「あー…退屈だぜ」
シティ・メルボルン跡地のとある一件の家の中。椅子の背もたれにだらしなくよりかかった黒髪の男が、強化カーボン製の白い天井を見上げて、けだるそうにぼやく。
持ち上げた右手につけたデジタル腕時計を見ると、午後2時21分18秒を示している。食後で、しかも人工の太陽のお陰で比較的暖かく、窓から入ってくる、僅かにぽかぽかした光のせいで、ただでさえ下降中のやる気がさらに下降してしまい、結果として、彼の作業は全くと言っていいほどはかどらなかった。眠いのに席が陽だまりとはまさにこのことである。
作業のほうも、開始十分であっさりとやめてしまい、そのまま椅子によりかかってぼーっとしていて、なんとなしに口から出たのが今の言葉だった。
彼の名はラジエルト・オーヴェナ。この家の家主であり科学者である。
彼の部屋の周囲には妙な造形をした機械たちが、隙間無くでんと鎮座している。その内、今稼動している機械は一つも無い。不必要な電気は切るに限るということだ。
「…いっそ、ベッドに横になって寝ちまおうかな。人間、何にもしたくない時に、無理にやろうとしても面白くないもんだしな。少し寝たら、この気分も晴れるかもしれないし」
続いて、そんな言葉が口から出た。
自分で言うのもなんだが、ラジエルトは己の制作意欲に関して、非常に波のあるものだと思っている。
やりたいと思った時には、それこそ不眠不休でぶっつづけで挑むくせに、やりたくない時にはとことんやらない。とどのつまりが極端なのだ。
加えて、今、この家にラジエルト以外の人物が誰もいないことも、ラジエルトのやる気減退にも影響していた。なんだかんだ言ってギャラリーがいれば少しは盛り上がるのだが、今は一人のギャラリーもいないのだ。
ラジエルトの創り上げた二人の魔法士―――レシュレイとセリシアは二人仲良く買い物に行っている。しばらくは帰ってこないだろう。
傍から見ればバカップルにしか見えない二人だが、口出しなど一度もした事は無かった。そもそも、嘗てはラジエルトにも恋人がいて、その人との仲は、それこそしょっちゅうバカップルとからかわれるような、そんな仲だったからだ。
また、『もう一つの賢人会議』の戦いを得て出会った二人組み…天樹論とヒナ・シュテルンは、今、少しばかり遠いところで墓参りに出かけている。なんでも、とある少女を弔いたい、との事だった。
ラジエルト達としてもそのいきさつは知っているので、止めはしなかった。この家を出る二人の背中はとても悲しそうなものに見えたが、それでもラジエルト達三人は、二人の好きにさせてあげる事にした。
因みに、論もヒナもアルバイトをしてくれていたが、幸か不幸か、二人の勤め先は現在訳あって少しばかりの休み期間に入った。そのタイミングを見て、論もヒナも、墓参りに行くと言ったのだろう。
一応、万が一遅くなってもいいようにと、シティ・ニューデリーに入れる為の偽造IDを二人分作っておいて渡しておいた。シティ・ニューデリーは反マザーコア体制の街だから、その安全性に関しては他のシティより遥かに安全だと判断した為だ。
尚、これが間違えてシティ・マサチューセッツなんかだったりしたら、とんでもない事になってしまう。シティ・マサチューセッツの魔法士の人権の低さは、世界に残っている六つのシティの中でも最低ランク。そんなところに魔法士である二人が行ったりしたら、目も当てられない事態になってしまうだろう。
「んー、あの二人…そろそろ着いたかな。携帯端末も持たせたから連絡の一つはあってもいいと思うんだけどよ…ま、気長に待つか」
いまだに白い天井を見上げたまま、身体はリラックスしながらも頭をぼんやりさせているラジエルトは呟いた。
「…あー、駄目だ、マジで眠いな…やっぱ昼寝すっかな。
よっ、と…」
ボーっとしているうちに、どうやら本気で眠たくなってきたらしい。
反動をつけて椅子から立ち上がり、隣の部屋の自室へと向かい、白い布団が敷かれたままのベッドに仰向けに横になる。
「ふわぁぁ…」
欠伸を一つした後に目を瞑ると、眠気は直ぐに襲ってきた。
―――キリリリリリリリ!!
まどろみに任せて眠りをむさぼっていると、突如、滅多に聞く事のない特殊な音が部屋中に鳴り響いた。
「――なんだってんだ畜生!」
叫びながら、ラジエルトは跳ねるように起きる。だが、その頭に先ほどほどの眠気は無く、妙にスッキリすらしていた。
起き上がりなが腕時計を見ると、午後三時を示していた。どうやら30分以上は寝ていたらしい。
一般に売られている機械類ではまず出ないであろう音を発しているのは、ラジエルトがとある人物達から貰っていた特別製の通信機。非常に優れた防護機能つきで、盗聴やジャマーの類を軒並みシャットアウトしてくれる便利モノだ。
そして、それが鳴るということは、この通信機の向こうで、とある人物達が、なんらかの発見をしたという事に他ならない。
「……」
無言のまま、ラジエルトは通信機の通話ボタンを左手の人差し指で押した。
通信機が、ぷっ、という独特の音と共に通話状態に移行する。同時に、通信機のスピーカーを通して声が聞こえてきた。
「…ラジエルトか!?」
聞こえてきたのは男性の声だった。もちろん、ラジエルトはその男を知っている。かつてラジエルトが所属してい研究組織にして、今ではほぼ機能していないも当然の組織『もう一つの賢人会議』によって生み出された魔法士…名をイントルーダーといった男だ。
イントルーダーの声は、以前…といってももう半年近く前になるのだが、それに比べると、慌てているように聞こえた。否、聞こえたのではなく、ほぼ間違いなく、イントルーダーは慌てているのだろう。
懐かしい声だが、今はそれに浸っている場合では無いとラジエルトは即座に判断を下し、答える。
「ああ、俺だ!
久しぶりだな…といいたいのはやまやまなんだが…その声音だと、お前の…間違えた、お前達の方で何かがあったらしいな!」
「何かがあったって、大有りだ…嫌というほどのだ」
「全て…だと?おい、そりゃ一体どういう事だ」
通信機の向こうでしばしの沈黙があったが、やがて、イントルーダーの静かな声が聞こえた。
「そうだな……お前に分かりやすいように最小限の言葉で説明すると……エクイテスに埋め込まれた、恨むべき能力達の正体が判明したんだ」
…エクイテスという名前を聞いた刹那、ラジエルトの心の中にずきり、と痛みが走る。
それは『もう一つの賢人会議』で死んでしまった、レシュレイとセリシアの兄にあたる人物であり(当然ながら血のつながりは無いが)、ラジエルトが一番最初に創り上げた魔法士の名前。
―――何故、エクイテスが死ななくてはならなかったのか。どうして、エクイテスを殺すのがセリシアでなければなかったのか。
全ては過ぎ去った事であり、考え直しても無駄だと分かっていても、どうしてもそう思ってしまう。
その悪夢が過ぎてから半年近くが立とうとも、目を閉じればあの時の出来事が鮮明に思い出せてしまうほど記憶に焼きついてしまっている。赤い血が流れる場面が、自分の作った魔法士が死ぬ場面が、その傍らで涙を流す二人の魔法士の姿が、何一つ取りこぼさずに脳裏に浮かべることが出来るほどだ。
「…おい、どうした!?……あ、そうか。すまなかったな。エクイテスの事は……」
ラジエルトが黙りこくってしまったことから、イントルーダーが『それ』を察したようだ。
「いや、いい。只の感傷だ。それより、早いところ本題に入ってくれ。話はそれからだ」
無論、本当は只の感傷で済むはずがないのだが、イントルーダーに余計無い心配をかけさせまいと思ったが故に敢えてそう言っておいた。
「……分かった。お前がそういうなら信じておこう。だが、無理はするなよ。
……それで、本題に戻ろう。俺達は今まで調べ物をしていたんだが、その中で、色々な、知られざる事実を知ったんだ」
通信機の向こうでも、ラジエルトの気持ちを汲み取ってくれたのか、イントルーダーは即座に話を変えた。
「それはさっきも聞いたぞ。その次を知りたいんだ」
「……おっと、そうだったか。これは失礼した。そして…これからが本番なんだが…すまない、今から……」
「何を言っているのよあなたは。今からなんて無理でしょ」
通信機の向こうから、イントルーダーの声をさえぎり、気の強そうな女性の声がした。それは、イントルーダーと共に『もう一つの賢人会議』にて調べ物をしていたはずのクラウ=ソラスだ。
クラウは、所謂ツンデレタイプ(と、ラジエルトは解釈している)の女性で、彼女もまた『もう一つの賢人会議』の関係者らしい。クラウがあまり自分の事をラジエルトに話してくれなかったために、ラジエルトにはクラウに関する有力な情報が無いため、実を言うとそれ以上はよく知らない。
しかし、クラウという女性がどのような女性なのかはそれなりに理解できているので、『もう一つの賢人会議』でのイントルーダーの尻にしかれっぷりが容易に想像できてしまい、ラジエルトは苦笑してしまいそうになるが、なんとか我慢する。
だが、一方で、今のイントルーダーの会話の中で、気になる言葉があった。『今から…』なんと言おうとしたのだろうか、という事である。
「おい、ちょっと待て。『今から』というのはどういうことだ?さっきみたいな言い方だと続きがあるんだろ?その続きを聞かせてくれないか?」
「そうだな。取り直して続きを言おう。といっても、ラジエルトとて、次に俺が言う台詞に大方気づいているのではないのか?だが言おうとしたものは最後まで言わねばなるまい。
さっきのは『今から『もう一つの賢人会議』に来る事はできないか』と言おうとしたのだ。だが、流石に時間も時間だ。外出するには少々遅い。
だから、明日『もう一つの賢人会議』に来る事はできないか?俺の質問はこれだ」
「…何?」
思いも寄らぬ、だけどある程度は予測のついていたイントルーダーの発現に、ラジエルトの思考が一瞬だけ止まる。同時に、心の中に迷いが生まれる。
『もう一つの賢人会議』に行くという事は、半年前の傷跡に触れることだ。ラジエルトはそれほどでもないかもしれないが、レシュレイやセリシアにとっては、あの場所に行くことすら非常に難しいことだと思う。
しかし、それと同時に、真実を知りたいという気持ちもまた、ラジエルトの胸の中に生まれていた。
「ラジエルトとしても、『もう一つの賢人会議』に行きたくなどないだろう。
―――だが、こればかりはどうしても通信機越しじゃ伝えることが出来ないんだ。その辺をわかってほしい」
エクイテスの名前を出さないのは、イントルーダーなりの優しさだろうか。
その声音に確かな何かを確信したラジエルトは、心の中に彷徨っていた迷いを、頭を振って打ち消した。
「…分かった。お前がそういうなら、信じよう。俺は今日中にレシュレイとセリシアを説得して、明日には『もう一つの賢人会議』に向かおうと思う」
「話が早くて助かる。ならば、時間は………」
イントルーダーとの会話を終えたラジエルトは、その後は自分の研究のデータ整理にいそしんだ。眠気などとっくに覚めていたし、これからレシュレイとセリシアに大切なことを言うと考えると、何かをやっていなければ不安でたまらなかった。
そして、当のレシュレイとセリシアは、午後五時頃に帰宅した。
そのまま、いつもどおりに夕食を終えた後に、ラジエルトは二人に対して、今日のイントルーダーからの連絡内容を包み隠さずに告げた。
「…それは本当なのか?いや、間違いなく本当なんだな?」
最初に返答を返したのはレシュレイ。
「俺がそんな事で嘘を言うと思うか?」
「それは…勿論、思ってなんてないさ……けど、さすがに少し唐突だったから、少しは疑念も沸くのは無理もないことじゃないかって俺は思うんだけど、父さんもそうじゃないのか?」
「…ま、お前の唐突にこんな事言われて、真っ向から100%信じるヤツはまずいないだろうな。俺だって最初はマジで驚いたしな」
「…でも…これで…どうして……どうして兄さんがあんなことにならなくちゃならなかったのか、どうして私達が、こうならなくちゃならなかったのか、その全貌が……分かるんですね」
そうは言うものの、うつむいたセリシアの発言には覇気がない。
ラジエルトとしても当然だと分かっている。セリシアは『もう一つの賢人会議』でエクイテスを殺したのだ。即ち、今の彼女にとって『もう一つの賢人会議』へと向かう事は、嘗ての古傷を無理矢理開かせるのと同じ事だ。
「セリシア…無理して行かなくてもいいんだぞ。なんなら、レシュレイと二人で留守番でも……」
「ダメです!」
心配の色がありありと出た状態でのラジエルトの発言は、セリシアの発言により中断させられた。
「……あ」
自分が反射的にとはいえ大声を出したことに気づいたセリシアが我に返り、小さな声でそう呟く。
「……ご、ごめんなさい。きゅ、急に大きな声で叫んじゃって……。
でも父さん、それにレシュレイ。私、何も知らないで逃げてばかりいる方がよっぽど辛いと思うの。
私、知りたいの。どうして…どうして、こうならなくちゃならなかったのかっていう、その理由を知りたいの!!」
セリシアは顔を上げて、その発言を言い切った。セリシアの顔にはまだ不安の色が濃く残っていたが、それでも、その勇気を振り絞った行動は、とても立派なものだとラジエルトは思った。
「…分かった。なら、セリシアの言うとおりにする。レシュレイもそれでいいな?」
この件に関して一番反対しそうな彼に話の矛先を向ける。もっとも、今までのレシュレイを見ていれば、反対が来る可能性はほぼ無いということくらい、ラジエルトは分かっている。それでも、念のため、という言葉もあるので、あえて聞いてみたのだ。
「…父さん、ほんとは俺も止めようと思ってたんだ。『もう一つの賢人会議』は、俺達にとって嫌な思い出しかないから。
だけど、俺も思ってたんだ。今、真実を知らないで、いつ知るのかなって。知りたいんだ。みんなで一緒に、全ての理由を」
ラジエルトの予想通りの答えが返ってきた。見れば、レシュレイの顔色も、セリシアほどではないが、不安の色が浮かんでいる。
けれど、ここまで来たら、もう退けない。この二人の意思を尊重しなければ、親としては間違いなく不合格だ。
「―――分かった。二人とも、ありがとう。
さぁ、明日は早いんだ。二人とも、今日は早めに寝るんだぞ」
二人の意思を確認したラジエルトは、静かな声でそう告げて、頭を下げた。
脳内時計が「午後11時1分」を告げた。
早めに風呂に入ったレシュレイは、いつも着ている白を基調としたパジャマを着て、自分のベッドの上で仰向けになって寝転がり、ぼんやりと天井を見つめている。
(……ほんとに、分かるんだよな)
風呂から上がったのもあるが、きっとそれ以外の要素もあってか、心臓が僅かに高鳴っている。
(どうして……兄さんが死ななくちゃならなかったのか。どうして、俺達が戦わなくちゃならなかったのか。後は、どうして論とシュベールが戦わなくてはならなかったのか……その全てを知ることが出来るんだよな)
エクイテスとしては、見知らぬ誰かに殺されるよりも、自分が知っている人間に殺されたほうがいいと言っていた。
だが、そもそも、エクイテスの脳内に埋め込まれ、エクイテスの全ての『未来の可能性』を奪ったに等しい『
『地獄の神のお祝いに』―――一定期間、人を殺したり傷つけたりしないと殺戮衝動に襲われるという、ある意味では麻薬のような症状を引き起こすプログラム。発動すると、狂人のごとく破壊と殺戮を繰り返す狂戦士と化す。そして、一定の時が過ぎると理性を失ってただの殺人鬼と化す。
戦闘中、すさまじい戦闘能力を発揮できる反面、いかに相手を残酷に殺すかということを、無意識のうちに主観に置くようになってしまう。だが自我はあるようで、エクイテスは、最後まで己を保っていた。
(兄さんは……ほんとにすごいと思う。そんな能力を脳内に埋め込まれていたっていうのに、自暴自棄にならずに生きつづけたんだから)
そこまで考えた刹那、コンコン、と、ドアをノックする音が聞こえた。
「……ねぇ、レシュレイ。起きてる?」
レシュレイより早く風呂に入ったセリシアの声が、ドアの向こうから聞こえる。
「ああ、まだ眠れないみたいだから起きてる」
「入ってもいいかな?ちょっと、話したいことがあるの」
「ん、大丈夫だ」
レシュレイが返事をしてから数秒の間をおいて、がちゃり、と扉が開き、緑を基調としたパジャマを着て、ウサギさんスリッパを履いている、一人の少女が部屋へと入ってきた。
「ベッドの上、座っていい?」
「ああ」
「うん、じゃあ、お言葉に甘えて」
二人の距離は50センチほどしか離れていない。セリシアの僅かに濡れている桃色の髪の毛から、シャンプーのいいにおいがした。
「……ほんとに、いきなりだったよね。明日で、全部分かるのよね」
「ああ、明日、全てが分かる……そう思うと、どうにも眠れなくてさ」
「うん、それは私も同じ……でも、私、逃げない」
「セリシア……」
「私、知りたいから。兄さんがどうして死ななくちゃいけなかったのか知りたいから。
ううん、兄さんだけじゃない。論君とヒナちゃんを相手に戦ったっていうシュベールって人がどうして死ななくちゃいけなかったのか、それを全部知りたいの。レシュレイだってそうなんでしょ?」
「……当たり。実は、俺も、セリシアと全く同じこと考えてたんだ」
「ふふっ、おそろいね」
セリシアは口元に手を当てて、やわらかく笑う。
それにつられて、レシュレイも自然と笑顔になる。
「…さ、もう寝なくちゃ。出来ればもうちょっと話していたいけど、明日は早いんだから」
「俺も、もうちょっと話していたいさ。けど、後は明日にしよう。それがいい」
「うん、じゃあレシュレイ……おやすみ」
次の瞬間、レシュレイの頬にやわらかいものが触れた。それが、すぐ隣にいた少女の唇だと気づくのに、1秒の時を必要とした。
「…な、な、な…い、いきなり何するんだ!びっくりしたじゃないか!」
一瞬で顔が真っ赤になったレシュレイは、反射的に言い返していた。だが、当のセリシアは先ほどと変わらぬ笑顔のまま。ただ、その頬が僅かに赤く染まっていた。
「ふふっ、この前のお・か・え・し」
ベッドから降りて、ウサギさんのスリッパを履いたセリシアが、いたずらを思いついた子供のような口調でそう告げた。
「……この前!?」
「……お姫様抱っこの件、忘れたわけじゃないよね?」
お姫様抱っこ、といわれて、レシュレイの脳裏に一つの光景がひらめく。それは、数日前、買い物帰りにセリシアをお姫様抱っこして家まで走っていった時以外に他ならない。
「お、覚えてたのかっ!?」
「あ、あんなこと忘れないもん!レシュレイばっかりずるい!私だって、そういうことしてもいいでしょ!これでおあいこ!」
「う……そ、それはそうだった」
いつもに比べるとかなり強い口調のセリシアに対し、反論しようにも言葉が出てこないので、レシュレイはセリシアの発言を素直に認めた。
「……でもね、嬉しかった」
先ほど見せた強気な態度はどこへやら、セリシアは急にしおらしくなる。
「え?」
「私を落ち込ませないようにしたくてやったんでしょ?だから、あの時は口には出さなかったけど、本当はとっても嬉しかったのよ。
……あ、もうこんな時間!じゃ、このへんで戻るね。
レシュレイ!また明日!寝坊なんかしちゃだめだからね!」
そういうが否や、セリシアはすばやくドアを開けて、廊下へと走り出していた。
「あ、おい!……行っちゃったよ。
……さて、こうなっちゃしょうがないな。俺も寝るかな。
それにしても……柔らかかっ…い、いや待て、俺は何を言っているんだ!と、とにかく寝ないとっ!」
脳内に浮かんだ邪な考えを頭を振って打ち消し、慌てふためきながらもレシュレイは布団をかぶる。
しかし、それとは裏腹に、レシュレイの心の中で『うれしいうれしいうれしい』という言葉が、くるりくるりと舞っていた。
翌日、小型のフライヤーに乗って数時間後、レシュレイ・セリシア・ラジエルトの三人は、『もう一つの賢人会議』へとたどりついた。
3人とも顔色が少々悪い。やはり状況が状況なだけに、3人ともよく眠れなかったのだ……最も、約一名に関しては、さらに別の要因もあったりする。
「…ちっとも変わってないな。強いて言うなら、埃が増えただけか」
まっすぐ前を見ながら、開口一番でラジエルトはそう告げる。これは正直な気持ちでもあったし、何より、『もう一つの賢人会議』の建物内部の、あまりにも静かな空気を払いたかったから、というのもある。
「イントルーダーさんとクラウさん、よっぽどお外に出てないんですね…。
『もう一つの賢人会議』内部には食糧生産プラントもありますから、それで大丈夫なんだとは思いますけど」
天井をきょろきょろと見上げながら、セリシアがそう告げる。
「或いは、調べ物に夢中でそれどころじゃないって可能性もあると思うな」
それに続くようにレシュレイ。セリシアとは違い、レシュレイは足元をくまなく見ている。いつ何が起ころうとも大丈夫なように警戒しているのだ。
特に異常も見当たらず、頼りなく明滅する白色蛍光灯の照らす廊下を7分ほどかけて抜けると、その先には大きなホールのような一室が広がった。あちらこちらにでんっと鎮座している大小様々な機械が、休むことなくがーがーと動いている。
その中に、クラウとイントルーダー、二人の人影を見つけた。
「おーい!クラウ!イントルーダー!久々だな!約束どおり来たぜ!」
右手をぶんぶんと左右に振り、ラジエルトが大声で呼びかける。己の、もとい、自分達の存在をアピールするためにだ。
「久しいな!待っていたところだ!」
「三人とも久しぶりね。元気そうでなによりだわ」
ラジエルトの声に気づいた二人がこちらを振り返り、再会の挨拶を交わす。
三人が小走りで駆け寄ると、半年近く前からあまり変わってない姿が目の前にあった。
だが、少しばかり違う点も存在した。それは、二人の体のあちこちに巻きつけられた、白い包帯だった。
「…久しぶりだな…って言いたいとこなんだけどよ。一体、その包帯はどうしたんだ?」
三人とも疑問に思っていたであろう事を、ラジエルトが真っ先に口にした。それを聞いたクラウが小さく溜息を吐きつつも、答えた。
「ちょっとね…侵入者にやられたのよ」
「侵入者ですか!?ど、どんな人だったんですか!?」
セリシアの口から驚きの声が上がる。
「全身にマントを羽織っていたからよく分からないけど……その人は『…そう、やっぱりそうなんだ―――生憎だけど、自分も負けられない…少しの間、眠って頂戴』って言って、私達に勝負を挑んできたの。
でも、私達に少しのダメージを与えたところで、何故かすぐに撤退していったわ」
「ああ、全く、油断した…。
しかし、俺達ではそいつに碌な傷を負わせる事すら出来なかった事から考えると、撤退してくれてよかったと思うよ」
「なっ!?二人とも強いのにか!?」
これはラジエルトの発言。
半年近く前、クラウとイントルーダーは、ブリード・レイジやミリル・リメイルドと共に、『
それを差し引いても、どう考えても普通の魔法士より遥かに強いであろう二人が、侵入者とやらに禄にダメージを与えられなかった、という事実に、三人は少なからず驚きを覚えた。
レシュレイ達がクラウとイントルーダーから改めて話を聞いてみて分かったことだが、クラウとイントルーダーが重要な記述を発見した時に、謎の侵入者に襲われたらしい。
無論、二人とも応戦したが、二人の能力を駆使しても、侵入者に禄にダメージを与える事が出来なかったらしい。
加えて、侵入者の攻撃の精度は非常に高く、騎士であるクラウですら回避が困難な攻撃を繰り出してきたらしい。尚、侵入者はナイフ状の武器を使っていたという事だった。
包帯の下には、そのナイフによる切り傷が刻まれているのだろう。
クラウは自分専用の赤色の椅子に腰掛けながら、説明を続ける。
「そして侵入者…いいえ、その人、と言った方がいいわね。
私達二人を相手にしても尚強いその人は、去り際に私達に対してこう言っていたわ。
『―――これで全てを知ってね。そして、出来ることなら、あたしの事を追ったりしないで。お願いだから、あたしを許して』って…。
それで、その時に渡されたのが、この鍵なのよ」
ぴっ、と、腰のポケットから、長さ7センチほどの、金色の大き目の鍵を取り出す。
「……なんか、話を聞いた限りじゃ、そいつが何をしたいのかよく分からんな。
侵入してきて攻撃を仕掛けてきたと思いきや短時間でいきなり撤退して、しかも、お前達に鍵を渡したんだろ。要点が見えてこねぇな」
そこらへんの適当な椅子に腰掛けたまま、ラジエルトがそう発言する。
「ああ、俺も最初は、その人が何をしたかったのかがよく分からなかった――だけど、今なら分かる気がするぞ」
続いて、イントルーダーが口を開いた。
なんか口調が一気に崩れているが、気にしてはいけない。イントルーダーには、時折、口調がおかしくなる癖があるらしい。本人曰く、脳内の言語プログラムに何らかの問題がある可能性も考えられるという。
「という訳で、この場にいるみんなに全てを見てもらいたいんだが…どうやらこの件、色々なところからの結びつきがあるようでな、そう簡単に説明が済ませられるとは到底思えないわけだ。だから今日、こうやってみんなに集まってもらった。
……さて、何から見せるかが問題だが…クラウとしては、何から見せるべきだと思う?」
ここまで来て、イントルーダーは唐突に話題を振る。
「ちょっと、いきなり人を頼るのはどうかと思うわよ。
はぁ、全くもう…そうね、私としては、この話題から触れていったほうがいいかなって思うわ」
話題を振られたパソコンの画面を見ながら、両手の指でブラインドタッチをする。
つい先ほどは話題を振られてちょっとした怒りの感情をあらわにしたかと思えば、次の瞬間には溜息をついて、その次には通常の感情に戻る。
感情がころころ動く人なんですね、とセリシアは思ったが、口には出さないでおいた。
「……ん、これかしら」
最後に一回、キーボードを叩く音がして、クラウの手が止まる。
大き目のパソコンのディスプレイに映し出されたのは、レシュレイ達の知らない3人組の姿。
なにやら元気のありあまっていそうな金髪の少女と、その隣で少々呆れた表情をしている赤い髪の少年と、さらにその隣でちょっとした苦笑いを浮かべている、茶色い髪のポニーテール少女。
「んーと、レシュレイ、セリシア、ラジエルト、この子達を見たことない?」
「……いいえ。私達はこの子達を知りません」
「んあ、俺もしらねーな」
クラウの問いに、セリシアとラジエルトが返答する。
だが、一人だけ、レシュレイだけは、何かを考え込むように腕を組んでいた。
「どうしたのレシュレイ?なにか心当たりがあるの?」
「……いや、その3人の中の誰かを見たことがある気がするんだけど、どうにも思い出せないんだ…後一歩で思い出せそうなんだが……。
ま、そのうち思い出すかもしれないから、クラウ、話を続けてくれ」
「分かったわ。レシュレイ。
じゃあ、ここからの説明が必要みたいね。
金髪の女の子がノーテュエル・クライアント、赤い髪の男の子がゼイネスト・サーバ、茶色い髪の女の子がシャロン・ベルセリウス。
三人とも、この『もう一つの賢人会議』で生み出された魔法士で…それでいて、三人とも、脳に異端なる能力を埋め込まれていたの…」
「異端なる能力!?
まさかそれは、兄さんの脳内に埋め込まれていた…『地獄の神のお祝いに』と同じ系列の能力なのか!?」
レシュレイがエクイテスの脳内に埋め込まれたその能力の名を口にする際に、僅かながら戸惑いがあった。だがそれは無理も無い事。わざわざ、エクイテスを死に至らしめる根本たる能力の名を口にしてしまったのだ。嫌悪感の類の感情が生まれるのが寧ろ当然だ。
「そう、レシュレイの言うとおり。それらはまさに『地獄の神のお祝いに』と同系列の能力よ。
それ以外にも、シュベールの『
『自動戦闘状態』…その単語は、レシュレイとセリシアにとっては、忘れがたいものだった。
二人はその時の光景を思い出す。レシュレイの表情が僅かに険しくなり、それと同時にセリシアが強く目を瞑る。
…かつて『もう一つの賢人会議』でヒナと対峙した際に、レシュレイ達は彼女と戦う事になった。
『自動戦闘状態』はヒナ自身の意思に関係なく、彼女を戦場へと狩り出した。
振りたくも無い剣を震わされ、殺したくないのに殺しを強要される上に、外部干渉やIーブレインの疲労によりI−ブレインが強制停止に陥ろうとすると、あろうことかマスターであるヒナの意思を完全に打ち消してまでして能力継続を遂行しようとするという、思い出すだけでぞっとする能力だった。
最終的には論によって永久に削除された能力だが、それでも、もし、あの時、万が一、論が失敗してたらと思うと…背筋にとてつもなく冷たくて、ぞっとしたものが走る。
「…ごめんなさいね。触れてはいけない事だったかしら」
「いや、構わない。
それらは全てこの世界に存在した事実であって、それを否定する事なんて出来ないんだ。
だから続けてくれ。俺達は、全てを認めた上で、全てを知りたいんだ」
申し訳無さそうにするクラウに対し、レシュレイはそう答える。
勿論、心の中では構わないわけなどないのだが、今、この場ではそんな事は言っていられない。これから、自分達は、今まで解けなかった全ての謎に、真っ向から向き合わなくてはならないのだから。例えそれが、如何なる真実であったとしても、だ。
ノーテュエルには『狂いし君への厄災』、ゼイネストには 『殺戮者の起動』、シャロンには『堕天使の呼び声』という名前の能力が、生まれながらに埋め込まれていた…いいえ、埋め込まれたという表現法は適切では無いわね。この場合はプログラミングといったほうがいいかしら」
クラウの顔を見ていたレシュレイ達は、クラウが『狂いし君への厄災』や『殺戮者の起動』などと口にした瞬間だけだが、クラウの顔が苦々しい色に染まっていたのを確かに確認していた。
知っている仲間を死に追いやらせる根本の原因の能力名を口に出すのは、やはりクラウにとっても辛い事なのだろう。
彼女にとって、決して『親しい』とはいえないけれど、何度か戦ううちにだんだんと『良き敵』になっていった三人の内二人は、その能力のせいで命を落としてしまった。そして現在、残った一人においても、現在は行方が知れないまま。これでは、憎まないほうが無理だというものだ。
「エクイテスの『地獄の神のお祝いに』とシュベールの『処刑の乙女』は、『狂いし君への厄災』や『殺戮者の起動』とは、能力的には少し違うわ。
『地獄の神のお祝いに』と『処刑の乙女』は、自我がある点と、一定の時が過ぎると理性を失ってただの殺人鬼と化すという点が異なるの。
そして、『
『堕天使の呼び声』は、自我もきちんと残ってるし、シャロンが自分の感情をきちんと制御できていればまったくもって問題の無い能力みたい。この五つの中では一番まともといえるわね」
「…そう…だったんですか。
でも、わかんないんです。どうして、全く同じような能力で統一しようとしないで、多少ですけど違う点を盛り込んだりしたのでしょうか?
今、私が一番気になっているのはそこなのですけど…」
「おっと、いいとこに気づいたんじゃないか、セリシア。
そう、大事なのはここからだ。俺達は今まではこれらの能力を『ただ単に、人格を暴走させて圧倒的な戦闘能力を得るもの』だとばかり思っていた。
しかし、見ようと考えようによっては」
「全く別の説も出てくる事に気づいた、って事か…」
「レシュレイ…俺の台詞を見事に奪い取るんじゃねぇ」
一番いいところを横からかっさらわれたイントルーダーが、その顔に僅かな悔しさを浮かべる。
「あ、いや、俺は只単に思ったことを言っただけで…」
「別にいいぜ。ほんのちょっと悔しかっただけだからよ。ほんのちょっとな」
(…どこからどう見ても『ほんのちょっと』に見えないけどな…)
少々やけっぱちな口調のイントルーダーを目の前に、レシュレイは心の中だけでそう呟く。流石にこれを口に出すのははばかられた。
「…で、同じような能力なのに、どうしてこうも相違点があるんだ?」
脱線した話を元に戻そうと、ラジエルトが話を進めるように促す。
「そうね、真実を告げるのを先延ばしにしたところでなんの徳も無いから、要点だけを告げるわ。
…こう考えてみてはどうかしら。戦場である以上、必然的に死す者と生きる者が出てくるでしょう。
そして『狂いし君への厄災』や『殺戮者の起動』は、耐え難い殺戮衝動に襲われ、そして、他者の死を生み出す能力なのよ。
だがよく考えれば、それは、それらの能力者が得てして戦場に居なくてはならない、あるいは、戦場に飛び込まねばならない状況下にあるわけ。つまり、死に近い位置へと陣取る事になるのよ」
ここでクラウは一旦言葉を切り、続けた。
その表情には陰りが生じている。つまり、これから話す内容が、クラウとしても言いたくないものだという事が十分に察知できた。
「―――それが『狂いし君への厄災』や『殺戮者の起動』や『堕天使の呼び声』、さらには『地獄の神のお祝いに』と『処刑の乙女』と『自動戦闘状態』の最終的な目的だとしたら?」
「…………え?」
僅かに口を開けて、呆然とするセリシア。
脳が思考するのをやめたような感覚。今までの前提が真っ向から覆された意見に、脳がついていけない。
六つの能力は、多少の違いこそあれど、その全てが、戦いたくない者を戦いに狩り出す系列の能力…少なくとも、今までの話から、セリシアはそう判断していた。
「……分かりやすく言うと、要は『死んでもらう』事が目的だった…って事かよ!」
苦々しく歯噛みしたラジエルト。その瞳にはあらぶるほどの怒りが現れており、触れれば一触即発の大爆発すら起こしてしまいそうだった。
はっ、と我に返ったセリシアが、今の言葉に対し、クラウに反論する。
「な、なにを言っているんですか!?人間は死んだら終わりなのに、それなのに、そんな事に何の意味があるの!?」
刹那、セリシアの目の前に、今まで隣に居たはずのレシュレイが回り込むかのように立ちはだかり、その両手をセリシアの肩において、ゆっくりと口を開いた。
「セリシア…確かにその通りなんだ。でも、意味が無いんじゃない。きっと、意味は在るんだ。だから、落ち着いてくれ!」
「…レシュ…レイ?」
そう告げるレシュレイの声は、いつもとトーンが違っていた。それはまさに、他人に言い聞かせる時の口調。つまりレシュレイは、今のクラウの発言をセリシアにも受け入れて欲しいと、そう思っている。
「…確かに、いきなり受け入れてもらうのは厳しいって、私も思っているわ。でも、とある条件が加わる事で、例外が発生する事がある事が判明したのよ」
再び一呼吸置いてから、クラウはそれを告げた。
「――死ぬ事によって発動する、或いは、死ぬ事自体が発動条件である……そんなプログラムがあったとしたら、話が変わるでしょう」
「―――な!それは一体どういう事だっ!?意味があるとは思っていたけど、そんな意味があるなんて、いくらなんでも予測できていないぞ!」
クラウの発言に、真っ先に口を開いたのはレシュレイだった。
レシュレイが先ほどセリシアに『セリシア…確かにその通りなんだ。でも、意味が無いんじゃない。きっと、意味は在るんだ。だから、落ち着いてくれ!』と言ったのは、どんなとんでもない事実が出てきてもいいように、覚悟を決めておいてくれ…と思っての事だった。
しかしながら、今、クラウの口から告げられた発言に対し、あらかじめ覚悟をしていたレシュレイだが、そうであったにも関わらずに真っ先に反応してしまった。
これでは少々面目ない、という気持ちと同時に、胸の内には『どういう事だ』という疑念が濃くよぎっていた。
つまり、クラウの言った事は、それほどまでに意外であり、予測外であり、かつ衝撃的なものだったという事を示している。
クラウは、ふぅ、と軽く息を吐いて、どこかもの悲しげな表情で口を開く。
「…そうよね。やっぱり唐突よね」
「ああ、唐突だ……だが、その唐突の意味さえ説明できれば、それは唐突ではなくなる」
これはラジエルトの言葉。
「…ええ、ちゃんとした理由もあるわ。
私達『もう一つの賢人会議』の魔法士の殆どは、特定の規格の元に生み出されているの――――それは、『
これは、私、ノーテュエル、ゼイネスト、シャロン、イントルーダー、エクイテス、シュベール、ヒナの八人に埋め込まれた基礎能力。
脳内領域を通常の何倍にも増設した設定になっていて、さらに、各々の能力のデータファイルを最大圧縮しており、最大限に容量を節約する事が出来るようになっているの。
これで、脳内の領域が通常の魔法士の何千倍以上もあるように認識されているから、普通なら負荷とかの問題で発動できない並列起動をものともせずに可能する事が出来るのよ」
「…ああ、勿論知ってるぜ。つまり、特殊な方法を用いて容量を大幅に増やしたHDDみたいなもんの事だろ。あるいは、常にクリーンアップをしているHDDといっても差し支えはないかな」
「何か引っかかる言い方だけど、分かりやすくするとそういう事になるのかしら……でも、どうして、そんな魔法士が必要だったと思う?」
「どうしてって…それはもちろん、より強力な能力をもった魔法士を作る為だったんじゃないのですか?」
「…残念だけど、セリシアの言う事は半分も当たってないわ。
でも、確かに脳内容量が大きければ、その分より強力な能力を入れられるっていう理論自体は間違いじゃないの。だから、ほんとの事を知るまで、私もイントルーダーも、セリシアとおんなじことを考えていたの―――けれど、今回は用途が全く違うものだったのよ」
「用途が…全く違う?」
放たれたレシュレイの声は、呟きに等しい声だった。
「そうね。この件に関しては、こちらの記事を見たほうがいいでしょうね。ちょっと待っててね。今、その記事を呼び出すから」
クラウは再びパソコンに向き直り、キーボードに指を走らせる。
数秒後、パソコンのディスプレイに出てきた文字は『記憶回帰計画』という六文字だった。
「…『記憶回帰計画』って、なんだこりゃ?俺、こんなん聞いたこともねぇぞ」
見慣れぬ文字に、ラジエルトが首をかしげる。
「なんだかんだと言う前に、読んでちょうだい。そうすれば、全てがわかるから」
ちょっと怒ったような口調とは裏腹に、操作を終えて振り向いたクラウの顔は、ひどく寂しげなものになっていた。
(…なんで、そんな顔をしているんだ?)
レシュレイはそれを口に出そうとしたが、心の中だけにとめておいた。
見てみれば、クラウの近くに座っていて、先ほどから無言を保っているイントルーダーも、なにやら疲れたような顔をしている。
それを尻目に、レシュレイ達3人は、ディスプレイへと目を向けた。
白い無地の服を着た一人の女性が培養層で眠っている写真の上に、文章の羅列が表示された。
『―――今現在をもってしても、マザーコアとなるべくして多くの魔法士が作られる。以下、彼ら・彼女らを『マザーコア被検体』と呼ばせてもらう。
マザーコア被検体は、死ぬ為に生まれてきた命と言っても過言ではない』
そして、この文章から始まる文字の羅列を、最後まで、声一つ出さずに読んでいた。
読んでいくうちに、3人の顔色が、少しずつ青ざめていった――――――。
「……え?うそ?クラウ…さん、これ、ほんとなんですか?」
セリシアは口元に手を当てて、喉から小さな声を絞り出した。その肩が、小さくかたかたと震えているが、それをおさえる事が出来ない。
『セリシア、落ち着いて』という声と共に、レシュレイの右手が震える肩に置かれたので、少しだけ安心できた。
「…これが本当でなくて、一体なんだっていうのよ」
セリシアの視線の先には、顔を僅かに俯かせ、握りこぶしをふるふると振るわせるクラウの姿。
「クラウ…あなたは『クラウ・ソラス』って子の記憶だけを受け継いだコピーで、しかもオリジナルのあなたは本当は四年も前に死んでいた…そういう事なんだな?」
震える声で告げたレシュレイの問いに、クラウは無言でこくんと頷いた。
ラジエルトは何も言わず、ただ、だんまりと沈黙を決め込んでいた。
―――全てを知って、レシュレイ達は理解した。
先天性魔法士だと思われていたクラウが、本当は、一度死んだ後天性の魔法士の人格や記憶を、似たような、でも、全く違う肉体に移植されたという事。
そして、まだそれは『ライフリバース計画』という、一つの計画の序幕でしかない事。
つまり、まだこれから、明らかになる謎があるという事。
「教えてくれ…ライフリバース計画とは一体なんなんだ!?」
はやる気持ちを抑え切れないレシュレイが、クラウの方を向いて、凛とした表情でそう告げる。
「―――そうね。今から、このデータを読んで欲しいの。
信じたくないかもしれないけど、でも、そう考えれば全てのつじつまがあうの。
私達と―――生きているかもしれないシャロンを除いて、今は亡き『もう一つの賢人会議』の魔法士達が聞いたら、目の色変えて激怒する筈の内容が秘められた、このデータを!」
クラウの声に段々と悲しみがこもっていく。それは、まだ『ライフリバース計画』の全貌を知らないレシュレイ達への警告とも取れた。
イントルーダーも辛辣な表情で、顔に手を当てて黙り込んでいる。
それだけで、これから告げられる事が、よほどショッキングなものだという事が見て取れる。
だけど、レシュレイ達は逃げるつもりはかけらほどもなかった。
エクイテスを…ひいては、この『もう一つの賢人会議』の魔法士達を苦しめた、忌わしき仕掛けの全貌を解く為に、ここに来たのだから。
勿論、心のどこかでは『怖い』とも思っているのだが、今はその感情をおしてでも、やるべき事がある。
「…覚悟は、出来てるわね。たとえ、どんな答えが出てきても、真実として受け止めて…私が言えるのは、それだけよ」
「ああ、ここまで来たら、もう引き下がれない……俺は、誰が止めようともこのデータを見る」
「はい、できてます…ほんとはちょっと怖いけど、でも、私、知らなくちゃいけないから」
「聞くまでもねぇ。俺の答えは最初から決まってるさ」
赤い瞳に強い意志を込めて、レシュレイがはっきりと答えた。
両手の拳を握り締めて、少し気合の入った顔でセリシアが答える。
そして、ラジエルトが、あらかじめ言葉を選んでいたらしき口調でそう告げる。
クラウは、ふぅ、と小さく息を吐き、両手でぱちぱちとキーボードにコマンドを打ち込み、ファイルを開いた。
「…これが、全ての真実よ」
その場に居合わせた一同の目の前で、コンピュータのディスプレイに、テキストデータ形式で文字列が表示された――――。
―【 キャラトーク 】―
ノーテュエル
「…って、なんでこんないいところで区切るのよ!これからって時に次回に続くですって?なによ、その『いいところでコマーシャルに入るテレビ番組』みたいな流れは!!」
ブリード
「いや、あんまりにも長すぎると読者の方が疲れるだろうな、と思って区切ったんだと思うぞ俺。ってか、随分と的確な例えだな」
ミリル
「でも今回、物語の核心にかなり近づくお話だったって事は、間違いないと思います。だって、ノーテュエルさん達を苦しめたあの能力が生み出された理由が、明らかになるんですから…」
ゼイネスト
「ああ、確かにそうだ。俺達がどうして『殺される為に生み出された』のかが、これではっきりする。例えそれが、どれほど残酷な理由であったとしても、な」
ノーテュエル
「よし、ここでゲスト追加ー」
ゼイネスト
「のっけからそれか!お前はこのシリアスな空気を読めないのか!!」
ノーテュエル
「いや、こういう話題はさ、もっといっぱい人がいる状態で話したほうがいいんじゃないかって思っただけなんだけど?」
ブリード
「んじゃ、ちょいと呼んでみてくれよ」
ノーテュエル
「ううん、今回はゲストの二人に押してもらった方がいいと思う。なんとなく」
ミリル
「あ、じゃあ、私にやらせてください」
ゼイネスト
「即座に名乗り出たな」
ブリード
「ミリルもようやく積極的になってきたな。くぅっ、俺としてはうれしい限りだぜ」
ミリル
「では押しますよ―――。えいっ」(ぽちっ)
論
「―――どうやら今回、選ばれたのはオレ達って事か」
ヒナ
「ええ、久しぶりの出番ですね」
ノーテュエル
「わー、ヒナヒナだー。論もだー。二人とも、元気にしてたー?ここんとこ、出番がないみたいだしさー」
ヒナ
「え、それってわたしの事ですか?」
論
「ヒナ以外に誰もいないだろう?にしても、いきなりそれとは……ノーテュエル、お前、随分と他人に対するスキンシップ心が強いんだな」
ノーテュエル
「一応生まれた組織は同じだからね。本編じゃ一度も出会わなかったけど」
ブリード
「総勢6人……おおっと、こいつは騒がしくなりそうだな」
ミリル
「ええ、まったくです」
論
「……まぁ、元気にはしてたかな。出番が無いのは……まぁ、色々と事情があってのことだと思っておく」
ヒナ
「ハーディンさんやデスヴィンさん、由里さんといった新キャラのお話もありますから……わたし達だけに焦点をしぼったお話は、結構厳しいものがあるんじゃないかって思うんです」
ノーテュエル
「それに、別の物語―――『少女達は明日へと歩む』の執筆も入っていたからね。実はこのごろ、作者の執筆ペースが目に見えて落ちてたのよね」
ブリード
「あー、俺達も謎の人物に襲撃されてから出番がねぇんだよな」
ミリル
「うん…一応、時間軸の上では、傷を癒しながら、平和に…って言っていいのかわからないけど、それなりに戦いとは無縁の生活をしてますけど」
論
「好きな子の為に暴走するのは悪いこととは思わないが、今回は色々と不運だったと思うしかないんじゃないか?」
ノーテュエル
「それ、論がいうとすごい説得力あるんだけど。論だってさ、ヒナの為にいっぱいがんばってきたじゃない。だから今があるんでしょ」
論
「……」
ノーテュエル
「あ、照れてる照れてる」
ヒナ
「……論」
ゼイネスト
「……いい雰囲気のところ悪いが、そういうのは二人きりでやることをお勧めするぞ」
ヒナ
「あ、は、はい!そ、それは確かに」(はっと我に返る)
論
「そ、そうだな。あやうく脱線するところだった」
ブリード
「んー、そうなったら俺が取る行動も決まってんだけどな」
ミリル
「え?ブリード、それってまさか…」
ノーテュエル
「ああもう、このバカップル共は―――っ!」
ブリード
「安心しろ。レシュレイとセリシアには負ける」
ゼイネスト
「…事実といえば事実なんだが、それは胸を張っていっていい台詞か?」
論
「――とりあえず、雑談はそこまでにしようか。本題に戻らないと、いつまで経っても話が進まない。まずはそれを終えてから、雑談といこうじゃないか」
ゼイネスト
「まったく持って同意だ。それと、毎回ノーテュエルとセットにされる身にもなってほしい」
ヒナ
「苦労人なんですね」
ゼイネスト
「核心を突いた言い方をされると複雑な気持ちになるな」
論
「さて、本題だ。今回の話で出てきた核心について、現段階で皆はどう思ってる?」
ヒナ
「わたしは……正直、複雑な気持ちです。わたしだって、あの時、論が『自動戦闘状態』を破壊してくれなかったら、もしかしたら、わたしは今、論のそばにいられないかもしれなかったから……あ、す、すみません、ノーテュエルさんやゼイネストさんは助かる事が出来なかったのに、こんな事言っちゃって……」
ノーテュエル
「いいわよそんなの。もう過ぎたことだから、そんなに気にしてないし」
ゼイネスト
「そのとおり、かなり前に過ぎてしまったことを一々気にするほど、俺達は器の小さな人間ではない。だから、気にせずに言うといい」
ヒナ
「ありがとうございます。お二方とも、いい人です」
ノーテュエル
「いやー、そこまで改まってお礼言われるような事じゃないわよー」
ブリード
「その割にはかなーりうれしそうだな」
ミリル
「感情表現が一直線なのはいいことだと思うわ、私」
ゼイネスト
「…で、論はこの件、どう考えてる?」
論
「オレは……これだけの事がどうして起きたのかを知りたい。今言えるのはそれだけだ。
ノーテュエルやゼイネストやヒナみたいに、そんな特殊な能力をもった訳ではないけど、それでも、やっぱり、自分の近いところで起きていた事件だしな」
ミリル
「私は…まだ、なんていったらいいかわからないかな。全部わかったら、きっと言えるかもしれないけど」
ブリード
「俺としては……そうだなぁ、とりあえずは論と同じで、どういう目的の元にそういった能力を作ったのか、が気になるな」
ノーテュエル
「私やゼイネストの死にどんな意味があったのか……ただ、それが知りたいだけよ。当事者として、ね。もちろん、物語の舞台ではなくて、このキャラトークの場でないと知ることは出来ないけど」
ゼイネスト
「ふむ。まとめると、割と皆が思っていることは共通しているということか。そして、結論としては、その全てがあかされてでないと語れない、という点で終結する訳だ。まぁ、今のままではあまりにも情報が少なすぎるから、そういう結論にたどり着くのは自然かもしれんがな」
ヒナ
「レシュレイさんもセリシアさんも、すごくショック受けてるみたいですけど…きっと、大丈夫ですよね?」
論
「大丈夫であることを祈るしか、オレ達には出来ない。あの二人だって、兄を失っている。だから、なおのこと、真実に向き合わなくてはならないんだろう…今は、信じるしかない」
ヒナ
「うん、そうですよね…」
ブリード
「逆にクラウとイントルーダーはかなり落ち着いていたよな……いや、全てを知ったから落ち着いていたんだろうけどよ」
ミリル
「うう、ますます真実が気になっちゃいます」
ゼイネスト
「ちなみにその真実、次では明かされない。少し間を置いてから明かされるそうだ」
論
「…なに?」
ノーテュエル
「次回は由里のお話だから、だってさ。まぁ、確かにこっちも進めなきゃならないってのは事実なんだけどねー」
ブリード
「ちょい待て。この流れでひっぱっておいて、次回じゃいきなり全く違う箇所での話になるのかよ!」
論
「大人の事情…か?」
ヒナ
「ちょっと違うと思う」
ノーテュエル
「まぁ、うだうだ言ってもしょうがないでしょ。キャラトークはこのメンツで次もあるんだから、次回の話の流れも踏まえながら、また語りましょ」
ヒナ
「確かに、そうするしかないです」
ブリード
「このハチャメチャな流れについてこれる読者はどれだけいるのかわかんねぇけどな…」
論
「正論だな」
ヒナ
「では皆さん、また次のお話で会いましょう」
<作者様サイト>
Moonlight butterfly
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