FINAL JUDGMENT
〜集う役者〜












―――シティ・ニューデリーに『賢人会議』が潜入している。

その情報を得たハーディンらは、会議の最終日を前に、シティ・ニューデリーへの移動を終えた。

シティ・メルボルン跡地での地位や、ハーディンの信念である『シティを守りたい』という思いから、アニル・ジュレとハーディンには、公こそされていないが交友関係が結ばれている。その為、シティ・ニューデリーの税関に関しては難なく通り抜ける事が出来た。最も、だからと言ってシティ・ニューデリーで好き勝手をしていい訳ではない。ハーディンらはあくまでも、シティ・ニューデリーにとっては一時的な増強戦力でしかないのだ。

因みに、当初の予定では、イルとクレアは先発隊としてシティ・ニューデリーに早い段階で向かっている。その後、後続隊としてハーディンらが向かうという手はずになっていた。

何故こういう手段をとったかというと、別のシティの魔法士達が一気にシティ・ニューデリーに向かうと、シティ・ニューデリーに対しなんらかの形で不快感を与えてしまうかもしれない、というハーディンの考えからであった。

つまり、全員がマザーシステム推進派の属する一室に集まると、総人数が12人に達するわけになる―――のだが、世の中、物事がそう簡単に動くわけもなかった。

約2名―――ヴァーミリオン・CD・ヘイズとクレアヴォイアンスNo.7が、何らかの理由があってシティの外にいるので、今日、この部屋に集まるのは最大でも10人という事が、前情報で明らかになった。

しかし今、ハーディンらの以外の人物は、何らかの理由があって部屋には到着しておらず、結果、実際に部屋にいるのは、アニル・月夜・錬・フィア・ハーディンのわずか5人だった。

「お久しぶりです。アニル・ジュレ殿」

白い装束を着たシティ・ニューデリーの執政官に対し、ハーディンは頭をたれる。頭を下げる速度、そして角度ともに、お辞儀の見本と言ってもさしつかえがない。

それを見て、アニルは笑みを浮かべ、返答する。

「そこまでかしこまらなくても結構ですよ。ハーディン・フォウルレイヤー君。遠地からはるばるのご来訪、ありがとうございます。
 聞けば、貴方は今、シティ・メルボルン跡地近郊のプラントに住む人達をシティに受け入れさせる為に頑張っていたと聞きましたが…そちらはうまくいったのでしょうか?」

「ええ、成功に終わりました」

一瞬の迷いもなく、ハーディンは答えた。

「…ですが、その分、マザーコアには負担をかけてしまいました。ただでさえ『賢人会議』の大量虐殺のせいで物資やエネルギーが不足しておりましたから、尚の事でした。
 しかしながら、なんとかしてその問題は解決したしました。丁度、マザーコアの交換、および追加接続が出来ましたので、新しくシティ・メルボルン跡地に受け入れた人達の生活も、当分の間は約束する事が出来ます」

『マザーコアの交換、および追加接続』という単語が放たれた刹那、アニルの顔が僅かに曇った。無論、ハーディンとてそれは一瞬で見抜くことが出来たが、敢えてこの場では何も口に出さない事にした。

ハーディンとて分かっている。魔法士をマザーコアとして利用する事は、今の世界に必要な事でこそあれど、絶対に正しいことでは無いと。

―――だが、今はそんな時ではない。如何なる手段を用いても、シティを存続させなくてはならない。子供の様な我侭を言っている猶予など欠片ほども存在しない。何が何でも、一歩ずつでも、前に進まなくてはならないのだ。

そして、いつか、必ず、マザーコアに変わるエネルギーを作り出せると信じて研究を進める。それが実った時、マザーコアという非人道的なシステムは、二度と、地球上には現れなくなる。

その時の為に、マザーコア被検体には我慢して欲しい…それが、ハーディンが、戦後十年で見つけた『答え』だった。

この時、ハーディンは気づかなかったが、マザーコア、という単語が出てきた時、近くにいた黒髪の女性の肩がぴくりと動いていた。

同時に、もう一人、金髪の少女の身体も、僅かながらぴくっと震えていた。

「…人々を救う為に、マザーコアの増設に力を入れる?」

ぼそり、と、小さな声が、ハーディンの耳に届いた。その声から感じ取れる感情は『怒り』だと一瞬で理解して、声のした方へと振り向く。

振り向いた視線の先には、ハーディンに比べるとかなり背の低い、東洋系黒い髪の毛の少年が椅子に座っていた。

「…そういう君は、天樹錬…といいましたね。今の言葉はどういう事でしょうか?」

目の前の少年に、ハーディンは問うた。

アニルから事前に聞かされていたし、大まかなデータも渡されていたので、この場にいる人物達の名前は全て分かる。

目の前の少年はハーディンに対する不信感を隠す事無く、此方に対して視線を送っている。
 
「ああ、ハーディン君。錬君はマザーコアが嫌いなようなんですよ」

やんわりとした表情で、アニルが告げた。完璧なタイミングでのフォローだ。

「…そうでしたか。
 確かに、理由は色々在れど、マザーコアに対してよい感情を持たない方がいるのは、極々当たり前の事です。
 マザーコアの事を好いてないとは知らず、そんな話を目の前でしてしまい、もうしわけありませ…」

「…そうじゃないよ」

ハーディンの謝罪は、錬の言葉によって遮られた。

「僕はどっちかって言うと、ハーディンの素性が気になるんだ。
 アニルの友人だって事は聞いているけどさ…シティを生かす為にマザーコアを増設するって言ったよね。それが出来るあんたは一体何者なの?
 いきなり四人も魔法士を連れてくるし…しかも、その中の一人はまだここにいない。そうくれば、僕が不信に近い感情を抱いても不思議じゃないと思うけど、その辺りはどうなの?
 これから同じ舞台に所属して行動するんだから、その辺りをはっきりさせてほしいんだ」

ふむ、とハーディンは考える仕草をとる。

この天樹錬という少年。初対面という事もあってか、なんとか敬語を使ってはいるようだ。しかしながら、年上を相手に使うべきではない言葉を多用するあたり、口では『そうじゃないよ』と言ってはいるが、本音では僕の事を嫌っているんだな…と、ハーディンは一瞬で察知した。

ハーディンがこの手の人物に出会ったのは、これが最初という訳ではない。世界にはマザーコアを嫌悪する人間は吐いて捨てるほどいる。

因みに、アニルからデータが届いた時、天樹、の性という事で、由里との関連性も由里本人に聞いてみたのだが、当の由里は『……何も知らないですっ』と言っていたので、それを信じておく事にしておいた。

(さて、どう答えようかな)

しばし、思考をめぐらせる。

別に隠し事をしているわけでは無いから、本当の事を言ってしまえばいいのだが、それでも、物事にはやり方というものがある。少々だが不穏になりつつあるこの空気を打破する為に、ハーディンは現実時間にして5秒ほど考えて、口を開いた。

「―――ええ、そうですね。ここはやはり、隠さずに申し上げたほうがよろしいでしょう。
 そういえば、詳しい自己紹介がまだでしたね…天樹錬君、と言いましたか。
 僕の名はハーディン・フォウルレイヤー。シティ・モスクワ所属の魔法士です。カテゴリは『聖騎士』―――以後、お見知りおきを」

先ほどと同じく、見本といっても差し支えない礼をして締めくくる。

「…聖騎士?」

先ほどから不信の感情を露にしていた錬の顔に、さらに不信の色が濃くなる。おそらく、知っている情報を脳内から探し出しているのだろう。

ハーディンは黙って、ただ、それを見守る。

やがて、何かに気づいたように顔をあげた錬は、

「…ちょっと待って、なんか、聞いた事があるよ。
 シティ・メルボルン跡地に所属して、シティの人間達の為に積極的に活動している『聖騎士』の話を。
 ―――もしかして、ハーディンがそれだったり…するの?」

おそるおそる、その言葉を口に出した。

「―――どうやら、君の事は意外と知れ渡ってるみたいですよ、ハーディン君」

これはアニルの台詞。

「ええ、そのとおりです、錬君。紛れもなく、僕がその『聖騎士』ですよ」

「…で、その『聖騎士』さまが、こんなところに何の用なの?」

なにやら仏頂面になっている黒髪の女性が、ややぶっきらぼうな口調でそう告げる。

「あなたは……話によると、天樹月夜さんと申しましたね。
 僕の用事について聞かれたようですが、答えは至極簡単な事です」

次の瞬間、ハーディンの笑顔が途端に変化する。青とエメラルドグリーンのオッドアイの瞳が鋭くなり、ハーディンが怒りの感情を露にした事を如実に表す。

「―――最早説明の必要は無いと思われますが、『賢人会議』はご存知ですよね」

『賢人会議』―――ハーディンがその単語を口にした途端、この一室に数秒間だけだが沈黙が走る。

「数ヶ月前、『賢人会議』は、シティ・メルボルン跡地にで大規模な反逆行為…いえ、虐殺行為を行い、無関係な多くの人達を死に追いやりました。マザーコアとして使われる魔法士の人権がどうのこうのという理由で、です。
 理由がどうあれど、『賢人会議』のやった事は完全なる大量虐殺なのは誰の目から見ても明らかでしょう。
 このような、魔法士を助ける為に、普通の人間を何千人も平然と殺せるような輩を放っておいては、いつ、どこのシティが被害を被るかわかりません。シティ・メルボルン跡地の悲劇は、もう繰り返してはならないのです。
 ですから、僕はここに来ました―――『賢人会議』の全てを滅ぼす為に」

冷静に、かつ、怒気を孕んだ声で、ハーディンは叫ぶように告げた。

「…なるほど、それがあんたの戦う理由、か。
 その理由から察するに、シティの人間達の為に戦っているってのは事実のようね」

ハーディンの発言に納得したのか、或いは共感できるところがあったのか、月夜は先ほどよりはやや落ち着いた様子。

「でも、だからって『賢人会議』を滅ぼさせるわけにはいかないわ」

「なっ!まさかあなたは『賢人会議』の……」

「話はまだ続く!」

反射的に驚きの声をあげたハーディンだが、月夜にぴしゃりと征されて言葉を止める。

「早とちりしないで頂戴。
 その代わり、『賢人会議』にいる、とある男を私達の家に連れて帰るため、って事よ。勿論、その時は『賢人会議』としての活動だって、ぶん殴ってでも辞めさせるわ。
 あんなバカでも、私達の大切な仲間なの…そこの所をわかって欲しいの。それだけよ」

月夜の発言を聞いて、ハーディンは少しの間考える。

(なるほど…どうやら、背景に色々と事情があるようですね。
 僕としても出来ることなら殺さずに済ませたいのは事実ですし…)

考えを纏めたハーディンは、口を開いた。

「―――なるほど。天樹月夜さん」

「月夜、でいいわ」

「そうは申されますが、年上の方を呼び捨てにするわけには…」

「うっさい、私が月夜でいいって言ったらいいのよ」

「ハーディン君、君の負けです。大人しく彼女の言うとおりにしたほうがいいですよ」

「うん、月姉は一度決めた事は決して曲げな…いたたっ!」

「錬、余計な事を言わないの」

横から口を出した錬が、月夜に左の耳をつままれ、ひっぱられた。錬はそれに耐え切れずに悲鳴をあげる。

「…錬さん、口は災いの元ですよ」

小さな溜息と共に、フィアがそう告げた。

「って、庇ってくれないのフィア!」

「今のは完全に錬君の失態であって、フィア君が庇う余地が無いでしょう。大人しくお仕置きを受けるべきですよ」

笑顔のまま、アニルがやんわりと告げた。一見するとその表情には一欠けらの悪意すらないように見える。

「アニルさんや錬君までそう仰られるとなると…まぁ、その通りにしたほうがよろしいのでしょう。
 では、月夜、貴女の言う事を信じましょう。その代わり、絶対にその―――お仲間さんを止めてください」

「承知したわ」

「…ところで、他の皆さんはまだ来ないんですか?確か、アニルさんから聞いた話では、ハーディンさん以外にも、後四人の方が来るという予定になっていたそうですけれど…」

ハーディンの方を見たフィアから、質問。

あ、とハーディンは小さく声をあげて、小さな咳払いの後にフィアに返答する。

「…ええ、そうだったんですが―――なにやら、四人とも個人的な用事があるらしく、少々遅れるとの事なのですよ。
 ですから、申し訳ないですが、少しだけお待ちいただきたいのですがよ―――」

よろしいでしょうか?と告げようとした刹那、バタン!という大きな音と共に部屋の入り口の扉が乱暴に開かれる。

フィアはその音にびくっと身をすくませ、それ以外の3人は反射的に扉の方へと振り向く。無論、ハーディンも刹那の間に扉の方へと振り向いていた。

「最悪や!今日はほんとに最悪な日や!」

扉が完全に開かれた刹那、なにやらやけっぱちになっている状態で現れたのは白人で白髪の少年の姿だった。その体のあちこちには絆創膏や包帯が巻かれている。

彼の事は、ここにいる全員が分かっている。
 
イリュージョンNo.17、通称イル。シティ・モスクワの魔法士だ。

「イル、随分と遅かったじゃないですか…何かあったのですか?」

ハーディンが問いかけると、イルは、胸の中に溜まった鬱憤を晴らすかのごとく、ノンストップで言葉を紡いだ。

「―――何かあったのですか?やない!
 口で言うのもいらつくんやから深くは語りとうないが、とにもかくにも今日は嫌な事ばっかりやったんや!そのことについては突っ込まないでくれへんか!
 とりあえず明日の作戦の打ち合わせや!あの女、明日こそ本気で泣かしたる!」

最後の一言で何があったのかを察するには十分だったが、それについて触れようとする愚者は流石にいなかった。

「あー、もう、ほんといらつくねん!とりあえず誰か水頼むわ!」

「はい、お水なの」

イルの横から、すっ、と、透明な液体の入ったグラスが差し出される。イルはグラスを受け取るが否や、ぐびぐびと音をたてて、グラスの中身を本当においしそうな表情で飲み干す。

「――――ふぅ、幾分かは落ち着いたわ。あんがとな、シャロン」

「どういたしましてなの」

「…ってちょっとまてぇ!誰よその子は!」

さりげなく部屋の中に入ってきていた一人の少女を指差し、月夜が叫んだ。

そう、先ほどグラスを差し出した人物は、今初めてこの場に姿を現した人物だったからだ。

茶色い髪をポニーテールにして結んでいる少女。イルの隣にいるために、その背が非常に小さなものに見えてしまうが、それでも錬よりは身長が高いようだ。

両手でお盆を支えており、お盆の上には、なみなみと水が注がれた透明なグラスが10個ほど。

「…あ、申し送れましたなの。私、シャロン…シャロン・ベルセリウスっていうなの。ハーディンさんと一緒に、このシティ・ニューデリーに来たなの」

テーブルの上にお盆を置いて、6人がいる方向に向き直り、シャロンはぺこりとお辞儀をした。

「シャロンさん、遅かったじゃないですか。今まで何をしていたのですか?」

「本当は直ぐに入ろうと思ったけれど、折角だから、皆さんにお水を持ってこようと思ったなの。だから遅れたなの」

ハーディンの問いに対し、シャロンは直ぐに返答する。

「へぇ、気がきくわね…で、ハーディン。このシャロンって子は、何が出来るの?」

腕を組んで、月夜が問うた。

「シャロンさんの能力ですか…シャロンさん、説明してもよろしいでしょうか?」

ハーディンはシャロンに説明の許可を求める。

「あ、はい、どうぞなの」

今いる人達の分の水を配り終え、最後に自分の分のグラスを手に取り、椅子に腰掛けたシャロンが了解の意を込めた返答の確認をした後に、ハーディンは『では、改めまして』という言葉と共に、説明を始めた。

シャロンはとある能力を所持しており、他者の傷を治す事に特化した能力を保持している―――と。

一通り説明を終えた後に、真っ先に口を開いたのは月夜だった。

「…ふうん、まるで医者いらずな能力ねぇ」

口元に手を当て、月夜がそう告げる。

「そういう能力だと理解してもらえばいいなの。でも、治せるのは傷だけで、癌とかそういうのは治せないなの」

「そうですか…ふむ、生まれながらに病を持った方々の病気も治療できるかと思ったのですが、やはり限界はあるのですね」

ここに来て、アニルが口を開く。

「すみません、なの…」

「いえいえ、あなたが謝る必要はありませんよ。私の、手前勝手な考えですから」

しゅんとしてしまったシャロンに、アニルが謝罪の言葉を送る。

「そういえば、イルさんもお怪我をしていますから、シャロンさんに治してもらったほうがいいんじゃないですか?」

「あー、ええねんええねん。そんなに大怪我ってわけちゃうし、明日には収まるわ」

フィアの意見に対し、イルは手をひらひらと振って遠慮の意を示す。

「自然治癒に任せるってわけね。確かに、シャロンのもっている力は便利だろうけれど、そればっかりに頼ってばっかじゃいけないわ。人間には元から備わった治癒能力もあるわけだしね」

「別にそないな大げさなもんでもないけどな。ま、間違ってはあらへんけど」

月夜の発言に対し、イルが返答する。

「…フィアさん、どうかしましたか?先ほどからお顔の色が優れないようですが」

「え?」

心なしか、フィアの顔色が悪い事に感づき、ハーディンがフィアに声をかけると、フィアは我に返ったかのようにハーディンの方に振り向いた。

「い、いえ、なんでもないです」

本当に何でも無さそうにフィアは答えるが、どこか不自然なところがあるのは否めない。例えるなら『この中に犯人がいます』と言われて、顔を青ざめる犯人のような、そんな感じだ。

(…何か、引っかかる態度ですね。まさか―――いや、そんなはずは…)

ハーディンは心の中でそう考えたが、口では敢えて違う言葉を発する。

「そうですか…それならば、只単に僕の気のせいみたいですね」

そう告げると、フィアの顔に僅かながら安堵の色が戻ったのが見えた。

(…………)

ハーディンの心の中に、『何か』が、確かなカタチでよぎった。

しかしハーディンは、至って普通の表情で、その場を取り繕った。


















(…ごめんね、フィア。でも、今ここで、僕が迂闊に発言しちゃ拙いんだ…)

先ほどから、錬は表面上は平静を装いながらも、心の中では焦燥に駆られていた。

フィアの顔色が悪くなっている事は、錬とて分かっていた。そして、フィアの顔色が悪くなった、その原因も分かっている。

自分にとって大切な人が苦しんでいるなら、助けてあげたいと真っ先に思った。

だが、今のこの状況で、錬の口からそれを指摘するのはどうしてもはばかられた。

フィアは『天使』であり、マザーコアに最も適した魔法士として作られた。

故にシャロンの『他者の傷を治す事に特化した能力』を聞いた時に、錬としてはとても引っかかるものがあった。ハーディンはシャロンの能力名については何も言わなかったが、そこもまた、錬としては気になった。

つまりそれは『天使』の持つ『同調能力』なのではないのか、と、本能が警告を告げたのだ。即ち、シャロンもまた『天使』である可能性がある、と、脳内で一つの仮説が成り立っていた。

勿論、『他者の傷を治す事に特化した能力』を持った『天使』とは全く別の能力かもしれない。だが、錬達の知る限りでは『他者の傷を治す事に特化した能力』と言われると『天使』以外に思い当たるものが無いのだ。

しかしながら、ハーディンにそれらを聞く事はタブーだと脳が警告していた。聞いたが最後『どうして錬君は『天使』を知っているんですか?』といった類の質問が返ってくる可能性が大。そうなると、錬が『天使』を知っているという事がハーディンに伝わってしまう。

そして、錬と親しいフィアの顔色が悪い…となれば、ハーディンが感づいてしまう可能性が十二分にありえる。そうなってしまえば、最悪のケースが発生する可能性もある。つまりが―――フィアが危険にさらされる、という可能性。

アニルとの会話の最初の方で、ハーディンは言っていた。

『マザーコアの交換、および追加接続が出来ました』と。

つまりそれは、ハーディンはマザーコアを交換、および接続させられる権限の所持者だという事だ。そんな権限を持った人間にフィアの正体がばれたらどうなるか分かったものではない。

フィアの顔色が悪くなったのも、ハーディンのその発言の時からだった。

尚、アニルには、フィアの正体がばれている。あの時、アニルは確かに言った―――『彼女は、シティ・神戸のマザーコアですね』と。

アニルがハーディンにその事を教えた可能性も考えられなくは無いが、今までのアニルを見る限り、とてもそうは思えなかった。

(…ちょっと、話題を変えないと…)

そう思いついた錬は、即座に行動を起こす。

「それにしても、これで七人だね。でも、後三人は一体…」

何をしているんだろ、と、錬が言おうとした刹那、扉をノックする音が聞こえた。

「何方でしょうか?」

「シティ・モスクワ所属、デスヴィン・セルクシェンドだ。雇い主はイリュージョンNo.17…これだけ言えば十分だろう?」

アニルの声に反応し、扉の向こうから返答があった。

「あ、デスヴィンかいな。入ってええで」

「では、お言葉に甘えさせてもらおう」

イルの声に対して返答があった次の瞬間、がちゃり、と扉が開き、右の髪の毛だけが異常に長く伸びているという特殊な髪型をしており、ハーディンやイルよりもさらに背の高い青年が姿を現す。その瞳はナイフのように鋭い。

「遅かったやないかデスヴィン。何しとったんや?」

「…明日、何らかの形で単独行動をする事になった時に備えて、あらかじめ街を下見して地形を覚えておいた」

「戦場の下見、ですか。なるほど、いい心がけです」

未だ笑顔を保ったまま、アニル。

「あなたがアニル・ジュレか。
 シティ・ニューデリーの優れた指導者としての名は、傭兵社会では結構有名になっている。このような形ではあるが、会えた事を光栄に思いたい」

「生憎と、そのようなところで有名になっても、嬉しくは無いですがね。
 ところで、聞くところによると、貴方は、イルに雇われた身だと聞きましたが、それに間違いは無いのですね?」

「あー、それは間違いなく真実ですわ。おれが保障しますわ、なんだったら、証明書でも見せましょか?」

「いえ、お気持ちだけで結構です」

そう言って、アニルは首を左右に振る。

「その男…デスヴィンの事を信頼しきっている…ってわけね」

「ん、まぁな」

月夜の言葉に、イルが相槌をうつ。

「あ、デスヴィンさん、お水をどうぞなの」

「分かった、ありがたく頂こう」

シャロンに返答し、お盆に乗せられた水の入ったグラスの中から、適当に一つを選んで手に取る。

そのまま空いている椅子に腰掛けると、無言で水を飲み始めた。

「…錬さん」

小さな声で、フィアが錬に耳打ちをしてきた。

「…なに?」

錬もまた、小声で返答。

「…こう言っていいのか分かりませんが…なんだか、寡黙な人ですね」

「うん、それはさっきから僕も思ってた…」

「……聞こえてるぞ」

「!」

小さな声で話していたところ、そのデスヴィンに静かな声で突っ込まれ、錬とフィアはびくっと驚いてしまう。

「―――まぁ、そこのちびっ子二人は、あんまり大人を舐めへんことやな」

フォローするかのように、イル。

「…ところで、どうやら俺以外にも、後二名ほど遅れているようだが…」

辺りを見渡し、デスヴィンが口を開く。

「確かにその通りなの。
 一体、どこで何をしているなの?」

むぅ、と小さく唸り、シャロンも顎に手を当てて、考え込むような仕草を取る。

「…っていうかさぁ」

溜息がちに、月夜がその台詞を口にする。

「ハーディン、あんた、自分の管理下にある仲間にどういう命令を下したの?いくらなんでも自由にさせすぎだと思うんだけど」

「それなんですが…約束の時間まではまだ余裕があるので、シティ・ニューデリーの街を少しだけ周ってきていい、と言っておいたのです」

「…確かにそうだけどね。
 でもさ、こういう時って、普通は時間前に来るのが常識なんじゃないの?」

「僕もそう思っていたのですが…なにぶん、みんな、戦いの前で緊張しているかもしれないという事を配慮いたしましたので…」

「…まぁ、間違ってはおらへんけど…少々甘いんとちゃうか?」

「…そうかもしれませんね」

苦笑を交えて、ハーディンは『参ったなぁ』といった感じでそう告げた。

それと同時に、コンコン、と、扉をノックする音。

「何方でしょうか?」

「フェイト・ツァラトゥストラ…ハーディン・フォウルレイヤーの部隊に所属している魔法士だ」


















「…これで9人目ね。なんか、部屋の中が随分と狭く感じるわ」

天樹月夜は部屋の中を見渡した後に、改めてそう告げた。

「確かに…ですが、完全に動けないというわけではないでしょう。
 さて、残るはあと一人、ですか」

脳内時計で時間を確認したらしいアニルが呟く。月夜も腕時計を見て現在時間を確認する。デジタル時計には18:46という数字が刻まれていた。

その間にも、月夜の目の前では、新たに登場した9人目・フェイト・ツァラトゥストラと、他の連中が会話をしていた。

「………」

ここにきて、月夜は敢えてフェイトとは会話を交わそうとしなかった。寧ろ、フェイトの顔を見て、何かをうんうんと考えていた。

青色を基調とした、上の方がぎざぎざに尖ったシルクハットのような帽子を被った謎の青年。わざわざ、大きなギターケースのような箱を背負っている。

然し今は部屋の中という事もあり、上の方がぎざぎざに尖ったシルクハットのような帽子を脱いでいるようだ。

「あー、まいったまいった。知り合いに会って話をしていたら、こんな時間になっちまっててよ。わりぃなみんな、遅れちまってよ」

フェイトはハーディンに対して、そう告げる。

「今度からは、もうちょっと早く来るようにお願いしますね」

小さく溜息をついたハーディンが注意を促す。

「わーってるわーってる」

「…絶対にわかって無さそうな口調やな」

適当感あふれるフェイトの答えに、イルがぼそりと突っ込みを入れた。

「戦闘前にあんまり気負いすぎても意味ねーから、適度にリラックスしてるだけだっての。
 考えてもみろ。気負いすぎて本来の実力が出せずに終わっちまったら、何の意味もねーだろうが」

「当たってるような違うような、そんな感じがするなの」

眉を潜めて、うーん、と唸りながら、シャロン。

…この会話からだと、月夜にとってフェイトという男は『明るいだけが取り得の能天気男』といった印象を受ける。正直、月夜としては、こういうタイプはあんまり好きではなかった。

因みに、今のフェイトの発言については、月夜としては『間違いではないが、楽観的過ぎる』というのが正直な感想だ。

―――だが、真に大事なのはそこではない。

月夜の本能が、嫌な予感を告げている。

過去に、何らかの形で情報を得た記憶がある。シルクハットのような特殊な帽子を被った青年の話を、月夜はどこかで聞いたことがあった筈だ。

しかしながら、いざその人物と出会ってみると、どんな情報だったのかが思い出せず、やきもきした気持ちになる。

「どうしたのですか?そんなところで考え込んで」

横から、アニルが声を掛けてきた。

どうせ嘘をついてもばれるだろうし、嘘をつく必要性も殆ど感じなかったので、月夜は思ったがままを口に出す。

「…ちょっとね、あのフェイトとかいう男の情報をどこかで聞いた事があったのよ。
 それで、今、思い出そうとしているんだけど…なかなかに思い出せなくてね…あーあ、こんな時だけI−ブレインが欲しいわー」

「…実のところ、彼については、私もよく知らされていないのですよ。
 ただ、普通の魔法士では扱う事のできない大きな力を扱う事ができる―――と、ハーディン君から送られてきた資料には書かれておりました」

「…その言い方、何か、大事なものを隠しているような言い方に聞こえて、凄く引っかかるんだけど」

「…おや、察しのよろしい事で。
 ですが、今、それを言うのはやめておきましょう。切り札は、最後まで取っておくもの、といいますから」

「流石は執政官といったところね。敵を欺くには先ず味方から、ってところかしら」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

―――二人がそんな会話を続けている間、フェイト達の方でも、会話は進んでいた。

「へぇ…天樹錬っていうのか。
 ん?天樹…天樹って、あの天樹機関を開発したっていう天樹か?」

「…!」

何気ない会話の中、図星を言い当てられ、錬の瞳がほんの少し鋭くなる。

だが、流石にそのままハイそうですと素直に答える錬ではない。

「いや、僕は違うよ。
 『天樹』は珍しい苗字かもしれないけど、それでも、日本にはまだたくさんの『天樹』がいるからね」

(そう、それでいいの)

月夜はふぅ、と、軽く安堵の息を吐く。

「なんだ、違うのか。
 …ま、そりゃそうだよな。こんなところで天樹機関の関係者に出会ったりなんてしたら、流石に出来すぎってもんだ」

やれやれ、とフェイトは肩を竦めた。

「…あの、会議開始の時間まで後10分を切りましたけど、まだ、10人目の方が来られないんですが…」

その直後、18時50分を一秒過ぎたジャストのタイミングで、フィアがそう告げる。

「あ、それなのですが…」

そう告げるハーディンの表情は、いかにも何か言いづらそうな事があります、と言わんばかりの表情だ。

「なによ、言いたい事があるなら早く言ったらどう?」

「…では、月夜さんのお言葉に甘えて、言わせてもらいましょうか」














「―――実は、10人目の方は、僕と同時に、ここに来てもらっていたのですよ」














「―――え?」

気がつけば、我ながら呆けたような声が、月夜の喉から出ていた。

「…ちょっとまてや、そらどういう意味や、ハーディン」

苛立ちを隠す事無く、イル。

「ハーディン君…きみがそういう手段を取るという事は、その10人目の人物は、只者では無いと―――そういう事ですか?」

イルとは正反対に、アニルの態度は冷静そのものだ。

「―――ええ、少々訳がありまして、彼女には、最後まで登場を待ってもらっていたのですよ。
 …入ってきていいですよ。由里さん」













一体いつから扉の向こうにいたのか、はい、という小さな声が確かに聞こえた。

こんこん、と、控えめな感じのノックの後に、かちゃり、と、扉が静かに開けられる。

扉の向こうから出てきたのは、白を基調とした服を纏い、長い黒髪の一部を髪留めで纏めた少女。

―――驚愕が、まだ少女を知らない人物全てに襲い掛かった。

「…その顔、あんた、あの時の放送の…本当に…サクラにそっくりね」

先ず真っ先に我に返り、発言したのは月夜だった。

「これは驚きましたね…『賢人会議』の放送に乱入を果たしたご本人自らの登場とは」

次いでアニルが口を開く。その顔に浮かぶのは微笑。その表情の向こうで何を考えているのかは、きっと、アニル本人以外には分からない。

「でも、」

三番目にフィアが発言をした。前の二人と違い、

「…雰囲気が全く違うよ。サクラにあった鋭さっていうのかな。それが全く感じられないよ」

最後に発言したのは錬。つい先日サクラと対峙した錬は、サクラの纏う雰囲気を覚えていたようだ。これで、まだ由里を見たことのない人物達の発言は一通り終わる。

錬の発言を最後に、部屋の中が静かになる。それで、目の前の由里という名前らしい少女は、今度は自分の名前を言う番だという事を察したらしく、一歩を踏み出して、すぅっと軽く息を吸って、口を開いた。

「先ほどハーディンさんに案内されて、このシティ・ニューデリーにやってきました、由里です。
 皆さん、どうかよろしくお願いいたします」

白いスカートの両端を両手でつまみ、ぺこり、と、お辞儀をする。優雅さよりも可愛らしさの方が目立つ仕草ね…これがフィアだったら、今頃錬が撃沈してるわね…と、月夜は心の中だけで呟いた。

由里が最後に残っていた席に腰掛けたのを確認してから、月夜がすかさず口を開いた。

「とりあえず全員揃ったから、本題に入るわね」

時間は18時58分。そろそろ、明日の作戦会議に入らねばならない時間だ。

「ええ、始めましょうなの」

月夜の後に続いたのは、何故かシャロンだった。










【 + + + + + + + + + 】













そして会議が始まる。

といっても、この会議、名目上は会議と銘打ってはいるが、実際は推進派に味方する魔法士達の顔合わせと言ったほうが近い。

ゆえに、会議の内容にも、あの場所が作り上げる独特の重苦しさはそれほどでもなく、それどころか軽いものである。

「確かに、『賢人会議』の思うがままにさせないっていう点については成功はしたかもしれないわね。
 でもさ、私一つ思うんだけど…なんでわざわざこの子にやらせたの?
 シティを守る立場としての発言なら、ハーディンがやったほうがよかったんじゃないの?」

「生憎ですが月夜さん、僕はその時はシティ・メルボルン跡地の再建に力を注いでいて、そこまで出来る猶予が無かったのですよ。
 それに、外見がそっくりな方が実行した方が、人々に対して与える影響は大きいものになるでしょう。
 見ようによっては、姉妹喧嘩か何かに見える可能性も在るわけですから…最も、僕個人の意見としては、あのような虐殺者と、由里さんを一緒くたにはしたくないのですが」

「だからこの子を、由里を抜擢したって訳?只単に外見が似ているだけで?
 でっち上げる為の人物なら、他にも―――」

「―――誰が『賢人会議』の発言を止めるかという問題ではありません」

錬の発言は、ハーディンによって遮られた。

「…それって、どういう意味ですか?」

錬に続くように、フィア。

「こういうのは、本当に辛い思いをした人にやらせる方がいいと判断したからですよ。
 如何なる女優であっても、経験をしたことがない事を演じらせると、必ず何処かに不自然な何かが見つかるものです。
 後、今の今まで言い忘れておりましたが、実は『賢人会議』の放送に乱入する、という意見を出したのは、実は僕ではなく、僕の知人だったのですよ。
 ――ここで唐突に話を変えて申し訳ないのですが…皆さんは『ミッションコンプリーター』をご存知ですか?」

その言葉を聞いた刹那、無意識のうちに月夜の表情が変わった。

「…待ちなさいよ。あんたの人脈はどんだけ広いのよ。
 『ミッションコンプリーター』って言ったらアレじゃないの!
 第三次世界大戦中に活躍した天才的策士で、その腕前は『将棋指し』のアニルに並びかねないと言われた人物よ!」

その『将棋指し』ご本人が目の前にいるというこの状況であっても、月夜は気にせずに己が言いたい事を言い切った。

「ええ、だからこそ、『賢人会議』の回線に割り込めたのです。
 今回の作戦の大部分は『ミッションコンプリーター』さんが頑張ったから出来たのであって、僕は殆ど活躍なんて出来てませんでしたよ」

「…それで、由里にはどんな能力があるわけ?
 何の能力も持たない一般人をこんなところに連れてくるような狂気の沙汰のつもりじゃないでしょ」

「…この場でそれを教えるのは、申し訳ないですが、ちょっと出来ない相談ですね」 

かすかに眉をひそめるハーディン。

「――お約束の言葉かもしれませんが…切り札は最後まで取っておく。という事ですね?」

そこに、アニルがすかさず口を開く。

「流石アニル殿、よくわかっておりますね」

「いえいえ、執政官たるもの、これくらいの事を見抜けなくてどうしますか」

「いや、切り札は最後まで取っておけってのは、作戦上じゃよく使われる言葉だと思うんやが…」

「イル君、そこは言わないことですよ」

「おお、流石執政官サマだ。やんわりと返したぜ」

「フェイト…アニル殿を本当に執政官だと思うなら、もう少し口の聞き方を考えたらどうですか?」

「フェイト、あんた、無礼っぷりならこの中で間違いなく最強ね」

「おーっと、そいつは褒め言葉として受け取っておくぜ、天樹月夜さんよ」

「………」

目の前で繰り広げられる会議の模様を、由里は無言でじーっ、と見つめていた。

『…由里さん、申し訳ないのですが、貴女の性は言わないほうがいいでしょう。もしかしたらの話ではありますが、会議を前に、いらない混乱を招く危険があります』との注意を受けていた。

由里にはその意味がさっぱり分からなかったが、とりあえず言う通りにしておいたほうがいいかな、とだけ思った。

また、由里は本来ならシティ・ニューデリーに住む少女だが、それを公にしていると、周りにいる他のシティの連中から何らかの形でマークされる恐れがある為に、シティ・メルボルン跡地に住んでいた、という事にしてもらっていた。

最も、シティ・ニューデリーの執政官であるアニルには、住民票を調べればあっさりとばれてしまうだろうから、その辺りの理由は事前にハーディンがアニルに説明をしてくれていたらしく、アニルからは特に何も言われない。

(皆さん、黙っていてごめんなさい…でも、私、どうしても、それはまだ言いたくないんです。
 だけど、もし、私がそれを言わなくちゃならない時が来たら…その時は、迷わずにそれを告げますから…)

ぎゅっ、と目を瞑り、心の中だけで、この場にいる全員に謝罪する。目の端から涙が一筋零れそうだったのを、右腕で拭き取る。

…『それ』を口にする勇気は、今の由里には到底無理な事だった。

そもそも、『それ』は、由里本人が、出来ることなら認めたくないと、心のどこかで思っている事。事実なのだから曲げようが無いのも当然ながら理解しているが、それでも、心というのはそうそう上手くはいかないものなのである。

「…由里さん?さっきからぎゅっと目を瞑ってますけど、どうかしたなの?」

その声で、由里は反射的に目を開く。真っ先に視界に入ったのは、茶色い髪のポニーテール少女の姿。青い瞳に心配の色を浮かべて、由里の方をじっと見つめている。

「え?あ?しゃ、シャロンちゃん!?
 う、ううん、なんでもないですっ!
 あ、そ、そう…目、目にゴミが入っちゃったのですっ。だから目を瞑っていたんです!」

反射的に、心情を悟られまいと由里はそう言ったものの、そんなに慌てふためいた口調では『はい、その通りです』と言っているようなものだ。

目にゴミが入ったという言葉も、ばれないほうがおかしい。

「え?ゴミなの?大丈夫なの?」

由里の心情を知ってか知らずか、シャロンは本気で心配したようだ。

「う、うん、大丈夫。もう取れたから」

「それならよかったなの。さ、皆さんのお話をしっかり聞きましょうなの」

安堵の息を漏らしたシャロンが澄んだ笑顔を見せる。

ちょっとだけ心のどこかに『シャロンちゃんに悪い子としちゃったかも』と思ったけど、それと同時に『詮索されなくてよかったですっ』とも思った由里の心情は、複雑なものだった。











【 + + + + + + + + + 】













「つまり、明日はそれぞれが別働隊で動く、と、そういう訳ですか」

すったもんだの挙句、一時間かかってようやくそれぞれの役割分けをする段階へとこぎつける事が出来た。

途中から一部の者によって雑談が続いてしまった為に、余計な時間をくってしまったというわけである。まぁ、一部の者とて悪気があったわけではなく、会議を重苦しいものにしたくないが為に頑張っていたというのは認めたいところだ…エスカレートしすぎなければ、という前提条件があるのだが。

「ええ、『賢人会議』がどのような手段で来るか分からない以上、これが最良の策です
 一箇所に固まってしまっては、予想外の状況に対応できない可能性が十分に考えられます。
 この場にいない二名に関しては、明日の明朝に私の方から伝えておきます」

アニルは会議の最初から今まで、終始笑顔を崩さなかった。アニルが心の底で何を考えているかを完璧に理解できる人間など、先ず間違いなくこの場にいないと断言できる。

「んー、おれは外の方を回ろうとおもうんや。よほどの事が無い限り『賢人会議』が会議場の中から登場するとは思えへんからな。
 後は…そうやな、シティ・ニューデリーの全体の兵士の動きを把握せなあかんから、誰か、広域の情報制御に長けたヤツの手助けが欲しいところやな」

最初に挙手したイルが、そう告げた。

「ふむ、そうなると…そのサポートはフィア君についてもらいましょうか。
 確か君は、広域の情報制御に対応できる能力を持っていましたよね?」

アニルがフィアを名刺しで指摘すると、フィアは僅かに驚きの表情を浮かべ、アニルの方へと振り返った。

「え?わ、私ですか!?」

「他に誰がいるのですか?」

アニルのその言葉に、フィアは考える仕草をとった後に、少しの間『うーん』と唸って、

「分かりました。私にできることであれば、やってみます」

アニルの顔をしっかりと見つめ、はっきりとした声で返答した。

「ありがとうございます。なぁに、いざとなったらイル君を盾にして逃げてください」

「…なんかおれの扱いひどくないか」

「それがあんたのキャラなんじゃないの?」

「そこは肯定するとこやないやろ!」

ちょっとばかりあんまりな言いようだったので、イルはすかさず月夜に言い返した。

「さて、お次は?」

そんな二人を尻目に、アニルは何事も無かったかのように会議を進めようとする。

「…じゃあ、僕も」

「錬君には引き続き、私の護衛をしてもらいます」

錬が挙手しながら意見を述べようとした刹那、ぴしゃり、と音がしそうな鋭い声が、アニルの口から放たれた。

「…分かったよ」

口を尖らせ、錬は渋々と返事をする。

「なんかアレだな。恋人と一緒になれなくて拗ねたヤツの態度だな」

相も変わらず軽い口調のまま、フェイトがそう口にする。刹那、錬の瞳が僅かに鋭くなった。どうやら図星だったらしい。

「あーっと、そこの…フィア、だったな。フィアと一緒になれなくて残念がってるって事は、フィアって子はお前の彼女ってトコか?」

「…そうだよ。悪い?」

むくれた顔で錬が言い返す。ちなみに、当のフィアも、顔を紅くして僅かに俯いていた。

「おっと、ドンピシャだったか。
 わりぃわりぃ、悪気があっての発言じゃなかったんだよ。
 ―――ま、でもよ。何もこれが今生の別れってわけじゃねーんだしよ、望みどおりにならなかったからってそこまでむくれなくてもいいじゃねーか。
 この戦いが終わったら、買い物でもデートでも大人の世界をエスカレーターで駆け上がるような事でもがんがんやればいいだけの話だろーに」

「…僕が言いたいのはそういう意味じゃないんだけど…」

ついでに最後のは一体何の話だ、とつっこみたい気持ちも抑える。

「じゃ、どーいう意味だ?100文字以内でおれ達全員に分かるように説明を」

「…もういい!次にいって!」

この空気に耐え切れなくなったのか、フェイトの言葉を途中で遮り、半ばやけっぱちになって錬が叫んだ。

「…フェイトさん、からかいすぎはよくないなの」

「おう、そうだったな。んじゃ、しばらくおれは黙ってますか。おもしれぇからもうちっと続けたかったんだが、これ以上やって雰囲気を険悪にしちまったら意味がねーからな」

シャロンに諭され、肩をすくめたフェイトはふぅ、と小さく息を吐く。

「…さて、俺は、何をすればいいか」

「…って、あんたがあんまりにも喋らないから、『あれ?こんな奴居たっけ?』って思ったわよ!」

…デスヴィの方へと向き直り、心の中で思ったことをそのまんま口に出す為に、月夜が大声で叫んだ。

会議開始直後から、デスヴィンは席についたままひたすた黙り込んで何かを考えていたようだが、裏を返せば、ただ会議を傍観し続けていただけである。

「…無意味な発言をして会議の時間を引き延ばすよりは遥かにましだろう。
 それぞれがやるべき事を明確にする。この会議の本質はまさにそれで違いないはずだ。
 時間を無意味に浪費する会議というものは、かけた時間の割には実りが少ないと、人類の歴史が証明している」

デスヴィンは肩を竦めて、淡々と、まるで教科書を読むかのような声でそう告げる。

『…本当の意味で必要な事しか喋らないのはいいことなのですけど、出来ることならもうちょっと協調性が欲しいです』と、由里は素直にそう思った。また、口に出さないだけで、由里以外にも、同じ考えを持った人はいるかもしれない。

「当たってはいますけど…でも、それでしたら、もうちょっと他の皆さんの発言に関しても、何か意見を言ってくださった方がいいと、私はそう思いますけど」

「うん、フィアの言うとおりだと思う。
 イルの言う事が本当なら、あなたは相当な数の戦いを切り抜けてきたんでしょ。だから、こういった場面でさ、経験者としての何らかの発言とかしてくれると、助かると思うんだけど」

「ひゅう♪
 流石は彼氏。彼女のフォローはばっちしだな」

茶化し文句と共に、フェイトは口笛を吹く。

じろり、と錬がにらみ返すも、フェイトはそれを全く気にしない様子で再び口笛を吹く。

「いや、反論があれば俺の方から申し出る。今のところ、俺が反論できるような間違いは見当たらないから傍観していただけにすぎん。
 俺個人としては、会議場の警備で、確定しているのが錬だけというのが僅かながらの不安要素か。
 勿論、錬を信頼していないというわけではないが、念には念を入れよという言葉がある。
 あと、俺個人の希望としては、出来ることなら外の警備を希望する」

「なるほど、デスヴィン君は外の警備希望ですか…いいでしょう、お任せします。
 そして、明日はヘイズ君が合流できたら、会議場の警備は彼にもお任せするつもりですが…そう言われれば確かに、もう一名ほどまわす方がいいかもしれませんね」

「…でしたら、その役目は僕にお願いできないでしょうか?」

アニルの言葉が途切れた瞬間、そこを狙ったかのようにハーディンが名乗り出る。

「ハーディン君がですか?
 …いえ、勿論、それは私としても願ったりです。君の力なら、十分な戦力となるでしょう」

「このような若輩の意見を採用させていただき、ありがとうございます」

ハーディンが静かに頭をたれた。やはり、何度見てもお辞儀の見本になれる代物である。

「おれは…個人的に言わせてもらえば、殲滅部隊みてーなトコにまわりてーな。
 ちいと『賢人会議』に個人的に用があってよ」

「あー、個人的な感情で動くのはちとまずいんやないか?
 それに、おれはフェイトの能力は見てはいるけど、流石にあれをシティ・ニューデリー内部でぶっ放すような真似なんてしたら、その瞬間、フェイト、お前さんが敵としてみられる可能性すらあるで」

「いや、大丈夫だ。今回は、おれは『あれ』は使わないことにした」

「それでいいです。あの威力を目の当たりにした私としては、あんな武器を持ち出すだけで危ないですっ!」

今まであんまり能動的な行動や発言をしていなかった由里だが、ここにきて、フェイトのその発言に反論する。うー、と言いたげなその表情だけで、由里が今、どんな心情をしているのかは一目瞭然。

「…あれ?それってどういう事?
 んー、とりあえず、由里が過去にフェイトのせいでとんでもないものを見た…っていうのはなんとなく予想がつくんだけど」

話の趣旨が分からない錬が、問いかけるように呟いた。

「いや、こっちの話だ。別段気にする事じゃねぇ。
 それと由里。少々喋りすぎだ…時には口を慎む必要だってあるんだぜ」

「そうは言いますけど!」

ぽん、と、由里の肩に優しく手が置かれた。由里が振り返った先には、目を瞑って首を小さく左右に振るハーディンの姿。

「…由里さん、その件はまた後に。そしてこの場に居合わせた皆さんも、これ以後、この話題には触れないでください。
 黙秘する気かと思う方もいるでしょうし、うやむやにする気かと問い詰めたい方もいらっしゃるでしょうが…申し訳ないのですが、これ以上の詮索はご遠慮願います。
 だた、彼…フェイトが、このシティ・ニューデリーの市民に危害をくわえるつもりがないのは分かっています。故に、僕は彼を遊撃隊に組み入れたいと思っております。
 ―――ご安心ください。もし間違いを犯したら…僕の権限で処分を決めますから。フェイトも、それでいいですね」

「――肝に銘じとくぜ」

「…で、次は誰?誰かいないの?」

椅子の背もたれに深くよりかかりながら、やさぐれるように月夜は告げる。どうやら、少しばかり飽きてきたらしい。

それから三秒もしないうちに『はい』と手が上がった。

「私は…えーと、外でも会議場でもない場所がいいなの。
 怪我をした人達を治療してあげられるような場所があったら、そこにしてほしいなの」

おずおずと、控えめな態度でそう告げたのはシャロン。

「なるほど、承知いたしました。では、そのご希望がかなう場所へと、明日、配備して差し上げましょう。シャロン君が前線系ではなく後方支援系で、戦場に配置しないとなれば、自ずと何処に配置すべきかは決まります」

「はい、アニルさんにお任せするなの」

「…ところで、月夜さんは

「私は…そーね。裏で動いてみるわ。こう見えても、情報収集は得意なんだから任せといて」

「異論はありませんね。では、それでお願いします。

「ええっと、じゃあ、後は私ですけど…どうすればよろしいのでしょうか?」

「由里さんは、ある意味では最後の切り札です。
 『賢人会議』の悪行を語らせる為に、最後まで表舞台には出ないほうがよろしいと僕は思います。その為の証拠映像も、とあるルートから入手してあります。
 僕としてはそれを改めて放映するのは非常に気が引けるのですが…人々に全ての真実を伝えるのであればいたしかたない方法です。それを分かってください」

「…証拠映像?」

ハーディンの発言に、フィアが問う。

「ええ、『賢人会議』がシティ・メルボルン跡地で行った虐殺行為の数々を、全て収めてありました。
 明日『賢人会議』の所業を見せ付ければ、『賢人会議』に味方する者を大幅に減らせるでしょう。
 丁度あの惨状を録画してくださった方がいたのですよ…個人的には、よくもまぁそんな余裕がありましたね、と言いたかったですが。
 勿論、中身は確認してありますから大丈夫です」

苦々しげな顔でハーディンがそう告げた。どうやら、シティ・メルボルン跡地の惨状の事は、口にするだけでも忌々しいのだろう。

流石の月夜も、この事については何も言わなかった。
















そして、この場に居合わせた10人は解散し、各々に割り当てられた部屋へと戻っていった。

準備は整った。後は、明日の本番でしくじらなければいいだけ――――――。






























<To Be Contied………>















―【 毎度おなじみキャラトーク 】―












ノーテュエル
「10人で同時に会話…これ、誰に何を言わせるかの台詞回しが物凄い大変じゃないかって思うんだけど」

ゼイネスト
「実際、書いている最中で、作者はかなり悩んだらしいぞ。
 ただまぁ、会議の様子とか細かく書いても読者が全部読んでくれるとは限らないから、敢えてその辺を省いたらしい」

ノーテュエル
「そもそも、会話自体が会議のそれにそぐわなかった気がするわよ。
 アニルやハーディンは最初から最後まで真面目な態度だったけど、フェイトとかの一部がねぇ…」

ゼイネスト
「当のフェイトは『会議場の重苦しい雰囲気の緩和』っぽい事を言っていたが、あれで本当に緩和になっているとは思えないけどな。
 むしろ荒らしてんじゃないのか」

ノーテュエル
「…んー、それとさ、今回、なんかいつもと表現法違ってなかった?
 地の文がやたらと…えーと、完結系…っていうのかな。それっぽかったわよ」

ゼイネスト
「ああ、地の文にも喋りのような表現法が入っているって言われたんで、なるべくそれが出てしまわないように、今回は敢えて文体を変えてみたらしい。
 一度のミスで致命的になる作家と違って、ミスしたとしても次があるんだから、やってみようと思ったらやってみるのが吉じゃないのかってヤツだ」

ノーテュエル
「そこまで考えなくてもいいと思うんだけどなぁ。
 あ、そうだ。久々にゲストでも呼んでみよ」

ゼイネスト
「お、やってみろ」

ノーテュエル
「あれ?ゼイネスト、今なんか随分と協力的な態度じゃなかった?」

ゼイネスト
「別に、たまにはそういう時があってもいいってことだろ?」

ノーテュエル
「ふ〜ん、そうなんだー。じゃあポチッとな」











フェイト
「おう、呼んだか」













ノーテュエル
「―――ここであんたが来るのかフェイトッ!!」

ゼイネスト
「誰がくるかの指摘なんて出来ないからな。そう考えればこういう事態だってあって『当たり前』だぞ」

ノーテュエル
「何十分の一という確率を見事に引き当てたってわけね…」

フェイト
「ま、違いねぇ。
 んで、今回の話についてだが…正直、語れる事がなんかあるか?」

ノーテュエル
「んー、今回の流れってあれよね。本編の流れを汲んでるわよね」

ゼイネスト
「ああ、その辺なんだが…」

フェイト
「作者曰く、上手い事オリキャラと本家を絡ませるのなら、本家WBの流れを汲ませたほうがいいんじゃないかった思ったらしいぜ。
 そんなわけで次回からは、WB六巻(下)の流れを汲むわけだ」

ゼイネスト
「…全部言いやがった」

ノーテュエル
「うわ、ものすごい図々しさね」

フェイト
「褒め言葉として受け取っておくぜ。お二人さん。
 んで、話の続きなんだが…まぁ、当然ながらおれは本家の面々には好かれてねぇみてぇだな」

ゼイネスト
「本家WBキャラはお前みたいなタイプが苦手そうなのが多いからな。真昼とならお前と気が合いそうだが」

フェイト
「ふざけんな。あんな腹黒眼鏡となんざ、誰が意見を一致させてやっかよ。『賢人会議』であること、それだけで、おれにとっちゃ罪なんだよ…ああ、クソ忌々しい!」

ノーテュエル
「そっか、フェイトはエルシータって子の為に戦うって決めたんだもんね」

フェイト
「ああそうだ。
 エルシータを傷つけた『賢人会議』は、絶対にゆるさねぇ。それは『賢人会議』に所属するヤツも同罪だ」

ゼイネスト
「つまり連帯責任か…ある意味では正しいけどな。
 だが、お前さんの能力では森羅ディーには勝てないとおれは思うぞ」

フェイト
「ま、おれもそこまでアホじゃねぇ。森羅ディーなんていう化け物に真っ向から挑むなんていう自殺行為はしねぇ。
 その辺は、こっち側の天才執政官サマが色々と策を練ってくれるさ」

ノーテュエル
「やーい、他人任せ〜」

フェイト
「…………(カチーン)」

ゼイネスト
(なんだ…何故か物凄くいやな予感がする…)

フェイト
「ところで話は変わるが、ノーテュエルといったか?お前さん、ジャパニーズか?」

ノーテュエル
「………え?ジャパニーズ?なんで日本人?」




フェイト
「いやなに、控えめの胸からしてそうかと思っただけだ。大和撫子ってのがいるが、ありゃ大抵胸がないらしい」









ノーテュエル
「……今の一言、宣戦布告とみなしてやる!
 おいゼイネスト、こいつから殺していいのかしら?」(額に青筋)

ゼイネスト
「フッ、好きにしろ」

フェイト
「―――げ!素敵な連携組みやがった!?
 つーかお前らどこのケンシロウレイ(両方とも北斗の拳)のコンビだ!
 こいつは流石に逃げるしかねぇじゃねぇか!」





―――その後、フェイトは命からがら逃げおおせた。





ノーテュエル
「ぜー…ぜー…ああもう、逃げ足の速いヤツだわ…」

ゼイネスト
「まぁ、気を取り直して次回予告といこうぜ」

ノーテュエル
「そうね…。
 というわけで次は『出会った二人』なのよ!」















<To Be Contied>




















<あとがき>



やっとここまで書ききりました。

10人同時会話とかもうやりたくないわーw

ってかなんか台詞ばっかり…。地の文なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんので(ry)




なんかいつもと文体が大幅に違うのは分かってます。

でもまぁ、たまにはこういう表現法に挑戦するのもありかなぁ、と。



さて、やっと物語が動きそうです。

思えば今まで何十万文字タイプしたのか、もう数えたくもないですねw








<作者様サイト>
Moonlight butterfly


◆Close With Page◆








ではでは。