※今までのがちょっと見づらかったので、レクイエムさんの許可を得た上でこちらの形式に変更しました。























DESTINY TIME RIMIX
〜論、その目的への出会い…そして戦い〜






生まれた意味なら、ここにある

たとえ絶望に彩られた世界でも

希望は必ず、どこかにある

それはまるで

パンドラの箱の奥底にたった一つ残ったもののように

だから少女よ、泣かないで

今は辛い時、貴女が生まれて、最も辛い時

だけど転機は、必ず…そう、必ず訪れるから

その機会を決して無駄にすることなく、

希望を掴みなさい

その瞳に、明日を見なさい

貴女の人生は

生きているだけで

素晴らしいのだから


邪悪なる世界に生まれて――――

正しき希望を胸に――――

貴女は世界を生きるのだから――――

























 
―――【 誰 か さ ん の  二 の 舞 を 踏 ん だ 者 】―――
〜THE RON〜














 勢い任せで蹴り破った扉の向こうには、床が無かった。
 そう、本来あるはずの床を蹴る感覚が返って来ない。
 だが、その違和感を感じた時には、迂闊なっ!!!と思った時には、もう手遅れだった。
 体がバランスを失い、頭と足がひっくり返って、あとはただ、闇の中を真っ逆さまに落ちていく。
 嗚呼、堕ちていく。
 嗚呼、世界が廻る。
 ………まあ、どうってことないけどな。
 千分の一秒ほど考えて、即座に行動を起こした。














 風の唸りが鼓膜を突き刺し、大気の壁が背中を打ち据える。床という支えが無いために、両腕を前に投げ出した中途半端な姿勢のまま、重力に引かれて容赦なく速度を増していく。
 円形の広大な空、直径はおおよそ七十メートルくらい。一体どれほどの深さがあるのか、仰向け体勢のこの状態では目視など…出来る!!
(I−ブレイン起動。『刹那未来予測サタンワールド)』簡易常駐。演算効率依然として変わらず。『運動係数変化ハーシェル)』並行起動。運動係数を二十五倍、知覚係数を八十倍に定義)
 I−ブレイン起動と同時に、うつぶせになるように振り向く。『刹那未来予測サタンワールド)』その能力は、近接空間内の全物質の座標、運動量を初期値とした五秒先までの未来を確率で予測するニュートン力学的未来予測であり、これにより、今の自分は現実時間にして五秒先の未来のなかで「最も可能性が高いもの」を見ることが出来る。
 同時に並行処理した『運動係数変化ハーシェル)』は、起動と同時にI−ブレインの動作状態を変更して体内における物理法則を改変する能力である。これが無くては、いくら未来を垣間見ようと、それの未来を変えることは出来ない。
 そして床下を見つめたところ…現実時間にして四秒後に、地面に腹から激突している自分の姿を確認した。つまり、このままいけば、現実時間にして四秒後には自分は死んでいるということだ。
 だが慌てることはない。そもそもこういう状況において、慌てることこそがご法度である。慌てれば冷静な判断が出来なくなるし、何よりも判断を見謝ってしまって、本来なら成功したであろう事柄だって失敗してしまう事だってある。
 ほんの数秒前まで自分がいた小さな扉は、蹴破ったためにその殆どがぼろぼろである。おまけに、周囲にはその扉の砕け散った破片が宙を舞っている。
 まるで、踏み台にして上ってくださいとでも言わんとしている様に。
 ふ、と言いたげに、口が動いた。
 勢いよく足を伸ばす。二十五倍に強化された運動係数が放つ蹴りが何かを蹴る感覚。それすなわち、周囲に傲然として存在している円形の壁を蹴る感覚。慣性の法則と重力とがひしめき合い、結果、論の体は慣性の法則と重力の両方のベクトルをその身に受けて、下方向へと飛翔した。
 だがその先には、扉の砕け散った破片。論はすかさず体制を整えて、扉の砕け散った破片を思いっきり蹴飛ばして上方向に飛翔。
 鬼神飛翔デモンベイン天樹論。
 重力の法則に逆らい、慣性の法則には従う。
 続いて目の前に、扉の砕け散った破片。無論蹴飛ばす。それにより彼の体はさらに上方向へと飛翔する。飛翔した先にはまたも扉の砕け散った破片。やっぱり蹴飛ばす。そして次々と現れる扉の砕け散った破片…。
 まるで攻略本でも見ていて、どこにいつ扉の砕け散った破片が来るのかが分かっているかのような足取りで次々と落ちてくる扉の砕け散った破片を踏み台にして、彼の体は上へ上へと上っていく。まるで忍者のように軽い足取りで、それこそ背中に羽でも生えているかのように、それこそ空を飛ぶかのように。
 それを繰り返すこと十回以上。ついに彼の体は、円形の広大な空の外へと脱出した。










「…ふう、危なかったな」
 額の汗を拭うような仕草で右腕が動く。
 汗が一滴頬を伝う。今更のように心臓が悲鳴を上げる。大きく息をして深呼吸して心臓を落ち着かせる。
「…しっかし…ここまで老朽化していたとは…」
 先ほどまで自分が飛翔劇を繰り広げた円形の広大な空を見やり、天樹論は汗を拭う。下手すれば今頃自分はこの世界から消失していただろう。今を生きる意味の理由であるエメラルドグリーンの髪の少女を探そうとした矢先に死んでしまったら、死のうにも死に切れないではないか。
 そう、今の論は、生きる意味の理由であるエメラルドグリーンの髪の少女を探していた。
 錬達との戦いからおおよそ二週間が経過していた。
 錬を名乗ってフィアを人質にとって錬をおびき寄せて、そこにブリード・ミリルといった思わぬ乱入者を合わせて三対一という数値上には明らかに不利的と思われる戦いを有利に進め、最後の方で逆転されて最終奥義を発動してフィアには右腕を失わせるという大惨事を引き起こした末に、錬を殺しても後には空虚しか残らないと知った論は、錬とフィア二人の怪我を治してから、後日にちょっとした罪滅ぼしをしてからシティ・神戸付近のプラントから去り、あの時出合ったエメラルドグリーンの髪の少女を探して、論はここまで来た。
 場所的にはかつてイラクという国があった場所。戦前でさえも戦争や自爆テロばかりやっていたこの国は、第三次世界大戦開始と共に真っ先に滅び、今では人の気配など完全に無い。
 あるのはただ、かつて人間だったものの屍と、寂れに寂れたこの研究所らしきオンボロな建物。で、今日に限って何故かありえないほどの大吹雪に見舞われたので、凍死する前に非難するべくこの研究所らしきオンボロな建物に駆け込んで…今に至る。
 戦前の研究施設跡には、大規模な実験を行う為にこういう空間が設けられているという知識を綺麗さっぱり忘れていたのが、そもそもの敗因だったと言えるだろう。
 辺りを見回すと、論の視界に階段が入った。リノリウムで出来たその階段は、年月を重ねている割にはヒビの類は入っていないらしく、未だに綺麗なままだ。余程丈夫なのか、あるいは使われた回数が少なかったのか・・・。
 そして、外は大吹雪だ。何故か知らないが、ヨルダンのあたりでは大吹雪など無かったのに、イラクの領域に入ったら急に吹雪いてきたのだ。全く、異常気象もここまで来るともうどうでも良くなってくる。
 元より避難のためにここに寄ったのだが、特にすることも無かったので、何の考えも無しにその階段を下りていく事にした。
 なんかに遭遇したら…まあ、その時はその時だ。今の自分の実力で負ける相手などそうそういないし。









 
しかし、誰が予測しただろう。










 この場所で



 論にとって



 思わぬ再開が



 待っていたということを――――。



























―――【 光 を 求 め て  】―――
〜THE HINA〜














「はぁ…はぁ…はぁ…」
 休み無しで走り続けたため、息が荒くなる。肺が痛い。息苦しい。
 だけど、ここで立ち止まるわけにはいかない。疲労しきっている両手両足を、フルマラソンの選手みたいに 振って振って振りまくって駆け出す。
 目の前に広がるのは、紅く輝く世界。そして、目がちかちかする光。
 警報ランプのけたたましい騒音をBGMにしながらも、情報の海の最深淵、物理法則の最も基本的な三種のパラメータに干渉して、自らにとって最も都合がよい物理定数を作り出す『自己領域』により、通常の五十倍にまで強化された身体速度によってエメラルドグリーンの髪の少女、ヒナ・シュテルンは世界を駆ける。
 通路の角を曲がった瞬間、ヒナ目掛けて機関銃の一斉射撃。ヒナの命を奪わんとして、三十ミリ弾が所狭しと襲い掛かる。
(攻撃感知。『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』展開)
 I−ブレインが自動的に反応し、ヒナの周囲に空間の盾を展開した。飛来した無数の銃弾は触れたものからことごとく塵となって砕け散り、後には何も残さなかった。
 『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』はその名前の通り、遠距離からのあらゆる攻撃を、空間の盾により全て打ち消す能力だ。その効果範囲は、ヒナの周囲の半径一メートルほど。よって、ヒナに対して重火器の類は全くと言っていいほど役に立たないわけである。
 …にもかかわらず、遠距離狙撃をされる理由が分からない。『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』は半径一メートル『以内』なら効果範囲外なので、銃を乱射するよりは不意打ちでヒナにナイフの一撃でも喰らわせた方が早いはずなのに。…最も、そうそう簡単に近づかせるつもりなど毛頭無いが。
 『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』は脳に結構な負担をかけるために、他の能力の稼働率がほんの少しだが下がる。だが、 『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』を展開しなければ、次の瞬間にはヒナは銃弾に撃たれて即死しているだろう。だから、こうするしかない。
「も、もう来ないで下さい!!!」
 必死に声を張り上げても、『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達は狙撃をやめない。銃撃はますます勢いを増し、背後の通路からも別な一団が怒号をあげて近づいてくる。仕方がないので騎士剣『ムーン)』と『スター)』を構える。
 そう、ヒナは『天使』でありながらも『双剣使い』の能力も併せ持っている。『賢人会議Seer's Guild)』が生み出したと教えられた
無限大の脳内容量を持つ魔法士型インフィニティタイプ』であるヒナだからこそ可能なことだ。
 ゼイネスト・サーバやノーテュエル・クライアント(共に故人だと聞いている)にも使われているというこの能力を持つヒナならば、通常なら容量不足でI−ブレインがエラーを起こして強制終了してしまうはずの並列処理を、いともたやすくこなすことの出来る能力である。分かりやすく言えば、ヒナの脳内スペックが莫迦みたいに高いということだ。
 あくまでも殺さぬように剣を振るう。I−ブレインによって強化されたその動きはもはや神速の域にまで達しており、迫り来る銃弾を全て切り裂きその威力を完全に殺した後に『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達に襲い掛かり、銃のみを切り裂いた。
 それが、間違いだった。
 切り裂いた銃は瞬時に大爆発を起こして、『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達の両腕が、肘から先を吹き飛ばされて失った。
 『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達の傍を、脇目も振らずに駆け抜ける。
 『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達の苦痛の呻き声が、耳に突き刺さって抜けない。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
 一生懸命我慢しているのに、涙がぼろぼろと零れて止まらない。
 誰か、助けて。
 誰も、傷つけたくないのに。
 殺したくなんて、ないのに。
 こんなことなら、逃げようなんて考えないほうが、よかったかもしれない。
 …頭を振って、ヒナはその考えを打ち消した。
 ここで逃げなければ、いつ逃げるのか。
 また、あの悪夢のような日々に逆戻りするのか。
 また、何の罪も無い人達を、抵抗すらしない人達を殺し続けるのか。
 また、あの女に痛めつけられるのか。
 否!!!!
「…それだけは…それだけは……それだけは絶対に…嫌ぁっ!!!」
 凛とした視線でキッ、と前方の『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達を睨みつけて、ヒナは駆ける。
 わたしは生きる。
 わたしは、ここから逃げ切ってみせる。
 わたしは、わたしの望むとおりに生きる。
 わたしは、わたしの自由を手に入れる。
 そして…論にもう一度会う!!

















 
だから、わたしは―――戦う!!!!


















 その思いを胸に、ヒナは光を求めて駆け出し、悪を絶つ剣を振るう。
 ―――その剣の名は、双剣『ムーン)』と『スター)』。










―――【 間 違 い は 正 す も の  】―――
〜THE EXUITES〜











「…ぎぎゃああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」
 目つきと顔と性格とその他諸々が全て悪そうな老人の脳髄が、橙色の青年が手を触れた瞬間に爆ぜた。
 脳髄と眼球とその他ヤヴァイものがあたりに飛び散るが、気にしてなどいる暇も余裕も無かった。元より血を見るのは慣れているこの身、今更この程度で何を驚く必要があるというのか。
 否、厳密には『爆ぜた』というのは正しくない。正確に言うならば『頭蓋骨ごと握りつぶした』が正しい表現法となるだろう。
 彼は何の苦労もせず、まるで造作もないことのように老人が着込んだ特殊スーツの特殊強化装甲を破り、老人の筋肉組織をその手で貫き、骨や内臓を破壊するかのように拳の嵐を連打した後に、最後に老人の頭を掴んでそのまま圧壊した。
 老人は声もあげることなく、絶命した。
 ゆっくりと手を目の前にかざして見る。赤色灯の生々しい赤い光と警報ランプに照らされて、たった今殺した老人の赤黒い液体が張り付いていた。こんなに腹黒くて野心に溺れたイカレ老人でもやっぱり血は赤いんだなと思いながら、橙色の髪の青年『エクイテス・アインデュート』はぼうっとしていた。















「魔法士の敵となるシティの人間への復讐」
 それこそが、『賢人会議Seer's Guild)』の当初の目的だった。
 そう、当初の。
 その為に、この老人…ゲストラウイドは行動していた。
 まず、自分達を生成した後にその当時はまだ噂でしか語られていないとある組織をそのまま名乗り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、シティの内部情勢や弱みを握るために行動を開始した。
 そこまでは良かった。
 その先が間違っていた。
 いわゆる老獪というやつだろう…と、この時のエクイテスは思っていた。
 ある日になって突然、ゲストラウイドは「我らがこの世界の長となる。この世界を立て直すには、優れた指導者がいなくてはならない。そして、それに相応しいのは私だ」などと平気で言ってのけた。
 それは確かに、この世界の事を思ってのことであろうが…明らかに方向性が間違っていた。
 だから、殺した。
 世界の事を思ったが故に暴走して壊れてしまったこの老人を止めるために。














―――【 わ た し は 生 き る  】―――
〜THE HINA〜















 『教育』という名の『人殺し』、そしてシュベールからの『お仕置き』という名の『虐待』が終わり、暗い気持ちで戻ってきたヒナにノイズメーカーを着けようとした 『賢人会議Seer's Guild)』のエージェントが、いきなりその手からノイズメーカーを落とした。そして何を思ったのか「うおっと」とか言いながらポケットから手紙らしきものまで落とした。
 それを見たヒナの気持ちは、一気に明るくなった。
 その瞬間、ヒナは希望を見出せた。
 何とその手紙には、『非常口の案内』と書かれていたのだ。すかさずヒナはその手紙を拾い上げ、手紙を頼りに脱出を図るため、駆け出した。無論、エージェントに構っている暇は無かった。
 その姿を見送った『賢人会議Seer's Guild)』のエージェントが、親指を立てて「グッドラック!!」と言っていたことに、ヒナは気がついていなかった。
















 とめどなく飛来する兆弾。
 とめどなく煌く二本の騎士剣。
 どめどなく世界を塗り替える紅。
 そして戦場を舞う、白いワンピース。
 戦場でありながら美しく流れるように舞う、エメラルドグリーンの髪。
 戦場に響きわたる、絶命の絶叫。
 時折宙を舞う、涙という名の透明なしずく。
 切り捨てた『賢人会議Seer's Guild)』のエージェントの数はとっくに三ケタ。
 終わりの見えない戦い。
 それでも、ヒナは止まらない。
 明日への希望を掴むために。
 三百六十度全方向から飛来する兆弾を『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』で無効化しつつも、ヒナは戦場を駆ける。もはや周囲に弾痕の跡がついていない場所など存在しない。姿勢を低くして双剣『ムーン)』と『スター)』を振るい、最も手薄な場所から包囲網を抜け出す。百メートルを約一秒で駆け抜けた後に待っていたのは、もう一度襲い来る三百六十度全方向から飛来する兆弾。弾切れを知らないのかと言いたくなるような執拗な攻撃に対してもう一度
遠距離武器無効化オールガードケブラー)』を発動して防いだ後に、今度は地を蹴り真上へ跳躍。スカートの中が見えるのは流石に恥ずかしいがここは我慢。双剣『ムーン)』と『スター)』で天井を破壊して新たな通路を作る。
「ここまでくれば…えええっ!?」
 背後からいきなり銃弾が飛来する。『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』で無効化したためにダメージこそ無いが、振り向いた先には掃除ロボット。
 で、その手には二十ミリ弾発射装置付き。
「何で…ここまでするの」
 とか言いつつ双剣『ムーン)』と『スター)』を振るい、掃除ロボを破壊する。
 そして駆ける。
 …だが、真っ直ぐ平坦だったのは最初の三十メートルだけで、そこから先は曲がり角あり、分かれ道あり、行き止まりあり。途中で見つけたかわいい熊のぬいぐるみからは、どこに内蔵していたのか二十ミリ弾で攻撃された。
 反応が一瞬でも遅かったら、間違いなく死んでいた。
 しかもその時、可愛かった熊のぬいぐるみが、見るもおぞましい不気味な顔へと変化して発砲してきたのだから、精神的ダメージはすこぶる高い。よって、泣きながら容赦無く熊のぬいぐるみを破壊。
 …今後一週間は、熊を見たら即倒そう。などと思ったりもした。
 そのうちに這い上がって来た『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達に追いつかれて、戦闘開始…と思ったら、人数が多すぎて目の前の床が抜けたために、結局戦闘は起こらずじまい…かと思ったら大間違いだった。
 その上から、何故か、今度は可愛いうさぎのぬいぐるみが振ってきた。
「…こ、今度は大丈夫よね…」
 おそるおそる、近づいて…近づいたことを後悔した。
 近づいた途端、うさぎのぬいぐるみの目が思いっきり邪悪な光を放ち、牙の生えた口を開いた後に、事もあろうに口から荷電粒子砲なんか撃ってきた。
「もう嫌ああああぁぁぁ!!動物不信になりそう!!」
 間一髪、右方向に飛翔してレーザーを回避してから、身を翻しぎわに双剣『ムーン)』と『スター)』によるクロスラッシュ。それでうさぎのぬいぐるみを破壊した。
 同時に、『賢人会議Seer's Guild)』の趣味の悪さを呪った。









 逃げ出してからどのくらいたっただろうか。
 『賢人会議Seer's Guild)』のエージェントによる銃撃を何とか退けながら、そして『賢人会議Seer's Guild)』のエージェントを返り討ちにしながら。
 それよりももっときつい、動物のぬいぐるみの皮をかぶった凶器達と戦いながら、
 非常口と書かれたドアを発見する。力任せに非常口と書かれたドアを開けたヒナの目の前には、









 
蒼穹の、空があった。










 その後の行動は、無我夢中で行ったために、よく覚えていない。
   確か、近くに止めてあったフライヤーに乗って、無我夢中で運転した。
 そして気がついたら大吹雪になってきたので、近くに着地。だが、雪の積もった地面に着地する際に失敗を犯してフライヤーが大破。着地寸前にI−ブレインを再起動させてひらりと跳躍してフライヤーから脱出したからヒナには怪我は無かったし、運よくフライヤーは爆発こそ起こさなかった。
 が、その代わり、運転不可能な状況に陥ってしまっていたために、地獄に仏と言わんばかりにちょうどよく近くにあった研究所跡らしきところへと非難することにした。








 で、ヒナは気がついていなかった。
 大吹雪に隠れて見えなかったが、その向こうにフライヤーがもう三機ほど、それぞれ五キロ程の距離を開けて存在していたということに。









 さらにここに、『賢人会議Seer's Guild)』の最高幹部クラスの人間しか知らない真実が存在する。
 ここのところ勃発する「脱走者」対策に、ヒナの知らないところで、ヒナの脳内にはあるプログラムがインストールされていた。





それを一言で言うならば、





『自我を保っていながらも発動する狂いし君への厄災バーサーカーディザスター













―――【 信 じ ら れ ぬ 再 開 】―――
〜RESHUREI&SERISIA&BUREED&MIRIL&RON&HINA〜













 所要で遠くまでフライヤーで飛行していたところ、猛吹雪にあったため、着陸して近場にあった研究所に非難することにした。
 入ると同時に脳内時計が『午前九時二十八分』を告げた。
 冷たいリノリウム張りの床に腰を下ろして壁に寄りかかり、セリシア・ピアツーピアはふう、と安堵のため息を衝く。
 右に振り向いた先には、蒼色の髪の少年レシュレイ・ゲートウェイが、セリシアと同じようなポーズで腰を下ろしていた。レシュレイとの距離は僅かに五センチも離れていない。知らず、セリシアの頬が紅潮する。
 二人は今、それぞれが持っていたタオルで、吹雪で濡れた体を拭いたところだった。もちろんそれぞれ別室で。
「しかし参ったな…いきなり吹雪になるとは」
「うん、寒かったし、髪や服は濡れちゃうし…何ででしょうね?ここに来たらいきなり吹雪になるなんて…」
「おそらく、ここら一帯の気象調節プラントが全部おかしくなっているんだと俺は思う」
「そもそも、ここいらには人はいないですし…」
「全く…どこかの旅人でもいいから直してくれればいいものを…それかどこかの猫型ロボット」
「レシュレイ…それ、冗談よね?」
「一割本気だ」
「…ぷっ…くすくす…。レシュレイ、それどのくらい未来の話よ?」
「さあな、もしかしたら、人類はこのまま滅びるのかもしれない」
「そして生きている時間を無駄にしたくないから、私達は必死で生きているんでしょう」
「違いないな」
 そして繰り広げられる他愛も無い話。二人だけという状況下だが、少なくとも、ただじっとしているよりはましだというレシュレイの考えからこういう話が出てきたのだろう。そのおかげで、セリシアの気分もいくらか晴れた。
 I−ブレインで無理矢理メディカル・コンディションを整えるよりは、ずっと効果的な方法。
「…と、冗談はおいておいて」
 レシュレイの一呼吸。
「…足音が、聞こえる」
「え!?」
 少なからず、セリシアは驚く。見れば、レシュレイの顔が険しくなっている。その視線の先にあるのは、リノリウム製の窓のない扉で、厚さはおおよそ四センチくらい。
 今のレシュレイは、戦闘に備えIーブレインを戦闘起動している最中だろう。
 セリシアも続けざまにI−ブレインを戦闘起動。
(聴覚の感度を上昇)
 一キロ先で落とした針の音を聞き分けられるくらいに聴覚を調整。耳を澄ますと、確かに足音が聞こえてくる。
 足音は二人分。それも、かなり慎重に歩いている模様。おそらく、あちらも進入者に備えてI−ブレインを戦闘起動している可能性も十二分にありうる。
 そのまま、息を殺して様子を見る。
「セリシア…こういうのは先手必勝だ…だから…」
 その間にも、レシュレイは自分の右手を『剣』へと変化させている。『真なる龍使い』ドラゴンブレードであるレシュレイは、『遺伝子改変型I−ブレイン』の力により、肉体の構造、構成せし物質の遺伝子配列を並び替え、レシュレイが望むままに、レシュレイの体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力。『龍使い』の致命的欠点であった『暴走』を『遺伝子改変型I−ブレイン』の存在によって修正されたため、『暴走』しないのが最大の特徴である。但し、自らの体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力であるがために、飛び道具を作ることは出来ない。
 汗の一しずくが、頬を伝う。
 足音は、すぐそこまで来ている。
 一秒。
 また一秒。
 時は刻々と刻まれる。
 二秒。
 三秒。
 四秒。
 そして、足跡がすぐそこまで来たとき、
「きゃあっ!」
 …なんだか可愛い悲鳴。
 そして続く、どたどたどだどだどだどだという音。
「あうあうあうあうあうあう!!」
 ごちんごちんごちんごちんごちんごちん。
 これは間違いなく、階段から落ちた音だ。それでもって、頭を階段に連続でぶつけている音に違いない。どこの誰がかは知らないが、とりあえず心の中でご愁傷様と言っておく。
「ま、待て――――っ!!!」
 そして続く少年らしき声。おそらく、今の少女(顔とかは分からないが)のパートナーだろうか。
「助けて〜〜〜〜〜!!」
 で、返事として少女の情けない声。
 そして、階段から転げ落ちたらしい少女がドアに突撃したらしく、通路と部屋とを区切っていたドアをものの見事に突き飛ばされた。
 …よくよく見るとこのドア、ちょうつがいの部分が完全に錆びていて、完全に崩壊していた。
 よって、ちょっと押すだけで普通に開く。階段から落ちてきた勢いがあれば尚の事。たとえ非力な少女のヘッドバットでも動かすのは容易だろう。
 リノリウム製の扉を押し倒して現れたのは、銀髪のロングヘアの少女。階段から落ちてきたせいで、あちこちに擦り傷が出来ている。その長い髪のおかげで頭にたんこぶが出来ているかどうかが確認は出来ないが。
 それを見たレシュレイは、即座に行動を起こした。
「動くな!!!」
 先手必勝、頭を抑えてうずくまる少女に、レシュレイはその形状をあらわにした『漆黒の剣ソードオブシャドウ』の首元に切っ先を突きつける。無論、相手の少女が下手に動いたら即座に斬るつもりだ。
「ひうう…な、なに!?一体何!?」
 頭を襲う痛みの連続から逃れたと思ったら今度はいきなり剣を突きつけられて、パニックになった銀髪の少女は涙目になりながらぶるぶる震える。
「ミリル!!…ってぇ!!!」
 その後に続いてきたのは、白い髪の少年。一目見ただけで状況を一瞬で理解したらしく、ミリルと読んだ少女に駆け寄ろうとしたが、途中で止まった。
「…懸命な判断だな…こんな手荒な真似はしたくはないが、お前達がどこの誰かも分からない手前、こうするしかなくてな」
「くっ…いきなりこんな展開かよ…まあ、あんたのその判断は正しいけどよ…ここまで怖がらせる事も無いんじゃないのか…」
 レシュレイの正論に対し、白い髪の少年はたじろぎながら答える。
 そのまま、誰も動かない。
 痛いまでの静寂。
 しんとした空気に、鼓膜がキーンと音を立てているような感じがする。
 そんな最中、口を開いたのは…突如としてこの場に現れた五人目の来訪者だった(まだ姿は見えないが)。
「…どっかで聞いた声が」
 その声は、四人にとっても聞き覚えのある声。
(背後に熱量を感知)
 四人のI−ブレインが、同時にその警報を告げた。
 今度の熱量反応は右側から。目の前の状況に集中しすぎたせいで、新たな存在がここまで近づくのに四人とも全く持って気がつかなかった。
「事情は後だ!」
 レシュレイが一括。
 四人は熱量反応のある右側に視線を集中させる。もちろん、三人ともI−ブレインの戦闘準備は出来ている…省かれたのは、未だに『漆黒の剣ソードオブシャドウ』を突きつけられている銀髪のロングヘアの少女だ。








 
数秒の間を置いて、熱量の正体が姿を現す。










 それを見て、四人が絶句した。










 黒髪に黒いスーツ。










 姿を現した者の名は―――――天樹論。














 無限に続くかと思われる螺旋状の階段を降り切った論は、目の前の現実に本気で驚いた。
 知ってる顔がいた。無論、知ってる顔の方も、本気で驚いていた。
 かつて論と共同戦線を張った顔があった。
 かつて戦った顔があった。
 それらを合わせて四人ほどいた。  四人のI−ブレインから戦闘準備反応が返ってくるということは、自分が姿を現す前に、その存在を感知されていたということだという事を気がつかされる。
 白い髪。
 銀髪。
 蒼い髪。
 桃色の髪。
 特に銀髪の少女は、目を見開いて驚いていた。しかも何故か、その喉元に漆黒の剣を突きつけられている。
 状況が分からない…分からないが、論は分かる範囲で情報を脳内でまとめて、それを口に出す。
「…ブリード・レイジ…ミリル・リメイルド…で、後の二人はレシュレイ・ゲートウェイとセリシア・ピアツーピアか…一気に四人と再開するなんて、
刹那未来予測サタンワールド)』でも予想できなかったぞ」
「…論さん、この二人の事を知っているの?」
「ああ、その二人は先日出会った。悪い奴らじゃない。オレが保障しよう」
 セリシアの問いに答える論。
「…そ、そういうわけなんです…早く解放してください…」
「…分かった…論を信じよう」
 目の前の二人が論の知り合いと知り、涙目で訴えるミリル。
 論の言葉を信じて、『漆黒の剣ソードオブシャドウ』をミリルの喉元から離すレシュレイ。
「…で、どうしてここにいるんだ?」
 余計な混乱を防ぐために、論はまっすぐに疑問だけをぶつけた。
「…私達は、ちょっとした用事でフライヤーで飛行していたんですけど、途中で猛吹雪にあったので、着陸して近場にあったこの研究所に非難したんです」
 間髪いれずに答えるセリシア。
「で、そっちは?」
 ミリルとそのパートナーと思える少年――――先ほどの論の言葉から、名はブリードというのだろう―――へ、レシュレイは解答を促す。
「俺達はつい先日見かけた大型飛行船艦『Hunterpigeon』を追って、で、やっぱり途中で猛吹雪にあったからここに避難したんだ…そういう論は?」
 答えたのはブリード。さらに、ブリードは論へと質問を返す。
「オレはとある一人の少女を探して世界を周っている最中に、ものの見事に大吹雪に遭ってここに非難した」
「何っ!!!そいつ可愛いのか!?」
 論の返答を聞くや否や、ブリードは身を乗り出してさらに詳しく聞こうと論に詰め寄ろうとして…後ろから飛来した風の刃がブリードの頬をかすった。
「ブリ〜ド〜」
 ぎぎぎぎぎ…と、まるでさび付いた人形のようにブリードが振り向くと、そこにはジト眼でブリードのことを睨んでいるミリルの姿があった。
「い、いや、これはだな!!論が気にした娘がどんな子か気になっただけで、決して浮気しようとかそういうことじゃないぞ!!!」
「酷いよ…ブリード…私の初めてのキスをもらっておいて…」
 よよよよ…と泣き崩れるミリル。
「どわああぁぁぁっ!!か、勘弁してくれ!!ていうか、こんな所でそういうことを言わないでくれ!!」
 必死で弁解するブリード。
「…口は災いの元…だな」
 それを見ていたレシュレイの、容赦ない突っ込み。
「…レシュレイは、そんなことしないですよね」
 で、レシュレイもセリシアに突っ込まれる。
「も、もちろんだ」
「何で口調が上擦ってるんですか」
「…いや、やっぱり気になるモノは気になるからな」
「そう言って…やっぱり…」
「だから違うってのに!!!」
 そしてこっちでも展開される痴話喧嘩。
「お前ら…」
 いきなり始まった訳の分からない痴話喧嘩に頭痛を覚えた論が、額を押さえてそれを言った直後に、


















 こつん…。



















 確か、そんな音がした。
 それすなわち、ここに誰かが足を踏み入れたということだ。
 論は話を中断して、音のした方向に振り向く。同様に、他の四人も音のした方向へと振り向いた。
 そして驚愕する。
 戦闘準備すらしないで目の前に現れたのは、エメラルドグリーンの髪の毛の少女。白を基調としたロングスカートを見事に着こなしている。そのスカートの脇には二本の騎士剣がかけられている。
 その体からは、魔法士としての強大な能力を十二分に感じ取れる。圧倒的なまでの意識容量の固まり。その力のほとんどは内向きに、使われないままで置かれている。
 本気で戦闘したら、勝てるかどうか分からない。四人の心の中で、知らぬ間にその意見が一致する。あくまでも攻撃に使われたら、の話だが。
 外見年齢はおそらく十六歳そこいら。但し、魔法士の外見年齢は当てにならない。生まれてからの時間でいえばレシュレイはまだ三歳だし、論に至っては一歳と少ししか生きていない。錬よりは身長が高いだろうから、おおよそ百五十センチ台の身長だろう…この場にいない錬に、心の中でブリードとミリルと論が謝る。
「誰だ!?」
 エメラルドグリーンの髪の毛の少女を睨みつけて、真っ先に叫んだのはブリードだった。
「!!!」
 怯えたように、エメラルドグリーンの髪の毛の少女は後ずさる。心なしかその口が「ひうっ…」と動いたような気がした。
「ま…」
 何気なく出た論の声が、知らない内に上ずっていた。
「まさか…君は…ヒナ…」
 手が震える。
 心が躍る。
 また会えるなんて!!!!
 また、ヒナに会えるなんて!!!
「…論…論なの…!?」
 一瞬の間を置いて、
「………ろんっ!!!」
 エメラルドグリーンの髪の毛の少女は、涙を流しながら、弾かれたように論へと駆け出した。
 …が、足元のひび割れた地面につまづいて、エメラルドグリーンの髪の毛の少女は論の胸の中へと倒れこむ。
 …ふにっ。
 …確か、そんな感触がした。クッションみたいに柔らかい、ふにふにとした感覚が、論の胸に当たっている。
 その感覚の正体はいうまでも無く――――。
「おわっわ、わ、わわ!!」
 反射的に、論はエメラルドグリーンの髪の毛の少女を突き放していた。
「な、何するんですかぁ!!」
 返って来たのは可愛くて透き通った声。あやうく尻餅を突き掛けたエメラルドグリーンの髪の毛の少女は、バランスを保ったポーズのまま涙目で反抗する。
 それに対して、論は口ごもるしかなかった。
 言える訳が無い。
 ―――意外に出ていたから。なんて。
 ちょっとだけ気まずくなった空気を読み取り、一番最初に咳払いをしたのはレシュレイだった。
「…とりあえず…論はこの子のことを知っているみたいだな…論、出来ればこの子…ヒナとどういう経緯で出会ったのか説明してほしいんだが…ここに居合わせた以上、俺達も無関係じゃない」
「…あ、私の名前、まだ言ってなかったですね…私の名前はヒナ…ヒナ・シュテルン」
 恥ずかしそうに取り直して、エメラルドグリーンの髪の毛の少女はやっと自己紹介する。ご丁寧にも、白いスカートの端を掴んでお嬢様風のお辞儀をするという礼儀正しさも併せ持っているようだ。
「綺麗なお辞儀ですね…じゃあ次は、ヒナちゃんと論さんはいつどこで出会ったか、ですね…なんか尋問しているみたいですみませんけど」
 ヒナの行儀のよさに見とれていたセリシアの声。
「ヒナ…オレが君と出合った時の事…言っていいんだな?」
「…はい」
 一瞬だが流れた重たい空気を、察知できない者はいなかった。
「ヒナとは…確か、位置的にはチリの辺りで出会ったんだ。そして、その時からヒナは血に濡れていたんだ」
 一つずつ、その時の状況を思い出すかのようにして、脳の中の記憶を辿ってヒナに関係する記述を抜き出しながら、考え込む格好で論は答えた。短いとはいえ、その内容に一同が一瞬ではあるがたじろいだのは気のせいではなかった。それを察知してヒナの顔が暗くなる。
「あ、勘違いしないでくれ。ヒナは一切怪我を負っていなかった。その血は、ヒナが相手を切り倒したからこそ返ってきた、文字通りの返り血だ」
「…何故、そんなことを」
 いぶかしげに返答するブリード。
「答えを急ぐな、話すから」
 急くブリードをなだめるのは論。
「正直、その時のオレはどうすれば分からなかった。だから、騎士刀『菊一文字』を構えた…しかし、そんなオレの前で、ヒナは倒れたんだ」
「倒れ…た!?」
 これはミリルの声。
「ああ、今からそれを説明する」












―――【 出 会 い の 始 ま り 】―――
〜RESHUREI&SERISIA&BUREED&MIRIL&RON&HINA〜













 錬達と出会う前に、論は天使の少女とばったり出会った。
 場所的には、アンデルセンの辺り。フライヤーの燃料切れから仕方なく着地し、それから五キロほど歩いたところに天使の少女はいた。
 だが、その外面が異常だった。
 紅い。
 第一印象がそれだった。
 紅赤朱くれないせきしゅ)という単語が脳裏に浮かぶ。
 天使の少女は、全身が紅い血に濡れていた。
 不覚にも、それを美しいと思ってしまう自分がいた。
 それだけならまだいいだろう。
 視線は虚ろで、どこを見ているのかが分からなかった。
 両手に持たれた西洋剣が、紅く鈍い光を反射していた。
 そして最も異常なのは、その背中に生えた、水色の天使の羽。
 知らずの内に、論は警戒する。
 この少女は一体何者なのか。
 普段ならば湧き出てくるはずの疑問は、何故か全く出てこなかった。
 外見に反して、天使の少女が浮かべる悲しい表情のせいだったからだろう。
 論が見つめる中、天使の少女の瞳から一滴の涙が零れた。
 沈黙が全てを支配する。
 あらゆる音が消えたような世界。
「君は……誰だ?何故、そんなことに?」
 言ってから迂闊だったと思う。
 目の前の少女の素性が分からぬ以上、素性を聞くなどとは油断もはなはだしい。ましてや、敵である可能性だって無いわけではな――――――、
「…うぁ」
「なっ!!!」
 いきなり天使の少女が倒れ伏した。
 まるで緊張の糸が切れたように、まるで操り人形の糸が切れたかのように、ふら、と。
 エメラルドグリーンの髪が、ふわりと舞った。
 同時に、水色の天使の羽が散ることなくすっ、と消えた。
「…おい、君、しっかりしろ!!」
「…う」
 慌てて駆け寄り、抱き起こす。
 天使の少女に、これといった外傷はない。そもそも、服を脱がして確認するわけにもいかないし。
 しかし天使の少女の胸は苦しげに上下している。(それを確認したついでに、不覚ながらも天使の少女の胸が意外に大きい事に目を奪われたが、このことは黙っておいた)
 そして、うんうんと何かにうなされているように、口元が苦しげに歪む。
 外傷が見当たらないとなると、これはおそらく精神関係のものだとすぐに判断できた。それも、おそらく疲労によるものだと。
 こういうときの行動として、まず、論は周りを見渡した。すると、近くに誰も使っていないような研究所跡があったので、天使の少女を抱きかかえてそのまま走り出した。


 研究所跡には、案の定誰もいなかった。最も、見た目がズタボロな時点で判ることではあるのだが。
 しかし、意外にも中の設備はしっかりしていたので、天使の少女を床にゆっくりと横たえる事が出来た。
 脈を取ったりしてみて分かったが、案の定、極度の疲労と心労が原因だった
 一人で生きてきた論にとって、この程度の知識は当たり前。
「さて…と」
 この症状に対する対処法をI−ブレインから引っ張り出して、実行する。
 とりあえず、枕になりそうなものを準備。丁度近くにぼろぼろで所々が黒い枕を発見したので、それを天使の少女の頭の下にあてがう。出来れば、頭に血が上るのを避けたいところだからだ。
 そして、次に口の中を見てみると…特に異常は無し。水なども入ってはいない。で、天使の少女が少しばかり汗をかいてるのを確認したうえで濡れタオルを天使の少女の額に乗せる。後はしばらく様子を見る。この様子なら脱水症状にはならなそうだし、下手に水を飲ませて気管に詰まらせたら拙いので、水は飲ませない。この血まみれの衣服もなんとかしてあげたかったが、もちろんそれは出来ない相談だ。
「ふう…」
 強化カーボンの床に座り込んで、論は安堵の息を衝く。
「…しかし、この少女、一体何者なんだ…?」
 しばらくして容態が落ち着いてきたらしい天使の少女を見下ろして、論は呟いた。
 服に付着していた血が乾いていることから、あの血はかなり前に付着したものだと分かる。だが、どうしてこのような可愛らしい少女がこんなに血に濡れなければいけないのであろうか?
 考えても答えが出ない。
 この天使の少女が起きたら聞いてみようと思う。
 何故か知らないが、この天使の少女を放っておけなかったから。




 それから、現実時間にして十五分後、
「…ん…ぅん…」
 呻きと共に天使の少女が身じろぎした。
「お、目を覚ましたか!?」
 論は天使の少女へと近づく。
 そして、天使の少女の目が開く。
 論と天使の少女の目が合った刹那、
「いやぁっ!!!」
 一瞬にして少女は飛び退り、
 ごちん。
「はうっ!」
 壁に後頭部を軽く打ちつけて頭を抑えてうずくまった。で、その間に論が近づいたので逃げ場をなくした。
 その目に映るのは、動揺と恐怖。
 無理もない。目が覚めたら、目の前に知らない人間がいるのだから。
「お、落ち着け…と言っても無理か…」
 こんな状況は初めてなので、流石に対応に困る。結果、論は何も出来ないでいる。
 そして状況は変化する。
「貴方も…わたしを連れ戻しに来たの…?」
「何!?」
 天使の少女の予期せぬ言葉に、論の目が一瞬だけ点になる。
「もういや…もうやだ…もう許してぇ…」
 さらに、まるで何かに懇願するかのように、天使の少女は掌を両手に当てて泣き出した。
「なっ!!」
 百戦錬磨の論を持ってしても、これにはかなり驚いた。
 これではまるで、自分が天使の少女を泣かした悪人みたいではないか。
 そして何より、こんなところを誰かに見られたら、弁解のしようがない。ここに誰かが来ること自体奇跡に等しいだろうが、いくら低くても可能性は可能性だ。
 だが、今の天使の少女の言葉から、彼女の境遇はある程度理解又は予測できた。
 …ならば、何としても、この天使の少女を落ち着かせねばならない。
 胸の内に浮かぶ、今まで感じた事の無い感情と共に、論は行動を起こした。
「ああもう落ち着いてくれ…ほら、オレは何も持ってない、つまり、君に危害を加えることは出来ないよ」  『極限粒子移動サタンディストーション)で二本の騎士刀の存在を見えなくして、肩をすくめて論は歩み出す。
 一歩。
 二歩。
 三歩。
 一旦ここで止まる。一度に近づきすぎるのも逆効果。
 天使の少女は、論から視線を外さない。だが、その顔に浮かぶ警戒の色は、段々と薄れてきたようだ。
 刹那、状況が一変する。
 壁越しに、何かが聞こえた。
 すかさず、そこで聴覚を上げて壁越しに外の様子を探る。
 聞こえたのは、女の声。









「…あの子はどこへ行ったのかしら…任務を全て終えたから、今回は罰は無いのに…」










「やぁっ!!!」
「!!!」
 突如、両肩を両腕で抱きかかえてうずくまってがたがたと震える天使の少女。その顔には恐怖心がありありと浮かんでおり、その言葉が天使の少女にとって大きなトラウマのような存在であることは、論には簡単に理解できた。
「…どうやら、如何考えてもいい状況下である可能性はゼロだな」
 冷静な分析を下した論。
「…大丈夫か?」
 すかさず天使の少女へと駆け寄り、その肩に触れる。 
「!!」
 びくっ!!!と、まるで火傷して反射的に身を引いたみたいに、天使の少女は飛び去ろうとして…後ろに壁があるから動けない。
 拒絶された論の顔が、悲痛に歪む。
「…すまない…気に障ったなら、壁の向こうの存在がいなくなった時にオレはもうここを出て行くが…」
「……いいえ…行かないで……下さい」
 不安な表情で天使の少女を見つめる論に、天使の少女は何とかそれだけを答えた。肩がまだ小刻みに震えている事からその後ろにある恐怖心を隠しきれていないことを論は理解できたが、あえてそれを口に出さなかった。
「…とりあえず、黙っておこう。壁の向こうの存在がいなくなるまで」
 天使の少女は無言で頷いた。




 それから、現実時間にして十分後、壁の向こうの気配は無くなった。
 それを完全に確認した後で、論は口を開いた。
「…で、君は誰なんだ?」
 真っ先に疑問を口にした。
「…ヒナ…ヒナ・シュテルン」
「…いい名前だ」
「!!」
 天使の少女…ヒナの顔が僅かに紅潮する。
「…で、君はどうして血まみれになっているんだ?」
 次の質問。
 だが、それが拙かったことを次の瞬間に知る。
「…何も…聞かないで下さい…」
 拒絶の意思を込めた、完全なる黙秘。
「…すまない」
 天地神明に恥じる事があっても無くても、誰だって言いたくない事はあるだろう。論とてサツの犬ではあるまいし、変に疑うのも拙い。
 こうなると、質問を変えなくてはならない。
「…誰にだって言いたくないことはあったな…ああ、まだ名前を言っていなかったな。オレは論、天樹論だ」
「論…ですか」
 ヒナがそれを言った直後に、ぐぅ〜、と音が鳴った。
 その後、ちょっとした沈黙。
 ヒナの顔が、僅かに紅潮していた。
「…ぷ…あ…あはははっ」
「も、もう!!笑わないでください!!」
「いや…すまない…つい、な…じゃあ、何か食べるか?」
 ヒナは無言で頷いた。




「…君、思いの他食べるんだね…」
 唖然としながら論が言う。その傍には、空っぽになった食料袋の山があちこちに散らばっていた。
「だ、だって、ここ最近何も口にしていないんです…」
 ヒナからの反論。
 …それにしても、これは少々食いすぎだと思うんだが…それとも、いつもは小食で、今回はたまたま腹が減っていたからなのだろうか…。いつもあんな感じで食べていたら、あのスリムな体系(かつ、出るべきところが出ている)を維持するのは至難の業だろうしな…。
 などと、論はどうでもいいことを考えていた。
「…ごちそうさま」
 で、やっとヒナの食事が終る。正直、これだけで携帯食の半数が消えたまたどっかで補充しようと考える。人として、それも男として、間違ってもヒナに請求するのはやめといたほうが…、
「はい、これ」
 そう思っていた矢先に、ヒナはポケットをまさぐった。その後、論の目の前に紙幣が出された。その額は、ヒナが今回食べた携帯食の総合料金より高かった。
「…こ、こんなの受け取れるかよ」
「いいえ、受け取ってください…でないと、わたしの気が済まないんです…それに、わたしにはあまり必要が無いですし」
「…」
「ああもう、分かった」
 上目遣いにこう懇願されては、流石に断れない。よって、一応受け取っておく事にした。
 一瞬、このヒナという少女はどこかのボンボンの娘かと思ったが、そうであればあのような血に濡れた格好をする理由が殆ど無い。が、考えてもしょうがないし、答えが出てこない。
 おそらく、あの格好のせいで買い物に行けなかったんだなと、この金の出所は後で考えようと、論は脳内でそう結論付けた。
 …数分後に、ソレが間違いだと気づくまで。
「あの…」
 論が考え事をしている時に、ヒナが話しかけてきた。
「ん?」
「…ちょっと、眠らせてもらえませんか?安心したら眠くなっちゃって…」
「…ん、ああ、いいけど…」
「そうですか…では」
 そう言って、オンボロ枕に頭を乗せてヒナは横になった。
 だが、ヒナは目を閉じなかった。
「…どうした?寝ないのか?」
 何となく疑問を感じて、論が口を開いた。
「論…会ったばかりで申し訳ないんだけど…一つだけ、お願いがあるんです」
 返答はすぐに返ってきた。だが、ヒナの声音が悲しみを帯びていたことに、この時の論は気がつかなかった。
「ん?何だ」
「わたし……を………」
「……!?」
 ヒナが論の手を軽く握った。
 刹那、たちまちのうちにヒナの顔が泣きそうにゆがんで、








「わたしを殺して」









 涙を流して、ヒナは懇願した。
 その態度に、論は頭に血が上ってかっとなった。
 同時に、先ほどのヒナの行動も理解した。ヒナは金持ちなんかじゃない。これから死のうとしていたから、不要となるものを自分にくれただけなのだ。
 眠らせてというのは、きっと永眠の方だろう。
 胸の中に生まれた熱い感情が、無意識の内に論の手を動かした。
 刹那、ぱぁんっ!!という音。
「っ!?」
 ヒナの頬を、論は感情をむき出しにして平手で叩いた。
 一瞬、ヒナは何が起きたのか、理解できなかった。
 分かるのは、頬に痛みと熱さがあるだけということ。
 続けざまに、論は叫んだ。
「…何があったか知らないが、そうそう簡単に人生を諦めるんじゃない!!」
「…何も知らないくせに、どうしてそんな事が…」
「そりゃ教えられてないからな!分かるわけがないだろう!」
「う…そんな返答、汚いです…」
「何とでも言ってくれ…オレだって、ほんとならこんなこと言いたくないし、君を叩きたくなんて無かったさ。だけど、生憎とオレは死にたがりを目の前にして放っておける神経の持ち主じゃあない…君に何があったかなんて分からないし、君の命は君の命で、何をするかは確かに勝手だ…だけど、それはヒナが『ヒナを作った奴ら』への戦いに負けた事になるんだ。それでもいいのか」
 後半は、あえて「ヒナ」という代名詞を使う。
「…あ」
 それを聞いたヒナの顔が青ざめる。
 自分の過ちに気がついて。
 同時に、一つの疑問に行き着く。
「…どうして」
「え!?」
「どうして、会ったばかりのわたしに、こんな事を言ってくれるの?」
「…あー、それは…」
 論の顔が引きつる。
 言えるわけが無い。
 …綺麗だったから。なんて。
 だから、違う言葉でごまかした。
「お、オレがお人よしだからだ」
 …思いっきり無理があるいいわけだったが、ヒナからの追撃は来なかった。
「…そうですか。では、わたしは今度こそ休みます…大丈夫です。自殺なんかしませんから」
「…いちいち口に出さないでくれ。不安になる」
「はい…では」
 そう言って、ヒナは目を閉じた。
 それを見届けた論は、ふう、とため息を一つ。
「…そういや、オレも急に眠くなってきたな…小型の外敵感知センサーをここの入り口につけて寝るか…」
 そして、研究所跡の入り口に小型の外敵感知センサーをつけた後に、論は壁に寄りかかってしばしの休息をとることにした。




「…む」
 論の意識が覚醒して、眼が覚めた。
 脳内時計は『午後四時』を注げた。あれから六時間も寝ていたらしい。
 ふと横を見て…心臓が止まりそうになった。
 寝ていたはずのヒナがいなかった。
 かわりに置いてあったのは置手紙だった。
 それを見て、視界がぐらりと揺れた感覚を、論は覚えた。




 「色々とありがとうございます。でも、わたしが近くにいると、きっと貴方に迷惑がかかります…あなたの事が嫌いに成ったわけじゃないです。
 それと、わたしは死にません…それだけは、約束します」





 小型の外敵感知センサーが何の反応を示さなかったのも当たり前だった。
 …小型の外敵感知センサーは、内部から出て行った者には反応しない…。
 胸の中の感情を抑えて、論は立ち上がった。
 ヒナは自分の生きる道を見つけた。だから自分もかんばろう。と、無理矢理に自分を励ました。
 瞳の端から、涙が零れた。







* * * * * *








 全てを語り終えて、論は深くため息を衝いた。
「オレが知っているのはこれだけだ…ヒナ、どうして君は…」
「その前に」
 論が全てを言い切る前に、ヒナがそれを遮った。
「あなた達の事、教えて欲しいんです…それから、話しますから…わたしがここにいた事を、一人でも多くの人に知っていて欲しいから…」
 その台詞には、どこか深い悲しみがあった。まるで、自分がこれから死ぬから名前を覚えておいて欲しいとでも言いたげな、そんな言葉。
 そしてこの場にいる全員がそれを察知できたために、反論をするものはいなかった。












 ちなみに、今と同じ時にて、こんな事が起こっていた。
「いえっきし!!!」
 ブリード達三人が心の中で錬に謝った時、何も知らない食事中の錬がくしゃみをしていた。
 しかも真正面にいたフィアに、思いっきり口の中のご飯粒をぶちまけてしまった。
「…錬」
 ずごごごごごごご…。
 激しい怒りのオーラが、ご飯粒まみれのフィアを包んでいる。
 錬は思わずたじろいでしまい、言うべき言葉は一杯あるのに、それが一言も出てこない。口元がひくひくと痙攣しているかのような感覚。
 その間にも、時は過ぎていく。
 脳内時計が「タイムオーバー」を告げた気がした。




 その後、フィアが素早く真昼と月夜に告げ口したために、錬はこっぴどく叱られた。











 その後、論を含めた五人は一通りの自己紹介をした。自己紹介と言っても本当に簡単なもので、名前を言ったり、誰かの発言に誰かが冷やかしを入れたりするなどといった、短くも楽しい時間だった。
「じゃあ最初は、レシュレイからどうぞ!!」
「…なんで俺なんだ?セリシア」
「いいじゃない。だって貴方は私のナイト様なんだもの…」
「…ああもう、んな事言われたらやるしかないじゃないか…」
 いつもはしっかり者のレシュレイも、セリシアにこう来られると弱い…で、必然的にレシュレイから自己紹介開始。
「俺はレシュレイ・ゲートウェイ…シティ・メルボルン出身の魔法士…で、セリシアの彼氏だ」
 とん、と、顔をちょっとだけ赤らめたレシュレイがセリシアの肩に手を置いた。
 それに嬉しそうに顔を赤らめてはにかんだセリシアが続く。
「私はセリシア・ピアツーピア。ピアツーピアってのはLAN用語からです。レシュレイと同じくメルボルン出身の魔法士で、能力は『騎士』ですね…はい次、ブリードさん」
「俺はブリード・レイジ。『氷使いクールダスター)』だ。そして、好きな食い物は西瓜で嫌いな食い物は鮑で好きな季節は冬で嫌いな季節は夏で」
「ブリード、長い…次行きます」
「お、おい待ってくれミリル!!!」
 だが、ミリルは構わずに続ける。
「私はミリル・リメイルド。ブリードの幼馴染にして彼女です。こんな彼氏だけどいい人だから、私共々よろしくお願いします」
「ぐはっ!!」
 着席したミリルの横で、ブリードがショックを受けていた。「こんな彼氏」扱いがよっぽど効いたらしい。
「…で、オレはいいよな…」
 既に自己紹介済みにも等しい論がソレを言って、一通りの自己紹介が終了した。
「そして、君の番だ」
 全員を代表する形で論が言う。
「…先ほども言いましたが、わたしはヒナ・シュテルン」
 ここで一呼吸置いて、
「よろしくお願いします」
 本当に簡単な自己紹介を終えた。







 続いて、どうしてここに皆して集まっているのかという質問。
 レシュレイとセリシアは、所要を済ますためにフライヤーで飛行中に、大吹雪に遭ってここに非難。
 ブリードとミリルは、つい先日見かけた大型飛行船艦『Hunterpigeon』を追って、やっぱり大吹雪に遭ってここに非難。
 論は、ヒナを探して世界を周っている最中に、ものの見事に大吹雪に遭ってここに非難。
 …なんか、物凄い偶然だった。作為的なものを感じるくらいに。












「…で、君はどこから来たの?」
 自己紹介や一通りの事情を説明し終わったところで、ブリードがヒナに質問する。今度はヒナを怯えさせないように、なるべく諭すように問いかける。
 だが、その質問を聞いた途端、ヒナの顔が暗くなる。
「あ…」
 聞いてはならなかったタブーに触れたことに気がついて、ブリードが申し訳なさそうな顔をする。その様子に気がついたヒナは慌てて取り繕う。
「あ、違うんです。あなたは何も悪くないです…ほんとはあまり言いたくないけど言います…わたし、『賢人会議Seer's Guild)』を脱走してきたんです」
 驚愕の発言に、その場に居合わせた者達が息を飲んだ。
 『賢人会議Seer's Guild)』。
 この中で、その言葉を知らない者はいない。
 世界中で魔法士についての情報を盗み続ける正体不明の大規模暗躍組織。それが、『賢人会議Seer's Guild)』。
「…どうしてだ?」
 沈黙を打ち破り、論が口を開いた。
 顔を下げて、ヒナはまた黙り込んだ。が、すぐに顔を上げて、はっきりとした口調で言う。
「わたしは、『賢人会議Seer's Guild)』に作られて、たくさんの人を殺すように命じられたの…でも、わたし、人を殺すなんて嫌!
 ……だけど、殺さないと、こうなるの…」
 そう言ってヒナは論達に背中を向けて、
 しゅるり…。
 いきなり自分の服を脱ぎ始めた。
「!!!!」
 当然、一同は困惑した。同時に、一同の顔が赤くなった。特に論に至っては、耳まで真っ赤である。しかもポジション的に論はヒナの真正面にいたわけだから、一番いいアングルでヒナの白くて眩しい背中が目に入った。
 …鼻血が出そうだったのを、必死で堪えた。
 だが、その後に待ち受けていたものを見て、誰もが言葉を失った。
 ヒナの上半身が、完全に裸になる。論達に対して後ろを向いている上に、ヒナは大切なところを腕で隠しているから見えるはずが無い。
 …そして、白くて眩しいヒナの背中には似つかわしくない、痛々しいまでの傷跡があった。
 浅いものから深いものまで、大小様々な傷。
「…逆らうとこんな風に、鞭で叩かれたんです…だから、わたしは大人しく従うしかなかったんです」
 嗚咽交じりのヒナの声が、物音を忘れたかのような静かな空間に響く。
 四人の中に、怒りが湧き上がってきた。
 そしてこの中では、『賢人会議Seer's Guild)』に対する激しい怒りのボルテージがもっとも高かったのが論だった。当然だろう。もはや、論がヒナに惚れている事は明確なのだから。そして、ヒナも論の事を…
「許さない…」
 だからこそ、真っ先に論が言葉を発した。
「『賢人会議Seer's Guild)』…必ず、潰す…」
 強い意志を秘めた論の瞳を見て、
「はい…」
 服を着なおししたヒナは振り返り、笑顔で答えた。









 
この瞬間、











 『賢人会議Seer's Guild)』がヒナの知らないところでヒナに仕掛けた、
ヒナの脳内にインストールされたプログラム発動条件が満たされたことを知る者は、現段階ではいなかった。











 そう、『賢人会議Seer's Guild)』に離反する発言こそが、このプログラムの発動条件だった。




















 刹那、脳裏に響く激痛と、激しいノイズ。
「いやっあああああああぁぁぁっっっ!!ああっぅぅぅぁ!!」
 何の前振りも無く、頭を抑えてヒナが叫ぶ。
 悲痛に泣き叫ぶ。
 いやいやと首を振る。
 混乱しきった頭の片隅に、冷たい刃物が掠めたようなノイズ。
 脳内に響く激しいノイズは止まらない。
 理由の分からない恐怖でぐちゃぐちゃの頭の底で、わずかに言葉が響いた。

















 
―――戦え。

そして殺せ。

そして滅せ。

そして滅ぼせ。

そして絶命させろ―――



















 それは大地の底より響くような

 激しい重みがあり、

 呪詛すら含んだように聞こえる声だった。















「いやああぁぁぁぁぁ!!!もう…もう、わたしに殺させないでえええぇぇぇぇぇぇぇえぇ!!!!」
 耐え切れずに、目を見開いてヒナは叫んだ。
「な…何が起こっているんだ!?」
 ヒナのいきなりの豹変ぶりに、レシュレイ達は困惑する。
「ど、どうしたんだよヒナ!?」
 論が叫ぶ。
 だけど、ヒナの耳には入っていない。否、聞き入れている余裕が無い。











 
同時に、一際大きいノイズがヒナの脳内を駆け巡る。

 そして、脳の隅に残った一欠けらの理性が飛んだ。



















「わたしに…わたしに近づかないで…わたしを止めて…お願い…おねがい…




















わたしをとめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」



















 
華奢な少女の体から出たとは思えないほど悲痛な声。







 もしこの場にシャロン・ベルセリウスがいたら、こう言っただろう。
















 ―――ノーテュエルと同じなの!!と――――





















 そして、『賢人会議Seer's Guild)』がヒナの知らないところでヒナに仕掛けた、
ヒナの脳内にインストールされたプログラムが、完全に起動する。






















(I−ブレイン、自動戦闘状態オートバトルモード)へ移行。以後、戦闘面の制御権を自動戦闘状態オートバトルモード)へと完全移行)









 ―――すなわち、ヒナの意思に関係なく、ヒナを戦いに無理矢理狩り出すという、最悪のプログラム。















 これを止める方法は、よほど特別な措置を除いてただ一つ。






















 その命を、絶つしかない。


















「避けて!!」
 悲痛な表情で、ヒナが叫ぶ。
 ヒナがスカートの脇にかけていた二本の騎士剣 『ムーン)』と『スター)』がヒナの手によって構えられる。無論、ヒナが望んでやっていることではない。自動戦闘状態オートバトルモード)が勝手にやっていることだ。
 だが、レシュレイ達はそれに気がついていない…気がついていないから、神速で振り下ろされた騎士剣に対して、ぎりぎりのタイミングで間に合った。
「っ!!!!」
 セリシアが『光の彼方』を構え、鎌の峰の部分でヒナが振り下ろした騎士剣を二本とも受け止める。
「っ…これって!!」
 ミリルの悲痛な叫び。
「…認めたくない…限りなく認めたくないが…」
 ブリードがそこで一旦言葉を切って、辛辣な言葉で言う。
「戦闘開始の…合図だ!!」




















 
―――そして、否応無しに、戦いが始まった。
























―――【 望 ま な い 戦 闘 】―――
〜RESHUREI&SERISIA&BUREED&MIRIL&RON&HINA〜







 危険を察知した四人は、一旦ヒナから離れた。距離的にはおおよそ二十一メートル程。
 …こんなときに限って、誰も携帯用ノイズメーカーを持ってきていなかった。それが、相当の痛手だった…最も、ヒナの能力が分からない以上、ヒナに効果があるかどうかは分からないが。
 ヒナは近づいてこない。まるで、そこから動けないかのように。
 …近づいて説得すれば何とかなる。
 そう思ったのは大きすぎる間違いだったと、真っ先にセリシアは後悔した。
 距離的には、ヒナから半径二十メートル位の位置で、セリシアのI−ブレインが異常警報を告げる。
(不正なノイズを確認。思考ノイズを検出。外部接続防壁に異常を感知)
 ヒナの思考が、セリシアの中に入って来る。
「っ!!!」
 そのあまりに悲痛な思考に、セリシアの思考が押しつぶされそうになる。
 そしてセリシアは、一瞬だけヒナを見た。
 戦いながらも、涙を流しているヒナの姿を。
「あ…あああ…」
 虚ろになる意識。脳の中に響く声。逆流する思考。
(いやあああぁぁぁ…もう、やめて…わたしは誰も傷つけたくない!わたしはもう殺したくないのに!!なのに!!体が勝手に動くの!!ごめんなさい…ごめんなさい…ごめん…なさい…やめて…止めて…わたしを止めて…わたしを止めてぇぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇっ!!!!)
「セリシアッ!!」
 背中から、誰かが支えてくれる感覚。無論セリシアには、その声の主が誰だかは分かっていた。セリシアの体はそのまま後ろに引っ張られる。それにより同調能力の範囲外へと非難できたために、セリシアは思考が押しつぶされるのを防げた。
「…大丈夫か」
「…レシュレイ…」
 セリシアの顔は、今にも泣きそうだった。
 ヒナの辛すぎる心情を、知ってしまったから。
 だからセリシアは、凛とした表情で言った。
「レシュレイ…あの子を…ヒナちゃんを止めよう…殺さないで止めよう…難しいかもしれないけど、私、ヒナちゃんを殺したくない!!ヒナの心の中が分かったの!!ヒナちゃんは同調能力者!!!…だから、ヒナちゃんの心の中の思いが分かった…ヒナちゃんだって、殺したくて殺してるわけじゃない!!!戦いたくて戦ってるわけじゃない!!!ヒナちゃんは…無理矢理戦わされてるの!!」
 だが、それに了承を出す…否、出せるレシュレイではない。下手をしてヒナを殺してしまったら、またセリシアは辛い思いをするに違いない。
 レシュレイの思いが、「それだけはさせない」と強く意識する。
「だけど…殺してでもヒナを止めないと…今度はこっちが…それに、俺はお前に人を殺させたくないし、人を傷つけさせたくも無い!!!
 …お前が血に染まるくらいなら、俺が…」
 そうだ。
 セリシアが人を殺すくらいならば、人を傷つけるくらいならば、自分が罪を背負う。自分が全てを斬る。血に汚れるのは自分の仕事だと、一年半前のあの時から決めていたこと。だから殺させない。セリシアには殺させない。辛い思いをするのは自分一人で十分。
 殺すのが辛くないと言えば嘘になる。
 だが、それより何より…セリシアが泣くくらいなら、俺が―――!!
「駄目!!」
 レシュレイの発言は、セリシアによって強引に中断させられた。普段のセリシアからは想像できないほどの勢いと迫力を持った声。その声によって、少なからずレシュレイは驚く。
 正直、いつものセリシアがセリシアなだけあって、たまにセリシアのこういうところを目撃してしまうと、ギャップの激しさに驚いてしまう。
「ヒナちゃんは今までずっと、『賢人会議Seer's Guild)』のせいで嫌な思いをしてきたのよ!!!人間らしいことなんて出来ないで、ずっとずっと、望まない人殺しをさせられてきたのに…それじゃあ、ヒナちゃんがあまりにも可哀相過ぎるわ!!
…それに私、知ってるの…レシュレイが、私の代わりに人を殺すことで、ものすっごく辛い思いをしてるってこと…だからレシュレイ!!!殺さないで!!!一人で背負い込まないで!!私だって戦える!!人を殺すのはすごく嫌だけど…だけど…レシュレイの辛い顔を見る方が…よっぽど…とても…とても辛いんだから!!」
 涙を堪えて、セリシアは叫んだ。
 その話の内容に、レシュレイは弾かれたように顔を上げた。
「…そうか、気がついていたんだな…」
「うん…」
 セリシアは、もう泣いていた。
 涙を流して、泣いていた。
「だけど…俺は」
「だけども何も無い!!!」
 まただ。
 またもセリシアの気迫に押される。泣きながらの気迫ほど強いものはない。流石のレシュレイも女の涙…それもセリシアの涙には勝てない。
「どうしてそうやって…一人で背負いこむんですか!!!それ、レシュレイの悪い癖!!
 私達は仲間でしょう!
 信頼があるでしょう!
 だから安心してお互いを任せられるでしょう!
 …そんなレシュレイだから、私は好きになったんです!!
 だけどそんな風に…一人で背負い込まれたら…私、いらないみたいじゃないですか!!私、ただただレシュレイに辛い思いをさせるだけの存在みたいじゃないですか!!!そんなの絶対に嫌です!!
 ・・・だからレシュレイ…一人で…ひとりで…」
 大きく見開かれたセリシアの瞳から、涙がぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろと零れ落ちてくる。
 ぽかぽかぽかぽか、と、大して威力の無いセリシアの拳が、レシュレイの胸に当たる。泣きながら腕を振るうセリシアの姿を見て、レシュレイの表情が和らいだ。
 同時に、気がついた。
 何もかも一人で背負うということが、どういうことにつながるのかということを。
 そして思った。
 …こんな可愛い子を泣かせる自分は、何様なのだ。と。
「…俺、凄く馬鹿だったな…馬鹿みたいに一人で背負い込んで…一人で辛い思いして…だけど…そういってくれて嬉しい…」
 そのまま、セリシアを抱きしめるレシュレイ。周りの目など知ったことかとでも言いたげなその大胆不遜な行動力に、ブリード達も何も言わなかった。
 レシュレイの腕に包みこまれたセリシアが、腕を振るうのをやめる。
 そのまま、レシュレイは決意を述べる。セリシアにも自分にも、辛い思いをさせないで済む選択肢を。
「…分かった…全力でやってみる…全力で…ヒナを殺さないで止めてみる!!だから…協力してくれ!!セリシア!!」
「レシュレイ!!」
 泣き笑いの顔で、セリシアは顔を上げた。
 その顔に、一滴の水滴が落ちてきた。
 レシュレイの顔を見て、それの正体を一目で理解する。
 レシュレイも、泣いていた。
 今までの辛さを、洗い流すかのように。




















「大丈夫か!?」
 タイミングを見て論が駆け寄る。続いて、ブリードとミリルも。
「…な、なんとか…」
 涙を拭って、セリシアはそれだけを返答として返す。
「…一体、何が起こったんだ!?」
 セリシアがどうしていきなりあんなことになったのかが分からずに、ブリードは疑問を隠すことなく問う。
「…心が、聞こえたんです」
「…心?心ってまさか『同調能力』か?」
「…多分、それに間違いないです」
「…成程…」
 何かに納得したかのようにうなづいた後、
「…ダッシュッ!!!」
 何の前触れも無く、ブリードはヒナのいる方向へと飛翔する。
 いきなりのブリードの行動に驚いたのは、ミリル以外の全員。ミリルは驚く必要が無い、何故なら、ミリルはブリードの持つ能力の正体を知っている。
(攻撃、感知)
 自動戦闘状態オートバトルモード)が、ヒナの意思を無視して『同調能力』を発動させる。
 大きく深く息を吸い込み、ヒナは天使の翼を研究室跡の天井にぶつけない程度に広げる。
 闇色の空気を光で満たし、心の内に世界を取り込む。効果範囲を二十メートルに再設定。対象空間内の全存在情報をI−ブレインの記憶領域に転写。物質、空間、生物、無生物―――水色を基調とした光の翼が届く限りの全てを情報として脳内に再構築し、対象と自分の間に『完全なリンク』を確立する。
(『同調支配』に成功)
 数値演算によって動作を細かく定義された普通の魔法士の能力とは違い、全てを感覚のレベルで処理する『同調能力』のI−ブレインは複雑な命令を必要としない。大気運動の制御も重力の書き換えも、ヒナにとっては指を動かすのと同じくらい簡単なこと。意のままにならないものは何一つ存在せず、あらゆる定義が互換の定義で認識できる。
 あらゆる情報構造体を意のままにする同調能力も、決して万能というわけではない。人間や人工知能などの『高速で思考する物体』を取り込むには、それなりの脳内容量を必要とする。
通常の空間や無生物の存在情報ならほぼ無尽蔵に制御できるが、人間が相手ならたとえそれが魔法が使えない一般人でもせいぜい二十人が限度。その上、特殊なデバイスを使ってあらかじめ目標物を設定しておかないと、能力の効果範囲は自分を中心にした球状に広がってしまう。当然、敵だけを選んで支配するなんて器用なことも出来ない。
 とどのつまり、人の密集地帯に対し下手にI−ブレインを起動すると、『同調能力』は周囲の人を無差別に取り込み、勝手に容量不足による機能停止を引き起こしてしまう。
 そして光の翼はブリードを取り込む…………はずだった。
 何故かその少年に対しアクセス出来ない。その少年がいるはずの位置に、ぽかりと人型の虚が開いている。周囲の情報は確かにそこに人間がいることを示しているのに、肉眼では確かにその少年の姿を確認できているのに、情報の海の中にはそんな存在情報は影も形も見当たらない。
 論理構造の破綻にI−ブレインがエラーを起こし、同調支配が弱まる。
 …なんで。
 予想外の事態に頭が混乱する。何が起こっているのかがさっぱりわからない。
 その間にも、ブリードは全力で突っ込んでくる。
 ヒナは知らない。
 ブリードが対同調能力者ガードオファ)としての能力を持っているということに。
 次いで、レシュレイが飛翔してくる。
 今度は、セリシアだけが驚かなかった。
(攻撃感知)
 ブリードの時と同様、レシュレイに対し同調能力を勝手に展開させられる。
 だが、レシュレイは『真なる龍使いドラゴンブレード)』。『絶対情報防御』を持ち、レシュレイの体を構成する『遺伝子改変型I−ブレイン』は細胞の配置によって微細な論理回路を形成し、あらゆる情報構造体攻撃を完全に遮断する。『天使』の能力がいかにとんでもない能力だろうと、それが、『相手の情報を支配する』能力である限り、龍使いには通用しない。
 ―――また!!
 ブリードの時と同じく、レシュレイがいるはずの位置に、ぽかりと人型の虚が開いている。
 そうしている間にも、ブリードとレシュレイの二人は、ヒナの同調能力の範囲内である二十メートルの距離を一気に縮め、ヒナに切りかかる。
 だが、その剣には殺気がない。
 …私を、殺さないの!?
 脳ではそう思うものの、『自動戦闘状態オートバトルモード)』に支配されているヒナの体は勝手に動く。今度は二本の騎士剣 『ムーン)』と『スター)』を構えなおし、右腕の『ムーン)』でブリードの氷の刃による攻撃を、左腕の『スター)』で、レシュレイの持つ漆黒の剣の攻撃を受け止める。
「くっ!!」
「疾ィィッ!!」
 そのまま剣戟が始まる。ブリードもレシュレイも剣の腕は一流なのだが、ヒナの剣戟もそれには劣っていない。現実時間にして三秒の間に数百回をゆうに超える回数の剣戟。
 ちなみに、ヒナの運動係数は四十八倍、知覚係数は九十六倍に定義されている。
 だが、ヒナの持つ二つの騎士剣 『ムーン)』と『スター)』はかなり小型の剣で、柄の部分を合わせてもおおよそ五十センチ位しかない。だがそれ故に小回りが利くため、攻撃速度ではヒナの方が有利であることは間違いない。
 さらなる剣戟が繰り広げられる。斬り、突き、払い、斬り上げ、斬り払い、横薙ぎと言ったあらゆる斬り技が瞬間的に展開される。並みの魔法士では見切ることすら不可能な、非常識なまでの速度。
 非常識な能力を持つ魔法士に対抗できるのは、同じく非常識な力を持った魔法士のみ。
 …だが、僅かではあるが着実に、ヒナはブリードとレシュレイの二人を相手にしていながらも、ブリードとレシュレイの二人に小さい傷を何箇所も負わせていく。
 ブリードとレシュレイが弱いのではない。そもそも、ブリードとレシュレイにはヒナを殺してはいけないというハンデがついている。このハンデが此れ以上ないほどの重荷となり、二人の動きを鈍らせている。そもそも、このようなハンデが無ければ、勝負はとっくについていると言っても過言ではない。
 だが、ヒナの顔に浮かんでいるのは余裕などではなく…悲しみの表情だった。ヒナの顔には苦悩の表情がありありと浮かんでおり、目じりには涙が浮かんでいる。
「っ!!!」
ちぃ)ッ!!」
 戦況的に押されている事を理解し、さらにヒナの顔を見ていたたまれない気持ちになったブリードとレシュレイは、一旦ヒナから退く、そこから入れ替わるかのように、
(後方、攻撃感知)
 あらかじめブリードとレシュレイが退くのを待っていたかのように、風の刃がヒナ目掛けて飛翔する。ミリルの持つI−ブレイン能力が常駐し、モード
風使いトルネーダー)』を維持。
 肌に触れる風が、一段と強くなったような感覚。
 気流という『風を操るための情報』を見つけ出し、風を意のままに操る。
 『風使いトルネーダー)』の能力の一つ『無限の息吹インペリアル・ブレス)
 目に見えぬ風の刃に命令を送る。内容は『ヒナ・シュテルンへの攻撃。但し、急所は外すこと、かつ、ヒナを殺さないこと』
 はたから見たら、かなり無茶な命令だが…それでも研ぎ澄まされた風の刃が飛翔し、標的への最短距離を加速する。
 『無限の息吹インペリアル・ブレス)』に対し、ヒナというマスターを守る為に、ヒナのI−ブレインが反応する。
 攻撃感知『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』並列処理開始)
 I−ブレインが抑揚の無い声でそう告げる。刹那の間をおいてヒナの周りに発動する透明な壁。半径一メートル以上先からの遠隔攻撃を全て打ち消す守りの壁は、かなりの殺傷力を持つ『無限の息吹インペリアル・ブレス)』をものの見事に無効化する。
「消された!?…この子のI−ブレインの防壁の強度、一体どれくらいなのよ!!!」
 魔法士は、I−ブレインの防壁の単純な強度は雲上航行艦よりも上…とは聞いていたが、正直、これほどの 強度を持つI−ブレインの防壁は今まで見たことも聞いたことも無い。
 おそらく、世界三大戦艦の一つ『FA-307』の荷電粒子による遠距離砲撃ですらも、ヒナにダメージを与えることは難しいだろう。
 『Hunterpigeon』のマスター、ヴァーミリオン・CD・ヘイズの『虚無の領域』とかなら、この圧倒的なまでの強度を持つI−ブレインの防壁を破壊することだって出来るのだろうが、生憎とこの場に彼はいない…というより、この場に彼の知り合いなど誰もいない。
 少なからずミリルは戦慄する。風の刃による攻撃が与えたダメージは…全くのノーダメージ。
「もっと強い技は無いんですか!?」
「『無限の息吹インペリアル・ブレス)』が、今の私にとって最高の威力を持つ技なの!でも、それでも威力が足りない…打ち破るなんて無理だわ!!!」
 セリシアの問いにそう返答して、悔しさに歯を食いしばるミリル。技量にのみ優れ、攻撃面はさっぱりの自分の能力を恨めしく思う。先日のノーテュエルとの戦いで自らの攻撃力不足を自覚していただけに、その悔しさは尚更だった。
 その間にも、レシュレイとブリードは戦っている。
 「同調能力」に対抗する術を持たないセリシア、ミリル、論の三人は、先ほどの戦いを見ているしかなかった。
 だが、ただ見守っていた二人とは違い、論は目を瞑り、ひたすら考え事をしているように見えた。
 セリシアとミリルは気がついていなかった。
 論が、過去に「かつては現存していた天使(フィアではない。世界的には非公式になっているイレギュラーな存在の天使である。どこのシティが作ったのかは知らないが、天使にしてはあまりにも同調能力の射程が小さかったので余裕で撃破できた。ちなみに男で、見た目がなんかパルパレーパみたいだった気がする)と戦った経験と、今、ブリードが展開している『対同調能力者ガードオファ)』の能力を見てその原理を解析し、新たな能力を生み出そうとしていることに。
 そして今、この時を持って、論の脳内に全く新しい能力が誕生する。騎士剣『天の群雲』を構え、錬はI−ブレインに命令を送る。
(能力創生開始…「天使逆転支配サタン」作成。ファイル名「ハングドエンジェル」)
 I−ブレインの中に全く新しい構造が組みあがり、騎士剣『天の群雲』が自分の体の一部になっていくような感覚があった。
(天使逆転支配サタン「ハングドエンジェル」常駐)
 論は目を開ける。先ほどと変わらぬ世界の中で、ヒナはただ立ち尽くしている。その気になれば『同調能力』を展開しつつもこちらに斬りかかってくることも出来るのに、ヒナはそれをしない。否、出来ないのだ。
 自動戦闘状態オートバトルモード)はあくまでもヒナの戦闘面でのI−ブレインを支配下に置くのであって、ヒナの歩みや会話などといった非戦闘面には作用しない。
 今まで考え込んでいたかのように見える論が立ち上がり、ヒナのいる方向へと歩み出した。
「論!?どこへ行く!論!!」
 ブリードが静止しようとするが、論は聞かない。
 だが、論がヒナに近づいた途端、ヒナを支配している自動戦闘状態オートバトルモード)が、少しだけ弱まった。『天使逆転支配ハングドエンジェル)』は、相手の同調能力に介入して、その制御権を奪うというもの。今はまだ制御権を奪うには至っていないが、逆に制御権を奪われることもない。何せ『天使逆転支配ハングドエンジェル)』の材料には『対同調能力者ガードオファ)』が入っているのだ。そのおかげで、論は同調されることなく、ヒナと心の中だけで会話することが可能になった。














 最初に話しかけたのは、ヒナの方からだった。
(この会話は、レシュレイとブリードには聞こえていない。この二人は、あらゆる情報構造体攻撃を無効果出来るから、当然、この会話の内容も聞こえない)














「わたしから…離れて…論」
『何を…する気だ?』
「今から何とか、自動戦闘状態オートバトルモード)に割り込んで、わたしの主導権を取り返します」
「その後は…どうするんだ?」
『わたし、死にます』
 論の心臓が、凍るかと思った。
「なっ…!!」
「わたしのせいで、論も…レシュレイさんとブリードさんまで傷つけてしまいました。…やっぱりわたし、いない方がいいんです」
 ずっと前から考えていた。
 人を殺していくだけの自分。
 人を傷つけるしか出来ない自分。
 論や皆に迷惑ばかりかける自分。
 あれからずっと生きようとしてきたけど、やっぱり自分は如何あがいても駄目。
 そして、そんな自分を止められない自分がここにいる。
 …全てが嫌になる。












 
ならばいっそ…わたし自身の手で…













 二本の騎士剣『ムーン)』と『スター)』を何とか動かそうとする。
 刹那、論の心の中の感情が、わたしの中に入ってくる。
『待てヒナ!!!いいか、よく考えろ。オレは今、お前の同調能力の範囲内にいて、お前と同調しているんだ。故に、ヒナが死んだらオレもつられて死ぬが、それでもいいのか?』
 頭に氷水をかけられたような感覚。パニックに陥りかけていた意識が急速に冷えていく。
「そんなの…そんなの駄目!!!」
 必死に同調領域から論を外そうとするのだが、思うように動いてくれない。
「なん…で?」
『オレは今まで、色々な奴と戦ってきた。その中には『天使』もいたからな。戦い方のコツや、同調能力に同調し続けるコツは分かっている』
 論の声が、かすかな笑いを含む。
『そういうわけで、少し、オレの話を聞いてくれ』
「論!!お願いだから早く離れて!!!」
『いいから聞け!!!』
 ヒナの反論を封じて、論は語り出す。
『ヒナがヒナの過去を見せてくれたお陰で、ヒナがあの時死にたがっていた理由が分かった。確かに絶望するな。あれは。
 …だけどさ、オレもつい先日までは、死にたがりだったんだ。
 …オレは天樹錬って奴のコピーとして生み出された。その時のオレの心の中は、天樹錬への復讐にして殺害という目的しか存在していなかった。オレはこの世にたった一人で産み落とされた…もちろん、周りには誰もいない…。
 で、そんなオレとは反対に、天樹錬には「家族」がいた。オレは嫉妬した。どうして天樹錬はあそこまで裕福なのか、どうしてオレはこんなに惨めなのか。同じ顔で、同じ科学者に作られて何が違うのか…だからこそ天樹錬が憎かった。だから天樹錬を殺したいと思った。それがオレの使命だと思っていた…だけど現実は違ったんだ。
 そしてある日…というかつい先日、オレは天樹錬と戦った。力量ではオレの方が圧倒的に勝っていたが、天樹錬は「仲間」と協力して、オレを打ち破った。そして、次に…』
 論が展開した戦いの様子が、映像として次々とヒナの脳内に映し出されていく。血で血を洗う戦い、放たれる切り札、右腕を失った少女、そして…激しく後悔する論の姿。
『フィアに致命傷を負わせて錬を悲しませた時…達成感と共にオレは死のうと思った…君には死ぬなと言っておきながら…一人で死のうと思った…だけど、いざ一人で死のうと思った時、何故か、オレは生きたいと思ったんだ。死にたがりの心変わりだったのかもしれないけどな。
 だけど、死んだらそれまでなんだ…。何もかも終わりなんだ。可能性を全て捨ててしまうことになるんだ。
 …さらに、一人でさみしく死ぬほど、悲しいことは無いって、その時になって思い出した…それに、その後ブリードは、殺そうと思えば殺せたのに、オレを殺さなかった…死ぬくらいなら生きろ、生きて罪を償え、逃げるのは簡単だ、逃げるならやりきってからにしろ…ってな。だから、オレは生きる事にした。この灰色の世界でも』
 ヒナは何と言っていいのか分からずに、ただ、論の言葉に耳を傾ける。
『チャチな理想論に聞こえるかもしれない。…確かに、その『自動戦闘状態オートバトルモード)』っていうプログラムは止められないかもしれない。止める為には、ヒナが死ぬしかないのかもしれない…だがな、試す前から諦めるなんてオレはまっぴらだ。オレは絶対に、ヒナを殺さない。殺したくない。死んで欲しくないんだ…』
 ヒナは目を閉じて、論の言葉を静かに受け止めた。
 瞼のふちから、嬉涙があふれ出て止まらなかった。
 論は、笑った。
 強がるわけでもなく、自嘲するわけでもなく。
 どこまでも希望を追い求める、誇らしげな笑顔だった。
『だから、もう少し、頑張ろう…』
「はい!!!!」
 自暴自棄になって、命を捨てようとした人。
 でも、彼は生きる道を見つけようと、必死に模索している。
 そんなこの人と共に歩んでいきたいと、ヒナは自分の意思で心から願う。
「あなただけは…」
「ん?」
「あなただけは…他の人と違って優しくしてくれた…それだけで嬉しかった…」
 論との出会いの時を、ヒナは思い出していた。
 初めて会ったときに、「わたしを殺して」と懇願したヒナの頬を、論は感情をむき出しにして平手で叩いた。
 いい音と共に、頬が熱くなった。
 形はどうであれ、論はヒナの間違いを正してくれた。
 その時から、ヒナは論に惹かれていた。
 だから、今、言おう。













「…論…大好き」













 全ての想いを込めて、それだけを告げた。













「…オレもだよ…ヒナ」













 論も、自分の想いを返す。













「君の騎士になる…陳腐な言葉だが、
多分…それがオレの生まれた意味だと思うから」













「はい…」













 涙目になって、ヒナは答えた。










「わたし…頑張る」
 口元に、笑みが浮かぶ。
「今から、頑張ってこの『自動戦闘状態オートバトルモード)』に対抗してみます…そして、わたしはわたしの体の主導権を握り返して…頭の中からこの『自動戦闘状態オートバトルモード)』なんていう忌まわしいモノを完全に消去します。
 だから…死なないで下さいね。論」
 論は、力強く頷いた。
 ヒナも、力強く頷き返した。















 論は、『同調能力』の支配下から生還した。
「論!!まさかお前『同調能力』を無効化する術を見つけたのか!?『自動戦闘状態オートバトルモード)』を解除する方法を見つけたのか!?」
 動揺を隠し切れずに、ブリードがまくし立てる。
「ああ!!」
 論は、笑顔で答えて…その後、少し暗くなった。
「…だから、まずはヒナを弱らせて、ヒナを傷つけて、I−ブレインの活動力を弱めなければならない…辛いだろうけど…協力してくれ!!彼女を…ヒナを救うために!!」
 何も言わずに、全員が、首を縦に振った。



















<続く>



















―――――【 補 足 説 明 】―――――
(※ 本編のネタばれを含むため、
本編読破後にお読みください)








 ※1 天樹論
 性別、男。外見年齢十五歳、実年齢一歳、東洋系、一人称『オレ』。
 黒髪のショートヘア。


 天樹健三が極秘に製作していた、「天樹錬」のコピー。アメリカ地方の地下にある非公式な研究施設で生まれる。製作者である天樹健三は、論の起動を待たずに肺炎によりこの世を去っている(WB本編での死因は確か公式的には出てなかったはずなので、この設定はオリジナル)。その結果、自動制御によって培養層の中で目覚めた論は、一人で生活し、一人で生きてきた。
 オリジナルでありながら自分よりも裕福な環境で育ってきた天樹論に嫉妬し、嫉妬は怒りとなって、その結果、論は天樹錬の殺害を決意するに至る。
 天樹錬と同じく、魔法士としてきわめて特異なI−ブレインを持ち、魔法士として能力を使うための基礎プログラムを一切持たない代わりに、本来なら書き換え不可能なはずのI−ブレインの基礎領域を全て後天的に書き換えることが可能。
 また、能力の書き込まれたナイフの欠片でもあれば、その情報を読み取り、そのナイフによって使われた能力を完全に再現する。つまり、あらゆる能力を学習して、使用することが出来るのだ。
 但し、脳の中でプログラムを走らせて仮想的に動かすという手間がかかっているために、能力そのものの強さはオリジナルには劣る。(ただし、能力の再現率は錬よりも上)
 さらに、天樹健三が極秘に研究していた、魔法士としての究極系の能力の一つである『魔術師』としての能力を埋め込まれている。
 錬との戦いの中で復讐やあだ討ちの無意味さを知る。
 尚、論は本来なら錬同様優しい性格の持ち主なのだが、天樹錬を憎むあまり、気がふれて一時的に性格が豹変してしまったと思われる。で、錬との戦いの後に本当の性格を取り戻した。
 ちなみに、ヒナ・シュテルンに一目で惚れた人。彼女とはレシュレイ達と出会う前に出会っており、その時にヒナが返り血に濡れていた事から、これはただ事じゃないと察知し、咄嗟に彼女をかくまうことにした。(血に濡れたその姿が凄く妖絶だったこともあるけど)
 そして、死にたがっていたヒナの頬を平手でひっぱたいて考え直させた。(ちなみに、これが元でヒナに惚れられた)
 その翌日、論まで巻き込まれることを懸念したヒナはこっそり「さようなら」を告げたが、錬との戦いの後でヒナとは再開する。そして、ヒナの呪われた運命を解放すべく戦う。
 余談だが、好物はステーキ。









 ※2 ブリード・レイジ
 性別、男。外見年齢十六歳、実年齢七歳、西洋系、一人称『俺』。
 白髪はくはつ)(しらがと呼ぶのは禁句)のショートヘア。


 シティ・モスクワにて作成された魔法士で、周囲の空気組織の中の水分を急速に凍らせて氷を作り攻撃に転じる『氷使いクールダスター)』そして、同調能力を無効化する『対同調能力者ガードオファ)』という、二つの能力を使える。『氷使いクールダスター)』としての能力は、おそらく世界最高クラス。
 冷静かと思えば我を見失ってギャグキャラになったりと、静と動を混同させるキャラクター。ただし、楽天家のそれとは違い思慮は深い。
 当初は、スイスからの依頼で研究所跡地に赴いたところ、錬達にであう。
(ちなみにこの出会いは偶然ではなく、各地にいる『賢人会議Seer's Guild)』のエージェント達による手引きである。)
 マザーコアの代えのために錬を打ち破り、フィアを連れて帰るも、心の中では罪悪感に否まれ、悩む。
 ミリル(※3)に一途な強い想いを寄せていたが、ノーテュエルのおかげで相思相愛の関係になれた。
 ノーテュエルによってシティ・モスクワの真実を知り、その件が終った後でミリルと共に錬達と同じプラントに住むことにした。
 その後、天樹論と出会い、論と死闘を繰り広げ(この一件で論は更生する)、その後にはヒナ・シュテルンと出会い、ヒナ・シュテルンと戦うことになる。
 で、好物は西瓜。それも中が赤いもの。








 ※3 ミリル・リメイルド
性別 女。外見年齢十五・六歳。実年齢八歳、西洋系、一人称『私』。
銀髪のロングヘア。




 彼女の性格を一言で表すなら、『どこにでもいそうなまっすぐな普通の女の子』。
 シティ・ロンドンで製造された『風使いトルネーダー)』という能力を持つ。周囲の気流という『風を操るための情報』を見つけ出し、風を意のままに操って繰り出す不可視の飛び道具『無限の息吹インペリアル・ブレス)』はかなりの強さを持つ(いかんせん威力不足なとこ意外は)
 ブリード(※2)に一途な強い想いを寄せていたが、ノーテュエルのおかげで相思相愛の関係になれた。
 現在、編み物を特技にしようと努力中。
 ノーテュエルによってシティ・モスクワの真実を知り、その件が終った後でブリードと共に錬達と同じプラントに住むことにした。
 で、後に論に出会い、論と死闘を繰り広げ(この一件で論は更生する)、その後にはヒナ・シュテルンと出会い、ヒナ・シュテルンと戦うことになる。しかもヒナの能力の特性上、ミリルの能力は殆ど役に立たなかった…と思われたのだが…。
 で、本作において最も傷が耐えない可哀相な人。
 そして好物はゼリー。それもソーダ味。




 ※4 ヒナ・シュテルン
性別、女。外見年齢十六歳、実年齢一歳、西洋系、一人称『わたし』。
エメラルドグリーンのショートヘア。


 『賢人会議Seer's Guild)』にて作成された『天使』にして『双剣使い』としての能力を併せ持つ少女。そして第五の『無限大の脳内容量を持つ魔法士型インフィニティタイプ』。
 『天使』としての同調能力の効果範囲は最大で二千五百メートルではあるが、フィア動揺、あまり広範囲に同調能力を広げると『同調能力』は周囲の人を無差別に取り込み、勝手に容量不足による機能停止を引き起こしてしまう。この弱点は、『無限大の脳内容量を持つ魔法士型インフィニティタイプ』とて変わらない。よって、実際に展開できるのはせいぜい二十メートルあたりが妥当だと思われる。(しかし落差が大きいな)
 『身体能力制御』により、運動速度を通常の七十二倍、知覚速度を百四十四倍というありえない数値にまで引き伸ばす事ができるが、『痛覚遮断』が犠牲にされているらしく、相手の攻撃には非常に脆い。
 『賢人会議Seer's Guild)』によって人を殺すことを強要されていたが、ある日、『賢人会議Seer's Guild)』のエージェントがノイズメーカーをつけようとしたところ、賢人会議のエージェントがノイズメーカーを落としたので、その隙を突いて『賢人会議Seer's Guild)』から脱走した。
(実は、『賢人会議Seer's Guild)』の一部のエージェントが、エクイテスの手引きでヒナを逃がそうとしたためにわざとノイズメーカーを落とし、地図まで見せびらかしたのだが、そのことにヒナは気がついていない)
 その後、イラクの研究所跡にて論達と出会うが、『賢人会議Seer's Guild)』が極秘にヒナに仕掛けておいた『自動戦闘状態オートバトルモード)』が発動して、ヒナの意思とは無関係に、ヒナは論達と戦うことになってしまう。
 また、彼女の持つ能力『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』は、一メートル以上離れた場所からの攻撃全てに対しバリアを貼り、最大限の力でヒナを守護する。但し、相手の攻撃回数や威力によってバリアの強度が変わるし、バリアの強度が増せば増すほど脳内に負担がかかる。これにより、他の能力の力が弱まったりも…。
 人生の中で唯一、自分に優しくしてくれた&自分を正しい道に導いてくれた論に一目で惚れた。
 しつこいかもしれないけれど、好物はロールキャベツ。












―――――【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―――――













シャロン
「さて、何人が楽しみにしているか分からないけど、今回もこのコーナーがやってきたなの!!…ゼイネスト、どうしたの?何か、凄く暗いけど」
ゼイネスト
「…なあシャロン…俺達の出番は…いつ訪れるんだろう…?」
ノーテュエル
「んー、百年後」
ゼイネスト
「作者死んどるわっ!!」
ノーテュエル
「ふむ、言われて見ればその通りね。職業『只今死亡中』のゼイネスト」
ゼイネスト
「お前もだ!!!…ていうか、前回もそうなんだが、何で死んだはずの俺達とシャロンが話せるんだ?」
シャロン
「ここは今ではないどこかの時、すなわちパラレルワールドだから、私達が出会えていてもおかしくないなの…というか、既に死んだはずのワイスが出てきてる時点で気づくべきだと思うんだけど…」
ノーテュエル
「全て仕様です。ということにしておけというわけね」
ゼイネスト
「それはいいが…何で俺達死んだんだ!?」
ノーテュエル
「物語と作者の事情」
シャロン
「言葉って便利なの」
ノーテュエル
「私だって生きれるなら、もっともっと生きたかったわよ!!かっこいい彼氏欲しかったわよ!!世界の三大珍味食べたかったわよ!!バーチャルゲームの最新版もやりたかったわよ!!私達の手で『賢人会議Seer's Guild)』を討ちたかったわよ!!
だけど…だけどしょうがないじゃない!!これは物語の展開上絶対に外せない事だったし、この後にさらなる悲劇が…」
ゼイネスト・シャロン
「悔しいからってネタバレは禁止―――――――っ!!!」








クラウ・ソラス
「あらあら、何か暗いわよ。ここ」
ゼイネスト
「ク、クラウ・ソラス!!お前、何故ここに!?」
クラウ・ソラス
「出番無かったから、以上」
イントルーダー
「まあ、お前さんと違って、前回、異常なまでに出番があったからな。少しは休んでもいいだろう」
クラウ・ソラス
「…私は貴方に大事なものを見られたけどね…」
イントルーダー
「だから勘弁してくれって…その件については何度も謝っただろうに…」
ゼイネスト
「てことは…と、年下に負けたのか!?俺…」
(ブルーになるゼイネスト)
イントルーダー
「うむ、俺は生まれて一ヶ月だからな、というか最年少だ」
ノーテュエル
「そうなると、クラウ・ソラスとイントルーダーがくっついたら、クラウ・ソラスは名実共にショタコンの称号を得るわけね」
クラウ・ソラス
「殺すわよ?」
シャロン
「え、笑顔怖いなの…」
ノーテュエル
「望むところよ…ここんとこ、楽しい戦いが無かったから…ふふ、相手が貴女なら、それなりに楽しめそうね…かかってきなさい。オリキャラ女性陣最年長のクラウ・ソラスお姉さま…ああ、年増っていうんだっけ?こういうの」
クラウ・ソラス
「(カチーン!!)黙りなさい。まな板」
ノーテュエル
「(ぴくっ…)…今、何て言ったかな?」(頬が引きつる)
クラウ・ソラス
「まな板って言ったのよ…ああ、それか『ナイチチ』でもいいわね(そして胸を強調するクラウ・ソラス)…あーあ、胸が大きい(B89)と肩がこるわ…」
ノーテュエル
「がるるるるる!!あたしへの当て付けかこのやろう!!!……もうあったまきた!!ぶっとばす!!その無駄にでかい胸をサンドバッグにしてやる!!」
クラウ・ソラス
「上等よ!!今日こそその生意気な性格、矯正してあげるわ!!!」
ノーテュエル
「たあああああぁあぁあぁあっ!!!!」
クラウ・ソラス
「疾ぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
(ノーテュエルとクラウ・ソラス、マジバトル展開)




シャロン
「ああ、あ、ああ、あ、ああ、あ、あああ、あ、あのぉ〜〜」
ゼイネスト
「…お互い、いい勝負だな」
イントルーダー
「うむ、どちらも接近戦のエキスパートだからな。となると、後は…」
ゼイネスト
「お互いの技量の問題。だろ」
イントルーダー
「言われた!!
 よりによって、職業『只今死亡中』に言われた!!
 この俺が死人に出遅れるなんて…」(ガーン!!)
ゼイネスト
「それを言うなあぁぁ!!!」
イントルーダー
「やる気か!!面白い!!人間ノイズメーカーと名高いその能力、見せてもらおう!!」
ゼイネスト
「言われなくとも!!」
(ゼイネストとイントルーダー、マジバトル開始)




シャロン
「…皆喧嘩しているから話を進めようと思ったけど、私一人だと会話のネタがないわ…」
???
「じゃ、じゃあ僕がネタを作るよハァハァ…」
シャロン
「き、きゃあああああああああああああ!?あ、あなたは前回、セリシアちゃんに萌えて追撃を喰らって逝ったはずの本編的にも社会的にも人間的にも復活不可能なデブオタさん!!!」
デブオタ
「何気に言われ方ひどっ!!!!…まあいいや…本編では野望を叶えられなかったけど、今度こそは…ハァハァ…」
シャロン
「…(恐怖で声が出ない)」







その瞬間


マジバトル展開中の
四人の心が


一つになった。











「「「「やめろっ変態!!!!」」」」










次の瞬間、

かつてデブオタだったものは、

神速を超え魔速までに達した拳技の嵐と、


飛来せし黒のマントによるコンボ攻撃を喰らって絶命し、


吹き飛ばされた先では、


魔速で放たれた剣技によって十二分割された後に、


灼熱の炎によって、完全に消滅した。











「あじゃぱ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」











最後に、妙な断末魔を響かせながら。














ノーテュエル
「ぜえ…ぜえ…ったく、油断も隙も無い…」
ゼイネスト
「…無事か、シャロン…」
シャロン
「(こくこく)」←声が出ない。





イントルーダー
「…んじゃ、オチもついたところで、今回は…」
クラウ・ソラス
「これで終幕ね。さて、次の物語まで休むとしましょう」





<続く>



<作者様コメント>
WB一巻のパクリな展開があちこちに入ってるじゃねえかコラァ!!という突っ込みは無しにしてください。
いや、何か書いているうちにこういう展開になっちゃってしまって。
キャラを考えるのは得意なのに、シナリオを考えるのは苦手なんですよね。
つーか、論がめちゃくちゃかっこいいな…これじゃ論が主人公みたいだ(汗)。


さて、何かまた一つ、新たなカップリングが誕生しそうな予感です。
うまいこと三角関係が出来ないのは、仕様だと思ってください。(おい)
当初はシャロン・ノーテュエル・ゼイネストの三角関係があったんですけどね…。

では、次でお会いしましょう。
画竜点せー異でした。

<作者様サイト>
 サイト用のページが検出されません。(素直に無いと言え)

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