FINAL JUDGMENT
〜奪還〜




















南米はシティの影響が比較的薄い。今の世界において酷く当たり前の認識。

―――だが、だからこそ、彼ら・彼女らは油断をしてはならなかった。










【 + + + + + + + + + 】













平和だったこの地に、小規模なフライヤーの軍勢が、突如として来航してきた。

最初は『賢人会議』によって助けられたマザーコア被検体が、新しく此方に向かってきたのかと思った。だが、フライヤーから降りてきた人間達の姿を目にした時に、彼ら・彼女らの期待は、恐怖と絶望に塗り替えられた。

彼ら・彼女らにとって、ハーディンの姿はどう映ったか―――考えるまでも無いだろう。あえて言うなれば『自分達の平和を脅かし、命を奪う完全なる敵』と言った所か。








フライヤーの殆どは黒のカラーリングで統一されていたが、その中に一つだけ、白を基調としたフライヤーの姿があった。

だが不思議な事に、全てのフライヤーは、着陸しても人が降りて来なかった。

「なんだあれは…まさか」

「そんな…どうしてここが…」

「新しい仲間じゃないのか!?」

平和だった島の午後は、一変して不穏な空気に包まれた。つい先ほどまでは笑顔を浮かべていた島の住民達は、誰一人残さずに不安を隠す事無く顔に表して、突如として現れたフライヤーの中から何が出てくるのかを待つ。

考えようによっては、相手が動く前に先制攻撃の一つでも仕掛ければいいのかもしれないが、島の住民達はその殆どが子供で構成されており、しかもマザーコアにされる為に生み出されていた。

サクラによって多少の戦闘技術こそ教えられていたものの、それがいざ実戦となって機能できるかというと、そうとは限らない。

思わぬ来訪者の存在に、島の住民達は慌てふためきはするものの、具体的な行動に移ることが出来ない。

一体どのような行動に移ればいいのかなんて分からないのだ。そもそも、島の住民達はこの南米の島から外に出る心算は無いから、乗り物の類など一つも準備していない。それに、外に出てしまえば、なんらかの形で軍の人間に見つかり、『賢人会議』によって連れ去られたマザーコア被検体という事がばれて捕まる危険もあった。

さらに、南米のこの島には、生活には困らない程度ではあるが、食料も衣類も作れるプラントがあった。態々そんな恵まれた環境を捨ててまで外に出る理由も無い。

そしてこれは反対に言えば、外部への逃走手段を自分から封じているという事でもあった。










ぷしゅーという、空気の抜けるような音と共に、黒を基調としたカラーリングの中にあってたった一機だけが非常によく目立つ白いフライヤーの扉が開き、中からは一人の人間が姿を現した。

それは、二十歳くらいの青年だった。銀髪の短めの髪に、銀色のマント。腰には鞘に収められた剣があり、その柄はまるで十字架のような形をしている。

着ているのは、青系の色を基調にした服に、あちこちに銀色を基調としたプレートが取り付けられており、まさに中世の『騎士』をモチーフにしたような格好である。

そして、瞳の色は緑色と青色の異色瞳(オッドアイ)。

青年はフライヤーから降りるとすぐに周りを見渡し、一言。

「まさか、こんなに、たくさんのマザーコア被検体が居るとは思いませんでしたよ。
 という事は『賢人会議』に殺された人がそれだけ居るという事にもつながりますけど…ね」

その発言で、人々の間に動揺が走る。

目の前の青年が『賢人会議』の事を知っているという事実と、『まさか、こんなに、たくさんのマザーコア被検体が居るとは思いませんでしたよ』の発言の二点は、青年がどういう目的でこの島に来訪したのかを直ぐに理解させるには十分すぎた。

青年からもっとも近く…と言っても七メートルほど離れた位置に居る、外見年齢八歳くらいの少女は、怯えて青ざめた顔でおそるおそる口を開いた。

「…お兄ちゃん、は…軍の人?」

すると青年は、やんわりと微笑む。

「ええ、隠す必要もないと思われますから話しますが、僕は、れっきとした軍の人間です」

ひぅ、と、少女の喉の奥から小さな声。

それとほぼ同じタイミングで、今度は11歳くらいの褐色の肌の少女がずい、と前に出て、黒い瞳をきりっとさせて青年をねめつけながら口を開いた。

「…そうか、ほんならあんたは、ウチらを殺しに来た殺し屋ってやな」

褐色の肌の少女の発言に、ハーディンは眉をしかめる。

「…殺しに来た?
 あなたは今更何を言っているのですか。あなた達はマザーコア被検体。シティを動かす為に生まれた身だ。
 なら、その使命を全うするのが当然の役目ではないのですか?」

「ふざけるんやないで!
 ウチら魔法士を道具としか扱わない奴らの為に死ぬなんて、まっぴらごめんや!あんた達の箱庭なんてウチらには関係ない!
 ウチらが死んで当然という認識が世界中に浸透した世界なんて、まっぴらごめんなんや!
 あんたもそうなんやろ!ウチらが死んで世界が行き続ける事が絶対に正しいって、そう思っているんやろ!」

その言葉に、青年は一瞬だけ情緒の表情を浮かべた。

「…無論僕とて、あなた達が悪いとは思っていないし、あなた達が死んで当然などと思っているわけでもない」

「…なら、どうして!」

今度は、最初に口を開いた少女が言い返した。その言葉に対し、左手を前えとかざした青年は即座に切り返す。

「―――現実はそんなに甘くない!あなた達がいなければ、多くの人が死んでしまう!
 マザーコアとして生み出された以上、その使命は必然でしょう!これは今の世界にとって必要な犠牲なのです!少なくとも、僕はそう思うしかないのです!」

青年の瞳が燃えている。それは、確固たる意思と信念によって突き動かされているもの。

「それなら、それなら、あなたが…あなたがマザーコアになればいいじゃないのぉっ!
 そんなにマザーコアに拘るんなら、あなたがマザーコアになって、シティの人達を助けてあげればいいじゃない!」

「そうや!ウチらをあんたらの箱庭ごっこに巻き込まんといてほしいんや!」

「………ッ!!」

少女二人のその言葉は、青年の胸の奥で、怒りを沸きたて、奮い立たせた。だが、少女二人がそれに気づいた時には全てが手遅れだった。

俯いた青年が、ぎり、と歯を食いしばり、両の拳を力強く握り締める。

「…それが、それが出来たらどんなにいい事か知っていて、あなた達はそれを言っているのかっ!?
 僕だって、マザーコアになれたらどれほどいいか何度も思ったことか!」

「…え?」

「…なんやて…」

一瞬、二人の少女の顔に困惑が走る。

「…どういう、こと?」

一足先に我に返った、八歳くらいの少女が問うた。

それに対し、青年は、嫌な記憶を思い出す人間の顔をしながら、それを口に出す。

「どういう事もなにも、そのままの意味ですよ。
 僕のI−ブレインは、マザーコアへの適正が最低を通り越して負の位置に値すると判断されたのです。つまり、僕をマザーコアにしてしまうと、シティの存続どころか、シティの崩壊にすら繋がりかねないという事です。
 僕はマザーコアとしては、限りなく欠陥品なんですよ。誰一人、救う事が出来ないんです。
 だから僕は、あなた達に、僕が叶える事の出来なかった想いを叶えて欲しい。僕は、そうやってマザーコアになっていった人達に敬意を払っています。
 そして、ゆくゆくはマザーコアに変わるエネルギーを作りたいと思っているのです。あなた達のような子供達が、もう、こんな目に遭わなくて済む様に…」

青年のその言葉に、二人の少女は反撃の術を失った。

分かってしまったのだ。この青年が、この世界が絶対に正しいと信じているわけではないと。

「…」

「…そう、だったんか…」

少女二人の胸のうちで膨らんでいた怒りが、急速にしぼんでいく。

だがそこに、さらにもう一人、白人の十歳くらいの少年が乱入した。少年は大きな目を見開きながら、大きく口を開いて、叫ぶように言い放つ。

「ま、待てよっ!二人とも、何を納得してんだよ!
 このままじゃオイラ達はマザーコアにされちまうんだぞ!
 この兄ちゃんはな、自分がマザーコアになれなかったからって、おいら達にマザーコアになれって言ってるんだぞ!」

「…先ほども言ったでしょうに。世界には時間が無いんですよ。
 あなた達の犠牲なくして世界が通常通りに生きていける可能性なんて、兆に一つも無いのです!
 そして今、この世界には、シティの助け無しでは生きていけない者が大半を占めている!老人や子供や病人なら尚の事、シティの保護が必要な世界なのですよ!
 それなのにあなた達は、限りなく少数な要望を通して沢山の人達を殺せと、そう言うのですね!」

モスクワ訛りの少女が「それは」と口を開こうとしたが、開く事が出来なかった。

「全ては、『世界が』生きてこそなんです。
 先ほど僕は言いましたね…『ゆくゆくはマザーコアに変わるエネルギーを作りたいと思っている』と。ですが、その前に僕達人類の歴史が終わってしまっては全くの無意味です。
 少なくとも、今は、世界を生かす為に犠牲が必要なんです。そして、その犠牲は少ない方がいいのは、絶対に間違っている意見じゃない。
 だから、お願いします…あなた達の力が必要なんです」

青年はおじぎをするように頭を下げる。その仕草に、人々の間に動揺が走る。だが、少年はいまだ納得していなかった」

「結局はそこに行き着くんだろ!
 オイラ達を犠牲にするって事は変わらないんだろ!ふざけるなぁ!
 オイラ達は生きるんだ!何があっても!
 だから、シティがどうなろうが知らないよ!そんな事までかまってらんねーもん!
 …シティなんか、勝手に滅んでしまえばいいんだ!」

それを聞いた青年の瞳に、冷たい色が宿る。少年は「あ」と両手で口を塞いだが、どうやら既に手遅れだったようだ。

「――もう、これ以上は何を言っても無駄のようですね。
 せめて大人しく従ってくれれば手荒な真似はせずに済んだのですが、どうやら、今回も手荒な真似に出なくてはいけないようですね」

そして、青年は右腕を真横になぎ払う仕草をとった後に、凛とした表情で叫んだ












「―――皆さん。
 シティ・モスクワ所属、現シティ・メルボルン跡地在住、第一階級魔法士、ハーディン・フォウルレイヤーが命じます!
 この島の人達を一人残らず捕らえてください!」












叫ぶと同時に、黒塗りのフライヤーの中から、武装した兵士の一団がわらわらと出現した。

同時に、全てのフライヤーからノイズメーカーが発動され、あたり一面の情報を阻害する。存在するフライヤーの数は20を超えているために、

必然的に魔法士達には早速影響が現れ始める。魔法士達が呻き声を挙げて頭を抱え、次々と地面に膝をつく。

そこを見計らい、兵士達が次々と魔法士を取り押さえていく。

ハーディンもうなじに何か特別製のデバイスらしきものを装着し、兵士の一団と共に行動を開始する。

「この人でなしっ!地獄に落ちろっ!」

「絶対に…なぐりたおしてやるんだからっ!」

「ちょっとどこ触ってんのよ!離せっ、バカっ!誰か助けてっ!」

わめき散らす、魔法士達の声。

だが、子供の腕力程度では大人の腕を振りほどくなど無理な話。ましてや、ノイズメーカーのお陰でI−ブレインに負荷がかかっているなら尚更の事だ。












作戦開始から三十分を待たずして、フライヤーが飛び立った。

全ての被検体は、今度こそ、一人残らず軍へと連行された。

誰も居なくなった南米の島。

人の声を、人の暮らしを、人のざわめきを失った場所。











【 + + + + + + + + + 】













帰りのフライヤーの中で、ハーディンは今回の結果を纏めたレポートを読んでいた。

今回捕獲できた…否、取り返せたマザーコア被検体の数はおおよそ50人ほど。これなら『賢人会議』によって荒れ果ててしまったシティ・メルボルンの再生のための物資などを、他のシティから取り寄せるには十分な量だ。

今も苦しんでいるシティ・メルボルンの人間達の為には、この50人を全て他のシティとの交換条件に持ちいらなければならないだろう。加えて、前回、北米の『賢人会議』のアジトから奪い返した被検体が約60人ほどいる。これなら、シティ・メルボルンに回せるだけのエネルギーも十分に確保できるだろう。

「…しかし」

レポートの『50人』と書かれたその部分を読んだハーディンの顔は険しかった。

その問題は、50人という人数ではない。ハーディンにとっては、たった50人の為に『賢人会議』に殺された、罪も力も無いたくさんの人々の方を問題視しているのだ。

「…こんな事の為に、シティ・メルボルンが、そして、数多くの人間達が犠牲になったとは…『賢人会議』は馬鹿げた事をいつまでやっているのですか」

『賢人会議』は数え切れないほどの人間を虐殺した殺人鬼だと、ハーディンは以前からそう認識している。

死ぬべき運命を背負った者を活かし、生きられた筈の者達を殺したテロリストにして、秩序への反逆者。『賢人会議』というその名前を思い返すたびに、ハーディンの心の中には言い知れないほどの怒りがこみ上げる。

レポートを置いてすくっと立ち上がり、心の中で呟いた。

(だが、今回の件で、その清算は完了した。
 由里さんやシャロンさんと協力して『賢人会議』から取り返したマザーコア被検体を含めれば、おそらく『賢人会議』によって奪われたマザーコア被検体はもう無いはず…。
 ならば後は、この事態を引き起こした張本人を打ち倒せばいい)

フライヤーの窓越しには、鉛色の空。

世界を覆う、憎むべき雲。

人類を未曾有の危機に陥れた最大の原因であり、今の世界を作る根本。

いつか絶対に、世界に青空を取り戻す。だからその為に、マザーコア被検体には頑張ってもらわなくてはならない。かつて、そうだった人がいたように。自らマザーコアへと志願し、人々の命を支えた人の為に。

「………」

三秒ほどそのまま立ち尽くし、ハーディンは鉛色の空を見上げて、

「―――『賢人会議』…いつか、罪の無い人達をたくさん殺したお前達を、必ず裁いてあげましょう!」

右手の拳を強く握り締め、誓った。











【 + + + + + + + + + 】













…そして後に、ハーディンは、シャロン・ベルセリウスという少女を通して、一つの事実を知る事となる。

『賢人会議』によって助け出された魔法士達は、その後一旦『もう一つの賢人会議』によって大半が奪われていたのだ。

『もう一つの賢人会議』という組織は、そうやって手にいれたマザーコア被検体の内の一部を『もう一つの賢人会議』の運営に当てて、後の大半は、食料やらなんやらを手に入れる為に各々のシティへの交換品として扱われた。

何故かというと、『もう一つの賢人会議』は、食料を生産する為の能力が低かった為である。

『もう一つの賢人会議』が何者なのかなど、当然の事ながらハーディンは知らない。無論問いただしたのだが、シャロンがそれ以上を語りたがらなかったので、ハーディンとしても深くは聞き出さなかったのであった。











【 + + + + + + + + + 】













空を見上げて決意をした後に、ハーディンは椅子に座り、パソコンを使ってレポートを纏めた。

『賢人会議』が奪った者達を全て取り返したこと、そして次は『賢人会議』の居場所が分かり次第襲撃しに行く事。ついでに『賢人会議』に対する文句もありったけ追記した形で、第一種重要書類としてパスワードを設けて保存した。

これは、後日、とある件の際に、世界の一部に公開する予定の文献だ。

「…これは、これでよし。さて、と…」

ふぅ、と小さく息を吐き、ハーディンは視線を左へとそらす。

銀色のふちの、どこにでも売っていそうな小さなフォトスタンド。

その中には一枚の写真があり、一件の小さくて簡素な家を背景に、二人の人間が写っていた。

片や、銀髪の、青い瞳と緑の瞳の少年。

片や、金髪の、ツインテールに近い髪型をした少女。

写真には『2193.12.20』と、手書きで記されていた。

「……こんな事は決して正しくないって、僕だって分かってる。
 でも、僕は、あなたのした事を、決して、無駄にしたくない―――。
 それに、もう少しで、あなたをあの暗い地下室から、出してあげられるんだ。
 だから、もう少しだけ―――もう少しだけ、待っててください。
 ―――シティ・モスクワの現マザーコアの中心を勤める魔法士…メイフィリス・フォウルレイヤー

ここで一旦言葉を切り、ハーディンは続けた。




























「……そして……僕のたった一人の家族だった――――――――――――姉さん」





















【 + + + + + + + + + 】











ハーディンは、今回の件で取り戻した魔法士の子供達を、全てマザーコアにつぎ込むつもりだった。

だが、連れ去られた子供達の一部は、後に反シティ派の人間によって、逃がされる事となる。

ハーディンがそれを知るのは、まだまだ先の話―――。









<To Be Contied………>















―【 申し訳ないけどキャラトークは今回お休みします 】―

















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>



むー、読者の皆さんには結構鬱な展開だったんじゃないでしょうか。

ハーディンがめちゃくちゃ悪人にしか見えないような気がする…。

然しながら、彼の言葉の中に、少々意味深な言葉があったのを覚えてらっしゃるでしょうか?

そう、それに、ハーディンはマザーコアになりたくてもなれなかった者。ある意味では七祈さんの『RF』のニールと同じような存在なのかもしれません。

……先生、何故かニールのファンの方から痛い視線を感じるのは気のせいですか?





そして最後に、ハーディンがつげた言葉。

あれこそが――――――ハーディンの戦う、根源たる理由なのですよ。







では、今回は此れにて。




<校正協力>
デクノボーさん。


<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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