『賢人会議』の発言以降、それなりに安定していた筈の世界に、少しずつ、だが、確実に動きが見られた。
加えて、『賢人会議』の発言の最中にさらなる別な少女の発言が混じった事で状況が混迷し、人々も、魔法士達もどう行動してよいか分からず、ただただうろたえ、何の行動も起こさず、成り行きを見守る者達が殆どだった。
最も、シティの全ての人間がそうとは限らず、『賢人会議』と名乗る者達からの発言に混乱を起こした一部のシティ住民達は、これは一体どういう事なのかとシティへと問い詰めた。
だが、当のシティ側が人々に対して取った対応は―――黙秘だった。
シティにとって都合の悪い事については何も語らない―――手段としてはずるいであろうが、今のシティが生きていくにはこれしかない。世の中、言わない事がいいという事もある。
あらゆることの犠牲なくしては、最早人類の未来は閉ざされるのみなのだ。
少数を犠牲にして多数を生かす。人間だからそう簡単には割りきれないけれど、それでも、少しでも犠牲が減らせるならそれが一番なのかもしれない。
確かに『賢人会議』の発言は、殺される為に生み出される魔法士達の気持ちを汲み取っているものではある…然しながら、普通に生きていきたいシティ側の連中にとっては、平和な生活を脅かす侵略者に他ならない。
―――マザーコアの真実を知っているごく一部の人間達はそう判断しており、そういった意味を込めた黙秘でもあった。
一方ここは、シティ・神戸付近のとある街。
『賢人会議』の発言から三ヶ月が経過し2199年が始まったばかりの、ある日の事。
「あー、参ったな。こりゃ…」
目の前の惨状を憂い、頭をかいた技術者がぼやく。
眼前に位置するどでかい機械は、しつこいナンパ男に対して徹底無視を決め込む女性のごとく、どこをどうしても全く反応なし。
朝方からこの『街』を動かす為の動力源であるプラントの調子がおかしく、朝方は常に一定に保たれている気温が、通常より3℃ほど下がっていた。
たった3℃とはいえ、一般人、特に子供やお年寄りには結構な影響を及ぼす。それに、この不調が後々まで悪影響を及ぼさないとも限らない。
その為に即座に修理を行う事が決定し、街に住む技術者が今朝から作業していたのだが、如何せん今まで出会った事のないトラブルであるが為に、手を打ちあぐねているのである。
状況は一向に変化がない。さらに悪化してないのがただ唯一の救いといえるかもしれないが、反面、良好に大して一歩も進んでいないという事にもなる。
否、状況的に見れば、悪化のまま滞っているという事になるので、良好とはいえない。
思いつくだけの手段をためしたというのに全くもって状況が好転せず、あぐらをかいた技術者は頭を抱える。
脳内にある全ての知識を総動員しても直らないこの状況。
このままでは技術者の信頼に関わるという不安と、街の人達の不安を早く解消したいという思いとが交錯し、かろうじてやる気を繋いではいるものの、やる気だけでどうにかなるのなら経験や努力などいらないものになってしまう。
しかし、作業開始から一時間以上をゆうに経過しているのもまた事実。
あー、とか、ぬー、とか呻き声をあげながら頭をぼりぼりとかいているところに、一声。
「あ、それでしたら、あたしに任せてください」
―――その声は、少女のものだった。
「…出来ちまった…まじかよ…おい」
修理担当の男は、目の前の出来事が信じられずに唖然としてしまった。
無理も無い。大の男、それも修理工を専門とする男が解決できなかったトラブルが、一人の少女によってこうもあっさりと解決してしまったのだ。
その事は彼のプライドに大きな亀裂を入れたと同時に、畏敬の念を抱かせた。
「ふう、よかった。これでいつもどおりに生活できるわ」
目の前にいるのは、大きなリボンを頭につけ、ゴスロリ服に身を包んだ少女。
アルテナと名乗ったこの少女のアドバイスがあったからこそ、今のこの状況があるのである。
プラントは正常に稼動し、問題は難なく解決した。
「…なあ、どういう事だったんだ?頼む、教えてくれ!」
この時、男の心の中で技術者としての知識欲や好奇心が刺激されていた。その為、己の技術を伸ばすという意味でも、また、これからも同じ事があったときのためにもという考えから、技術者の男はアルテナの知識に感服し土下座する。
だが、当のアルテナは技術者に対し、至って普通の笑顔で説明する。
「いえ、そんな土下座までしなくても結構ですよ。
でも、この現象は中々お目にかかれないものだから、知識がなくても仕方がないんじゃないかって思う。
だから、今後またこの現象が起きたときの為に、説明してあげましょう」
説明は十分程度で終わった。
「そうか、そうだったのか!
くっそ〜!全然気づかなかったぜ!ありがとよ、嬢ちゃん!」
説明が終わったその時、技術者は憤慨し、そして次の瞬間には笑いながら感謝の言葉を述べ、「ひゃっほう!」という声をあげながら帰っていった。
まるでそれは、風呂に入る事により物体の体積をはかる方法を発見したアルキメデスの喜びように似ていた。
大喜びな男の姿が完全に消えたのを確認してから、デスヴィンは口を開く。
「見事としかいえない手際のよさだったぞ、アルテナ」
「あ、デスヴィンさん」
アルテナが振り向き、笑顔を見せてくれた。
先日の一件では喧嘩になりかけたものの、あれ以来デスヴィンとアルテナが揉めた事はない。互いに自分が悪いと思っていて、謝るための機会をうかがっていたらしい。
で、この前の『賢人会議』の全世界への発言の時に、やっと謝る事ができたのだった。
長い事戦いばっかりの人生を歩んできたデスヴィンには、その手の知識は殆ど無いに等しい。
故に、後ろから見ていてもどこをどうやって直しているのかは具体的には分からない。アルテナの声が聞こえていた事だけが手がかりで、ある程度の単語を聞き取る程度が精一杯だった。
「しかし、アルテナにこんな特技があったとは…素直に驚いた」
「あれ?そんなに意外でした?」
「ああ、失礼かもしれないが、正直、そんなイメージが全然わいてこなかったからだ」
「…なんかそれって、あたしが勉学に対して疎いって言っている様に聞こえるんですけど」
むぅ、と、ちょっとだけ不機嫌な顔になるアルテナ。
「あ、いや、そうでなくてな…。
なんというか…俺の勝手なイメージなんだろうが、アルテナの場合、料理とかそういうのが得意そうってイメージがあるんだ」
多少しどろもどろになったものの、何とか説明しきる。
実際、今言った言葉の内容は、デスヴィンが日ごろ思ったことを口にしたのだから、嘘偽りはない。
「実際にお料理は出来ますよ。一人暮らしだもん。
…うーん、話したほうがいいのかな?あたしがどうしてこういうのに詳しいのかって」
「是非とも頼む」
デスヴィンの本心からの言葉。
「そうですね…実は、あたしのお父さんが腕に自信のある科学者だったので、あたしも、たまに何かの設計書を見る事があったの。
もちろん、初めて目にした時は何がなんだか分かりませんでした。けれど、勉強していくうちにだんだんと分かってきたの。そしてある日、ついにその原理を突き止められたんです。
それを口にした時は、お父さん、驚きと嬉しさが両方とも入り混じった顔をしてましたね。
『お前はこの私を超えたかもしれないぞ』とか言っていて…」
「ってちょっと待った!そんな事初めて聞いたんだけど!?」
説明の途中に、驚きの表情を浮かべた恭子が叫んだ。その時の言葉から察するに、どうやら、いつもアルテナの近くに居た恭子もその事については知らなかったらしい。
「…あ、ごめんなさい、恭子さん。これは恭子さんにも説明してなかったかも。
でも、出来る事ならこの事は黙っておきたかった。だって、そうすると父さんの事を話さなくちゃならなくなる…から」
今まで明るかったアルテナの表情に影が揺らぐ。同時に、アルテナの顔が僅かに俯いた。
「…あ、そっか。ごめんね」
恭子が罰の悪そうな顔をする。
それを見たデスヴィンの脳内に、疑念が浮かんだ。
(…分からない。
この前の、アルテナが魔法士だったという事の真実も、俺は知らない。
一体、アルテナには何があるんだ?)
デスヴィンにはその理由が分からないが、どうやら『父親』という単語に対し、アルテナには何かがあるようだ。
「ま、まあとにかく、今日はもうあがっていいわよ」
「はい、わかりました」
今日の仕事がもう終わりだという事が恭子によって告げられたので、アルテナは着替えてから帰る為に、更衣室へと向かっていった。
「あっちはあれでよし…さて、と…」
「む?」
アルテナの背中を見送った恭子は、デスヴィンの方へと振り向く。
「デスヴィン…あんたさ、アルテナちゃんの過去を知りたくない?」
そして、いきなりそんな事を口にした。
「何?」
恭子の意図が掴めない。というより、何故いきなりこんな流れになったのかが分からない。
だが、一応答は返しておくべきだろう。
「…知りたくないといえば嘘になるが、しかし、何故いきなりそんな事を?」
「…んー、あんたになら話しても大丈夫かな、って思ったの」
「話す…だと、何をだ」
いたって真面目な顔でそんな事を言ってのけるデスヴィンに対し、恭子は指でこめかみを押さえる。
「謙遜しなさんなって。そんなの、ここまできたら決まってるでしょーが。
それに、アルテナちゃんがあんたの事を気に入ってるみたいだからね」
恭子の言葉の後半が、デスヴィンの心に酷く引っかかる。
「…アルテナが、俺を?」
そんな言葉は、初耳だった。
「そんなのあたしに聞かれても分かんないわよ。
ただ、アルテナちゃんがあそこまで他人に心を開いたのは、あたしが知っている限りじゃ初めてだわ」
「…そう、なのか」
先ほどから単調な単語でしか返答していない自分に気づく。が、慌てふためいても意味なんて無いだろうから、こういう反応で返しているのだ。
しかしながら、逆に言えば、こういう反応しか返せない自分が少々恨めしかった。もしブリードなら、こういう場合はどうやって切り返すのだろう…そういう疑念が頭に浮かぶ。
「そうなのよ。そういう事にしとき…という訳で、説明するわよ」
デスヴィンは黙り込んで、恭子の言葉が告げられるのを待つ。
それからおおよそ二秒ほどした後に、
「…ねえ、あんた―――悲しくても、笑わなきゃいけない時があるって事、知ってる?」
例えるならば、罪を自白するかのように、恭子は口を開いた。
「…それは、どういう意味だ」
予想外の重たい言葉に、反射的に聞き返していた。
「これは本人から口止めされているんだけどね…アルテナちゃんね…元々はシティ・神戸で住んでいたみたいなの。だけど、シティ・神戸の崩壊に巻き込まれて、家も家族も何もかも無くしちゃったって言ってたよ」
「なっ!そんな事があったっていうのか!」
気づかぬうちに、デスヴィンの表情が険しくなった。
だが、恭子の表情は穏やかそのものだ。おそらく、デスヴィンがこういう反応をすることは、彼女にとって予測の範疇だったのだろう。
「…だけど、それでもあんな風に振舞えるんだからね…強い子だよ…。
聞いた話じゃ、アルテナちゃんの両親は洋服屋を営んでいたみたいでね。東洋や西洋の様々な洋服を作っていたらしいのよ。
で、母親の方が所謂ゴシックロリータ系の服を担当していたせいか、えらい事ゴシックロリータ系の服を気に入っていたみたいでね。仕事の合間に少しずつ作っていって、やっと一着仕上げてあの子にプレゼントしたのよ。
でも、あの子がその服を受け取った直後に、シティ・神戸は崩壊を起こしちゃった。だから、あの子とあの子の親を繋ぐものは、あの服だけしかないのよ。
…言うなれば、あの服はあの子にとって親との忘れ形見のようなもの。世界に一着しかない、娘へのプレゼント…ってところだね」
「…そうなのか、それで、あんな格好を…」
思わぬ事実に、デスヴィンは驚きを隠せなかった。
「んお?どうしたのあんた?」
恭子はそこで一旦言葉を止めて、次の瞬間にはにやりと笑みを浮べて、
「…あー、あんた、やっぱりまさかあの子に惚れてたのね。可愛いし、優しいし、スタイルいいしねぇ」
他人の弱みを握った輩のような口調で告げた。
刹那、デスヴィンの心の中にある何かが鋭く貫かれたような感覚を感じる。
だが、ここでそれを肯定してしまっては色々と面倒な事になる…特に最後のを。実際、そういう事に疎いデスヴィンでも、何か考えてしまうものがあったのだから。
「な!…ち、違う!」
しかし、必死の否定も、恭子には通じなかった模様。
「ムキになるところが怪しいなぁ〜、それに、なんか頬が赤いよ〜〜」
口の端ににまにまとした笑みを貼り付ける恭子。おそらく、デスヴィンが自爆するのを待っているのだろう。
「だから違う!
ただ…家族も何もかも失ったのに、どうしてそこまで生きていられるのかが少しだけ不思議に思っただけだ!」
デスヴィンのその言葉を聞いた恭子は腰に手を当てて、んー、と小さく唸る。
数秒の間を置いて口を開く。おそらく、脳内で口に出すべき言葉を選んでいたのだろう。
「…あー、その件だけど。
…アルテナちゃんね、何か目的があるんだって言ってた。
その目的を果たすまで死ねないし、両親が救ってくれた命で、生きれるだけ生きてみたいんだって」
「目的、か…」
反射的に、それは何なのだろう、と考える。
そして同時に、それは自分に足りないものだと気がついた。
今のデスヴィンには確固たる『生きる為の目的』が存在しない。『賢人会議』を探すという名義でかろうじてそれを保っているものの、もし『賢人会議』が見つかり、そして戦い、勝利すれば、そんなものはあっさりと消え去ってしまう。
戦いの中で己の存在価値を見出そうとすればするほど、暗雲が立ち込める。だが、デスヴィンはそうやって生きてきた。否、そういう生き方しか出来なかった。
「んお?何か暗いわねあんた。
まだまだ若いのに、そんなんじゃお先まで真っ暗になって、真っ暗なままジジイになっちゃうわよ。
んでそん時に『ふぉ〜、わしの青春って何じゃったんじゃ〜』みたいな事を言う羽目になっても遅いわよ」
「…こんな世の中じゃありうるだけに嫌過ぎるな。ご忠告有難う、とだけ言っておく
…後、一つ聞いていいか?」
「なんなりとど〜ぉぞ〜」
「…アルテナの事だが…どうして俺にそんな大事な事を話してくれたんだ?
俺はまだここに来てから数日しか経ってなくて、周りにはほとんど知人も居なくて、いつ居なくなるかすら分からない人間だぞ。アルテナの事だって、本人に承諾を得たわけじゃない。たとえ、アルテナが俺を気にかけているという言葉が本当だとしても、だ」
デスヴィンの言っている事は、一般論に当てはめてみれば正しく見えるだろう。
何せこの世界事情だ。裏切りの多発するのが当たり前の世界だ。
故に、そう簡単に人を信じる奴が…。
「んお?そんなの簡単よ。
ここ数日で分かってきたんだけど、あんた、悪そうな奴じゃないもの」
―――デスヴィンの考えは、あっけらかんと言い放った恭子の答えでいっぺんに吹き飛んだ。
妙な脱力感に襲われたデスヴィンは『何かもうどうでもいい』といった感じの状態に陥らされた…なんというか、デスヴィンが考えているよりも、世の中はもっと単純なものなのかもしれない。
下手な考え休むに似たり、下手な思考は杞憂に似たり。たった今脳内で反芻した教訓はこれだった。
「お褒めの言葉をありがとう…では、長話もなんだしこの辺でそろそろ失礼するよ」
それだけを言って、デスヴィンは立ち上がった。
「ふーん…まあ、これからもご贔屓にね、朴念仁」
「あなたもしつこい人だな…まあ、どれくらいの付き合いで居られるかは分からないのだが」
ひらひらと手を振りながら、雑貨屋を後にした。
(そうだったのか…それで、あんなに家族について追及されるのを拒んでいたんだな)
帰り道、デスヴィンは胸のうちにわだかまっていた何かが少しだけ解決したような、そんな感覚を覚えていた。
アルテナがあそこまで嫌がるその理由は何なのか。そして、頑なに説明するのを拒むのは何故か。
だが、理由が分かった今、ほぼ全てが理解できる。あのような理由であれば、他人に話したくなくなるのも当然だろう。
(俺は、無神経なのかな…)
そしてデスヴィンは、アルテナにとって触れてほしくない部分に触れた。これは、知らなかったでは済まされないことだっただろう。
でも、それでもアルテナは直ぐに機嫌を直してくれた…と、デスヴィンは思っている。
『賢人会議』の放送直後のお茶会の開催前、あの時聞こえた小さな『ごめんなさい』は、きっと本心からだと思うから。
『家』に帰ってきてから一時間ほど経過し、デスヴィンが外の空気を吸いに外に行こうとしてドアを開けたその時、通信機の呼び出し音が部屋に響いた。
そのまま踵を返し、通信機の方へと向かう。受信ボタンを押すと、聞きなれた声が機械から発せられた。
「よう、久しぶりやな、デスヴィン」
連絡用の機械を通して、独特な発音の声が聞こえてきた。
声の主は、シティ・モスクワの幻影No.17ことイル。デスヴィンに『賢人会議』を探してくれるように依頼した男だ。
「ああ、ご無沙汰している。
…しかしいきなり呼び出しとは、何か状況に変化でもあったのか?」
「…あー、そうそう、それや。それで悪いんやけど…」
一旦、歯に物が詰まったかのように言葉を濁し、続けた。
「…一旦、こっちに戻ってきてくれへんか?」
「…久々の連絡がそれとはな。理由はやはり『賢人会議』絡みか?いや、それ以外はありえないだろうな」
「…察しがよくて助かるわ。
『賢人会議』の奴らが動き出したっつー事で、シティ・マサチューセッツとシティ・モスクワ、そしてシティ・メルボルン跡地では連合軍を組もうって案があがっとるんや。
で、おれらとしても、全国に散らばせたエージェント達を一堂に集めて、対『賢人会議』用の部隊をつくらなあかんと思ってな。
そういう訳で、デスヴィンもちょいと戻ってきてほしいんや」
「む、そうか…なら、明日当たりに移動を開始する…か」
「なんや、何か引っかかるような口調やな」
デスヴィン本人としては、ほんの少し呟いた感じでしかなかったのだが、イルには一瞬で見切られたようだ。
ならば嘘をついても仕方が無いと判断し、己の心境を正直に話してみる。
「…なんというか、この地に対して愛着がわいてしまったようだ」
「……おい、本気かいな。無感動で執着のしの字もあらへんような奴に、一体何があったんや?」
向こうから聞こえてきたのは、疑念を含んだ声。
「何故か分からぬが本当のようだ。正直、俺自身もよく分からんが、とある人物の事を考えると平常心が保てなくなる。これは一体何なのだ?」
「…なんや、要するに好きな女でも出来たんか?」
「そ、そんなわけあるか…」
…一瞬、何か心拍数が高まったが、敢えて平静にして流した。
「…話を戻すと、『賢人会議』に対する会議、そして部隊の編成の為に、俺にシティ・モスクワまで戻って来いと言う訳か」
これ以上『そういった』話をするとイルにペースを握られそうだったので、敢えてデスヴィンの方から話を変えた。
「んー、そういう事になるやな。
まあ、仕事が終わったら、再びそっちに戻っても構わへんで。お前さんがその地が気に入った言うんなら、その地に派遣しておくわ。
その意思は尊重したいしな」
「そうか、ありがとう。
…しかし済まないな。態々部屋まで準備してくれたのにこんな事になってしまって」
「構わへん。
正直、あの眼鏡の兄ちゃん…んー、天樹真昼っていったかいな。あいつがいる限り、そう簡単に『賢人会議』が見つかるとは思えへんし、倒せるとも思えへん。
上層部にはおれからうまく言っとくわ。第三次世界大戦を生き延びたって言っておけば、少なくとも門前払いを喰らう事は無いはずや」
「感謝する…ん?」
背後から風を感じた。
そういえば、先ほどは外に行こうとした為にドアを開けっ放しだったのを思い出した。
「どうかしたかや?」
「…すまない、ちょっとドアを開けっ放しだった、今すぐ閉めてくる」
「風邪ひかん内に締めたほうがいいで。街の中とはいえ、夜は寒いからな」
「そうだな」
そういい残し、デスヴィンは扉のノブを掴み、ばたんとドアを閉じ、部屋に戻ってイルとの会話を続けた。
そして、デスヴィンは最後まで気づかなかった。
扉の前の土に、結構な間、踏みしめられた跡があった事に―――。
―――翌日。
「…しばらく留守にする?」
デスヴィンの突然の発言に、きょとんとした顔の恭子。
「ああ、だが、ここが嫌になったって分けでは断じて無い。
少々、行く場所があってな。少しの間、そこに向かうだけだ」
「ふーん、そうかい…。
しかしなんでまた?あんた、あっちこっちを放浪して、この地に落ち着いたんじゃないの?」
「そうなんだが…まあ、たまには外出してもいいだろう。世界をより知るために、な。
何、俺は直ぐに帰ってくるさ。だからそう心配などしなくていい」
「や、あたしは別にあんたの事なんて心配してないよ。ただ、アルテナちゃんがねぇ…」
「………」
先ほどから、アルテナは俯き、黙りこくっていた。
その様子を見ると心が少しだけちくりと痛む。が、本当の事を言う気には、どうしてもなれなかった。
ましてや、あの『賢人会議』が相手では、尚更言う気になどなれないというもの。迂闊な事を話してアルテナや恭子を危険に晒すわけにはいかない。
だが、そのことに対し、何か、言い知れない不快感を覚えている。ここでシティ・モスクワに戻ってしまうと、何か、後悔してしまいそうな予感がする。
何故なのかはわからない。だが、デスヴィンの勘が確かにそう告げている。
「…そうなんだ。あ、デスヴィンさん、少しでいいから時間空いてます?」
デスヴィンが脳内で思考を重ねていると、デスヴィンの話を聞いて眉をしかめたアルテナが、そう聞いてきた。
「ああ、まだ大丈夫だ」
ちょっとした罪悪感を感じたデスヴィンは静かに頷き、アルテナの話を聞いてあげることにした。これくらいやっても大丈夫だろうという思いと、少しばかりこの地から離れる事への罪悪感がそうさせたのかもしれない。
「じゃあ、これを受け取ってください」
おずおずと、何か包みのようなものを差し出す。
白いハンカチ…の、ちょっと大きめの布に包まれた四角い箱。その形状から察するに、これは俗に言う『お弁当箱』だという事が判断できた。ご丁寧にお箸までついている。
横で恭子が「ひゅう」と口笛を吹いたが、敢えて無視した。
「…これは?」
なんでこのような物が渡されるのか思い当たる節がない為に聞き返した。
「お弁当ですよ。
本当なら昨日プレゼントしようと思ったんですけど、お部屋の片付けとかをしていたら、外出するには危ない時間になっちゃったので…。
だから、今日改めて作り直したの。よければ食べてみて」
俯いたアルテナの顔は、気のせいではなく赤い。
「こ、この幸せ者がぁ〜っ!」
それを見た恭子が真横でがーっ、と吼える。が、再び無視しておく。相手にしては恭子の思うツボだからだ。
「そ、それなら喜んで受け取るが…しかし、なんでまた弁当なんだ?」
デスヴィンがそう言うと、アルテナは「ああ、それなら」と口にしてから続けた。
「だって、昨日デスヴィンさん言ってくれたじゃない。あたしが、お料理が得意そうに見えたって。でもその通り、実際にお料理は出来るの。
それで昨日、お弁当を作ってみたんだけど…昨日のだと冷めちゃうと思ったの。だから今日、改めて作り直したんですよ」
「…ああ、そうだったのか―――わざわざ、ありがとう」
どう反応していいか判断に迷ったが、今のデスヴィンが出来る精一杯の笑顔を浮かべて、その包みを受け取った。
その後に返ってきたアルテナの顔を見ると、どうやら、何とか笑顔にはなっていたようだと思う。否、思いたい。
―――彼女の顔は、笑顔だった…ただ、ほんの少しの陰りを除いて。
「行っちゃいましたか…」
デスヴィンの背中が完全に見えなくなったのを見届けてから、アルテナは小さく溜息を吐いた。
「んー、からかいがいのある奴がいなくなってちょっと残念かな」
「恭子さん…申し訳ないのですけど…」
「ん?」
顔をうつむかせた状態で、アルテナはおずおずと口を開いた。
「…少し、休みをください。
そろそろ、みんなのお墓参りに行く時期なんです」
それを聞いた恭子は少し黙り込んで考えた後に、ふーむ、と一息ついてから答える。
「そっか…もうそんな時期なんだ。
でも大丈夫かい?一人で向かうなんて…」
「大丈夫。だって、シティ・神戸に行くんだから…」
「…まあ、確かに近いわよね。
ううん、アルテナちゃんがそこまで言うなら止めないけどさ。
でも、本当に気をつけるんだよ。どんな奴らが居るか分からないんだから」
最初の方は複雑な表情で、最後の方は心配な表情で恭子は告げた。
「はい、分かってます」
アルテナは笑顔で返事をして、自宅の方へと歩いていった。
…その背中が、ちょっぴり寂しそうに見えたのは、絶対に気のせいじゃないだろうと恭子は思った。
シティ・メルボルンの事務室で、ハーディン・フォウルレイヤーは『賢人会議』についての調べ物をしていた。
その最中に、同室に居た部下から連絡が入る。
「―――ハーディン殿、何者かが無線で連絡をよこしてきましたが?」
「…無線、ですか」
「はい、何でも…『賢人会議』を討ち滅ぼすのに協力を申し出たい―――と言っておりますが?」
「そうは言われましても、そうそう簡単に信じるわけにはいきませんよ…何か、その人物の素性を特定できそうなものはありませんか?コードネームでもなんでもいいのでお願いします」
「あ、はい、そう取り次いでみます………えーと、なにやら、名前はフェイトと言うらしいですね。それで、証拠としては『以前、シティ・メルボルンで『賢人会議』の襲撃の際に怪我した人間の中にエルシータって子が居るから、その子の保護者のデータベースを見てくれ。データ記入の際に顔写真や声紋データも載せておいたからよ』との事です」
すかさずハーディンはキーボードに指を走らせ、特別なデータベースにアクセスした。シティ内の怪我人などのデータベースさえも見る事が出来るというデータベースは、シティに関するほぼ全ての情報が載っているために、シティ内でも第一階級の人間しか閲覧を許されない。
数分後に、ハーディンはデータベースのディスプレイから顔を上げて、部下の方へと振り向いて答える。
「…確かに、フェイトという人物は実在しています。今の通信の声紋データも一致しました。
それでは、後日にシティ・モスクワで会議を終えた後に、然るべき場所で出会うように返答しておいてください。相手はこれだけ手の内を明かす事の出来る人物です。先ずは信用してみる事から始めてみましょう」
―【 おまけどころじゃない存在感になっちゃってるらしいキャラトーク 】―
ゼイネスト
「さて、いつものコーナーだな」
ノーテュエル
「あ、ゼイネストがトップ飾ってる。
ゼイネストの癖に生意気よ!」
ゼイネスト
「うるさい。こういうのは早い者勝ちだろう」
ノーテュエル
「くぅ!なまじ当たってるだけに反論できないわ!」
ゼイネスト
「…それにしても驚きだな。
アルテナがやたらと家族について触れてほしくなかったのは、こういう事だったのか」
ノーテュエル
「そうよね。
シティ・神戸に居たって事は、アルテナもまた、あの惨劇の犠牲者って事だからね…そりゃ、話したくもないのも無理はないわ」
ゼイネスト
「となると、いかにキャラトークの場といえども、ここでアルテナについて語るのは程々にしておいたほうがいいな。
さてノーテュエル、後の疑問点は?」
ノーテュエル
「あ、じゃあ一個。
そもそも、プラントってどうやって修理すんのよ。その為の描写なんてWB本編には無かったわよ」
ゼイネスト
「知らん」
ノーテュエル
「ちょ、知らん…ってあんた!」
ゼイネスト
「原作者が書いてないものを、この物語の作者が知るわけがないだろう。
そういう訳で、プラント修理の詳細なシーンははしょられたという訳だ」
ノーテュエル
「要はテクニックとズルさねw
…さぁて、んじゃ、カムヒア――!ダイターンスリ…じゃなくってゲスト――ッ!!」
ゼイネスト
(声優の鈴置洋孝さんが亡くなられた今では、録音された音声以外ではもう聞く事の出来ない声だな…)
論
「………おい、まさかここは」
ヒナ
「…その、まさかなんじゃないでしょうか」
ノーテュエル
「ええーっ、今回はこの二人!?」
ゼイネスト
「お前が驚いてどうする」
論
「…オレ達がここに来るのって初めてじゃないのか?少なくとも『FJ』になってからは、な」
ヒナ
「DTRの時は出たことありますしね」
ノーテュエル
「え、えーと…とにかくお二人さんいらっしゃーい」
論
「…ああ、こんにちは…でいいのか?」
ヒナ
「多分…いいんだと思います」
ゼイネスト
「ああ、それで構わん」
論
「一応ここのシステムは分かってる。本来ならありえないもの同士の雑談コーナーって感じなんだろ?」
ゼイネスト
「ああ、そのようなものだと思ってくれ」
ヒナ
「はい、そうします」
ノーテュエル
「そういう事そういう事。で、さっさと本題に入りましょ」
論
「そうだな。なら、オレから言わせて貰おうか。
なんというか…ついに物語の舞台が一つに集まりつつあるって感じだな。
デスヴィンまでもがハーディン達の下に集うんだろ?『賢人会議』に勝ち目はあるのか?」
ヒナ
「…う〜ん、わたしは厳しいと思います。
だって、軍隊として…つまり、数の差が厳しすぎると思います。それと『賢人会議』には森羅ディーって言う切り札がありますけど、トップであるサクラが倒れたら全てが終わりですし…」
ノーテュエル
「うん、その辺がシティと『賢人会議』の違いなのよね。数じゃあ圧倒的にシティが上よ」
ゼイネスト
「しかもシティ側も烏合の衆とは言いがたいしな…まあ、天樹真昼がなんとかするんだろ。
…正直『賢人会議』で最も恐ろしいのはあいつだと俺は思うよ」
ヒナ
「どうしてですか?」
ゼイネスト
「考えてみろ。
天樹真昼は水面下で目立たず活躍し、時には信じているはずの味方すら騙し、最後は見事においしいところを持っていっている。おそらく、そういう面においてなら、天樹真昼を越える奴はいないだろ」
論
「…本編を読む限りでは、少なくとも敵に回してはいけない人種だと判断できるな。下手をすればこの男の前では、数の問題など意味を成さないのかもしれない」
ノーテュエル
「でも、そんな人が『賢人会議』についていくのって、ちょっとなぁって思うなぁ。
個人的な考えだけど、それだったら寧ろシティについて、その天才的頭脳を使ってマザーコアの代わりでも作ればいいじゃないの。
…それに、その生き方って、数多くの憎しみや恨み辛みをわざわざ背負いにいくやり方でしょ。私、そんなの耐えられないよ」
ゼイネスト
「…一応いっておくと、真昼はマザーシステムが嫌いなんだよな。だから、その選択肢はありえないわけだ。
後、確実に言えるのは、サクラの行動は一般論から考えればどう考えても善行とはいえない。だから、何時死んだとしても不思議ではない。
そういえば、サクラは殺されても仕方がない人物だと某氏が言っていたな。ただ、それは納得のいく殺され方でなければならないが」
ノーテュエル
「そりゃそーよ。下手に殺したら同盟の皆様方から一声に抗議がくるわよ」
ヒナ
「うう、それはいやです…」
論
「…しかしまあ、物語はこれから動き出したばかりだ、故にどうこう言える状態じゃない。
だから、読者の方々にはこの行く末を見守ってほしい…そういう感じかな」
ノーテュエル
「同意」
ヒナ
「はい!そうですね」
ゼイネスト
「うむ、見事に決めたな」
ノーテュエル
「んじゃま、今回はこの辺ってトコじゃないかな」
ゼイネスト
「〆は頼むぞ」
論
「承知した…。それでは次回は―――『歯止めをかけた者』!」
ヒナ
「よろしくお願いします」
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Moonlight butterfly
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