FINAL JUGEMENT
〜静かな朝〜














――彼らの、彼女らの物語は終わってなんかいない。

寧ろ、物語はこれから始まる。



だけど、今はただ見守ろう。







嵐の前の静けさを――。

























――― * * * * * * ―――

















突如鳴り響いた『ジリリリリリリリ!!』という音は、意識を覚醒させるのには十二分に効果があった。
「ん、ふああぁ…」
小さな欠伸と共に、ピンク色を基調とした布団の中から小さな手が伸びる。
ぱちん、という小さな音と共に、兎の形をした白い目覚まし時計のアラームが止まり、ヒナ・シュテルンはベッドに身を起こす。
まだ眠気の残っている目を軽くこすり、その間にもぼうっとした頭が少しずつ覚醒していく。
「ん…む〜」
ある程度脳が目を覚ましてきたところで、I−ブレインを起動させてメディカルチェックを行う。
返ってきた反応は『良好・異常なし』だ。 
脳内時計の方もチェックしようと思い、脳内時計を呼び出して正確な時刻を確認する。
告げられた時間は『10月16日7時15分』で、手元の目覚まし時計と一緒の時間。
今日はヒナが食事当番という訳ではないから、ゆっくりしていても問題は無い。
だけど、折角早く起きたのだから、すぐに起きたほうがいだろうと判断した。
何より、間違えて二度寝なんてしてしまったら、次に起きたのが八時過ぎてご飯抜き。なんて事になりかねない。
ほっと一息ついて、ゆっくりと布団から這い出る。
裸足のまま、黄色のカーペットに両足を下ろして、ドレッサーの鏡を見て自分のパジャマ姿を見直す。
黄色を基調としたネグリジェに少々しわが走っていたが、そんな事をいちいち気にしていても仕方がない。
それに何より、このネグリジェには特別な思い入れがある。
ヒナの大切な恋人―――天樹論が買ってくれたものなのだ。















――――それは、三日ほど前の事だった。








お部屋でちょっと休憩をしていたところ、ドアをノックする音がした。
誰でしょうか?と思ってドアを開けると、真っ先に論の姿が目に入った。
「…あ、今、時間大丈夫だったか?」
「はい、今のところは大丈夫ですけど」
「…なら良かった。
 …ヒナ、ちょっと付きあって欲しいところがあるんだが…」
やや赤面しながら、論が言いにくそうにそれを告げた。



それからいろいろと話をしながら歩く事十数分。
「着いたぞ」
論が足を止めた。
「…論、ここは」
ヒナの目に映ったのは、豪華な外装の八階建てデパート。
今まで見た事の無い建物を目の前にして、ヒナは思わずほうけてしまった。
生きているうちにこんなところに来る機会があるなんて、思ってもいなかったからだ。
「『ブティック・シャオルーン』…このメルボルン内部では名の知れた洋服店だ」
説明する論の口調も、どこか緊張感を含んでいた。
「…どうして、ここに?」
その問いに対し、論は満面の笑顔でこう言った。
「約束を果たす為だよ」





そういえば、論が前にこんな事を聞いてきた記憶がある。
「ヒナ…今、何か欲しいものってあるか?買える範囲のもので」
その質問に対して、ヒナは、
「…新しいお洋服が欲しいです」
と、答えた筈だった。



つまり、論は水面下でヒナに何かをプレゼントしたいと考えていたと思っていたということだった。
そして、論はその約束を覚えてくれていた。
そう考えた時、胸の内に『うれしい』という感情がこみ上げた。
次の瞬間には公衆の前面で思わず思いっきり論に抱きついてしまい、周りから冷やかされたのもいい思い出だ。




ヒナが欲しいものはヒナが選んでくれと言ってくれたので、試行錯誤の末、ヒナは黄色いネグリジェを選んだ。
理由は…過去にシュベールが着ていた服と同じ色だったからだ。最も、あの戦いの中では白い服を着ていたのだが、普段のシュベールが黄色い服を着ていたという事実は、ヒナの脳内にきちんと残っている。




―――論はその事については、何も言及しなかった。
きっと、心の中では何か言いたかったのだが、ヒナの意思を尊重してくれたのだろう。
その心遣いが、本当にありがたかった。




そして買い物を終えた時、論は見て分かるようにへとへとだった。
肩を落として、ぜーぜーと荒い息をしていたのだ。
だが、無理も無い。
ヒナと一緒とはいえ、女性服専門店というものは論にとっては『未知の世界』だったのだ。で、恥を覚悟でその『未知の世界』に突入し、いろんな意味で命からがら帰還したのだから。
論曰く『下手な戦場よりよっぽど気が抜けない』だそうだ。
店員からも、そのネグリジェが誰へのプレゼントなのかを理解したらしく、終始笑顔だった。
もし男一人であんなところに入ったら、周り中から白い目で見られるのがオチだろう。



デパートを出てからも、論は、今まで喰らった事の無いような精神的ダメージのためか肩で息をしていたが、それでも『ヒナが喜んでくれるなら、この程度の問題など軽いよ…多分』と、笑顔で言ってくれた。
その時に、『ありがとう』という感情が胸いっぱいに広がったあの時の感覚は今でも思い出せる。
その後、泣き笑いの顔で思いっきり抱きついたら、論は顔を紅潮させて、いつもは見せないはずの慌てっぷりを見せてくれた事も覚えている。
だから、寝るときは絶対にこれ一択で、毎日の手洗いも欠かさない。





…その時、論がプレゼントをくれた理由は、敢えて問わなかった。
それを口にするのははばかられたし、何より、言う必要も無かったから。






―――数週間前に起こった、シュベールとの激闘。







自分を、ヒナを痛めつけた、一見するとサドと言われるであろう、水色髪のツインテールの少女。
だが、その裏にあったのは、残酷な真実と呪われた宿命。
『処刑の乙女』―――が織り成す殺戮衝動。
その果てに待ち受ける、約束された絶望的未来。
故にシュベールは、『死』を選んだ。
天樹論に殺される道を選び、そして告げた言葉。







――――あたしは全力で振舞った。――――




――――どれだけ憎まれてもいい。恨まれたって、構わない。――――




―――ヒナに酷く当たれば、あたしが死んでもヒナが悲しまずに済むって、ただそれだけを思ったから―――






その時になって知った、遅すぎた真実。
『もう一つの賢人会議』の手により、ヒナはマザーコアにされそうだったという事実。
故にシュベールは、ヒナを守りたかったが為に、ヒナを傷つけなくてはならなかった。
愛するものを自らの手で傷つけ、それでも守りたい一心で、鞭を振るったシュベールの心は、一体、どれほどの悲鳴をあげていただろうか。
ヒナを見捨てて論への想いを成就させる事が出来たはずだったシュベールは、ヒナの為に全てを捨てた。
その理由は、ヒナが、シュベールの妹であるリリィにとてもよく似ていたんだと、そう言っていた。
だから、死んでしまった妹の分まで、そして、シュベール自身の分まで生きてという想いを残し、シュベールは息を引き取った。
その遺骨は、この家の―――ラジエルト宅の近くの小さなお墓に眠っている。
だけど、その内、ちゃんとした場所に、ちゃんとしたお墓を作ってあげたいと思っている。
シュベールが眠るのにふさわしい場所は、他にあるのだから。
「―――っ!!!」
そこまで考えて、不意に、心に何かが押し寄せる。
耐え切れずに膝をつき、近くにあったタオルを手にとって、
「う…っく…ひ…っく」
あふれ出す心の感情に耐え切れずに、流すまいと我慢していた涙が、新雪のように白い頬を伝い落ちる。
両方の掌で目を押さえても、ヒナの意思とは正反対に、涙は涙は後から後から溢れてきて止まらなかった。
喉の奥からの嗚咽も止まらない。
「ごめんなさい…ごめんなさい…シュベール…」
そんな言葉が口をついて出た。
分かっている。
今更、謝ったところで何の解決にも成りえない。
謝るべき人は既にこの世には居ないし、そんな事は望んでいないのだから。




だけど、それでも涙は止まらない――――。





それから何分経ったか。
ふいに、泣き顔のヒナは立ち上がった。
(いつまでも…いつまでも泣いてなんていられない…このままじゃ、シュベールが…ねえさんが安心できないから…)
ぐすっ、と鼻をすすって、ヒナは立ち上がる。
ティッシュで鼻をかんでから、気持ちを抑えて無理をして泣き止んで、新しく買ってもらった服に着替える。
喉元からこみ上げる嗚咽が止まらず、たびたびしゃっくりのような声を出してしまったが、時間の経過と共に少しずつ収まってくれたようだ。
何の変哲も無い白いセーターと、フリルのついた白いロングスカート。
今まで着ていた水色の服は特殊仕様の戦闘服なので、戦闘らしい戦闘が無い今、着る必要は無い。
今は、クローゼットの奥でその出番を待っている。
―――出来る事なら、そのような時は来て欲しくはないのだが。







涙の後をタオルで拭き取ってごまかして、入り口付近においてある赤い小さなスリッパを履いて廊下へと歩み出る。
歩くたびに『ぺたんぺたん』という音が廊下に響くのが、ちょっと面白いなぁ、と思ってしまった。
前を向くと、ぴかぴかの強化カーボンの白い壁と白い床が目に入る。
ふと、この調子ならガタが来るにはまだまだ先の話ですね。と、どうでもいいことをヒナは考えた。




現在地はオーストラリア大陸南岸、シティ・メルボルン。
蟻の巣状に広がる地下都市の中ほど、第四階層と呼ばれる一帯。
その中央に位置するのが、この家。
表札に書かれた代表者名は『ラジエルト・オーヴェナ』で、今、ヒナと論はここの家にお世話になっている。





「…顔…洗わないと」
ぺたんぺたん。
涙で濡れてしまったタオルと、洗濯するためのネグリジェを持って洗面所へと向かう。
この家は結構広いので、ヒナに宛がわれた部屋から洗面所まで歩いていくのには六十歩近くを要する。
一分ほどかけて洗面所にたどり着くと、引き戸式の強化カーボンの青いドアが開いているのが目に入った。
水道から水の流れる音がここまで聞こえてきた。先客が居ると思って間違いないだろう。
「…失礼しまーす」
脅かさないように小声で挨拶して、足音を立てないようにしてこそっと洗面所のドアの敷居をまたぐ。
その先に居た人物の姿を見て、
「…あ」
知らずの内に、小さな声が出た。
ヒナの瞳に入ったその姿は、黒髪で、いつもの黒いコートではなく、そこいらの一般人が着ている服と同じ服を着て、ばしゃばしゃと顔を洗っている少年の姿。
つい先日まで彼がいつも着ていた黒いコートはあくまでもバトルスーツであり、ここしばらく戦闘がない為に、今頃は少年の部屋として割り当てられた部屋のクローゼットの中で、一時の休憩をしていることだろう。
(でも…出来る事なら、論も、再びあの服を着る必要に迫られるような事件が起こって欲しくない…)
心の中で、ヒナは小さく祈った。




少年はヒナに気づかぬまま、洗顔を続けている。
待っているのが退屈だが、下手に声をかけるのもはばかられたので立ち尽くしたまま待ってみる。
そんな中、ふと思い出した。
(―――思えば、色々ありました…)
そこまで考えて、複雑な表情でヒナは俯く。
思えば、二人の出会いは、とても唐突なものだったのだ。
だが、それまでの過程があまりにも異常だった為に、素直に笑顔になれなかったのだ。




シュベールによって虐待を受けていて、任務と称されて幾人もの人を殺めた。
目の前に横たわる様々な死体を目の前にして感覚はとうに麻痺しており、どうやって殺したのかすら覚えていなかった。
喉はからからになり、全身を疲労が襲い、頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、血の海の中で立ち尽くして呆然としていた。
着ていた服は殺した人達の返り血で真っ赤で、とても嫌な着心地だった。
どうしてこうならなければいけないの?
なんでわたしばかりこんな目に遭うの?―――と何度も考えた。
だが、その答えは至極簡単なものだった。
…殺さなければ、生きていけなかったからだ。
失敗すれば、待っているのは―――お仕置きという名の虐待。
痛いのが嫌だから、ただただ任務という名の無理難題に従う他は無かった。
だけど、その為に罪無き命を奪い続けた。
何人殺したかなんて分からなかった。
もう、死にたくて死にたくてたまらなかった。
ぼろぼろになってしまった心は、一欠けらの希望も持ち合わせてはいなかった。




―――そこに、黒髪の少年が現れた。




その姿を視界に留めたものの、既に疲労が限界に突破していたヒナは、少年の顔を見ると同時に気絶してしまった。
次にヒナが目を覚ました時、目の前には黒髪の少年の姿があった。
黒髪の少年と初めて目が合った刹那、「いやぁっ!!!」という声と共に飛び退り『ごちん』という音と共に、壁に後頭部を軽く打ちつけた記憶は、今でも忘れられない。




―――何故なら、それが、少年との出会いの始まりだったから。




しばしの会話の後、ご飯を食べた。
この世に未練なんて無いと思っていたヒナは、心のうちを少年に明かした。


「わたしを殺して」


そう言った時の事を、ヒナが忘れる事はない。
論は驚きに目を見開いて、絶句した。
次の瞬間には、ヒナの頬に痛みが走った。
どうしてぶたれたのかが、あの時は分からなかった。
だがそれは、少年がヒナの事を憎く思ったからとか、そういうのとは一切違った。
少年が感情をむき出しにして、初めて会ったばかりのヒナを思いやって、あやうく大変な罪を犯そうとしていたヒナの道を正してくれたのだ。
そして、少年はこう言ってくれた。


「何とでも言ってくれ…オレだって、ほんとならこんなこと言いたくないし、君を叩きたくなんて無かったさ。
 だけど、生憎とオレは死にたがりを目の前にして放っておける神経の持ち主じゃあない…君に何があったかなんて分からないし、君の命は君の命で、何をするかは確かに勝手だ。
 …だけど、それはヒナが『ヒナを作った奴ら』への戦いに負けた事になるんだ。それでもいいのか」


―――その時、胸の中に、今まで感じた事の無い感情が湧き上がった時の確かな想いは、今でも残っている。


それから様々な戦いを得て『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』を巡る戦いが終結した後に、少年と一緒にこの家に来た。



…だが、その過程で、大切な人を亡くしての、とても後味の悪くて、胸が張り裂けそうなほどに悲しい出来事があった事も忘れてはならない。
だから、その事を忘れた日なんて、あれから一日たりとも無い。
今はもういない、ヒナが姉と慕った人物の事を、決して忘れるわけにはいかないって決めたから。





―――そして今、ヒナはここに居る。
戦いの中で知り合った、蒼髪の少年と、桃色の髪の少女と、黒髪の男。
ヒナにとっては。生まれて初めて得た『家族』。
『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の戦いが終わってから、一緒に住まないかと持ちかけられたのだ。
特に断る理由も無いので、論もヒナも首を縦に振った。



…実は、ヒナの住居の選択肢はもう一つあった。
『もう一つの賢人会議』にはヒナの部屋があるから、一応、そこも候補にあがった。
―――だが、全てを知ってしまった今、辛い思い出の多すぎるあの部屋で住むことは出来なかった。
それに、きっとシュベールも、ヒナに新たな場所で幸せに暮らして欲しいと願っただろう。





「………」
―――そこで、ヒナの回想が終わる。
色々な偶然が、色々な別れがあって、ここまでこれた。
…そこまで考えて、未だにヒナに気づく様子の無い黒髪の少年に声をかける。
それにしても、ずいぶんと長い洗顔だ。
だが、その近くに最新鋭の洗顔フォームを発見して、その理由を理解する。
思い返せば、最近になってニキビを警戒し始めたと論は言っていた。確かにニキビが出来ちゃったらかなり目立つので、その為に余念が無いのだろう。
…それでも、気づいてもらえないというのはちょっとさびしい。
むぅ、とちょっとだけ頬を膨らませる。
それでも
(…もう、仕方がないです)
ヒナは自分がここにいるということを主張することにした。
口の前に手を持ってきて苦笑して、
「―――論、おはようございます」
お辞儀と共に、朝の挨拶。
その声に、論と呼ばれた少年は、濡れタオルで顔をごしごしと拭きながら振り向く。
「…ん、ヒナ…ちょっと待ってくれ」
ごしごしごしごしごし…。
そのままたっぷり六秒が経過して、黒髪の少年『天樹論』は顔を拭き終えた。
「…ふう」
一息ついて、論は濡れタオルを傍らに置いた。
濡れた前髪が額に張り付いていたが、その程度はすぐに乾くだろう。
論とヒナの身長の差は十二センチ。その為に、ヒナはちょっと上目遣いに論の顔を見る事になる。
そして、お互いが向き合って、
「おはよう、ヒナ」
「はい、改めましておはようございます。論」
屈託の無い笑顔で挨拶をする。
毎朝行われる、とても当たり前で、ヒナにとっては殆ど縁の無かった事。
戦う事しか許されなかったヒナが、やっと手に入れた平穏。
「…もう、やっと気づいてくれましたね」
ヒナのその言葉に、論はいぶかしげに顔を潜める。
「…やっと?」
「はい、結構前から後ろに居たんですよ、わたし」
「…もしかして、オレが顔を洗い終わるのを待っていたのか?」
「はい」
やってしまった、と言いたげに、顔に手を当てた論はため息をついた。
「…こんなに近くにいて気づけなかったなんて…何をやっているんだオレは」
「ニキビに対する警戒も大事ですけど…全く気づかないっていうのはひどいです…」
ヒナは再び、むぅ、と、ちょっとだけ頬を膨らませる。
「あ…もしかしてヒナ…怒ってるのか?」
「…ちょっとだけ、怒ってます」
「…ご、ごめん!!」
両の手を顔の前に合わせて、頭を下げて謝罪する論。
「…くすくす」
慌てふためいて謝罪した論を見て、ヒナは口元に手を当てて小さく笑う。
「そんなに慌てなくてもいいですよ。やっぱり、声をかけなかったわたしにも悪い点はあったんですから」
それを聞いて『あ』と、何かに気がついたように論が口をあけて、
「…それじゃ、アピールをしなかったヒナが悪いんだろ!!」
ちょっと怒りを含んだ声で、論が批難の声をあげた。
「あ、あぅ…ごめんなさい…」
その勢いに押されてしまい、つい弱気になってしまったヒナは俯いてしまう。
「…あ」
泣きそう、と思ったのか、論は声のトーンをいつもの調子に戻して、
「…ま、まあ、それはそれでいいとして」
ちょっとしどろもどろになりながら、そう告げた。
何がいいのかよく分からなかったが、話が変わるならそれでいいと思ったのでヒナは反論しない。
「次はヒナが顔を洗うんだよな。
 …あれ?ヒナのタオルはそれだったか?」
タオル、という単語に、ヒナはちょっとだけびくっと反応する。
「…いえ、これはちょっと違うんです。その…」
その続きを言うべきかどうか迷ったが、ここは素直に本当の事を告げることにした。
「…シュベールの事…思い出してしまって…」
刹那、先ほどの事を思い出してしまい、ヒナの声と表情が少しだけ暗くなる。
論はそれだけで何が起こったのかを確信したようだ。その表情に影がさした事が、何よりの証拠。
「…ヒナ」
和らげた表情で、論が口を開く。
「…約束、守ってくれたな」
「…はい」
涙で視界が少しゆがんだが、それでも、目の前にいる人が誰なのかがはっきりと分かる。
その内に、ヒナの瞳の端から涙が零れ落ちた。
「…ほら…また泣く。泣き虫だな、ヒナは」
「だ、だって…」
「…だからこそ、オレの存在意義があるんだけどな」
論がポケットをまさぐり、取り出した白い綺麗なハンカチを取り出す。
そのハンカチで、論がヒナの涙をぬぐってくれた。



論は力を抜いて、傷つけないように優しく涙を拭っている。
その間、ヒナは思い出していた。


以前、同じようにシュベールの事を思い出して泣いてしまって、タオルで涙を拭いて、洗面所に持っていくところを論に見られた時があった。
その時は、本当の事は隠し通して、『汗をかいただけです』と、笑顔で偽りの答えを告げた時があった。
論を、恋人を相手に嘘をつくのは心が痛んだが、嘘も方便という言葉もあるし、何より、これ以上論を心配させたくないという想いから起こした行動だった。
だが、論の口から返ってきた答えは、「そんな簡単にばれる嘘をつくな」という、確信を突いたものだった。
その時、ヒナはびくりと身をすくませてしまう。
続けて、論は辛そうな表情で、
「嘘をつかれるほうが、オレとしては辛いんだよ…オレは、そんなに頼りないのかって思ってしまうんだ。
 だから―――約束してくれ。シュベールの事で嘘はつかないって。
 ヒナは一人じゃない。オレがいつでも傍にいる。
 だから、辛かったら何でも言うんだ」

と、はっきりと告げてくれた。


その時の、論の強い意思を込めた瞳を見た時、ヒナは決めた。
論は、本当に自分を想ってくれている。
考えてみればそうだ。最初に出会ったときから分かっていた答えではないのか。
普通、会ったばかりの人間をはたいてまで道を正そうとなんてしない。
だけど、論にはそれが出来る。それは、論が本当の意味で他人を思いやれる心の持ち主である事の何よりの証拠だ。
そんな人に隠し事をするなんて事、誰が出来ようか。
だから決めた――――――論には隠し事なんてしないで、ありのままを伝えようと。





「はい、おしまい」
論は白いハンカチを折りたたみ、そのままポケットに入れる。
「ありがとうございます」
「もう少しでご飯だし、急いだほうがいいな…どうする、待ってようか?」
論の思いやりに心の中で感謝し、ヒナは笑顔で答える。
「…はい、論と一緒に行きたいので待っててください」
「分かった。ヒナがそういうなら待とう」
「はい!!」
はにかんだ笑顔で返事をして、ヒナは水道の蛇口の栓を捻った。









――― * * * * * * ―――








「焼け具合良し。焦げ目なし。水っぽさ無し…よし、今日もいい具合に仕上がってる!!」
「こっちも出来てきたぞ!!味付けは良好だし、材料の調和も悪くない」
蒼髪の少年と、黒髪の男性の声。




――――ラジエルト宅の厨房は、朝から大忙しだった。




レシュレイ・ゲートウェイとラジエルト・オーヴェナ。
今日の食事当番はこの二人。
対して、作る料理は五人前。
つい先日から向かえた新たな家族の為に負担が増えたといえばそうなるのだが、そんな事よりも、新たな家族が増えた事の方が嬉しいに決まっているので、こんな事は苦労のうちにも入らない。
―――ちなみに、本人の為に名前こそ言わないが、約一名、かなりの料理下手が居るので、その人物を戦力として考えるのはご法度である。
但し『彼女』の場合、どこぞの『龍使い』みたいにバイオハザードなブツを作り上げるのではなく、ただ単に食材を間違えたり、味付けを間違えてしまったりといったミスの方が圧倒的に多い。つまり、ただ単にやる気が空回りしているという事だ。




耐えない換気扇の音。
じゅうじゅうという油の跳ねる音。
赤く燃える炎の舞。
フライパンの上で踊る食材達と、それを痛める音。
ぐつぐつと音をたてる、鍋の中のスープ。
これは時間との戦い。早すぎても遅すぎても駄目。
早すぎては水気が残るし、遅すぎたら焦げる。
特に、油を使う料理となれば尚更だ。






料理とは交響曲。
ありとあらゆる異なる音が合わさり、一つの完成品を作り出す。
沸き立つ湯気。
香辛料の織り成すいい匂い。
鮮やかな色とりどりの、調理された食材。
それら全てを生かすも殺すも、この厨房に居る二人の料理人の腕前にかかっている。






先ず最初に、豚肉や人参やキャベツなんかを細かく切る。
炒める順番は、人参が最初でキャベツが最後。
強い炎で炒めるのがコツだが、問題はいつトマトケチャップを入れるかという事。あまりに早いと焦げてしまう。
長年の経験から編み出した『ちょうどいいタイミング』でトマトケチャップを投入。
「父さん、交代だ!」
レシュレイが出来るのはここまで。そして、ここから先はラジエルトの出番。
今年で二十七歳のレシュレイ達の生みの親は、一人暮らしが長かっただけあり、料理の腕前は信用できる。
フライパンを手に取った瞬間、その目つきが鋭くなる。




あっちは、あれでよし。
レシュレイは、もう片方の大事な食材を、油を敷いたもう一つのフライパンにあげる。
そこにかき混ぜておいた卵を流す。
ジュ―――ッといういい音と共に、卵の生地がどんどん硬くなっていく。
焦がしたら全てがアウト。
丁度良いタイミングで裏返すと、生地は理想的な色を保っていた。
後は反対側も、同じ容量で行うだけ―――。





「―――味つけ良し…出来たっ!!」
小皿にスープを一滴取り、味見をしたレシュレイが、料理の完成を確信した。
「―――――こっちもOKだ!!」
ラジエルトもまた、料理の完成を確信してガッツポーズ。
二十七にもなってそれは少々大人気なくないか?などとは決してつっこんではいけない。
この男、結構おちゃめなところもあったりするのだ。







今日の朝食は、『野菜たっぷりオムライス』と『コンソメスープ』だ。
…朝からちょっとばかり油っぽいメニューだが、それには理由がある。
―――といっても、昨日の段階で食材をあらかた切らしてしまっていて、それに気づかずに今朝を迎えてしまい、結果、残っていた材料だけで朝食を作る羽目になって、作れるメニューがこれくらいしかなかっただけなのだが。








――― * * * * * * ―――








「―――――ふぅっ」
ヒナが顔を洗い終えて、論と一緒に台所へと向かう。
その反対側から、桃色の髪の少女が歩いてくるのが見えた。
すれ違う前に、朝の挨拶をする。
「おはよう、セリシア」
「おはようございます、セリシアさん」
名前を呼ばれたセリシア・ピアツーピアは、二人の方を向いて、
「はい、おはようございます。論さん、ヒナちゃん」
笑顔で挨拶を交わす。
人として、ごくごく自然で当たり前の行動。
「二人は、もう顔を洗い終わったの?」
「はい、セリシアさんが最後です」
「…うん、分かった」
そのまま、セリシアは洗面所へと向かった。



しかし、論とヒナは気づいていた。
セリシアの目の下に、僅かながら、くまが出来ていたという事に。
よくよく見ると、彼女の足取りは少々おぼつかないし、目も赤い。よって睡眠不足だということが見て取れた。









「…ねえ、論」
セリシアの姿が完全に見えなくなってから、ヒナは小声で論に囁く。
「ん?」
「…ちょっと、お外に出ましょう」
次の瞬間には、ヒナは両手で論の右腕を掴んで、後ろに体重をかけてくいくい、と軽く引っ張っていた。
「ヒ、ヒナ、一体何を?」
「いいから行くんです」
さらにくいくい、と論の右腕を軽く引っ張り続けるヒナ。
その仕草がとても可愛らしくて、知らずの内に論の顔に微笑が浮かぶ。
かといって、ずっとそのままでいたら、下手をするとヒナがへそを曲げてしまう可能性もあるので、意地悪しないですぐに根負けしてあげる事にした。
「…分かった、分かったから手を離してくれ」
「あ…は、はい!!」
思わず慌てふためいて、そのままの姿勢のまま手を離した。
「それでは、改めてお外に出ましょう」
「そうだな…って、ヒナ!足元!!」
「…え?」
危険を察知した論が反射的に叫んだが、時既に遅し。
今まで、ヒナは論と向き合っていた。
で、外に向かう為に、体だけを
論の方を見ながらヒナが一歩踏み出した先には、乾いた雑巾があった。
おそらく、朝起きて真っ先に掃除をしたラジエルトあたりが片付け忘れたのだろう。
で、ヒナは思いっきりスリッパ越しにその雑巾を踏んでしまったのである。
水に濡れていなくとも、強化カーボン製の床は結構すべる。
加えて、スリッパを履いているせいでふんばりが効かなかった。
そして、その結果が次の瞬間に即座に現実となる。
「きゃう!!」
足を滑らせて、ころん、と見事に後ろにすっころんだ。
「!!」
その背後にあるのは強化カーボン製の柱。
強化カーボンという、世界で流通しているこの素材の強度は折り紙つきで、石頭な人間であっても思いっきり頭突きしたりした場合、頭突きを喰らわせた人間の頭から出血が出るくらいだ。
で、ヒナの後頭部は、今、まさにそれに向かっているわけで―――。



「――くっ!!!」
思考が判断するよりも早く、床を蹴って論が動いた。
騎士刀を持っていない為に、I−ブレインは起動できない。
次の一歩で跳躍し、右手を伸ばす。
宙に浮いた肉体が躍動し、曲線を画くように飛翔する。
そして今、ヒナはまさに強化カーボン製の柱に後頭部を打ちつけ…
「危ない!!」
…る前に、伸ばしきった論の右腕がヒナの後頭部に回され、すんでのところでヒナの体が止まる。
そのまま論に抱きかかえられる形になり、二人の顔が目鼻の先まで近づく。
「…」
「…あ…こ、怖かっ…」
半泣きの顔で、論にお礼を言うヒナ。
「…それで何回目だよ、今日泣いたのは。
 ほんと、泣き虫なんだからな…」
半ば呆れ顔になって、苦笑と共に論は告げる。
その言葉に、ヒナは目を泳がせてたじろいだ。
「えと、えと、それは……ふ、ふえ〜ん!!」
遂に本格的に泣き出してしまった。
まるで子供だ。と論は心の中だけで呟いて苦笑した。
「だって、ほんとうに怖かったんです!!!」
「…その度にオレに言ってくれ。
 言っただろ…オレの居場所は―――。

 ………あ…と、いや、今のは…」
その先を言う前に、論は赤面しながら言葉を濁した。
少しばかり慰めるつもりが、余計な言葉まで出そうになったからだ。
その行動の意味には、言うのがとても恥ずかしい言葉だというのと、言う必要が無いという二つの意味が込められている。
そして、ヒナも論が言おうとした言葉の先を理解してしまった為に、結果的に二人の顔が紅潮し、何も言えなくなる。
向き合ったまま、論とヒナはしばらく沈黙していた。
その間にも、時間は刻々と過ぎていく。
何故か、どくんどくん、と心臓が高鳴っている。
つまり、今、論が発言しようとしたことは、それだけの意味があるという事だ。
いつもは心の中に閉まっていて、決して表に出すことは無かった言葉。
だけど今、ヒナの泣き顔を見たせいで、それがポロっと出そうになったのだった。






物音一つしない空気が、周囲の空間を支配する。
お互いがお互い、会話の糸口が見つからずに黙り込んでいた。
しかし、こうしていても埒が明かないのも事実。
そう考えて、ヒナはおずおずと会話を切り出す。
沈黙が始まってから、実に二十五秒の時を要していた。
「え、えと…セリシアさんの前ではこの話題は禁止されているからさっきは口に出さなかったんですけど…セリシアさん、最近、悪夢にうなされているんですよね…」
「…ああ、実の兄貴であるエクイテスを殺してしまって、そのせいで苦悩しているってレシュレイが言っていた。
 実際、そうならないほうが不思議だとオレは思う。
 だってそうだろ…殺したくないのに、殺さなければいけなかったんだから…。
 そして、どう言い繕っても、それは命を奪ったって事に他ならないんだ」
論の声が、段々と荒いものになってきたのを耳で感じた。
その顔に浮かんでいるのは僅かな怒り。
「…論」
ヒナには、論がどうしてそこまで声を荒げるのかが分かった。
だけど、今ここでそれを言うわけにはいかない。
論もまた、セリシアと同じような苦悩をしているに違いないのだから。
シュベール・エルステードという、論を想ってくれていた少女の事を、論は未だに悔いている。
他に道は無かったのかと、シュベールとヒナ、二人とも助けられるような道は無かったのかといつも悔やんでいる。
もちろん、論はそれを隠そうといつも努力している。事実、論はヒナの前では殆ど笑顔でいてくれる。
―――けれど、時折見せる思いつめた表情までは隠せていない。
今みたいに怖い顔をしてしまっている事が、稀にある。
口にこそ出さないからこそ、表情で分かってしまうのだ。
過ぎてしまったことをそう簡単に割り切れるほど、人間は甘く出来ていない。
だから、ヒナはそれを口に出す。
怖い顔の論を見たくないから。
「論、落ち着いて!!お願い! 今の論の顔―――怖いです!!」
その声に、はっ、と顔をあげる論。
涙で潤んだヒナの顔を見て
「…あ、ごめん…怒っているように見えてしまったか…」
知らずの内に、かなり怖い顔つきになっていたらしいということを悟った。
「…だけど、今日のセリシアは、いつもとちょっと違っていた」
続けて、論は一転して笑顔になり、そう告げた。
「…え?」
論の言葉の意図が分からず、思わず聞き返す。
「何て言うか…何かに決別がついた顔…とでも形容すればいいのか?
 いつもと比べると、明るさがにじみ出ていたんだ。
 …きっと、セリシアの心の中で何か進展があったんだと思う」
「それは…ほんとうですか!?」
朗報と言うに値する論の発言に、ヒナは目を輝かせた。
実際、見ていて辛かった。
自分達に心配をかけないようにと、不自然なまでの無理矢理の笑顔を振りまいていた少女の顔を見るのが―――本当に辛かった。
「…ああ、だけど、この事をセリシアに言うのはまだまだ先だ。
 せっかく良くなってきたのに、下手に刺激して元の木阿弥になってしまったらそれこそ意味が無い。
 …と、いつまでもこんな事してる場合じゃないな。朝食をとりに行こうか」
ヒナの後頭部に回した手を話して立ち上がり、踵を返して台所の方へと歩き始める。
「え、あ、ま…待って…」
一瞬、状況の変化についていけなくなるが、少し考えて、論がヒナの事を想って明るい雰囲気にしてくれたと理解出来たので、ヒナは小走りになって論の背中を追っていった。












「あ、二人とも遅いですよ―」
自分より早く顔を洗い終えていたはずなのに、その二人が自分より後から来たことに対して、ちょっとむくれた顔のセリシア。
無理もない。全員がそろわなければ、『いただきます』が出来ないのだ。
そして彼女の目の前には、おいしそうに湯気をあげている朝食がある。
「あぅ、ごめんなさい…」
「…ちょっと、訳があってな」
しょぼん、と申し訳なさそうに頭を下げるヒナ。
その隣では、論が、ばつの悪そうな顔で頬をかいていた。
「…あ、あれ?ご、ごめんね…。
 責めたわけじゃないの…ただ…」
二人の様子をみてしどろもどろになってしまったセリシア。
なんと無しに言った言葉が、まさかこんな結果を招くとは思ってもいなかったのだろう。







何はともあれ、食卓に五人の姿が並び、朝食が始まった。







「―――しかし、朝からオムライスとはまた凄いな。
 しかも野菜が大量に詰め込まれてると来たもんだ…。
 確かに、健康にはよさそうだが…」
「悪いな、論。食材の買い置きが無かったんだ」
これはラジエルトの台詞。
「…まさかとは思わないですが、お昼もこれってわけじゃないですよね?」
「いや、大丈夫だ。
 これが終わったら買出しに出かけてくる。少なくとも、昼飯はあっさりにしたものにしたいしな」
ヒナの疑問に、ヒナを安心させるように優しい口調で答えるレシュレイ。
「あ、じゃあ私、うどんがいいです」
「―――そこでさりげなく好きな物をリクエストするんだなセリシア…」
「はぅ…」
右手でスプーンを動かしながら左手を挙手してリクエストしたセリシアに、論からの鋭いつっこみが入った。
刹那、一瞬の沈黙の後に、
「…ぶわははははっ!!」
「くく…」
「はははは…」
「…くすくす…」
ラジエルト・論・レシュレイ・ヒナの四人が、ほぼ同時に笑いだした。
当然ながら、この事態を招いた当事者であるセリシアだけは笑わない。というか笑えるわけがない。
「なっ!!何で笑うんですか!!しかもレシュレイまで…みんな酷い!!」
思わずがたん、と、顔を赤くして席を立って反論するセリシア。
その時に机が揺れてしまったせいで、ばしゃん、という音がした。
「――うおぁっ、冷てぇ!!」
テーブルの上に、先ほどまでは無かった透明な液状の物体が広まる。
どうやら、ラジエルトのコップが倒れて、中の水が零れたようだ。
朝食が始まってからまだそれほど時間が経っておらず、中身を殆ど飲んでいなかったのが災いした。
その内に、零れた水はテーブルの端っこを越えて、ラジエルトのズボンのポケット部分に滲んだ染みを作っていた。
「あ、ご、ごめんなさいっ!!」
それを見て、反射的に謝るセリシア。
「ああもう、今、タオルを持ってくる!!」
がたん、と席を立つレシュレイ。
「その前にテーブルのお水を拭かないと…布巾…ふきんはどこですか―!」
きょろきょろと辺りを見回し、テーブル用の布巾を探すヒナ。






…何やら朝から、どたばたの耐えぬ一日だ。










だけど、そんな中、皆が共通して思っていたことがあった。












―――いつもは見ることの出来ない、とても楽しい朝食風景。



たまにはこんなのも、悪くない。



そして、どうか平和が、途切れませんように―――













<To Be Contied………>













―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―












ノーテュエル
「あー、今回は(前に比べると)結構平和だわ――。なんかもう、野原に大の字になって寝ちゃいたいわ――」
ゼイネスト
「ぐ〜〜〜っ」
ノーテュエル
「――って本当に寝ているのが居るし!!其れは寧ろ平和ボケっていうのよ、この―――っ!!!」
ゼイネスト
「ひょいっと」
ノーテュエル
「しかも狸寝入りかぁ!!」
ゼイネスト
「甘いなノーテュエル。
 お前の前で寝顔を晒す事がどれだけの自殺行為なのかなんて、身をもって思い知っているからな。
 何だ?その手に握られた油性マジックは」
ノーテュエル
「…ぐ、当たっているだけに反論が出来ないわ…。
 ってか、よく考えたら、本編で私の額に落書きしたのはゼイネストじゃないのよ!!」
ゼイネスト
「―――とまあそんなコントは終わりにして」
ノーテュエル
「いつからコンビ結成したのよ!そして何気なく流すな!!」
ゼイネスト
「別にコンビを組まずとも、その場しのぎ程度の組み合わせでコントをやったとしても、別になんら問題は無いだろう。
 で、これ以上コントとかその件についてこれ以上触れるのはやめだ。全く、いつも脱線してしまう…。
 さて、本題に入らせてもらうが…今回で『FINAL JUGEMENT』の二話目になるわけだが…第一印象はどう思った?ノーテュエル」
ノーテュエル
「ん―、そーね…。
 今のところ画かれているのは…戦後の一時の平和、ってとこかな。
 そして、今回掘り下げたのはヒナと論。
 視点は基本的にヒナ寄りだったけど」
ゼイネスト
「正解。
 まあ、一話だけでヒナというキャラを語りつくせるわけが無いから、今回はこの辺りまで、といったところか。
 …ところで、何故テーマが『戦後の一時の平和』だと思った?」
ノーテュエル
「ってか一話で語りつくされるキャラって、どんだけ浅いのよ。
 まあ、本作にそんなキャラ居ないと思いたいけどね。


 ――んで、そのテーマに行き着いた理由なんだけどさ、前作ではしょっぱなから戦いだったじゃない。
 …そーいえば、作者が言っていた気がするわ。
 今回の後編『FINAL JUGEMENT』では、最初の方ではなるべく戦闘の割合を減らしたい―――、ってさ」
ゼイネスト
「で、二話目まで何とか戦闘が起こらずにここまで来れたという事か」
ノーテュエル
「うん。
 …だけど、先の『もう一つの賢人会議』を巡る戦いの影響は、未だ色濃く残っているみたいよ。
 レシュレイやセリシアやラジエルトだけじゃない…論も、ヒナも」
ゼイネスト
「シュベールの事が、未だに傷跡を残している。そういうことか。
 …まあ、無理もないよな。
 結果的に『本当の』シュベールは、とても妹思いな優しい姉、というキャラだったんだから」
ノーテュエル
「…そーよね。そう思うと未だにすっごくやるせないの、私。
 だけど、いつまでも過ぎてしまったことを気にしていても仕方がないと思う。
 エクイテスを殺してしまった事にとらわれ続けるセリシアもそうだけど、いつかは決着をつけなくちゃいけないわ。
 …厳しい事を言うようだけどさ」
ゼイネスト
「ほう、おてんば少女にもそんな事を言える感傷があったか。いいことだ」



――――――思いっきり頭を殴られた(ゼイネストが)。



ノーテュエル
「…あんた、私を何だと思っているの!!殴るわよ!!」
ゼイネスト
「殴ってから言うな!!
 …そして予測どおりの反応だな。まあ、そうでなくてはお前らしくない」
ノーテュエル
「ありがたくないお褒めの言葉をどうも。
 ま、あんたの皮肉を聞くのも、もう本編じゃ叶わない事になっちゃったからね。ちょっとありがたいかな」
ゼイネスト
「お、切り返し方を変えてきたか」
ノーテュエル
「ま、それはいいとして、話を元に戻すわよ。
 皆の心境がどんな感じで変化していくのか―――この辺がこれからの見所だと、私は思うわけよ」
ゼイネスト
「幸い、今は結構平和モード…とでも言えばいいのか?
 少なくとも、その事に対して考える時間はあるだろうな。
 何より、今のところは『キャラ達の掘り下げ』をメインに行っているらしいからな」
ノーテュエル
「ま、それはこれからどうなるか期待していきましょうね。
 …で、話を戻すんだけど…この平和はあくまでも仮初のものにしか過ぎないんでしょ」
ゼイネスト
「出来る事ならあまり言いたくなど無かったが、それもまた事実だから仕方がないな。
 平和など、ちょっとした事ですぐに壊れてしまう。そんなものだ。そして、その時がいつ来るかなんて予測できない…俺達みたいにな」
ノーテュエル
「―――く、確かにね。
 そして、その時になって、戦いの波が一気に押し寄せてくる…って感じの展開になるんだと思うわよ…きっと」
ゼイネスト
「ああ、そして、その考えはきっと当たってしまうだろうな。
 …だが無理もないだろう。前編によってこの物語に残されている『いくつかの謎』は、まだその正体を現していないのだからな。それを明かそうとするならば、戦いは、絶対に何らかの形で関わってくる」
ノーテュエル
「…戦いでしか解決できない世界じゃないはずなのに…」
ゼイネスト
「前にも言ったろう。世界はとても残酷なんだと」
ノーテュエル
「それを変える事が出来たら、どれほどいい事なのかな…。
 …ってあれ?」
ゼイネスト
「ん、どうした?」
ノーテュエル
「前回はここに由里が居たのに、今回は何でいないの?」
ゼイネスト
「…実にいい質問だ。
 それなんだがな…」







由里
「…ふわぁ〜〜〜。眠っちゃった。
 …えーと、今、どこまでお話が進んだの?」







ノーテュエル
「…寝てたの!?」
ゼイネスト
「…何と言うか、冒頭の俺の行動に釣られて眠ったまま、そのままだったらしい。
 しかし危なかったな。下手したら、このまま今回出番無しで終わるところだったんだからな…」
ノーテュエル
「うーん、これぞまさしくギリギリセーフ。ってやつかしら」
由里
「…え、という事は、もしかして私、あのまま寝ていたら出番無しだったの!?」
ノーテュエル
「うん」
ゼイネスト
「容赦なく即答するかお前」
由里
「…ふわぁん!!ばかぁー!!」
ノーテュエル
「あ、泣いちゃった。
 こぉらゼイネスト―――こんな可愛い娘泣かせるなんて、何考えてんのよ―!!」
ゼイネスト
「お、俺のせいなのか!?」
由里
「…うん」
ゼイネスト
って、否定する事無く首を縦に振るし!!
 いい性格してんなおい!!」
由里
「…それに加えて、その隣の…えーと、ノーテュエルちゃんもですけど…」
ノーテュエル
って、私もかぁ!!
 安心したところに見事な追撃をプレゼントするなんて…なんか恨みでもあるの?」
由里
「…ぐすっ…ちょっとあります。
 だって、前回だって、私っていうキャラを紹介する前にキャラトークが終わっちゃったし…」
ノーテュエル
「あ―、その気持ち、分からなくはないかも…。
 …じゃあ、今回やらせてあげようよ」
ゼイネスト
「同意しておく。また泣かれたら困るからな」
由里
「じゃ、じゃあ気を取り直して…」








由里
「これから、簡単な自己紹介をさせて頂きますっ!!
 私の名前は、前回で明かしたと思いますが『天樹由里』です。 
 本作『FINAL JUGEMENT』にて参戦を果たした新キャラ第一号です!
 性格は…感情表現が真っ直ぐ…って言えばいいのかな?あ、でもでも、おてんばとかそういうのじゃない…と、自分では思ってます。
 白系の服を基調としてよく着てます」
ノーテュエル
「あ、服で思い出した。
 確か、先行者さんあたりに『魔法少女みたい』だって言われたんじゃなかったけ?」
由里
「話に水を差さないで下さいっ!!
 …うう、確かに事実ですけど。


 …えと、話を戻しますね。


 好きな食べ物は…ハンバーグです…子供みたいだなんて言わないでください。
 嫌いな食べ物は…ピーマンなんです。
 それと、趣味はティーカップ集め。
 …んと、こんなところですね」
ノーテュエル
「…あれ?『あの人』との関係は?」
由里
「そ、それはまだ秘密なんですっ!!」
ゼイネスト
「…一部読者には『あの人』が誰を指すのかなんて丸分かりだろうけどな…まあ、その辺は本編待ちか」
ノーテュエル
「さってさてさて、それじゃあそろそろお開きといきましょうか―――」
ゼイネスト
「…ってか、何でそんなにテンション高いんだ」
ノーテュエル
「それが私よ」
由里
「くすくすくす……違いないですね」
ノーテュエル
「あ、今の笑い方可愛らしくていいな―――。
 ようし、私も…くすくす…」
ゼイネスト
「…何か、よからぬ事をたくらむ腹黒少女って感じがダイレクトに…」



―――刹那、カッチーンという音がしたのは気のせいではないはずだ。



ノーテュエル
「…ふふ、ゼイネスト…自分から死にに行くような発言をどうもありがとう。
 その大儀に免じて…殺してあげるっ!!
由里
「いや――っ!!
 の、ノーテュエルちゃん、何か性格変わっちゃってるっ!!
 な、何が起こったのっ!?」
ゼイネスト
狂いし君への厄災バーサーカーディザスター)』―――ッ!?
ノーテュエル
「あはははははっ!!正解よ!!
 …さあ、楽しませて頂戴!!」
ゼイネスト
「くそっ!!完全に凶戦士と化していやがる!!ここが何でもアリの世界だからって、まさかこう来るとは思わなかったぞ!」
由里
「そ、それ以前に私を巻き込まないで下さい―――っ!!」
ノーテュエル
「抵抗すると無駄死にをするだけだって、何で分からないのかしら!!」
ゼイネスト
「お前はどこのカ○ーユだ!!」









<こっちもTo Be Contied〜>











由里
「え、ええっ!!
 こ、このまま次回に続くのっ!?
 …きゃああぁ!!炎が、今、炎が掠りました―――っ!!」













(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>







…な〜んか上で乱戦起こってますね。
先行者さんノリがうつったかな…。



とまあそんな事はどうでもいいとして、『FINAL JUGEMENT』第二話目をお送りしました。
で、今回はヒナというキャラの掘り下げをやってみました。


ヒナというキャラは物凄く内気で、セリシアを超える泣き虫でもあるのですが、常に周りに気を配る事が出来る少女です。
…故に、勇者が助けに来るのを待っているタイプのお姫様に見えても仕方が無いのですが。


姉と呼んだ少女の想いを受け継いで、今を生きるヒナ。
ヒナを最も思いやっていた少女を殺してしまった論。
ディーとセラの関係みたく『亀裂』が入っているというわけではないですが、二人とも同じ事で悩んでおります。



そして、これはセリシアの悩みとはまた違う悩み。
この問題をどうやって解決していくかが、ヒナのテーマになりそうです。




余談ですが、何気に同盟でも人気あるんですよね。ヒナ。
なんせ、先行者さんに『たん』付けされたくらいだし(暴露すな)。





さて、それではこの辺で。







○本作執筆中のBGM
『レッドゾーン』『雫』『月光蝶』など。







<作者様サイト>
同盟BBSにブログのアドレスを載せておりますので、お暇があればどうぞ。


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