FINAL JUGEMENT
〜小さな出会い〜













どう生きても、たどり着く終焉はみんな同じ。

ならば、どうやって人生を過ごそうか。



悩み、苦しみ、そして見つけるのが己の道。

今はまだ見つからなくとも、いつか――――。






























常時雪国に等しいこの世界において、今日は、珍しく吹雪が止んでいる。
今居る場所はシティ・神戸付近。
景色は国を問わずに一切合財が同じという、ある意味での無個性地帯。











二千百八十六年、第三次世界大戦が勃発した。
当時の、そして今の人々の脳裏に今も尚残っているだろう。
そして大戦は二千百八十八年に終結し、今の世界体制が出来た。
世界に存在する七つのシティ。その内、シティ・神戸は滅び世界から消え、今現存しているのは六つほど。
それにしても――、
「どこに行っても変わらないな、この景色は」
白銀の世界を見やり、デスヴィン・セルクシェンドはため息と共に一人ごちる。
百八十センチ近い身長には、藍色を基調とした戦闘服バトルスーツ)
装甲の類などはついていない為に防御面で多少の不安が残るが、耐火耐熱仕様はもちろんの事、寒さにも耐え切れる特殊な素材で作られている。
青紫を基調としたマントは足元付近までの大きいもの。
髪の毛は右側だけが思いっきり長くて、右目を覆い隠すように伸びている。
ちなみに、瞳の色は透き通るような青だ。







ぎゅ、ぎゅ、という音と共に雪を踏みしめて歩きながら、手に握り締めた相棒『ルードグノーシス』を見やって、
(―――全く、難儀なモノを武器にしてくれたものだ。顔すら知らぬ俺の製作者よ)
ため息を一つ吐いた後に、視界を再び白銀の世界へと向ける。
手に持つ武器の形状は―――鎌。
黒を基調としたその刀身は、世間一般に伝わる鎌とは一線を駕した歪曲した形状をしており、寧ろ禍々しさすら感じさせる。
正直、これが本当に『騎士剣』なのかと聞かれたら、デスヴィンとしても素直に頷けないのが本音。
鎌という武器はその構造の都合上、扱いが難しいのが特徴だ。
斬れるのは先端のみで、懐に入られたら一巻の終わりという、扱いが非常に難しい武器。
だが、故にそのリーチは長く、中距離戦に特化した武器だとも言える。
また、今では流通すらしていない特殊金属で精製されたために、マスターであるデスヴィンの命令により、その存在を『霧』へと変えて、腰の小さな特別製の携帯袋に入れることが出来る。
これにより、街中でも武器を手に持ちながら歩く必要もないし、何より、周囲の目を気にする事もない。
実際、白昼堂々と鎌を持って歩いている人種がいたら、普通に何事かと思うだろう。
この辺に関しては、素直に製作者に感謝したいところだった。




もし、自分と同じで鎌を使う騎士か何かがいたら気が合いそうだなと、デスヴィンは心の奥底でどうでもいい事を考えたが、その考えはすぐに霧散していった。
元より、不要な思考はすぐに忘れる主義だ。






代わり映えの無い世界を、そのまま歩く事十数分。
「―――ぐ」
何の前触れも無く、ズキン、という音と痛みが、デスヴィンの右目を襲った。
青色の髪の毛に隠れた、もう見えないはずの瞳。
反射的に右目を押さえて痛みを耐える。痛覚遮断を使えば話は早いのだが、この程度の事で安易に使うのは憚られた。
この痛みの原因など分からない。
なぜなら、この痛みは不定期に突然襲ってくるのだから。
そして、この痛みが襲うたび、デスヴィンの脳内にある嫌な記憶が否応無しに思い出される。
―――"第三次世界大戦"に参戦していた頃の記憶が。





第三次世界大戦にデスヴィンが参戦していたのは、大戦終結の三ヶ月ほど前からだった。
大戦で崩落した、すでに存在しないシティ・ロサンゼルスで作成されたデスヴィンは、作られてすぐに戦場という横暴に命のやりとりをされる地獄に放り出された。
後はがむしゃらに敵とおぼしきものを全て斬り、ただがむしゃらに生き残ろうとした。
順応も何も無かった。ただ生きていたいという思いだけが、デスヴィンを突き動かしていた。
今思うと、よく生き延びれていたと思う――というより、
「右目を失った程度で済んだのが、上出来だったかもな…」
灰色の空を見上げながら、一人ごちる。
「っ――――また!!」
治まってきた筈の痛みが再発し、再び右手で右目を押さえる。
あの時の事を思い出すたびに、光を失った右目がずきずきと疼くのだ。
―――痛みなど、もう無いはずなのに。




全ては、大戦終結の一ヶ月ほど前。
寝込みを襲われ、不意を打たれた。
気づいたときには、もう遅かった。
一瞬で右目から光が消えて、視界が狭くなった。
咄嗟に手に持つ鎌を振り、不意を撃ってきた相手を必死で退けさせたが、右目に光を戻す事は出来なかった。
だが、作成時のバグなのか元々右目の視力が弱く、コンタクトに頼らなくてはいけなかったため、遅かれ早かれ見えなくなっていた――そう思うことで、自分を誤魔化した。
今では、群青に近い色の髪の毛の右の部分だけ器用に長くして、右目を覆い隠している。
見た目的にも少しはかっこいいかも、と思ってやってみたのだが、思った以上に成功だったな、と密かに思ったのは秘密だ。
その後、しばらくすると、やっと痛みがひいてきた。それを確認して右手を離し、灰色の空を見上げて再びごちる。
「戦うために生み出された命…か」
十年前まで、それがデスヴィン・セルクシェンドの生きる理由だった。
それを失ってからはや十年。にもかかわらず外見年齢は二十二歳。
つまり、十二歳の外見年齢で大戦に投入されたという事になる。
否、戦うために作られた魔法士に、外見上の年齢は関係なかったのだろう。
大事なのは全体の戦果であり、個人の死など気にも留められない。それが戦争だ。
あの戦いで、多くの魔法士が死んでいった。
その中には、当時の自分の年齢よりもさらに幼い少年少女も含まれていた。
今頃生きていれば、どんな人生を歩んでいたのだろうか。
――まあ、そんな『IF』なんて考えていても仕方が無い…。
頭を振って、考えを打ち消す。
他人の事を考えていられす余裕など、今のデスヴィンには無い。







「しかし…デスヴィン…か」
誰にともなく、一人ごちる。
…一人になってから、誰もいないところ限定でだが、独り言を言う癖がついてしまったな、と思う。出来る事なら何とか矯正したいところだが、今はそんな事を考えている余裕は無いのでいつになるかは分からない。
「相変わらず言いにくい名前だ…」
続けて出たのはそんな言葉。
我ながら歯切れの悪い名前だと思うのだが、せっかく生みの親がつけてくれた世界でただ一つの名前なので文句は口に出さない。
孤児に等しいデスヴィンの、唯一の『誰か』との接点といえるのだから。







それからさらに歩いた。
見渡す限りの白銀の世界。
世界の時が止まってしまったような、高速道路で同じような景色が延々と続くような、そんな感覚。
「…む」
立ち止まり、I−ブレインを起動。
「もう、こんな時間か…」
脳内時計が『午後二時四十七分』を告げた。日本の地に足を踏み入れたのが今日の午前九時過ぎの事だから、あれから六時間近くが経過しようとしている。
全てが灰色に覆い尽くされたこの世界において、一見しただけの昼夜など違いも区別も何もあったものではないが、それでも人々は『朝』と呼べる時間帯に起きて、『夜』と呼べる時間帯には眠りに落ちる。
一度身についた生活習慣と言うものは、この世界でも有効らしいと再確認して、再び歩みだす。







しばらく歩くと、ただっ広い荒野へと足を踏み入れたことに気がついた。
周囲を見渡すと、金になりそうなものは根こそぎ持っていかれていた。
その惨状から、ここが元々どこだったかが容易に理解できた―――シティ・神戸だ。
「この辺りにシティ・神戸があったんだったかな…」
周りに人の気配が無いことを確認して、一人ごちる。
それは、今年の二月に謎の巨人の暴走により崩壊した、世界に七つしかないシティの一つ。
そしてその騒動には、『悪魔使い』と『大戦の英雄』が関わっていたという話も有名だ。
…だが、出来ることなら、会いたくは無い。
有名人に出会ってサインを貰うのとは、話の次元が全く違う。
こんな世界情勢だ。出会った時の状況によってはいきなり斬りつけられかねない―――まあ、この二人がそこまで好戦的な人物ではないと思いたいが。
大戦を生き抜いたこの腕を信じていない訳ではないが、そこまで名の知れている相手にわざわざ出会っても何をすればいいのだろうか。
(…まあ、出会う確率は天文学的に低いがな)
いずれにせよ、こんなことなど考えていても仕方がないと言う結論に達し、その考えを追い払って歩みを再開した。




刹那、『どうして自分がここにいるのか』という理由を脳内で再確認する。
「……」
当初の目的を思い出すべく、I−ブレインから記憶のログを引っ張り出す。












―――回想が、始まった。













事の起こりは二週間前。
デスヴィンは傭兵としてシティ・モスクワでの依頼を終えて、雇い主からの報酬を貰い受けた後に、すぐにその場から去ろうとした。
今回の雇い主は、今までの中では比較的まともなほうで、待遇もそれなりに良かった。
が、それは見せかけだけ。
その実、裏を返せばただの小心者であり、待遇が良かったのは傭兵の反乱を恐れての事だろう。ノイズメーカーがあったとしても、ただの人間と魔法士とでは、戦闘能力の差は歴然だ。
加えて、依頼の事もあり、雇い主はデスヴィンを粗雑に扱うことは出来なかった。
何故なら、今回の依頼は、五百キロほど北に離れた場所にある発電プラントの確保。
ここから百キロ先にある、雇い主の村の生活を支えている発電プラントが機能停止寸前なので、そのプラントの確保に人員が必要らしい。
その程度の事でどうして依頼が来たのかというと、そのプラントは、野党と化した犯罪魔法士らによって取り押さえられてしまっているからだ。
彼らは発電プラントに巣くい、雇い主の村に『村中の女をくれたら、住ませてやってもいいぜ』などというふざけた記述が書かれた紙を送ってきた。
無論、雇い主の村が賛同するわけが無い。
だが、雇い主の村には、魔法士相手に対抗できる手段が無かった。




軍が動くわけは無い。
プラント自体、シティのエネルギーをこっそりと頂いて動いているようなものだ。(全てのプラントがそうとは限らないらしいが)
こんな状態で軍なんかに依頼したら、三日以内に軍の刺客がやってきて、村人全員が皆殺しにされるのは火を見るより明らかである。





だが、このままでは雇い主の村の人々は全滅する。
その為に、雇い主は傭兵を募集したのだ。






それも、ただの人間ではなく、魔法士に抵抗できる存在である―――魔法士の傭兵を。






魔法士という大前提が存在したためか、集合の日には、指定の場所にデスヴィン一人だけが到着。
依頼を完遂するためにその日のうちに問題のプラントまで向かい、巣くっていた犯罪魔法士どもを一網打尽にした。
無論、あちらも魔法士。デスヴィンが近づくやノイズメーカーを起動させて、そのくせ、自分達はそのノイズメーカーを無効化する特殊デバイスを装備して襲い掛かってきた。
だが、デスヴィンとて大戦を生き抜いた魔法士。こういう時に使われるノイズメーカーがどのタイプなのかを即座に見切り、特別製の無効化デバイスを使用して、相手と同じ条件で戦闘を挑む。
相手の魔法士は、『人形使い』が三人に、『騎士』が二人、そして『炎使い』が二人だ。
だが、戦闘条件さえ同じなら、デスヴィンがこの程度の相手に後れを取るわけがない。
後は、『運動能力制御』と『知覚能力制御』だけで十分だ。
ちなみに、運動能力は通常の30倍、知覚能力は通常の60倍まで強化出来る。
尚、『自己領域』も所持しているが、使う必要性は殆ど無いので、切り札的存在に考えておけばいいだろう。





戦いは、あっさりと終わった。
ノイズメーカー無しでは、犯罪魔法士らがデスヴィンに敵う理由が無かった。
その理由は、純粋な戦闘能力の差と、戦闘所要時間が物語っていた。





最初の一撃で『人形使い』を二人ほど斬り捨て、次いで遠距離攻撃担当の『炎使い』との距離を一メートルまで縮めて、一度に二人とも斬る。
同時に、左右両面から襲い掛かった『騎士』の攻撃をさらりとかわすと、全力で斬りかかってきていたらしい二人の『騎士』は、減速が出来ずにお互いを斬りあって絶命。
はたから見ると、馬鹿の見本のような死に方だ。
そして最後に、敵わぬ事を理解し、背中を向けて逃走していた最後の『人形使い』との距離を、現実時間にして一秒足らずでゼロにして、心臓に一撃を加え絶命させて、依頼完了。
戦闘所要時間、現実時間にして三秒にも満たない。
(最も、一秒の間に数千の足音を刻む事が出来るなら、当の魔法士にとっては、その三秒が三分にも感じられる)
そして、その三秒で七人の魔法士が全滅である。
雇い主はデスヴィンの戦闘能力に驚愕した。








そして、大成功のうちに契約は終了し、その後にデスヴィンはシティ・モスクワによって何か無いか見て回っていた。
数十分後、特に買うべきものが何も無い事を知ると、踵を返して外へと向かった。
だが、その途中で、聞きなれない声に呼び止められた。












「―――よ、お前さんが『デスヴィン』かいな?」












振り向いた先には、白髪でサングラスをかけた十代後半とおぼしき少年の姿。
初対面のはずのデスヴィンに対して、実にフレンドリーに手をあげていた。
「…」
どうリアクションしていいか分からずに一瞬戸惑ったが、次の瞬間には素早く状況を確認。
周囲に人の気配は無いが、ここが人目につく可能性は十分あるという事を理解。
そして、次の瞬間には目の前の少年を見据える。
外見年齢は十七歳ほど。
白いジャケットに隠れていて見た目では分からないが、その鍛えられた肉体の存在が分かる。
少年の体から無言のうちにあふれ出す『戦士としての闘気』がひしひしと肌に伝わり、デスヴィンは直感で『こいつは強い』と確かに感じた。
「…だとしたら、何か、用事でもあるのか?
 だったらここでは人目につく。こちらで話そう」
聞き返しながら、デスヴィンは人目のつかないところへと移動。
「ま、おっけーや」
陽気な返事と共に、相手の少年もそれに続く。
普段ならいきなり聞かれても無言で対処するデスヴィンだが、相手の少年がデスヴィンという名前を知っている以上、下手に誤魔化しても意味など無い。
しかも単刀直入に名前を出してきたとなれば、おそらく、デスヴィンの事は調べつくされているだろう。
なら、さっさと依頼の内容を聞いたほうが、時間を節約する意味でもましだ。
「あー、あっさり認めたやな。なら話は早いで…ちょいと、極秘に受けて欲しい事があるんや」
「依頼の系列は?」
「人探し。但し、傷つけても殺しても可…なんやが、出来れば殺さないで欲しいけどな。
 動けないくらいに傷つけてくれるのがちょうどいいってところや」
「また難儀だな…で、期間は」
「おれが死ぬまでや」
なまりの強い関西弁で少年は語る。
あっさりと出たその言葉に、知らずのうちにため息が出た。
が、いちいち気にしないで話を進める。
「…またいい加減だな…まあいい、さらに一つ質問だ。報酬は?」
「アパートの部屋を一つ、前払いで。
 で、成功したら…」
少年の口から出たその天文学的な額にデスヴィンは一瞬驚いたが、すぐに平静を装って聞き返す。
「…その額となると…相手は相当な使い手らしいな…その相手の名前は?」
少年は一瞬だけ『溜め』を作って、その名前を告げた。










「…『賢人会議』や」










デスヴィンの呼吸が、一瞬だけ止まった。
その名前には聞き覚えがある。
今や、世界のあちこちでその名前を広めている、正体不明のテロリスト。
だが、何故そこでその名前が出てくる?
デスヴィンの疑問を氷解させるかのように、少年は自嘲ぎみの笑顔で告げた。
「シティ・モスクワはシティ・メルボルンと、一時的とはいえ協力したんや。
 で『賢人会議』と、シティ・メルボルンで大規模な一戦やらかして、結局逃がしてしもうた。
 しかもバックにはあの『天樹真昼』がおったで」
「成程…そいつは厄介だな」
デスヴィンの頬を冷や汗がつたう。
天樹機関の名は世界に知れ渡っている。その名を持つ以上、相当の実力者と見て間違いないだろう。
「そういえば噂に聞いたな。
 シティ・メルボルンでの大規模戦闘の話を。
 で、その正体はそれだったのか。確か、まだ世間的には公表されていないはずだな」
「ま、世間に広げたら混乱起きんのが目に見えとるやからな。今んとこは軍が全力で隠蔽しとる」
「妥当な判断だな。
 そして『天樹真昼』…情報制御理論に精通した科学者の一人か。
 また厄介なものを味方につけたな…『賢人会議』も」
「そうなんや〜、お陰で、後一歩ってとこで逃げられたんやで〜」
「…しかし、それなら何故、わざわざ神戸を指定する?
 他に『賢人会議』の逃亡の可能性のありそうな場所は、結構あると思うのだが…」
「あ、それなんやけどな。
 今、神戸の方はシティが無くなったせいで、逃げるには好都合の場所や。
 それに…神戸は、天樹真昼の出身地や」
「成程」
少年の筋の通っている理論に感心し、デスヴィンは頷く。
「…で、お前さんにはそこの調査を頼みたいわけや。
 連絡は…この特殊無線で十分やろ」
白いジャケットのポケットから、小型のトランシーバーのような無線機が取り出され、デスヴィンの手に渡される。
「ああ、これなら十分に使い方が分かる。
 …しかし、それはいいが、何故俺にそんな事を頼む?
 自分で言うのもなんだが、俺は世間的には全然知名度が低い男だ。『大戦の英雄』等とは違ってな」
「ま、お前さんは、自分が思っているほど無名の傭兵じゃないってことや。
 で、これが『賢人会議』の長の写真や」
差し出された一枚の写真を受け取り、
「…まだ子供じゃないか」
デスヴィンの口から出た第一声はそれだった。
「ま、そう言いたくなるのもしゃーないわな。
 せやけど、これは事実や。このぺたんこ女が『賢人会議』のボス―――『サクラ』や」
「…殺されるぞ」
「覚悟の上や」
自然と、笑みがこぼれた。
「面白い男だな、お前は。
 そしてこの『サクラ』をぱっと見て思ったんだが、気の強そうな顔をしているな…。
 ――そういえば、お前はこいつと出会ったと言っていたな。
 一つ聞くが…こいつは、何が何でも目的をやり遂げるタイプか?」
「お前さん、目の付け所がいいわ。
 紛れも無く正解や。そいつは、魔法士一人救うために、何千人もの人間を平気で殺しよるからな。
 まあ、そいつなりの正義あっての事らしいがな」
な、と言おうとして、その言葉を飲み込んだ。
『賢人会議』のテロ行動は知っていたが、その活動内容までは知らなかったために、かなりの衝撃に襲われたのだ。
「…大丈夫かや?」
デスヴィンが頷き返したのを確認してから、少年は続ける。
「…そいつな、自分のやってることが正しくないと知っててやってるんや。
 正直、正気かと疑ったし、あるいは、脳がイカレてんのかとも思った。
 けど、どっちも違った。
 そいつな、自分は正気やとはっきりと告げよったわ。そして、世界を敵に回してでも生きると言ってたで」
「…分かった。それだけ聞けば十分だ。
 契約は成立。骨の折れそうな仕事だが、至急、シティ・神戸へと向かおう」
「そか、お前さんの物分りが良くて助かったわ。
 おれも忙しい身でな。そろそろもどらなあかん。
 そいじゃ、この辺で失敬するわ」
そう言って、少年は踵を返す。
「ああ、待ってくれ」
最後に一つ、聞き忘れたことを思い出し、デスヴィンは少年を呼び止めた。
「ん?」
振り向く少年。
「最後に一つ、お前の名前は?」
「ああ、おれの名前か…そういや、言うの忘れ取ったな。






―――――――――幻影イリュージョン).No17…イルと呼んでくれや」







その時、デスヴィンははっ、と息を呑んだのを、今でも覚えている。
その僅かな間に、少年は姿を消した。
後には、誰も居なかった―――。











「……」
回想は、ここで終わった。
「まさか、『幻影』自らが来るとはな…それほど、状況は切迫しているらしいな」
思い出すだけで身震いする。
デスヴィンに極秘依頼をする為に接触してきたのは、シティ・モスクワ最高峰の魔法士と名高い幻影No.17。
正直、依頼を断らなくて正解だったと未だに思う。断ったところでイルが敵に回ることは無いだろうが、こういう場合、恩を売っておくに越した事はないからだ。
「…と、回想に耽っていたらいつの間にか突っ立っていたな…」
その瞬間、我に返ったデスヴィンは再び歩き始めた。
さっきまで立ち止まっていたにもかかわらず、歩く速度は全く変わらない。
鍛え上げた足は、この程度ではびくともしない。少なくとも、あと数時間は歩けるだろう。














それからどのくらい歩いただろうか。
脳内時計は『午後三時五十九分』を告げたが、万歩計を持っているわけではないので、実際歩いた距離は分からない。
その時だった。
「…ん、あれは…プラントか?」
左目しか見えない視界に入ったのは、ドーム状の建物。
戦後、あちこちで目にする集落のようなもの―――とでも言えばいいのだろうか?
余程の事が無い限り、外部からの来客も受け入れてくれる筈。世界は助けあう事で生きているのだ。
そして、元より、デスヴィンがイルから言い渡された家は、あのプラントにあるのだ。
そう思った次の瞬間には、自然と早足になっていた。















――― * * * * * * ―――













「これは――――」
プラントの中は、人間にとっての適温に調整されていた。
考えてみれば当然だろう。大量の人間が住んでいるのだ。人が生きていける環境でなくては意味が無い。
前にこういったところに寄ったのはいつのことだったかと考えて――実に一週間ぶりだったということを思い出した。
感慨にふけりながらしばらくの間、プラントの中を歩いてみる。
ここの人間達は魔法士を見慣れているらしく、デスヴィンを見ても特に驚くことは無いようだ。時折背後から視線を感じて振り返ると、なにやら焦って身を隠す女性とか、井戸端で会議する主婦達の姿が目に入った。
(何故、そうもこそこそしているんだ?)
一応、疑問には思ったが、ここに来たばかりのデスヴィンが下手に関わる必要も無いと判断して、そのまま足を進めた。




…全般的に女性のことに対して鈍いデスヴィンは、全くと言っていいほど気づいていなかった。
女性達が話していた主な話題は、デスヴィンのその外見についてだったということに。




見渡せば、色々な人間がいた。
店頭で大声で魚を宣伝する大柄の男。
カウンターの上で眠りこけている洋服の仕立て屋。
厨房からガチャーンと皿の割れる音がした料理店。またか、と言う声と共に顔をしかめて青筋を立てて厨房に駆け込むコック帽の店主。
人のよさそうな女性店主が経営する雑貨屋など、店の種類も店主の種類もバラエティに溢れている。
そして、雑貨屋の隣には焼き鳥の屋台があった。
どうせ合成肉で出来ているのだろうけど、食べないよりはマシかと思い、十本ほど購入した。
実は、この『焼き鳥』という食べ物をかなり気に入っていたりする。
元々ロサンゼルスで生み出されたデスヴィンはアメリカ人だ。そうなれば当然、日本の料理である『焼き鳥』に縁がある筈は無い。
だが、きっかけは大戦中に訪れた。
終戦から二週間ほど前に見張り役をしていた夜に、大戦中の仲間の一人から「腹が減ったから、これで腹ごしらえでもしようぜ」と言われ、その時になって初めて『焼き鳥』を口にしたのだ。
―――その時『味を忘れる事は、きっとこの先無いだろう』と素直に思った。
それが、デスヴィンが焼き鳥を好きな理由だ。


――食べてみると、あの時のあの味には及ばないが、それでも十分に美味いといえる出来ではあった。
(こんな世界でも、活気に満ち溢れているのか…)
今更ながら、そんな事をしみじみと思う。
周りを見渡してみると、そこにあるのは笑顔ばかり。
大戦中や、傭兵として軍の人間の下についていた頃には、決して見ることの出来なかった光景。
それは、この世界の行く末が滅びであると本能的に理解している、或いは予測しているからだろう。
だが、この世界が滅亡に向かっていると知っていたとしても、人々は決して笑顔を忘れていない。
生きる意味――デスヴィンが探しているそれを、ここの住民みんなが持っている…そんな気がした。
同時に、心の中に浮かぶ葛藤。
反射的に、頭を抱える。出てきた言葉は一つ。
―――俺は、何の為に生きている?
今まで幾度も考えて、結局答えが出ていない問いが、脳内に思い出された。
戦う為に生み出された自分。
戦いに生きてきた人生。
終結した戦争。
そして、傭兵として戦いに明け暮れる日々。
全てにおいて命のやり取りを繰り返してきただけだ。
―――なら、その後には何があるのか。
「…何が、あるんだろうな。
 …そして、俺は、何の為に生きているんだろうな…」
ため息一つ。自虐的に呟いた後に考えを切り替えて、デスヴィンは立ち上がった。






脳内時計が『夜八時二分』を告げ、町は静けさに包まれた。
あれから町を一周したところ、雑貨屋の近くにアパートを見つけた。
そして、その中の一室がイルの手引きした部屋だった。
尚、イル曰く『断ったらシティに言いつけるって言ったら、あっさり承諾してくれたんやで』との事らしい。
そういえば、デスヴィンの名前を出した時に、管理人の女性の顔が真っ青になったのを覚えている。
…お気の毒に。
一瞬だけだが、そう思わずにはいられなかった。





この部屋は台所などが一通りそろっており、基本的な生活を送る分には問題は無い。
痛んでいるクローゼットにマントをかけて、白いシーツがしかれたベッドに横たわり、全身の力を抜く。
ふう、というため息と共に、気持ちがいくらか楽になった。
――これが、平和か。
強化カーボンの天井をぼうっと見つめながら、デズヴィンはそんな事を思った。
デスヴィン自身、正直。戦いに疲れていた。
大戦中、幾多もの戦場で見たものは―――武器、血、冷たくなっていく体、亡骸。
場所を問わずに起こる生憎劇。
返り血に塗られた騎士剣を持ち立ち尽くす勝利者。
物言わぬ亡骸と化した敗者と、愛する人の亡骸にすがって泣く者。
愛する人を殺したそいつを殺し、そいつの恋人に殺されるという殺戮の悪循環。
何かを得た、そして何かを失った。
全てはそれの繰り返しかつ無限ループ。脱出口はとうに欠落している。
それ即ち永遠への回帰に候。









―――だが、現実には永遠など無い。
故にこの『永遠』は、第三次世界大戦終結と共に終わりを告げた。











「…っ」
刹那、ちょっとした寒さを感じて布団をかぶった。
I−ブレインを起動して体温を調節すれば何てことは無いのだが、こんな事でいちいちI−ブレインを起動するのも馬鹿馬鹿しい。
眠りにつこうとして、脳内に様々な考えが浮かぶ。そして、戦後のこの世界の酷さを改めて思い出した。
何処に行ってもパン一切れ、燃料一滴の為に毎日が戦争だ。
五歳の子供に銃を突きつけられたりもした。
さらに、あちこちで突発的に起こる戦い。いつ、命を狙われるかも分からない。
その点では、ここは平和そのものだ。もしかしたらいつの日か何らかの事件に巻き込まれるかもしれないが、それまでの間でも、戦争で廃れた心を癒すには十分かもしれない。
…明日は、何をするかな。
いつもなら余裕を持って考える事が無い筈の『明日の予定』を模索しているうちに、眠りに落ちてしまった。















―――* * * * * *―――













このプラントに来てから三日が経過した。
手持ちの食料が切れたので、デスヴィンは買出しに出かけた。
イルからの依頼は一向に達成できていない。まあ、焦る必要は無いだろう。
何しろ、もし『賢人会議』がここに居なかったら、達成できるわけが無いのだから。


とりあえず一週間分の合成肉とか合成野菜なんかを購入。ただし、白菜だけは今朝がた隊商から仕入れたものらしい。きっとおいしいだろう。
多すぎたので一旦戻って冷蔵庫へと保管。再び町へと繰り出した。
そして訪れた雑貨屋。今日も焼き鳥屋は来ていたようだ。
数本ほど購入してから、開放してあるベンチに腰掛けて食す。
目の前を通るのは人、人、人。
容姿も年齢も様々だが、共通しているのは『笑顔』。
闇の閉ざされたこの世界だが、それでも、人々は笑える強さを持っている。
それを、再び実感した。







焼き鳥の最後の一本を食べ終えたその時に、ちょっとした異変が起こった。










「…恭子さ――ん、こんにちは――」










雑貨屋の方から、場違いなほどの明るくて可愛い声がした。
数瞬、人々の間からおこるよどめき。
気がつけば、デスヴィンは反射的に振り向いていた。
―――その瞬間、目を疑った。
目の前の光景が、信じられなかったからだ。
雑貨屋のカウンターに、一人の少女が立っていたからだ。
まず目に入ったのは薄水色と言うべきであろう髪の色。まあ、これはいい。
肩にかかっている髪の毛の先端はカールがかかっている。これもまだいい。
頭には大き目のリボンがどんっと鎮座している。ギリギリだがいいとしよう。
そして最大の問題は、何と言うか、この世界には全く持ってマッチしていない服装。









一言で言うと――――趣味全開のゴスロリ服だった。








「…」
ぽろり、と焼き鳥の串を落とした。
食べ終わっていたのが幸いだっただろう。地面に落ちたのは串だけだった。
しかし、それを拾うことなく、デスヴィンの視線はそのゴスロリ服の少女に奪われていた。
「おやまあ、いつもご苦労ね。さあ、早速だけど―――」
「はい!えーと、まずはこのお菓子を箱から出して…」
そのまま見ていると、少女は店の手伝いを始めた。
唖然としていたデスヴィンは、はっ、と我に返る。
この時間帯は客が多くて忙しいのか、こちらには気づいていない様子だ。
加えて、周囲の人々の視線(特に男)が一斉に少女へと向かってきている気がする。
少女の外見年齢は―――身長からしておおよそ十九歳くらいか。童顔だが、それくらいは何とか察知できる。
しかし、しかしだ。
(…違和感が全然無いのは何故だ)
それが、デスヴィンの第一感想だった。
なんというか、看板娘というやつだろうか――――店の雰囲気にマッチしているのだ。
ここが見世物小屋だったらいざ知らず、雑貨屋でそんな服装をしていたら、そういった趣味の連中に目をつけられてストーカーに合う可能性だって大いにありえるのにもかかわらず。だ。
いや、場合によってはちょっかいを出されても文句を言えない。
ある意味、その度胸に勲章を贈りたくなったりしたが、それはどうでもいいことだと結論付けて脳内から削除する。
そのまま一息ついて、思考を切り替える。
―――よくよく考えたら、ここにこのまま居る理由など無い事に気がついた。
(――ま、このままここに居ても仕方が無いな…他の場所へと向かおう)
胸のうちに浮かんだ『ちょっと残念だがな』という気持ちを無視して、デスヴィンは立ち上がって歩き出した。
最後に、ゴスロリ服の少女をもう一度だけその瞳に写してから。











しばらくあちこちを回って、再びこの雑貨屋へと戻ってきた。
焼き鳥が意外に美味かったので、また数本ほど買ってしまった。なんと言うか、癖になる味なのだ。
雑貨屋を覘いてみると、丁度、あの少女が裏口らしきドアから出て行くところだった。
両手を振って鼻歌交じりに道を歩いている。あの方角には住宅街があった筈だ。
そのまま一秒ほど立ち止まっていると、
「あれ?あんた、さっきも来ていなかった?」
人のよさそうな女店主に声をかけられた。
この女性の情報は、町の住民から仕入れてある。
目が細く、元気のいいカミさんという言葉がしっくりと来るその女性の名前は宇都宮恭子―――この雑貨屋の店長だ。
旦那は数年前に病気で死去してしまったらしいが、それを人前で見せる事は無いという。
――と、このプラントの住民から教えられた。
「え、まあ…その通りだが…」
一応、下手に出ておく。
「この辺じゃ見ない顔だね」
「つい先日、この町に来たもので」
「そっか―――。
 それにしても、一日に二回も来るなんて物好きだね。何か欲しい物があって引き返してきたの?」
「…よく覚えていたな」
正直、ちょっと驚いたので口にしていた。
最近来たばかりの人間(魔法士だが)の事を覚えているなんて、ちょっと普通じゃ出来ない。
「あたし、記憶力はいいのよ――で、用件は?追加したいブツは?」
すぐに空気を戻す手際のよさも中々。
「いや…ちょっと気になることがあったんだ」
「んお?何さ?」
「さっき、店の手伝いをしていたあの子の事なんだが…」
「ああ、アルテナちゃんの事?」
「…ん、多分そうだ。
 いや、生まれてこの方、実際にあんな格好をした人間を見たことが無くてな…一体何があって彼女にそうさせ…」
刹那、恭子の瞳がぎらんと光った。
デスヴィンがその台詞を言い終えるより早く、
「興味本位の詮索は止めとき。
 アルテナちゃんはここのお手伝いをやってくれているし、あの子はあの服を望んで着ている。それ以上でもそれ以下でもないよ」
今までの温和な口調からは想像出来ない鋭い口調で、デスヴィンの言葉を遮った。
その勢いに、少しだけだが気圧されてしまった。
「す、すまない…もう少し考えてから言うべきだった。
 気に障ったなら、この話題はここで終わりにするが…」
「それはあたしじゃなくて、アルテナちゃん本人に言ってあげなさい。
 まあ、初めて見た人が皆してあんたみたいな質問するから、慣れちゃったけどね」
「…そ、そうか。
 だけど、これだけは言っておく。
 確かにゴスロリ服を見て驚いたのは事実なんだが、それよりもあの明るさにはもっと驚いたんだ。こんな世界でも笑顔を振りまく…一体、この世界で何人の人間がそれを出来るんだ?…と思っている」
刹那、恭子の顔に、少しばかりの影がさしたのを、デスヴィンは見逃さなかった。
だが、恭子の口から出た言葉は、それを打ち消すものだった。
「いいんじゃないの?
 他人を明るくさせる事で、自分も明るくなるって言うじゃない。第一、こんな世界なんだからこそ笑顔ってのは必要だと思うよ」
「あんたの気さくさも、その原理か?」
「好きに考えて結構だよ」
「なら、そうしておこう」
「あいよ――、で、注文は?」
「そうだな…」












結局、足りない生活用品なんかを買っておいた。
帰り道の途中、両手いっぱいの荷物を抱えたまま、足を止めて思考を開始する。
「…気になるな」
詮索はするなと言われたばかりだが、それでも、考えてしまう。
笑顔云々の話の時、恭子の顔に一瞬だけ現れた影。
きっと何かある、と、考えずにはいられなかった。


―――だが、考えただけで、実行に移す気はない。
こういう場所では、近所との交友関係は大切だ。
それを迂闊な言葉で打ち壊してはならない。
藪をつついて蛇を出す必要は無いのと同意義だ。


「そういえば、恭子から聞いていたな」
別れ際に聞いたことを、デスヴィンは思い出す。









―――アルテナ・ワールディーン。









それが彼女の、ゴスロリ服の少女の本名だそうだ。
何でも、一ヶ月前にこのプラントに避難民としてやってきたらしい。
最も、その時はあのゴスロリ服ではなく、普通のブラウスとスカートを着けていたそうだ。
手荷物は大きなカバン一つで、あの服はその中に入っていたのだという。




(…しばらく、あの店には通い詰めになりそうだな)
心の中に浮かんだのは、何故かそんな言葉だった。
実際、雑貨屋の品揃えは豊富で、何かあったらすぐに補充が効く。
(まだ人生は長い。しばらくはこの町で過ごしてみよう。
 ふとしたきっかけで、何かが見つかるかもしれないからな)
もちろん『幻影』からの任務も兼ねてである。
いつものデスヴィンらしからぬ、楽観的な考え方。
だが、これでいい。
正直、戦争が終わってからの五年は傭兵をやって過ごしたし、さらに五年は軍人をやっていた経歴もある。
だから、こういった『比較的自由に生きられる生活』は、実際は初めてだったりするのだ。









「――さて、明日はどうなるかな」
『今のところの』自分の家ともいえるアパートの一室。
アルファベットで書かれた『デスヴィン・セルクシェンド』という表札を見て、荷物を置いてポケットから扉の鍵を取り出して、ドアを開けた。



















(※とりあえず初期設定。どう見ても二十二歳に見えませんごめんなさいorz)




















―――* * * * * *―――

















住宅街からちょっと離れたところにある、小さな一軒家。
住宅街が目と鼻の先にあるので、一人だからって野蛮な男達が来る可能性も非常に低いはず…と、この家にたった一人で住んでいるアルテナ・ワールディーンは思っていた。


時間は夜の十時半。
カーテンのかかった窓の外はすっかり暗闇に覆われており、安易に外出できるような時間ではないことを証明している。
「…ふう、今日も一日が終わりました」
あちこちに人参模様が描かれた白いパジャマに着替えて、練る準備は万端。
ふと横を見ると、全身を映し出せるくらいのサイズの鏡と、それに写った彼女自身の姿。
その顔はかなりの童顔で、もうじき二十歳になるとは思えない。
身長こそ百六十センチほどだけれど、スタイルのよい大人の体。
カールのかかった薄い水色の髪の毛は、癖が残ってちょっとおかしくなっている。明日直そう。


ちなみに、いつも来ているゴスロリ服は丁寧にハンガーにかけており、その上から白い絹の布をかぶせている。
あの服だけは、絶対に手放さない。手放したくない理由があるのだ。


天井から釣り下がっている蛍光灯の明かりを引っ張って豆電球モードへと移行させた後、アルテナはベッドへと潜り込んだ。
時計が発する、カチコチという無機質で変化の無い音が、静かな空間にかすかに響き渡る。
眠ろうとすると、色々な考えが浮かんでくる。
目を開き、豆電球の発する色へと彩られた天井を見つめる。
―――その間にも、思考は巡る。
夜、眠ろうとすると、色々な事が思い浮かぶ。
それは現状に関係あることから、雑学まで様々だ。
「…あ」
刹那、ここに来てから、早いもので一ヶ月以上が過ぎたんだなと、唐突に思った。
そして、家族との永遠の別れの時から、三ヶ月以上が経過したという事を再確認。
尚、ここに来る前は様々なプラントを転々として生きてきた。
その間、ゴスロリ服は鞄の中にしまったままで、一度も出す事はなかった…否、出す余裕すら無かったのだろう。
ここに来るまでの二ヶ月は、本当に戦いだった。
一時期はシティ・モスクワ付近のプラントに身を潜めていた事もあったが、ある日『ある事実』が発覚してから、とある目的の為にこのシティ・神戸付近まで戻ってくる決意をするに至った。
しかし、世界は常時この天候だ。運送用のフライヤーの中で何日も足止めを喰らったのは一度や二度ではない。
フライヤーのエンジンの緊急停止などといった、予期せぬ事態に陥った事もあった。
「…」
そこまで思い出して、横を向く。
あの辛い日々を乗り越えて得た『日常』がこんなにも暖かいものだったなんて、ここに来るまでは忘れていた。
人の優しさに触れながら、共に生きていける場所。
一人になってしまったアルテナが得た平穏。
「パパ…ママ…お姉ちゃん…お兄ちゃん…あたしは、今日も頑張ってます。そして、明日も明後日も…」
ふと、今はもう居ない『家族』の事を思い出してしまい、胸を締め付けられるような思いと共に、つつ、と、頬に何かが流れるのを確かに感じた。
それが何なのかは、もう言うまでもないだろう。
右腕でそれを拭ったが、それが連鎖反応を起こしたかのように、今度は視界が歪んだ。
「…う…泣いてなんていられないのに」
口ではそう言っても、感情は抑えられない。
枕元にあるタオルで涙を拭ってから、
「そして、絶対に、あの子を見つけます…」
今までと違い、強い意志を込めた言葉を発した。
目的を達成しようという強い願い。
「―――だから、見ていて…くださ…い………ね…」










そこまで言って、彼女自身が気づかぬうちに、アルテナの意識は闇へと落ちていった。





























<To Be Contied………>













―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―











(※前回からの続きです)







(凶戦士と化した)ノーテュエル
「目障りよっ!!」
ゼイネスト
「当たるかぁっ!!!」
具現化する灼熱の炎をギリギリで回避し、ゼイネストは舌打ちをする。
ゼイネスト
「くそっ!!手加減なしときてやがる!!」
由里
「な、何とかしてくださいよゼイネストさん!
 元はといえばあなたの不用意な発言が全ての原因じゃないですか!」
ゼイネスト
「…やむをえまい。
 再び使うまいとは決めていたが、ノーテュエルがああなった以上、俺も再びこの禁忌を使わせてもらうとしよう」
由里
「…え?」
ノーテュエル
「む?」








ゼイネスト
「―――っうううああああああああ!!!」









(殺戮者)ゼイネスト
「…終わらせる…来い!!『凶戦士バーサーカー)』!」
ノーテュエル
「現れたわね『殺戮者デストロイヤー)』!!!
 こう来なくては面白くないわ!」
由里
「こ、これが噂に名高い殺戮者ゼイネスト…って、納得している場合じゃないですっ!!」
ノーテュエル
「さぁて、いい加減に決着つけようじゃないゼイネスト!!」
ゼイネスト
「ああ。
 己を知り、そして定めを知るがいい!!
 この身を焦がすはただ純粋な殺戮衝動。
 その先に結末があり、終わりがある。
 ―――さあ逝くぞ」
ノーテュエル
「上等よ。この一撃、受けてみなさいっ!!」
由里
「も、もういや―――っ!!私逃げる―――っ!!」







天樹 由里 は逃げ出した(ドダドダドダッ!!)←昔懐かしい効果音。














―――しかし、回り込まれてしまった!!










由里
「そ、そんなぁ!何か結界が出来てる!!
 この異空間から逃げられる人はいないって事ですかっ!?」
ノーテュエル
「…さあて、決着をつけましょうか…見せてあげるわ…燃え尽きて崩壊ヴァーナ・ディース)!!!!」
ゼイネスト
「本編では故あって見られなかった幻の大技を此処に持ってくるとはな…ならば俺もその期待に答えてやらねばなるまいな…!!
 今一度再び受けてみるがいい…『魔法陣斬り』!!!!」
由里
「頼むから少しは周りを見て―――ッ!!(泣)」




…ちゅどぉぉぉぉぉぉん!!!!





燃え尽きて崩壊ヴァーナ・ディース)と、『魔法陣斬り』は、その全ての勢いと威力の一切合財が全て打ち消しあった。
よって、周囲に被害は一切出なかった。





ノーテュエル
「…あ―――、何かすっきりした」
ゼイネスト
「そりゃお互いの最強技をぶつけ合った結果だ…満足か?」
ノーテュエル
「相殺…私もまだまだ修行が足りないわね。
 まあいいわ、次はまだあるし」
ゼイネスト
「何回凶戦士と化すつもりだお前」
ノーテュエル
「原因はあんたでしょ――!!!」
ゼイネスト
「その件については謝ろう。
 …そして、これ以上無駄な時間を費やすのも惜しい。
 とっとと本題に入ろうか」
ノーテュエル
「同意――。
 んじゃ、話を戻して…何はともあれ、ついに出てきたみたいね!!
 ゴスロリ少女…アルテナ・ワールディーン!」
ゼイネスト
「…ゴスロリ服…人によっては、作者が白い目で見られてしまいそうな諸刃の剣か…。
 そして、どう考えてもローゼンメイデンの影響だな」
ノーテュエル
「作者は真紅派だってさ。どうでもいいけどね。
 …で、確かにこれは賛否両論あるんじゃないのかと私も思うけど」
ゼイネスト
「…まあ、まだ語られてこそいないが『ちゃんとした理由』も存在するみたいだから、別にいいんじゃないかとは思うんだがな。
 受け狙いだけでそういった服を着せるのが一番良くないパターンだ」
ノーテュエル
「ぶっちゃけ萎えるわよね。そういうの。
 …で、もう一人の新キャラも気になるところね。デスヴィンだっけ?
 何かもう名前からして『死神』って感じよね。
 傭兵家業をやっていて、イルと接触するなんて…実力者の特権ってやつ?
 だけどその相手は『賢人会議』なのよね…見つけられるのかな?」
ゼイネスト
「その辺はゆっくり待つべきだろう。
 そして、セリシアに引き続いての鎌を武器とする魔法士か…世界は広いな」
ノーテュエル
「…なーんかこの調子だと、次あたりは斧とか来るんじゃない?」
ゼイネスト
「…ありえるだけに否定が出来ん。
 というか、今回どれだけのニューカマーが増えるんだこの物語は。
 前回でも馬鹿みたいに多かったのに、さらに読者を混乱させる気か」
ノーテュエル
「あ、その件については大丈夫みたい。
 あれから結構試行錯誤を重ねた結果、新キャラはせいぜい五人が限度らしいから」
ゼイネスト
「ま、それならいいか」
由里
「(こそこそ)
 …えーと、もう、出てきて大丈夫なんですか?」
ノーテュエル
「自分から死にに来るなんて…」
由里
「や―――っ!!!」
ノーテュエル
「あははは、じょ、冗談だってば…」
ゼイネスト
「お前な…怖がっている女の子で遊ぶな」
由里
「も、もう!!ノーテュエルちゃん酷いっ!!」
ノーテュエル
「ごめんね―――。
 だって、面白くってさ―――」
ゼイネスト
「ほう、ならばお前に、このギャグが受け止められるか?」
ノーテュエル
「ん?何よ?
 つまらなかったら承知しないからね」
ゼイネスト
「暑中お見舞い申し上げます…その次には、こう書いてあった。
 ―――焼酎で眩暈でもう死にます
ノーテュエル
「ぶっ!!」




―――その後しばらく、ノーテュエルは悶絶し続けた。




由里
「…よく考えたら、それ、ただの飲みすぎじゃないですか」
ゼイネスト
「まあ、正解だな。
 …しかし、ノーテュエルみたいなやつに限って、こういうのに弱かったりするからな。黙らせるにはもってこいの対抗手段だ」
由里
「変なところで生きた長年の経験…ってやつですか?
 苦労人ですねあなたも」
ゼイネスト
「…ふ、そんなこと、多くを語るまでもない。
 …と、さて、そろそろ終わりの時間だな」
由里
「そうですね。
 じゃあ、次回―――『平穏の中で』でよろしくお願いしますっ!」
ゼイネスト
「それでは、しばしの休息を」


















<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>







はい、新キャラ登場です。
といっても、文面だけでは外見的特長をつかみ難いと思ったので、イラストを載せておきました。


世界大戦からの生き残りという設定に基づいたキャラってのは、一度作ってみたかったのですよ。
そして、尚且つ、本家と繋がりがあるって設定で。


彼の舞台はシティ・神戸付近のプラント。
果たして、この後どんな出会いが待ち受けるのかを考えてみてはどうでしょうか?






アルテナについては…まだ全然明かされていないので、これからの展開によろしくお願いします。
あ、彼女の着ている服にはちゃんと意味があります。
意味も無くあんな服着てたら、それこそ世界観にあわなすぎですし(汗)。










ではでは、それではこの辺で。







○本作執筆中のBGM
『禁じられた遊び』『月蝕グランギニョル』など…ってアリプロやん。







<作者様サイト>
同盟BBSにブログのアドレスを載せておりますので、お暇があればどうぞ。


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