FINAL JUGEMENT
〜命の行方〜















―――命は力。

生きていることは、まだ、やれることがあるということ―――。





















足場無き足場に、呆然と立っていた。
今着ているのは、膝までの長さの紫色のコート。
辺り一面を支配するのは、闇一色に染められた漆黒の空間。それゆえに、小さな白い靴がとても目立つ。
だが、それなのにふゆふゆという浮遊感は微塵も感じられず、足の裏から返って来る反応は、大地を踏みしめている感覚そのものだ。
それもからからに乾いた、水分を微塵も含んでいない、砂漠のように干からびた大地だ。
つまり今、自分はこの漆黒の空間で『立っている』事になる。
何故ここにいるのかなんて分からない。
今までどこにいたかを思い出そうとしても、鋭い痛みが邪魔をして思い出せない。
これは脳が自動で行う記憶封印のリミッターか、あるいは記憶喪失か。
そんなもの、分かるわけがない。
「…はぁ」
ため息一つ。
いい加減、この景色も見飽きた。
周りを見渡しても、個性も何も感じられない寸分違わぬ黒・黒・黒。
歩いても、歩いたという実感が無い。
ふぅ、とため息を吐いて、ため息つくのが増えたなの、と思いながら後ろを向く。
そこにあるのは、足跡すら残っていない真っ黒な大地。
どこを歩いてきたかすら分からない。
「……」
もういい。
ここは代わり映えの無い世界。
前も後ろも同じ景色。漆黒空間無限ループ。
何と無しにそのまま前を向いて、









――――――刹那、事態が急変した。











突如、確かな地響き音が聞こえた。
「――な…に?」
いきなりの事に状況が掴めない。思わずきょろきょろと周りを見渡す。だが、存在するのはやはり暗闇ばかりで、相違点など一つもない。
だが、確かな事が一つ――――――今の今まで不変だった世界は、確かな形で躍動を開始した。
地響きも地震も津波も異常気象も何も起こらぬ筈のこの世界で、最も縁遠い事が起きている。
世界が揺れる。
説明するまでも無く、これは地震だ。
さらに、まるでスライドショーでも演じているかのように、目の前の闇の壁が上へ上へと上がっていく。
但し、道化師もピエロもライオンもいないし、火の輪もロープもボールもシルクハットも存在しない無人サーカス。
関東大震災や阪神大震災には遠く及ばないものの、立っていられない。
耐え切れずに尻餅をつく。痛みは無い。
それもそのはずで、先ほどまではからからの地面が、まるでクッションのように柔らかくなっていた。
両手を突いて、そのまま動かない。
否、地震のせいで立てないために動けないのだ。
三半規管が異常をきたしているわけでもない。
そのまま、目の前を凝視する。
黒い壁は、先ほどと変わらず上昇し続けている。黒い天井に吸い込まれるかのように、だ。
ふと、疑問に思った。
(―――どうしてこうなったの?)
だが、頭を振ってそんな疑問符はすぐに打ち消す。
現実の、今の事を考えなくてはならない時に、いちいちそんな疑問など考えていられる余裕などどこにあろうか。
下手すればとんでもない事態が起こりかねない今の状況。その『とんでもない事態』が何なのかを敢えて考えるのはやめる。
そのまま動かない事十数秒。
―――ふいに、両手の掌に感じていた感覚が消えた。
感覚が麻痺したわけではない。
あるべきものが消えたのだ。
同時に、さらなる違和感に気づく。
お尻から返ってきていた反応が、いつの間にか消えていた。
それすなわち、今まで支えてくれていた大地が消えたという事だ。
暗闇の中を落ちて行くのは自分の身体。
目視不可能の奈落の底が呼んでいる。














―――そこでようやく気づいた。














今までの出来事は、景色が上昇しているのではなく、自分が下降して…否、落ちていっているだけだったのだ。












「…」
なんだろう。
言葉も何も出てこない。
達観の域に達してしまったのか。それとも諦めてしまったのか。
自分でも分からない。
襲い来る浮遊感に、ただ身を任せてみただけ。
その間にも、重力の力に耐え切れず、永久の闇が支配する底なしのどこかへと背中を向けて落ちて行く。
仰向けになったその身体が、その瞳が見たものは、強化カーボンの白い柱。
ぼろぼろになっても尚形状を死守するそれは、破片を撒き散らしながら一直線に自分へと降り注ぐ。
きゃあああ!!という叫び声を出したはずだが、それは反響どころか発音にすらならずに掻き消える。
その間にも、強化カーボンの白い柱は既に目の前。
反射的に目を瞑ろうとして、















刹那、暗闇が支配する世界の端で、白い何かが動いた。









それはこちらに近づいてきて――――――、
























―――意識は、そこで途切れた。





















――― 夢 の 終 わ り ―――















「―――」
目を覚ますと、あたりは一面の白い部屋だった。
その殆どはぼやけた光景だったが、色を見分けられるくらいには視力は残っていたようだ。
そのうちに、だんだんと視界が鮮明になってくる。
頭はまだ寝ぼけていたが、それでも何とか動ける程度には回復した。
周りを見渡すと、自分の大きな瞳に色々な光景が写り、ここはどこかの部屋だという事が第一に理解できた。
右手の方向には二重窓。木目調のベッドにピンクのカーペットに、部屋の入り口付近にあるのは、いつも履いていた白い小さな靴。
そして、眼前の壁にかけられた猫さんのポスターが目に入った。
「…?」
真っ先に頭の中に浮かび上がったのは、疑問符だった。
ぼうっとした頭が、現状理解に追いついていない。
顔を下に向けると着ているものが分かった。白とピンクのストライプ模様のパジャマだ。
もちろん、こんなの買った覚えが無い。そもそも、バストの部分がぶかぶかで…。
「…」
それ以上考えるのを強制的に停止。再び部屋を見回し、
「―――ここはどこなの?」
気がつけば、今更ながらに思わずその言葉を口に出していた。
そのままたっぷり十秒ほど経過して、
「…!!」
現状を理解して、眠気が一気に吹きとび、意識が完全に覚醒した。
記憶に無い白い家。ここに来るのは初めてだと脳が告げている。
否、ここが家なのかすら分からない。下手をすれば、軍か何かの組織の本部なのかもしれない。
いや、第一の問題は、どうして自分がここにいるかだ。
歩いてきた覚えなど無論無く、かといって、誰かに運ばれた記憶も無い。
(…どうしよう)
頭を抱えて、こういう場合、何をすべきだったかを思い出そうとして、
(そうなの!!I−ブレイン!!)
I−ブレインがあったことを思い出して、目を瞑り、起動させようと脳に命令を送る。
…が、
「〜〜〜〜っ!!!」
脳を襲ったすさまじい痛みにより、即座に中断。
同時に、うなじに感じた違和感に気がついて指を触れる。
指先に返ってきた反応は、機械で出来た小さな何かの感触。その正体は言わずとして分かる―――ノイズメーカーだ。
(嘘…どうしよう…私…捕まっちゃったの!?)
刹那、一気に襲い掛かる不安感。
それに耐え切れずに、反射的に頭を抱えた。
全身がかたかたと小さく震える。
ここにいるのは自分一人。故に、味方の増援など期待できる要素が全くと言っていいほど存在しない。
そもそも、その『味方』は―――。
そこまで考えた次の瞬間、







こんこん、と、左側からドアをノックする音がした。








「!!」
反射的にびくりと身を竦ませて、息を止めた。
布団の端っこを掴み、なんとなしに戦闘体制の構えをとってしまった。
この細腕、かつ、ノイズメーカーでI―ブレインが機能できないこの状態では、戦闘など出来る訳がない。だが、少しでも気を休めるという意味でも、何もしないよりはましだと思い、反射的に実行に移していたのだ。
「…反応が無いって事は寝ているのかな…入りますよぉ」
がちゃ。
こちらからの返事すら待つことなく、白いドアがゆっくりと開かれる。
もうやけだ。
I−ブレインが起動してくれない以上、戦うすべは無い。
故に、現実を見つめるしかやる事がない。




――鬼でも蛇でも般若でも狂人でも何でも来いなの。




そんな覚悟を決めて、目の前の白いドアを睨みつける。
そして現れたのは――――――、







「…あ、目が覚めたみたい…良かったぁ…」








白い服を着た黒髪で、かなり長いツインテールをした少女の姿。
少女は大きな黒目をさらに見開いて、嬉しそうな笑顔で近づいてきた。











「……」
予想していたものと遥かに違うのが出てきて、一瞬だが拍子抜けしてしまった。
無駄な心配をしてしまった自分が、本当にバカみたいだ。と思いながら。
















「やっと起きたのね。もう、心配したのよ」
少女はベッドの近くまで歩み寄る。
「心配…?」
頭を抱えて、うんうんと唸ってみる。
心配されるようなことなんてしただろうかと思って思い返してみるが、どうにも思い出せない。
その前に、別の問題を解決する必要があるのではという結論に至り、
「…ところでなんですけど」
「ん?」
少女は不思議そうな顔で覗き込んでくる。
丸くてくりくりとした大きな瞳が可愛いなと思いながらも、
「…ここ、どこなの?」
真っ先に疑問に思ったことを氷解させるべく、その問いを口にした。
それを聞いた直後、黒髪の少女は間を置かずに返答。
「それについてはちょっと秘密。それよりも聞きたいんだけど」
「ん?何でしょう?」
「――――あなた、あんなところで何をしていたの?」
少女の顔には疑問がありありと浮かんでいる。
まるで、長年悩んで答えが出なかった問いの回答を聞くような、そんな感じ。
(…あんなところ?)
だが、覚醒したばかりの意識では、いきなりあんなところと言われてもピンと来ない。
頭の中のもやもやがかかったような感覚が、思考を遮っている。
まるで、その事を思い出させたくないかのように。
嘘をつくわけにもいかないので、ここは正直にいう事にした。
「―――えっと、よく分からないんですけど、私が、何かしていたなの?」
次の瞬間、黒髪の少女は一瞬だが唖然としたように口を開いて、すぐさま言い返す。
「…もしかして、覚えてないの?記憶喪失?」
「…いえ、何か、脳にもやがかかったみたいな感じがして思い出せないだけなの。
 何か、きっかけとなる…例えば、あなたが私と出会ったその時の状況とか言ってくれると助かるなの」
少女は、うーん、という声と共に目を瞑り、額に左手の人差し指を乗せて考える事数秒。
何かにひらめいたように目を開いて、丁寧に告げる。
「…あのね。あなた、柱の下に押しつぶされそうな形で落ちてきたの。
 あの時は、本当にびっくりしたよ。
 偶然通りかかった私が助けなかったら、あなた、今頃柱の下でペチャンコよ…うう、想像したくない…」
そこまで言って、ふるふる、と少女は大げさに身をすくませる。
その様子から、結構な大ごとだったという事だけは分かった。
…だが、分かる事と理解はこの場合は別物で、理解の方に戸惑った。
引っかかるのは柱という単語。
(柱?
 柱って…あの、大きな強化カーボンで作られた…)
いや待て、どうしてそこでその単語が出てくるの?
混乱する記憶。
かみ合わないパズルピース。
何かが引っかかる。
「むぅ…」
…どうやっても思い出せない。
「…覚えてないの?
 あなたは確か、赤い翼を生やしていて―――」
「紅い翼!?」
考え込んでいたところにヒントを出されて、気がつけば叫んでいた。
その言葉が引き金となったかのように、記憶が次々と思い出される。
次の瞬間には、とある連想単語が頭に浮かんだ。














紅い翼―――堕天使の呼び声コール・オブ・ルシファー)/RP>














「―――あ」
思い出した。
思い出してしまった。
それに気づいて、頭を抱えた。
全身が小刻みに震えているのが嫌でも分かる。











氷使いクールダスター)/RP>』の白髪の少年。


風使いトルネーダー)/RP>』の銀髪の少女。


『騎士』の青髪の女性。


『管理者』の紫髪の男性。







そして、この世に居ない二人の少年と少女。




黄色いお下げの少女。




赤い髪の少年。








最後に、自分の事を好きだと言ってくれた少年。

最後に、自分に『死はいつか必ず訪れる。それが早かっただけ』と告げた少女。

血に濡れた二人の姿が脳裏に映し出されて――――――。







「―――――っ!!」
反射的に、頭を押さえた。
全身の震えは止まらず、寧ろ、特定の箇所の振るえばかりが激しくなる。まるで何かの病気みたいに。
かたかた、と肩が震える。
かちかち、と歯が震える。
「どっ、どうしたの!?
 寒気がするの?風邪引いた!?」
黒髪の少女が心配顔で問いかけるが、答えてなんていられない。
頭の中で鮮明に再生される、あの戦いの中での出来事。







明かされた全ての真実。

背中に生えた赤い翼。

変貌する自分。

展開される果てしない戦い。

終止符を打つは、圧倒的質量を持つエメラルドグリーンの風の刃。





そして知る、もう少しで犯しそうになった罪。

何が正しかったのか、何が間違っていたのかをやっと理解して、照らし出された進むべき道。

だけど、その後に襲い掛かった悲劇。

銀髪の少女をかばって、戦闘中に自分が開けてしまった穴に落ちて、そこから先の記憶が無くて―――。








――――パズルのピースが繋ぎ合わされるように、答えが完成した。
思い出されたのは忌まわしき戦いの記憶。
少女は戦った。
『堕天使の呼び声』により、圧倒的な力を得た。
そして、この力でこの残酷な世界を滅ぼそうと思った。
だが、それをさせまいと四人が立ちはだかったのだ。
奈落の底へと落ちて死ぬ筈だった命がここにある事を再確認して、
「そうだ―――私、あの時…死んだ筈だったなの」
震える手を見つめて、かすれた声で呟いた。
「…うん、そしてあの時、私は、落ちてきていたあなたを助けたの」
「――――え?」
目の前の少女から、思いもしない言葉が返ってきた。
反射的にどうして、と続けようとして、
「私も、あの時『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』に居たの…その理由は今から話すからいいとして…あ、大事なことを聞いてなかったわね。
 …あなた、名前は何て言うの?」
「……」
じっ、と目の前の少女に無言の視線を送る。
人に名前を聞くときには、まず最初にやるべきことがある。目の前の少女はそのステップを飛ばした事に気づいてな…。
じっ、と見つめる事五秒。
「…あれ?もしかして、名前が思い出せないの?」
途端、少女は心配そうな表情になる。
いきなり悪い事をしてしまったような感情が、心に渦巻いた。
だから、口に出して教える事にした。ただしヒントで。
「人に名前を聞く時は…なの」
その言葉を聞いた少女はぽん、と両手を胸の前で合わせて、
「…あ、ごめん。人に名前を聞く時には、まず私から自己紹介するべきですね…」
どうやら気づいたようだ。
そして、少女は息を吸った後に、それを告げた。














「私は―――――天樹由里」











―――天樹由里。
それが目の前の黒髪の少女の名前だと分かった。
むーん、と唸って、脳内のデータベースを検索してみる。
…少なくとも、聞いたことの無い名前だったのは確かなの。という結論に行き着いた。
だが、その苗字が妙に引っかかる。『天樹』という苗字には、何か、特別な意味があった気がする。
思い出そうとして腕を組んで、目を瞑ってさあ再び脳内詮索開始といこうとしたところで、
「あの、これでいいですよね?」
天樹由里と名乗った少女が、ちょっと不安げな顔で告げた。
…どうやら、考える前に目の前の少女―――由里からの問いに答えなくてはならないようだ。
由里の行動は理論的には正解で理屈が通っていたから否定する要素が無い。
なら、こちらも答えなくてはならない。
軽く深呼吸した後に、目の前の少女に対し、自白するかのように口を開いた。














「私は…シャロン。シャロン・ベルセリウスなの」












「…シャロンちゃんですか…いいなぁ、女の子らしくふっくらした感じの名前で」
さも羨ましそうに、
「…そ、そんな事言われても困るなの。えーと、由里さん…」
「由里、でいいわよ」
途中で遮られた。
だが、やっぱりここは敬意を払うべきだと思い、言い返す。
「いえ、会ったばかりの人にそんな馴れ馴れしい事は出来ないなの。だから、しばらくさん付けするなの」
「…あなたがそう言うなら、それでいいけど」
ちょっと残念そうな表情の由里に、少しばかり申し訳ない思いを抱いたが、シャロンは話を続けた。
「由里さんの名前だって、あの綺麗なお花の名前なの」
「…だって、一歩間違うと…う〜」
ちょっといじけたような顔で、由里は俯く。
「…あ」
由里が何を言いたいのかを即座に理解したシャロンは、反射的に口を手で覆い隠した。
そして、白い服を基調とした結構清楚な外見からは想像しにくいが、どうやら由里は感情が表に出るタイプのようだと分かった。
…ノーテュエルに比べるとかなり劣るけど。と、心の中だけで付け加えておく。
「…ん、どうかしたの?笑みなんか浮かべて」
不思議そうな顔で、由里はシャロンの顔を覗き込む。どうやら、知らずのうちに頬が緩んでいたらしい。
「ううん…ただ、由里さんって、結構感情が表に出るタイプなんだなぁって思ったなの」
「…明るい子だとは言われたことあるけど、そんな言い方をされたのは初めてね。
 ところで、その『なの』って口癖?」
「うん、私の口癖なの。
 …なんでなのかは知らないけどなの」
「その辺はきっと、性格とかと同じである程度の不確定要素だと思うの。
 世界には色々な人がいて、その人がどんな性格になるかは、いざ生まれてみないと分からないのと同じ」
そうなんですか―。と言ってシャロンはこくこくと頷く。
ふと、そういえば今何時だっけ?と思って、いつもの癖で脳内時計を起動しようとして、
「〜〜〜〜っ!!」
脳を襲った痛みに頭を押さえた。目じりに涙が浮かぶ。
ノイズメーカーがつけられっぱなしだというとても大事な事を、ついうっかり忘れていた。
起きてから一時間足らずで、同じ痛みを二回も味わうというミスは何か悔しくて、シャロンの心の中になんとも言いがたい感情が浮かんだ。
「シャロンちゃん!!ど、どうしたの!?」
そんなシャロンを見て、心配をありありと浮かべた顔で身を乗り出す由里。
おろおろしているその姿が何だか可愛らしい。名も知らないシャロンを助けた事といい、由里は他人想いのいい人なのかもしれない。と、シャロンは心の中で思う。
だからこそ、余計な心配はかけさせられないと判断したシャロンは、ありのままを告げることにした。
「ち、違うなの。
 脳内時計で時間を確認しようとしたら、ノイズメーカーの事をすっかり忘れてたなの…」
「…あ、そうだった。
 万が一の事を考えてノイズメーカーをつけてたんでした…」
どうやら、由里は自分がシャロンにノイズメーカーをつけた事も忘れていたようだ。
忘れっぽい性格なのか違うのかはまだ分からないが、シャロンとしては結構いい迷惑である。
「…ところでこのノイズメーカー、いつ外してくれるなの?」
「だって、シャロンちゃんがどんな能力を持っているか分からない以上、安全解除は出来ないの。もしかしたらとんでもない能力を持っていて、不意打ちしてこないとも限らないわけだから」
「…それって、私が危険な人だって遠まわしに言うのと同じことなの」
「だってよく言うじゃない―――『綺麗な薔薇には棘がある』って…」
諺とはいえ、『綺麗な薔薇』と言われて、シャロンの心がうきうきと弾む。
が、今は状況が状況だけに、その感情を心の奥へとしまいこむ。有頂天になどなっている場合ではないのだ。
「…その諺、確かに筋は通っているかもしれないなの。
 …けど、そのかわり、時間も確認できないなの。だって、この部屋には…」
「あ…」
きょろきょろと周りを見渡して、この部屋に時計がなかった事を確認した由里は申し訳なさそうな表情になり、
「…ごめんね」
頭を深々と下げて、真意の篭った謝罪をした。
「あ…」
そこまで責めるつもりは無かった。
そんな行動にでられるなんてのは、予測の範疇を超えていたからだ。
「…え、えと…に、人間は誰でも忘れる事があるなの!!」
慌てふためいて、急いで慰めの言葉をかけるが、
「…私、魔法士…」
「…あ」
かえって状況が悪化した。
生態コンピュータであるI−ブレインを脳内に埋め込んでいる魔法士の忘れごとというのは、ちょいと冗談にならない。
どうしようどうしよう、という言葉が頭の中をぐるぐる回り、いい答えが出てこない。
慌てると逆に答えが出にくくなるという事は当たりまえすぎるほどに知っていたが、いざそんな状況を目の前にするとやはり慌てふためいてしまう。
思考が回ってぐるぐるぐる。
同じような事が繰り返し考えては消えて考えては消えてのループがぐるぐるぐる。
ああもうどうしよう。と思いながらもぐるぐるぐるぐる…。
「…そ、そんなのいちいち構わないですよ」
シャロンの思考ループは、本当に申し訳なさそうに告げられた由里のその言葉によって中断された。
まるでシャロンが悪人みたいだ。
少しの間思考を回転させて、話の矛先を変えることでこの空気を換えたほうがいいという結論が脳内で導き出される。
「…由里さんは、どうして『もう一つの賢人会議』に居たなの?」
問いをぶつけることにより、その結論は実行された。
その問いの後に待っていたのは、しばしの沈黙。
四秒ほど経ってから、由里はゆっくりと口を開いた。
「…私ね、人を探していたの。
 今もなお、この世界のどこかで生きている『とある人』を」
「『とある人』…」
具体的な名前を挙げないのは何故かと疑問に思ったが、その質問を口に出す事ははばかられた。
天地神明に恥じることが無ければ別に名前を隠す必要は無いのではと思ったが、おそらく、由里とて考えがあって敢えて『とある人』と形容したのだと直感で感じたからだ。
その間にも、由里は続ける。
「だけど、その人は戦っていた。
 大切な子を守る為に、必死で戦っていたの」
「…」
大切な子を守る為に戦っていた。
それは、シャロンにも言えることだった。
但し、シャロンは『守る』側ではなく、専ら『守られる』側だったが。
「…シャロンちゃん?」
黙りこくってしまったシャロンの事を不信に思ったらしく、ちょっと心配そうな顔で由里がシャロンの顔を覗き込んできた。
「あ!
 ち、違うの、なんでもないなの」
何が違うのか自分でもよく分からないが、とりあえず否定してしまった。
「私だって、その人の手助けがしたかった。
 だけど、その時は、そこにたどり着く前に何者かに襲われて私のI−ブレインは強制停止直前で、休息を与えなくてはいけなかった。I−ブレインが使えなかったら、私はただの女の子でしかないから、戦いに参戦できるわけも無かった」
シャロンは黙ったまま、由里の会話を聞いていた。
ただの女の子でしかない。という言葉が、耳に残って離れない。
シャロンもまた、『慈愛の天使』が無ければただの少女なのだから。しかも、戦いに使える魔法士能力など欠片も持ち合わせていない。
「だから、私はその場を離れたの。
 どこをどう歩いたか分からないけど、気がついたら、もう使われていない溶鉱炉に出たわ。
 で、丁度良く上からシャロンちゃんが振ってきたの。
 I−ブレインがほんの少しだけ動けるまでには回復したから、『身体能力制御』で落ちてきたシャロンちゃんだけを救って、そのまま近くにあった扉から外に出たの」
シャロンの頭の中で、パズルの最後の一個のピースがぱちりとはまって完成するような感覚が訪れる。
自分が死ななかったのはそういうからくりがあったから。
「…ありがとう、なの」
知らずのうちに、シャロンの口から言葉が出た。
目の前の少女が、由里がいなければ、シャロンは此の世に居なかったかもしれないのだ。
「お礼なんていいの。だって、困っている人を助けるのは当然でしょ」
返ってきた返事は、とても自然なもの。
だが、それと同時に疑問も湧き上がる。
「…すみません、一つ質問があるなの。
 由里さんは、どこまで知っているなの?
 どうして『もう一つの賢人会議』を調べる気になったなの?」
シャロンはすぐにそれを口に出す。
そもそも、考えてみればおかしい。
普通の人間が、普通の魔法士が『もう一つの賢人会議』に簡単にたどり着けるわけがない。
何らかの形で情報を知るかしない限り、だ。
由里は観念したように、ふぅ、というため息と共に口を開いた。
「そうですね…黙っていても仕方ないし、『もう一つの賢人会議』に居たって事はシャロンちゃんも『賢人会議』がらみの話は大丈夫そうだし、それをこれから……」








…ぐぅ〜〜。








―――ものすっごく恥ずかしい音が、部屋中に小さく反響した。











一瞬の沈黙。
目の前の由里が、顔を真っ赤にして俯いた。
何かいったら何かが起こりそうな絶対沈黙領域である事を感知して、シャロンは一瞬で口を紡ぐ。
耐えろ。
我慢しろ。
笑ってはいけない。
もし笑ってしまったら、が―――っと口を開けて怒ってくるかもしれない。
だから絶対に笑っては…。
「…ぷっ…ふふ…く…」
…シャロンは必死で笑いを堪えたのだが、その内の幾分かが漏れてしまった。
しかも、中途半端に口を押さえたせいで、変な発音になってしまったようだ。
で、その笑いはきっちりと由里の耳に入ってしまっていたようで、
「…な…ひ、ひどいっ!!わ、笑わないでくださいっ!!」
顔を真っ赤にして、ベッドに乗り出すような格好で由里は反論した。
が―――っという感じではないものの、それでも、歯をむき出しにして怒るところはシャロンの予測の範疇内だった。
「…と、とりあえずお話はおしまいっ!!さあ、ご飯を食べに行きましょう!!」
「は、はいなの…」
この話をこれ以上しないで、といった感じの感情がめいっぱい篭った一言。
半ば迫力に押されるような感じで、シャロンはあいまいな返事を返した。
だが、返事の内容まではあいまいではない。今のところなら、足からは痛みも無いから普通に動けるだろうし、何より…お腹が減った。
シャロンはベッドから降りて絨毯に足を触れる。
裸足の足の裏が感じる、ふわふわした感覚と、地面を踏みしめる確かな感覚。
今、シャロンが生きているということを再確認させられる瞬間だ。







因みに、立ってから気づいたのだが、由里の身長はシャロンより頭半分くらい大きい。
『意外だけど、身長にそれほど差は無いみたいなの』と、その時のシャロンはあまり重要ではない事を考えたのは秘密だ。
自分の靴に足を通し、絨毯の敷かれた廊下を由里と並んで歩きながら、シャロンは由里に聞いてみた。
「一つ聞きますけど、メニューは何があるなの?」
「エビドリア」
単純かつ最も分かりやすい答えが返ってきて、
「え!!」
それを聞いた途端、シャロンの目がきらきら光る。
家庭の味を感じさせてくれる『野菜炒め』が一番好きだが、実はエビドリアもかなり好きである。
というか、このメニューが嫌いな人間を、シャロンは生まれてこの方見たことが無い。
「そ、そこまで喜ばなくても…」
あまりにも大げさに喜ぶシャロンの姿を見て、由里が苦笑する。
「で、で、作るのに何分くらいかかるんですか?」
が、当のシャロンはそれどころではなかった。
どきどき、と心臓が高鳴っているのがよく分かる。
早く食べたい!という単語が脳内でぐるぐると回り続けていて、
「簡単です。これからレンジでチンするから二分くらい」
…その一言で全てがぶち壊しになった。
刹那の間に、がっくりと肩を落としたシャロンの瞳からきらきらが消えて、代わりにどんよりとした青が漂う。
「…も、もしかして、冷凍食品なの?」
しょんぼりした声で聞いてみる。
「それ以外に何があるの?この世界じゃ新鮮な海老なんて、余程の事が無いと手に入らない代物なのに」
現実を直視させてくれる素敵な豆知識と共にあっさり切り替えされた。
「いえ…もしかして由里さん、お料理が出来ないなの?」
…なんか悔しいので、言葉にちょっと軽蔑の意思を込めてみた。
一応言っておくと、シャロンはこれでも『それなりに』料理が出来る。
―――さて、由里はどう反応してくるのか…。
と、悠長に考えたところ、
「違います―――っ!!
 い、言っておきますけど、普段はちゃんとお料理してますぅ!
 今日はたまたま食材を切らしちゃったから、冷凍食品なんですっ!!」
由里は顔を真っ赤にして、全力で否定してきた。
その仕草と剣幕が今は居ない少女に重なり、驚きながらも思わず苦笑する。
「い、今のは流石に言いすぎたと思ってるの…ごめんなさい」
で、一応謝っておく。
―――それにしても、そこまで怒られるとは思っても見なかった。
(…思った事をすぐに口に出すのはやめておこうなの)
そう反省して、この経験を次に活かす事にした。
―――まあ、冷凍食品でもエビドリアはエビドリアだ。
そもそも、この世界情勢でそれが食べれればマシな方なの。と、脳内で自己完結しておいた。
「ううん、私も怒鳴っちゃってごめん」
すると、由里も流石に今の行動に対して罪悪感があったらしく、謝り返してきた。
この時、シャロンは直感で感じた事があった。
(―――やっぱり…いい人なの)




それから歩く事十秒足らずで、
「あ、もう少しで食堂に着くからね」
「はいなの」
由里が、ゴールが近い事を教えてくれた。
どうやら、先ほどのような会話が繰り広げられていた間にも、目的地に近づいていたようだ。
だから、シャロンもきっちりと返事を返した。















―――――さあ、朝ごはんを食べて、ちゃんとした一日を送りましょう。












―――それが、2198年10月15日の出来事だった。


















「…あれから十日も経つなの…」
表紙に『シャロンの日記・勝手に見ないでなの』と丁寧に書かれている。
別に見られたところでへるものは―――ちょっとあるかもしれない。


あれから、シャロンは由里の住居にお世話になっていた。
この建物は一見すると教会そのもので、なんでも、つい先日、何らかの理由でここに住んでいた神父が出て行ったために誰も住んでいなかったために、ここに住むことにしたらしい。


そして今、シャロンは日記帳を手に取り、書き忘れた昨日の日記を書いたついでに、由里と出会ったばかりのところを読み返していた。
思えば、由里はシャロンの命の恩人だ。
由里が居なければ、シャロンは強化カーボンの柱に潰されて死んでいた。
そう考えると今でもぞっとする。



由里が何の為に、何の目的で生きているのかは、あの後聞かされた。



――『賢人会議』の撲滅。あるいは首謀者の逮捕。






そのとんでもない理由に、最初は恐れおののいた。
だが、それと同時に、シャロンの心の中に、確かな強い感情が湧き上がったのだ。








―――『堕天使の呼び声』を活かせるかもしれない。という感情が。








…だが、それはシャロンが戦うという事に他ならない。
もちろん、ノーテュエルとゼイネストの想いを裏切りたくないという強い気持ちもあった。
だけど、分かってしまった。
この世界で、そんな悠長な事は言っていられないという事を。
敵だらけのこの世界で、戦わずに生きることなど出来るわけがない。今こうしている間だってどこかで戦いが繰り広げられていて、命を落としている人間がいるのかもしれないから。
それに、誰かが言っていた気がする―――戦う事は生きることだと。





ただ、『堕天使の呼び声』を使ったとしても、人を殺すつもりは無い。出来る事なら昏睡させるくらいにとどめておくつもりだ。
そしてシャロンには、それだけの力がある。
『堕天使の呼び声』という、戦える力がある。
故にシャロンは、由里への協力を申し出た―――『賢人会議』の野望の為に、無抵抗に殺される人々を救う為に。



由里の話で、『賢人会議』の所業が明らかになった。
マザーコアにされる魔法士達を救うために、暗躍しているという。
だが、その影ではさらに多くの人間の命が失われている。
魔法士一人を救うのに、百人もの人間の命が奪われた場合もあるらしいのだ。
…もちろん、シャロンとしてもそれは許せなかった。
確かに、マザーコアにされる魔法士は可哀相だと思う。
意思も人権も認められずに、ただ、シティを動かすためのエネルギーにされるのだから。
―――しかし、だからといって人間をたくさん殺していい理由がどこにあろうか。
それでは同じ穴の狢。否、数の問題で『賢人会議』の方が間違っているとしか思えない。
加えて、マザーコア無しではシティの人間は一日であの世行きなのだ。
それなのに、マザーコア用の魔法士を奪うという。
これがどういうことかなんて、言わなくとも分かる。
―――人間の大量虐殺だ。


…冗談もほどほどにしてほしいものだ。
―――魔法士を実験動物にするより、遥かに酷いではないか。
だから私は『賢人会議』を倒す、或いは首謀者を捕らえるこの戦いに賛同する。




―――それが『今のところの』シャロンの考えだった。
…だが、その答えを出した時、胸の中にはなんとも言い難いもやもやした感情が残っていて、それは今でも心の中に、とても小さな形ではあるがとどまり続けていた。 この感情が存在する理由は、きっと―――。





「…やめなの」
そこまで考えて、シャロンは頭を左右にぶんぶんと振って考えを打ち消した。
答えは出されている、これ以上、この命題について考える必要など無いと心の中で無理矢理割り切り、思い出してしまったこの命題を終わらせる。
ふと、脳内時計を起動すると、『午前十一時四十八分』という反応が返ってきた。
もうそろそろ、お昼が出来上がるはずだ。
ただ食いでお世話になるわけにもいかないから何か手伝える事はないかと申し出たのだが、由里は『いいよ、気にしないで』と笑顔で言ってくれた。
だが、シャロンとしてもそのまま食い下がる訳にはいかないので、交渉の結果、とりあえずは食後の食器洗いなどの洗濯要員を受け持つ事にした。


「シャロンちゃーん、ごはん――」
そこまで考えて、扉の向こうから少女の声。
どうやらお昼が出来たらしい。
「はーい」
日記帳を机の引き出しに隠してイスから立ち上がり、駆け出す。
ドアノブに手をかけて淡い緑色のドアを開ける前に、後ろを振り返る。
シティ・ニューデリーの空は、今日も偽りの青空だ。
例え偽りでも青空は青空。見ていてちょっと気持ちいい。
そんな中、シャロンは少年と少女の事を思い出す。
互いに支えあって生きていた仲間。
いつか、青い空を見てみたいと言っていた。
その二人の名前は、最早、言うまでもない―――。









(見ていてなの。ノーテュエル、ゼイネスト。
 私はこの世界に、今、確かに生きている。
 そして、あなた達の分まで、絶対に生きて見せるからなの)









そして、踵を返し、部屋のドアを開けて、台所へと早足で向かった。












――― 報 告 と 発 覚  ―――











シティ・モスクワの一室で、幻影No.17――イルは、足を組んでイスに腰掛けて無線で定期連絡を取っていた。
無線の先の相手はデスヴィン・セルクシェンド。
『賢人会議』の行方を捜すために、イルが依頼を申し込んだ傭兵であり、その実力は本物だと一部で専らの噂の魔法士だ。
「…報告は以上だ」
「お、ごくろーさん…しかし、『賢人会議』は結局見つからずじまいかいな。
 やっぱ、神戸方面は外れなんかな〜」
「今日は『2198年10月25日』だから、こっちに来てからまだ五日ほどしか経過していない。
 だから、これからどうなるかはまだ分からないな」
「いや、あいつらの事やから、五日もあればどこかを襲撃するくらいたやすいはずや。
 おれが懸念してんのはまさにそこで、こうしている今でも、あいつらがどこかのシティを襲撃するための準備をしているとなると、心が落ちつかへん」
「流石、何度も戦った魔法士の言葉は重みが違うな。
 明日か明後日あたりには、少し遠征してみようと思う。
 ここ最近I−ブレインをあまり使っていなかったから、休憩は十二分に出来ている。
 少なくとも、元・東京の辺りまでなら往復でいけるはずだ」
「随分と高性能なI−ブレインやな〜。羨ましいわ」
「お前の異端過ぎる能力も、いい勝負だと思うが」
「違わへんな」
お互い、軽く笑いあう。
「…ああ、そういえば、こっちに来てから新しい魔法士二人と出会った。
 中々に初々しいカップルだったな」
「へぇ…初々しいカップルかや…」
カップル、と聞いて、ふと思い出す。
(そういや、あいつらもそうやったな。
 といっても、お互いが片思いやったはずやけど…)
一瞬、イルの顔に影が差す。
今はもうこのシティ・モスクワに居ない二人の魔法士。
片や、イルと共に任務を遂行した事のある白髪の少年。
片や、その白髪の少年が想いを寄せているという、成績が悪い銀髪の少女。
「…」
俯き、イルは黙りこくった。
おおよそ二ヶ月ほど前、イルが任務から返ってきた時に、既に二人は――――、







「ああ、その二人の名前なんだが…確か、ブリードとミリルだと言って…」








「―――――――――なんやてっ!!!!」









デスヴィンの言葉が耳に入った途端、気がつけば知らずのうちに叫んでしまっていた。
「〜〜〜っ!!耳元で怒鳴るな!!」
で、向こうから怒鳴り声が返ってきた。
当然ながら、イルに言い返す権利は無い。
先に叫んでしまったのは他ならぬイルなのだから。
「ああ、すまんかったやデスヴィン…つい…な」
とりあえず、謝っておく。
話を切り出すのはそれからだ。
「…しかし珍しいな。お前がそこで取り乱すとは…まさか、あの二人と何かあったのか?」
鋭い。というか、これは寧ろ分からないほうがおかしいか。
胸に湧き上がる期待感を必死で堪えて、イルは目の前の出来事に、すなわち、デスヴィンとの会話に集中する。
依頼主として、無闇な会話の脱線は避けなくてはならない。
いつもの調子の声で、会話を続ける。
「ああ、だけど、ちょいと確認せなあかん。
 だから正直に答えてな…そいつらもしかして、白髪の男と銀髪の女の組み合わせやなかったか!?」
数瞬の沈黙の後に、
「…ああ、確かにそんな感じだったな。
 強いて言えば、少年の方はなんというかありがちな髪型だったが、少女の方は銀髪の長い髪を二つに分けていた。
 …少し待ってくれ、今、I−ブレインの記憶から映像をプリントアウトする」
気の利いた返答が返ってきた。
「助かるわ。そうしてくれへんか」
「分かった」
続いて向こうから機械音。
ガガ―――、ぴぴ―――。
そして、『ぶ〜ん』という音と共に、プリンターから黒いインクにより文字が打ちこまれた紙が排出される音。
「後はこれをこうして…と」
がーがーがー。
再び聞こえる機会音。
「今からファクシミリで送るから、受け取ってくれ」
「りょーかいや」
同時に、手元のファクシミリのコールランプが点滅。
デスヴィンがプリントアウトしてくれた画像が、鮮明なまま送られてきて、
「―――」
…声がでなかった。
悲しいからではない、嬉しかったからだ。
死んだと思っていた魔法士が生きていたという事実。
嬉しさのあまり、思わずガッツポーズをとってしまったくらいだ。
だが喜んでばかりもいられない。まずは報告が必要だ。
「…届いたで。
 結果から言うと―――大当たり。どっちもうちのシティの魔法士や。
 ブリードはシティ・モスクワ最強の『氷使い』で、ミリルは…まあ、ちょいと勉強が苦手な『風使い』や。
 んで、先日、侵入した賊とやらに殺られて死亡って、確かに書いてあったんや…」
そうだ、イルは覚えている。
任務から帰って来て、ブリードとミリルの『死亡』という文字を見て、がっくりとうなだれた事を。
「…そう、だったのか…」
唖然とした声が返ってきた。
「そうや、だけど…」
だが、現実は違った。
デスヴィンの話が本当なら、二人は、遠く離れた神戸の地で生きていた事になる。
どういう経路でそうなったのかは想像もつかないが、とにかく、嬉しい事だけはまちがいない。
「あいつら…生きていたんや!!」
「…話の内容から察するに、あの二人はお前の知り合いだったのか。
 という事は、偶然とはいえ、俺をシティ・神戸の跡地方面に派遣したのは正解だったかもな」
「ああ、そうや!!
 くぅ〜〜、悪い事の後にはいい事があるってのはほんまやなぁ!!
 あ、一応言っておくと悪い事っていうのは『賢人会議』との戦いの事やで」
「…で、次に悪い事が起こる、というわけだな」
「それ言うなや〜」
デスヴィンの言っている事は真理というに等しいが、それでも、出来る事なら今はそれを言って欲しくはなかった。






それから十数分かけて打ち合わせを終えて、イルは無線のスイッチを切る。
緊張の糸が切れて、ふう、と軽く息を吐いて、イスに座ったまま天井を見上げた。
「いつ…会いに行けるかいなぁ」
気がつけば口にした、そんな言葉。
あの二人が生きていたという事実は、イルの心を大きく動かした。
「…ま、その前に『賢人会議』との決着つけなあかんけどな」
机の上に置かれた一枚の写真を手に取り、目の前に持ってくる。
くっきりとした高解像度の写真に写るその姿は、黒髪ツインテールの少女のもの。
互いの正義をぶつけ合ったあの戦いで、未だに決着をつけれなかった。
だが、今度はそうはいかない。
次にであった時が、決着の時。
「…今度は負けへん…例え殺してでも止めて見せるわ…『賢人会議』」
そう言うと、イルは写真を机の上に戻して、まるで血塗られたものを見るかのように自分の手を見つめて、その手を力強くぎゅっと握り締めた。




いくら『賢人会議』の長―――サクラの持つ能力が『シュレディンガーの猫は箱の中』のコピーといえども、イルのように攻撃を透過させる事は出来ない筈だ。





ならば狙いはただ一つ――――弱点を狙うだけ。









決意と共にイルは立ち上がり、窓から見える偽者の空を、強い意思をこめた瞳で睨み付けた。




















<To Be Contied………>













―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―












ノーテュエル
「やったぁぁぁぁ!!しゃ、シャロンが生きてたわぁ―――――ッ!!」
ゼイネスト
「ああ!!生きていた!!
 元気な姿で、シャロンは生きていた!!
 これほど嬉しい事が、どこにあるっていうんだ!!」
ノーテュエル
「こうなると、由里には感謝しないといけないわね。
 もし由里があそこに居なかったら今頃シャロンは…」
ゼイネスト
「やめろ…想像したくない」
ノーテュエル
「…ごめん、私も言ってからそう思った」





ノーテュエル
「だけど、シャロンは戦う道を選んじゃったのね…」
ゼイネスト
「…もう、俺達は何も言えないけどな…言いたくても言えないのだから…」
ノーテュエル
「と、とにかく、湿っぽい話は置いとくわよ!!
 さあ、いつものキャラトーク開始!!早速ゲスト召還スイッチをポチっとな!!」
ゼイネスト
「…」(最早、止める気すら失せたらしい)
ノーテュエル
「さぁて、誰が来るかな?」









エクイテス
「………呼んだか、かつて『もう一つの賢人会議』に所属していた二人」








ノーテュエル
「―――ってアンタか――――っ!!!」
ゼイネスト
「お久しぶりです。長よ」
ノーテュエル
「って、何いきなり改まってんの!!」
ゼイネスト
「って、お前、今目の前にいる方が、俺達に比べてどれほど位が高いかわかっ―――」
エクイテス
「構わん…こうなってしまった以上、長も何もあったものではないだろう」
ノーテュエル
「そーそー」
エクイテス
「…ただ、お前はもう少し場の空気を読む能力と、目上の者に対する礼儀というものを身に着けるべきだがな」
ノーテュエル
「ぐ…」
エクイテス
「―――それにしても、物語とは分からぬものだ。
 生存が絶望視されていたシャロンが生きていたとはな」
ノーテュエル
「何言ってんの。RPGでもよくあるじゃない。
 行方不明者は生きているっていう法則が」
ゼイネスト
「茶化すな」
ノーテュエル
「うわーん!二人がかりでいじめってひどい〜〜〜!!」
エクイテス
「まだ掘り下げが行われていないのは…クラウとイントルーダーか。
 今頃、必死でシャロンを探しているのだろうな」
ゼイネスト
「そして、早いうちに再開してもらいたいところですね。(目上相手ゆえに敬語)
 シャロンにとっても、クラウやイントルーダーにとっても…」
ノーテュエル
「ちょ、待ちなさいよ!!
 私の事、華麗にナチュラルスルー!?」
エクイテス
「…なんだ、かまって欲しかったならそう言え」
ゼイネスト
「長…」
エクイテス
「エクイテス、でいい」
ゼイネスト
「では、エクイテス…もしかして、本当に気づいていらっしゃらなかったのですか?」
エクイテス
「ああ。
 どうやら、俺はそういった事に疎いようでな」
ゼイネスト
「お気持ちは察します。
 そして、アレがノーテュエルの普段なのです。
 俺はもう慣れましたが、流石に、耐性のない貴方では理解に時間がかかるのも無理はないかと」
ノーテュエル
「朴念仁っていうんだっけ?こういうの。
 もー、そんなんじゃ彼女も出来な…」
エクイテス
「…ゼイネスト」
ゼイネスト
「何か?」
エクイテス
「…少々、ノーテュエルにお仕置きをしたほうがいいか?」
ゼイネスト
「仰せのままに」(即答)
ノーテュエル
「え!?ちょ!?待って!
 こんなか弱い乙女にお仕置きって…なんかそれ、凄く物騒な感じなんだけど!?
 嫌よやめて寄らないで近づかな…」






エクイテスは無言でノーテュエルに接近し、逃げようとしたノーテュエルの襟首を掴んで





エクイテス
「ふんっ!!!王牙烈震掌―――ッ!!!」(63214+強攻撃)
ゼイネスト
「おおっ!!見事なコマンド投げ!!」
ノーテュエル
「ゆ、許して〜〜〜〜っ!!せ、世界が回るぅ〜〜〜〜〜」






エクイテスがノーテュエルの襟首を掴み、その腕を反対側へと動かした瞬間には、ノーテュエルは背中からたたきつけられていた。
ダメージは4300…体力のMAX値が15000だから、けっこう大きめなダメージである。
(ノーテュエルはそれほど防御力低いってわけじゃないし)
…って、何故いきなり格闘ゲームみたいなシステムになっているのだろうか。





エクイテス
「…こんなものか」
ゼイネスト
「いい薬かと」
エクイテス
「お前が望むなら『秘臥・絶永塵』でも良かったが」
ゼイネスト
「ダメージ6500越えのMASTER DRIVE(要するに奥義技)ですか…流石にそれは堪忍した方がよろしいかと」
ノーテュエル
(今の言葉は禁句だったのね…これから気をつけよう。
 …うう、それにしても背中が痛いよ〜〜)
エクイテス
「…ちなみに次回は『迷える龍』だ。
 この命題からして、誰の掘り下げかは分かるであろう。
 …頑張れよ、俺が認めた弟よ」
ゼイネスト
「レシュレイが弟…何か、妙な違和感を感じるのは俺だけでしょうか?」
エクイテス
「無理も無いかもしれんな。
 俺達が兄妹だと判明したのはかなり後半で、兄妹らしいスキンシップも無かったからな。
 …ああ、一度でいいから兄として、二人を肩に乗せて歩いてみたかった…」
ゼイネスト
「心中、お察しします」
エクイテス
「心遣い、感謝する。
 …それでは、この物語を読んでくださった紳士淑女の皆様方と、また会える時があらんことを」
ノーテュエル
(す、すっごい堅苦しい終わり方だわ…)


















<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>







今回、エクイテスがキャラトークに出陣です。
といっても、本編とやってること変わらないけど。
まあ、絵に書いたとおりの朴念仁だしな。エクイテス。




シャロンの無事が確認されたり、由里の目的も少しずつ明かされてきたりと、物語は少しずつ進んでいます。
次は…第六話にしてレシュレイメインのお話です。
しかし第六話でやっと本格的な出番って…レシュレイ、アナタ主人公なのに…(泣)。














ではでは、それではこの辺で。







○本作執筆中のBGM
…前回と同じです(汗)。







<作者様サイト>



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