FINAL JUDGMENT
〜火蓋が切られる時〜

















シティ・ニューデリーの街を、赤い小さなリュックを背負ったセレスティ・E・クラインは歩いていた。

一歩一歩を踏み出すたびに、金色をした大きなポニーテールが左右に揺れる。

しかしながら、今、この場には、少女に目をくれる者は一人もいなかった。ニューデリーの人々はその殆どが巨大なディスプレイに視線を釘付けにされており、セラの事など見向きもしない。だが、それは逆に言えば非常に好都合とも考えられる。

そのお陰で、セラは真昼に与えられた命令を実行に移すことができるのだから。

どうでもいいが、この日、セラはポニーテールを結んでいるリボンを、買ったばかりの新しいものに取り替えていた。ディーに見せる事が出来たら直ぐにはずすつもりだったのだが、ディーがそのリボンをつけたセラを、セラが思っていた以上に褒めてくれたので、そのまま外さずに此処まできてしまったのだ。

(…別に、誰も見てくれなくて悔しいだなんて、断じて思ってないです)

ぷぅ、とむくれたくなる気持ちを抑えて、セラはひたすら歩みを進めた。









今日、真昼から与えられた命令は『とにかく、目立たないように行動してね』との事だった。

どういう心算があるのかは分からない。真昼の発言には二重三重四重五重、或いはそれを遥かに超越した数の裏の仕掛けが存在するので、どれが真実なのかを見抜くのは、今のセラには難しすぎる。

ただ、セラとしても、昨日、会議場の外で出会ったクレアやフィアに、もう一度会ってみたいと思っていたので、逆に好都合とも言えた。

先ず間違いなく『賢人会議』と敵対しているクレア、今の所はシティ・ニューデリー側に属しているらしいフィア。

真昼はこの二人を『賢人会議』側に引き込もうとしているのかもしれないという可能性を脳内に止めつつ、セラは今、シティ・ニューデリーの街並みを歩いている。

幸いにも、セラは嘗ての『賢人会議』での発言時には顔を見せなかった。その為、何も知らない人々にとっては、セラの存在はただの一人の少女としてしか見られないはずだ。

昨日の事件にしても、そのお陰でセラだけは余計な疑惑をかけられずに済んだ。おそらくシティ・ニューデリーの方では、セラは『賢人会議』とシティ・ニューデリーのごたごたに巻き込まれただけの少女という事にはなっているだろう。だから、こうやって堂々と歩けるのだ。

それに、こうしていれば、セラの姿を見つけたクレアやフィアが来てくれるかもしれない―――そんな期待が、セラの胸をよぎった。それと同時に、一つの考えが浮かぶ。

(だから真昼さんは、わたしにこういう作戦を出したのかもしれないのです)

勿論、セラの思い違いかもしれない。だけど、今のセラは、そう思っていたかった。











それから十数分ほど歩くと、誰もいない小さな広場に出た。見たところ、街並みから外れた休憩所といったところか。

脳内時計を確認すると『午前9時11分』という答えが返ってきた。シティ・ニューデリーの会議が始まるまで三時間の猶予がある。

(とりあえず、ちょっとだけ休憩です)

近くにあったピンク色の小さなペンチに腰掛ける。別に歩く事に慣れていないというわけではないが、それでも、休めるときに休んでおいたほうがいいと思っただけだ。それに、今のセラの役割は歩き回るだけであって、他に別段やる事もないのだから、こうしていても罰は当たらないだろう。

ふと、周りを見渡すと、少し遠くにはマザーコア派のビルがあった。小さな窓がいくつもついていて、その全てにはカーテンも何もかかっていなかった。

もしあそこにフィアやクレアがいたら、自分の事を見つけてくれて、何らかの形で理由をつけてセラのところに向かってくれるかもしれない―――という淡い期待が、セラの胸の中に浮かんだ。

(前方45度に、熱源反応。パターンからして人間、但し、魔法士のものだと思われる)

刹那、I−ブレインが突然警告を告げる。

「えっ」

セラは反射的に立ち上がる。

心の中に浮かぶ感情は、半分が期待感で半分が緊張だった。もしかしたらクレアやフィアが本当に来てくれたのかもしれない。と思ったからだ。

また、来たのがフィアやクレア以外の魔法士だとしても、かなりの確率でシティ・ニューデリーに在住しているマザーコア賛成派、或いはマザーコア反対派の兵士くらいのものだろう。この状況でセラが見つかったとしても、悪くとも『行方不明になって迷子になっている子供』に見えるのがオチだろう…セラとしては、それは非常に不愉快な事なのだけど。

それに、もし相手が襲い掛かってきたとしても、いざとなれば戦えばいい。と、セラは考えた。背中の赤い小さなリュックにはD3が詰め込まれているのだ。戦うための術はある。

立ったままその相手を待つセラの心臓がどきどきと高鳴る。喉がごくりと音をたてる。冷や汗が一滴頬を伝う。

セラが立ってから凡そ7秒後に、その人物は姿を現した。
















「―――よぉお嬢ちゃん、こんなところで何してんだ?しかも一人っきりでよ。親御さんはいねぇのか?」
















セラの耳に届いたのは、期待していた声ではなかった。最初の一声で先ず間違いなく男性と分かる声だった。

その男性をセラは見た事がなかった。外見的特徴を挙げると、全身の殆どを紫系の服でコーディネイトした男だ。背中にはバイオリンでも入れているかのような、黒い大きなバッグを背負っている。それと、目つきがちょっと鋭い。

おそらくだけど、外見年齢は20歳そこいらだろう。と、セラは推測する。

(…期待して損したのです)

がくり、とセラは肩を落とし、しかし、そのまま肩を落としたままで居るわけにもいかないので、直ぐに姿勢を正してしゃんとする。

同時に、目の前の男から投げかけられた質問に対して答えないと怪しまれると判断し、即座に答えた。

「え、ええと、わたし、この近くに住んでいまして、今、わたし一人でお散歩に出かけていて、それで、ちょっとだけ休憩していたのです。そうしたら、人の足音が聞こえたので、振り向いたらあなたがいたのです」

勿論、前半はほぼ全てが嘘っぱち。セラとて本当は嘘をつくのは嫌だったが、今のセラの立場を考えると、嘘をつかざるを得ない。ましてや、馬鹿正直に『わたしは『賢人会議』です』なんていった日には、どうなるかなんて容易く想像できる。

「身構えちまったって訳か。ま、こんなところで一人で居たら、誘拐されちまうかもしんねぇぜ。んだが、来たのがおれでよかったな。生憎とおれはその手の行動が嫌いでね。それに、別に金に困ってるわけでもねーしな」

男は肩を竦めて、やれやれだぜ、と言わんばかりに首を横に振った。

そこで初めて、セラは、あれ?と思う。そして、次の瞬間には、その疑問を男にぶつけていた。

「あ、あの…一つお聞きしたいのですけれど」

「ん?なんだ?答えられる範囲内なら答えてやるぞ」

「あなたは、シティ・ニューデリーの会議を見ないのですか?」

その質問で、男は少し考え込んだ。

そう、セラが気になったのは、何よりもそこだった。男の外見年齢が20歳ほどだとすると、シティ・ニューデリーの会議の事が気になって気になって仕方がないはずだ。

今後の自分達の生活に関わる、大切な大切な会議。それを前にしているからこそ、シティ・ニューデリーの人々は、常にそわそわしている。

だが、目の前の男はまさにのんびり屋という単語が似合いそうなまでにマイペース。他の人には見られたそわそわ感が無い。

「あー、そうだな…。
 ぶっちゃけるとよ、今の段階の話はよ、あんまりおれには興味がない事だからさ。ま、強いて言うなら、興味がある議題に移ったら見に行くってとこかな」

たっぷり5秒が経過した後に、男が答えた。

なるほど、いわれてみれば納得できなくもない。人に寄るだろうけれど、態々会議の全貌を見る必要はなく、気になったところだけ見るというタイプの人間が居たところで、なんら不思議は無いのだ。

(なるほどなのです)

うんうん、とセラは納得した。

(…って、素直に納得なんてしている場合じゃないのです。もう一個、この人には気になるところがあるのです)

納得したのもつかの間、即座に先ほどのI−ブレインの告げた警告の内容を思い出し、再び男へと視線を向ける。I−ブレインがこの男が魔法士としての反応を感知した事についての理由が、まだ判明してないからだ。

「ん?どうした?まだ聞きたい事があるのか?」

「あ、えっと、そんなんじゃないです」

「じゃあどうしたんだよ?」

「それは…その…」

いくらなんでも『あなたはどんな魔法士さんなんですか』などと聞くわけにもいかず、セラは質問に困って視線を泳がせてしまう。そんな事を聞いてしまえば、セラが魔法士だとばれるのは至極当然の理屈だからだ。

「ん、なんだ。自分の聞きたい事もわからねぇのか?」

セラは無言で頷いておく事にした。下手な反応を取るよりも、ずっといい行動だと判断したからである。

男はしばらくの間、そんなセラを見つめていたが、ものの数秒もしないうちに口を開いた。

「…あー、んじゃよ、おれからも一つ、聞いていいか?」

そして、セラの返答を待たずに、男は一つの問いを口にした。






















「昨日、あんた、クレアやフィアと一緒に居ただろ」





















―――セラの背筋に悪寒が走った。






















『クレアやフィアと一緒に居ただろ』

その発言一つで、セラは周囲の温度が4.5度ほど下がっていくような感覚を覚える。

(…この人、わたしの事を知ってる)

セラの胸の中で、嫌な予感が急速に広まっていった。

目の前にいる男への見方が一気に変わる。不信感という感情をセラは抱いた。

そう、それほどまでに重要な事を、目の前の男はあっさりと言ってのけたのだ。

事実、昨日、セラがクレアやフィアと、偶然にしろ出会っていた事は事実である。しかし、それは極一部の者しか知らないはずの事実だ。それを知っているとなれば、目の前の男に対しての警戒心も自然と強くなる。

「―――あなたは、誰なんですか」

一秒でも早くこの場から逃げ出したい衝動を抑えて、セラは目の前の男に問うた。勿論、黙秘を使う事は覚悟の上で、だ。

だが、そんなセラの覚悟を台無しにするかのように、目の前の男は至極あっさりと答えた。















「―――おれの名はフェイト。
 あんたにも分かりやすいように単純に言わしてもらうと…シティ側の魔法士だ」



















シティ側の魔法士という単語が、セラの心に緊張感を走らせた。














【 + + + + + + + + + 】
















目の前の金髪ポニーテールの少女を見て、フェイトは素直な感想を心の中だけで告げた。

(―――『光使い』だっていうからどれほどのものかと思いきや、こんな年端もいかねぇ子供だとはな)

正直、びっくりしたほどである。個人的な予想として、外見年齢は悪くても14歳くらいだろう―――と思っていたら、なんと相手は10歳程度、それも、あどけなさがめいっぱいに残っている少女だったのだから。

(『賢人会議』ってのは、こんな年端もいかねぇ子供(ガキ)まで戦力として使ってやがるのか…ま、テロリスト風情のやる事だ。誰もが考えないような意外性がなきゃ、面白くもなんともねぇ。
 んで、相手が『光使い』なら…はーん、なるほど、そういう事ね)

知らずのうちに、フェイトの頬の端に笑みが浮かんだ。

そう、そもそもフェイトがどうしてこんなところにいるのか、全ては、そこから始まったのだ。














【 + + + + + + + + + 】
















朝早くから、フェイトの部屋に呼び出しの電話がかけられた。

いきなり叩き起こされたフェイトは当然ながら半ば不機嫌で受話器をとり『まだ朝の6時じゃねーか!』という元気な第一声を発しておいた。ちなみに、フェイトの通常の起床時間は7時頃だったりする。まぁ、どうでもいいけれど。

「―――朝から失礼しました。フェイト」

受話器の向こうから聞こえてきたのは、フェイトの第一声をまるで気にしていないような声。加えて、ここ数日間で幾度も聞いた声だった。

「あ、ハーディンだったのか、わりぃわりぃ」

「ええ、その通りですよ。
 全く、僕だったから良かったものの、僕じゃなかったらどうするつもりだったのですか?もしこれが由里さんだったりしたら、由里さんが泣いてしまいますよ」

「なんでそこであの嬢ちゃんが掛け合いに出されるのかは、敢えて突っ込まないでおくぞ。
 …んで、こんな朝っぱらから連絡って事は、やっぱあれか?
 例の『作戦』とやらを、抜き打ちで行えって事なんだろ?」

「ええ、その通りです。昨晩の遅くに告げた『作戦』とやらを、今日、フェイトに実行してもらいます。その為に、今、こういった形で連絡をしています」

「…へぇ、ついにこの時が来たってわけか」

因みに、フェイトはハーディンに対しては心を許している。その背景には、あの日、アルカナ同士だという事で語った時の会話があった。

「んでよ、その作戦ってのは、一体なんなんだ?」

「そこまで焦る必要はありませんよ。今から告げますから。
 では、その作戦というのはですね――――――」















【 + + + + + + + + + 】
















―――そこまで思い出し、フェイトは頭を振って思考を振り払う。

(―――ま、今更ぐだぐだ言っても仕方ねぇか。賽は投げられちまってる…それに、ハーディンから得た情報さえ正しければ、余程の事が無い限り、おれが負ける事はねぇんだしよ)

知らずのうちに、フェイトの口の端に小さな笑みが浮かんでいたのに気づき、顔の筋肉に力を入れて、しまりのある顔に戻す。ここで笑みを浮かべてしまっては、相手の少女に何かを嗅ぎつけられないとも限らないからだ。何となくではあるが、相手の少女は勘がよさそうな顔をしているように見える。

(さぁて、第一段階は成功…ってところかな。『賢人会議』の他の厄介な奴らは何処に行っているのかわからねぇけれど、おれはおれの出来る事をするだけだ。任務こそ違えど、そこに関してだけは十年前から何にもかわんねぇからな)

とりあえずハーディンの指示通りに、『賢人会議』に所属する光使いの少女の姿を見つけ、接触する事には成功した。

尚、目の前の少女がどうして光使いだと分かったのかについてだが、ハーディン曰く『シティ・マサチューセッツのデータベースに少女の事が載っていた』との事らしい。なんでも、以前、少女は母親と共にシティ・マサチューセッツに捕らえられ、その時に魔法士だと判明していたようだ。

加えて、その後は何らかの形で逃走したらしいが、その辺りは流石のハーディンにも分からなかったとの事。

そして少女は今、フェイトの目の前にいる。

(さて、と。うまくいってくれりゃいいんだけどな)

目の前の少女を見据えて、フェイトはズボンの右ポケットに右手を突っ込んだ―――この戦いに必要な物を出す為に。















【 + + + + + + + + + 】
















フェイトと名乗った男を目の前に、セラは一歩も動かなかった。

恐怖から動けなかったのではない。相手を見据え、どんな攻撃をしてくるかを警戒しているがゆえである。これまでセラが人を殺した事は一度たりとも無いが、それでも、セラの『光使い』としての技術なら、相手の戦意を奪う事は十分に可能だ。事実、今まで、セラはそうやって戦ってきた。

殺すことが戦いではない。相手を戦闘不能に陥らせるのも戦いだ。

(ディーく…ううん、いけないです!)

ふと、心の中には一人の少年の姿が浮かぶが、セラは首を左右にぶんぶんと振って打ち消す。

ここでディーの名前を呼ぶのは簡単だ。だが、呼んだところでディーはまた別の作戦の実行中だろうから、そうそう運よくきてくれるとは限らない。

なにより、セラ自身、ディーにばかり頼っていられないという思いと覚悟は当の昔に出来ている。だから、そんな選択肢を『選ぶ』事自体、今のセラの脳内には無い。

さらに、この状況下では逃げるのも不可能だろう。相手の男の能力は分からないが、兵士も誰も連れないで一人でセラのところに向かってきたという事は、セラに対して勝機があるからだろう、と予測しての事。

そこまで考えて、セラは改めて目の前の男に視線を向ける。フェイトの背はセラよりも遥かに高く、どうしても上目遣いになるが、いちいちそんな事まで気にしていられない。

「どーしたよ。早いトコださねぇとまずいんじゃねぇのか―――武器をよ」

セラが動かないのを怪しく思ったのか、挑発的な口調を浴びせかけるフェイト。

それと同時に、フェイトの懐から取り出されたのは―――漆黒に彩られた銃だった。

(銃…?)

先ず真っ先に、どうして?とセラは思った。

フェイトが取り出した銃は、軍の一般兵に支給されるタイプの、銃としては最も格下の、攻撃よりは護身用に使うことの方が多いとされる系統の銃。無論、魔法士相手には到底役に立たない。炎使いには氷の壁で防がれるし、騎士には余裕で避けられるし、人形使いにはゴーストハックであっさり防がれるし、光使いには荷電粒子砲の一撃で打ち落とされて終わる。

魔法士と戦うにはあまりにも頼りない、そんな銃を、フェイトは今、この戦場にもってきたのだ。

今のところ、銃以外に武器は見つからない。もしかしたら服の中に隠しているのかもしれないし、後ろのギターケースのような入れ物にも何か入っているのかもしれない…その可能性も、勿論危惧している。

だが、それだったら普通は、そのような頼りない銃を使わずに、真っ先にそっちを使うのが普通だ。

(…わかんないです。なんでなんですか?なんで、そんな銃だけで、わたしの前に立てるんですか?)

フェイトの意図が分からず悩んだ直後に、一つのひらめき。セラの頭の中で仮説が出来上がる。

…フェイトはセラが魔法士だという事に気づいていないのだろうか?という、そんな考えが頭をよぎる。

そう、相手が魔法士だとわかっていれば、普通はもっとまともな武器を持ってくるはずだ。

(…あ!)

そして、ふと気づく。

先ほどもフェイトは『昨日、あんた、クレアやフィアと一緒に居ただろ』と言っただけで、セラが魔法士だなんて事については一言も触れていない。つまり、フェイトはセラがただの人間の少女だと思ったから、銃を使う事にしたのかもしれない。

(…それでしたら、好都合です。目の前の、フェイト…さんが、わたしの能力に気づかない内に、フェイトさんの戦闘能力を削いで、その隙にわたしは逃げるんです。
 ここは街の中だから、あんまり騒ぎを大きく出来ないから、なおのこと都合がいいです)

見た目どう見ても年上なので、とりあえずさん付けをしておいた。

(『I−ブレイン起動、『D3』とのリンクを確立』)

I−ブレイン起動と同時に、視界の端に二重に浮かぶシステムメッセージに頷き、頭の中で新しいメッセージを紡いだ。














―――数分後、自分の考えがとんでもなく間違っていたという事を、セラは嫌というほど教えられる事になるなど、この時のセラには予測すら出来なかった

















生み出された命令がI−ブレインから情報の海を介してリュック内の結晶体に到達し、内部に刻み込まれた論理回路と連動して情報制御を発現する。

結晶体の周囲の時空構造が書き換わり、重力場が変化し、結晶体の一つが動く。

光使い専用デバイス、通称『D3』。それが今、セラの命令によって動き始めた。

セラのD3を使えば、フェイトの右手を荷電粒子砲で撃ち、その銃を落とす事が出来る。フェイトが一体どんな戦い方をするのかは全くと言っていいほど分からないが、セラにとっては目の前の問題を解決する方が先と判断した。

それに、右手にダメージを負わせるだけであって、右手を使い物にするわけでは断じてない。

命令を受けたD3が赤いリュックからゆっくりと這い出て、空中をふわふわと移動する。

D3はセラのポニーテールの影をゆっくりと移動する。勿論、D3がフェイトからは見えない位置になるように、事前にセラは位置の確保をしている。

フェイトはいまだに黙ったままセラの方を見下ろしてはいるものの、銃の引き金を引こうとしない。引き金に指がかかっている状態のまま、ずっと止めたままだ。

(そのまま…そのまま気づかないでください…)

髪の毛の影にD3が移動したのを確認後、祈りながら、D3の照準をフェイトの右手にあわせる。

荷電粒子砲は、発射を予測された場合を除いて、基本的に見てからでは回避が間に合わない。そして、急所に直撃すれば即死は確実だ。その為、光使いは第三次世界大戦では『戦場の鬼神』と呼ばれ、恐れおののかれた。

(でも、わたしは、誰も殺さないんです)

セラの表情がきりっとしたものに変わる。

脳内で命令が下され、D3が荷電粒子砲を発射した。






















――――――そして次の瞬間、セラが欠片も予測していなかった事が起こった。



















「―――きゃぅっ!」

セラの右肩を、肉眼では確認できない何かが霞め、そのまま貫通した。後ろから、何かが地面に着弾した音がした。

一瞬の間を置いて、肉が焼ける嫌なにおいがすぐに鼻に入ってきた。同時に、右肩から激痛が襲い掛かってくる。

左手で右肩を抑えて、セラはなすすべなく膝を就いた。

痛みと、何が起きたのかが理解できないという状態が重なり合っていたものの、それでもセラはなんとか正常な状態を保つ事は出来た。

だが、いくらI−ブレインを持っていようとも、セラはまだ十歳の少女でしかない。加えて、セラは攻撃を受けることに慣れていない。故に、今まで感じた事のない痛みに対し、耐え切る方が無理だというものだ。

透き通ったように綺麗な輝きをもつ青い瞳に涙がたまり、許容量を超えた涙が瞳の端から、一粒ぽろりとこぼれ落ちる。

ひぅ、という声をあげた刹那、右肩にさらなる痛みが走る。

「いやいや、まだ十分に右肩が繋がってるだけよかったじゃねぇか」

近くにいるはずのフェイトの声が、遠くから聞こえるようなものに感じる。

涙で滲んで、視界が霞む。

それでも、セラは必死で痛みを堪えて、膝を突いて前のめりの姿勢のままフェイトの顔を見上げた。

「……なんで、なにが…起こったんですか…」

「―――ん、言っとくけど俺はお前に対して直接的な攻撃は全くやってないぜ。
 強いて言うなら、お前のその怪我は、お前自身が引き起こしたって事だ」

「う…ぇ?」

痛みでうまく思考が出来ない為に、只でさえ理解できない言葉がますます理解できない。

痛みがさらに激しくなり、ついにセラは顔を上げ続けることも出来なくなり、地面に向かって顔を落とした。

それでも、なけなしの理性を振り絞り、I−ブレインを起動させようとする。

リュックの中のD3を用いて、この場から離脱し、どこかで傷を治す事を最優先にするべきだと考えて、セラはI−ブレインに命令を送る。

だが、そうしようとした刹那、セラの直ぐ傍に何かがいる事を感知。

「チェックメイト」

その声で、フェイトが足音一つ立てずにここまで来たというのに気づいた時には、既に遅かった。

ちくん、と、うなじに何かが刺さる感覚と同時に、脳内に不快なノイズが走るような感覚と、とても不快な感覚の二つが同時に襲い掛かる。

動かそうとしたリュックの中のD3達に命令を送ろうにも送れない状態にあると気づき…すなわち、ノイズメーカーを刺されたという事に気づき、セラの心の中に絶望が一気に湧き上がった。

絶望に耐え切れずにたすけて、と叫ぼうとした刹那、口元に、セラより遥かに大きな手が当てられて、言葉を遮られる。

同時に、後頭部にごり、という音と共に、冷たい何かが押し付けられる感覚。

「おっと。助けを呼んだりしたら、引き金が引かれちまうぜ」

「あ…う…」

フェイトの発現から、後頭部に銃口が押し付けられたという事に気づく。

「…後は、こーして、こーやって、だな」

刹那、右肩に何かが触れる感覚。神経を貫く痛みに、セラの口から小さな悲鳴が漏れた。

「じっとしとけ。応急処置だが、止血はしとく。
 それに、万が一でも嬢ちゃんに死なれたら、『賢人会議』のディーとやらにシティ・ニューデリーの全住民が虐殺されかねねぇんだよ…あー、まったくめんどうくせぇ」

心の底から面倒くさそうな声で、フェイトは額に手をのせてぼやく。。

「…う?」

首を傾けて右肩を見ると、そこには、どこから取り出したのか、分厚くて、でも清潔そうな白いタオルが、医療用テープでしっかりと固定されていた。

「…さぁて、どうするよ嬢ちゃん。選択肢はたくさんあるぜ」

セラの真上から、フェイトがそう告げる。

「その1、このまま大人しくして様子を見る。その2、おれを倒して逃げる。その3、誰かに助けを呼ぶ。その4、流れに任せてやけっぱちの行動を取る……まぁ、後はめんどくせぇから省略する。
 ……んだが、その一以外の行動を、おれが許すと思うかい?」

セラの心にかかる絶望が、心の許容量を超えそうになる。今、この場でとれる答えは間違いなく1しかないだろう。

『逃げるな―――』と、状況がそれを物語っている。今のセラは後頭部に銃口を突きつけられて、いつ殺されてもおかしくない状態だ。

逃げようとしたが最後、フェイトは即座に銃の引き金を引くだろう。

そして死んでしまえば、セラはもう、二度と、みんなに会えない。

眼鏡の青年にも、憧れの黒髪の女性にも、そして、大好きな銀髪の少年にも――――――。

「…そんなの、いや、です…」

小さく、声が漏れた。

止まってきたはずの涙がまた溢れ、再び視界が滲む。

「んじゃ、話ははえぇな。
 …まぁ、今のところは、嬢ちゃんを殺すなって言われてるんだよな。最も、どうしても抵抗するなら止むを得ない、とも言われてんだけどよ」

「…それは、わたしをマザーコアにするためですか?」

自分でも驚くほどの、低い声。マザーコア、と口にした刹那、セラの心の中に重いものがのしかかったような感覚が訪れる。

「いや、違ぇな。どっちかっていうと、殺しちまったら、人質としての価値がなくなっちまうってところだな。
 ……さて、ちいと喋りすぎたな。わりぃがちいとばかりおねんねしててくれ。傷を治す為にも寝てたほうがいいだろーし…なっ!」

刹那、とすっ、と、首筋に何かを叩き込まれた感覚。

「あ」

それを最後に、セラの意識は急激に薄くなっていき、ぷつん、と途切れた。














「…さってと、行くか」

目の前の少女を手刀で気絶させ、少女が気絶したのを確認してから、フェイトは少女を抱きかかえるように持ち上げて、ゆっくりと、人の通らない場所を選んで移動を開始した。そこで、少女の体が思っていたよりもずっと軽いことに気づく。

(華奢だなこいつ。ま、この世界じゃそうがつがつと食いもん

少女の後ろに転がっていた結晶体も、全部まとめて少女の鞄の中にいれておいた。

「まずは第一段階、完了だな…」

歩いている途中で、一言だけ、そうぼやいた。
















―――次の瞬間に、異変が起こった。














「―――がっ!!」

フェイトの腹の中に、不快感が生じた。

不快感は1秒を持たずしてフェイトの腹から喉まで一気に駆け上がり、次の1秒を得て、それがフェイトの口を通して体外へと吐き出された。

フェイトの両腕は、左腕はセラを抱えるので精一杯、右手には少女の鞄を手にしていたので、結果的に、フェイトは自分の口を押さえる事が出来なかった。

さらに1秒の時をえて、フェイトの目の前の芝生に、どろりとした赤が広がる。

それが、フェイトが吐き出した血の塊だと気づくのに、3秒もかからなかった。

口の周りには、水が張り付いているような感覚。だが、それが水ではなく血である事は、今の状況から考えればすぐに理解できる。

口の中には鉄臭い嫌な感触が残り、喉にもひりひりと焼け付くような感覚がある。腹がずきずきと痛み出し、フェイトはその痛みに耐え切れずに、がくりと膝を突いた。

因みに、幸運にも、かついだ少女には血の一滴すらついていなかった。

フェイトはそのまま、つい今しがた自分が吐き出した、目の前の赤い血を見つめる。

「……畜生が。やっぱりこうなったかよ。電磁学力制御のアフターリスク、即ち身体への悪影響……やっぱりおれは、こいつからは一生逃れることが出来ねーみてぇだ」

まだ血の味が残る口から出たのはそんな言葉。

「くそっ……おれの体は……あとどんくらい持つんだ?参ったぜ……折角、おれが本当に守りたいものを見つけたっていうのに、そういう時に限ってこうなっちまうなんてな。だがおれは最後まであがくぜ……おれは、エルの為に生きるんだからよ!」

腹の痛みを意志の力で押しつぶし、フェイトは立ち上がり、先ほどに比べるとなんともおぼつかない足取りではあるが、それでも再び歩き出した。






























<To Be Contied………>















―【 キャラトーク 】―










ノーテュエル
「うわ…いきなりこんな展開?」

ゼイネスト
「本家VSオリキャラのぶつかりあい、初戦はフェイトが制したか」

ノーテュエル
「フェイトは自分の力に対して『電磁力学制御』って言ってたわよね。つまりそれって、電磁場とかを操る力ってことでしょ?以前の話で、フェイトの力については説明されていたし」

ゼイネスト
「ああ、そのとおりだ。
 そして、強すぎる電磁場は、荷電粒子砲すら捻じ曲げてしまうらしい…こういえば、フェイトの能力でどうやってセラに勝ったのかが一発でわかるだろう?」

ノーテュエル
「あ、わかった。要するにフェイトは……」

ゼイネスト
「まぁ、その続きは物語の中で明かされるのを待とうな」







ノーテュエル
「でさ、今日のゲストは誰かな?たまにはゼイネストが押してみてよ。ゲスト召還ボタン」

ゼイネスト
「へぇ、お前にしては珍しく気を利かせるな。なら、俺はちとその言葉に甘えてみるとするか。それ、ポチっとな」








ブリード
「お、俺がここに呼ばれるのは結構久々だな」

ミリル
「あ、ノーテュエルさん、ゼイネストさん、こんばんはー」











ノーテュエル
「あ、ブリードにミリルじゃない。久しぶり〜」

ゼイネスト
「なんかものすごく親しげになってないか?」

ノーテュエル
「一応DTR時代に顔合わせしてるからねー」

ブリード
「とんでもねぇ顔合わせだったけどな……しかもいきなりバトルになるしよ」

ミリル
「ほんとに、あの時はどうなるかと思いましたよ……」

ゼイネスト
「重ね重ねすまない。こいつが迷惑をかけたようで…」

ノーテュエル
「ちょっとゼイネスト『こいつ』とは何よ、『こいつ』とは」

ブリード
「そういうお二人さんだって、結構……っていうかかなり親しげだよな。ほぼ毎回このキャラトークに出てるしよ。間違いなくレギュラーだぜ。お前ら」

ゼイネスト
「所詮はボケと突っ込みの役割だけどな」

ノーテュエル
「……反論できないのがなんかくやしいわ」











ノーテュエル
「で、何話そっか?」

ブリード
「んー、そうだな……強いていうなら、今回の件で、セラスキーの読者の方々からブーイングかこないかどうかが、俺としちゃあ心配だな」

ミリル
「確かに、あんまり深い傷とかは負わせてないけど、それでも、可能性としてはゼロではないですよね」

ゼイネスト
「…とりあえずその手の話はやめにしないか?あまり面白い話題ではないし」

ノーテュエル
「はいはーい、というわけで、早速だけど方向性変更ー。
 んー、後は…よし、ここで一旦中断!」

ブリード
「早っ!?」

ミリル
「どうしてこんな時に?まだ、少ししか話してないですよ?」

ノーテュエル
「そんなの決まってるじゃない……『史上初、前編と中編と後編に分かれたキャラトーク』をやる為よ!前編と後編は以前やったしね!」

ゼイネスト
「お前は態々そんな事をする為に中断などするか!」

ノーテュエル
「キャラトークは一日1時間ってどこかの偉い名人がいっていたじゃない」

ゼイネスト
「それはゲームだ!というか、そのどこかの偉い名人のゲームは、どうあがいても到底1時間じゃクリアできないゲームだろうが!ついでに言うと、キャラトークなど、どんなに遅い人でも3分以内には読み終わる!」

ブリード
「(小声で)やっぱり気があってるよな。この二人」

ミリル
「(やっぱり小声で)うんうん、すっごく息ぴったり」











―――というわけで、次回に続くのであった。
























<To Be Contied〜>









(※キャラ達が言いたい事を言ってくれたので、あとがきはお休みします)



















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Moonlight butterfly


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