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DESTINY TIME RIMIX
〜潜入者達〜
役者は集う。
台本という名の筋書きの無い世界にて、
生のドラマを演じる物達は、
その終わりに待つものを、未だ知らない。
―――【 女 性 と 黒 衣 】―――
〜THE KURAU SORASU&INTRUDER〜
蒼穹の空の下、蒼色の長髪が風に乗って美しくなびく。手入れの行き届いたつやのある髪の毛は、彼女――クラウ・ソラスの自慢の一つだ。
今日のクラウ・ソラスは、非常に上機嫌だった。その理由は、左手の薬指にはめているダイヤの指輪にある。
今日この日、イギリス地方の大規模なプラントで開催された美人コンテストとやらに飛び入りで乱入参加して、ものの見事に優勝をかっさらってしまったのだ。しかもその後に、負けたからという理由で屈強な男達を使って、せっかく手に入れた優勝商品を奪おうとするケバイババア…もとい、ケバイ年増女がいたので、そいつもろとも屈強な男達を完膚なきまでにボコボコにしてぶっとばしてやった。そのせいでミーハーな少女達に『お姉さま〜〜〜〜〜!!』などと言われて付きまとわれたりと、思わぬ展開になってしまった。すぐさま逃げ回って何とか彼女らを振り切ったのはいいのだが、お陰で見知らぬところまで来てしまった。
これからの人生、あのような輩には絶対になるものかと、クラウ・ソラスは心に誓った。
商品は、圧倒的に物が不足しているこの世界では珍しい、ダイヤの指輪である。カラットの値は、そういう知識に乏しいクラウ・ソラスにはちょっと分からないが、それはそれでいいだろう。もし、下手に知識をもっていて、これが安物だと分かってしまったら、キレていたかもしれないからだ。
だからだろうか。
後に、クラウ・ソラスは思った。
この時、私は浮かれすぎていた。と。
だから、
普段なら簡単に気づける気配を、察知できなかった。
…いや、おそらく察知できていても、ぎりぎりでかわせたかどうかわからない。
それほどまでに、相手は速かった。
周囲の空気が、ほんの少し動いたと思ったときには、もう遅かった。
刹那、何の前触れも無く、背中に走る激しすぎる衝撃と振動。
なすすべなく吹きとぶ細い肢体。しかし、ふき飛ばされている間にも(I-ブレイン起動。並列処理を開始。『身体能力制御』発動。運動速度、知覚速度を七十倍で定義。並列処理を開始。『痛覚遮断』発動)
戦い慣れたクラウ・ソラスにとって瞬時にI−ブレインを起動する事など、何てことは無い。
クラウ・ソラスは武器こそ持たないが、その能力は明らかに『騎士』のものである。『騎士』の能力である『身体能力制御』と『痛覚遮断』のプロセス係数とプログラムナンバーを独学で解析し、自らの脳にコマンドを叩き込んで起動させただけだが、それが出来るだけでも特筆モノであると言えるだろう。そもそも、クラウ・ソラスのI−ブレインが普通のI−ブレインではないからこそ出来る業でもある。。
I-ブレインが戦闘起動し、システムメッセージが脳内を駆け巡る。六十倍という非常に長い時間にまで引きのばされたストップモーションの世界。あらゆるものが硬直した無音の視界に動くものはただ二つ。――――自分と、相手。
地面に叩きつけられる直前で、体を空中で回転させて頭を上に持ってきて、足から着地。
背中が激しく痛む。今の一撃だけであばら骨の三・四本は持っていかれたかもしれない。『痛覚遮断』で痛みを消しているからすんでいるものの、そうでなかったら、まともに立つことすら難しかっただろう。
そして着地したままのポーズで、相手に対峙することになる。
そこに立っていたのは、黒衣のマントを羽織った男。年齢は見た感じでは二十代前半。
長さがバラバラの紫色の髪は、最も長いもので肩まで。左目の部分は髪の毛で隠れている。全てを切り裂くかのように鋭い右目の色は、漆黒の闇を思わせる黒。
男はそこにいるだけで、ありえないくらいの威圧感をクラウ・ソラスに与えてくる。
それはすなわち、目の前にいるこの男が、そこんじょいらの魔法士とは比べ物にならない、否、下手をすると、『対戦の英雄』黒沢祐一に匹敵するかもしれないということを如実に語っていた。
「…あなたは、何者?」
心の中に停滞する焦燥感をおさえながら、クラウ・ソラスは、男に問いかける。
だが、次の瞬間に返って来た男の返事は、クラウ・ソラスにとって、絶望を告げるものだった。
「俺はイントルーダー。特に恨みは無いが、アンタに勝負を挑みたい。『賢人会議』クラウ・ソラス」
外見に似合わず、意外に渋い声。
「!!!」
だが、その予測だにせず意外性にみちあふれた発言に、心臓が止まるかと思った。
「…冗談はやめてくれない?…それと、なぜ、『賢人会議』の名を!?」
が、あくめで冷静を装い、クラウ・ソラスは再び問いかける。
「それについては至極簡単だ。俺もアンタが探している魔法士―――ゼイネスト達と同じくして、『賢人会議』を脱走したのさ」
…最近脱走者多すぎ!!と、クラウ・ソラスは心の中で毒づく。が、目の前の男が彼女と戦いたいと公言している以上、交戦しないわけにはいかない。
このまま逃げて賢人会議』本部に報告するという手もあるが、相手の速度はおそらくだがこちらと同じかこちらより上だろうし、何より、売られた喧嘩は買う。彼女の性分だ。
はあ、とため息一つ。同時に(『並列処理を開始。『一撃必殺超振動拳』常駐。脳内容量残り八十パーセント)I−ブレインが戦闘用能力の『一撃必殺超振動拳』を常駐させる。
これで既に、三つの能力を並列処理していることになる。が、クラウ・ソラスのI−ブレインは警告どころか注意報すら出さない。
しかし、それはしごく当然のこと。
クラウ・ソラスは、『魔法士拘束デバイス自己発生型』を持つゼイネスト・サーバのプロトタイプである。
さらに、ゼイネストの仲間であるノーテュエルやシャロンもまた、『魔法士拘束デバイス破壊型』や『治癒の天使』といった個々の能力を持つが、それらの脳内容量の使用率は半端ではない。普通の魔法士ならば、I−ブレインが強制停止して焼き切れるくらいの高スペックを必要とする能力なのだ。
故に、この三人には『ある特殊な基盤となる魔法士としてのベース能力』が使用されている。要するにこの三人は、二つ以上の魔法士としての能力を持っている。
底無しに近い脳内容量を持つ、新種にして最強型魔法士の種類の一つ『無限大の脳内容量を持つ魔法士型』。ゼイネスト達三人はいずれも、この能力をベースにして作られている。そして、『無限大の脳内容量を持つ魔法士型』として作られた魔法士は、全く違う種類の能力を並行処理をして発動・常駐させる事が可能である。
つまり、脳の中に『特定の能力を使うための容量』をカテゴリごとに分けたフォルダを準備しているようなものなのだ。例えるならゼイネストは『『魔法士拘束デバイス自己発生型』のデータを詰め込んだフォルダ』と『無限大の脳内容量を持つ魔法士型』という魔法士の基盤となるベース能力』が脳内に入っていて、かつ整理されている。ということになるのだ。
一人の魔法士に二つ以上の能力を持たせることは、不可能ではない。現に天樹錬という『二つ以上の能力を同時に使う悪魔使い』が確認されている。
つまり、ゼイネストのプロトタイプである彼女もまた、最強型魔法士の種類の一つ『無限大の脳内容量を持つ魔法士型』なのだから。
「…その減らず口、おとなしくさせてあげるわ!」
知らず、口元に笑みがうかんだ。
面白い。
この男の実力、見せてもらおうじゃない。
「かかってこいよ」
戦いが、始まった。
(『肉体強度強化』起動)
騎士の『自己領域』に酷似した能力を、自己流で組んだプログラムで発動。光速度の八十五パーセントの速度でコンマ一秒の時を経て、クラウ・ソラスはイントルーダーに接近する。それも最短距離のみを的確に割り出し、まるでそこに道が見えているかのように、迷うことなくクラウ・ソラスの体が飛翔する。
「速度を高めたか…なら!!」
(I−ブレイン起動。『我流自己領域』発動。運動速度、知覚速度を七十一倍で定義。)
騎士が使う、『自己領域』に限りなく酷似した能力を発動。この程度の能力なら、目を瞑っただけでも発動できる。
イントルーダーもまた、クラウ・ソラスと同じく光速度の八十五パーセントの速度で縦横無尽に戦場を飛び回り、クラウ・ソラスの攻撃をふわりふわりと回避していく。そのたびにクラウ・ソラスの攻撃はことごとく宙を舞い、空気を切り裂く。
「ちょこまかとっ…うるさい!」
光速度の九十九パーセントの速度で蹴りを放つ。が、渾身の力を込めた一撃はまたもあっさりと回避される。
(強き者…合間見えてうれしいわ)
知らず、体がぞくぞくする。
これほどまでに自分の攻撃を完全に回避した相手など、今までの人生には一人としていなかった。殆どの相手が「防ぐ」はずの攻撃を、目の前の男はものの見事に回避しているのだから。
ここまで心踊る戦いは、本当に久しぶり。クラウ・ソラスの戦士としての本能が、最高潮の気分で踊り巡っている。
相手の能力の正体が全くつかめていない状況下においても、否、相手の能力の正体が分からないからこそわくわくする。
この戦いを、存分に楽しみたい。
様々な魔法士に勝ち続けてきたクラウ・ソラスは、勝つ事の喜びを覚えてしまっている。
(だけど…負けないわよ!)
無論、今回とて勝つつもりでいる。
舞うかのように神速で放たれる拳の嵐を、相手の男―――――イントルーダーは回避し続ける。鉛色の空の下に響きわたるのは、拳を放つ音。
命中まで僅か一刹那の速度で放たれた拳が空を切る。
外すはずの無い攻撃が、ことごとく回避される。イントルーダーとの最短距離をI−ブレインで瞬時に割り出してそこを攻撃している以上、最も早い速度で命中するはずの一撃一撃が回避されている。I−ブレインは百パーセントの可能性で攻撃命中をたたき出しているはずなのに、その命中率百パーセントの攻撃が絶対回避されている。
―――何故!?
思考が多少ヒートアップするが、すぐにクールダウン。こういう時の焦りは、時において絶命にすら達する!!
『肉体強度強化』に強化された肉体にとって、こんなものは準備運動の粋ですらない。が、さすがに攻撃がかわされまくっているというのは借にさわる。さっさと相手の横っ面を一発殴りたい衝動に押され、クラウ・ソラスは水平方向に飛翔。さらに次の瞬間には体を捻らせ拳を突き出す。
が、その一撃も回避される。
(最短距離を衝いているのにっ…)
内心の驚愕を振り払い、イントルーダー目掛けて一気に駆ける。四歩の跳躍で十メートルの距離を駆け抜け、最後の一歩と同時に拳を突き出す。狙うはイントルーダーの顔面。放たれた左ストレートが唸りを上げて、拳は狙い違わず標的に吸い込まれ、しかし、次の瞬間にはあるべき目標がそこには無い。
だが、イントルーダーの熱量は感知されているし確認もされている。つまり、時空を移動しているなどという事ではないだろう。
ならば考えられる可能性は―――クラウ・ソラスがどこに攻撃するかを完全に読まれている事意外にはありえない。
そして理解する。
クラウ・ソラスが先ほどから、最短距離のみを狙って攻撃していた事に。
コンマ一秒の差で勝敗が決する魔法士同士の戦いにおいて、最短距離を狙う事は悪い発想ではない。むしろ良策だ。
だが、それを完全に読まれていては、すなわち『必ず最短距離から攻撃が来る』事を見抜かれていては意味など無い。
――――それならば!!!
何の気なしに右アッパーを放つ。もちろん空ぶる。
だが、空振りするのは計算の内。
右足に力を込めて、そのまま地面を蹴ってサマーソルトを放つ!!!
重力と視界と世界が周る。
ちっ。
…その足に、確かな手ごたえ(足応え!?)があった。
(いける!!!)
心の中で、クラウ・ソラスは確信する。
その確信が、すぐに崩れるとも知らずに。
初対面となるクラウ・ソラスは知らないのも当たり前だが、イントルーダーには未来予測能力が備わっていない。故に、頼りになるのは魔法士としての勘のみ。だが、今まで自分との最短距離のみを的確に割り出し、まるでそこに道が見えているかのように迷うことなく駆け出してきた相手がいきなり戦法を変えたのだ。流石に「ほう」と感嘆の息が出る。
だからといって、はいそうですかとクラウ・ソラスの攻撃を喰らってやるほど、イントルーダーはお人よしではない。クラウ・ソラスの攻撃を防ぐ術はある。あとは、クラウ・ソラスの攻撃を待つのみ。
今までの回避行動は、彼女の基本戦闘能力を測るためのものに過ぎなかったのだから。
しかし、たいした戦闘能力だと思う。正直、近距離ならほぼ負け戦が無いほどの技術と戦闘能力と判断力を兼ね備えている。むしろ、今回の相手が悪かっただけだ。
そう感慨に浸っている間にも、現実時間の時は流れ続ける。
意識を現実に戻して、イントルーダーはクラウ・ソラスを真っ直ぐに見据える。
…やっぱり、綺麗だと思う。
戦闘中であるにもかかわらず、イントルーダーはそんな事を考えてしまった。
だが、油断はしていない。
勝機はある。それも確実な勝機が。
「もらったわ!!」
勝利を確信し、クラウ・ソラスの声が高らかに響く。
光速度の八十パーセントに値するスピードの拳である『一撃必殺超振動拳』が唸りをあげ、イントルーダーの眼前に迫る。 「それはどうかな!?」
それを目の前にして、イントルーダーは目を瞑る。
刹那、目の前の一点を中心に、視界が裏返る。周囲が闇に包まれ、文字列に埋め尽くされた無数の『カード』が浮かぶ。その様は神経衰弱を連想させる。
思考の主体を『I−ブレインの中のイントルーダー』に移行。ナノセカント単位に引き延ばされた極限まで濃密な時間の流れの中で、思考が研ぎ澄まされていく。
『I−ブレインの中のイントルーダー』が、迷うことなく手前にある一枚のカードを手にする。刹那、一ナノセカントの時間を経て、ガードが光を放ち、
(並列処理を開始。『冥衣』発動)
思考の主体が『現実のイントルーダー』に戻る。
『現実のイントルーダー』は目を開ける。
蒼穹の空の下、クラウ・ソラスの拳が目と鼻の先にある。
そしてクラウ・ソラスの『一撃必殺超振動拳』がイントルーダーに命中……するかと思われたと同時に、イントルーダーを守護する黒衣の一部が明確な意思を持って何の前触れも無く行動を開始し、
「な…に…!」
驚愕したクラウ・ソラスの声。
イントルーダーの鼻先二ミリ前で、クラウ・ソラスの『一撃必殺超振動拳』が、イントルーダーの顔に届くことなく、その一撃は突如飛来した黒衣のマントによってからめとられた。
クラウ・ソラスの右手には、かなりの圧迫がかかっているだろう。
最高圧縮した水圧並みの威力を持つ『一撃必殺超振動拳』の威力ですら、『冥衣』によって軽々と無効化されている。
「くっ!」
しまった!!という感じで、クラウ・ソラスは顔をしかめた。ただのマントとあなどったのが間違いだったことに気がつくも、時既に遅し。
何とかマントをちぎるか振りほどくかして、クラウ・ソラスは『冥衣』からの脱出を試みるが、どうあがいても現状は変わらない。
また、クラウ・ソラスの時空移動能力は、接触している相手も一緒に転移させてしまうという欠点から、今ここで使っても無意味。
さらに、『冥衣』によって物を絡め取った場合、からめとった部分の内部は完全なる真空状態になる。
クラウ・ソラスの『一撃必殺超振動拳』は、超振動を利用して放たれるものである。
だが、実は振動というものはその規模にかかわらず、振動が起こる周囲に空気がないと振動というものを伝えることが出来ない。
そして「真空」とは「空気が全く無い状態の事を表す。故に、この能力の前には、『一撃必殺超振動拳』は完全に無力となる。
(『一撃必殺超振動拳』発動)
今度は左手で『一撃必殺超振動拳』を、前置きなしでイントルーダーの心臓目掛けて穿つ。が、光速度の九十パーセントに値するスピードの拳はまたも黒衣のマントによってからめとられる。
「やかましい。少しは潔くおとなしく出来ないのか」
頭に手をやり、イントルーダーはめんどくさそうに呟き、クラウ・ソラスの光速度の九十八パーセントで動いた右足と、これから蹴りを放つ予定だったクラウ・ソラスの左足も黒衣によってからめとる。
「!!」
四肢を拘束され攻撃の手段を全て失い、クラウ・ソラスの顔に、初めて絶望の色が浮かぶ。
これこそ万事休す。
完全に、クラウ・ソラスのミスだった。
「…なんて、こと」
それに気づいたクラウ・ソラスはがっくりと頭を落とす。
そんなクラウ・ソラスの様子を興味深そうに見ていたイントルーダーが口を開く。
「そんなふうにしおらしくしていれば、ほんと、可憐な女性で通るかもしれないのにな…。ま、もう遅いが」
その言葉が鍵となったかのように、
(並列処理を開始。『冥衣生成・対魔法士拘束デバイス』発動)
(並列処理を開始。『冥衣の剣』発動)
イントルーダーの脳内のI−ブレインが、抑揚の無い声でそう告げ、黒衣のマントの一部がクラウ・ソラスNo23の首に巻きつく。こわごわしたその間隔とともに、ちくりとした間隔が同時に展開。
刹那、
(システム・エラー。処理速度低下。運動速度、知覚速度を十倍で再定義。…警告。I−ブレインに異常を感知。危険。『一撃必殺超振動拳』肉体強度強化』強制解除)
大量の『情報の乱れ』がクラウ・ソラスのI−ブレインに進入し、危険を察知したI−ブレインが『一撃必殺超振動拳』肉体強度強化』の双方を強制解除してしまった。解除プロセスを強制終了し、システムを回復させようにも、大量の『情報の乱れ』によりその命令は応答せずに、
(脳内エラー。全システムを強制終了。再起動には五十分の時間が必要)
クラウ・ソラスのI−ブレインが、完全に強制終了した。
『冥衣生成・対魔法士拘束デバイス』は、ノイズメーカーと全く同じ現象を相手のI−ブレインに引き起こさせる能力。しかも、そこんじょいらのノイズメーカーとは質・規模共に次元が違う。その威力は、『龍使い』意外なら、I−ブレインを完全に強制終了させるほどの力を持つ。
さらに、二ナノセカントの速度で、黒衣のマントの一部が漆黒の剣へと変化し、空を舞う。
「!!!」
その後に来るであろう激痛に備えて、クラウ・ソラスは反射的に目を瞑る。
だが、クラウ・ソラスに激痛を与えるであろう一撃は、いつまで経っても来なかった。
「………?」
恐る恐る目を開けると、
「!!!!」
その先には漆黒の剣。
「チェックメイト」
さらにその先には、勝利を確信した顔で、イントルーダーが口元に笑みを浮かべていた。
―――【 少 年 と 少 女 達 】―――
〜THE REN&NORTHUEL&ZEINESUT&SHARON〜
イギリス付近の研究所跡地から、呑気に寝入っている天樹錬を起こそうと、ゼイネストは錬を背負って、起こすのにちょうどいい場所まで移動する事にした。
…ちなみに何故か、シャロンの目つきが鋭かった。
目は口ほどに物を言う。その視線は「私を差し置いて…」と言いたげだった
天樹錬は以外に軽い…というよりむしろ背が低い。おおよそ百四十六センチくらい(あくまでも推定の域を出ない数値だが)。ゼイネストの今の身長が百七十くらいだから、頭一個分以上差がある。
…そういえば、錬のパートナーともいえる金髪の少女――名をフィアと言ったか。彼女はどうしたのだろうか。錬が起きたら、まずそれを第一に聞こうと思う。
「…ん?」
ぴくり。錬が動く感触が背中に伝わる。
もぞもぞ。錬の手が無造作に動き、ゼイネストの首筋をくすぐった。しかも、どんな夢を見ているのか、錬の口元からは「う〜ん、月姉許して…」などという寝言が聞こえてくる。
とてもたまったものではない。
「やめろっ!!!」
すばやく錬を揺さぶり、くすぐりをやめさせる。その振動で、錬はやっと目を覚ました。
最も、錬は未だ半分寝ぼけてるが…。
「ん…あれ、ここは…どこだ?君は…誰だ?」
「ここはイギリスの研究所の跡地、で、俺の名前はゼイネスト」
「ああ…そうか…僕…依頼で…」
寝ぼけた頭の錬は、状況をいまいち把握できていない様子。
「初めましてなの。シャロンっていうの」
とても愛おしい動作でぺこりとお辞儀をするシャロン。
「あ…う、うん…初めまして…だね」
思わず顔を赤くして、とぎまぎしてしまう錬。ここにフィアがいなくて良かったなあと思いながら――――――。
フィア!?
寝ぼけた錬の頭が、やっと事情を思い出した。
当然ながら、すぐさま錬の血相が変わる。
「って、それどころじゃないんだ!!フィアが!」
そして大声で叫んだ。
…ところで、今、錬はゼイネストにおぶられているわけだから、錬の口はゼイネストの首の後ろあたりにあった。そこで叫んだら当然、
キ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン。
耳鳴りがするに決まっている。
「って、耳元で叫ぶな!フィアがどうしたんだ!」
反射的に、投げ捨てるかのようにすばやく錬を下ろし、耳を抑えてゼイネストが叫んだ。
「うわっ!!!」
慌てふためきながらも持ち前の身のこなしと慎重の低さ(笑)を駆使して、錬は空中で体を回転させて、強化カーボンの床に足から着地した。
「い、今から話すから、聞いててよ!!」
怒り心頭のゼイネストに「まあ、落ち着け」をするような仕草で、錬は事情を話し始めた。ここでうまく説明すれば、この人達を仲間に出来るんじゃないかと思ったからである。
* * * * * * * * * *
全てを語り終え、錬は大きく息を吐いた。
「…なんてことなの。それじゃ、シティ・神戸の悪夢の再来じゃないですか…」
驚愕の声をあげるシャロン。その右手がこぶしをつくり、わなわなと震えている。
「ぐずぐずしている場合じゃないわ。そのブリードとやらの言っていることが正しければ、一刻も早くシティ・モスクワへ潜入し、フィアを取り返さなければ、フィアはマザーコアにされてしまうじゃないの!!!!今のフィアは、確か世界で唯一の『天使』!!めっちゃレアものだわ!!」
「フィアを特別天然記念物扱いするな!!」
「てかノーテュエル、わた…」
「おーっと、手が滑った」
「むぐっ!!」
刹那、シャロンの口に手を当てる事により、シャロンの発言を途中で止めるノーテュエル。
(ちょっと、それは今は黙っておくべきよ!!天樹錬が、まだ本当に信頼すべき人間かどうかは分からないんだから!!)
(そ、そうだったなの)
小声で会話。
「ちょっと、いきなりどうしたのさ」
「あー、錬、なんでもないわ…強いて言えば、男の子には分からないことね」
それを聞いて、錬は思わず赤面してしまう。どうやら、今の言葉をそっちの意味でとったらしい。
その時、今まで考え込んでいたゼイネストが口を開く。
「いや、フィアがマザーコアにされるってのも、ある意味正しい選択肢かもな…」
「なっ!!!」
予期せぬゼイネストの答えに錬は憤慨する。無理も無い。ゼイネストが言っているのは、フィアが死ぬのが正しい事だと言っているも同然なのだ。
「考えろ。この前シティ・モスクワに起こった事件―――マザーコア用の魔法士二十人が何者かに奪われたという件で、シティ・モスクワはマザーコアの代えを切らしている。もしフィアがいなければ、多分、他の奴がマザーコアにされるぞ。しかもそれだけじゃない。下手すれば、シティ・モスクワはこの世から消え去る」
「だからって…なんでフィアが!!!フィアはずっと苦しんでたのに、これ以上、さらに苦しい思いを、さらに悲しい思いをしなくちゃいけないの?そんなの僕は認めない!!!」
「ほう、苦しんでいたのはフィアだけだったと、本当に言えるのか?己の主観だけでのみ物事を見ていると、そのうち後悔すると思うが。むしろ、この世にはフィアより苦しんでいる奴の方が多い。そんな悩みが、フィアという一人の少女の犠牲で、一時的にしろ消えるんだ。多くの人間が救える分、その方が展開としてはいいんじゃないかと…まあ、あくまでもこれは俺の主観から見た意見だが」
ゼイネストは落ち着いていた。
外見年齢十七歳とは思えぬほどに、落ち着いていた。
さらに、ゼイネストの意見には、きちんと道理が通っていた。
だからこそ、錬にはゼイネストのその態度と意見が癪に障った。
無理も無い。ゼイネストの言っていることは、フィアが死んだほうが世界の為になるんじゃないかという事と同じ意味なのだ。
「…何も分からない癖に、気安くフィアを語るな!!そんな思いしたことも無い癖に!!お前になんか分からない思いを!!」
怒気をはらんだ声で、錬は叫んだ。
今の錬は、怒りで頭に血が上っていた。
だから、気づかぬうちに(元々知らなかった事なのだが)、ゼイネストにとって最も怒りを買う言葉を言ってしまっていた。
刹那の時を置いて、ゼイネストが駆け出していた。
錬から見たその速度は『とんでもなく速い』という比喩が最もしっくりくるだろう。
シュッ!!
「!!!」
コンマ一秒以下の時間軸で、錬の喉元に騎士剣が突き立てられた。その騎士剣の持ち主は、もちろんゼイネスト。
「黙れ…何も知らないのはお前の方だ…そんな思いしたことも無いだと…相手の事情、都合、境遇、それらの中で一つでも知らない奴にだけは、そんなことを言われたくはない!!!
この世界において、誰もが壁にぶち当たるのは当然の事だ…そして、誰もが必死になって生きようとしている!!!!!
だがな!!!
自らのエゴで、本来ならもう少しは生きる事の出来たシティ・神戸の一千万人の人間を見逃してのうのうと生きているお前に、そんな事を言われたくない!!!」
ゼイネストの目が、表情が、気迫が、全てにおいて『怒り』という感情を露に出している。
そう、彼は頑張ってきた。
『狂いし君への厄災』により暴走したノーテュエルが出す被害を最小限に食い止めるために、無関係の人間を殺させないために、ゼイネストは頑張ってきた。
だからこそ、錬の行動が許せなかった。
自分が痛い思いをしてまで他人を守ってきたのに、目の前の少年は、一千万人という大量の人間を見捨ててのうのうと生き延びている。
それはまさに、ゼイネストの行動意義を打ち消すものに相応しい。
そんなゼイネストの肩に、ぽんぽん、と誰かの手が置かれる。振り向いた先にいたのはノーテュエル。
「まーまー、そこらにしときましょうよゼイネスト…確かに、時間が惜しいのは事実だし、錬の言うように、所詮、シティの人間なんて他人なのよ。貴方は真面目すぎるから、そういうのを思いっきり抱え込んじゃうんだけど…でもねゼイネスト、次に私が『狂いし君への厄災』を発動しちゃたら、きっとまた、大量の人間が死んでしまうわ。だから、こんなところで言い争っているよりは、早く行動を起こしましょうよ」
「…」
ノーテュエルのその言葉に、ゼイネストは無言のまま剣を下ろして鞘に収める。
「…『狂いし君への厄災』?」
聞きなれない単語に、錬が疑問を投げかけるが、
「これが終ったら話すわ」
ノーテュエルのその回答で、うやむやにされた。これ以上聞いても仕方がないようなので、錬はフィア救出の手段を考えることにする。
「…だが、どういう手段を用いて、シティ・ロンドンへ潜入すればいいんだ?」
顎に右手をかけ、考え込むゼイネスト。
「そう、問題はそこなんだ。シティ・ロンドンに限らず、シティに潜入するという行為はかなり無謀であり危険なんだ。だけど、フィアの命がかかっている以上、速急にその無謀で危険な行動に出ざるを得ない…。どうすればいいんだろう…」
頭を抱え、考え込む錬。
事実、シティ・モスクワに限らず、シティの防衛体制というものはかなり強固である。いつもそういったところから依頼をうけ、主に盗み・ハッカー関係の仕事をやっている錬は、そのことをよく承知している。
しかもシティ・モスクワには、あの氷使い――――――――ブリード・レイジも待ち受けている。一度敗北した相手だけに先の戦いで彼の攻撃パターンはある程度は読めたが、おそらく彼はまだ本気じゃなかったはずだ。
始めにお互いの能力をぶつけ合ったとき、フィアの同調能力をコピーした能力(但しオリジナルより性能は劣る)で錬には彼の能力がどのくらいのものだかが理解できた。
その結果は、自分より明らかに上だった。が、フィアの手前、引くことなど出来るわけもなく、少ない可能性を信じて戦ってみた。
…そして、今の結果がある。
出来るのだろうか。フィア救出が。
限りない不安が錬を襲う。
そんな時、祐一がいてくれれば心強い助言が聞けるのだろうが、生憎と祐一はどこかに行っていて現在行方が知れない。それに、祐一に頼ってばかりでは自分は成長出来ない。
今までの人生、こんなに悩んだのは、フィアを助けるか神戸シティの一千万人の人を助けるかの選択肢以来だ。…この時は、フィアを選んだが。
迷う。
とにかく迷う。
人間には正しい選択肢など分からない。どうせこの世に正しい選択などないと言った祐一の気持ちが、再度理解できた気がした。僕らが神様じゃないからだよ。と言った、真昼の心境が分かった気がした。
四人が、その場…リノリウム張りの床に腰掛け考える。
正面突破作戦が使えるわけはないし、かといって、下手な作戦は見抜かれるだろう。相手は仮にも「シティ」なのだ。
そのまま考え込むことたっぷり三分。錬の頭の上に電球マークが浮かび上がった。
かつて「桜花」のシステムを乗っ取ったように、(『仮想精神体制御デーモン』を使うという手があった。
今のところ、その作戦が一番成功率が高いと思われる。但し、対ブリード戦でも使わなかったといえども、自分達についてあれだけの情報を知っているブリードが、(『仮想精神体制御デーモン』の存在を知らないという可能性は低い。
だが、シティのメインシステムを錬の支配下に置けば、対ブリード戦もある程度は楽になるはず。
無論、簡単なことではないが、成功すれば、必然的にフィア救出も楽になる。
そうあってほしかった。
「決まったか」
「うん」
ゼイネストの問いに対して即答し、錬は自分の考えを話す。
「…成程。まあ、それが妥当な線だろうな…」
以外にも、反論は来なかった。
「さて、では、今度は俺達の考えた作戦だが…」
* * * * * * * * * *
結局、ゼイネスト・ノーテュエル・シャロンの三人がシティ・モスクワ内部へと潜入して、何らかの嘘の情報を流して、シティ・モスクワ軍の動きをそっちに引き寄せるから、同時刻に錬は別ルートでフィアの救出に当たるという作戦になった。いずれにしろ、ゼイネスト・ノーテュエル・シャロンの三人は、シティ。モスクワのコンピュータにハッキングするために用があるから、ついでに済ましておく。とのことらしい。
「お互い、利害が一致するからいいじゃん」
と、これはノーテュエルの弁である。
そして今、錬はとある準備をしていた。
「…ふう、これでよし」
下手をすれば、シティ・モスクワ内部に入る前に、仮に街中に買い物に来ているブリードとばったり出会ってしまい、作戦が無駄になったらそれこそ本末転倒だと考えた天樹錬は、軽く変装をすることにした。
もちろんこのことは、ゼイネスト・ノーテュエル・シャロンの三人には伝えてある。
まず、度の入っていない黄色のカラーコンタクトを購入し(度が入ってないので安い)、服は幸い代えがあったのでそれを着て(無論、この服のことはブリードにはばれていない…はず)、緑色の帽子を深くかぶった。
これならぱっと見、錬だとは見破られにくくなるだろう。
後は、ゼイネスト・ノーテュエル・シャロンの三人がシティ・モスクワ内部へと潜入して、何らかの嘘の情報を流して、シティ・モスクワ軍の動きをそっちに引き寄せてくれるのを待つだけ。
「…早く来てよ」
今にも不安に支配されかねない心境でそれだけをいい、錬はシティ・モスクワの公園のベンチに腰掛けた。
刹那、
「彼女―――っ?暇―――っ?」
坊ちゃん刈りの体脂肪率七十パーセント位で、シャツにロリ系のアニメキャラと『小柄な美少女萌え』と書いてあるデブ男に、いきなり声をかけられた。
ぴくっ…。
…某『光使い』ではないが、
錬の眉がぴくんとつりあがった。
わなわなわな…。
錬の拳が小刻みに震える。
額に青筋が現れる。
同時に、錬の頭に吹きだしつきの怒りマークが現れる。
落ちつけ落ちつけ、ここに暴れて僕が魔法士だってばれたら、作戦が無駄になってしまう。
が、相手の坊ちゃん刈りの体脂肪率七十パーセント位で、シャツにロリ系のアニメキャラと『小柄な美少女萌え』と書いてあるデブ男はそれに気づくことなく、さらに錬をナンパする。
錬、我慢の限界を突破。
刹那、錬の足が光速度の一パーセントくらいまで跳ね上がり、
がっきぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!!!!
坊ちゃん刈りの体脂肪率七十パーセント位で、シャツにロリ系のアニメキャラと『小柄な美少女萌え』と書いてあるデブ男の股間を容赦なく蹴飛ばした。
おまけに、坊ちゃん刈りの体脂肪率七十パーセント位で、シャツにロリ系のアニメキャラと『小柄な美少女萌え』と書いてあるデブ男の体も三十五メートルほど吹っ飛ぶ。
最も、実際飛んだのは十メートル足らずで、後の二十五メートルは「ひぎぃぃぃぃぃひいぃいいいいぃびゃあぁっいっいたいいいいぅううううぅううぅあうぁうぁああ!!」とか叫んで逃げていった男のリアクションだが。
ついでに最後に一言。
「僕は男だ―――――――っ!!!!!」
「…ったく、何で僕が女の子に見られるんだよ」
ブリードがいないことを確認の後、帽子を脱ぎ、帽子を指先でくるくる回し始める錬。
その瞳に、ちびっこい猫さんマークが映った。
最初は目の錯覚かと思った。
ごしごしごし、目をこすった。
目に映ったのは、間違いなくちびっこい猫さんマーク。
「…これ、フィアにあげた帽子じゃないか…」
さらに、今錬が着ている服は水色を基調とした戦闘服。
しかも錬自身、かなり小柄(というか身長低過ぎ。何故七ヶ月で二センチしか伸びないのだろうか)である。そんな錬が、女物の帽子をかぶって、水色の服を着てベンチに座っていたら…。
…そして今、錬はどうして自分が女の子に見られたかということを理解し、天を仰いだ。
――――【 怒 り 】――――
〜THE RESGYREI&SERISIA&RON&WAISU〜
レシュレイはかなり壊れた鉄の門の前に立っていた。ロンと名乗る少年に案内されてきたのがここだった。
自分の家からは歩いて三十分以上。しかし、その門の前には最高級の光学素子が使用されているために、通常はただの壁にしか見えない。しかもご丁寧に「私有地につき立ち入り禁止」などの看板があるために、見つかる可能性がかなり下がっている。
門の向こうにはすぐに建物がある。屋根が三角形を作っている。見た所教会にも見えなくないが、十字架がないし、十字架が折れた形跡もない。
「ここは元々ラブホテルだったらしい」とは、ロンの弁だ。
それを聞いた途端、物凄く不安な気持ちに陥らされたために、心臓が激しく鼓動を打っている。脳の中で想像したくもないことがあやうく脳内で形成されそうになり、レシュレイは頭を振ってその想像を打ち消す。
門をくぐって扉の前に立つ。左右にあるのは強化カーボンの床。それ以外は何も存在しない。
そう、左右には。
「…これは…」
扉の下を見て、レシュレイはこみ上げる吐き気に対し口を押さえて耐える。
その下にあるのは、紅い液体。
否、それは間違いなく、
「血…だろうな…」
レシュレイとは違って何の反応も無い様子で、ロンが淡々とその事実のみを告げる。その瞳に写るのは黒のみ。
「…お前、血を見るのに慣れてるのか?」
口元を押さえたままレシュレイが言う。正直、血を見て無反応な人を見るのは初めてだ。今までレシュレイが育ってきた環境下では、血を見る機会すら少なかった。
「…ああ、そういう環境で育ってきたからな」
返ってくるのは淡々とした返事。成程、彼が生きてきた境遇を考えれば最もな意見。
ぎり、とレシュレイは歯噛みする。この奥でセリシアがどんな目にあわされているのか。それ次第で犯人をどうするかを決める…元より、セリシアに手を出した時点で犯人を殺す事に変わりは無いのだが、「殺しちゃ駄目です!!」とかセリシアに言われたりする可能性もある。セリシアは人一倍、血を見るのが嫌いな性格だ。
「…待ってろよ、セリシア」
(I−ブレイン起動。『漆黒の剣』生成)
あらかじめ戦闘準備をしておく。『真なる龍使い』の能力の事をロンには話していない。さすがにまだ彼を信用しきるには早すぎる。
一応この能力についての説明として、「新手の能力らしいが、名前を忘れた」という事にしておいた。
(待っていろセリシア…今、向かうから)
胸に秘めた熱い想いと共に、
「…さて…いくぞ!!!」
『漆黒の剣』を上段から振り下ろし、門を真っ二つに切り裂いた。
* * * * * * * * * *
両手両足は、十字架みたいなものに縛り付けられているから動かない。
うなじの辺りにノイズメーカーが刺さっているから、I−ブレインも起動出来ない。
右の頬が痛い。
ナイフでなぞられているのだから痛いのは当然だ。
頬に何か暖かいものが流れる感触。血が流れているから当然だ。
それでもセリシアは、目を瞑って耐えていた。
信じている人がいる。
大好きな彼がいる。
いつもは頼りないけれど、ここ一番というときには誰よりも頼りになる少年がいる。
だから、耐えられる。
「っ…」
右の頬に、三本目の赤い線が走る。頬の皮膚が破れて暖かい血が流れるが、それでも声を上げない。
そう、こいつは遊んでいる。
人を攫ってきては、初めはこういう軽い程度の事しかしない。だが、時が経つにつれてその行動は段々とエスカレートしていき、最後には攫った人間を殺さないと気がすまないと、白いコートを羽織っている、金髪の痩せた青年はにこやかに言った。
「『汝の欲する事を行え』こそが、私達の座右の銘。私はそれに従っているだけ…ふふ、抵抗できない可憐な少女をいたぶる事ほど、楽しい事も無いですよ」
このことから、白いコートを羽織っている、金髪の痩せた青年が精神異常者である事が十二分に伺える。
「…貴女も強情ですね…では、小手調べのレヴェルをもう少し上げましょうか…」
涼しくも耳障りな、金髪の痩せた青年の声。金髪の痩せた青年はごそごそと何かを探している。が、探していたのは現実時間にしてわずか四秒の事。金髪の痩せた青年の手が止まる気配がして、
「ああそうそう、申し送れましたが…私の名前はワイス…貴女に聖なる音色が奏でる苦痛と死を与えるものですよ。これはその洗礼の二撃目です」
どこぞのイカレた宗教人間のような暴言を吐いた後に、
ごっ!!!!
左の頬に重い衝撃が走った。
何か硬いものでぶたれたという事実が、一秒遅れて理解できた。
同時に、左の頬に激痛が走る
「痛っ!!!」
思わず声を上げる。『痛覚遮断』を持っていないし、元よりノイズメーカーでI−ブレインの発動を封じられているセリシアには、その痛みに抗う術はない。
「おや、なんと可憐で美しい呻き声なんでしょう…ふふふ…あはははははははは…さあ!!!もっと私を楽しませてくださいな!!次は何をご希望ですか!?ああ、私が選ぶから貴女に選択権など無いのでしたねあははははははは!!!そういういわけで次はこれですかねぇ!!!あはははははは!!」
完全無欠に狂った凶器の笑みを露骨にその頬に貼り付けて、顔に手を当てて体をのけぞらせてワイスは叫ぶ。その異常な壊れようは、もはや如何なる手段を用いても修復不可能であろうし、精神科医もさじを投げるだろう。
怯えるセリシアをよそに、ワイスの暴走はさらに進化する。
「…ふむ、そろそろ次の段階に入りますか…ああ、別にぶつとかそういう意味ではないですよ…う〜ん、そうですね…あえてオブラートに包んだ言い方をさせてもらえば、てご…」
「やめてっ!!!」
首を横に振って叫んで、セリシアはワイスの台詞を中断させる。
それが意味するのは、女性としての一生に関わる問題であろう事柄。
それをワイスは、思いっきり吐き捨てようとしたのだ。
「…ああ、そうですね。こういうことは口で言わずに、行動で示すべきですね」
「!!!」
穏やかな笑みを浮かべて、ワイスがセリシアの体に触れようと手を伸ばす。
そして、セリシアが全てに絶望するかの瀬戸際に、
しゅぱいいいん!!!
何かが切り裂かれる綺麗な音。
現れたのは、二人の人物。
一人は、黒髪の知らない少年。
だけどもう一人は、セリシアがよく知っている少年。
セリシアの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。
『漆黒の剣』を上段から振り下ろし、一閃。同時に部屋の中へとなだれ込む。
強化カーボンで彩られた部屋にいたのは、二人。
「!!!」
二人の人物が、同時に振り向いた。
そしてレシュレイと目が合った。
刹那、レシュレイの心の中で、何かがはじけた。
次の瞬間、レシュレイは叫んでいた。
目つきを鋭くして、怒気を孕んで、たった今切り開いた強化カーボンの門に『漆黒の剣』を叩きつけて、強化カーボンの門を文字通り粉砕して、
「何してんだよ…てめぇ!!!」
その様子は、レシュレイの怒りを買うのに十二分な要素だった。
透き通るほどに白いはずのセリシアの左頬が、可哀相なくらいに赤く腫れている。間違いなく、何か硬いものでぶたれた痕だ…右に置いてある湯のみ茶碗を見て、一目で察する。
セリシアの右頬に、三本ほどの赤い線が走っている。赤い線からは血が流れている。同時に、もう一人の人物の手に握られたナイフの先端が紅く濡れている。それで、全てが理解できた。
さらに、服装がややはだけている。レシュレイの外見年齢の年頃なら、それが意味するものはほぼ理解できる。
「レシュ…レイ…」
セリシアの頬に流れる、一筋の涙。
彼の名を呼ぶセリシアの声は、酷く弱々しくも意思のこもった声。こんなところを見られて恥ずかしいという思いと、助けに来てくれてありがとうという二つの気持ちが交錯した一言。
「お前は…」
むかむかする。
激しくむかむかする。
腸が煮えくり返るというのは、こういうことではないのだろうか。
「セリシアに…」
湧き上がる殺意。
湧き上がる闘争心。
湧き上がる怒り。
湧き上がる力。
それは闘争心。
それは想い。
それは…彼の怒り。
「何してんだって聞いてんだよ!!!!!!」
怒気を孕んだ声で叫ぶと同時に、レシュレイは世界を一直線に駆ける。
身体速度を通常の五十五倍に定義。その速度は、常人は無論の事、実力派の魔法士でも見切るのは至難の技とも言える速度だった。周りの風景がレシュレイを置いて段々と後ろへと追いやられるような感覚。現実時間にして一秒足らずの時間をかけてレシュレイは白いコートを羽織っている、金髪の痩せた青年の頬に思いっきり『漆黒の剣』の一撃を喰らわせた。
「がふぁ!!!」
ワイスの左頬から右頬までを『漆黒の剣』が、骨の砕ける嫌な音を立てて貫通して風穴を開けた後、金髪の痩せた青年は口から血と吐瀉物とへし折れた歯と涎を撒き散らしつつ、そのまま三十メートル以上も吹き飛び、強化カーボンの壁に物凄い音を立てて背中から激突した。その勢いで、金髪の痩せた青年は今度は胃液まで吐き出した。多分、背骨にひびでも入ったのだろうが、至高にして完全無欠に自業自得だ。
「セリシアッ!!」
そしてレシュレイは踵を返し、セリシアの方へと駆け寄る。
そんなレシュレイに対し、セリシアは泣き笑いの顔で、
「ありがとう…やっぱり、来てくれたのね…」
精一杯の、感謝の言葉を返した。
「やれやれ…見せ付けてくれるなぁ…」
その様子を見ていたロン…論は肩をすくめた。
全てをレシュレイに任せておいて、あえて傍観者に回ってみたら、かなりいいものが見れた気分だ。逆鱗に触れるということがこういうことなんだろうなと思いながらも、論の頭の中にあるのは、エメラルドグリーンの髪の少女の事ばかりだ。
たった一日だけだったのに、エメラルドグリーンの髪の少女の事が頭から離れない。
この胸を焦がす思いを早く伝えるために、彼女を探さなければならない。
あいつを倒すという、もう一つの目的と共に。
―――――【 出 撃 】―――――
〜THE ?????〜
「ふう…さっさとヤらないからこんな事になるのよ…ワイス…」
つい先ほど…正確にはワイスがセリシアをここに連れ込んだ時から匍匐前進みたいな格好で這いつくばって天井裏からその様子を見つめていた人物がいた。
その人物はふう、とため息を一つ衝いた後に、
「…どれ、そろそろ私の出番か…」
腕立て伏せをするようにして腕を前に突き出して、めんどくさそうに起き上がった後に、冷静な声で、それだけを呟いた。
―――――【 壊 れ て い く コ コ ロ 】―――――
〜THE DESTROYED OF HEART-HINA〜
「報告します」
ピシッとしたスーツに身を固めた二十代前半の男性が、報告書を片手に読み上げる。
コード「天使強化型作成プロジェクト」の予定通り、彼女にシティ・モスクワ付近のプラントに住まう人間達を抹殺させました。結果は成功。シティ・モスクワ付近のプラントに住まう人間達は一人残らず生命活動を停止。わずかに反抗した者達の銃による反撃も、
『遠距離武器無効化』により、彼女に一切の傷はなし。同時に、『彼女』の心の破損率は七十パーセントほどに達しました」
「よかろう。下がってよい」
年老いた老人の声がした。
「はっ」
ピシッとしたスーツに身を固めた二十代前半の男性は敬礼し、部屋を後にした。
「ふう…」
部屋から十メートルほど離れたところで、ピシッとしたスーツに身を固めた二十代前半の男性はため息を衝く。
『彼女』にはきちんとした名前があるのだが、『賢人会議』の上層部が「『彼女』を呼ぶときは名前で呼ぶな」と言っているので、彼はその命令に従うしか出来ない。こんな時、下っ端でしかない自分が恨めしくなる。
『彼女』―――ヒナに対しては、酷い仕打ちをしてきたと思う。
人間として自然に成長させなければ、I−ブレインが正常に成長しないために感情消去するわけにはいかないため、人間としての扱いは最小限にして、あとはひたすら、ヒナの意思を無視した、『訓練』という名の残虐な仕打ちを与えた。
ヒナの人間性や感受性や人としての心を破壊し、完全なる「ココロを持たずに、ただ殺戮に明け暮れる天使」を作り出すために、ヒナにはひたすら人を殺させた。逆らえば、お仕置きという名前の肉体的虐待が待っているために、ヒナはただ命令に従って人を殺し続けるしかなかった。
ヒナには常時ノイズメーカーと見張りが付いているため、ヒナは見張りを倒して脱走することも出来ないし、自殺を図ることだって出来ない。
たった一歳の少女(外見年齢は十六歳くらいだが)をとりまくこの状況を一言で言うなら「生き地獄」
皮肉だが、恐ろしいくらいにマッチしている言葉だと思う。
そして、ヒナを助けようと思うものの、それを実行に移さない自分こそ、最大の偽善者なのではないのだろうか。
そんな苦悩が、彼の頭をよぎっていた。
わたしの手が、紅い血にまみれている。
目の前を見ると、今日殺した人達が、血まみれでわたしに詰め寄ってきた。
「…ああ、血が止まらないの、私」
二十代前半の女性が、腹部に開いた穴から出てくる血を抑えながら言う。
――――いや…。
「お前は俺達を殺した。だから、俺達にもお前を殺す権利がある」
まだ十七歳くらいの少年が、血まみれの腕で、わたしを指差しながら言う。
――――いやあぁ…。
わたしは、両手で頭を抱えた。
「自分が無事になるために人を殺すってか。はっ、何て女だ」
下半身を失った四十歳くらいの髭面のおじさんが、わたしを睨み付けながら、怒気の混じった声で呟いた。そしてそのまま動かなくなった。
――――ごめんなさい……。
涙が、あふれる。
視界がぼやける。
嗚咽が漏れる。
わたしは、ぺたんと地面に座り込む。
「あんたが奪った命の数だけ、未来は奪われたんだぜ」
次に現れたのは、二十歳くらいの長身の男。左腕が無い。
――――もう、許して……ごめん……なさい…。
そんなことを思っても、許されるはすが無い。
自分がしてきたのは、とても許されようの無い事だから。
「そうか…じゃあ…」
刹那、口端に笑みを浮かべた、左腕が無い男の姿が掻き消えて、
「死ね」
わたしのおなかに、サバイバルナイフが突き刺さった。
ぞぶり、と音がして、
わたしの意識は、そこで消えた。
「いやああああああああぁぁぁぁああぁぁ!!!」
がばりと布団と毛布を跳ね除け、エメラルドグリーンの髪の色をした少女、ヒナ・シュテルンは目を覚ました。全身が嫌な汗をかいていて、気持ち悪い。
「ゆ…夢」
ここが見慣れた自分の部屋であることに、安堵の息を衝く。
まただ。
また、こんな夢を見た。
人を殺すたび、こんな夢を見る。
命令に従わなければ、わたしの体に鞭が打たれる。
もう、痛いのは嫌だから、わたしは命令を聞くしかない。
だけど、聞いたら聞いたで、その日に殺した人たちが、殺したときと同じ姿で悪夢に出てくる。
いずれにしても、事は嫌な方向にしか進まない。
言うなれば、脱出口のない無限回廊のようなもの。
―――いつまで、こんなことが続くんだろう―――
心を壊せば終われると、何度も言われた。
この地獄から開放されると、幾度も言われた。
確かに、今のわたしにとって、それが一番の望み。
だけど、それだけは絶対に嫌。
心を捨てて、ただの人形に成り下がるなら、わたしは死ぬことを選ぶ。
でも、見張りの人が、わたしを死なせてくれない。ノイズメーカーも付いているから、『同調能力』だって使えない。
そう、わたしは『天使』―――但し、振りまくのは幸せではなく、死。
マザーコアにされるよりは、幾分かましかもしれないけれど、この状況だって、マザーコアにされるのと同じくらい辛いものではないんでしょうか?
こんな思いをするなら、どうしてわたしは生まれたのでしょうか?
否、こんなことをさせるために、賢人会議はわたしを生み出したんでしょうか?
生まれたときから、わたしには自由は無かったのでしょうか?
だからこそ、思うことがあります。
――教えてください。
もう、わたしには、
心を殺して生きるしかないんですか?――
気がつけば、ヒナは布団に顔を埋めて、嗚咽を漏らしていた。
その布団が、涙で濡れはじめた。
どうにもならない、自分の運命を呪いながら、
ヒナ・シュテルンは泣いていた。
<<<続く>>>
―――【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―――
レシュレイ
「さて、今回もやってきましたこのコーナー!!!」
ブリード
「待望の新キャラ、十六歳少女ヒナ・シュテルンが出てきたけど、ほんとにチョイ役だったな」
セリシア
「だって、あまり長く書くとネタバレにつながりますし…」
レシュレイ
「鋭い読者は、もうこの辺でキャラ関係が分かるんじゃないか?」
ブリード
「あー、分かるかもしれない」
セリシア
「それはそこまでして…今回のレシュレイ、凄くかっこよかった…」(うっとり)
レシュレイ
「あれは正直、ちょっと恥ずかしかったけどな…」
シャロン
「いいじゃないの。主人公なんだから」
セリシア
「あ、やっと出番が来たねシャロンちゃん」
シャロン
「そうなの。やっと出番なの…なんでノーテュエルは第一話のこのコーナーから出てるのに、私の出番は三話目からなの?」
ブリード
「多分、ノーテュエルのキャラ特性から、早くに出しとけばネタにしやすいという作者の考え…うわなにをする作者お前やめ…」
(強制終了)
シャロン
「…でも、あの時のレシュレイのあのかっこよさはほんとによかったと私でも思うの」
セリシア
「…だからってレシュレイは…」
シャロン
「変な誤解しないでください。私には他に好きな人がいます」
レシュレイ
「ゼイネストだな」
シャロン
「………(真っ赤っか)」
セリシア
「あら、可愛い…私も人の事言えませんけどね…」
ブリード(復活)
「じゃあ次は、レシュレイが炎が燃え盛る家から子供を助け出して…」
レシュレイ
「死ぬわっ!!!いくら『真なる龍使い』でも、耐火耐熱機能がついてるわけじゃない!!それに、俺はどっかの戦隊モノの登場人物かっ!!!」
ミリル
「そうなんですか。『真なる龍使い』にも欠点はあるということですね」
ブリード
「って、ミリル!?」
ミリル
「うん…私にもやっと出番が来ました…でもこのコーナー、もし全員が一同になって会話したら、どんな悪夢になるんでしょうか?」
レシュレイ
「えーと、総勢十人は超えるぞ、多分…」
セリシア
「作者の負担が凄いことになりそうですね」
ブリード
「これも試練だ。作者のブラインドタッチの練習にもなるしな」
レシュレイ
「で、次回はどうなるんだ?」
ブリード
「何でも、ついに『狂いし君への厄災』がベールを脱ぐらしい」
シャロン
「た、大変なの!!」
セリシア
「どうしたのシャロンちゃん、そんなに慌てて」
シャロン
「ネタばれになるからこれ以上は言えないけれど、あれは、『狂いし君への厄災』はとにかく拙すぎな能力なの!!」
ブリード
「というわけで、次回をお楽しみに…」
<こっちのコーナーも続く>
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