FINAL JUGEMENT
〜疑念〜



















アフリカにその拠点を移した『賢人会議』は、現在、多忙を極めていた。

世界の敵となる道を選び、その為に戦っているのだから、ある意味では忙しくなるのは必然だとは考えていたが、ここまで忙しくなるというのは、ほんの少しだけ予想外だった。

最も、その忙しさの矛先は主にサクラに向けられているから、真昼の言う『忙しい』というのは、数をそろえなければいけないという事だ。

二手三手先を読まなくてはならない。否、二手三手どころではとても足りない。千手だろうが一万手だろうが、先を読んでおかなくてはならないのだ。

思考の真っ最中に、コンコン、と、ドアがノックされた。

「真昼、少々相談したい事があるのだが…」

扉を開けて、黒髪ツインテールの少女…サクラが部屋に入ってくる。噂をすればなんとやら…とは少々違うかもしれない。

真昼は一瞬の間に思考を中断し、サクラの方へと向き合う。

目の前にいるのは、自分よりかなり低い身長の女の子。よくも悪くもスレンダー。最近は真昼の言いつけによる過酷なスケジュールでさらに痩せた気がする。見て分かる断崖絶壁がその証拠だ。

…それがきっかけになったのか、ふと、真昼は昔の事を思い出した。

「…真昼、貴方は私を見て何か思い出したりでもしたのか?」

思い出そうとした瞬間に飛んできた、剃刀のように鋭いサクラの突っ込みは、錬とは大違いの精度をもっていた。

ばれていては仕方がないので、その旨を口にする。複雑な話はその後だ。

「…いや、かなり昔の記憶を思い返していたんだよ」

相変わらずのにこにこ顔を見せ付ける。たとえ『その顔はれっきとした腹黒の顔だ』と言われようとも。

「聞きたい?」

「勝手にすればいいだろう」

当のサクラは、相変わらずの素敵なツンデレっぷりである。本人にはその自覚など無いようだが、第三者から見れば、ほぼ間違いなくそう見えてしまう。

「昔ね。僕が居たシティ・メルボルンの研究所に一人の女の子が迷い込んだ事があったんだ。
 その子は確か、僕よりも年下だったって、ウィッテン博士が言ってたかな」

「ほう、それは面白そうな話だな」

冷静ぶっているサクラの声の中に、僅かながらの『何か』が混じっている。それを答えとして指摘するのは簡単なことだったが、真昼は敢えて言葉を飲み込んだ。下手に刺激してまた激昂されてはたまらない。まあ、激昂するサクラを見るのも、それはそれで面白い事なのだが。

「別に面白くないと思うよ。だって、その子は何だか知らないけど、その子、僕がノートに書いていたサクラのプログラムの設計書を読んでたみたいだって言ってたしね」

「ノート?
 …というと、私のこの能力の根幹を構成する記述か」

「そう、その通り。
 でもあれ、はっきり言って難しすぎるから、一般レベルの人間に聞かせても理解できるかどうかは怪しいような代物だよ。最も、僕としてはあのノートの内容を外部に持ち出す心算は無いけどね」

「…なら、ただの暇つぶし程度で読んでいたのではないのか?」

サクラの疑問に対し、真昼は、んー、と軽く唸る。

「ううん、なんか物凄く真面目な顔で見入っていたらしいよ。
 時折うんうんって頷いていたとも言っていたね。それこそ、近くでウィッテンがその姿を見ていることにさえ気づかないで、さ」

「…一つ聞きたいが、そのノートとは、私の基礎プログラムが書かれたノートの事だと先ほど言ったな。
 なら、その子が、私と似たような能力を持った魔法士を作り上げられているという可能性もあるという事ではないのか?」

サクラの顔はしごく真面目なものだ。

だが真昼は、やんわりとした笑みを浮かべてそれを否定する。

「まさか。あの中身が理解できていたら凄い事だよ」

「…む、それもそうか」

「…それよりサクラ、この前、僕らの発言を遮った女の子の事だけど…」

それを聞いた途端、サクラの顔が険しくなる。今の話は、『賢人会議』の発言中に割り込む形で発言をしてきたあの少女についての話だが、どうにもサクラは、あの少女の事については触れたくないらしい。

「…その話は後にしていただきたい。正直、今は他に優先することがあるだろう」

見事に誤魔化された。どうやら、あの少女の話は、サクラにとっては逆鱗に触れることと等しいものらしい。

無理も無いかもしれない。どうしてかは分からないが、あの少女はサクラにそっくりで、しかしながらかなり発育がよかった。断崖絶壁なサクラとは雲泥の差である―――どこがなのかは敢えて言わない。

「…真昼、貴方は今、私にとって物凄く失礼な事を考えてないか?」

鋭い。真昼は即座にそう思った。だけど笑顔は崩さない。

「ううん、別に何にも。
 ただ、サクラに比べると随分とおしとや―――」

…ついうっかり調子に乗りすぎて、口が滑った。

「真昼―――――――――ッ!!!」

今日もまた、サクラの怒声が部屋中にこだました。















ぷりぷりと怒って部屋を出て行ってしまったサクラの背中を見送りながら、真昼は苦笑を押し殺していた。

(調子に乗りすぎちゃったなぁ…だけど、遊びはここまでだよ。サクラには無理を強いているから、こうやってストレスを爆発させてあげないとね)

だが、サクラの姿が消えた直後には、いつもの顔に戻っていた。

「生きていれば、味方してくれないかなって思ったんだけど…まあ、無理かな」

誰にともなく、独り言を告げる真昼。

サクラにはああいったものの、真昼の心の中では、ある種の不安が消えなかった。

それは、シティ・メルボルン在住中に、カールから聞いた話が原因だった。














生前のカール曰く、シティ・メルボルンにて、凶悪な人攫い魔が現れていた時期があったらしい。

最も、その人攫い魔は直ぐに逮捕・処刑されたと聞いた。

…だが、最大の問題はそこでは無い。

その時『悪魔使い』天樹錬によく似た人物がいたかもしれないと、極一部の裏世界の連中の中で騒がれているのだ。無論、他人の空似という事もあるかもしれないという可能性も囁かれているので、その連中の内部では最終的な結論はいまだ出ていないらしい。

真昼からすれば、その人物が錬ではないという事が明白だった。そもそも錬はその時期には『世界樹』関連の事件に携わっていたからだ。

『世界樹』といえば、シティ・ロンドンの有名な事件である。錬がその事件に巻き込まれていたというのに、どうやって遠く離れたシティ・マサチューセッツにその姿を現す事が出来るのだろうか。

だが、そうなると、その『錬』に似た人物とは一体何者なのかという疑問が浮かんでくる。

可能性のひとつとしては、錬を名乗った不届き者。

もう一つの可能性としては、世界のどこかで作られた、錬そっくりの魔法士が居るのでは無いかという可能性。

そこまで考えた真昼の脳内に思い返されたのが、かなり前の記憶だった。

『悪魔使い』の根幹を記したノート、そして、それを見ていたという少女。そして、錬そっくりの魔法士―――これら全てに関連性があると仮定すると、一つの答えに結びつく。

しかし、あのノートは、そういった系列の知識を持たない場合、即座に眠気に襲われるような内容が書いてある代物だ。ページを開いたが最後、理解不能の四文字と共に強烈な睡魔に襲われるのが目に見えている。

だが、その少女はあのノートをずっと読んでいた。眠くなる事なく読んでいた。

加えて、あれからかなりの時がたっている、その少女も成人、或いはそれに近い年齢まで育っている可能性は十分に考えられるだろう。

そして、もしその少女が優れた科学者の卵だったとしたら…天樹健三のように、魔法士の作成に取り掛かったという可能性も考えられる。

あくまでも憶測の範疇を出ないが、生憎と、100パーセントありえない話でもない。

出来る事なら外れていてほしい憶測なのだが、真昼は、その憶測を打ち消す事が出来なかった。

何故なら、もう一つ、真昼のその憶測を助長する存在が、つい先日に姿を現したからだ。










『賢人会議』の『宣言』を全世界に放映し終えかけたその時に乱入した、此方の言い分を完全に否定し、シティの人間達を、シティの魔法士達にさらなる説得を浴びせた一人の少女。

あの少女の存在は此方としても完全に予想外の事だった。結果、あの発言の内容の殆どは打ち消され、いまやシティはほぼ間違いなく反『賢人会議』の体制を整えている。

余計な事をしてくれた…と、真昼は歯噛みした。

だが、彼女の言い分も気になる。育ててくれた人を『賢人会議』に殺された…と、確かにそういっていた。

おそらくだが、彼女は、サクラが自分達と出会う前に殺してしまった人達の子供なのだろう。

しかし、それよりももっと気になる事があった。

それは、あの少女の外見が、どことなくサクラに似ていたからだ。

勿論、只単に似ているだけという可能性も十分に考えられる。何より、ぱっと見での印象、かつ、もののたとえではあるが、サクラの外見にセラの性格を組み合わせたらあのような感じになる…という風に感じ取れたのだ。

そしてなにより、ディスプレイ越しとはいえども、サクラと同じ空気を確かに感じた。

「…なんなんだろう、この胸騒ぎは…」

最後にもう一度、ぼそり、と呟いた後に、真昼はディスプレイへと向き直り、作業を再開した。















【 + + + + + + + + + 】



















「全く、あの男は…」

ぶつぶつと愚痴を漏らしながら歩くサクラ。

サクラがあの少女について触れてほしくないのは、時期的に、そのちょっと前にもショッキングな事件があったからだ。

四ヶ月ほど前に起こった、子供達の奪回事件。

『賢人会議』で保護していた魔法士の子供達、おおよそ50人が一気に連れ去られた事件。

救援信号を送ってきたシャロン・ベルセリウスという一人の魔法士は、実はシティ側の魔法士だったのだ。

しかもその時に、さらに現れた謎の少女。外見をフードやらマントやらで包んでいたために、正体は掴めずじまいだった。

彼女は一体何者なのだろうかという疑問が、得てして消えない。最も、あの時はシャロンが何らかの形で『魔弾の射手』すら回避してしまったのだから、その能力をさらけ出す前に戦闘が終了した、そんな流れだった。

そして何より、上空より放たれた荷電粒子砲の正体も気になる。荷電粒子砲を発射できる能力は、現存する魔法士では『光使い』のみだが、サクラが知っている限りでは、今の世界では『光使い』はセラ只一人の筈だ。

或いは、シティに属する戦艦や、小さな空中戦車の可能性も考えられる。

いずれにせよ、その内に正体を突き止めなくてはならない。あの状態で迷う事無く此方に荷粒子砲を撃ってきたとなれば、間違いなく『賢人会議』にとっての敵側の魔法士だろうから。

そしてあの件で、サクラは一つの理論を見直す羽目になった…魔法士かと思えば敵だったり、人間かと思えば味方だったりする…世の中などそんなものである。と。

(…人間かと思えば、味方?)

そのフレーズが、脳に微妙に引っかかった。I−ブレインを用いて記憶を掘り出してみると、その原因は直ぐに思い出される。

「…そういえば」

以前、孤独に等しかったサクラに優しくしてくれた人がいたのを思い出す。

三年前、自分がまだ『賢人会議』として行動を開始してから一年ほど経ったその時に、サクラはちょっとしたミスを犯した。

追っ手に追われていたが、その時、サクラを匿ってくれた人がいたのだ。

当時の自分より僅かに年上の女性だった。特に問いただす事も無く、暖かいスープと、小さめのフランスパンを一つ出してくれた。

その後は、その人のところに一晩ほど止めてもらい、翌朝にこっそりと、逃げるように出ていった。

今思うと、どうして自分を匿ってくれたのだろうか、と思う。当時はそんな事なんか考える余裕は無かった。

そして何より、あの女性は今何をしているのだろうか、と思ったものの、

「…今の私では、きっと、あの人の敵になるだろうな」

そう告げる事で、思考を打ち消す。

あの人はどう考えてもシティの人間だった。『賢人会議』が全世界に放送を流したとなれば、きっと、自分とは敵対する仲になるだろう。

ただ、今までサクラが殺してきた人達の中に、あの女性らしき人はいなかった筈だ。

そもそも、あの人は確かシティ・神戸に住んでいた筈だ…そう考えると、去年のシティ・神戸の崩壊事件で死んでしまったかもしれない。

(そうだな…生きてなどいないかもしれない)

ふとそこで、人間に対して思考を寄せている自分に今更気づく。

嘗てのサクラは、魔法士を助ける為に人間を犠牲にする事をなんとも思わない、我侭で勝手極まりない少女だった。勿論、今でもその思考はなりを潜めず表面化する事もあるが、それでも、以前よりは人間達に対しての考えをめぐらせる事ができるようになってきた。

そこまで考えて、心に少しばかりのやるせなさを覚えたサクラは、再び歩みを進めた。

今の自分にはやるべき事がある、と言い聞かせて。





















<To Be Contied………>















―【 おまけどころじゃない存在感になっちゃってるらしいキャラトーク 】―










(※前々回の『もう一人の自分』との戦いに決着がついた)


凶戦士ノーテュエル
「…ぐ……決着がついたわね…しくじった…わ…」

ノーテュエル
「当たり前よ!
 自分なんかに…負けないから!」







殺戮者ゼイネスト
「はははっ、流石はオリジナル。大したものだ。
 ―――またいつか、殺しあおうな!」

ゼイネスト
「喜んで辞退させていただく」










ノーテュエル
「ふー、何とか偽者を撃退したわね」

ゼイネスト
「というか、あれだけ引っ張っておいて肝心の戦闘シーンは無しか!?」

ノーテュエル
「あーそれね、下手したら本編に匹敵する容量になりそうだからパスしたみたい」

ゼイネスト
「…どれだけ本格的な戦闘にする心算だったんだ、作者…」

ノーテュエル
「さあ?
 さってと、んじゃ、今回の感想いくわよ〜」








ノーテュエル
「この作者にしては珍しく『賢人会議』サイドの話よね」

ゼイネスト
「ああ、そうだな。
 …にしても、妙な過去話が出てきたな。一体誰なんだろうな。サクラを助けた女性って」

ノーテュエル
「んー、誰だろうね…ってしか言えないわ。
 まあこういう時はいつもどおりの台詞を言えばいいのよ」

ゼイネスト
「…後々になって明かされる、か?」

ノーテュエル
「そうそう、よく分かってんじゃん」

ゼイネスト
「そりゃ、こうやって毎回毎回キャラトークにつき合わされていればな。自然とパターンもわかってくるさ」

ノーテュエル
「ご苦労様〜」

ゼイネスト
「ついでにお前の体型も、DTR時代から何一つ変わってないのが伺える」

ノーテュエル
「…地獄に突き落としてやるぅ!」

ゼイネスト
「マイナスになってないだけマシだとか考えないのか!?」

ノーテュエル
「そんな余裕あるか―――っ!」

ゼイネスト
「無いのか」

ノーテュエル
「当たり前でしょ―――っ!ちくしょーっ!」

ゼイネスト
(ま、ノーテュエルはこうじゃないとな…。
 あ、次回は『殲滅戦線』だそうだ…それでは)

ノーテュエル
「もう終わり!?早くない?」

ゼイネスト
「本編よりキャラトークを長くしたら色々と拙いだろう」

ノーテュエル
「そりゃ正論かもね…そして逃げるな―――っ!」






<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>




…と、まあ、なんだか意味深な内容が明かされた話でした。


真昼のノート云々に関する話をこんなに簡単に終えちゃっていいのかって突っ込みを喰らいそうですが、正直、ここをどういう流れにするのかって事で結構悩んだんですよ。

この話自体がわりかし唐突なとこもありますし。


やーしかし、ツンデレ書くのちょっと楽しいなw

もうサクラには完全にこの路線で行ってもらいたいですわハイ。

ていうか、ツインテールの子ってツンデレ多いよね。何でだろ?





では〜。









執筆中の部屋の温度
…なんか暑いんですけど。



<校正協力>
済谷さん
シグマさん
昴さん


<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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