DESTINY TIME REMIX
〜交錯する出会い〜
守ってきたものを、壊したくなかった。
犠牲と、幸せの狭間。
一人の幸せか、皆の幸せか。
全てに置ける選択肢は、二つに一つ。
―――【 思 わ ぬ 出 会 い 】―――
〜THE REN&NORTHUEL&ZEINESUT&SHARON〜
分厚い雲が支配する闇夜を飛行するのは、何の変哲も無い、ただのフライヤーだ。
そのフライヤーに乗っているのは三人。
二人は少女。
一人は少年。
いずれも魔法士。
「シャロン、今どこだ?」
フライヤーを運転しながら、紅い髪の少年…ゼイネストは助手席に乗っているシャロンに問う。
「んー、ちょうどイギリス付近…あ!ゼイネスト、ノーテュエル、見て!研究所があるなの!」
それに返答を返すのは、茶髪のポニーテールの少女…シャロン。
「さっきのとこみたく、何も無い…てオチは御免だけど…まあ、淡い期待を抱いて行きましょう!!!」
助手席でおー、と腕を振り上げたのは、金髪のお下げの少女…ノーテュエル。
そして、シャロンとゼイネストの二人は分かっている。
ノーテュエルのこのテンションの高い声は、不安の裏返しだということを。
「淡い期待でも、裏切られれば痛いけどな」
思わず茶々を入れるゼイネスト。
「うるさい!!」
怒鳴り返すのはもちろんノーテュエル。すかさずゼイネストに殴りかかろうとする。
「うわっ待て!!!今俺は操縦中なんだぞ!!!」
「問答無用!!!」
「また喧嘩なの…」
もはや何度も見た光景に、頭を抱えるシャロン。で、すぐに大事な事に気がつく。
「…って、それはまずいなの!!!」
ノーテュエルが放つ打撃を、ゼイネストは両腕を巧みに使ってガードしている。
両腕を。
それすなわち、誰も操縦桿を握っていないという事で…。
「あ」
ノーテュエルとゼイネストが、やっとその真実に気がついたときには、フライヤーは既に下降していた。
「わ―――――!!!ちょっとゼイネスト!!何で操縦桿離してんのよ!!!」
「お前が最初に殴りかかってきたんだろうが!!!」
「ああもう!!!二人ともいい加減にするなの!!!」
「嫌―――――っ!!!まだ死にたくない――――――っ!!!」
「死にたくないならその手を止めろ!!…シャロン!!」
「さっきから操縦してるなの!!」
操縦桿を握り、必死こいてフライヤーを操縦するも、一度下降体勢に入ったフライヤーは中々軌道修正が効かない。シャロンの努力も空しく、フライヤーは段々と地面に近づいていっている。
「ああもう、貸して!!」
痺れを切らしたノーテュエルが、シャロンに代わって操縦桿を握った途端、
ぽきん。
「…………え!?」
三人が三人とも、同じ言葉を発した。
「操縦桿を折るなぁ―――――――っ!!!!!!!!!!!!!」
「うっさいわねゼイネスト!!!!元はといえばこのオンボロフライヤーが…!!!」
「お、落ちるの――――――――っ!!!!!!!!!」
ひるるるるるるるるるるるるるる…………。
ちゅっど――――――――――ん!!!!!!!!!!!
今日も元気に湧き上がる、局地的な大爆発。
今日はこんなにも、巻き上がる煙が汚かった。
…そして仲良し三人組は、
白のコントラストが織り成す大地に、
見事に事故って着陸した。
ノーテュエルの不安の対象は、
ずばりというかやはり『狂いし君への厄災』だった。
そしてこの単語は、この三人の中では忌わしき単語として認識されている。
何故なら、それはノーテュエルのI−ブレインに埋め込まれた、忌わしき能力。
発動するとノーテュエル本人が、ほぼ全ての魔法士能力を無効化し、狂人のごとく、破壊と殺戮を繰り返す破壊神と化す。この能力は、戦闘中、神に匹敵する戦闘能力を発揮できる反面、いかに相手を残酷に殺すかということを、無意識のうちに主観に置くようになってしまうという、非常識なまでの能力。
この能力は、普段はノーテュエルのI−ブレインの中に身を潜めてはいるが、何の前触れも何の法則性も何の発動サイクルもその他もろもろも一切合財関係無しに発動し、その度にノーテュエルの周囲のコントラストを赤へと変える。
すなわち、血の海、阿鼻叫喚の地獄へと。
そして赤への案内人は、『狂いし君への厄災』により一時的にしろ自我という自我を完全に失ったノーテュエル本人。瞳の色が銀色に輝いているのが『狂いし君への厄災』発動時の特徴だ。
この状態のノーテュエルを止める方法は、二つ。
一つは、大量の人間や魔法士を殺させる事。
もう一つは、ノーテュエルに致命傷を与えて、I−ブレインを強制停止させること。
その内、三人が取っているのは後者の方法。
発動したら、止めればいい。
無関係の人を、巻き込むわけにはいかないから。
そして、ノーテュエルに致命傷を与えて、I−ブレインを強制停止させるというその役目を担っているのは、専らゼイネストだった。
無論、ゼイネストとて無事で済むわけではない。
『狂いし君への厄災』状態のノーテュエルの戦闘能力は非常に高く、手加減の出来ない相手だ。故に、切り傷擦り傷は当たり前。時には、命にかかわるような致命的一撃を叩き込まれた時もあった。しかも、こっちはノーテュエルを殺してはいけないというハンデつき。
楽な戦いなど無かったが、ノーテュエルが人を殺すよりは遥かにマシだったから、ゼイネストは生きてこれたし、ノーテュエルもそれほど人を殺さずに済んだ(完全に人一人殺していないというわけではないが)。
…だが、この頃になって、そんな暢気な事は言ってられなくなった。
『狂いし君への厄災』が発動する周期が、だんだんと早くなってきた。
つい先日、ちょっと目を離したところ、『狂いし君への厄災』が発動したノーテュエルが、どこかのプラントの市民を皆殺しにしてしまった。
全てが染まる。赤に染まる。
大地が人の死体という、物言わぬ者達で埋まる。
異変に気がついたゼイネストとシャロンの二人が駆けつけた時には、既に手遅れだった。その時のノーテュエルは大量に人を殺したおかげで『狂いし君への厄災』が引っ込んでいたが、かわりに、紅い世界の中、ノーテュエルは胸元を押さえて呻きながら立ち尽くしていた。
何が起こったかは、明白だった。
故に、一刻も早く、探し出さなければならない。
『狂いし君への厄災』を消去するためのヒントというべきものを。
そんなものが本当にこの世にあるのかどうかは分からない。
だが、探さずにはいられなかった。
ほんの数行の記述でもいいから、見つかってほしかった。
それこそ、藁にもすがる思いで。
生きているうちに、
この過酷な運命から逃げ切りたいが為に。
がららっ…。
がしゃしゃん…。
もくもくもく…。
こつん…。
巻き上がる黒煙、舞い上がる小石。
そして、崩れ落ちる瓦礫。
「…おーい、生きてるか?」
けほっ、と咳き込みつつも、元々はフライヤーだった瓦礫の山から這い出すゼイネスト。顔がすすけている上に頬を切ったらしく赤い血が流れているが、本人には汗をかいてるようにしか感じられない。I−ブレインを起動させてコンディションとメディカルのチェックを同時に行う。現実時間にして一秒未満で、体中のあちこちから軽い火傷をしているという報告がI−ブレインから返ってきたが、その程度の火傷ならば、シャロンに治してもらえば全く持って無問題である。
「…んー、まあね」
瓦礫の山の別の地点から、ノーテュエルも這い出してきた。彼女もまた、あっちこっちに火傷を負った模様である。特に酷いのが左腕の火傷で、左腕の皮膚構造のうち約六割以上がただれている。並みの人間なら生命維持の危険にかかわるほどだ。
「…ふう、生きてるなの」
で、この場において最も必要な能力の持ち主も、瓦礫の山から這い出してきた。他の二人に比べてシャロンの怪我は軽い…というか殆ど怪我など負っていない。
「…シャロン、あんた、真っ先に自分の怪我治したでしょ」
「治したというより、『治癒の天使』が勝手に治したの。この能力は、私の生命維持を真っ先に行うようにプログラムされてるみたい…じゃ、二人の怪我も治すの」
ジト目で睨むノーテュエルに対し嘘偽りの無い理由を述べた後に、
(I−ブレイン起動。『治癒の天使』発動)
シャロンが、左手でゼイネストの右手を、右手でノーテュエルの左手をそっと握って、目を閉じた。
シャロンの背中からは、金色の光の束が広がった。ゼイネストとノーテュエルには、それが『魔法士拘束デバイス自己発生型』や『ノイズメイカー殺し』と同じ『抽象的な情報構造のイメージ』だと分かった。
それはまさに、天使の翼のようだった。
翼はゼイネストとノーテュエルを包み込み、情報を書き換える、というより、人間が本来持っている新陳代謝能力を一時的に大幅に高める。
そして、シャロンの新陳代謝能力が一時的に大幅に上昇する。そのままゼイネストとノーテュエルをシャロンの情報に『同調』させる。
不思議な事ではない。シャロンは『天使』だ。すなわちシャロンは『同調能力』の使い手だ。
見る見るうちにゼイネストとノーテュエルの体が負った傷や火傷が治っていく。そうしてシャロンと同じレベルまで身体が回復し、シャロンの情報構造とゼイネストとノーテュエルの情報構造が完全に一致した。
現実時間にして約五秒で、ゼイネストとノーテュエルの身体の傷や火傷は感知した。
「…でかい穴だな」
イギリスの研究所の跡地に肺ってすぐさま目に入ったマンホールの数倍サイズの穴を見て、ゼイネストはふう、とため息を衝いてただ一言そう言った。
ちなみに三人の服は、所々が焦げていた。
…むしろ、あれほどの大爆発の中心地にいて生きていた事自体が奇跡に等しいのだが。
「荷電粒子砲が破壊されてる…先客がいるのかしら」
考え込む仕草でマンホールの数倍サイズの穴を見たノーテュエルは、素直な感想だけを述べた。
おそるおそる、三人は近くの階段を下りていく。
ある程度歩いた所で、シャロンが何かに気づいた。
「ん!?二人とも!!!あ、あれ!」
「あれは…!!!」
その瞳に写るは、世界最強の魔法士が一人。
情報だけなら知っている。黒髪に黒目の東洋人の少年。今のところ分かっているのは、依頼達成率百パーセントの便利屋であることと、複数の異なる系列の能力を操る特異なI−ブレインを有しているということ。
七ヶ月前のシティ・神戸崩壊事件にも関与したと噂される、おそらく世界で最高レベルの魔法士の一人――――通称『悪魔使い』。
「天樹錬じゃないか!」
―――【 モ ス ク ワ の 車 窓 か ら 】―――
〜THE BUREED&FIA&MIRIRU〜
牢屋の中というものは、思っていたよりも暗く、これならまだ、培養層の中の方がましだとフィアは思った。
フィアは今、シティ。モスクワの軍の地下牢に幽閉されていた。
この牢屋、一応明かりはあるのだが、これがまた暗い。故に非常に気分が滅入る。
…滅入っているから、目の前の少年から、
「気分はどうだい」
などと聞かれても、答えは一つしかない。
「…最悪です」
これに尽きてしまう。否、これしかない。
目の前に立ちはだかるのは、牢屋を構成している黒い鉄の棒の数々。それと、『対同調能力者』の魔法士「ブリード・レイジ」
その能力により同調能力を無効化するために『天使』にとってはまさに大敵。
首にはノイズメーカー。しかも、おもいっきり頑丈にセラミックでコーティングされており、フィアの力程度ではどうにも出来るわけがない代物だ。
しかも用心深く、そのノイズメーカーには鎖までついており、それが壁に連結されている。
つまり、どうやっても逃げれる保障は存在しない。
気分は囚人。それか罪人。
…限りなくうれしくない。
この世に真の絶望があるなら、これがまさしくそうではないのだろうか。
…そんな風に考え、すっかり絶望しているフィアの様子を気にした様子もなく、
「まあ、とりあえず、飯は持ってきたぞ」
いつもの呑気な調子で言ったブリードの手にあるのはトレイ。その上には、湯気を立てている食事があった。
牢の鍵を開け、トレイを置く。
その瞬間、ブリードの服の袖を、もう一つの小さな手が弱々しく掴んだ。
「…えして…だ……い」
その声はあまりにも小さく、よく聞き取れなかった。が、フィアのその態度に、一瞬だけだがブリードがはっとして顔を上げた。
フィアの瞳に、涙が溜まっている。
「かえして…ください……錬のところに……皆のところに……かえし……て」
もう一度繰り返す。今度は、なんとかすべて聞き取れた。
「…………」
ブリードは感情の読めない表情で、フィアを見つめ返す。
そして言った。
「君の気持ちも分からないわけじゃない。だが……」
一呼吸おき、怒気をはらんだ声で続けた。
「だがな、俺達も引けないんだ。…そりゃ、罪もない一人の魔法士の少女を犠牲にしてたった何十年の生活を経ても、時がくればまた誰かが犠牲になる。そしてそれは繰り返す。人類の最後の一人が滅ぶまでそれは続く。まさにそれは、犠牲と生活のエンドレスワルツ。
しかし、しかしだ。それでも、人は前に進むしかないんだ。犠牲という名の踏み台を使ってな!」
その言葉は、この世界の心理そのものであり、錬が否定した考えそのものだった。
怒気に気圧され、フィアの喉からひうっ、という声が漏れた。
その様子を見、はっ、とブリードが息を飲む。
「…と、わりい。脅かせちまったな。…二十分後にトレイを取りに来る。それまでに、食えるだけ食っときな。…食欲わかないかもしれないけどな…。」
そして踵を返し、明かりのある方へ歩いて行った。
そしていきなり振り返り、
「と、そうそう、君の未来が決まった」
フィアが「ひぅ」という掠れた声を出す。その様子に一瞬言うのをたじろぐが、ここで言い出さなければいつまでも事が進まないので、一呼吸置いて続けた。
「当初の予定通り、君は二日後にシティ・モスクワのマザーコアにされる。以上だ」
そういって再度踵を返し、今度こそその姿が明かりに消えた。
その後ろで、フィアの顔が恐怖に染まっていた。
今の言葉の意味を理解するならば、
「二日後に…私は死ぬ…」
皆に、そして錬に会えなくなる。
「そんなの…いや……です」
一人ぼっちになったフィアは、硬いリノリウム製の地面に顔を伏せ、声を押し殺して泣き出した。
心に浮かんだのは、この四ヵ月を過ごした、天樹家の朝の情景だった。
朝、目が覚める。清潔なシーツの香りを感じながら寝返りをうってふかふかの布団の感触を楽しみ、ついでに調子にのってさらに寝返りをうち壁に頭をぶつけて涙目になることがたまにあった。
ベットからするりと抜け出し、鏡の前で、髪にくしを通す。
I−ブレインを通さなくとも聞こえてくるのは、母親である弥生さんの声。
扉を開くと、リビングにはいいにおいの朝食。
そして朝食を終え、近くの家へ手伝いに行く。
入り口の扉を開けると、三者三様の笑顔がいっせいにこちらを向き、
――おはよう。
――おはよ。
――おはよっ!
だから、フィアも笑顔で答えた。
――おはようございます。
…そんな幸せとも、二日後にはお別れになってしまう。
なんで…私がこんな目に会わなくちゃいけないんですか…。
それは、呪詛ともとれる心中の言葉だった。
「錬…」
大丈夫だろうか。と思う。
あんなところに置かれて、死なないだろうか。
そして出来れば、助けに来て欲しかった。
「…無理…ですよね…」
無理矢理に笑顔を作って、フィアは、その場に泣き崩れた。
シティ・モスクワの地下、マザーコア安置ルームはいつ来ても真っ暗で、明かりがあっても視界は異常に悪い。
…こんな所に六年間も、姉はいたのだ。
その姉の名前はマリエル・レイジ。つい先日、フリーズ・アウトを起こして死んだ。
その姉がやってきた事を無駄にしたくないから、ブリードは今まで依頼を受けて生活しながらマザーコアの替えを探していた。
そして先日、フィアに出会った。
あの子なら、マザーコアの替えとして十分な性能だろう。
…しかし心のどこかでは、罪悪感があった。
罪も無い一人の少女を犠牲にして、たった数十年間を生き延びて一体何があるのか。と。
だが、やはり自分には、姉のしてきたことを無駄には出来ない。
今ここであの子に同情したら、姉の死が無駄になってしまう。
たとえどんなに汚い生き方でも、生きていくのが人間なのだから。
姉が生かしたこのシティを守る。
それを信条に、自分は生きてきた。
「姉さん、貴女のやってきた事は、当分は無駄ではなくなりそうだ…でも、本当に、これでいいのだろうか?」
自然と、その言葉が口に出た。
シティ・モスクワの地下、マザーコア安置ルームを後にしたブリードは、部屋へと戻る事にした。
階段を上がりきると、目が眩んだ。おそらく、一種の明順応だろう。
「…ブリード…」
地下牢から出て聞いた第一声がそれだった。
ほぼ条件反射的に、声のしたほうへブリードは振り向いた。
一瞬、心臓が高鳴った。その鼓動はどくどくどくと早くなり、次第に顔もうっすらと紅潮していく。
この声の主を、ブリードは嫌というほど知っている。
この声の主こそ、ブリードが恋して病まない相手…最も、相手の方はブリードを如何思っているかは分からないが。
そこに立っていたのは、一人の少女。長い銀髪に銀色の瞳。本日着ているのはごく普通の赤いフレアスカート。このシティ・モスクワの中は暖房が効いているため、冬格好では脳がオーバーヒートして倒れてしまう。
「…み、見ていたのか、ミリル」
知らず、声が上ずる。どうやら、無意識の内に緊張しているらしい。
「うん…ねえ、ブリード」
「何だ?」
「あの子に、同情なんてしてないよね…」
ミリルの真剣な顔に、ブリードは思わず怪訝な顔をした。
「何で同情する必要があるんだ?…そりゃ、ちょっとは可哀相だって思うさ…だけど、これは生存競争なんだ…。
自分のことですら大変な状況なんだし、そんな事してる余裕無いよ」
「そう…」
ミリルが、ほっ、と胸を撫で下ろす。
「何でそんな事、ミリルが心配するんだ?」
そうやら、話している内にブリードの緊張がほぐれてきたらしい。普段どおりの口調で喋れる。
「だって…この前の襲撃事件で、シティ・モスクワには『マザーコア』に使えそうな魔法士は殆どいないのよ…そうなっちゃったら、もしかしたら私とかがマザーコアにされちゃうかもしれないじゃない…だって、私、ここのところちっとも成果上げてないし……でも……そんなの…そんなの絶対に嫌だから…」
「だああぁっ!!泣くなぁ!!!」
話している内に嗚咽を漏らしはじめ、すぐさま顔に両手をあてて泣き出してしまったミリルを落ち着かせるべく、ブリードは何とかミリルを慰めようと努力する。正直、女の子の扱いなんて慣れていないけれど、もしこの状況を他の人に見られたら、それこそとんでもないレッテルを貼られてしまう。
「…ああ、つまりはそういうことか…もし俺がフィアに同情して、彼女を逃がしたら、下手すればミリルがマザーコアにされてしまう可能性だってある…否、高確率でされちまうのか…」
ここで一呼吸置く。
ミリルは軽く頷いた。
そして、ミリルは未だに泣き止まない。
確かにそうだ。事実、ミリルの成績は最下位方面にある。切羽詰ったシティ・モスクワは、生きるためには使える戦力のみを残して、後はマザーコアに任命するだろう。それは、シティ・モスクワで生まれたものの宿命ともいえる業だ。
だが、ブリードにはミリルを殺させるつもりは絶対に無かった。
好きな人をみすみす殺して、何になるのか。
「安心しろ」
その一言で、ミリルが少し落ち着いた。
「俺は裏切らないから…だから落ち着いてくれ」
ブリードはミリルの頭をぽんぽんと軽く叩く。実はこの行動、ミリルを気遣う事により、ミリルの中でのブリードの点数を上げるための行動でもあった…こんな時に不謹慎かもしれないが、チャンスには決めたい。
「…ブリード…」
ミリルが顔を上げる。その頬にはうっすらと涙が残ってはいるが、もう、泣いてはいなかった。
「ありがとう…うん…ごめんね、泣いちゃって…でも、私、不安なの…怖いの…死にたくないの。我侭かもしれないけど、生きれるだけ生きたいの…マザーコアにされちゃったあの子達の分まで…だからブリード…私を…」
守って、と言い出そうとした瞬間、視界が赤一色で閉ざされた。続けざまに警報が鳴った。警報ランプの光で、世界が紅く染まる。
「…っなんだよこんな時に…ミリル!!行くぞ」
「…う、うん!!」
仕方なく、ブリードとミリルは駆け出した。
(…一体…何なんですか…人がこれから大切な事を言おうとした矢先に…)
言いたい事を途中で飲み込むハメになってしまい、かなりご機嫌斜めのミリルだった。
―――【 狂 人 】―――
〜THE SERISIA〜
かすれた口笛が流れている。
その口笛の正体が気になり、セリシア・ピアツーピアは目を開いた。
…目を開いて、心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
まず最初に視界に入ったのは、強化カーボンの壁だった。
夜風に当たろうと思って外にいたはずなのに、強化カーボンの建物の中にいるのも理解できない。
脳内時計を呼び出そうとしてI−ブレインに命令を送り、大脳新皮質上の生体コンピュータが何一つ反応を返してこないのを確かめる。処理速度が鈍っているのとは違う、I−ブレインそのものが無くなってしまったかのような感触。
この感覚は、間違いなくノイズメーカーによるもの。
うなじの辺りを注意深く探ろうとして右腕を動かそうとしたが、右腕も動かない。じゃあ左腕…と思って左腕を動かそうとしたが、やっぱり動かない。
しかし、神経を通して右腕と左腕が『そこにある』という反応がするために、右腕と左腕がなくなったというわけではなさそうだ。
それだけではない。両足も動かない。まるで、何かに固定されているみたいで。
不信に思い、唯一自由になる首を上下左右に振って様子を見たところ、
「なに…これ」
喉の奥から出るか細い声。
同時に、現実を信じられなくなった。
まず、セリシアは壁に寄りかかっていた。否、寄りかかっていたというより『縛り付けられていた』と表現したほうが正しいだろう。
両手両足が動かなかったのも当然だ。セリシアの両手両足は、壁と一体化した鎖らしき物体に絡め取られており、とても動く事などできない。
十字架に貼り付けにされるかのような格好で、セリシアは壁に貼り付けられていた。
ここは大きな暗い部屋。床には薄汚れたタイルが敷き詰められており、右にはカーテンの閉まった窓。
そして、左が一番異常な光景だった。
左を向いた途端、紅い液体が目に入った。知らず、吐き気がこみ上げるが、歯を食いしばって何とか耐える。
その液体の正体は言うまでも無く――――――人間の血。その人間の血は、ドアをはさんだ壁の向こうから流れてきているらしい。
「まさか…ここ…は」
最近、崩壊したシティ・メルボルンの地下都市を騒がせている『人攫い』の話を思い出す。攫われた人達は誰一人として戻ってきていないという、厄介極まりない事件。気をつけろとラジエルトから散々言われていたのを思い出す。
そういえば、気を失う瞬間に、口元に何かを当てられたのを思い出した。
が、そこまで思い出した時、声が聞こえた。
「おや、お目覚めですか」
右手の扉から、男が出てきた。その男は白いコートを羽織っている、金髪の痩せた青年だった。
「あなたは…?」
「もう答えは出ていると思いますが」
おそるおそる声を出したセリシアの問いを、白いコートを羽織っている金髪の痩せた青年はにこやかな顔で返した。
「まさか…今、崩壊したシティ・メルボルンの地下都市を騒がせている『人攫い』!?」
「いかにも、ご名答」
白いコートを羽織っている金髪の痩せた青年は笑顔を崩さない。
「…今まで攫った人達は、どうなったんですか…」
「死にましたよ」
「え…」
一瞬、白いコートを羽織っている金髪の痩せた青年の答えの意味が分からなかった。
「だから、殺したんですよ。『汝の欲する事を行え』これは、私達の座右の銘です」
そんなセリシアに構わず、白いコートを羽織っている金髪の痩せた青年は続ける。
「なんで…そんな事を!!!」
恐怖と怯えに潰されそうな心境にありながらも、セリシアは叫ぶ。
「…今申し上げたではないですか。『汝の欲する事を行え』こそが、私達の座右の銘。私はそれに従っただけです。いやぁ、楽しかったですよ。自分の大切なものを奪われて、そして無残にも死んでいく少女達をいたぶるのと、少女達の悲鳴を聞くのは。今ので四人目ですが…ふふ、癖になってしまいました」
「ひ…」
セリシアの喉の奥から出たのは、かすれたような声。
「そして…」
一呼吸置いて、白いコートを羽織っている金髪の痩せた青年は、狂喜の笑みで告げた。
「君で…五人目です」
その言葉を聞いた途端、セリシアの中で何かが爆発した。具体的な名称を言うならば、積みに積まれた恐怖と怯えと不安。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
頭を左右に振って泣き喚くセリシア。武器など持ってきてないし、発動できるわけのないため、泣き叫ぶしかこの声が誰かに聞こえてくれる事を祈っての行動でもあったが、
「叫んでも無駄です。この建物は完全防音でしてね…もとはラブホテルだったのですよ…そして、唯一の入り口は光学迷彩で隠しています…さあ、今度は君の泣き叫ぶ美しい声を聞かせてください…」
白いコートを羽織っている金髪の痩せた青年は、懐からナイフを取り出してセリシアに詰め寄った。
「いやあああぁぁぁぁ!!!」
狂っている。
こいつは心底から狂っている。
泣き喚きながらも、セリシアはそれを確信する。
そうでなければ、普通の人間がここまでイカレた行動を取れるわけが無い。
(…レシュレイ・・・助けて…)
だから、今のセリシアには、セリシアの大好きな『彼』に対して祈る事以外にできる事がなかった。
―――【 思 わ ぬ 協 力 者 】―――
〜THE RESGUREI&RON〜
「くそっ!!!セリシアはどこだ!!」
I−ブレインを駆使して、通常の五十五倍の速度で崩壊したシティ・メルボルンの地下都市を駆け巡ったレシュレイ・ゲートウェイだが、完全に、セリシアの姿を見失った。
「セリシア…」
あちこちを振り向いて彼女の姿を探してみるが、セリシアの姿は影も形も見当たらない。
冷や汗が一筋、レシュレイの頬を伝う。
焦りだけが、レシュレイの心の中を満たしていく。
同時進行で、不安感も間を置かずに高鳴っていく。こうしている間にも、セリシアは人攫いの手によって、想像したくも無い目に会わされてしまっているかもしれないのだ。
それだけは、絶対にさせない。
だが、焦れば焦るほど、そういう考えを脳内に勝手に想像してしまいそうになる。
故に、そこにいた人物に、中々気がつかなかった。
黒い髪の毛。フード付きの黒いスーツ。腰には二本の刀。
『剣』ではなく、あくまでも『刀』である。
闇夜のコントラストの中では、彼の肌のみが色栄えする。
「誰だっ!!!」
(I−ブレイン、戦闘起動。『漆黒の剣』生成)
刹那、I−ブレインを再度戦闘起動させ、コンマ一秒の時を置いて、何も持っていない右手が、刃渡り九十センチほどの西洋の剣へとその形状を変える。
レシュレイ・ゲートウェイの能力は、『真なる龍使い』。
『遺伝子改変型I−ブレイン』の力により、肉体の構造、構成せし物質の遺伝子配列を並び替え、レシュレイが望むままに、レシュレイの体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力。
「誰だ…まさか、『人攫い』の仲間か!?」
『漆黒の剣』を目の前の人物の前に突きつけるレシュレイ。だが、黒い髪の毛の少年は全く動じない。
「まあ待て、オレは『人攫い』の仲間なんかじゃない。首をかけてもいい…お前、桃色の髪の少女をさがしているんだろう」
やや高めの少年の声。
そして、黒い髪の毛の少年はから告げられる衝撃の言葉。その言葉に、レシュレイは思いっきりたじろぐ。
「な…」
図星を引き当てられて、レシュレイは絶句する。
「やっぱりか…ならついてこい、こっちだ」
言って、黒い髪の毛の少年は踵を返す。
「待て!」
間髪入れずにレシュレイは反論した。無論、レシュレイとてハイそうですかとのこのことついて行くわけにはいかない。もしかしなくても、罠の可能性だって十二分にありうるのだ。否、むしろこういう場合、殆どが罠である可能性の方が遥かに高い。
…だが、それ以上にレシュレイを驚かせたのは、黒い髪の毛の少年が持つ魔法士としての潜在能力だ。レシュレイのI−ブレインがたたき出した、黒い髪の毛の少年が持つ魔法士としての潜在能力は…正直、一般の魔法士の それとは次元というべきものが違う数値だった。
(本気で対峙したら、負けるかもしれんな…俺)
そしてなにより、黒い髪の毛の少年はレシュレイに対し完全に背を向けている。攻撃する側としてはこれ以上ないほどの絶好のチャンスを自らさらけ出す黒い髪の毛の少年に対し、少なからずレシュレイは敬意の念を覚えた。
(ここは…賭けに乗るか)
いずれにしろ、今のままではセリシアを探そうにも手がかりが何も無いのだ。それならば、少しでも可能性が高い選択肢を選んだ方がいいだろう、こうしている間にも、時間は刻々と過ぎていくのだ。
「お前…名前は?」
「…そうだな…ロン、と呼んでくれ…そうか、オレと共同前線を張ってくれるか…実を言うとな、今、金が無いんだ」
「…は?」
いきなり飛んだ話題に対し、レシュレイは唖然としてしまう。
「いや、だから…オレは一人で旅をしているんだ…で、今、路銀がマジでやばいんだ…。そして『人攫い』とやらの賞金条件は生死問わずだろ…だから、成功したら、オレにも賞金を分けてくれ」
「……」
…何か、すっごく拍子抜けかつ、物凄い死活問題。
きっとこの少年は、燃料一滴、米粒一つの為に毎日争うという生活を送ってきたんだなぁとレシュレイは勝手に納得し、うんうんと頷いた後、
「…分かった、協力してくれ」
「…何か今、違う意味で頷かれた気がするんだが…」
鋭い。と、レシュレイは内心でそう思った。
思ったとおりだった。
あの桃色の髪の少女は、このレシュレイとかいう少年の彼氏らしい。
別に妬いてるとかそういう意味ではない。
ロン―――――論とて、今想う人がいる。
ほんの数日前に出会った、エメラルドグリーンの髪の少女。
決して、エメラルドグリーンの瞳の少女ではない。
今、彼女はどこにいるのだろうか。
出会ったその日から、彼女は血に濡れていた。
そして彼女は泣いていた。
もう、人を殺したくないと泣いていた。
だから、適当な廃屋で一日だけ過ごした。
その時には、殆ど話す事など無かった。
それを今、後悔している。
次の日に起きた時には、彼女はいなくなっていたから。
何も言わずに、去っていったから。
きっと何か、理由があるんだろう。
もう一度彼女を見つけて、問いただす。
なんでいなくなったのか、問いただす。
そして、この熱い想いを伝える。
彼女の事を考えると胸が熱くなるこの想いを。
それが自分の、生きる目的の一つ。
そしてもう一つ。
論は、あいつとは違う。
運よく裕福に生きていられる、あいつとは違う。
ならば自分が、そいつに鉄槌を下すまで。
そのためにも、自分は生きなければならないんだから――――――。
―――【 続 く 】―――
―――【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―――
(前回の続きから)
レシュレイ
「ああもう、落ち着け!!!」
ノーテュエル
「なっ!!!邪魔をする気なのレシュレイ!!!邪魔するなら貴方から相手をしてあげるわ!!!」
レシュレイ
「そーじゃなくて!!お前のやってることはただの逆恨みだ!!!そんなことをして何になる!!ナンバーワンにならなくてもいいだろうが!!お前という人間は世界に一人しかいないんだから、大事なのはそういう個性であって、一位になることではないだろ!!」
セリシア
「そうです!!貴女は貴女、私は私。それでいいじゃないですか」
ノーテュエル
「…ぐ」
?????
「そうだ。それに、ナイムネであることも、お前をいっそう引き立てるための要素ではないか。この世において無個性ほど悲しいものは無いと俺は思うぞ」
レシュレイ
「誰だっ!?」
?????
「ゼイネスト・サーバ……まあ、とりあえず、このナイムネ女の喧嘩友達だ」
ノーテュエル
「…いちいち胸が無い事をネタにするんじゃないわよ―――――――っ!!!」
ゼイネスト
「はっはっは、図星か!!…どうした、かかってこないのか?」
ノーテュエル
「言われなくても!!!」
(ゼイネストとノーテュエル、マジバトル開始)
レシュレイ
「…こいつら、本当に仲間同士か?」
セリシア
「きっと、喧嘩するほど仲がいいんですよ」
レシュレイ
「いや、普通の喧嘩だったら、I−ブレイン全開で戦うのはどうかと思うぞ…あ、ノーテュエルが灼熱の炎を放った」
セリシア
「随分と命がけの喧嘩ですね…あ、ゼイネストさんが一閃を放ちました」
????
「喧嘩してる二人はほっといて、こっちはこっちで話を進めようぜ」
レシュレイ&セリシア
「誰!?」
????
「ああ、俺はブリード・レイジ…まあ、よろしく」
レシュレイ
「随分と簡単な自己紹介だな」
ブリード
「この世界において、個人情報の漏洩は死すら招くぜ」
セリシア
「あ、凄く理屈の通っている言葉」
ブリード
「…しかし、お前らが羨ましいよ…だって、お前ら二人は公認カップルなんだろ…俺なんか片思いだぜ…あーあ、フラれるのが怖くて告白なんてできねぇよ…」
レシュレイ
「随分とネガティブな発言だな…人生、当たって砕けろだろうが」
ブリード
「木っ端微塵に粉砕されちまったら、復帰すら不可能になるっての…」
セリシア
「人生は長いから、何度もコンティニューくらい効くと思いますよ…だから頑張らないと…」
ブリード
「…人事だと思いやがって…まあいいか。人生博打だ」
レシュレイ
「まあ、それは本編で頑張ることだな」
ブリード
「ふむ、それはそれでいいとして…早速ネタが切れてきたよな。さっきからしょーもない話ばかりだ」
セリシア
「いかにノーテュエルさんがムードメーカーなのかが分かりますね」
ブリード
「アレはむしろトラブルメーカーだ」
(一同、笑い)
レシュレイ
「…じゃあ、今回はここでお開きするか…あ、とりあえず言っておく事があった」
セリシア
「何ですか?」
レシュレイ
「次回、新キャラとして、十六歳少女が登場するそうだ…おおっと、お、俺にはセリシアがいるから大丈夫だぞ!!」
ブリード
「おおっ!!それは楽しみかもしれんな…さて、次回までさよならだ!!」
セリシア
「というわけで、続きます〜」
―――【 こ っ ち の コ ー ナ ー も 続 く 】―――
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<作者様コメント>
あちらこちらで、思いもよらぬ出会いが起きております。
…さて、救われるのはフィアか?それともシティ・モスクワか?
様々な形で出会う、運命に満ちびかれた少年少女達(一部例外あり)の物語。
とりあえず作者の頭の中では、物語の結論は完成しています。
さて、後は書き上げるだけなのですが、
私生活もあってなかなか進みません…。
で、今回でやっと二話目であります。
前回に比べてかなり短いですが、
一気に書き上げるのもまた問題だと思いまして、一旦区切りました。
次の物語では、論の思い人が登場する…かもしれません。
以上、画龍点せー異でした。
<作者様サイト>
存在も確かに今ここに…ありません。
(Re-sublimity(だったかな)という曲の歌詞からちょっと引用)