DESTINY TIME RIMIX
〜激動する事態〜
『大好き』
それだけが、言えなかった。
それを告げる機会を告げたのは
史上稀に見る、最悪の狂戦士
―――【 行 動 開 始 】―――
「…勝負あったな」
「全くだわ…」
ふう、とため息一つ、青い髪の女性――――クラウ・ソラスは目を閉じる。
すちゃ、という音と共に、紫の髪の男――――イントルーダーが具現化させた『冥衣の剣』が、元のマントの形を取り直す。このマントの名は『冥衣』。イントルーダーの意思に応じてその形状を自由自在に変えるという、特異極まりない能力。
で、漆黒のマントは未だにクラウ・ソラスを拘束している。
「…とりあえず、どうして欲しい?」
「解放して欲しいに決まってんでしょ」
「そうか、お前はそういう趣味の持ち主ではなかったのか」
「ちょっと待ちなさいよ!!何、その『そういう趣味』って!!」
「俗に言うSとM。あ、もちろんお前がエ…」
「断じて無いわよ!!!」
「何だ、つまらん」
「つまらなくて結構です!」
「…じゃ、能書きはここまでにして、要求どおり解放しますか」
刹那の間をおいて、突如にして『冥衣』が、まるで最初からそこに何も無かったかのように消滅した。
で、今まで『冥衣』のお陰で宙に浮いてる状態だったクラウ・ソラスの身体は、支えを失ったが為に当然ながら落下する。
が、地面に着地する前に、クラウ・ソラスはイントルーダーに抱きかかえられた。
「よっ…と」
「きゃ!」
恥ずかしさに、クラウ・ソラスの顔が紅くなる。
前振りなしの、いきなりのお姫様だっこ。
「ちょっ…恥ずかしい…下ろしなさいっ!!」
だが、先ほど喰らった『冥衣生成・対魔法士拘束デバイス』のせいでI−ブレインの使えない今のクラウ・ソラスに、イントルーダーのお姫様だっこを振りほどく事は出来なかった。
クラウ・ソラスのI−ブレインは未だに再起動の兆しを見せていない。
悔しいが、ここは運を点に任せるしかないようだ…。
「で、何で私に止めを刺さなかったのよ。生きていれば必ず貴方に復讐してやるのに…」
イントルーダーの態度の変化にあきらかな不振を覚えたクラウ・ソラスの口を衝いてでたのは、そんな言葉だった。
「…なんかよく分からんが、お前を見ていると胸の中に熱いものがこみ上げてくるんだ。…なるほど、これが恋というやつか」
「初めて会ったばっかりの相手に対してどうしていきなり惚れるのかっていうか、どこをどうしてどうやったらそんな解釈に向かうかどうかの過程を問い詰めてやりたいわよ!!!ていうか、あなた、外見に似合わずいきなりなんていう大胆発言してくれるのよ!!」
イントルーダーの思いもよらぬ発言に、心なしか顔が赤くなる。
「…なんだそれは?…というか、今の発言で何となく怒りがこみ上げてきて、この場で…してやりたい衝動に駆られるのは何故だ?」
「あなた!!私を殺したいのか生かしたいのかどっちなの!」
「男心は複雑だ」
「それは乙女心の間違いでしょうが!!!!あなた、製造されてからどのくら立つのよ!!」
「一ヶ月だ」
「…なんか、どっと疲れてきたわ…」
クラウ・ソラスは、深すぎるほどのため息をつく。
ついでに眠くなってきた。そういえば、色々あってかれこれ三十時間は寝ていない。
今のところは大人しくしておくけど…、見てなさいよ…。
そんな呪詛を、心の奥にしまいこんで、
クラウ・ソラスの意識は、眠りへと落ちていった。
―――【 目 覚 め る 真 実 】―――
〜THE REN&FIA&BUREED&MIRIRU&NORTHUEL(BARSARKER)&ZEINESUT&SHARON〜
(『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――吸収』)
刹那の速度で、ブリードの周りに、ブリードを丸ごと包み込む水色の泡が出現する。これもまた『舞い踊る吹雪』の形状の一つ。
銃弾に匹敵する初速度を持って全方位からブリードに襲い掛かった槍の群れは、一本残らずその泡に吸収され、跡形もなく消えた。
「なっ!」
錬が驚きの声をあげた。無理もない。錬の誇る最大級の攻撃の一つ『氷槍艦』がいともたやすく無効化されたのだから。
(『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――倍返しの剣』)
そう、
切り札は、最後の最後までとっておくもの。
そして、そのためには手間のかかるカモフラージュも必要。
ならば今こそ放とうではないか。
数多の強敵を血の大地に沈めたこの能力を。
ブリードが目を瞑り、プログラムの最後の一行を入力しようとした刹那――――!!!
「はい、スト―――――ップ」
最悪の狂戦士が、この場に君臨した。
「誰だっ!!!」
発動しようとしたプログラムを、ブリードは強制的に停止させた。I−ブレインに負荷がかかるが、そんな事に構っている余裕は無い。
突如として現れた者は、少女だった。
しかし、その存在はまともなものではない。金髪のお下げで、来ている服もまあ普通なんじゃないかと思えるが、銀色に輝く瞳に悪意のこもった視線は如何考えても異常者だ。
何より、その少女が右手に掴んで持ち上げているのは…銀髪の少女だった。それも、右腕一本で銀髪の少女の両腕をまとめて頭の上で掴んでいる。
その人物に、ブリードは嫌というほど見覚えがあった。
「ミリルッ!!!」
ブリードが驚愕し、とっさに金髪お下げの少女の下へと駆け寄ろうとするが、
「だから止まりなさいって…止まらなければ、この子の右腕を切り落とすわよ」
左腕をミリルの右肩付近に持っていった上でその事を告げる金髪お下げの少女。その言い分に逆らう事が出来ずに、ブリードは金髪お下げの少女からかなりの距離を開けて待機せざるを得なくなる。
ブリードの顔が、悔しげにゆがんだ。
「…ノー…テュエル!?」
錬もまた、驚きを隠せなかった。無理も無い。錬の知っているノーテュエルは、天真爛漫のおてんば少女だったはずだ。それがどうしてこうなってしまっているのかということに、かなりの疑問を感じている。
「あら錬。貴方もちゃんと来ていたんだ…じゃあちょうどいいわ。
ブリードって言ったわね…このミリルって子を開放して欲しかったら、フィアを錬に返しなさい」
「なっ!!!卑怯者が!!」
「卑怯で結構…というわけで、返すの?それとも返さないの?まあ、返さないならこっちにも考えがあるけど」
「ぐ…」
歯噛みしながら拳を握りしめるブリード。
「いいのよブリード!!!!私だけの為に、シティの皆の命を見捨てないで!!!」
涙目でありながらも大声で言い放つミリル―――――だが!!
「黙りなさい!!!」
ぱあんっ!!!!という、何かをひっぱたいたような音。
そこにいる全員が、ノーテュエルが何をひっぱたいたかをすぐに理解できた。
「痛っ!!」
悲痛に満ちたミリルの叫び声。
雪のように白いはずのミリルの左頬が、可哀相なくらいに赤く腫れていた。そのひどさに、ブリードはもちろんの事、錬ですらも驚いている。
「ブリード…これ以上、罪も無いこの子が傷つくのが可哀相でしょう…さあ、早くフィアを開放しなさい!!」
脅しとも言えるノーテュエルの言葉。
しばらくの間の沈黙の後、ブリードが重々しく口を開いた。
「分かった!!お前の言うとおりにする!!…だから、ミリルを開放してやってくれ!!」
「ちゃんとフィアを錬に返してからね」
ブリードはポケットから牢屋の鍵をまさぐって、それを使って牢屋を開錠する。その後にフィアについていたノイズメーカーも鎖も外す。
フィアは一直線に錬の元へと走っていった。
フィアを抱きしめた錬は、安堵の息を漏らす。
「ただいま」とフィアが言った。
「おかえりなさい」と錬が言った。
そしてしばしの沈黙の後、
「…条件どおりミリルは開放してあげるわ…ただ、ちょっと言う事があるの」
「何だ!!」
怒気を孕んだブリードの声。
「まず第一に、このミリルって子は、ブリード、お前を好いている」
「…な…に!?」
いきなり告げられた衝撃の事実に、ブリードの思考能力が追いつかない。
ミリルが、自分の事を好いていた!?
「冗談だろ…なんで、何で俺のことなんか…」
「冗談じゃ…ないよ」
ブリードの心を読んだかのように、ミリルが口を開く。
「初めて会った頃から大好きだった…。
でも、ずっと言えなかった…だって、ブリードはこのシティでも最高クラスの魔法士、それに比べて私は最低クラスの魔法士…こんなんじゃ、絶対に釣り合わないって思ってた…頑張っても頑張っても、努力が身を結んでくれない…私なんかじゃ…」
最後の方で、ミリルの頬に涙が流れはじめた。
「そんなの関係ないだろ!!!」
だが、ブリードからの返事は、いい意味でミリルの期待に反したものだった。
「俺としても思う陳腐な台詞だが…恋するのにクラスや能力は関係無い!!」
そこで一呼吸置いて、
「何より、俺だって…その」
一気に失速するが、
「お前の事が好きなんだよ!!!お前だから守りたいって思ったんだ!!シティよりも何よりも、お前を守りたいだけなんだ!!」
周りの事など気にしないで、あらん限りの大声で言い放つ。
思いのたけを全て一気にぶつけた、ブリードの本当の想い。
顔を思いっきり赤面させて放つ、愛の告白。
「ブリー…ド!!」
ミリルの表情が変化する。
だたの泣き顔から、嬉し泣きの顔へ。
だが、その後のノーテュエルの行為が、その気持ちを一時的に打ち消した。
「…さて、恋のキューピットとしての仕事はお終い…だけど、もう一つ聞いて欲しいことがあるわ…これが終ったらミリルを本当に開放するわ」
「これ以上何があるんだ!!」
叫ぶブリード。
だが、ノーテュエルはあまり意に介さずに言い放つ。
絶望を告げる真実を。
シティ・モスクワの極秘事項の一つを。
「ミリル・リメイルドは、二日後にマザーコアにされる」
世界が凍った。
完膚なきまでに凍った。
時が止まった。
止まった時は、約十秒ほどの時間をかけて再び動き出した。
「な…に」
知らず、ブリードの顔が引きつる。
「嘘で…しょ」
「嘘じゃないわ」
おそるおそる声を出すミリルに、ノーテュエルはただ真実のみを告げる。
「シティ・モスクワのデータベースを見た結果よ。
筋書きとしては、ミリルを何らかの任務に出させる。もちろん、これが終わればブリードと同じクラスに格上げするとか言ってね。で、そのままマザーコア安置室まで連れて行ってお約束の世界。
もう一度言うわ。ミリルは二日後にマザーコアにされる。これは変えようの無い事実。いくらブリードが頑張っても、ミリルの運命は変わらない。ブリードが頑張ればミリルがマザーコアにされないなんて建前。シティの奴らの中に、本当の意味での魔法士の味方なんて誰もいない。誰も彼も、魔法士の事を便利な道具としてしか思ってない。自分達の手で遺伝子を合成して自分達の手で発生させたから、自分達の好きなように使っていいと思っているのよ。
だからブリード、決めなさい。
一つは、シティ・モスクワを裏切り、錬達と行動を共にするか。
もう一つは、シティ・モスクワに残って、ミリルを見捨ててでも生きるか」
「そんなの決まっている」
ブリードは即答した。
「ミリルを連れて逃げる。ただそれだけだ」
「そう…やっぱりそう言うと思ったわ…さて、いい加減にミリルを返さなくちゃね」
そう言って、ノーテュエルはミリルの両腕を離した。ミリルの両腕の手首は、赤くなっていた。
やっと開放されたミリルはほう、と安堵の息を衝く。
しかし、安堵するには早すぎた。
なぜなら、刹那、
ごすっ!!!
突如響いた鈍い音。
「あぐっ!!!」
ミリルの喉の奥から漏れる、悲痛な声と涎。
ミリルの鳩尾に、ノーテュエルの肘鉄がヒットしていた。
無論、ミリルはお腹を抑えてうずくまる。
「なっ!!!ノーテュエル、何のつもり!?」
「なんのつもりも何も無いわ、錬。
…ああ、そういえば言い忘れてたわ。
確かにミリルを返すっていったけど、『無傷で』とは言ってなかったわ」
口元に嫌な笑みを浮かべてノーテュエルは断言する。
「貴様ァッ!!!!!!」
(I−ブレイン再起動。(『氷使い』常駐。『氷下の調べ』発動。運動係数を二十、知覚係数を八十に設定)
通常よりも多くの負荷を脳にかけて、激高したブリードは弾かれたように加速する。大切な人を傷つけられての怒り。それが今のブリードの支えとなっている。
圧倒的な速さの初速を持った速度でブリードは、
(並列処理を開始。『氷剣』発動)
刃渡り八十センチの氷の剣を具現化し、ノーテュエルに斬りかかる!!!
だが!!!
「遅い!!!」
ぱしっ!という効果音と共に、ノーテュエルの真剣白刃取りに防がれる。
「はっ!!」
真剣白刃取りをした両手を、ノーテュエルがぶん回す。
「何ぃっ!!」
そのままブリードは宙を舞う。ノーテュエルが真剣白羽取りした『氷剣』ごとぶん回されたのだ。
「がっ!!」
視界が回った後に背中に来た、叩きつける衝撃に息が詰まる。
「そうよ…こんな楽しい事がどこにあるの!!やっと心が通じ合えた恋人同士を引き裂くようなこの行為!!!大胆不遜にして冒涜極まりないけど…それが楽しいのよ!!!」
「異常者がぁっ!!!」
「言ってなさい!!!」
ブリードの叫びをあしらったノーテュエルは、神速とも呼べる速さでミリルへと駆ける。
「やめろおおおぉぉぉぉっ!!!」
『痛覚遮断』で痛みを無理矢理押し込めたブリードが起き上がり、ノーテュエルの後を追う。
だが、ノーテュエルの方が明らかに早い!!
立ったままむせかえるミリルへと駆け寄り、足払いでダウンを奪う。
今のミリルに、ノーテュエルの行動に対応できるだけの余裕などあるわけがなかった。
当然、ミリルは仰向けに倒される。
そこへ、足を一歩踏み出した。
額に『ごり』という音。
それだけで、自分の頭を…厳密には額を靴で踏みつけられたということが、恐怖に支配されたミリルの頭でも理解できた。
「ひぐっ…い。痛…」
「顔は殴らないって言ったけど、額は例外よ」
「…いずれにしろ、私を痛めつける事には、最初から変わらな―――あぐっ!!」
どごっというヤバイ音と共に、ミリルのお腹に蹴りが入る。
「正・解。貴女みたいな面白い玩具をそう簡単に手放すわけにはいかないわ」
腹部のダメージが大きすぎて、殆ど声は出せない。悲鳴は大気中の空気をわずかに震わせた程度で、誰の耳にも入ることは無かった。
第二派が来る前に、ミリルは身をよじって起き上がる。痛みが全身を襲うが、気にしてなどいられない。
結果、ノーテュエルが振り下ろした踵が地面に穴を穿つ。
そのおかげで、ノーテュエルが戯れている間にも全速力で駆け出していたブリードが、ノーテュエルの後ろに追いつけた。
「…さっきの錬との戦いで見せれなかった技、受け取れ!!!」
(並列処理を開始。『氷使い』、『舞い踊る吹雪』発動)
『舞い踊る吹雪』発動により、ブリードの周りに絶対零度の無数の結晶が出現。絶対零度の無数の結晶はブリードの周りをたゆたうようにワルツを踊り、マスターであるブリードからの命令を待っている。ブリードが一つ命令を下せば、絶対零度の無数の結晶達はブリードが望む姿にその形状を変え、ノーテュエルに襲い掛かる。
そしてその形状は、今まで錬が見た事の無いものへと変わる。
(『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――倍返しの剣』)
先ほど錬の『氷槍艦』の攻撃を『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――吸収』により吸収してある。
そしてこの能力の威力には、『事前に受けた氷属性の攻撃で本来受けるはずだったダメージ』が影響する!!!!
刹那、ブリードは木刀を握るようにして構え、
ヒュオウッ!ドシュッ!!
激しく綺麗な、鋭い音。
「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ノーテュエルの喉奥から吐き出される咆哮。
ノーテュエルの腹部に、焼けるような衝撃が走った。
一瞬、何が起きたかは、ブリード以外の全員が理解できなかったであろう。
ブリードの手には、名実共に、透明な氷の剣が握られていた。但しサイズは普通の剣の数百倍の。
その剣はきらきらと輝き、光を反射しながら、ノーテュエルの腹部に刺さっていた。…否、ノーテュエルの腹部を貫通していた。
ノーテュエルは、強大な氷の剣によって、強化カーボンの壁に縫い止められた。
からくりとしては、こういうことだ。
錬との戦いの最中に、ブリードは本来なら全方向攻撃が出来たところを、あえて一方向にしか攻撃しなかった。その理由は、錬に「ブリードは全方位には攻撃できない」と思い込ませることが目的だったからだ。
そうすれば、錬は必ず威力の高い全方位攻撃…「氷槍艦」を発動する。あとはそれを『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――吸収』で奪い取り、『相手から受けるはずだった氷属性のダメージに比例しその大きさを増す倍返しの剣』…すなわち『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――倍返しの剣』を放つため。
つまり、錬の放った最大級の攻撃が、威力を二倍に増した剣へと具現化し、ノーテュエルに攻撃できた。
あれだけの威力を持つ技を受けていれば、具現化した瞬間に倍返しの剣の射程内にノーテュエルを捉えることが出来る。こっちは構えているだけで、腕を動かす必要も無い。具現化した瞬間には、倍返しの剣の剣先は既にノーテュエルを捉えている。
本来なら、この攻撃は錬が喰らうはずだっただけに、錬にとっては幸運以外の何者でもなかった。
また、錬は炎の能力は無駄だと考えたらしいが、むしろ逆効果。『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――吸収』は、実は炎攻撃にからっきし弱い。だから、ブリードはあえて炎の攻撃を無効化し、「ブリードに炎は効かない」と誤認させた。真実はその逆だったのだが。
…念の為に言っておくが、錬達とてぼうっと傍観していたわけではない。だが、あの戦いの中に錬が入ったらかえって邪魔になる可能性の方が高かったため、錬は攻撃できないでいた。
結果的に、その判断は正解だった。もし駆け出していたら、下手すれば錬が倍返しの剣に貫かれていただろう。そう考えるとぞっとする。
フィアは『同調能力』によって、ノーテュエルの精神をフィアの支配下に置こうと頑張っていたが、非常に強力な自己領域が、ノーテュエルを包んでいる。よって、外部からの干渉をほぼ受けない状態になっているために、ノーテュエルの精神をフィアの支配下に置くことが出来ないでいた。
どくどくどく。
とめどなく流れる紅い液体。
ノーテュエルの傷口から、大量の血液が流れ出る。
しかし、当のノーテュエルに痛がっている様子はない。痛覚を遮断しているのだろう。魔法士ならむしろ当然の行為だが、この肉体的ダメージなら流石に堪えただろう。
「…ふふ…やってくれるわね」
「ああ、してやったさ…しかし、それを受けて生きているとは見上げた生命力だな」
倍返しの剣を手から離すブリード。倍返しの剣はごとり、と巨大な音を立て、そのまま地面に亀裂を作ることなく、溶けることもなくそのままの形を保っている。
ブリードは気づいていない。
倍返しの剣の、ノーテュエルに刺さっている部分が溶けているという事に。
「ブリードッ!!いけないっ!!!」
先ほどノーテュエルと戦闘したミリルは、ノーテュエルがやらんとしていることに気がついて叫ぶ。
そう、ブリードは知らない。
ノーテュエルがI−ブレイン能力として『炎舞大炎上』すなわち―――――『炎使い』としての能力を持っているという事実を。
結果、刹那の間を置いて自体は悪化する。
ノーテュエルに刺さっている倍返しの剣が、ノーテュエルに刺さっている部分だけ完全に蒸発して霧散する。
ブリードが気づく間もなく、ノーテュエルは次の行動を開始。
強大な熱量を、倍返しの剣の残った部分へとつぎ込む!!!
結果、倍返しの剣の残った部分を構成する窒素結晶が一瞬で沸騰する。固体と気体の体積差はおおよそ数千倍。高圧縮状態に置かれた気体は音速の壁すら超過して膨張する。
後に続くのは――――水蒸気爆発!!!!
倍返しの剣の残った部分を中心として、空間が爆ぜた。爆心地の床が異常な音を立てて陥没し、四方に飛び散る衝撃波は、とっさに真空の盾を作った錬の体と、刹那の速度で安全な場所へと避難したノーテュエルと、これまた刹那で巨大なリミットシールドを象った氷の盾―――――『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――盾』を作成したブリードを避けてチタン外壁に叩きつける。
『舞い踊る吹雪』――――『形状変化』――――『番号――――盾』を作成したブリードは、すかさずミリルの元へと駆け寄ったが、運命の女神は残酷だった。
間一髪で間に合わず、ミリルの体は水蒸気爆発の衝撃波に飲み込まれた。
ブリードの叫びが、水蒸気爆発の爆音にかき消された。
「はっ!!!!」
水蒸気爆発が収まると同時に、ノーテュエルはフィアと錬のいる方向へと加速する。
ノーテュエルの勢いは止まらない。今度は標的を錬とフィアに変えて、暴力の宴を繰り広げる気だ。
今の彼女に、敵も味方も関係ない。
ただ、全てを屠るのみ。
「くっ!!!」
ノーテュエルが繰り出した一撃に合わせて、錬はナイフを振るう。
「砕け散りなさい!!!」
神速でナイフを振るうノーテュエル。
「っと!!!」
ぎりぎりでそれを切り払う錬。
「目障りよっ!!!」
「何で…こうなっているんだよっ!!!あの時のノーテュエルはどこへ行ったのさ!!」
「ノーテュエルは私よ。でも、さっきまでの私もノーテュエル。その事実に違いは無いわ!!!…そういえば言い忘れてたわね…これが『狂いし君への厄災』なのよ!!!」
閃く二本のナイフ、鳴り響く金属音。
光速度の九十パーセントの速度であらゆる攻撃全てが相殺し、そのたびに金属片が散る。
ギイン!!!
幾度めかに響いたその効果音と共に、錬の論理構造の書き込まれたナイフが柄の辺りから真っ二つに折れた。
「しまった!」
「あはははははははっ!!!勝負あったわね!!!!」
錬を突き飛ばし、フィアへと接近するノーテュエル。
突き飛ばされた錬は、その先に会った鉄の塊に頭をぶつけて気絶した。
「いやぁっ!!!錬さん!!」
「さあ…貴女はどんな声で泣いてくれるのかしら!!!」
壊れた笑いと共に、ノーテュエルがフィアへとナイフを突きつけようとした瞬間、
(三百六十度全方位から攻撃感知)
「ぬっ!!!!」
周囲の風から『風を操るための情報』を出来る限り見つけ出して攻撃するこの能力は『無限の息吹』以外の何者でもない!!!
無限の息吹』がノーテュエルへと全段直撃する。
無論、『無限の息吹』がノーテュエルにダメージを通らせられるはずが無い。
だが、ノーテュエルの気を引く事くらいなら出来る。
「てやっ!!!」
攻撃の矛先を『無限の息吹』が飛翔してきた方角へと変える。
その位置は通路。
そこにいるのは、何故か服だけがずたずたになっているミリル。
あれほど酷かったミリルの体の傷が、いつの間にか無くなっている…ついでに、ずたずたになったスカートの影からミリルの白いパンツが見えたが、そのことについてはブリードは黙秘を決め込んだ。
「ミリルッ!!!!」
安堵の息と共に、ブリードが叫んだ。
そして気づく。
ミリルの後ろに、二人分の影があることに。
「そこまでだっ!!!!」
影のうちの片方が声を上げる、少年の声だ。
続いてその姿が明らかになる。
紅い髪の毛。青系のスーツ。手には騎士剣。
「ッ!!!ゼイネスト!!」
ノーテュエルが立ち止まり、ゼイネストと対峙する。
「…これだけのことをして…尚も『狂いし君への厄災』が消えないという事は…余程我慢していたんだな、狂戦士…いや、」
そこで一呼吸置いて、叫んだ。
「ノーテュエル・クライアント!!!!!」
「…」
ノーテュエルは何も言わない。
「お前が人を殺さなければ、あるいは痛めつけなければ『狂いし君への厄災』による要求不満は段々と積もり積もっていく…しかし、お前はその殺戮衝動に何とか耐え切ってきた…正直、よくそこまで我慢できたとさえ思う。並みの魔法士なら発狂していてもおかしくないほどの殺戮衝動だ。
だからさ、一旦楽になろう…少しは気を抜けよ…」
「…………」
「…やれやれ、だんまりか…そういやさ……お前と本気で殺しあうのって、これで何十回目だっけ?」
一瞬の静寂の後、
「がああああぁぁぁぁぁぁぁああああっぁあぁぁ!!!!!!!!!!!!」
それがキーワードだったかのように、返事代わりにノーテュエルの放った咆哮と共に、戦闘が始まった。
シティ・モスクワの情報をハッカーし終えたゼイネストとシャロンの二人は、ノーテュエルがいつまで経っても戻らない事に悪寒を覚えた。
まさか、『狂いし君への厄災』消去プログラムが失敗して、『狂いし君への厄災』が発動したかもしれないと思って、ノーテュエルの熱量反応を探り、それを追うことにした。
地下の階段を降りようとした所で、水蒸気爆発の音と共に、銀髪の少女が飛んできた。シャロンがかろうじてそれをキャッチした。
キャッチして、銀髪の少女のその酷さに唖然とした。
銀髪の少女の体は、無残にも全身が切り傷と擦り傷と火傷で占められていた。おそらく今の水蒸気爆発に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。
しかし、このままでは冗談抜きで命に関わるために、シャロンが。『治癒の天使』で銀髪の少女の切り傷と擦り傷と火傷を四秒足らずで治したのだった。
「シャロン!!他の奴を頼む!!」
「分かったの!!」
ゼイネストはノーテュエルへと突撃する。
シャロンはブリード達の方へと向かう。
(I−ブレイン起動。『治癒の天使』発動)
シャロンが、左手でブリードの右手を、右手で錬の左手をそっと握って、目を閉じた。
シャロンの背中からは、金色の光の束が広がった。ブリードと錬にはそれは『氷使い』や『運動係数制御デーモン』と同じ『抽象的な情報構造のイメージ』だと分かった。
それはまさに、天使の翼のようだった。
翼はブリードと錬を包み込み、情報を書き換える、というより、人間が本来持っている新陳代謝能力を一時的に大幅に高める。
そして、シャロンの新陳代謝能力が一時的に大幅に上昇する。そのままブリードと錬をシャロンの情報に『同調』させる。
不思議な事ではない。シャロンは『天使』だ。すなわちシャロンは『同調能力』の使い手だ。
見る見るうちにブリードと錬の体が負った傷が治っていく。そうしてシャロンと同じレベルまで身体が回復し、シャロンの情報構造とブリードと錬の情報構造が完全に一致した。
現実時間にして約五秒で、ブリードと錬の身体の傷が感知した。
それと同時に、シャロンはブリードと錬の手を同時に離した。後ろからの避難的な視線が痛かったからである。女性としてその視線の訳を直感で感じ取るのはわけないことだった。
「…ありがとう…それにしても、随分と不思議な能力だな」
よっ、という声と共に立ち上がり、ブリードはお礼の言葉を述べる。ちなみに錬はまだ気絶しているが、それをフィアが必死でその体をゆすって起こそうとしている。
「あんまりメジャーな能力じゃないから…」
「という事は、ミリルを治してくれたのも君か。礼を言う」
「どういたしまして」
「…ブリード」
「あ…」
いつの間にか、ミリルがブリードの傍らまで来ていた。
一秒ちょいでその場所まで駆け出し、ブリードは大切な人を抱きしめた。
年相応のやわらかい体には、十分な体温があった。
一瞬湧き上がる邪な考えを何とか振り切って、
「…やっと、お互いが素直に言えたな」
精一杯の想いをその一言に集約して、
「大好きだ」
ただ、それだけを言う。
「…うん。今まで生きてきて、今日が一番嬉しい日…だからブリード」
ありがとう。の形に唇が動いて、一筋の涙が零れると同時、ミリルの目が閉じられた。
「寝るな!!起きろ!!」
反射的にミリルの体をゆさぶって、ミリルの意識を現実へと引き戻させる。
「…あ」
安堵ゆえに飛びかけた意識を何とか保ち、ミリルがうっすらと目を開けた。
「…勘弁してくれ、寿命が縮む」
ふう、と安堵の息をつき、ブリードはミリルを抱えたまま立ち上がる。掟破りのお姫様だっこだ。
「きゃあ!!ちょっと…ブリード…こんなとこで…」
顔を紅くしてミリルはもがくが、ブリード男でミリルは女。その力量の差は歴然だった。
結果、ミリルは抵抗するのをすぐに諦め、ブリードの腕の中で暖かい気持ちに包まれていた。
一方、こちらでは激戦が繰り広げられていた。
ゼイネストの騎士剣『天王百七十二式』は、とある特殊金属で作られた騎士剣だ。
だが、ノーテュエルの持つナイフも、それと同じ特殊金属で作られている。
よって、この戦いの勝者敗者を決めるのは、純粋な能力勝負のみ。
ゼイネストには『魔法士拘束デバイス自己発生型』という、周囲にノイズメーカーと同じ現象を振りまく能力がある。しかも、変幻自在にノイズメーカーの波長を変えられる為、如何なる対ノイズメーカー用のデバイスを用いられても怖くなど無い。
しかし、ノーテュエルにも『ノイズメイカー殺し』という、周囲のノイズメーカーを無効化する能力がある。しかも、あらゆる波長のノイズメーカーに合わせて波長を変えて対応できるという優れものだ。
よって、二人の持つ能力は完全に相反しているため、お互いの能力が打ち消しあって無意味なものとなる。
まさしくもって、本当の意味での実力勝負。
刻んでいるはずの数百の足音はわずかな時間に凝縮されて完全に重なり合い、はたからには如何頑張ってもただ一つの音としてしか認識できないだろう。
響きあうのは無数の剣戟の音。刻んでいるはずのその音の数は刻んでいるはずの数百の足音よりも遥かに多いはずなのに、それとて一つの音としてしか認識できない。
空間歪曲と物理法則を完全無欠に無視した、常識など一切合財通用しない死闘。
煌く銀光は世界を塗り替えるほどに眩しい。
その後ろに、即座の死が待っていようとも。
ノーテュエルが右手に持っていたナイフを投擲。一挙動に放たれたナイフは白い手を離れるや銀閃をまきちらして超加速。ゼイネストの運動速度に匹敵する速度で一直線に飛来する。肉眼は無論の事、I−ブレインの質量感知能力をもってしても捉えきるのは至難の業の速度。 ゼイネストはそれを弾き返すのではなく、回避する判断を下した。
ゼイネストの体が左方向に飛翔する。
瞬間、ノーテュエルが加速を開始する。
懐からもう一本のナイフを取り出し、どうやっても一つにしか刻まれていない足音と共に加速。
刹那の速度でノーテュエルの攻撃を見切り、ナイフによる攻撃をゼイネストはかろうじて防ぐ。その次に放たれる連戟を、お互いの得物で相殺しあう。右からの横薙ぎには左からの横薙ぎで、上段からの切り込みには下段からの切り上げで。
お互いがお互いに、一切の致命傷すら与えられてない死闘。
両者が両者ともお互いの手の内を知っている以上、勝負の明暗を分けるのは戦略しかない。いかに相手の裏をかくか、いかに相手を出し抜くか。無数に存在する選択肢同士のせめぎ合いにして読みあいにして後の無い死闘遊戯。
そして勝負をかけるのは、勝利を確信した時。
双方ともお互い十メートルの距離をとり、相手の出方を待つ。一対一の勝負なら、待ちも有効な戦術となる。
そしてこの場合、痺れを切らして冷静さを欠いたほうが、敗北とはいかないまでも圧倒的に不利になる。
ただ、お互いを睨みつけながらも、そして戦闘しながらも頭の中で戦術を組み立てている。この手が読まれたらあの手で、あの手が読まれたら次の手で。考えを止めている暇など絶対的に無用。
だが、戦闘能力面ではノーテュエルの方が上なのは確かな事。
現に今、ゼイネストは押されていた。
「っく!!!」
「遅いっ!!!」
得物のリーチ差でゼイネストが有利なはずなのに、速度の差がリーチの差での有利面を無意味なものにしてしまう。
ノーテュエルの速度が速過ぎて、先ほどからゼイネストは守勢に回らざるを得ない状況に陥っている。
お互いの得物がまたもぶつかり合うが、いつも先に攻撃を仕掛けるのはノーテュエルだ。
(ノーテュエル…お前に『狂いし君への厄災』があるのなら…)
上段からの一閃をかろうじて回避する。
(俺にとて、禁忌に等しき能力がある)
横薙ぎの一撃をかろうじて切り払う。
そう、
切り札はまだそこにある。
だが、この切り札はまさに諸刃の剣。
一度使えば、どうなるかの予測がつかないほどの代物である。
だが、このままでは埒が明かない。
ゼイネストがノーテュエルとの競り合い中に脳内で考えていると、
(『狂いし君への厄災』消去プログラム、再起動)
刹那、ノーテュエルの脳内に、抑揚の無い声でそれだけが響いた。
「…ッ!!!なんだ、これは!!!」
空いている左手で頭を抑えて、一瞬だが確実に狼狽するノーテュエル。
「来たかっ!!!」
待ちわびたかのように声を上げるゼイネスト。
「…『狂いし君への厄災』消去プログラムが再起動したな…このプログラムには少々だが特殊な仕掛けをしていてな…一度破られると、プログラム強度を強化してプログラム完遂に勤めるようにプログラミングされている。それでも破られたら今度はさらにプログラム強度を強化してプログラム完遂に勤める!!プログラム完遂が完全に不可能と判断するまでな!!」
「くっ!何てこと!まだ『狂いし君への厄災』消去プログラムが生きてるなんて!」
今までにない焦りが、ノーテュエルを襲う。
ノーテュエルに組み込んだ『狂いし君への厄災』消去プログラムは、一度打ち破られても時間経過によりさらに強化され復帰し、再度、『狂いし君への厄災』消去を実行する。ゼイネストにできる事は、『狂いし君への厄災』消去プログラムを実行する時間まで時間を稼いでくれればいい。
『狂いし君への厄災』消去プログラムさえ完全に実行されれば、全てにカタがつくのだから。
「…天運が向いてきたな…なら」
そうだ。
この勢いのまま、押し切らない手がどこにある。
今最も大切なのは、ノーテュエルから『狂いし君への厄災』を削除する事にあるのだ。
だから、禁忌を発動しない方がいいだろう。発動までにそれなりの時間を必要とするこの禁忌を発動すれば、ノーテュエルを抑えきることは十二分に出来る。
だが、『発動までにそれなりの時間を必要とする』以上、下手に時間をくって勝機を逃しては元も子も無い。
それ以上に、この禁忌を発動すると…。
「…」
頭を振って、その考えを打ち消した。
「行くぞ!!!」
『自己領域』により通常の四十五倍に強化された運動係数を用いて、ゼイネストは真上に跳躍。
予想通りにノーテュエルもまた跳躍して突っ込んでくる。
そして、全てに決着が付く瞬間!!!
お互いの得物がぶつかり合った。
ノーテュエルの持つナイフが、ひび割れた音と共に粉々に砕け散った。
後に来るのは、ゼイネストの本気の一撃。
ノーテュエルも、最後の力を振り絞って反撃に躍り出た。懐からさらなるナイフを取り出しゼイネストに斬り付ける。
だが、ノーテュエルのそのタイムラグが、全ての勝敗を決した。
ゼイネストのわき腹に、浅く刺さるナイフ。
ノーテュエルの左肩を、深く切り裂くゼイネストの騎士剣『天王百七十二式』の一撃。
「ぐっ!!」
「あぎっ!!」
お互いがお互いに、仰向けに倒れる。
刹那の時を置いて、
(『狂いし君への厄災』消去プログラム、全工程をクリア)
ノーテュエルの頭の中で、Iーブレインが抑揚のないその言葉を告げた。
それを引き金にしたかのように、ノーテュエルの意識が一瞬飛んだ。
ノーテュエルが目を開いた。
その瞳には銀色はなく、目つきも普段どおり。
仰向けに倒れたまま、ゼイネストとノーテュエルは会話していた。
お互い、「どくどく…」という、切り傷から血の流れる音をSEにして、
すがすがしい気分の中、会話していた。
「…ったく、毎度毎度手間をかけさせてくれるよ…お前って奴は」
「し、仕方ないじゃない…でもまあ、これで全てが終ったのね…と…とりあえず、礼は言っておくわよ…ゼイネスト」
息も絶え絶えに告げるノーテュエル。
「お前を殺し…損ねたことに対して…か?」
「あはは、そだね」
「…口数の減らない奴だ」
「えー、そお?」
そんな会話でも、二人とも笑っていた。
―――【 A F T E R 】―――
〜THE REN&FIA&BUREED&MIRIRU&NORTYUEL&ZEINESUT&SHARON〜
シティ・モスクワのマザーコアを巡る一つの戦いは、以外な形で終わりを告げた。
ブリード・レイジはミリル・リメイルドと共に天樹錬達へと付いていくことにした。無論、ゼイネスト達の巧妙な手際によって、シティ・モスクワのデータライブラリには『賊の襲撃により死亡』と書かれている。
姉が守ってきたこのシティを捨てるのは流石に辛かったが、もし姉が生きていたら、姉自身のことよりもミリルを守る事を優先するように言っただろう。
そう思うことで、踏ん切りをつけた。
幸いだったのは、荷物がほとんど無かったということだ。元より二人ともあまり無駄な物は買わないタイプだったし、元より財政に余裕があるわけではなかった。
錬達が住んでいるプラントにも、丁度空き家が出来たため、そこがブリード達の家になるらしい。
無論、錬とてブリードを完全に許したわけではない。だが、ブリードの行動原理がかなり錬自身と似ていたために、どうやらつながるものがあったようだ。
ノーテュエル達は、錬が気がついたらいなくなっていた。
何でも、他にやることがあって世界を回るらしい。
そして、ブリード達から話を聞いて、ノーテュエルの変貌の理由を知った。
正直、ショッキングな内容だった。が、錬がなによりも興味を引かれたのは『賢人会議』の名前が出てきた事だ。
あの三人もまた『賢人会議』の犠牲者だったということだ。
また、錬が気絶している間にフィアが三人から得た情報によると、『賢人会議』はシティへの復讐者であるらしい。長の名前は分からないが、その動機は分かった。
何でも、『シティの奴らの中に、本当の意味での魔法士の味方なんて誰もいない。誰も彼も、魔法士の事を便利な道具としてしか思ってない。自分達の手で遺伝子を合成して自分達の手で発生させたから、自分達の好きなように使っていいと思っている。だから、シティの人間達はそのツケを支払うべきだ』との弁らしい。
だが、『賢人会議』のその論理が正しいかというと疑問が残る。
それでは、魔法士ではないただの人間はどうやって生きればいいのだろうか。
老人・子供・病人…シティの外では生きられない人間達を見殺しにしてでも魔法士を救いたいのか。
錬も人のことは言えないが、それはエゴではないのか。
全ての人間には、その人なりの正義が存在する。
しかし『賢人会議』のその正義は、シティの罪無き人たちには完全なる迷惑でしかない。
何より、この問題に、正しき解法など存在しない…。
―――【 一 時 の 別 れ 】―――
〜THE RON&RESHUREI&SERISIA&RAZIERUT〜
「行くのか、論…もう少し、色々な事を話したかったんだが…」
「ああ、オレは行かなくちゃならないんだ…オレの目的の為に」
レシュレイに返事をする論。
「…聞こうと思っていたんですけど…論さんの目的って何なんですか?」
質問したのはセリシア。
「おおっと、それは聞かないでくれ…ちょっと恥ずかしくて言えないことなんだよ…」
返答する論。
「分かった、要するにスケベなことな…」
ごしゃっ!!!
「ぐはぁ!!!」
横から口を挟んだラジエルトが、鳩尾へのレシュレイの鉄拳制裁で沈んだ。
「…断じて違うからな…しかし、そういう親父を持つと苦労するんじゃないのか?」
ため息一つ。論の口から出たのはそんな台詞。
「もう慣れた…」
今まで幾度と無く言ってきたかのように言い放つレシュレイ。まさに悟りの境地だ。
「折角会えましたのに…でも、また会えますよね」
「ああ、是非ともまた会おう…その時には、オレは自分の目的を成功させておきたいところだな」
「その時は…まあ、シャンパンあたりで飲み明かそう」
「お、それいいな、賛成」
レシュレイの案に賛成する論。
「シャンパンくらいなら、私でも大丈夫そうです」
わきあいあいと盛り上がる会話。
そして、いよいよ一時の別れの時がやってくる。
「じゃあな!!元気で!!」
フライヤーに乗り、手を振る論。
「気をつけろよ!!」
「さようならー!!」
レシュレイとセリシアも、手を振った。
数秒後には、論の姿は灰色の空へと消えていった。
―――【 謎 】―――
〜THE ?????〜
さて、
ここに、一冊の資料がある。
作成者はシティ・ロンドン自治軍調査部。最終更新日は西暦二千百九十八念九月一日。ここ数年の間に世界中で起きた研究施設襲撃事件を網羅し、七月にマサチューセッツで発生した『光使いによるポート襲撃事件』にまで言及したその報告の一ページ目には、一連の騒動の引き金となったモノの名前が記されていた。
その名は、『賢人会議』という。
「へぇ…こう記されてるのか…」
ディスプレイごしに、一冊の資料を眺める者がいた。
それは間違いなくシティ・ロンドン自治軍調査部によって作られた一冊の資料のコピー。
「わざわざハッキングしたかいがあったなぁ…しかし、どうやら俺達のやっている事までは書かれていないな…シティの連中も間が抜けている。こんなだから『賢人会議』に攻撃されるんだ・・・。
まあいいさ…『賢人会議』が活躍すれば活躍するほど、ある意味ではいい方向に話が進んでいくからな」
闇の中で、橙色の髪のそいつはくつくつとほくそ笑んだ。
―――【 続 く 】―――
―――――【 お ま け 】―――――
レシュレイ
「やっと『狂いし君への厄災』関係の話が終ったな。
あー、ちなみに『狂いし君への厄災』状態のノーテュエルの元ネタには、龍宮レナ(ひぐらし)も混じってるらしいぞ。
斧持って主人公を追っかけまわすところのあの奇怪にして異常な性格と笑い声のとことかな」
セリシア
「いやぁぁぁ!!!その人怖い!!ひぐらし怖い!!!
話を…話を切り替えないと…!!!
で…でも、最後のあれは何なんでしょうか?凄く謎めいてましたよ」
レシュレイ
「いよいよ物語りも前半を終えたからな。さて、そろそろ伏線が回収されてきたんじゃないか…あと、一応言っておくと、最後に出てきた赤茶色の髪の人物で、メインキャストは全部らしい。うち、ワイスは既に死んでいるけどな」
セリシア
「あの人嫌いです…。
それと、クラウ・ソラスやイントルーダーの話が一向に進んでないですけど…」
レシュレイ
「あの二人はかなり重要な位置にいるからな。そう簡単に進めたら色々とまずいらしい…下手すれば、後に俺達と協力して戦ってくれるかもしれない気が、なんとなくするけどな」
セリシア
「二人とも強そうだから、そうなってくれると凄く助かりますね…。
で、やっぱりブリードは錬達に付いていくんですね」
レシュレイ
「あのままシティ・モスクワに居たら、ミリルはマザーコアにされてただろうしな。正直、ブリードはミリル無しじゃ生きられない男だと思うぞ」
セリシア
「そして私はレシュレイ無しじゃ生きられない女なんです…」
レシュレイ
「さらりと恥ずかしいコト言うな(ずびしっ!!)←赤面しながらツッコミ」
セリシア
「あうっ…レシュレイが…ぶった…」
レシュレイ
「いや、そっぽ向かれても…ていうか涙目!?」
…この後、ベタベタな痴話喧嘩が発生したので、省略させていただきます。
論
「あいつらもよくやるなぁ…。
…さて、おアツイお二人さんはしばらく置いといて…次回だが、ついにオレの目的のもう一つが判明する。
それと、まだまだ先の話だが…何やら不吉な予感すらするしな…正直、外れてくれればいいのだが…」
ブリード
「待て待て、ストーップ!!だ、論。
…おいおい、こんな場で堅苦しい予想なんかやめようぜ。
ここは一つ、登場人物総登場で、キャラトーク大会へとしゃれこもうじゃないか!!」
シャロン
「賛成です!!」
ミリル
「どこからその流れが!?っていう展開は、この際無視という事で」
イントルーダー
「面白い企画だな…俺も参加しよう」
ノーテュエル
「あ、出番少ないのがきた」
クラウ・ソラス
「うるさい!!!」
ゼイネスト
「しかし、何で今頃…?」
シュベール
「それはね、作者が今リアルタイムでひぐらしにはまっているからよ」
ノーテュエル
「細かい事情なんてどうでもいいわ、今はただ…楽しむのみッ!!」
ブリード
「というわけで、ますは今までの物語の中で、色々と思ったことを希望制で挙げていこうぜ」
ミリル
「じゃあ、早速いきます!!『賢人会議』って、確か魔法士の味方なのに、何で本作ではノーテュエル達が『賢人会議』を裏切ってるんですか?」
ノーテュエル
「いきなり核心を突いてきたわね…だけど理由は簡単…父さんを殺した『賢人会議』に、のこのこと付いていけるわけないでしょう!!だから裏切ったのよ!!」
論
「少なくともサクラはそういうことをするような存在じゃないと思うんだが…」
ゼイネスト
「どうだろうな…ただ、何がどうなっても、サクラがマリアを結果的に殺す発端であったことには変わらない。サクラは目的の為なら手段は選ばないみたいだからな。父さん…ヴォーレーン博士を殺したのも、ヴォーレーン博士が何かをやらかしたからじゃないのか?」
ミリル
「その線は…あるかもしれないですね」
シャロン
「…ちょっと待って。何かおかしくない?」
イントルーダー
「何がだ?」
シャロン
「ううん、何かが引っかかるの…特に、最後に出てきた彼が言ってた事とか…」
ブリード
「ああ、何か「『賢人会議』が活躍すれば活躍するほど、ある意味ではいい方向に話が進んでいく」とか言ってたな。あれじゃないか…『賢人会議』の発展を祝ってるんじゃないのか?」
論
「…果たしてそうかな…」
クラウ・ソラス
「何か言いたげね…どうぞ、思慮深い貴方の意見が気になるわ」
論
「…そうだな…強いて言えば、ヒントはWB五巻の上巻に隠されている…かな。そう、この謎を解き明かすための、気がつけばしごく簡単な謎の正体が!!」
ワイス
「おいおい、もったいぶるなよ」
ノーテュエル
「死人は引っ込んでなさいっ!!!『炎舞大炎上』起動!!!」
ワイス
「ぎゃあああああ〜〜〜〜!!俺を焼肉にするな〜〜〜!!!」
論
「ふむ、消し炭と散れ…かな」
ワイス
「結局俺はかませ犬かよ―――――――ッ!!!こんちくしょ―――――ッ!!!」
論
「何だ…死んだのかよアンタ」
ラジエルト
「そりゃ死ぬわな」
ミリル
「いつの間にかこっそりと皆様出てらっしゃりますね…レシュレイさんとセリシアちゃんはまだ痴話喧嘩の真っ最中みたいですし…」
クラウ・ソラス
「でも流石に、今回の最後に登場したあの人物は出れないでしょうね…名前すら空かされてないんですから」
ラジエルト
「さて、流れを戻そう…えーと、今何の話の最中だっけ?」
イントルーダー
「『賢人会議』云々の話の最中だ」
ノーテュエル
「ていうかあんた、『賢人会議』に負われているんでしょう?何で?」
イントルーダー
「それは後の話で明かされるから、しばらく待て」
ラジエルト
「うまくごまかしたな」
ミリル
「…ねえ皆さん、何か忘れてませんか?」
ブリード
「は?何を忘れているって言うんだ?」
ミリル
「私にもよく分からないけど、絶対に、何かを忘れている気がするの…」
イントルーダー
「まあ、そのうち思い出すだろから、しばらく話そうぜ」
ミリル
「いいのかなぁ…」
論
「さて…次はそうだな…キャラの元ネタについて語らないか?」
ラジエルト
「そりゃいいな!!…でも、一部だけにしような。あまりに多くを語ると、読者の皆様をうんざりさせてしまう」
論
「正論だ…じゃあまずブリードの能力だが…これは分かる読者がいるんじゃないのか?」
レシュレイ
「や、やっとセリシアが機嫌を直した…それはそうとして、確かにな。炎使いじゃなくて『氷使い』なのかも気になる」
ブリード
「ただ単に凍りに特化した能力じゃないのか?」
セリシア
「確か…ブリードの能力の元ネタは『黒い猫』ですよ…」
クラウ・ソラス
「ダイレクトに言ったわね…レクイエムさんあたりはもう分かったんじゃないの?」
レシュレイ
「後分かりやすいのは、イントルーダーの能力だろうな。マントという時点で既に『カットカットカットカットカット…』だ!!!」
クラウ・ソラス
「じゃ、じゃあイントルーダーは、そのうち相手の首筋に噛み付いたりするの…?」
レシュレイ
「そっちの『カットカットカットカットカット…』じゃないぞ…」
セリシア
「これも分かる人には分かったでしょうね」
ミリル
「…一部の台詞には某ゲームの人造人間から持ってきたものがありますね…先行者さんあたりなら分かったと思いますよ…」
イントルーダー
「男心は複雑ロ…」
一同
「スト―――――ップ!!!!!」
シャロン
「あ、あああ――――――――っ!!!!」
ゼイネスト
「ど、どうしたシャロン!!!いきなり叫んで!!!ゴキブリでもいたか!!」
セリシア
「嫌――――ッ!!ゴキブリ大嫌い!!!」
シャロン
「違うの!!!
…分かりましたの!!この何か忘れている感覚の正体が…ねえ皆さん…何か足りなくないですか?」
セリシア
「足りないって…な、何が…?」
シャロン
「ほら、死んでるはずのワイスが出てきたり、戦えないラジエルトが出てきてるのに…」
ノーテュエル
「あっ!!!」
シャロン
「ねっ!!!」
ノーテュエル
「ヴォーレーン博士が出てない」
シャロン
(ズル――――――ッ!!!)←ずっこける。
シャロン
「ちーがーうーの!!!!!ほら、思い出して…」
イントルーダー
「分かったぞ!!!」
シャロン
「うん!!!」
イントルーダー
「マンフドイとヤーザムが出てないんだ!!!」
シャロン
(ズル――――――ッ!!!)←再びずっこける。
シャロン
「そもそも、その二人は後の登場人物でしょうが!!!だから…ああもう!!」
ブリード
「今度こそ分かったぞ!!」
シャロン
「そう!!」
ブリード
「改良前は復活していた雪がいない!!!」
シャロン
(ズル――――――ッ!!!)←三度ずっこける。
シャロン
「その設定は最終的に没になったなの!!!」
レシュレイ
「そ、そうだったのか…それにしても、改良前を知る人のみ知るネタだな…」
イントルーダー
「おいおい…いい加減にしろ。一体何が言いたいんだ…」
シャロン
「だ…だから」(疲れてきた)
「…かげ…に」
論
「…今、絶対に何か聞こえたよな…」
レシュレイ
「…ああ」
シュベール
「ひぐらしではないみたいだけど…」
「…かげ…にしてください」
クラウ・ソラス
「…頭の中で…失われたピースが合わさっていく感覚がする…」
セリシア
「…ま、まさか…」
「いい加減にしてください…」(思いっきり涙声)
論
「…全てが…分かった」
レシュレイ
「…全くだな」
イントルーダー
「な、何?」
セリシア
「皆さん…第三話あたりをよっく読み返してください…」
クラウ・ソラス
「…全く、何が何だか……って、ああ――――――ッ!!!!」
一同「ヒナ・シュテルンがいない!!!」
ヒナ
「そうです…皆さん…酷いです」
ブリード
「わ、悪い!!マジで忘れてた!!!」
シュベール
「考えてみれば、あそこにしか出てないから…皆が忘れるのも仕方ないわ…」
ヒナ
「こんなのあんまりです…いじめです…どうして…わたしだけ…」
論
「おそらく、本作最高の薄幸キャラというコンセプトのせいだと思うぞ…」
ヒナ
「そんなコンセプト…いらないのに…わたしはただ…皆と…みんなと…うぅ…ひっく…」
ブリード
「…しかも図ったかのように、もう終わりの時間だしな…」
ヒナ
「そ…そんなの…そんなの…ふわああああぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
少女の悲痛な泣き声が、世界に響いた。
<こっちのコーナーも続く>
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