君に聞きたい事は山ほどあるんだけど、まずは真っ先に知っておきたいことから順々に聞いていくことにするよ」

「……」

由里は答えない。答えたくなかったからだ。

「そんな風に顔を俯かせていても何にも変わらないよ……だから」

「大人しく諦めたらどうだ?ならば、私がその気にさせてやってもいいのだが」

「え?……ひっ……」

刹那、ぴたり、と、頬に冷たいものが押し付けられる感覚。ぞわり、と、背筋に冷たいものが走った。

部屋の電灯の光を反射して輝くそれは、サクラの愛用のナイフだ。

一瞬にして、心の中が恐怖で塗りつくされ、泣きそうになるが、泣くもんですかという毅然とした意思が働き、すんでのところで泣くのをこらえる。

「……サクラ、そんな物騒なものを出しちゃ駄目だって。まずはそれをしまってくれない?」

「しかし真昼…」

「そんな暴力で脅したって、その子はきっと何も喋らないよ。第一、戦う為の力を一切発揮できないその子に対して、サクラだけが武器を持って接するなんて、それはちょっとフェアじゃないんじゃないかな?」

にこにことした笑顔を保ちながら、真昼はそう告げた。

「……仕方ないな」

ふぅ、と小さくため息をついて、サクラは由里の頬から、つい今しがたまで押し付けていたナイフを離す。頬につめたい感覚がなくなり、由里は心の中で安堵の息を吐いた。

「そう、それでいいの。で、話を元に戻すね。まず、僕が真っ先に聞きたい事は……どうして君が『天樹』なのかって事からかな」

「…それは」

由里は迷っていた。自分の出生を、目の前の男に話していいのか、と。

もちろん、全てを洗いざらい話すほど、由里もお人よしではない。

そういう訳で、由里はとっさに脳裏にひらめいた言い訳をすることにした。もちろん、嘘をつくことに対しての抵抗はあったが、それでも、全てを真っ正直に言うよりはましだと思ったからだ。

「え、えっと……き、きっと偶然なのですっ。ほ、ほら、日本人には天……」

「サクラ、もう一回ナイフを頬に当ててあげて」

「……いいのか?」

「嘘をつくような悪い子にはおしおきしなくちゃね。さて、次は本当のことを言ってくれると助かるんだけどねぇ」

血も凍るような、能面のような笑み。

ぴたり、と、由里の頬に再び冷たいナイフが押し当てられた。サクラが少しでも力を込めれば、白い肌には赤い線が走り、血がにじみ出るだろう。

再び背筋に冷たいものを感じた由里は、体が震えるのを抑えることが出来なかった。

「……う、うう」

「嘘をつかないで、正直に言ってくれると助かるんだけどね。僕だって好きでこんな事してるわけじゃないよ。だた、君が正直に言ってくれればそれでいいんだよ」

「……」

このやりとりだけで、観念するしかない、と由里は悟った。

おそらく、自分がどんなにうまく嘘をついたところで、この青年は全て見抜いてくるだろう。

加えて、これ以上嘘をついたら、今度は何をされるか分からない。このナイフの突き付けは『今はまだ許すが、まだ嘘をつくなら容赦はしない』という警報の表れなのだろう。

「……嘘をついて、ごめんなさいですっ……私は、私を作ってくれた科学者に『天樹由里』って名前を付けられたんです。本当なんですっ……嘘なんかじゃないですっ……信じてください……」

ナイフを突きつけられたという恐怖で半ば涙声になりながら、由里は自分が知る限りの事実を口に出す。

「うん、最初からそう言えばいいんだよ。ああサクラ、ナイフはもう閉まっていいよ」

「分かった」

再び、サクラのナイフが頬から離される。

「……え?信じて、くれるの?」

「今の君の目には、一欠けらの嘘も混じってないって分かったからね。これでも僕は、人を見る目はあるつもりだよ……さて、次の質問だ。君は一体、どこで生まれたの?そして、誰に育てられたの?まさか、生命維持層の中から独りだちしていたって事は無いと思うけど……」

これに対しても、由里は、正直に答えることにした。

「……アメリカ地方の地下にある研究所で生まれました。私は、しばらくの間、そこで一人ぼっちで培養層の中ですごしてたんです……」

真昼に説明しているその間にも、由里の脳内では、由里が培養層の中で目を覚ました時の記憶が、鮮明に思い出されていた。

―――こぽ、という小さな音と一緒に、ピンク色の培養液に気泡が出現して、すぐに上に上がっていって消えうせた。

脳内にあったのは『天樹由里』という名前と、生きる為に必要な一般常識用の知識。

何故か時間を感知する事ができたので調べてみると『2196年11月1日』という答えが返ってきた。

この機能の名前が『脳内時計』だと知ったのは、後のことだった筈だ。

意を決しておそるおそる目を開けると、目の前には誰も居なかった。

生命の息吹を全く感じさせない部屋。

由里を閉じ込めるように存在する白い壁、何に使われるのか分からない機械の数々。

無機質な音を立てるのは、培養槽に繋がれたチューブの先にある生命維持層によるものだろう。

目が覚めたばかりのせいか、覚醒しきっていない頭がぼうっとする。

桃色の用水のなかにたゆたい、しばらくぼうっとしたまま目の前を見つめる。

由里以外に人の存在しない孤独な世界。

当然ながら、命令どころか声一つ掛けられる事すらない。

だが、その内に心の中に何かがこみ上げて来て、瞳の端から一滴の涙が零れ落ちる。

だけど、培養層の中で涙を流しても直ぐに溶けてしまった。

それでも、涙は後から後から次々と流れ出てきて、そして形を成さないまま培養液に溶けていく。

寂しかった。

たった一人っきりでの孤独な目覚めは、とても寂しかったと、思い返すたびに、今でも悲しくなる。

「……泣いてるね」

「…え?」

真昼に指摘されて、由里は初めて、自分が泣いていることに気がついた。過去のさびしかった記憶を呼び起こしているうちに、自然と涙が流れてきたのかもしれない。

「一人きりで生まれるのって、誰にとってもとても悲しい事だよ……さて、続きを聞かせてくれないかな?君は、誰かに出会えたの?」

「……人のよさそうな初老の夫婦に出会いました。リースお爺ちゃんとサフィアお婆ちゃんですっ。とても…とてもやさしいお爺ちゃんとお婆ちゃんでした……」

今はもう居ない、とても、とても優しかったお爺ちゃんとお婆ちゃんの顔を思い出すと、それだけで涙が目じりに溜まる。

そして、そのお爺ちゃんとお婆ちゃんが死んでしまった原因を作ったのは―――。

「ふむ、じゃあ君は、すごくいい出会いをしたというわけなんだね」

真昼は手元においてあったノートに、鉛筆でさらさらと何かをメモすると、うーん、という声と共に、何かを考えるしぐさを取る。

3秒後に。真昼は次の質問を由里に投げかけた。

「じゃあ次。君を育ててくれたっていう、その、お爺ちゃんとお婆ちゃんは、今どうしてる?」

「っ!」

心臓が、どきっと高鳴った。

同時に、冷たい何かが、心の中へと流れ込む。さらに、それがトリガーとなったかのように、今度は強い憎しみの感情が沸いてくる。

何も知らないとはいえ、由里は、由里にとって逆鱗に等しき場所に、出会ったばかりの青年に簡単に触れられた。その事が由里の感情をつき動かし、口を開かせた。

「………殺されたんですっ!シティ・ニューデリーに突然攻め入ってきたサクラのせいで!
 私は、シティ・ニューデリーで平和に暮らしたかっただけなのに!サクラは私から大事な家族を奪っていったんですっ!」

心のうちに溜まった何かを吐き出すように、由里は叫ぶように声を張り上げてそれを告げる。

刹那、由里の脳内に、その時の記憶が蘇り、涙が一滴、頬を伝って流れ落ちた。

今思い返しても、胸が張り裂けそうになる記憶。

―――その悲劇は、ある日、前置きも何も無しで突然にやってきた。

シティ・ニューデリーで過去にあった、何者かの襲撃事件。平和だった街はたちまちのうちに戦場と化し、軍の人間と何者かの戦闘が始まった。

黒衣に身を包んでいた、何者かの中のリーダー格らしき者が乱射した銃により、逃げる最中にお婆さんは流れ弾を数段浴びてしまった。

反射的に由里が「お婆さんっ!!」と叫んでいたのが聞こえたらしく、お婆さんは由里に笑顔を見せて、そのまま倒れこみ、そして息を引き取った。

お婆さんが死んだ時、心の中が空っぽになったような、そんな感覚を覚えた。お爺さんが喝を入れて立ち直らせてくれなければ、ショックで呆然としていた由里は、そのまま銃弾を浴びて死んでしまっていたかもしれなかった。

その時の由里には、自分の能力の使い方というものがよく分からなかった。戦う為ではなく、専ら生活の為に能力を使っていたから尚更の事だった。

『身体能力制御』と『運動能力制御』により、戦場に横たわるお婆さんの遺体を回収するのが精一杯で、お婆さんを殺した傭兵達と戦うなんて事は出来っこなかった。

そして、お爺さんは、戦いにより崩れ落ちてきた建物の瓦礫から由里を庇って下敷きになり、致命傷を負ってしまった。

誰が見ても助かりようの無い事は、明確だった。

「…お爺さんっ!!お爺さんっ!!!」

「…く、若いモンにはまだまだ負けんぞとおもっとったが、どうやらこれまでか…がはっ…」

お爺さんが血を吐いた。血を吐いて、激しく咳き込んだお爺さんは、自分の兄について、そして、自分の事について語ってくれた。

自分には兄夫婦がいて、その夫婦が軍の研究者であった事。

何人もの子供を、研究の名の下に切り刻んできた事。

それが恐ろしくなって逃げ出し、最後に一人の少年との楽しい思い出を作れたこと。

その子供が今は二十三歳になって、生きているという事。

また、兄夫婦が研究者であったが為に、その弟夫婦である自身は魔法士についての知識を持っていた事。

由里の事を見つけたのは偶然ではなく、孫を亡くした数日後に見知らぬ若い人が突然尋ねてきて『あなた達に、亡くなったお孫さんの代わりにといっては何ですが、一人の魔法士を人間として育てて欲しい』と言った事。

半信半疑でその通りにして、教えられた研究所へ言ってみたら、培養層の中で泣いている由里を発見した事。

その時に、自分達の手でこの子を守ろうと決意した事。

由里と過ごした一日一日が、とても幸せだった事。

最後に、とても楽しい思い出が出来た事。

口元を血で赤く染めながら、老後でいつ死ぬか分からなかったとはいえ、こんなに早く死が訪れるとは思わなかった今の現状を笑い飛ばした。

失った孫の代わりに由里が来てくれた時は、まるで、死んだ孫が生き返ってきたようだったようだったと、優しい一年間をありがとう、と、蒼白を通り越して真っ白な顔で、お爺さんはっきりと告げた。

「―――無理じゃよ、最早、儂は助からん。だから、よく聞くんじゃ由里。今のこの世の中では、戦う事は絶対に避けられない事じゃ。
 そして、お前が持って生まれたその力は、そこんじょいらの普通の魔法士じゃあ絶対に所持など叶わぬ能力じゃ。
 『魔術師(メイガス)』…それがお前の能力じゃ。本来なら書き換え不可能なI−ブレインを後天的に書き換えることの出来る、世界でたった一種類の、天樹の血族のみが持つ能力じゃ。お前の能力の詳しい事については、儂の部屋の机の中の小さな金庫に全てが入っている。パスコードは…儂らの大切な孫娘の名じゃ…。
 じゃが、お前には戦いの道など歩んで欲しくなかったから、儂らはその事を黙っていたんじゃ」

次々と、今の今まで黙っていた事を告げてくれた。

この世の者ではなくなる前に、燃え尽きそうな命の炎を燃やして、由里に全てを伝えてくれた。その時になって、由里は自分に『お兄ちゃん』がいた事を知ることができたのだった。

「兄貴の口癖の受け売りじゃが、何が何でも生き続けろ。それで何になるのかは儂にもわからんし、苦しいだけかもしれん。この先どんなに頑張っても、いい事なんかひとつも無いかもしれん。
 それでも生きろ。生きて、突っ走って、這い蹲って、そして笑え――――――って、兄貴はいつも言っていてな。
 儂らが死んだからって、後を追って死ぬなどという事は絶対にするな。お前はまだまだ若い。出来る事がいっぱいある。その可能性をむざむざと摘み取るような真似は絶対にするのではないぞ。
 …はっはっは…兄貴と同じ道など歩きたくないと思っておったんじゃが、結局はこうなってしもうたか…さらば…じゃ…儂らの……かわいい…」

由里、と、最後にかすれた声で一言を漏らした………それが、由里が最後に聞いた、お爺ちゃんの声だった。

――その時、由里は決めたのだった。

お爺ちゃんとお婆ちゃんの敵を討つと決めたから。

自分のような犠牲者をこれ以上だしてはならないと思ったから。

「……シティ・ニューデリー……まさかそれは、シティ・ニューデリーのごく一部の人間が、極秘でマザーコア用の魔法士を開発していた時の話か!?なら貴女は、あの時の犠牲者だというのか!?……だが、それなら、今までの私に対する行動も納得がいく……」

サクラの声には、驚きの感情が混ざっていた。

「間違いなく、その時だと思います……だからサクラ、私はあなたが大嫌いなんですっ!そして、だからこそ、私は、あなたの行動による犠牲者をこれ以上出したくないって思ったから、動いたんですっ!これ以上なく自分勝手な理屈でみんなを不幸にするような人を野放しにしちゃいけないって思ったから!戦争がしたいなら、無人島でやればいいのに!『賢人会議』が矛盾と独善と偽善とひらきなおりに満ちあふれている反社会的行為を平然と行うテロリストであるというだけで、私にとっては戦う理由になるですっ!
 そして、それより何よりも許せないのは…とある孤児院に住む、罪も何も無い無邪気な子供達の命を奪った事!そして、私を育ててくれたお爺ちゃんとお婆ちゃんの命を奪った事!
 そしてこれは、私に限ったことじゃない。この前のシティ・メルボルンの『賢人会議』の襲撃のせいで、親を失った子供は沢山居ます!愛する子供を失ったお父さんやお母さんだってたくさん居ます!
だけど、それを知っても尚『賢人会議』は己の活動を辞めようとはしない。あれだけの被害と悲劇の先にあっても、尚、強情かつ傲慢に己の道を歩もうとする!そんなのは絶対に間違ってるって、そう思ったからっ!」

しゃくりあげながら、両腕で涙を拭う。

由里は心の中にある感情を、すぐ近くにいるサクラへと解き放つ。声に憎しみの感情が入り混じっているのが自分でも分かるが、元より由里はサクラを憎んでいると自覚できているから特に問題はないと思って、言いたいことを矢継ぎ式に次々と言い放つ。

お爺ちゃんとお婆ちゃんを殺した直接的な原因が、目の前にいる……そう思うだけで、憎しみの念が次々とあふれ出る。

「……なるほど、納得したよ。どうして君がそこまでサクラを憎んでいるかってことがね。孤児院の子供達が犠牲になったってことなんでしょ?まぁ、それは確かにサクラを憎む理由になるね。あとは、君を育ててくれたっていう、お爺ちゃんとお婆ちゃんの件もそうだ。なるほどなるほど、確かに、私情が入り乱れてるけど、筋の通った正当な理由ではあるね」

真昼が、静かな声でそう告げた。

「……じゃあ、今度はちょっと違う質問だけどいいかな?前に、僕らの隠れ家にシャロンって子が来て、その時にマザーコア用の魔法士の子供達をさらっていった時に、裏で手引きしていたのは君なのかな?」

続けざまに、にこにこにこ、と、能面のような笑みを浮かべながら、真昼は由里へと問う。

「正解ですっ。あの時、シャロンちゃんと協力していたのは私ですっ」

真昼に向き直り、由里ははっきりと告げた。事実であることと、そこまでばれている以上、態々隠す必要性は何処にも無い。

……だが、そう告げた刹那、真昼の由里を見る目つきが、鋭くなったような、そんな感じがした。

「…僕が分からないのは、そこなんだよ。さっきから君の話を聞いていると、君は、自分と自分の周囲の人間が無事なら、マザーコアにされる魔法士がいくら苦しもうが、泣こうがわめこうが、全く関係ないって言っていうように聞こえるんだ」

「……なっ!」

思いもよらぬ真昼の発言に、由里はすかさず反論する。

「そ、そんなことないっ! 私は、本当は人間も魔法士もどっちも助けたいですっ!
 でも、そんな事が出来たら、今みたいな事は、マザーコアによる人類の存続なんて事は絶対に起こり得ない。
 だけど『賢人会議』のやり方だと、助かる命の数が明らかにおかしくなっちゃう!一人の子供の為に、何人もの他の子供を犠牲にする…そんなのは絶対に間違ってる。だって、一人を助けて百人を殺すのよ。どう考えても納得できないですっ!
 命を数で図る事は、決していい事なんかじゃないって分かってる。でも、生きていく以上、どうしても何かが犠牲になっちゃうなら、その為の犠牲は少ないほうがいいって、そう思うだけですっ!」

心のうちを一気にまくしたてる。

「……んー、色々といいたいことはあるけど、その前にもう一個質問するね。
 君は、マザーコアについて結構いろいろ知っているみたいだけど、どこからその知識を経たのかな?」

「……お爺ちゃんとお婆ちゃんが教えてくれました。お爺ちゃんとお婆ちゃんは、元々、軍関係の人間だったそうです。
 この世界は、マザーコアっていう、魔法士の脳を犠牲として生きているんだって…。その為に、毎日毎日、多くの子供達が作られて殺されているって聞きました」

「……そこまで分かっているのに、君はどうしてマザーコアになる運命を逃れたはずの子供達を、再びマザーコアにするような真似をするのかな?」

「ま、マザーコア用の魔法士の子供達が居なかったら、シティの人達が、みんな死んじゃうですっ!みんな、何も知らないのに、いきなり死んじゃうなんて嫌ですっ……」

「じゃあ、なんで皆がマザーコアのことを何も知らないの?」

「軍がマザーコアに関する情報を最高気密にしているから仕方がないかもしれないです。だって、もし、マザーコアの正体が魔法士の脳を利用した永久機関だって知ったら、悪意を持った魔法士が『今まで自分達はシティの住民達を生かす為に殺されてきた。だから今度はお前達が死ね』みたいなことになっちゃうからだと思います。それを防ぐ為に、そうするしかないと思うのです」

そこで初めて、真昼が顎に手を当てて小さく頷いた。

「なるほど、一理ある…というよりは、十二分にありえる事だね。
 とりあえず、今までの質問で、君が、本当にシティの人間達を想っているって事は分かったよ。でもね、正直、納得できないところもあるんだ」

「―――なっ!わ、私の考えの何処に納得できないところがあるんですかっ!た、確かにあなたは『賢人会議』の人間だから、シティのやり方に対して納得の出来ない人間なのかもしれないですけどっ!」

かちんと来たので、即座に言い返した。

「いや、そうじゃなくてね……君は、今まで考えたことはなかったの?」

「何をですかっ」

由里の反論には殆ど反応を示さず、少しの『間』を置いて、真昼が告げた。










「……自分がマザーコアにされる可能性を、だよ」










どきり、と、心臓がなった。だが、由里にあせりの感情はなかった。なぜなら、そのことについては、由里の心の中で、とうの昔に答えが出ているからだ。

「だ、だって…だって!私、お爺ちゃんとお婆ちゃんに言われたんだもん!このシティ・ニューデリーでは、強制的に誰かをマザーコアにした事はないって!だから、シティ・ニューデリーにいる限り、私がマザーコアにされることはないし、万が一のことがあっても、私をマザーコアにしないようにあらゆる手段を使って守ってくれるって、そう言ってくれたんですっ!」

―――そう、由里がシティ・ニューデリーに来てから少し経った時に、お爺ちゃんに頭をなでられながら、確かにそういわれたのだ。そして今、由里は、言われたことを、原文そのまま口にした。

『心配せんでもええんじゃ。このシティ・ニューデリーでは、強制的に誰かをマザーコアにした事はないんじゃ。だから、このシティ・ニューデリーにいる限りは、由里はマザーコアにはならなくて済むんじゃ。だから、由里も絶対にマザーコアにはなるなんて、考えてはいかんぞ』

それは、お爺ちゃんとお婆ちゃんの教えの中でも、特に強く記憶している教えだった。

―――だから由里は、考えなかった。考えるなと言われたから考えた。お爺ちゃんとお婆ちゃんを悲しませたくないから、そんな事を考える事をしなかった。しないまま、ずっと、ずっと、脳の奥底に閉じ込めたままだった。

だが、由里自身、今になって、その言葉に、どこか納得のいかない何かを感じていた。もしかすると、考えるのが怖かったかもしれないという可能性に、今更ながら感づき始めていた。

―――マザーコアになるということは、死ぬということ。いや、死ぬよりもっと悪いだろう。記憶と感情を奪われ、シティを動かす為の動力源にされるのだから。

だけど、そうやっていかないと、シティの人達は生きていけない。だから由里は、マザーコアに対して反対意見を言うつもりは特に無かった。

……だが、本当にそれだけなのだろうか―――そう思うと、由里の中で、迷いの念がだんだんと大きくなっていく。

「……なるほど、つまり、育った環境の都合って訳か。確かにシティ・ニューデリーは、戦後10年、誰一人として強制的にマザーコアにした事はないシティだから、そういう教育が施されても当然かもね……だけど、それじゃダメなんだよ。
 それにね……君の言い方だとね『私はシティ・ニューデリーに居ました。シティ・ニューデリーにいるから、私は、マザーコアにならなくてもいいんです』ってね。言っとくけど、それ、中世の貴族の『自分達は貴族だから偉い』って言っているのと同じ理屈だよ」

「なっ!」

自分の考えについて迷っている中で、いきなり、中世の貴族という『思い上がりの激しい人種』と一緒くたにされ、由里は一瞬にして怒りの感情を湧き上がらせる。

「私があんな自分勝手な人種と同じ!?ふ、ふざけないでくださいっ!私は、私はただ、何の力も持たない人間達が殺されていくのがいやだから……」

「……じゃあさ、君はさ、自分がマザーコアにならなくてよかった、って思ったことは、ただの一度もなかったの?きっと…いや、絶対に、無い、とは言い切れないでしょ?」

「う、うう……」

何を言っても反論されてしまう。

どうして今、こうなっているの?と、由里は心の中だけで疑問に思うも、答えが出ない。

何かを言おうとしたが、言葉にならない。実際、反論できるような言葉など、脳に一言もあがらなかった。

何故なら……由里は、自分がマザーコアになるケースなど、全く考えたことが無かったからだ。寧ろ、考える必要も無かった、というべきかもしれない。シティ・ニューデリーでは、10年間もマザーコアを交換したことがないと、お爺ちゃんから聞いていた。つまり、シティ・ニューデリーにいれば……。

「んー、『どうして今こうなってるの』って思ってるでしょ!」

「どうして分かるんですかっ!」

図星だったので、思わず反論してしまった。

「君は思ったことがすぐに顔にでるタイプでしょ?いや、別にそれが悪いとかは一言も言うつもりは無いけど。
 ……言っちゃうとね、君は、マザーコアとして犠牲になる魔法士の中に、君自身を入れて考えてないんだよ。今までの話で『マザーコアにはなるな』っていう徹底的な教育をされてきたから仕方ないかもしれないけどね。そして、一番大事なのは、これなんだよ……」

一旦間を置いてから、真昼は告げた。















「―――なんだかんだ言ってるけど、結局、君のやっている事だって、君が散々否定しているサクラと同じなんだよ」
















「―――そんなっ!私はっ!私はサクラなんかとは違いますっ!」

心の中に「ばっ、馬鹿にしてっ!」という感情が真っ先に浮かび、由里は必死で真昼の発言を否定する。

だが、その発言はどこか地に足がつかないような弱い口調だった。真昼の発言に対しての動揺か、それとも…………心のどこかにあるかもしれない図星を突かれたからなのか―――。

「違わないよ。だって、君の考えは『シティの人間が無事なら、マザーコア披検体が何人死んでも構わない』って事でしょ?」」

「ど、どうしてそんな風に決め付けられるんですかっ!わ、私だって、マザーコア用の魔法士を救う考えには同意できないわけじゃないですっ!みんながみんな、話し合ってマザーコアの事を決めるべきなのかもしれないって思ってるんですっ!でも、みんながマザーコアの事を知っちゃったら、さっき説明したみたいに『魔法士が虐げられてきたんだから今度は人間が虐げられろ』みたいな事になっちゃうかもしれないじゃないですかっ!
 それに、何度も言いますけど、シティに住む全ての人々の命を引き換えにして、マザーコア用の魔法士を救うなんて考え、やっぱり私には納得できないですからっ!」

「…一理はあるね。けど、でも、だからって、マザーコアの事を隠し通してちゃ何も変わらないよ。君が言っているのはそういう事だって僕は言ってるの。後、態々理解してもらおうなんて思ってないよ。だって、人の考えはそれぞれだからね。そりゃ、納得できない事だって誰だってあるよ。極々自然な事でしょ?
 確かに、サクラの考えは、普通の人間には理解されないのが普通だと思う。だけど、理解できなくても、その信念だけは認めてもいいんじゃないかな?現に、とある魔法士…んー、幻影No.17って知ってる?」

「イルさんですか?もちろん知ってます。弱い人々の為に戦おうとする、とても素敵な人です」

「……なるほど、君はイルの事をそういう人だと思っているんだね。まぁ、彼はシティの人々に慕われているから、当然なのかもしれないけれど。
 以前、サクラはイルに『世界の現実と向き合うことを放棄し、夢物語しか唱える事を知らない愚か者で、一人の魔法士の為に大勢の人間を見殺しにしてもいいなどという曲がりきった理屈がこの世界で通用する訳なんてない。そんな理想の為に数え切れないほどの人間を殺して、それで他者への共感を得られるなどと思っている方がどうかしてる。サクラの願いは、あまりにも一人よがりすぎる、世界で最高かもしれない我侭。あまりにも理不尽で身勝手で不条理で非常識で非道徳で、カバーグラスよりも薄っぺらなまがい物の筈の正義』って言われたくらいなんだ。
 ……だけどね、イルの信念は、サクラの信念を貫くことができなかったんだ。つまりそれは、いくら間違っていようとも、サクラが自分の信念を信じていたからなんだ……例え、どれほど世界から否定されようと、どれほど間違っていようとも、ね…」

「そ、それは……」

先の戦いで、サクラに言われた言葉が脳裏を駆け巡る。

『例え100億の憎悪が私を包み込もうとも、この道を歩むのだと』

『―――この世界が私を認めないというのなら、私は、喜んで世界の敵になろう』

……サクラのその言葉を聞いた時、由里は、畏敬の感情を抱かずにはいられなかった。

後世において、例え世界に名を連ねる大悪党として、反逆者として、愚か者として名を連ねる事になろうとも、それでも、己の信念を曲げない事が『強さ』なのだと。

確かに由里は、そう『知った』のだった。

でも、それでも納得いかなかった。だからって、全てのシティの人々が殺されるのを容認する事など、出来るわけがなかったからだ。

「確かに、サクラは、先ほどの私との戦いで『例え100億の憎悪が私を包み込もうとも、この道を歩むのだと』と『―――この世界が私を認めないというのなら、私は、喜んで世界の敵になろう』という台詞を言いました。
 でも、だけど、私はそれを認めたくなんてない!そもそも、今生きている人達を身勝手な理屈で不幸にするような事がまかり通っていい理屈が分からないですっ!そんなのはただの押し付けじゃないの!みんなが一生懸命に生きているこの世界で、馬鹿みたいに大きな主張を突きつけて、従わないなら敵、だから殺す。大きな目的の為に罪もない人達を戦争に巻き込んでも構わないと言い放つ――――そんなの、言うなれば、医者の都合を患者に押し付けるのと同じですっ!あるいは、自分は偉いから自分が法律だと平然と言うような貴族と一緒ですっ!」

因みに、今の由里の発言の後半の台詞は、昨日、月夜が真昼に出会ったときに言ってやろうと決めていた台詞を偶然ながら聞いていた為に出てきた台詞である。月夜の台詞が、由里の考えとほとんど一緒だったから、忘れないようにとI−ブレインの記憶領域に保存しておいたのだ。

「…はー、どう言えばいいんだろう」

「それはこっちの台詞ですっ。どうすればこんな馬鹿げたことをやめてくれるんですかっ!」

ため息をついた真昼に対し、すかさず反論する。

「……仕方ないね。じゃあ、質問はこれで最後にしよう。その代わり、この質問に対しては、ごまかさないように答えてね」

「ごまかす必要なんて何処にもないですっ。どんな質問でもどうぞ」

「なら、望みどおりにさせてもらうよ」

困ったような笑みを浮かべて、真昼は続けた。














「―――じゃあ君は、『君がマザーコアになったら『賢人会議』は一切の活動を停止する』と言ったらどうするの?」















「真昼!それはどういう―――」

「いいから、サクラは黙ってて」

左手をすっ、と前に差し出し、激高するサクラを制する真昼。

「……私が、マザーコアになったら?」

予測だにしなかった言葉に、理解が追いつかない。

数秒ほど間を置いて、少しは落ち着いた頭で、今の真昼の言葉を脳内で反芻する。

『由里がマザーコアになれば、『賢人会議』は一切の活動を停止する』

それが本当かどうかは分からない。だが、もし本当であれば、それはとてもすごい話ではないのか。

由里がマザーコアになることによって『賢人会議』が活動を停止するなら、この命は―――。

…命?

それは、由里にとって、この世に一つしかなく、失われたら二度と取り戻せないもの。

マザーコアになるという事は、死ぬという事。死ぬという事は、由里という存在が、この世から消えてなくなること。

―――刹那、脳裏にたくさんの人々の姿が浮かんだ。

今はもういないお爺ちゃんとお婆ちゃん。

ルーエルテスや孤児院の子供達の姿。

由里と協力してくれたシャロン。

つい最近出会ったばかりだけど、イルやクレアやフェイトといった、とっても個性的な面々。由里は、彼ら、彼女らのことが全員好きだった。

まだ、再会を果たしていないお兄ちゃん。名も知らぬ、由里を創ってくれた科学者。

そして、シティ・ニューデリーで、お爺ちゃんとお婆ちゃんを失って途方にくれている由里に、手を差し伸べてくれたハーディン。

……もしマザーコアになってしまえば、由里は金輪際、その人達とは会えなくなる。

―――そう考えた瞬間、由里は涙声で叫んだ。












「そ、そんなのやだっ!……死にたくなんて……死にたくなんてないですっ!みんなに……みんなに会えなくなっちゃう!私1人のわがままかもしれないって分かってるけど、それでも、私っ……!」













「―――そう、それがマザーコアにされる子供達の気持ちなんだよ。生まれた時から、殺されることを運命付けられた、ね…。
 シティ・ニューデリーじゃ、マザーコア用の魔法士を作っていないから、シティ・ニューデリーに住んでいる間は、マザーコアになる必要は無いって言われたっていうけど、君を育ててくれたお爺さんとお婆さんがそういう気持ちも分かるよ。自分の大事な子供にマザーコアになれなんて命令する親なんて、常識的に考えれば先ず居ないだろうから、それに気づけなかったのも、自分がマザーコアにされる可能性を考えなかったのも、仕方が無かったのかもしれないけどね」

真昼の口元に、ふっ、と、柔らかな笑みが浮かんだ。

「…っく、うぅ…」

両手で顔を押さえても嗚咽が漏れる。心の中でぐるぐる回る『死にたくない』という感情が鍵となってしまい涙があふれてとまらない。

「サクラ、ハンカチとか持ってない?」

「持っているが」

「じゃあ、それをその子に渡してあげて」

「…何故また……いや、そうだな……ああ、言っておくが、ここは素直に従った方がいいと思うぞ、由里」

「……」

サクラが差し出した白いハンカチを、無言のまま両手で受け取り、両目に当てて、あふれ出る涙を拭う。小さなハンカチはすぐに涙でびしょびしょになった。

それから数分が経過し、落ち着いた由里は、ちょっと腫れぼったくなった目からハンカチを話して、まだ涙の後が残った顔を上げる。

「……だけど、だけど……それでも、私、人類滅亡の為に行動している貴方達を認めない!……頑固とか分からずやとか言われても、私は、これだけは変えるつもりはないですっ……」

それでも、『賢人会議』のやり方を認める事は、絶対にできない―――それだけは、譲れぬ意思として、未だに由里の心の中に強く在る。或いは、ここで退いたら負けだ、という、最後の意地も混じっているかもしれない。

「……うーん、こんなところばかりサクラに似ても困るなぁ……どうすれば分かってくれるのかなぁ……とりあえず、君が取り違えているのは、『賢人会議』が人類滅亡の為に行動していると思っている点だよ」

真昼は額に左手の人差し指をあてて、困ったなぁ、というような素振りをする。

「……意味が分からないですっ!結局のところ、『賢人会議』は、強すぎる力に任せて、文句を言う人達をあの手この手で片っ端から殺していって、皆を不幸にしてでもマザーシステムを全部なくしていくっていう組織じゃないですかっ!……もっとも、あくまでも、これは私の意見ですけど……」

「…はぁ、やっぱりみんな、そう思っちゃうよね……自分で言うのもなんだけど、僕はひねくれ者で性悪な人間だ。だけど、嘘をつくのは嫌いだからこの際言うよ……『賢人会議』は、どっちも殺さないよ。それだけは、本当だよ」

「……どういう、意味ですかっ」

「それは後で教えてあげる。というよりは、きっと、これから明らかになると思う…さて、尋問はここまで。後は、君が良く考えてみるといいよ……サクラ、その子を207号室に案内してあげて。それから、サクラだけ310号室に来てくれないかな?」

「どうせ断っても無駄なのだろう?」

ちょっとだけ諦めの混じった口調で、サクラは真昼にそう返答する。

「ご名答。じゃあ、僕は先に行くからね」

「……勝手にしろ」

サクラの憎まれ口を背中に受けながら、真昼が部屋を出て行った。後には、サクラと由里が二人っきりで残される。

「……さて、私も貴女に色々といいたいことがあるが、生憎と私も暇ではなくてな、とりあえずは真昼に言われたとおりに、貴女を207号室まで連れて行かねばならん。という訳で、おとなしく立ってもらえるか?」

…207号室がどんな部屋なのかを由里が知るはずはなかったが、尋問が終わった今、このままここに居ても意味がないと由里も思っていたので、サクラに言われたとおりに、おとなしく起立することにした。もちろん、サクラの言うとおりにするのは納得がいかないが、今、この場ではこれ以外に取れる行動がなかったのも事実だった。














…その後は、サクラについていく形で、由里は、人一人居ない廊下を無言で歩いて、『207号室』と書かれたドアの前まで案内された。

そこまでの道のりを歩いている間、サクラも由里も、どちらから声をかけるでもなく、ただ、無言で歩いていた。

ドアの前までたどり着くと、サクラは無表情かつ無言のまま扉を開けて、左手で「入れ」と促した。

由里もまた、ただ小さく頷いて、一言も答えずにそのとおりにした。

何も、答えたくなんてなかったから。一人にしてほしかったから。

……その心には、いまだくすぶっている『賢人会議』への様々な感情と、つい先ほど芽生えた、今までの自分に対する疑念とが交錯していた。



















真昼が310号室で待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「今、戻ったぞ」

ドアの外から聞こえたのは、当然ながらサクラの声。

「ん、入っていいよ」

がちゃり、と扉を開けて、サクラが一人きりで部屋に入ってくる。由里を207号室まで送り届けた後、真昼に指示された通りに、310号室まで来てくれた。

「で、207号室まで案内する間に、あの子はサクラに何か言ってきた?」

「……一言も喋らなかったぞ」

「まぁ、そうだと思ったよ。それと、あの子はきっと、一生僕らの側にはつかない子だね。さっきの件で分かったけど、あの子は本気で君を憎んでる。育ての親の死因に直接的につながっているから当然といったら当然なんだけど」

「……元から『賢人会議』にあのような泣き虫など必要ないから安心しろ」

「でも、殺しちゃだめだよ。だって、あの子を不幸にしたのはサクラ、君なんだから」

「……分かっている。どのように憎まれても、どのように恨まれてもいい覚悟など、とうの昔にできている」

「それを聞いて安心したよ……ああ、そうだ。髪の毛を調べてみて分かったんだけど、やっぱり、僕の思い通りだったよ。サクラ……解析の結果を見たら一発で分かったけど、あの由里って子は、間違いなく君の遺伝子から作り出された魔法士だ。まぁ、身体的な成長は由里の方が上だけどね」

「ほぅ」

「いや、やっぱり最後の一言は無かったことにして」

殺気のこもった声が聞こえたので、真昼はとっさに言い繕った。

「それと…驚かないんだね」

「既に天樹錬という前例が居るからな。二番煎じともなれば驚きも半減する。そして真昼……由里を作ったのは一体誰なのだ?私は今、それが一番気がかりなのだが」

「……それは僕にも分からない。だけど、よっぽど優れた科学力を持っていなきゃ、一つの遺伝子から別の人間を作り出すなんて不可能な筈だ……それとサクラ、由里との戦いのログは、I−ブレインに残ってる?」

「残ってるが?」

「ならちょっと見せてくれないかな?調べてみたいことがあるから……そして、その後に、僕らはシティ・ニューデリーの会議へと赴くんだ……世界を変えるために」


























<To Be Contied………>















―【 キャラトーク 】―









クラウ
「……あら、今回は私達がキャラトークの担当みたいね」

イントルーダー
「こちらでは久しぶりの出番だな」

クラウ
「まぁ、とりあえず語りましょうか。
 ……それで、由里の性格なんだけど……なんだか、結構頑固なとこがあったのね。この子。今まではただの泣き虫なところが強調されていたからかもしれないけれど」

イントルーダー
「こいつはある意味ではオリジナルの影響を受けているんじゃないか?サクラもある意味では頑固なところはあるだろう?まぁ、ツンデレ要素ばかりが前面に出てるから、そちらばかりに目がいって、頑固なところを指摘されるケースは少ないがな」

クラウ
「で、今回の話で、由里のどこが悪かったのかも、はっきりしたわけね。
 私達は本編じゃ由里と出会わなかったから、この場で言うしかないんだけど……どうにも彼女、マザーコアにされる魔法士が切り捨てられるのは避けられないって思っている節が強くなかった?」

イントルーダー
「まぁ、『それ』はこの世界のルールだからな。そう簡単にはかえられまい。一応フォローを入れとくと、マザーコアにされる魔法士が切り捨てられるのを『仕方が無い』とは思っていない・・・・・・描写自体はあったがな」

クラウ
「仕方が無いと分かっているけど、どうしたらいいのかが分からなかったのかしら?」

イントルーダー
「そもそも、この世界じゃ、目の前の生活や、自分が生きることが必死で、そんなところまで考えてられないってのが普通だろ?他人のことになんか構っていられるか、というやつだ。
 由里もまた、その中の一人だったって事だ。如何に強大な力を持っていたとしても、如何に規格外だったとしても、魔法士とて人間だ。すなわち、普通の人間と何処が違うのか―――そういう事だ」

クラウ
「……んー、それは少し話がズレてるんじゃないかしら?」

イントルーダー
「おっと、失礼した。要するに何が言いたかったかっていうと、由里にいくら力があったとしても、由里じゃ、マザーコアにされる魔法士を助けたり、世界を敵に回したりするようなことはできないって事だ。そして、それがこの世界の普通の人間の思考だと、そういう事だ」

クラウ
「…なんかしっくりこないけど、まぁいいかしら。
 で、話の続きなんだけど、由里の場合はなんていうか…自分がマザーコアとして殺される可能性を考えていなかった、って事なのかしら?」

イントルーダー
「由里の初登場時からそれを疑問視していた読者もいたかもしれないが、ここにきてようやくそれが明かされたな。おそらく、様々な状況や条件が入り混じったせいで、それが見えなかったのだろう。
 育ての親からは『決してマザーコアになんかなるな』と言われた上に、シティ・ニューデリーの制度から考えるに、シティ・ニューデリーで、マザーコアになる事を望まない魔法士がマザーコアにされる可能性がゼロとくれば、自分がマザーコアとして殺される可能性を考える必要性などほぼ無いというものだ」

クラウ
「そうなると、もし由里が他のシティで生まれていたら…って話になるんだけど?」

イントルーダー
「その場合はどうなるかは俺にもわからんが……おそらく、違う考えを持っていたかもしれんな」

クラウ
「ん、そうかもしれないわね。
 後は……本編でも言われているけど、やっぱり由里とサクラじゃ、絶対に相容れないのかしらね」

イントルーダー
「根本的な考え方の違いや、由里にとってサクラが親の仇だという事を考慮するならば先ず無理だな」

クラウ
「錬と論はそれなりに和解できたけど…あの時とはケースが違うかしら」

イントルーダー
「女の喧嘩は男の喧嘩よりも厄介というやつかもしれんな」

クラウ
「そこで茶化さないの」








イントルーダー
「…今回はこんなところか。しかし、この後はどうなるのか、想像もつかんな」

クラウ
「本編の流れを汲むなら、今は下巻の、シティ・ニューデリーの会議だから……やっぱり『賢人会議』が、会議場に乱入すると考えて間違いはなさそうね」

イントルーダー
「ああ。だがこちらの物語では、ハーディンやフェイトといった、第三次世界大戦を生き抜いた強豪達がシティ側についている。加えて、セラがシティ・ニューデリーに捕らわれているという、明らかな条件の違いがあるわけだ。だが『賢人会議』には『漆黒の脳細胞』天樹真昼がいる」

クラウ
「……なによその称号は?」

イントルーダー
「俺が今考えた………さて、読者の皆様、次回『決戦前』で、また会おう」











<To Be Contied〜>








[作者コメント]


由里の心情描写がかなり難しかった一話でした。

うーん、キャラを掴みきった上で書いているはずなのですが…まだまだ私も未熟だという事でしょうか。





由里の行動原理ですが、ここまできてやっと明かせた気がします。

最も、読者の皆様に支持されるような考えではないかもしれませんけど…。

しかし、彼女の生きてきた境遇から考えるなら、無理もないことだという事で^^;

ある意味では、平和の代償とでもいえるものなのかもしれません。



ではでは。







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Moonlight butterfly


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