FINAL JUDGMENT
〜襲撃〜





















その情報を元に、少女は暗闇を駆けていた。

一秒間の間に数百の足音を刻み、疾走。

黒色の外套がひるがえり、紫色のリボンで結んだツインテールが流れるようにたなびく。

I−ブレインの補助により息切れなど存在しない小さな体は、ただ、前へ前へと進んでいた。










『賢人会議』のメールボックスへ届いた通知は、一年前までメルボルンのアジトに在籍していて、以前、南米の方へと逃がした魔法士の子供からのもの。

そもそも、『賢人会議』のメールアドレスは子供達と『賢人会議』にしか教えてない筈のものだ。

内容も信頼に足るものであり、真昼からのチェックもクリアし危険はそれほどない、と言われた。 

だから、信じた。

普段の行動こそ常識を逸しておちゃらけているが、それでも、やる時には誰もが予測し得ない事をあっさりとやってのける、『賢人会議』のブレインたる天樹真昼を―――。









メールの内容によると、何でも、シティ・ニューデリーにて『アニル・ジュレにも極秘で』マザーコア用の魔法士を作成している輩がいるという情報だ。

例え罠だと分かっていながらも、サクラには動かずにいられない理由など無かった。

それに、今のサクラの力なら、並みのシティの防衛機能など敵では無い。










今回、マザーコアとされる魔法士はたった一人だという。

だが、たった一人であっても魔法士は魔法士だ。

ならば、助けにいかなければならない。

―――たとえそれが、幾人もの人間の命を殺める行為につながるとしても、だ。

『お前は人殺しや』

『お前のやってる事は一体何やねん。魔法士を一人助け、二人助け、そのせいで他の九十九人が死んでもかまわへんて、そんな理屈があるか!』

『一人助けた奴と百人助けたヤツやったら、百人助けた奴の方が偉いにきまっとるわ』

かつて、白髪の少年に言われた事が脳裏に思い出される。

耳にするだけで心を抉られるような、真実。

サクラが助けた、命の代価。

一般的思考に当てはめた場合、どう考えてもバランスの取れない計算式。

「…ッ」

だが、サクラは頭を振ってその考えを打ち消した。

分かっている。

そう、分かっている。

確かに、サクラのやり方では、魔法士の子供は救えても、弱い人間の子供達を、シティの外で生きていく事の出来ない人間達を救う事は出来はしない。

しかし、サクラに出来る事はこれしかない。

たとえ世界中から『悪』と糾弾されようとも、世界中の人間を敵に回そうとも、己の決めた道を貫き通すと決めた。

一人の少女とであったあの日から、そう決めたのだから―――。












助けるべき魔法士がたった一人だという点から考えて、ディーやセラにこの任務を任せるという選択肢もあった。

だが、ディーは先日のシティ・メルボルン脱出の際の大怪我が未だに響いており、セラもまた実践経験不足でこういった『やり直しの効かない場所』に出すわけにはいかなかった。

故に、サクラが単独行動で出ることにした。

…因みに、出発時に真昼が『くれぐれも捕まって、男の子と間違われて開放される事の無いようにね』と、あんまりにも失礼な事を言ってきたので『どういう意味だ!!貴方はいっぺんと言わず百ぺんくらいは死んでおけ――っ!!!』と言い返しておいた。
…思い返したら心の中に苛立ちが募ってきたので、思考をカットした。














足音一つ立てずに、強化カーボン製の床を疾走する。

限りない違和感に襲われながらも、周囲への注意は怠らない。

だが、いくらなんでもこれはおかしい、と、サクラの人間としての部分が告げていた。

「…なんだ、これは」

周囲には、何の反応も無いのである。

普通なら強固なセキュリティとか罠とかを仕掛けてあるはずなのだが、それらが殆ど存在しない。

ノイズメーカーの反応くらいはあって然るべきなのだが、それすらない。

騙されたか、という感情と、しかしまさか、という感情が同居する。

普通なら『賢人会議』を警戒して、防火扉やらトラップやらの満載コースが待ち構えているはずなのだが、

あのメールを送ってくれた主が、偽者だなんて思えない。

だが、目の前の光景を見る限り、どうにも『だまされた』という感も否めない。

真実か、虚偽か。

この『何もない』というものは罠か、それともただの対策不足か。

「…あ」

走りながら思考を重ねているうちに、目的地に到達していた。

小さく息を吸って、心の中に冷静さを取り戻した後に、凛とした表情になったサクラは行動を開始する。

「その子達を解放してもらおうか」

研究練とおぼしき場所のドアを蹴破り、大きな、それでいて冷たい声で告げた。









ドアを開けた先に待っていたのは、灰色を基調とした大きな部屋。

その大きさは小型のホール丸々一個分に匹敵する。ましてや、この場所が人類にとって非常に重要な研究をしている場所とくれば、それくらいの大きさになるのは寧ろ当然ともいえるのだが。

大小様々な大きさのコンピュータと、子供用のサイズに作られた培養層。

サクラにとっては、全てが憎しみの対象だ。

あの子は、こんなものの為に死ななければならなかったのだから。

―――マスクに隠れて見えない一組のリボン。それが、彼女の遺品。

自分がやるべき事を決意した、根本たる原因。

たとえ世界中の全ての人間を殺しつくそうとも、世界を滅ぼしてでも実行しきってみせると心に決めた、約束と決意。

「――なにぃっ!!」

そして、突然の襲撃に科学者達は恐れおののき取り乱す。

人数はおおよそ十人程度。おそらく、優秀なものばかりがここに集まっていたから、それだけの人数で済んだのだろう。

ちなみに、サクラの顔はマスクによって完全に隠れている為に、科学者達からはサクラの顔が見えない筈だ。

さあ、どう来るか。

抵抗するなら殺す。投降するなら…。

だが、サクラがそう考えている間にも、科学者達は行動を起こしていた。

「ひいいっ!『賢人会議』だっ!」

「な、何故此処がばれたんだ!ええい!逃げるぞ!」

「し、しかし研究長!まだここにはマザーコア用の素体が!!」

「そうですよ!あれを見捨てるというのですか!?」

「貴重なサンプルを奪われたら、人間はどうやって生活するのです!」

「た、確かにそうだ…。
 だが、マザーコア用の素体はまた作ればいいだろうが!ワシ等だって命は惜しいし、それに、戦える力なんて持ち合わせてはおらんじゃろうが!」

「そ、それは確かに…」

「ワシらは生きなければならぬ!
 ワシらが居なくなったら、誰がこの街を運営させるためのマザーコアを作るんじゃ!!」

「く、くっそぉ―――っ!!!」

「投降だ!この場所を捨てろ!」

そんな会話の後に、あろう事か、マザーコア用の魔法士を放置して蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。












―――そして、誰もいなくなった。

「結局はわが身、か…まあいい、こうもすんなりいってくれた方が簡単で済む」

今までの不安など杞憂であったことを確信し、溜息を吐いた後に、サクラは一歩を踏み出した。

一応は『投降しろ』と言っておいたのだ。それでその通りすんなりと投降してくれたのだから、これ以上の追撃は無意味。

改めて研究室の中を見渡すと、培養液の入っていない培養層を発見した。おそらく、これから培養液を入れるつもりだったのだろう。

その中で、一人の少女が培養層の窓から顔だけをのぞかせている。

近くには着替えが置いてあった。おそらく、この少女は自分から望んで培養層の中に入ったのだとサクラは判断した。

人間達の為にその命を全うしようとするその健気な精神に胸を打たれそうになった。が、サクラの目的はそれを阻止する事に他ならない。

(貴女の英断は立派だが、私はそんな事を見過ごすわけにはいかないのでな…)

手元にあるスイッチを押すと、機械的な音とともに培養層の蓋が開かれる。

刹那、サクラは素早く外套を脱ぎ、全裸の少女に着せる。

外の冷たい空気に当たったせいで目が覚めたのか、少女はうっすらと目を開けた。










少女の意識の回復は、思っていたよりずっと早かった。

おそらく、実験開始前だった為にまだ眠りが浅かったのだろう。

その後、サクラは自己紹介を終え、少女に対していくつかの質問をしていた。尚、少女には既に近くにあった着替えを着せてある。

…どうでもいいが、培養層から出てきた少女の体つきはかなり女の子らしかった。

少女の外見年齢はおそらく十六歳相当で、同い年の女の子と比べると発育面としてはそれほどでもないようだが、それでも、断崖絶壁な(断じて認めたくないが)サクラと比べれば雲泥の差である。

しかも、サクラはこれで十七歳相当なのだ…そう考えると、己をこんな形で生み出した製作者をしばきたい衝動に駆られる。

が、そんな事はどうでもいいと判断し、サクラは頭を切り替えた。

「…貴女が、今回、我々『賢人会議』に助けを求めて来た者か?」

分かりきっていた答えだが、それでも、一応確認の意をこめて聞いてみる。

「え、ええと、そうなの。この前連絡したのは私なの」

少し考えた後に、茶色の髪の毛をポニーテールに結んだ少女はおどおどとした口調で話す。

その容姿がなんとなく『賢人会議』に居る一人の少女に重なり、サクラの顔に少しだけ笑みが浮かぶ。同時に、おそらくあの子も後六年経過すればこんな風になるんだろうな、という思考が脳裏に浮かんだ。

だが、それと時を同じくして、目の前の少女が口にした言葉が引っかかった。

普通、マザーコアにされる魔法士は幼い子供であり、十六歳まで育った子供をマザーコアに適用するケースは殆ど存在しない。

加えて、サクラが『賢人会議』としての活動を開始したのが四年前だから、最低でも十二歳の子供でなければつじつまが合わないのだが、今までサクラが助けた魔法士の中には、十二歳の子供など居なかったような気がする。

「貴女がか?しかし、私は貴女のような魔法士など見たことも聞いたことも無いが?」

「あ、それを言ってなかったなの。
 私は前に、『賢人会議』によって開放された子供から『賢人会議』の事を教えてもらったから、『賢人会議』の事を知ってるなの。確かその子の名前は…ヤンシーっていうなの」

サクラには、ヤンシーという名前に聞き覚えがあった。

普段は中々聞かない子だったが、いざとなれば誰よりも友達思いの女の子だった。

「そ、そうか…。そうだったのか。
 いや、疑ってすまなかった。
 …ところで、その、ヤンシーは今何処にいるんだ?」

刹那、訪れたのは少しの沈黙。

数秒ほど経過した後に、少し沈んだ顔で、少女は真実を告げた。

「…ヤンシーはもう、マザーコアにされちゃったなの。
 私がヤンシーに出会えたのも、ヤンシーがシティの人間に捕まったからだったなの」

刹那、頭をウォーハンマーで殴られるような感覚が、サクラの脳に襲い掛かった。

ここでも既に、魔法士の犠牲者は出ていたのだ。

南米に逃がした筈のヤンシーがどうして軍の、つまりはシティの連中に捕まったのかは、目の前に分からないだろうと判断。

その時、サクラに助け舟を出すかのように、少女が口を開く。

「でも、悪い事ばかりじゃないと思うなの。
 私はその子から『賢人会議』へのメールアドレスを知っていたなの。
 だから、助けてほしくて連絡したなの」

パズルのピースがそろうような感覚。成程、とサクラは脳内で呟く。

「…そうだったのか。
 とにもかくにも、貴女だけでも無事でよかった。
 …ところで、貴女は自分が何の能力を持っているかは分かっているか?」

少女はううーん、と考え込むような仕草を取った後、

「え、ええと、私『天使』なの。
 …これだけ言えば、分かるなの?」

「『天使』―――成程、それならマザーコアにされるのも頷ける。
 『天使』は元々、マザーコアにされる事を前提に作られたような魔法士だからな。
 だけど大丈夫だ。もう、死を恐れる必要など無い―――逃げよう。貴女が普通に生きる事の出来る世界へ」

少女は、こくんと頷いた。

そして、サクラの手をしっかりと握り、頷き返したサクラが駆け出すのと同時に駆け出した。

最も、サクラと少女とでは走る速度にかなり差があった為に、その数秒後に、サクラが少女を抱っこしていく形になったのだが。


















…そして、たった一つだけ、この部屋に巧妙に隠されたカメラの存在に、サクラは最後まで気がつかなかった。













【 + + + + + + + + + 】












サクラが少女を連れ出す様子を、コンピュータのある部屋で見ていた二人の人物が居た。

ディスプレイを眺めていた二人は、ディスプレイから目を離し、互いに向き合う。

「…作戦は成功のようです。
 それにしても見事に引っかかりましたね。やはり、マザーコアにされる子供による操作に弱いというのは本当でしたか。
 同時にこれは、貴女達から得た情報は正しかった事の裏づけにもなりました」

銀髪の青年が、ふう、と安堵の息を吐いて、傍らに居た少女に告げた。

白を基調とした服を着た黒髪の少女が、微笑みを浮かべて青年の方へと向き直る。

「サクラには魔法士の子供を助ける性質があるって、シャロンちゃんから聞いていたんです。
 そして、シャロンちゃんの言ったことは本当でした。
 いずれにしても、成功して何よりです。ハーディンさん」

「ええ。態々『ありもしない施設』を作り上げたかいがあったというものです。
 シティ・ニューデリーの長、アニル・ジュレ氏の発言によると、シティ・ニューデリーは長い間マザーコアの為の魔法士を作っていないそうです。
 ですが、それでは『賢人会議』をおびき出せません。だから今回、実在しない施設を作り上げました。科学者達の動きも全て裏打ちされた演技です。そう、彼らは最初からマザーコアなんて作っていない。
 …これ以外の策では、アニル氏は首を縦に振らないと言っておりました。だから、これが今回、なんとか行えた作戦でした。
 後は、クレアさんに協力してもらい『賢人会議』の居場所を探り当てたいところです。そして、内部に送ったシャロンさんが、『賢人会議』の内部情報を探る。
 これが、危険でありながらも貴女が…いいえ、厳密にはシャロンさんが考えた案でしたね。由里さん」

そこで明らかになる、二人の名前。

この二人は、『賢人会議』に対し敵対意思を持つ魔法士。

由里は育ての親の敵討ちの為に、ハーディンはシティの民達を守る為に、『賢人会議』との戦いを決意したのだ。

「私はシャロンちゃんを危険な目に遭わせるのは反対だったんですけどね…。
 最初は、私がおとりになろうって思ってましたけど、結局反対されちゃいましたし…私じゃ駄目なのかな?」

ちょっとだけ表情を暗くする由里に対し、ハーディンが口を開いた。

「由里さん、勇敢と無謀は違うのです。履き違えてはいけませんよ。
 それに、シャロンさんの瞳には確固たる意思がありました。
 きっと、成功するか、窮地に陥らされても打開できる策があったんだと思います。
 僕としても出来れば止めたかったのですが、あの場では彼女の意思を尊重しました。それだけの事です…。
 と、どうしました由里さん?きょとんとしてしまって」

気がつけば、由里はきょとんとしてハーディンの方を見ていた事に気づく。

その後、我に返った由里は、一つの疑問を口にした。

「…思うんですけど、ハーディンさんって本当に紳士ですよね。
 女性とかに告白されたりしないんですか?
 ハーディンさんみたいな方なら、女性の方にもててもおかしくないって思うんですけど…」

刹那、ハーディンの様子が一変する。

「ぼ、僕が紳士?
 冗談はよしてください!
 僕は、僕が正しいと思った行動を貫き通しているだけです!告白されるだなんてそんな…」

いつも朗らかな筈のハーディンが、少しだけ顔を赤らめて慌てふためく。

予想だにしない反応に、一瞬だけだが由里もまた唖然としてしまった。

普段は見れない彼の一面を見たという、そんな気がした。

「そういうところが、紳士だっていうんですっ」

とりあえず、正直な意見を述べておく。

どうして『紳士』であるという事を否定するのかが分からない。

(私はただ、思った事を正直に述べているだけなのに…)

ちょっとだけむくれながら、心の中だけで呟く。

が、今は其れよりも考えるべきことがあったのを思いだして、

「あ、そういえば…シャロンちゃんから聞いていた事があったのを思い出しました」

頬に右手の一指し指を当てて、由里は考える仕草をとる。

「何か情報でも?」

使命感の為か、それともこの流れが変わることを期待してか、即座に反応するハーディン。

「シャロンちゃんから聞いたんですが、ある時『もう一つの賢人会議』は『賢人会議』が南米に逃がしたと思っている子供達をほぼ全て捕獲したって、シャロンちゃんは言っていました。
 その後はシティ・シンガポールを初めとするシティに対してマザーコアを分け与えたそうです。
 シャロンちゃんはこの事を『交換条件』だって言ってました。
 マザーコアを提供する代わりに食料や物資を提供してもらうんだって言ってました」

「なるほど、実に筋の通った取引ですね。
 互いが互いに助かるための等価交換というやつですか」

「そしてその時、『賢人会議』のメールアドレスも聞き出したそうです。
 …でも、シャロンちゃんが知ってるのはそこまでで、それ以降の事については軍の方々しか知らないみたい」

「つまりが、引き渡せば好きにしろ…ですか。
 最も、今は滅んでしまったらしい『もう一つの賢人会議』とやらが何を考えていたのかなんて今では分かりませんが…」
 …そういえば、一度だけですが、僕もそういった場面に出会ったことがありますね。
 ――ん、成程、あの場面の背景にはそんな事があったのですか」

ハーディンのなかで、何かが繋がったらしい。それを疑問に思った由里は、即、口を開いていた。

「何かあったんですか?」

「ええ…シティ・シンガポールに滞在していた時の事ですが、軍の上層部の人間が一人の子供に向かって、確か『賢人会議』のメールアドレスを教えれば、命を助ける事を考えてやらん事も無い、と言っておりました」

顎に手を当てて、当時の光景を回想するハーディン。

「…そんな事があったんですか。
 えっと、ところで、その子は今何処に居るんですか?
 その子は正直に言ったから、助かったんですよね?」

由里のその質問を聞いたハーディンの表情が曇る。

たっぷり三秒の間を空けた後に、静かな声で真実が告げられた。

「…残念ですが、軍の上層部の強引な命令で既にマザーコアにされました」

たちまちのうちに、その答えを聞いた由里の表情が変わる。

「――そんなっ!
 助けてあげるって言ったのに!?
 そんなの、ただの嘘つきじゃないですかっ!!」

「―――そう、上の方々は嘘つきです。大人っていうのはずるいんですよ…もっとも、そうでなくてはやっていけないのでしょうけどね。
 考えてやらない事もないという事は、場合によっては考えないという事ですから。
 だけど、僕のこの身分じゃ逆らおうにも逆らえない。いくら僕でも、マザーコア選定に対して文句を言う権限までは手に入れられませんでしたから…目の前で起こっていることに対し、何も出来ないのがこれほど悔しい事だとは思いませんでしたよ」

苦虫を噛み潰したような顔でハーディンは答える。

それで、由里にも分かってしまった。

彼もまた、そんな軍の方法が間違っていると分かっていて、心の底では反対しているという事を。

「…だけど、それを知ってもハーディンさんはシティを守る事を、マザーコア運営を続けていく事を決意しているんですね」

胸に手を当てて、しおれたように顔を俯かせる由里。

「…ええ。そうです。
 そして、それは由里さんも同じなはずでしょう。
 由里さんはより多くの人間の子供達を守りたいと思ったから、今、こうして此処にいるのでしょう」

由里の言葉に踵を返して窓の方を向いたハーディンは、由里に背中を向けたまま答えた。

彼にも分かっているのだろう。自分のやっている事がどういう事なのかを。

背中を向けたまま、ハーディンは続けた。

「…何れにせよ作戦は成功いたしました。
 後は、僕らが頑張る番です。
 マザーコアにされる子供達の幸せを考えれば僕らの行動は間違っているのかもしれないけれど、僕には…いいえ、僕らには守りたい人達が、守りたい場所がある。
 その為には手段なんて選んでいられない」

「そうです…よね…。
 待っててねシャロンちゃん。すぐに助けに行くから。
 そして待っててっ!『賢人会議』…。
 いつか、お爺ちゃんとお婆ちゃんと、あの子供達の敵を打つんですからっ!!!」

左手の拳を軽く握り締めて、由里は窓の外に視線をそらす。

今日も平和に時を過ごす、力なき一般市民達。

彼らの、彼女らの平和の維持は自分達の行動にかかっている。

そう考えると、自然と気合が入った。

この件はこれで終わりなんかじゃない。まだ自分達の番が残っているのだ。

後は、数日後の本番でしくじらなければいいだけ…。


















【 + + + + + + + + + 】


















使命感に燃える由里を横目に、ハーディンはただ、白い天井を見上げていた。

(第一段階はこれで完了した…そうだ。手段なんて選んじゃいられない。この世の)

『賢人会議』――それが、ハーディンが倒すべきだと判断した敵。この世界がどんな世界か分かっていても、それでも、魔法士の人権の尊重の為に多くの人間達の命を平然と踏みにじり、ゆくゆくはシティを滅ぼさんとするシティの敵。

(何と言いますか…『賢人会議』を倒す為にこの力を得たのだと思わずにはいられないですね…。
 感謝します…僕を生み出してくれたあの人に…そして『アルカナ・リヴァイヴァー』という一つの組織に…)











―――『アルカナ・リヴァイヴァー』…ハーディンは今、心の中だけとはいえ、その単語を確かに告げた。

それは、大戦前に世界のどこかに存在した、全てが謎に包まれた組織。

大戦前という、人間の科学力が最高潮を迎えていた時期に創立され、世界中から様々な科学者達が、己の科学力の限界に挑戦する為に、数世紀前に生み出された『タロットカード』たるものをモチーフにして、魔法士の創生に取り掛かった。

モチーフがタロットカードだというのは、タロットの持つ神秘性或いは魔性的なものに惹かれた―――というのが最もな理由だというのを、ハーディンを作り出してくれた科学者が、小声で言付けしてくれた。ちなみに、科学者は女性だった。

その結果、戦争開始から今までであわせて二十二体の魔法士が生み出されたと聞いている。もっとも、ハーディン達は互いの魔法士の顔も殆ど知らずに育った為に、現存する『仲間』が何人居るかまでは全く把握できていないのが現状ではあるけれど。

ハーディンに与えられた能力は『騎士』よりの『光使い』として生み出された、全く新しい能力―――『聖騎士』

通常、複数の魔法士の能力の合成をすると様々な不具合が非常に高い確率で発生するのだが、ハーディンはその確率の悪魔とやらに対し、奇跡に等しき確率に打ち勝ち『聖騎士』として生まれる事が出来た。

その能力を用いて、ハーディンは第三次世界大戦中に久逆那智という人物の元で戦い、そして第三次世界大戦を生き抜いた。

そして今は、普通の魔法士として、普通の人間として過ごすことができる。

魔法士である以上は、いつか訪れるであろうフリーズ・アウトには勝てないのだろうけれど、それでも今、こうやってハーディンが生きていられる環境があるのが非常に嬉しい事だと思う。











ハーディンの胸のポケットには、小さな一枚のカードが入っている。

由里に見つからないようにして、そのカードをそっと胸ポケットから取り出した。

一人の女性が描かれたカード。その下には『THE JUSTICE』という文字が書かれている。

そのカードの名は『正義』―――ハーディンが作られる際のモチーフとなった、22枚の大アルカナの内の一つ。

アルカナ・リヴァイヴァーはそれぞれが世界に一枚しかないカードを持っており、それを見せる事で仲間だと、同じアルカナ・リヴァイヴァーで生まれた魔法士だと判別するらしい。

しかし、戦闘中にそんな事をしている余裕などあるわけが無いのだから、『機会があったら見せる』程度にしかならないのだろうけれど…。










『正義』のカード番号は現在、広く用いられているウェイト版を始めとする黄金の夜明け団系統のデッキでは「11」であるが、マルセイユ版など伝統的なデッキでは「8」となっているらしい。ハーディンを創った科学者は11番だと言っていた事から、ウェイト版の番号を使用していたという事が伺えた。

描かれている女性はギリシャ神話に登場する正義の女神・アストライアないしその母・テミスがモチーフであるとされる。天秤はアストライアの神話に由来する公正な裁きを意味し、剣は大天使・ミカエルが手にする断罪の証に由来すると言われる。

アーサー・エドワード・ウェイトのタロット図解における解説では「平等・正しさ・行政・正当な判決」を意味するとされ、西洋占星術上では「天秤宮」を意味する。

正位置(通常通りの配置)では公正・公平、善行、両立を意味し、逆位置(逆さまに置いた配置の場合)は不正、偏向、不均衡、被告を意味する。 

「…」

無言のまま、すっ、とカードを胸ポケットに戻す。

ハーディンは『正義』の名の元に、自分が正しいと思ったことを行動に移し続けてきた。

それを裏づけするわけではないだろうけど、『聖騎士』の力は本物だった。

過去でも、そして今でも、己が信じる正義の為に、この力を振るえる場所がある。

だが、世界大戦という場所で力を振るうのには、ハーディン自身、かなりの抵抗があった。何故なら、戦争でいくら人を殺しても、その先にあるものが空虚だと分かりきっていたからである。

さりとて、ハーディン自身が死ぬわけにもいかず、揺らぐ二つの思いの間で考えた末に、ハーディンは戦う道を選んだ。その結果、ハーディンは命を失うことなく、終戦までこぎつける事が出来た。

無論、たくさんの命を奪い、たくさんの幸せを奪った事は否定しない。だが、死んでいった彼らの事を忘れないようにするなどとは口が避けてもいうつもりは無い。そんな事をしても意味が無いと分かっているからだ。

ならば自分に出来る事は、より多くの命を生かすこと。

終戦後はこのシティ・メルボルンを拠点として、世界中を周っていた。

世界の秩序に対し害を与える、確固たる『敵』の排除を目的として。

















――――だから、僕は―――――――






























<To Be Contied………>















―【 おまけどころじゃない存在感になっちゃってるらしいキャラトーク 】―










ノーテュエル
「いつものコーナー、今日も開幕〜」

ゼイネスト
「…なあ、一回くらい休日をよこせと言ったら駄目なのか?正直、この出現頻度は労働基準法を守ってないだろ」

ノーテュエル
「私達にそんなものが適用されると思って?」

ゼイネスト
「安心しろ、はなから思ってないから」

ノーテュエル
「なら最初からいうなっ」

ゼイネスト
「言ってみたいと思いませんか?」

ノーテュエル
「ま、また懐かしいモノを…」











ノーテュエル
「…んで、本題なんだけど…。
 なぁんと―!!ここに来てサクラ登場!!」

ゼイネスト
「これは予測など出来なかったぞ…しかも任務に成功してるときたものだ」

ノーテュエル
「しかぁし!これはハーディンと由里の巧妙な作戦でした―っ!!てワケね!!
 アンパンマンが困っている人を必ず助ける習性があるなら、サクラが『マザーコアにされそうな子供の魔法士』を助ける習性が必ずあると踏んでの行動って事でした!!
 流石サクラだわ!!魔法士の子供を餌にすると必ず引っかかるってやつかしら!」

ゼイネスト
「しかし、今回はその習性が仇となったってワケか。
 それに、シャロンが自分から囮役をかってでるとは…やっぱり、俺達の居ない間に成長したって事なんだな。少し寂しいが…。
 ―――ところで、サクラってこんな単純バカだったか?」

ノーテュエル
「んー、少なくとも子供だって事は間違いないでしょ?
 それに、サクラみたいなタイプに複雑な作戦は逆に通じにくいと思う。
 だから、こんな単純な手には引っかかる…って事なんじゃない?」

ゼイネスト
「なるほど、そういうことか。
 …しかし、お前にそこまで言われるようなキャラがいたこと自体が、俺にとっては少々意外だったわけだが…」

ノーテュエル
「…ねぇゼイネスト、焼死するならミディアムとレア、どっちがいいかな?かな?」(にこっ)

ゼイネスト
「物騒極まりない質問をするな!シャレにならんわっ!」







ノーテュエル
「まあ、その話は置いておいて、と…。
 作者の理念からすると、サクラが勝ったままじゃ終わらないわね。絶対」

ゼイネスト(ちょっと火傷してる)
「ハーディンと由里の会話からも、この後どうするのかがある程度は予測できるしな。
 …いずれにせよ、次の話まで、ゆっくりと待とうじゃないか」

ノーテュエル
「そーだね。
 じゃあ次回は『あるべき場所に返したいもの』でお送りするね〜」























<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>









…とりあえず、こんな流れになりました。



本来ありもしない施設を『ある』ことにしちゃうのは、流石に真昼あたりに気づかれちゃうと思うんですが、それやってしまうと物語自体が進まなくなってしまうので許してください…。

シティ側としても、本当ならもっといい策があったのでしょうけど、私の頭じゃこれが限度のようで。










それでは。短いですがコレで。





○本作執筆中のお供
さわやかもも水







<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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