―――FINAL JUDGMENT―――
〜新たな始まり〜









○注意事項○
本作は『DTR』の続編です。
また、相変わらずオリキャラ多めの要素を含みます。
それをご理解したうえでお読みください。












きっかけを用いて、進化も退化も無いはずの、この世界が動く。

それは希望への標か、はたまた、破滅への秒読みか。



そして、彼らと彼女らの物語が、再び動き出す。

結末に何が待ち受けているのかなんて、誰も知らない。




















―――【 始 ま り の 記 憶 】―――
















―――その決意の始まりは、少女の戦いの始まりは、突然にやってきた。
















その日、少女は道を歩いていた。
買い物に行こうとして、いつもとは違う道を歩んでみたいという好奇心に駆られ、普段なら通るはずの無い道を通った。
全く持って知らぬ道。
いつたどり着くか分からないゴール。
――――――だけど、それが楽しい。
まるで、秘密の抜け穴を発見して、それがどこに繋がっているのかをわくわくしながら抜けるような、そんな感覚。
先を知らないのが恐怖であるという事をまだ知らぬ年頃だったなら、誰もが感じたであろう、未知なるルートを通る事による、新たな世界を切り開く事への期待感。






――――だが、ゴールに待ち受けていたのはそんな感覚とは縁遠いものだという事を、その時は知るよしもなかった。







―――ある程度歩いたところで、突如として訪れた異変に気がついた。
目の前に、ありえない色の組み合わせが存在していた。
白かった強化カーボンの道路を、赤い血が汚していた。
白と赤―――赤十字を連想させる組み合わせであり、決して、いい意味での組み合わせとはなりえないモノ。寧ろ、悪い意味での組み合わせと言ったほうがしっくりくる。
加えて、あちこちから風に乗ってやってくるのは、決して嗅ぎ慣れることの無い、とても嫌な匂い。
「――この匂い、まさか…」
特定の条件さえ満たせば、絶対に発現する匂い。
戦場において縦横無尽に駆け巡り、『仲間』となる同じ匂いを集めてさらに膨張する匂い。










―――それは、まごうことなき―――血の匂い。









「いやっ!なにこれっ!!!」
反射的に、思わず両手で鼻を押さえる。
これ以上、この匂いを吸ってなんていられない。
同時に、反射的に辺りを見渡して、
「…っ!!!」
―――絶句した。
「………っ…うそっ……んな…そんなっ!!」
道端に転がっていたのは、十七歳という少女の外見年齢よりも遥かに幼い子供達の死骸だった。
どの子の死骸もあちこちに銃弾で穴を穿たれて、絶命していた。
具体的にどこを貫かれたなんて――――――筆舌に尽くしがたくてとても説明なんて出来ない。
酷い、と素直に思った。
どうしてこんな事が出来るのか分からない。
こんな可愛い子供達を、人間の子供達を殺せるのかが分からない。
「――――うっ…くぅ…ぁ…」
同時にこみ上げてくるのは嘔吐感。反射的に左手で口を押さえて、リバースするのをすんでの所で抑える。
気持ちを落ち着かせることなど出来る訳も無く、叫びたい衝動を必死で抑えながら、少女は死骸を見つめて、目的のものを見つける。
「…ごめんね。だけど、どうしても調べさせてほしいの」
物言わぬ相手に謝罪し、死体の一つに中途半端に突き刺さっていた弾丸を手に取る。結果、脳内のI−ブレインに学習させたデータから、弾丸は軍で使われているものに違いない事を確認した。
―――じゃあ、軍の連中の仕業!?
そんな仮説が真っ先に思い浮かんだが、肝心のそれを裏付ける理由がない。軍人による民間人への銃撃は厳しく禁止されており、許可無く行った者は厳刑に処されるという規律があるはずなのだから。
―――先に行って、誰か生き残った子がいないか確かめないと…。
考えても仕方がないと、一人でもいいから生存者を探さなくてはという結論にたどり着き、少女は足を進めた。










心の中に耐えることなく湧き上がり続ける焦燥を抑えながら、早足で歩く。
これまで見つけた子供達の死骸は全部で十五人分。
だが、それ以外にも死体がある事に気がつく。
死体の数としては、子供達の数倍。
それらは全て、統一されていて個性という者が無い軍服を着た死体。間違いなく軍の人間のものだ。
この状況から、考えられる可能性は二つ。
一つは、軍の中の誰かが離反し、軍の人間同士で殺しあったという事。
もう一つは、何かの事件の犯人と軍の人間が戦闘し、結果、犯人は逃走し、軍の人間は殺されたという事。
―――そして、いずれの場合も、子供達がその巻き添えを食らってしまったという事。
…可能性としては、後者の方が非常に高い事は明確だった。
もう、少女は泣きそうだった。
酷いどころの話ではない―――惨すぎる。
ずきるずきりという、心に響き渡る痛みに胸を押さえる。
―――どうして、誰が、こんな事を。
そこまで考えて、初めて、声が聞こえてきた。
「…なんで…何故だ…何故だぁぁぁぁっぁぁっ!!」
男の声だ。
少女の真正面、少し遠くを見渡すと、道の中央で泣き崩れている男が居た。
外見年齢は概ね二十台半ばといったところか。金髪で、白いコートに身を包んで、あどけない男の子の亡骸を抱きしめて泣き叫んでいた。
その白いコートが赤い血で濡れていようが、構わずに亡骸を抱きしめていた。
その付近には大きめの家があり『クレセント孤児院』という表札がかけられていた。どうやら、亡骸となった子供達は、全員がここの住民だったらしい。
それから現実時間にして五秒後、突如、泣いていた男は顔をあげて、鋭い視線で灰色の空を睨みつけ、声を張り上げて叫んだ。
「ううっ…エミル…ヨシュア…トーファス…イレーナ…どうして…どうして…どうしてこんなことにぃぃぃぃぃっ!!!!」
それは地の底から湧き上がってくるような、呪詛を込めた悲哀の叫び。
男の悲しみがひしひしと伝わってくるような、そんな感覚を少女は覚えていた。
だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
こちらに気づいていないらしい目の前の男をしっかりと見据え、
「―――あなたはここの人ですか!?これは、誰がやったんですかっ!!」
透き通ったような声を張り上げ、叫ぶ。
金髪の男は一瞬驚いたようにびくっと身をすくめたが、すぐにこちらを向き、兎のように赤く腫れた目の端から涙を流しながら少女を見て、
「――――貴女は―――いや、違う。最後に一瞬だけ見たあの女は、黒い服に身を包んだ女だった…」
「黒い服に身を包んだ女!?」
すかさず脳内のデータを照合してみたが、それらしい人物のデータは存在しなかった。
「―――それより…ここにいるって事は、何が起きたかはもうご存知なんでしょう…。
 手伝ってくれませんか?この子達のお墓を作るのを――――――」
涙を止めずに、男は告げる。
少女は、無言で頷いた。









一番近くに居た六歳くらいの、黄色のツインテールの女の子の亡骸を拾い上げる。
心に痛みが走ったが、気にしてなんていられない。
「…この子の、名前は?」
涙が出そうになったが、必死で堪えた。
「…エミル・マーティンスト…活発で、お料理が大好きで、将来はコックさんになるって張り切っていた子でした…。フライパンを握る姿がとっても似合っていたのに…」
過去の思い出が脳をよぎり、男は再び泣き崩れそうになるが、ぎりぎりで耐える。
泣くのはいつだって出来ると言い聞かせて、子供達の死体を一体ずつ、優しく抱きかかえて一箇所に纏めていく。
「……」
顔を俯かせて、一秒ほどそのままの姿勢でいた後に、
「……可哀相…可哀相過ぎるわこんなの…」
エミルと呼ばれた六歳くらいのツインテールの女の子の亡骸をぎゅっと抱きしめて、少女は涙を流した。
「どうして、どうしてこうならなければならないの…こんな小さいうちに死んでしまって………まだ、まだやりたいことが…たくさん…たくさんあった筈なのにっ!!
 …ふえ…ふわぁぁぁんっ!!」
しまいには、あふれ出る感情の波を抑えきれずに、本格的に泣き出してしまった。
その様子を見た金髪の男は、初めて表情を和らげて、
「…ありがとう―――ございます。初めて会った…いえ、会ったというのもおかしいでしょうが…見ず知らずの貴女が、この子達の為に泣いてくれるなんて……」
優しい口調で、そう言ってくれた。
少女は顔をあげて、涙声で金髪の男に問う。
「人が死ぬのは…どんな形であれ…私、嫌だから…。
 そ、それと…誰も…誰も来なかったんですか!?
 …銃撃戦があったのに、誰も…」
少女の問いに、金髪の男は歯を食いしばって首を振り、
「…ここは町外れの孤児院なんです…だから…この周辺に人はいないんですよ…」
変えようの無い、そしてどうしようもない事実を告げた。
「…っ!!」
この瞬間、少女は、自分の無力さを呪った。
もし自分がもっと早くここに来ていれば、一人でも多くの子供を助ける事ができたのかもしれないのだから。
だが、金髪の男は少女の心の内を悟ったらしく、
「そう自分を責めないで下さい―――貴女は部外者だったんだから、知らなくても当然なんです。それよりも、僕がもっともっと頑張っていれば、きっと―――」
という言葉を浴びせてくれた。
「それより、早くお墓の準備をしてください。それと、火葬の準備も」
「――――はい」
少女は歯を食いしばり、行動を開始した。






子供達の亡骸を片付けているところに、軍のフライヤーがやってきた。
子供達のお墓作りを手伝ってもらい、軍人達の死体を回収して、フライヤーは去っていった。
おおよそ一時間くらいで全ての工程を終え、少女と男は孤児院の中へと入った。
向かいになっているテーブルの椅子に座り、
「有難うございます―――会ったばかりだというのに」
金髪の男は頭を下げて、心からの御礼をする。
「そんな事ありません。こういう時は助け合わなくてはいけないのですから」
少女も頭を下げる。
そして、少女には何よりも知っておきたい事があった。
だから、金髪の男が頭を上げるのを待ってから、口を開いた。
「貴方はここの孤児院の―――園長さんですよね?」
「そうです」
「差し支えなければ、お名前を」
「―――ワイス。ワイス・ゲシュタルトと申します。そして、貴女は?」
「私は――――――」








「…綺麗な響きの名前ですね」
少女の名前を聞いた時、ワイスと名乗った男は微笑を浮べてそう言った。
「そ、そうですか…」
生まれて初めて言われたその言葉に、少女の心臓がちょっと跳ね上がるような、そんな感覚。
今まで経験した事の無い行動に、一瞬だけ頭がぼうっとする。加えて、頬まで紅潮した。
だが、次の瞬間には気持ちを切り替えて、凛とした表情で問うた。
「ワイスさん…教えてください…一体、どこの誰が、こんな酷い事をしたんですかっ!!あなたが犯人の姿を見たのなら、覚えている限りで構いません」
ついつい感情的になって叫んでしまったが、今の少女にはそんな事を気にしている余裕など無かった。
俯いたワイスは悔しそうに肩を震わせ、口を開く。
「…怒る気持ちは十二分に分かるし、僕だって今にも犯人を殴り殺したいです。
 けれども、犯人と思しき人物は逃走し、どこにいるか分からないのです。




 …ですが、犯人の外面的特長は覚えています。
 全体的に黒っぽい服でコーディネートしていて、見た目は『少女』と呼べる年齢でしたね…ぱっと見、十七歳くらいでした」
「なっ!!それじゃ私と同い年じゃないですか!!」
少女は驚きを隠さずに声をあげ、同時にテーブルの上にその身を乗り出した。
今の話が本当ならば、犯人の外見年齢は自分と同じような『少女』だという事になる。
どこの腐れ女がそんな事をするんですかという叫びをあげようとした刹那、
「落ち着いてください!!」
強い口調になったワイスに諭された。
そんなワイスの様子を見て、少女は心を落ち着かせた。
そして気づく。
ワイスの方が、少女よりも遥かに辛い思いをしているということに。
だから、黙りこくってしまった。
それを確認して、ワイスは口を開く。
「―――僕がちょっと買い物に行って戻ってきた時には、全てが手遅れでした。
 既に道のあちこちに子供達の亡骸があって、軍の人間の最後の一人が殺されて、犯人はそのまま飛翔するように移動して、逃げていきました。
 軍の人達も追っている犯人については知っているようで、僕が子供達の関係者だと分かると、犯人の目的を教えてくれました。
 ―――何でも、マザーコアになる予定の魔法士を奪いに来たそうです。
 過去に犯人と戦って、唯一生き延びた兵士からは、犯人がマザーコア用の魔法士をマザーコアとして使うのではなく、人として生かす為だそうです。
 そして後日、その兵士は路地裏で血に濡れて死んでいたそうです。おそらく、生き延びた事を知られた犯人に殺されたのでしょう」
「――な」
あまりにも奇天烈な犯人の行動に、少女は一瞬息が止まるかと思った。
何だそれは。
シティを生かすための動力源を、わざわざ生かす為に攫った?
何だ、その世界存続の侵害にあたる行為は。明らかに優先順位を間違えているんじゃないのか。
少女の心の中に生まれた数々の思惑。
名も知らぬ常識外れ女の行動への怒りが、確かな形でふつふつと沸きあがってくる。
「…さらに、軍の人達は、僕にその名前を教えてくれました。何でも、ここ数年、各国の情報部で噂になっている、正体不明のテロリストで、その名前は――――――」







その名前を聞いたとき、
「許さない―――許さない!!」
少女の心の心の奥底から、激しい怒りが巻き起こる。
罪も何も無い子供達が、幼くて儚い命が、どうして死ななければならないのか。
しかもその代償に助かったのは、マザーコアにされると言われた魔法士の子供達だという。
「この子達のお母さんが、お腹を痛めて産んだ子供達を容赦なく巻き込んで…!!!」
握った拳に力が入る。
力を入れすぎて掌に爪が食い込み、血が滲んだ。
「その上、死んでマザーコアになる筈だった、たった少しの命を助けるためにこれほどの犠牲を払うなんて―――悪魔の所業だわ!!!」
感情のままに泣き叫ぶ。
顔を知らない犯人に対しての怒りは、さらにボルテージを上げていく。
「こんな事―――私は絶対に許さない!!
 …ワイスさん、私も協力します。そんなトチ狂った奴なんて、こてんぱんにのしてやって、子供達一人一人の墓の前でおでこが擦りむくほどに土下座させてやりましょう!!」
空を見上げて、少女は叫んだ。
ワイスもまた、無言で頷き返した。
その顔に、静かな怒りが込められていたのを、少女は確かに見た。













この日、この人生で自分が何をするべきかという目標の一つを、少女は決めた。














―――* * * * * *―――











「―――――――んむぅ」
ぱちり、と目が覚める。
目を開けると、世界は一面の白だった。
脳内時計が『午前七時二分』を告げる。
寝起きだというのに、不思議と頭は覚醒していた。きっと、今見ていた夢のせいだろう。
少女の身体がゆっくりと起き上がる。胸にかかっていたシーツが柔らかい感触を残して滑り落ち―――ないで、少女の成長した胸の部分にちょっとだけ引っかかる。
かまわず、少女はそれを手で避ける。いつものことだ。
周りを見渡すと、少女の黒くて大きな瞳に色々な光景が写る。
右手の方向には二重窓。木目調のベッドにピンクのカーペットに、部屋の入り口付近にあるいつも履いている白い小さなブーツ。
そして、眼前の壁にかけられた猫さんのポスターが目に入り、ここがいつもと変わらぬ自分の部屋だという事を思い出す。
ちなみに、少女が今着ているのは、白とピンクのストライプ模様のパジャマだ。
「――懐かしい、夢…」
顔を俯かせ、少女は感慨にふける。
この夢を見たのは、おおよそ五ヶ月ぶり。
しかしその実態は、間違いなく一年前に起きた現実であり、少女が自分の人生で先ず最初に何をするべきかを決めたきっかけだった。
少女からしてみれば、人殺しを成敗する事。とでも言えばいいのだろうか。
あれから少女はワイスと別れ、その事件の犯人について調べ上げた。
ちなみに、ワイスとはあれ以後一度も会っていない。
…尚、一応言っておくと、歳が離れすぎていて範囲外だったことがあり、恋愛感情云々は全く持って関係ないので、恥ずかしくて会えなかったという訳では絶対に無い。
ワイスと会っていないその理由は別なところにあるのだ。
あの事件から数ヵ月後、クレセント孤児院に二度目に向かったところ、そこにはワイスの姿は見当たらなかった。その代わりという訳かドアに張り紙がしており、そこには『ちょっと世界に探し物をしてきます』と書かれていた。
故に、少女もまた別行動。
いつか再会するかもしれないと思いながら、シティ・マサチューセッツのデータベースにアクセスしたり、果てはシティに潜入し、重要な情報をハッキングしに行ったりした。
道中、自己防衛装置に二十ミリ弾で狙撃されたり、見張りに見つかって戦闘せざるを得なかった事もあった。
I−ブレインがうまく起動しなかったら、間違いなく死んでいただろう。
―――が、その結果、収穫は十分にあり、今ではその犯人の名前も組織も分かる。
今や、様々な場所にその名前を轟かせている―――、
「あ!!」
そこまで考えて、少女は何の前触れも無くぽん、と手を叩く。唐突に、忘れていた事を思い出したからだ。
「そうだ!!あの子の様子を見に行かないと…」
さっきの考えはどこへやら、少女は白い布団をよけてベッドから降りて着替えて、部屋の入り口に置いてある白いブーツを履いて部屋の外へと歩いていった。
もちろん、先ほどの夢の内容を忘れた訳ではない。だだ、考えを切り替えただけ。
何故なら、四六時中あんな事を考えていては、とてもじゃないが精神が持たないからだ。
ここは平和な少女の住処。常時戦場という言葉とはとても縁遠い場所なのだから。















それが、少女の2198年10月15日の始まりだった。




















―――ああ、大切な事を告げるのを忘れていた。
物語を紡ぐ人物の名前を、今の今まで言い忘れるとは何たる事か。
ならば今、その名前を告げよう。
























少女の名は――――――天樹由里。




















―――【 傷 痕 】―――





















暗闇の中、一人で立ち尽くしている。
周りを見渡しても見えるものがあるわけがない。
全ては闇に彩られた閉鎖空間。果てしなく広がる黒い海に膝まで浸っている。
わずかな光すら反射する事のない水面。
歩けど歩けど、変わることのない景色。
そして、何度も見た景色である―――それこそ、嫌になるくらいに。



脳に命令を送っても、Iーブレインからの反応は返ってこなかった。
数秒後に原因にすぐに気づいた。
当たり前だ。と最初に思った。










何故ならここは―――いつも見る夢の中なのだから。



―――そして今日も、痛みを知らされる夢を見る。














鉛のような足を引きずって、歩いてきた。
黒一色に染まったコールタールのような海をかき分けて当てもなく彷徨って、ここまで来た。
人の体温とそう変わらぬ熱量を持った黒い海はどこまでも途切れることなく、それでいて信じられないくらいに穏やかで、波しぶき一つ立てない。
そして、歩いた後は、一秒足らずで元ののっぺりとした水面を再び形成する。
全てはその繰り返し。それ以外の現象が起こったことなど、この夢の中では一度も無い。
時間経過の概念が感じられずに歩き始めてから、どれくらいの時間が経ったかなんて分からない。
だけど―――、





…そろそろ、来ます。







時間間隔を直感で感じ取り、心の中だけで呟く。
見たくない、来て欲しくない恒例の景色が、恒例の声が、恒例の儀式がそろそろ来る筈。
そう思うと、胸のうちに気持ちの悪い、形容しがたい感覚が襲い掛かる。
立ち尽くして俯き、無言のままそれを耐える。
この程度でいちいち泣いてなんていられない。
こんなのはまだ序の口、本当の恐怖は、本当の痛みはこれから始まるのだから。














――――――その背後から、呪詛を含んだような声が響き渡った。











―――お前は、殺した。











…また。です…。





…もう何度、この言葉を聞いただろうか。
とても重くて、それでいて心の痛いところを正確に衝いてくるような一言。
ずきりという音と共に胸が痛み、両手で反射的に胸を押さえて、黒い海に膝をつく。






…そんな…そんな事は…。









―――――逃げるな。お前が逃げていい理屈があるとでも思うのか。










…だって、あれは、あれは仕方のないことだった。
あの人も、それを望んだから、私は答えただけ―――だった。
…それだけ…それだけなんです。










両手で頭を抱えて、いやいやをするように頭を振る。











―――そいつだって言っていたはずだ。
本当ならもっと生きたかったと、死にたくなかったと。
だけど、それが出来ないって分かっていたから死を選んだ。
だから、お前は殺したんだ。











胸を締め付けられるような感覚に、きりきりと音がした。
あまりの痛さに耐え切れず、その場にへたりこむ。













―――いくら綺麗事を言いつくろうが、お前のやった事は人殺しだ。













…私、わたしは…わたしは…!!!













目に浮かんできた涙で視界が歪む。
不変のはずの漆黒の闇が、ぐにゃりと曲がったかのようにすら見えた。













―――いや、寧ろ『家族殺し』だ。それも兄を殺したのだからな。














頬を伝う汗。
その中には、瞳から零れてきた涙も混じっている。
心の中では、健気に頑張る理性が恐怖という二百万の軍勢に囲まれていた。
唇が可哀相な位に青くなり、歯の震えも肩の震えも止まらない。
圧倒的なまでに大きな恐怖の奔流は、セリシアの意識をいとも簡単に飲み込もうとしていた。













―――ほら、見てみろよ。お前が殺した人間の顔を。














暗闇に一点の光の渦が出現し、そこから赤い何かが出現する。
その赤いものが血であるという事に気づくのに、時間はかからなかった。
そして、そいつは完全な形で、目の前に姿を現す。
その姿は、忘れようにも忘れられない人間の姿。


















「―――――ああ、痛かったぜ、殺してくれて有難う」




















その顔が、その姿が明らかになった時、少女は声にならない叫び声をあげた。


額から流れる一筋の赤い筋。致命傷にして、I−ブレインを直撃した何よりの証。
橙色の髪の男の名は――――――エクイテス。


…少女が殺した、実の兄。











―――もう、駄目だった。
…ぎりぎりで繋ぎとめていた理性が、限界を超えた恐怖に塗りつぶされた。
やせ我慢をする気力も、歯を食いしばる根性も、もう、一欠けらも残ってはいなかった。






















「い……………いやああああぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!!」




















絹を裂くような少女の涙の叫びが、闇へと吸い込まれる事なく反響した。



















――― * * * * * * ―――

















「―――っ!!!」

がばっ、という音と共に、ベッドの毛布と掛け布団を一気にまくり返して、セリシアは上半身を起き上がらせた。
刹那、近くにあった蛍光灯のスイッチを押し、部屋に白い明かりを灯らせる。
暗闇は、一瞬のうちに白い光に塗りつぶされて消え去る。
「は――っ…は――っ…」
俯いて、両手で布団を強く掴んで、目を見開き、激しい呼吸を繰り返す。全身から嫌な汗が噴き出してくるが、それも我慢する。
「―――うぁ」
無意識のうちに、布団を掴んでいたはずの両手が心臓を押さえた。
心臓がどくんどくんと高鳴っている。
激しい動悸は、しばらく収まりそうにない。
脳内時計が告げる時間は『午前二時四十五分』。布団に入ったのが昨日の午後十一時だから、約四時間しか眠っていないことになる。
しかし、それはさして問題ではない。外見年齢十七歳というこの年頃の少女に睡眠不足は大敵ではあるが、朝七時くらいまで寝れば、睡眠は十分に取れる。
それよりも遥かに大きい問題として目の前に立ちふさがってるのは、眠りにつくと、ほぼ毎日のように見るこの悪夢だ。
「…また、この夢…」
顔を俯かせ、誰に言うでもなく、セリシアは一人ごちた。
血にまみれた橙色の髪の男が、呪詛を呟きながら追ってくる夢。
その男の名前をセリシアは知っている。
先の『もう一つの賢人会議』との戦いの中、セリシアが殺した――、
「うっ!!」
そこまで考えた瞬間、喉の奥から急に襲い来る嘔吐感。
素早く口元を押さえ、海老の様に背中を丸めて我慢する。
そのままたっぷり十秒が経過して、嘔吐感は段々と収まっていった。
ぐったりとうなだれるように壁によりかかる。噴き出した汗で身体がべったりしていて、髪の毛が背中に張り付く感覚がとても気持ち悪い。
未だに荒くなってしまっている息を整えるべく、そのままの姿勢でしばらくの間、おとなしくしておく。
その間に頭の中を巡る、嫌な記憶。
強化カーボンの白い部屋で対峙する、セリシアと橙色の髪の男。
煌く閃光と共に舞い散る赤い血。
終結を告げるためにI−ブレインを貫いた感触は、セリシアの白い手に未だにはっきりと残っている。
分かっている。
セリシアはこの感触を、この痛みを忘れるわけにはいかないと。
生きて、橙色の髪の男―――エクイテスに対して『地獄の神のお祝いにヘル・ゴッド・オブ・エデン)』を埋め込んだ何者かを探して―――斬る為に。
「殺したくなんて…ない…です」
そこまで考えて、知らずのうちに口に出していた言葉。
力がある。
この身には、戦える力がある。
『騎士』としての強力な戦闘能力。
運動速度を六十倍、知覚速度を百二十倍まで引き伸ばせる。
『大戦の英雄』黒沢祐一に匹敵する加速率。
そして、白銀の騎士鎌『光の彼方』は、セリシアの命に従いその形状を変える、世界で唯一つの武器。
セリシアを生み出した科学者・ラジエルト・オーヴェナが、セリシアの為にと作ってくれたものだ。
制限こそあるけれど、伸縮自在に刀身を変える事が出来るという、反則の領域を超えた武器。
人を、魔法士を、命を斬って絶命させる為の存在。
―――だけど、本当なら、出来る事なら、セリシアは戦いたくなんて無かった。
戦わなくて済めばいいと、そう思っていた。
だけど、それじゃいけなかった。


「レシュレイだけに…戦わせないって決めたから…」


―――そう、
一年以上前の大量殺戮事件で、セリシアが戦う事を拒絶してからは、レシュレイが全ての戦いを担ってきた。
全ての血を、全ての死をその身に背負い、襲い掛かる敵全てを切り捨て続けた少年。
それはすなわち、レシュレイだけが、罪も痛みも背負ってきたという事。
それがどういう事かと気づいたセリシアは、先の戦いの中で、レシュレイと共に罪も痛みも背負っていく事に決めたのだ。
その結末にある、エクイテスを殺したという事実。
如何なる理由があろうとも、エクイテスの未来を奪ってしまったその責任は、セリシアが償わなくてはいけない。
泣いても、傷ついても、苦しくても、この信念を折り曲げるわけにはいかない。
「兄さんと…約束したから…」
それが、エクイテスに出来る罪滅ぼしだと決めたから。
セリシアが殺した実の兄、エクイテスに償うために。
全てに屈するわけにはいかない。
だけどそれが、ここまで辛い事になるなんて、あの時は思わなかった
―――そう考えただけで、涙が出てきた。
「…ううん、泣いちゃ…泣いちゃダメ…だって…私…」
右腕が弱々しく動いて涙を拭う。
だが、休む間もなく再び流れた涙によって、視界はすぐさまぼやける。
刹那、セリシアの脳裏に浮かんだのは、いつも傍にいてくれる蒼髪の少年の姿。
「…レシュレイ…」
小さくて消え入りそうな声でその名前を口にした時、
…こんこん。
セリシアの部屋のドアをノックする音がはっきりと聞こえた。
一瞬だけ、心に光が差し込むような感覚を確かに感じて、ちょっとだけ嬉し泣きの顔になって、セリシアは答えた。
「……どうぞ…入ってきてください…」
無論、心の闇が、悲しみが完全に晴れたわけではなかった。そのために、声のトーンはいまだに暗いまま。
「…分かった」
その声が誰のものかなんて、説明の必要すらない。
だから、ドアの方を向いてセリシアは答える。
「うん…どうぞ」
そして、小さく頷いた。
「分かった…入るぞ」
そう言った直後に、蒼髪の少年は静かにドアを開けて、小さな足音と共に部屋へと客人を招き入れる。
同時に、セリシアは部屋の電気の助けを得て、大切な来客の姿を正面から見つめる。
赤系の色を基調とした寝巻きを着た、蒼髪の少年。
その姿を確認した時、心の中から感情の波が一気に溢れてきた。
「…レシュレイ、私…私…っ」
ぐすんぐすん、と涙が止まらない。
「…っ。何も…何も言うな」
そんなセリシアの姿を見たレシュレイはベッドへと近づき、少女の傍らへと立つ。
「ひぅっ…く」
嗚咽と共に、セリシアはレシュレイの胸へと顔を埋めた。
後頭部と背中に、暖かい手が優しく触れる感触。
抱きしめてくれたのが、一瞬で分かった。


























レシュレイの腕に抱かれて、胸に顔をうずめる度に考える。
いつもこうだ。
セリシアが悪夢を見て目を覚ます度に、その数分後にレシュレイがここまで駆けつけてくれる。
慰めてもらう度に、レシュレイが近くに居てくれて、痛む心がだいぶ楽になり、
だけど、レシュレイからしてみれば、それは安眠妨害に等しい。
もちろんレシュレイの事だから「心配するな。お前のためならこんなの全然平気だ」と言ってくれるのだが、その裏に隠れた疲労の色までは誤魔化せていない。事実、レシュレイは昼寝で睡眠時間をカバーしているのを何度も見たことがある。






頭では、ぐるぐるとした考えが螺旋を描き、いつまでたっても正しい答えが出ない。
これじゃあいけないという思いが、余計に答えを出づらくしている感すらする。
だけど、今のままでいいなんて思わない。
これは、絶対に解決しなくてはいけない問題なのだから。





エクイテスは――兄さんは、自分達を本当に殺すつもりでかかってきていた。そして、殺人鬼と成り果てるという暗黒に包まれた未来ではなく、死による開放を選んだ。
自我を持たぬ下等な殺人鬼と化す前に殺してくれと、確かに言っていた。
だから、レシュレイとセリシアは戦い、結果、セリシアの『災厄を薙ぐ剣レーヴァテイン)』の一撃が、エクイテスの願いを、その望みをかなえる最後の決め手となった。
だが、最後に兄さんは言っていた。
魔法士とて生きねばならぬ。と言っていた。
心の底から望んだ死などではなかったと言っていた。
そして、あの夢の言うとおり、セリシアがいくらうまく言いつくろうとセリシアの行った行動は人殺し以外の何者でもなく、エクイテスの命を奪った行為に他ならないのだ。






「レシュレイ…」
セリシアが涙で濡れた顔を上げた。
「辛くて…苦しくて…とっても難しいです」
そして、瞳の端から零れる涙は止まらない。
「…今は泣くんだ。泣いていいんだ…俺は、その為にここにいるんだから…」
「…!!」
その瞬間、セリシアはひうっと息を呑み、再び顔を埋めて、喉の奥から溢れる嗚咽を漏らし続けた。







それから現実時間にしておおよそ十分後。
顔を上げるセリシアと、見つめ合うように視線を下げるレシュレイ。
そうして、二人の顔が向き合う形になる。
一瞬の沈黙の後、最初に口を開いたのはレシュレイだった。
「…泣き止んだ…か?」
「ごめんね…毎晩泣いちゃって…」
「ごめんは俺の台詞だ。セリシアのその苦しみを、こういう形でしか受け取れないんだから…」
「うん…いつもありがとう…だから…だい…す……」
その言葉の最後の方は、とても小さすぎて聞こえなかった。
数秒後、薄紅色の唇が、彼自身の頬に静かに触れたのを、レシュレイは確かに感じとった。








それから何分の時が経ったかは、よく覚えてなんていなかった。
確認の為に脳内時計を起動すると『午前三時十分』という反応が返ってきた。
セリシアが静かな寝息を立てたのを確認してから、レシュレイはベッドから離れてドアの方へと歩み出す。
ドアノブに手をかけて、消灯している為に薄暗い廊下へと一歩を踏み出した。
後ろ手で、静かに『ぱたん』とドアを閉める。
「…あ」
同時に、目の前に知っている顔がいることに気がつく。
否、寧ろその人物がここにいること自体が酷く当たり前。セリシアに異常がある事に、この人も気づかない訳がない。
「…またか」
暗闇の中から聞こえたのは、ラジエルトの声だった。
ほぼ全てを教えてあるために、今更言う事など何も無い。
「…そうだ。
 いつになったら終わるのか分からない、セリシアの心を蝕む永遠の悪夢だ…」
ため息と共に、レシュレイは静かな声で答えた。







思い返せば、エクイテス達との戦いを終え、シティ・メルボルンに帰ってきてから、セリシアという名の少女が人前で泣く事は滅多になかった。
皆の前では明るい笑顔、くるくるというほどではないが動く表情。生きていて楽しいです、とでも言うように、少女はいつでも笑っていた。
―――それこそ、不自然なように。
それが、周りに心配をかけないように、心の傷と影を見せないようにして強がっている事にレシュレイが気づくのに、時間はかからなかった。
そして、セリシアは毎晩毎晩悪夢を見る。
一人きりの寝室でうなされて目を覚まし、こみ上げる嘔吐感と共に、ずきずきと痛む胸を押さえる。
加えて、実の兄を殺した罪の重みに耐え切れずに、このままでは少女の優しい心はいともたやすく篭絡してしまうだろう。
いや、下手をすれば、 だからレシュレイは、セリシアが目を覚ました事を察知できるように、彼女の部屋に小型のレーダーをつけた。
何も出来ずに見ているだけなんて嫌だから。
彼女が生まれた時から、彼女の支えになると。
悲しいのなら、その悲しみを分かち合おう。
涙止まらぬなら、いくらでも拭ってやろう。
セリシアが心休まるまで、絶対にそばを離れないと―――過去のあの事件の時から、そう決めたのだから。
「セリシアは人前では絶対に泣かないんだ。
 いつも笑ってて、いつも楽しそうにしている…本当は、そんな訳が無いのに、皆に気づかれているのに、それでも、皆の前では泣かないんだ。
 …論もヒナも、気づいているのに口に出さないでくれている…それはとてもありがたいし、感謝もしている。
 …だけど、このままじゃいけないって分かってる―――でも、どうすればいいんだ!?
 俺はどうすればいい?このまま、こうしているしかないっていうのか!?
 それではいつまで経っても前には進めないし、セリシアの心が休まる安息の日も来ないんだ!」
桃色の髪の健気な少女が無理をして日々を過ごしているのを、皆が分かっている。
だけどみんな、どうすればいいのかが分からない。
この問題の半分はセリシア自身の問題で、最終的には、セリシアがセリシア自身で決着をつけなくてはならない。
だけど、そのステップに踏み出させるために、この問題を本当に解決するにはどうすればいいのかという答えが分からない。
今のレシュレイの行動も、一時的な慰めに過ぎない。いつかは、カバーしきれない時が来るだろう。そして、もしその時が来てしまったら、レシュレイはどうすればいいのだろうか。
それを防ぐために、他にもっといい方法がないのかと常日頃模索しているが、残念ながらこれ以上は思いつかない。
自分の足りない頭が腹立だしい。
物理法則すら読み解くI−ブレインも、こんな時には何の役にも立たない。
「…ふがいないよ。俺自身が」
レシュレイは俯き、もう一度、ため息を吐いた。
爪が食い込みそうなくらいにまで、拳を握り締める。
悔しかった。
本当に悔しかった。
この程度しか、彼女の力になれないのが悔しかった。
『真なる龍使い』たるこの力が、何の役にも立たないのが悔しかった。
「…あ、ごめん、父さん、愚痴になってしまって…」
そこまで言ってから、ラジエルトにそんな事を言っても何にもならないという事に気づいてしまったレシュレイが視線を上げた。 同時に、顔を俯けたままのラジエルトもまた、口を開いた。
「―――お前だけじゃない。悔しいのは俺も同じだ。
 俺の父親としての力はこの程度のものだったのかと思うと、この身が腹立だしいんだよ。
 自然現象の根本たる原理すら解明できるはずの科学を持ってしても、人の心だけはどうにもならない。
 ―――だけどこれだけは言っておく…いいか、決して焦るんじゃねぇ。
 この問題はとても根が深い。故に、そう簡単に解決できる問題じゃねぇんだ…。
 今はまだ―――我慢するしかないんだよ」
ラジエルトの握り締めたその拳が震えている。
何かに耐えるように、あるいは悔しさを隠そうともせずに、歯を食いしばっている。
その心のうちにあるのは、レシュレイと同じ感情。
故に、ラジエルトが何を言いたいのかなんて、その様子から明確に分かる。
それにつられるように、レシュレイもまた、両手の拳を握り締めて、声を荒げた。
「…くそっ!!あの時、罪も痛みも二人で背負っていこうって言っていたのに…!!
 いざ結果が出てみれば、セリシアだけが兄さん殺しの罪を背負っているっ!!
 そして、俺は一番傍にいるのにセリシアを助けてやれない……俺は、何て無力なんだっ!!」
それに割り込むように、ラジエルトが口を開く。
「…そうやって自分を責めるな。少なくとも、俺はそんなことは無いと思う。
 今のお前は十分にその役目を果たしている。さっきも言っただろう―――焦るな。と。
 焦ってもどうにもならない。冷静になれ―――それに、このままではセリシアを起こしてしまう」
そこまで言われて『あ』という声と共に、血の上った頭が冷静さを取り戻していくような感覚をレシュレイは覚えた。
「…父さん。そうか、そうだよな…辛いのは、みんな同じなんだったな」
ラジエルトの言っている事から、その心情を容易に理解して、レシュレイは黙り込んだ。
そうだ、これはレシュレイだけの問題じゃない。
今問題になっているのは、ラジエルトにとっては他ならない娘の事。
故に、本当ならラジエルトとて一日でも早く具体策を出したいに違いない。
だけど、それが出来ないのが悔しくて、だからと言って慌てても何にもならないと分かっていて、それでも尚、言葉を選んだ結果が今の台詞なのだ。
ラジエルトの父親としての気遣いに、レシュレイは心の中で感謝する。
そのまま、数秒間の沈黙が訪れる。
だが、最早今夜で出来る事は全てやりつくした。
故に、ラジエルトは最もな答えを導き出す。
廊下に飾ってある、暗闇でも文字が光るタイプのデジタル時計へと視線を移す。
示された時間は『三時二十分』。普通に睡眠を取っているべき時間だ。
「…ま、今夜はもう大丈夫みたいだから…寝るとしよう。時間も時間だし、明日も早いからな」
「そうか、もうこんな時間か…ふ、ふわぁ〜〜〜ぁ」
その台詞で安心したのか、緊張のとけたレシュレイの口からは欠伸が出た。
「あふ…ぁ。っと、つられちまったじゃねぇか」
それにつられたのか、ラジエルトもまた欠伸をしてしまった。
次の瞬間には二人揃って苦笑して、それを合図にしたかのように、
「おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
二人はそれぞれの部屋へと歩き出した。








会話が途切れて、二人分の欠伸が聞こえて、それを合図にしたかのように足音が聞こえて、ドアの向こうの二人の人物の気配が完全に消えた事を確認した。
―――ぱちり、と、青い二つの瞳が開かれた。
「そう…だったんですね」
二人の会話の内容を、一言も忘れることなくI−ブレインへと記憶して、今、それを思い返したセリシアは一人ごちた。
盗み聞きするつもりなんてなかった。
目を瞑り、一度は寝息を立てたものの、やっぱり寝付けなくてすぐに目を覚ましてしまった。
再び寝付こうとしたところ、ドアの向こうから声が聞こえるのに気がついた。
声は二人分、どちらも男性。
セリシアにとっては聞きなれていて、そしてとても大切な人達の声。
誰と誰が話しているのかを即座に理解して、布団から出ないで、耳を澄まして会話を聞いていた。


…そして、気づいてしまった。
反射的に両手を口の前に持ってきたとき、レシュレイが言っていた言葉の一つが胸に染み渡る。


―――…論もヒナも、気づいているのに口に出さないでくれている…。


刹那、ぼろぼろのセリシアの心の中に、暖かい何かが広がっていくのを感じた。


「そうですね…そうですよね…気づかないはず、無いですよね……」
両手を胸の上に置いた時、鼻の奥につんと刺激が走り、それはたちまちのうちに涙腺まで及んだ。
天井を向いたセリシアのその瞳から涙が流れ、頬をつたって布団へと流れて消えた。
エクイテスの小さなお墓が作られてから、あれから誰も、エクイテスの事については触れなかった。
セリシアとしても、それはありがたかった。
だけど、心のどこかでは、誰もエクイテスの事を話題に出さない事に疑問を感じていた。
でも、今ならそれが分かる。
話題に出さないのではない、話題に出せなかったのだという事が。
「みんな…みんな、私の事を考えてくれていたんですね…気遣ってくれていたんですね」
そう、
レシュレイとラジエルトだけではなく、黒髪の少年も、エメラルドグリーンの髪の少女も気づいていたのだ。
「ううん…無理も無かったかもしれない…」
思い返してみて、気づく。
セリシアは、いつでも笑顔を浮べていたのだ。
人の、それも肉親の命を殺めた後に、不自然なまでの笑顔を振りまいていれば、気づかない方がおかしいかもしれない。


…そしてその笑顔の裏で、セリシアは我慢していた。
この手でエクイテスを殺したときから、ずっとずっと、セリシアは我慢していた。
本当は、思いっきり泣きたかった。
思いっきり叫びたかった。
とても苦しかった。
だけど、それを表に出す事はどうしても出来なかった。
出してしまえば、みんなに余計な気遣いをさせちゃうと思っていたから。
「…私…ばかです…」
でも、それは間違いだったと、今になって気がづいた。
それはただのセリシアの独りよがりの考えで、実際は、無理矢理隠し通す必要なんて無かった。
最初からみんなはそれに気づいていて、それでも尚、その傷跡をなるべく刺激しないようにと気を使ってくれたのだ。
「みんな…私の…ために…」
そこまで考えて、心の中に染み入るように湧き上がってきた感情に耐え切れず、刺激された涙腺から涙が出てきて視界が歪む。
人前で泣けないのなら、今だけでも泣かせてほしい。
右を向いたセリシアのその瞳から再び涙が流れ、頬をつたって布団へと流れて消えた。






分かった事は、結局、自分の事はみんなに筒抜けなんだったという事。
―――だけどそれは、ここまで自分を想ってくれている人達が居るという事だ。
そう思うと、気持ちが幾分かは楽になった。
自然と、安堵のため息が出た。
眠る事に対する恐怖感が、自然と薄れていくのを感じた。
「……」
そのまま横になり、誰にともなく独白する。
「…だけど、まだ、私はこの問題と戦い続けます。
 その時まで、偽りの笑顔を振りまき続けます。


 そして全てが終わったら、その時は……」
ここまでは、自己完結の決意表明。
まだ、偽りの笑顔を解くのは早い。
だけど、いつか必ず、本当の笑顔で笑っていられるようになりたい。
だから、戦う。
セリシア自身の心と、戦う。

続いては、みんなへの感謝。
ぼろぼろのセリシアの心の中に、暖かい何かをくれた、先ほどのレシュレイの言葉を思い出して、


「―――レシュレイ、父さん…ごめんね。
 そして…論さん、ヒナちゃん…ありがとう。






 ―――だから、私、頑張りますね。
 みんなが心配しなくてもいいように、この問題を、絶対に解決して見せるから……」



泣き笑いの顔で、みんなに感謝する。
自分を気遣って、敢えて何も言わなかった黒髪の少年と、エメラルドグリーンの髪の少女。
本気で支えになろうと考えてくれている、父親と…そして、世界でたった一人の大切な人。
(私は一人じゃない…みんなが、みんなが居てくれるんですから…)
その想いに答えてあげるためにも、絶対に自分は負けないと、セリシアは強く決意した。















この夜は、いつもはきつく絞められたような胸のうちが、ほんのすこしだけ、ほんのちょびっとだけ、楽になったような気がした。





















―――きっと、そのせいだろう。

そのすぐ後に、セリシアは眠りについた。

そして、いつもなら二度目の悪夢が襲ってくる。

それで目が覚めるという悪循環が、毎夜毎夜と繰り広げられていた。







…だが、この夜は違った。

二度目の眠りについても、再び悪夢を見ることはなかった――――――。






















<To Be Contied………>













―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―












ノーテュエル
「はーい、こんにちはぁ―――!!
 すっかりキャラトークのレギュラー入りを果たしちゃってるノーテュエル・クライアント、ここに惨状…じゃなくて参上―――!!
 …惨状だったらえらい事になっちゃうわ…全くもう…」
ゼイネスト
「出だしからとんだ誤爆だな。ま、お前らしくていいけど」
ノーテュエル
「さてさて、それは置いておいて…。
 いよいよ『FINAL JUGEMENT』がスタートしたわね!!
 全ての謎を解決する為に作られたいわば解答編である本作、目を離さないでね―――!」
ゼイネスト
「…なんか、それだとDTR本編がクイズの問題みたいな言い方だが…」
ノーテュエル
「ありゃ失礼。
 …で、まあ、話を戻して…ついに出てきたわね『天樹由里』が!!」
ゼイネスト
「ああ、しかしまだまだ伏線はあるぞ。
 由里が倒そうとしている組織とか、『あの子』とは一体誰なのか…とかな」
ノーテュエル
「それはこれから明かされると思うからいいじゃない。
 …しかし、由里がワイスと顔見知りだったっていうのは驚いたわ。一話目からいきなりすっ飛んだ展開ね」
ゼイネスト
「豹変する前のワイスは本当にいい性格だったんだな。
 あとこの場合、『急展開』のほうがいいだろう。すっとんだっていうのは表現法としては少しおかしい」
ノーテュエル
「まーまー、細かい事は気にしなーい。
 で、後はセリシアのお話だったわね…。
 で、その感想を率直に言うね。



 ……なにこれ、第一話目から重たいんだけど……」
ゼイネスト
「…ああ、それについては俺も同意だ。
 だが、これがセリシアが背負った業だと、そう思うしかないだろう…」
ノーテュエル 
「私達が最初に誰かを殺したときにも、あんな感じだったよね…」
ゼイネスト
「人を殺すとは、その人の命を、その人の人生を、その人の未来を奪うという事だ。
 加えて、それが実の兄貴だったんだから、セリシアの精神的ダメージは大きいに決まっている…」
ノーテュエル
「エクイテスが望んだ事とはいえ、この問題だけは…そうそう簡単に解決できるものではないわ。
 全てはセリシア自身の問題。
 そして、後は傍にいてくれる人達が、どうやってカバーするか…って言えばいいのかな」
ゼイネスト
「いずれにしろ、俺達じゃ関与出来ない。
 死を迎えた以上、傍観者になってるしか出来ないからな」
ノーテュエル
「はー、だからやめようよそういう話はさ…。
 …後、これ以上この問題を話していても仕方がないから打ち切るわよ」
ゼイネスト
「同意」
ノーテュエル
「…さて、後は何を話そうか?」
ゼイネスト
「…今回話せそうなことは、殆ど話してしまった気がするが…。
 あとやれそうな事と言えば、誰かゲストを呼んだりとか、それくらいしかないんじゃないのか?」
ノーテュエル
「んじゃテキトーに…ゲスト召還ボタンをぽちっとな」
ゼイネスト
「―――いつの間に設置していたんだそんな物っ!!!」
ノーテュエル
「今更何言ってるの。
 ここはキャラトーク―――予測不能・暴走思考・波乱万丈・万鬼滅砕が織り成す―――」
ゼイネスト
「最後の一個は意味と使い方が激しく違うぞ」
ノーテュエル
「ありゃ」
ゼイネスト
「…なんて馬鹿なことやってる場合じゃない!
 誰か召還されたかチェックしないと!」
ノーテュエル
「ああっと、そうだった」







??
「こんにちは―――」










ゼイネスト&ノーテュエル
「―――いきなり天樹由里!?」







ノーテュエル
「…ううむ、噂をすれば影ってやつかしら。
 …さて、とりあえず自己紹介でもどぞ―――」
ゼイネスト
「…いつも思うが、それだけで現状を纏められるお前のスキルには驚くよ」
由里
「い、いきなり呼ばれて自己紹介しろっていうんですかっ?
 で、でも何を言えばいいんですか!?」
ゼイネスト
「…ふむ、やっぱり一人称は『私』か」
由里
「うぅ…仕方がないじゃないですかっ。
 だって『由里』とか名前呼びなんてしたらお子様みたいだし、『ウチ』や『ボク』も合わないし、『アタイ』とかは論外だし、あたし…はちょっとなぁって思ったから、残された選択肢が『私』になったの」
ノーテュエル
「…ありゃ―――、こりゃ何とも言えないわね。
 見た感じ『わたくし』って柄でもないしね―――」
由里
「それは私が童顔だって言いたいんですかっ!!これでももうじき十七ですっ!!」
ノーテュエル
「さぁてねぇ〜〜♪」
由里
「も、もう!!
 それじゃあ、話をもど…す前に一つ。
 私としては、ノーテュエルみたいなおてんばキャラの一人称が『あたし』じゃない事の方が気になるのですけど」
ノーテュエル
「あー、その辺は作者が深く考えていな…」
ゼイネスト
「その辺でやめておけ」
ノーテュエル
「はいはい」
由里
「じゃ、じゃあ、気を取り直して自己紹介―――」
ノーテュエル
「…あ、ごめん、もうページがないの…」
由里
「ひ、ひどい…(ちょっと泣き)」
ゼイネスト
「…この際、ページって何だ、とかそういう突っ込みは無しでいくわけか。
 ま、前半戦でこいつが引き伸ばさなければ、余裕は取れたかもしれないがな」
ノーテュエル
「ちょっと―――っ、『こいつ』は無いでしょ―――!」
由里
「そ、それでは次回『生き残った者達』でまたお会いしましょう」
ノーテュエル
「さよなら――」
ゼイネスト
「失礼する」












<こっちもTo Be Contied〜>


















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>







さてさて、新シリーズ…というより『後編』と言った方が正しいのでしょうか。
何はともあれ『FINAL JUGEMENT』がスタートいたしました。



物語は本編一発勝負。
故に、ここでは敢えて何も言いません。



この物語がどうなるのかを色々と予測しながら、次回をお待ち下さい。



では。










○本作執筆中のBGM
『聖少女領域』『OVER THE RIMIT』など。







<作者様サイト>
同盟BBSにブログのアドレスを載せておりますので、お暇があればどうぞ。


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