○注意事項○
本作は厨二+オリキャラだらけの要素を含みます。
それをご理解したうえでお読みください。
めぐるましく動く時。
全てにおいて避けられぬ運命。
たとえそれが、いくら残酷でも、
それを受け入れ、超えて行こう。
―――【 龍 の 名 を 持 つ 者 】―――
〜THE RESHUREI〜
闇の中に目を凝らし、壁を手探りして通路を進む。人一人がやっと歩ける程度の細い通路は、左右に蛇行しながら少しずつ地下へと下っている。強化カーボンの壁面がざらついた感触を指に伝える。乾燥した埃っぽい空気が喉に張り付く。
これだけ蛇行しているなら、この先に目指すものがあるのは明白。
「…ん?ここは…」
外見年齢十七歳の彼にしては、妙に高めの声。しかし、『魔法士』に外見年齢での基準は通用しない。事実、彼はこの二十二世紀末の地球という世界に生まれてから、三年と少ししか経っていない。
壁を這う掌が、ほんの僅かな違和感を捕らえる。指先で小さく壁を弾き、反響音の違いを確かめる。
(I−ブレイン起動。『漆黒の剣』生成)
コンマ一秒の時を置いて、何も持っていない右手が、刃渡り九十センチほどの西洋の剣へとその形状を変える。
その能力は、魔法士の正式名称、『ウィッテン・ザイン型情報制御能力者』にその名を残す、情報制御理論創始者の一人『アルフレッド・ウィッテン』の作成した『龍使い』に酷似しているが、彼のそれは『龍使い』としての能力ではない。
彼―――レシュレイ・ゲートウェイの能力は、『真なる龍使い』。
『遺伝子改変型I−ブレイン』の力により、肉体の構造、構成せし物質の遺伝子配列を並び替え、レシュレイが望むままに、レシュレイの体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力。
本来『龍使い』は『黒の水』を用いて、肉体の構造、構成せし物質の遺伝子配列を並び替え、本人が望むままに、その者の体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力なので、これだけを聞くと『真なる龍使い』との相違点が無い様に聞こえるだろう。
しかし、この『黒の水』には致命的な欠点というかバグが存在した。そのバグの内容を分かりやすく言うと、『黒の水』が拒絶反応を起こした場合、肉体の制御が聞かなくなり、体が本人の意思とは無関係な動きを行い、最後には肉体が死にたえるという、凄惨なものだった。
しかし『真なる龍使い』は違う。『龍使い』の致命的欠点であった『暴走』を『遺伝子改変型I−ブレイン』の存在によって修正されたため、『暴走』しないのが最大の特徴である。但し、自らの体の構成、材質、形状をナノセカント単位の速度で作り上げ、変換する能力であるがために、飛び道具を作ることは出来ない。
この『真なる龍使い』という能力を作り上げたのは、レシュレイの生みの親にして、かつてアルフレッド・ウィッテンの弟子だったというラジエルト・オーヴェナ。彼は二十歳にして『真なる龍使い』の基本構成を完成させた後に、バグ取りなどのデバック作業におおよそ三年。そして、兼ねてより研究していた『騎士』の作成に三年。そして、自分達を生み出すのにかかった時間は一年。つまり、今のラジエルト・オーヴェナは二十七歳ということだ。
…まあ、最後の年齢の事についてはどうでもいいとして。
「…さて、と」
わずかに生まれた壁の隙間に『漆黒の剣』を差し込んで、てこの原理で隠し扉をスライドさせる。
剣を逆手に構えたまま中に踏み込んで、後ろ手に扉を閉ざした後に、ポケットの中から光学素子を取り出す。淡い緑光が球状に広がり、周囲の様子を照らしだす。二メートル四方程の狭い部屋。中には四方一メートルほどの機械と端末が一つ。
念のために『漆黒の剣』を展開しておく。端末に近づいてスイッチを入れる。画面に光が灯る。
起動音に続いて画面に表示されるのは、データがあることを示すシステムメッセージ。
「当たり…かな」
レシュレイは小さく呟いて、光学素子を傍らに置いた。
胸ポケットから携帯端末を取り出して、プラグに有機コードを差し込む。コードのもう一方の端をうなじに押し当て、端子とI−ブレインを細胞レベルで接続する。
情報の海を解して、レシュレイの脳内に、この場所――――シティ・ロンドンのここ最近の記録が流れ込んできた。
先日、シティ・ロンドンの方で、原因不明の大事故が起きて、一部の人間しか立ち入りを許されない機密区域に『アルプス山脈の裾野』が追加されたらしい。というラジエルトの話から、レシュレイはシティ・ロンドンの最深部にある情報端末から情報を引き出すために、シティ・ロンドンへと赴く事となった。
結果的には、ラジエルトの言っていたことは、おおまかには当たっていた。
違う点といえば、『一部の人間しか立ち入りを許されない機密区域に『アルプス山脈の裾野』が追加されたらしい』という情報自体が間違っていたわけである。
確かに、『アルプス山脈の裾野』には『世界樹』というモノが未だに聳え立っているし、一部の人間しか立ち入りを許されない機密区域には、とある二人の人物がかくまわれていたという事実がある。
その二人の名前は―――――。
「天樹錬…フィア」
一すじの冷たい汗が、頬を伝った。
無論レシュレイとて、この二人の事は知っている。
天樹錬とは、黒髪に黒目の東洋人の少年。今のところ分かっているのは、依頼達成率百パーセントの便利屋であることと、複数の異なる系列の能力を操る特異なI−ブレインを有しているということ。
七ヶ月前のシティ・神戸崩壊事件にも関与したと噂される、おそらく世界で最高レベルの魔法士の一人――――通称『悪魔使い』。
そしてもう片方のフィアは、現存するただ一人の『天使』であり、『同調能力』の持ち主だ。『同調能力』とは、数値演算によって動作を細かく定義された普通の魔法士の能力とは違い、全てを感覚のレベルで処理する。大気運動の制御も重力の書き換えも、『天使』にとっては指を動かすのと同じくらい簡単なこと。意のままにならないものは何一つ存在せず、あらゆる定義が互換の定義で認識できるというとんでもない能力である。
だが、レシュレイにとっては恐れるに足らぬ相手ではない。レシュレイは『真なる龍使い』。レシュレイでなくとも全ての『龍使い』は『絶対情報防御』を持ち、『龍使い』は『黒の水』を用いて、『真なる龍使い』は、その体を構成する『遺伝子改変型I−ブレイン』は細胞の配置によって微細な論理回路を形成し、それぞれがそれぞれの手段であらゆる情報構造体攻撃を完全に遮断する。『天使』の能力がいかにとんでもない能力だろうと、それが、『相手の情報を支配する』能力である限り、龍使いには通用しないからだ。
まあ、それ以前の問題として、この広い世界の中で彼らと出会うには、相当の幸運と運命の悪戯が必要である。よって、まず交戦の機会は無いと思われるので、今のところ心配する必要は無いだろう。
そう結論付けたレシュレイは、今見た記録を脳内にまとめる。
そしていざ後始末をしようとしたところで、思わぬ収穫を発見した。
――アルフレッド・ウィッテン――
ディズプレイには、直筆の署名でそう表示された。
…何故、ここでその名前が…!?
この名前を見たのは、崩壊したシティ・メルボルンの地下都市のも含めて二つめだ。
話によると、アルフレッドは終戦以降、七つのシティを転々として移動し、その全てに直筆の署名を残しているという。
何故、そんなことをする必要があるのか。
何故、終戦と同時に、アルフレッドは歴史の表舞台から姿を消したのか。
正直、生まれてから三年ほどしか経っていないレシュレイには、分からないことだらけだ。
この事については、ラジエルトに聞いてみようと思った。こんなところであれこれ考えても仕方がない。
その後はI−ブレインを解して機械にログ削除の命令を送った。これで証拠は残らない。
あとは、そう、如何にして脱出するかだ。
表向きにはレシュレイの潜入はばれていないようだが、そう見えて実は潜入がばれているかもしれない。自分はどこかのシティの隠密かもしれないという疑いをかけられて、シティ・ロンドンの人間に泳がされている可能性だってある。
ぼさぼさ頭の男と、桃色の髪の少女という、帰りを待ってくれている人がいるのに、こんなところで捕まったり死ぬわけにはいかない。
結論を出したレシュレイは、即座に行動を起こす。目を瞑りI−ブレインに命令を送る。情報の海が支配する無量大数の命令カテゴリからたった一つの情報を一秒足らずで検索完了。
(I−ブレイン起動。帰り道の正解ルートの割り出しを完了)
抑揚の無い声で、I−ブレインがそれを告げる。
脳内には、自分が如何動いて、どういう通路を通ってここまで来たのかが完全に記録されている。その中から行き止まりへと続くルートを全て削除して、唯一つの正解ルートを導き出す。
あとはただ、ルートどおりに駆け抜けるのみ。
(I−ブレイン、戦闘起動。運動係数を五十五倍、知覚係数を百十倍に定義)
再び抑揚の無い声で、I−ブレインがそれを告げる。そもそも、所詮は機会でしかないI−ブレインに人間的要素を期待するのはお門違いだ。
通路を睨みつけて、レシュレイは一歩を踏み出す。
世界が躍動する。
その一歩で、レシュレイは既に百メートルを駆け抜けていく。現実時間に換算すると、百メートルを約一秒と少しで走り抜ける計算だ。
世界が流転する。
ジェットコースターにでも乗っているかのように、世界が流れる。あらゆるものを後ろへと後ろへと追いやり、レシュレイは突き進む。右へと周って次は左へと旋回。ここを真っ直ぐに向かい、次の十字路を右へと周ったら監視カメラがあるから、それを刹那で破壊して直進。後は四百メートルの直線。次は右下の通路から十字路に抜ける。そうしたら次は左下の通路へと駆け抜ける。次は…
レシュレイが通路を一つ、また一つと駆け抜けるたびに、ナビゲート役に徹しているI−ブレインは性格無比な情報をレシュレイへと伝える。
この世ならざる速度。
音速の域を超え、神速の域へと達した速度。
これが『魔法士』なのだから――――――。
世界は『情報』で出来ている。
物質、力、法則―――この世に存在するあらゆる事象は、数値パラメータと数式によって『情報』としての記述が可能である。それはすなわち、この『物質世界』に存在する全ての要素が、全く同時に『情報』というもう一つの実態を持っていることになる。
(中略)
―――『情報』の変位は、現実世界を書き換える。
二千百八十年初頭、ハノーバーのフリードリッヒ・ガウス記念研究所で初めて証明されたこの結論は『情報制御理論』と名づけられ、その後幾多の試行錯誤を経て、一つの成果を得ることになる。
情報の書き換えを可能とするほどの超高速演算能力を実現するために、脳内に生体コンピュータ『I−ブレイン』を与えられた者たち。
身体能力を加速し、重力を捻じ曲げ、物理法則を読み解き、分子運動を制御し、熱力第二科学の法則すら覆し―――思考によって物理法則・世界法則を超越する、最強の戦闘兵器。
彼らを総称して『魔法士』と呼んだ。
―――【 氷 壁 の 対 天 使 兵 器 】―――
〜THE BUREED〜
リノリウム張りの壁に、赤々と暖炉の火が反射して揺らめいていた。
いくら自分のI−ブレインが氷を司る能力『氷使い』だとしても、自分は全く持って普通の人間であり、寒さには勝てない。I−ブレインを使えばある程度は寒さを軽減できるが、流石に今朝の冷え込みは異常極まりなかった。
気温はおおよそマイナス二十度以下。冬の北海道より寒い。
第三次世界大戦以降、空が黒一色に埋め尽くされてからは季節などあまり関係ないとたかをくくっていたが、少々くくりすぎたようだ。秋物の服を着替え、冬物を着ることにする。
生まれつきの白い髪の毛はうなじの辺りであちこちぼさぼさに跳ねている。昨日風呂に入ってすぐ寝たせいだろう。寝癖がついている。元がうなじのあたりで乱雑に切っていただけに、なんとなくうなじがむずがゆい。
少年の名前は、ブリード・レイジ。
製造時年齢九歳、生まれたのは七年前。事実、現年齢十六歳。
シティ・モスクワに住む、新種『対同調能力者』の魔法士。
製造者は、世間にそれなりに認められ、研究を続けた父、デルドベート・ザイン。しかしこの時代、父と同ランクの科学者など大量にいるため、それ以上の褒め言葉はなかった。
そして父は、歴史に名を残すエリザベート・ザインの実の弟だった。
…最も、二人とも既に故人であるが。
ちなみに、『対同調能力者』といえども、中身は殆どごく普通の魔法士と違わないし、I−ブレインの構造もほとんど同じなため、外見上は新種だと見破られることはまずない。
彼の能力は、ある特定の魔法士に対し絶大な効力を発揮するのだから…。
それから色々と作業を開始。食事の準備と食器洗い云々を済ませて数時間が経過。出かけるための準備は万事OKだし、十分に暖炉も堪能した。
「…さて、と」
背伸びをして、椅子から立ち上がる。先日、崩壊したシティ・メルボルンの地下都市から頼まれた依頼を解決しなければならない。確か、イギリス地方にある古い研究所の跡地に向かって、そこにあるプラントがきちんと起動するかどうかを確かめてほしい。とのことだった。
元々、この依頼は軍の方に回されたものであったが、今、シティ・モスクワは、マザーコアの素体の魔法士二十人が何者かに盗まれたという事件のせいでゴタゴタしているために、本来ならば軍の人間が赴く予定だったのだが、彼らはシティの復帰作業に全力を注いでいるために、忙しくて手を離している余裕など無い。よって、つい先日に任務を終らせたばかりのブリードが、この依頼を達成しに行く事になったわけだ。無論、給料の手当てつきで。
報酬は前払いでもらってあるため、流石に依頼をこなさなければ人としての責任にかかわる。
暗い空の下、ブリードは小型フライヤーに乗り、目的地へと向かった。
ここに一つ、ブリードが知らなかった事実が存在する。
実は、プラントの依頼を頼まれたのは彼だけではなかった。
実はもう一組、少年と少女の二人組みが、同じ依頼で同じ目的地に向かっていたのだった。
そして数時間後、ブリードとその二人組みはばったりと出会うこととなる。
―――【 ふ た り 】―――
〜THE RESHUREI&SERISIA〜
「…ただいま」
ポーチに一歩目を踏み入れて玄関に入り、ドアを後ろ手に閉める。
あれからフライヤーを飛ばして、崩壊したシティ・メルボルンの地下都市内にある自宅へと戻ってきた。あの後、シティ・ロンドンの軍の諜報部の目を掻い潜って逃げる事に成功したため、何とか追っ手らしき追っ手の手も無く、レシュレイは無事に生還する事ができた。唯一つ、逃げる途中で中国人系の少女を見かけた気がしたが、少女はぼうっとしているようで、レシュレイの事には気がついていなかった。
レシュレイも少女に構っている暇も余裕も無かったし、血は流さないに越した事はないので、少女を完全に無視して通路を駆け抜けた。
住み慣れた家の奥からは香ばしい匂い。おそらく、レシュレイの父親であるラジエルト・オーヴェナが夕食を作っているのだろう。四年前に妻に先立たれたラジエルトは、どうにも妻の尻にしかれていたらしく、家事全般はラジエルトの仕事と決まっていたらしい。
ちなみに、妻は軍の情報部の部長を務めていたために、その発言力も絶大だったと聞く。一介の科学者如きで敵う相手のはずが無かっただろう。
「おー、帰ったか」
台所からラジエルトの声。
そして続けざまに来るのは、透き通ったような少女の声。
「おかえりなさい!!」
廊下を駆ける音と共に、桃色の髪の少女の姿。
彼女の名前はセリシア・ピアツーピア。二年前にラジエルトによって生み出された『騎士』。ちなみに彼女の武器は『光の彼方』という名前の騎士鎌だ。
はにかんだその笑顔が眩しくて、レシュレイは思わず顔を綻ばせる。
この笑顔を見れば、頑張るぞっていう気にもなってくる。
「おーい、ちょっと悪いんだけどな―――――!!」
再び、台所からラジエルトの声。
「何だ?」
「ちょっと夕飯の材料が一部切れてしまってよ――――!!買いに行って来てくれないか―――――!?」
「…マジか」
帰ってきたところに、もう一度外出するハメになった。
「あ、私も行きます」
だけど、今度は一人ではなかった。
レシュレイが大好きなこの少女が、一緒にいてくれる。
セリシアはご機嫌だった。
隣には、セリシアが大好きな少年がいる。
生まれて間もない頃から一緒にいて、誰よりも頼りになる少年が。
正直な話、この時間が永遠に続いて欲しいくらいだ。
そのうちに、行きつけの野菜売り場へと到着する。ラジエルトが待っているから、手早く済ませる。
買い物が終わった時に、今年四十五歳の野菜売り場の女将さんは口元に笑みを浮かべてこう言った。
「あらあら、仲いいわねぇ…もしかして…デート?」
一瞬で、セリシアの心拍数が大幅に上昇した。ついでに顔も紅潮する。
「…デート」
と、ぽつりと呟いてしまった。
「…あー、まー、なんつーか…ほ、ほらセリシア!行くぞ!!」
同じく、顔を真っ赤に紅潮させたレシュレイは、荷物を一人で持って回れ右。そのままぎくしゃくと歩き出す。
「あ、待ってください!!」
慌ててセリシアも駆け出す。
そんなセリシアを、レシュレイは振り返って見る。
明らかに、いつもより嬉しそうだった。
で、そこに野菜売り場の女将さんの威勢のいい声。
「レシュレイ―――――早く招待状出しなさいよ―――――!!!」
見れば、野菜売り場の女将さんは手を振っている。
「何の招待状だよ―――――っ!!!」
明らかに上ずった声で、レシュレイは叫んだ。
「…招待状…きっと…けっこ…」
思いっきり顔を紅く紅潮させたセリシアは、その言葉の意味を的確に捉えたらしく、ポツリと呟いた。
久しぶりのレシュレイとの買い物のためと、
デートしていると言われたために、
セリシアは浮かれていた。
故に、セリシアは、前をよく見ていなかった。
だから、気がつかなかった。
目の前に『工事中』という看板があって
すぐ前にどでかい穴が開いていることに。
故に、次の一歩を踏み出した瞬間に、
否応無しにも、
セリシアの体は万有引力の法則に従った。
気づいた時には、もはや後の祭りだった。
油断しまくっていた。
気がついていなかった。
浮かれすぎていた。
少女―――セリシア・ピアツーピアは、自由落下の中、「きゃああああああ」と、かわいい悲鳴をあげながら自由落下の中、奈落の底へと落っこちていった。
…突如、何か黒いものが彼女の両脇下を潜り抜けた。それは、黒い「手」だった。
そしてそれは、彼女の胸の下で組み合わさり、ロープのような役割を果たす。
そのまま重力が逆転したかのように、自由落下の逆方向に引っ張りあげられた。
その手が誰のなのかは、セリシアには一瞬で分かった。彼女が思いを寄せている彼だ。
ところで、今まで下方向に働いていた重力に逆らい、無理やり上へ引っ張り上げるわけだから、ロープの役目をしている手も当然ずれる。
「おおっと!」
咄嗟に、「手」がどこかを掴む。…そこは、女性にとって大切な所だった・・・。その感覚が意味するのは、二つの膨らみ。
「!」
セリシアの恥ずかしさが、いきなり臨界点間近まで上昇する。セリシアの二年間の人生で会ったことのない、痴漢にあう女性の気持ちをかなり理解。
そのうちにすたっ、と着地し、目の前にはよく知っている顔。そして今、セリシアの大事なところを偶然のうちに掴んでしまっていた人物でもある。
「よっと…大丈夫か…って…」
脆くない地面に着地したものの、赤面しているセリシア。そして初めて、黒い「手」の主にして『真なる龍使い』レシュレイ・ゲートウェイは自分が掴んでいるものの正体に気づき、赤面し、急いで「それ」から手を離す。黒い「手」がしゅるしゅると音をたて、元の形、すなわち二本の手を形成する。
以外に出ていた。そんな感想がレシュレイの頭の中に浮かんだ。
しかしそれも一瞬の事、
「わ、悪い!とっさの事だったから!不可抗力ってやつなんだ!」
次の瞬間には、顔の前に両手を合わせて必死で弁解する。その口調はひどく大慌て。まるで、デートに遅れた彼氏みたいだ。
「…レ・シュ・レ・イ〜〜」
涙を溜めた瞳で、セリシアがレシュレイを睨む。その瞳が、本気で怒っていた。
「…分かった!俺が悪かったから勘弁してくれ!」
無駄に言い訳するよりは男らしく潔く謝ったほうがいいと判断したレシュレイは、彼女の前で九十度の平謝りをした。
「もう、知らない!」
ぷい、とそっぽを向くセリシア。しかしその態度は、明らかにへそをまげた女の子のものだった。
がががが―――ん…ががががーん。
レシュレイの頭の中で、ベートーベンの「運命」が演奏される。それを合図に、レシュレイは地面へとへたりこんでうなだれた。これでスポットライトがあれば、まさしくもって『どん底』のいい絵になるのだが。
が、数秒後、そんなレシュレイの様子を察したセリシアが、
「…なーんてね。もういいよ。許したげる。助けてくれてありがとう」
くるりと振り向き、ちろりと舌を出し、ふわりとした微笑みを浮かべる。もう、セリシアの涙は止まっている。
その言葉で、レシュレイは我に返り、はあ、と安堵のため息をつく。
「…でも、そのかわり」
「ん?」
(攻撃感知。回避不能)
I−ブレインが抑揚の無い声で警告を告げる。
刹那、セリシアの左手が光速度の七十パーセントの速度で迫り来て、
ぶわっち―――――ん!!!!
「ぐはっ!」
空を切る音と共に飛来した強烈なビンタが、レシュレイの頬を打った。
その痴話喧嘩を、影から見ている者がいた事に気づいた者は、その場にはいなかった。
否、気づけるものがいなかった。
何故ならそいつは、強力かつ高性能な光学迷彩を使用していた。
だから、I−ブレインを起動していても、そいつの存在を見つけるのは難しかっただろう。
そいつは目を光らせて、ずっとレシュレイとセリシアを見ていた。
数秒後、その瞳に邪悪を秘めて、その場をこっそりと去っていった。
「次の獲物は…あの子だな…くっくっく…時が来るのが楽しみだ」
帰り際に、その顔に醜悪な笑みを浮かべて、呪詛のような不気味な言葉を発していた。
そいつを身近な言葉に表すなら…『狂った獣』だった。
―――【 天 使 と
悪 魔 使 い と
氷 使 い 】―――
〜THE FIA&REN&BUREED〜
勢い任せで飛び込んだ扉の向こうには、床が無かった。
前と同じ事やっちゃった!!!と思った時には、もう手遅れだった。
体がバランスを失い、頭と足がひっくり返って、あとはただ、闇の中を真っ逆さまに落ちていく。
嗚呼、堕ちていく。
嗚呼、世界が廻る。
………こんな時、どうするんだっけ…?
かつての状況を思い出し、千分の一秒ほど考えて、即座に行動を起こした。
『世界樹』を巡る戦いの終結後、まるでタイミングを合わせたかのように、崩壊したシティ・メルボルンの地下都市からの依頼があった。
少年と少女は怪しんだものの、もしかしたら『賢人会議』がらみの依頼かもしれないと思い、その依頼を受ける事にした。
『賢人会議』とは、エドをそそのかし、完全な欠陥品である『世界樹』を起動させ、それを暴走させてシティ・ロンドンの崩壊をもくろんだ、世界中で魔法士についての情報を盗み続ける正体不明の大規模暗躍組織。
一応、シティ・ロンドンの崩壊は防げたが、そのかわりにエドが犠牲になった。その時から、少年と少女は『賢人会議』について調べる事にしたのだ。
で、現在、イギリス地方にある古い研究所の跡地で、一人の少年が自由落下の真っ最中にあった。しかも何故か、周りについている荷電粒子砲に攻撃されている。しかもその荷電粒子砲、半数以上が何者かによって破壊されている…にしても、この設置数はやはり異常だ。
ここを作った研究者の無意味なまでのトラップ作成心に頭が下がる。
「ああ、もう!」
どこかの軍服っぽい服を着た黒髪の「悪魔使い」天樹錬は、あちこちから襲い来る砲撃に対しいらつきの言葉をぶつけた。が、意思を持たぬ荷電粒子砲がその言葉を聞くわけもなく、砲撃は一向にやまない。
仕方なく、錬は腰にかけてある、論理構造の書き込まれたナイフを抜き、近くにある荷電粒子砲から一閃していく。
同時に、
(『仮想精神体制御デーモン』起動。仮想精神体を解凍。『ゴーストハック』をオートスタート)
記憶の領域に圧縮保存されていた仮想精神体が、論理構造の書き込まれたナイフを介して荷電粒子砲の存在情報を侵食する。『仮想精神体制御デーモン』は対象の物体に仮想意識を送り込み、強制的に生物化させて支配下に置く能力だ。
命令は唯一つ――――『自壊しろ』。
刹那の時を置いて、荷電粒子砲の銃身がかすかに脈動。次の瞬間、金属光沢を備えた無数の細い腕が銃身の表面から突き出して、弧を描いて自分自身に突き刺さる。
穴だらけにあった銃身に紫電が走り、小さな爆発音を残して沈黙。
後はただ、残りの銃身にも同じ処理を施すのみ。
全ての荷電粒子砲が『自壊』を終えるまで、現実時間にして二秒足らず。
何とか銃撃をくぐりぬけ、着地の為にI−ブレインを起動させようと思って気がついた。地面まで後三十メートル、このままでは足に甚大な被害を負ってしまう。『空間曲率制御デーモン』を起動させて重力を書き換えようとしても間に合わない。姿勢を正して左右どちらかの手を犠牲にする時間もない。
考えてる間に、地面は刻々と迫り来る。
刹那、誰かに体を掴まれた。
驚いて振り向くと、そこにいたのは金髪の天使の少女。
「フィア…」
錬は思わず、その名を呼んだ。
ちなみに、今日の彼女は、おニューのピンクのつりスカートに、ケープを羽織っていた。
同調能力。
対象の全情報構造をI−ブレインの中にコピーし、完全なリンクを確立することで、あらゆる事象を感覚のレベルで自在に書き換える能力。天使の翼は、『同調』によってこっちのI−ブレインの中に入り込んだ『情報操作のイメージ』が見せている幻だ。
その後数秒で、地面に着地。
錬は、安堵の息をつく。
「フィア…ありがと…」
ぱん!
言葉を言い切る前に、軽く頬を叩かれる感覚。月夜のせいでおなじみのその感覚に、錬は思わず「え」と呟く。
フィアに頬を叩かれたのだと気づくのに、三秒かかった。
「……」
フィア、未だ無言。
「フィ…フィア!?」
無言を貫くフィア。その瞳に涙が光っている。
「…もしかして、怒ってる?」
「ちょっとだけ、怒っています」
「ごめん!忠告を聞かなかったのは謝るから許して!」
「許しません」
「後生だから!!」
「駄目です」
「勘弁して!!」
「却下します」
「許して!!」
「駄目ったら駄目です」
「今度、何かおごるから!!」
「物で釣るのはいけません」
「うわぁぁぁん!!捕虜に対する正当な扱いを要求するぅ!!」
「いつから錬は捕虜になったんですか」
この妙なトーク(あるいは痴話喧嘩)は、しばらく続く事となる…。
* * * * * * * * * *
「…ん、何か騒がしいな…同業者か!?」
依頼されたプラントを探している最中に、散らかりまくった書類が床にばら撒かれているのを見たブリードは、そのあまりの汚さに耐え切れずに、床にばら撒かれている散らかりまくった書類を綺麗に片付けている真っ最中だった。昔から散らかっている物を見ると、片付けたくなるのが彼の性分だ。そのせいで、ブリードには見事に『掃除大臣』の称号が与えられている。
正直、すっげーうれしくない………。
「…?…声」
ブリードは何者かの気配を感じ、作業を止める。
聞こえてくるのは、少年と少女の声。少年の方が「だからごめんって!許してフィア!!」とかいっており、少女の方が、「錬さんは死ぬところだったんですよ!少しどころかかなり反省してください!!」とか言っている。
「おい………」
知らず、大きなため息が出る。
てか、マジでうんざりする。
マジな話、痴話喧嘩なら、よそでやってほしい。別にブリードにも好きな人はいるから、そういった意味では嫉妬の炎に苛まれる事はない。…最も、相手はどうだかは知らないが…いすれにしても、人様の作業中にそういった系列の会話を聞いているだけで、何となくいらいらしてくる。
「…ったく、どこのバカップルだ?こっちは必死こいてプラントを探しているってのに…」
…プラント探し…。
で、今自分がやっているのは片付け…。
「…つーか、何してんだよ俺ぇ!!!」
ブリードはやっと、自分が本来の目的と違うことをやっている事に気がついた。頭を抱えて、思いっきり後悔する。
性分恐るべし。
…などといっている場合ではない。
急いで仕事を終わらせなければ。
そう思って、片付けもそこそこに、ブリードは行動を開始した。
目的のプラントの中枢格は、未だ見つからず。
焦りがブリードを煽る。
いっそ、侵入者(同業者)をかたづけてから、ゆっくりと散策を再開するか…。
そんな考えが、頭の中に浮かぶ。
思い立ったが吉日。ブリードは再び行動を開始した。
今度は、侵入者(同業者)を片付ける為に…。
ところが。
「…あれ?」
気がついたら、プラントのある部屋についていた。
偶然と方向オンチ恐るべし。そう、ブリードは極度の方向音痴で、過去に一度、男風呂に行ったつもりが女風呂へと行ってしまい、とんでもない目にあわされた。しかも、その後数日間、幼馴染のミリル・リメイルドが、ひとっことも口を聞いてくれなかった。結果、相当に高い買い物をさせる事でミリルの機嫌を直したが、その後数日間は、ブリードの主食がカップ麺になるほど、ブリードの財政が困窮した。
「……」
いやな事を思い出したせいで、ブリードは欝になる。
「…って、やべぇやべぇ!!こんなときにこんな事してる場合かよ!!ああもう!!何で一度考え込むと、ずるずるとひきずっちまうかな俺ってやつは!!」
半分は自分への叱咤、半分は欝な考えから脱出するための渇。
そう、ブリードは確かに、過去の事とかをいつまでもいつまでもズルズルと引きずるタイプである。責任感
が強いといえば強いのだが、悪く言えば、未練がましいということでもあるのだ。
気を取り直して、ブリードはそのプラントが動いているかどうかを確認する。
が、キーボードの前に立って作業する事約一分後、
「…あー、こりゃもう寿命だな」
大きなため息を一つ。
起動端末を押しても、肝心のプラントは動かなかった。
それならばもはや長居は無用。依頼はこなしたんだから、さっさと出るべし…とは思ったものの、さっきの会話の中に、聞きなれた人物名があったことを、ブリードは今更ながらに思い出した。
その人物名は、確か…
「錬」
「フィア」
「…まさか…だが、もし俺の勘が当たっていれば!!!」
思った時には、ブリードは駆け出していた。
* * * * * * * * * *
(背後に熱量を感知)
やっとフィアとの痴話喧嘩(!?)に終止符がつき、錬が一安心したところにI―ブレインが警告を告げた。
「!!!」
錬は思わず、フィアの方を向いた。
「錬さん!!!」
フィアのI―ブレインも同じ警告を発したらしく、素早く錬のほうを振り向いた。
見つめた暗闇の向こうから、魔法士の気配がする。おそらく、あえて魔法士であることをアピールすることによって、こちらを威嚇しているのだろう。
だが、依頼を受けた以上、こちらも引くわけにはいかない。
錬とフィア、二人はI−ブレインを起動させ、いつ戦闘になってもいいように準備する。
それからたっぷり三秒後、突如、輝く槍のようなものが闇の中より出現。高速で錬達を狙い飛翔する。
錬は、その『輝く槍のようなもの』の正体を一瞬で理解した。
一言で言えば、巨大なつらら。
錬の『分子運動制御デーモン』の『氷槍』に、酷く似ている能力。故に、対処法はわかりきっている。
(『分子運動制御デーモン』常駐。『炎神』発動)
巨大なつららに対し膨大な熱量を送ることでその存在を相殺させ、跡形もなく消す戦法だ。
錬が試した戦法は成功し、飛翔していた巨大なつららは跡形もなく消え去る。
ほう、という声が、暗闇の中から聞こえた。
今度はこちらが仕掛ける番だ。といっても、顔も知らない相手を一撃で殺してしまってはさずがにまずいので、とりあえず手加減して仕掛けることにする。無益な殺生は、避けられるに越した事はないし、流石にフィアの目の前で人を殺すのはもの凄く抵抗がある。
(『炎神』発動)
再度具現化させた炎が、暗闇を明るく照らした。そのおかげで、相手の顔が露になる。
白髪の少年。
第一印象は、その一言で決まった。しかもなぜか、傍らには「道具箱」とでかでかと書かれた、縦三十センチ、横四十センチ、高さ二十センチほどの工具箱があった。
相手との距離、おおよそ二十メートル、炎は、まっすぐ相手少年目掛けて飛んでいく。
に、と歯を見せ、少年は左手を前にかざした。
次の瞬間、物理学的にありえがたい事が起こった。
かざした左手から巨大な氷槍が出現し、炎を真っ二つに引き裂き打ち消した。しかも巨大な氷槍はほとんど溶けておらず、まっすぐに錬たち目掛け飛翔する。
三度、同じ能力を使う。
(『炎神』発動)
先ほどと同じパターンで、巨大な氷槍が空気に変換される。
「へえ…やるじゃないか」
少年は大人びた声で、そう告げた。さらに、
「お前達は何の目的で、ここまで来たんだ?」
錬達が言いたい事を、先に言ってのける。
「…その前に、貴方の目的は何なんですか?私達は、スイスのほうから依頼を受けて、プラントが動くかどうかを確かめにきたのですが…」
今度はフィアが聞き返した。もちろん、嘘の情報を混ぜている。こういう時に本当の情報を暴露するのは愚行というもの。ましてや、相手がどこのシティの者かも分からないこの状況下では尚更のことである。
刹那、その返事を聞いた少年が「なぬ!?」と怪訝な顔をした。
「…ちょっと待て、俺は崩壊したシティ・メルボルンの地下都市から依頼を受けてここに来たんだ。しかも、同業者がいるなんて聞いてないぞ。料金はもう前払いでもらっちまったし、仕事はきっちりこなさないと俺のビジネス精神に反することになっちまうしなあ…それに、お前たちは今、スイスからの依頼とか言ってたけど…嘘なんだろ」
目の前の少年は、作り笑顔で答えた。
ばれている。
まるで、この少年の前では、あらゆる嘘が通じないかのように。
「…悪いけど、俺が依頼の成功を依頼主に報告しに行くまで、ここでしばらくおねんねしてもらうぜ!!」
「…要するに、どうあっても引くつもりは無い…てことだね」
驚くほど感情のない声で、錬が言った。
「ま、当然だな。そうでなければ、この世界で生きてはいけないさ」
少年も錬の意見に同意したもよう。
「…と、その前に、せっかく出会ったんだ。自己紹介くらいするってのが礼儀だぜ。俺はブリード・レイジ。シティ・モスクワ在中のただの魔法士だ」
少年――ブリードが自己紹介した以上、こっちも自己紹介せざるをえないだろう。というか、ただの魔法士などと言い張ってはいるが、それはおそらくこちらを油断させるための詭弁だろう。先ほどの嘘を見抜いた事といい、ブリードは頭の回転が速いらしい。
だから、まずは様子を見る。
そして、どうせ嘘をついてもばれるのなら、それを逆手にとって真実を言ってみるのはどうだろうか。そうすれば、その真実すら疑って、ごまかしが効くかもしれない。策士、策に溺れる。という状況に、ブリードを追い込むための心理戦。
さらに、ブリードの奇襲にいつでも反応できるように、I−ブレインを戦闘起動させておく。
「…僕は錬。天樹錬だ」
「私はフィア、フィアです。」
二人は賭けに出る。
だが、二人の名前を聞いた途端、ブリードの表情がけわしくなる。
この方法が間違いだったと気づいた時には、既に遅かった。
顎に手をあて、考えこむようなポーズをとり、
「…錬…っていうと、やはりあれか。数ヶ月前、シティ・神戸の崩壊の際に、ウイルスに感染し暴走したマザーコアを破壊すべく、『大戦の英雄』黒沢祐一と協力し、ウイルスに感染し暴走したマザーコアを破壊した『悪魔使い』だろ。違うか?」
「!!」
知らず、錬の足が一歩後ろへと後退する。
ブリードの鋭すぎる指摘に、反射的にうろたえてしまったのだ。
そして、しまった。と錬は思った。この少年、意外と情報通だ。
「返事がないところと、その顔からして、図星…ってとこか。んじゃ、そっちの『フィア』って譲ちゃんは、マザーコアになる運命を逃れた『天使』だな」
「…証拠は?同姓同名かもしれないし、ただ似てるだけかもしれないでしょ」
あえてしらを切ってみる錬。しかし、この少年の前では無意味な行動だった。
「甘いな。俺は『四番』すなわち『フィア』が輸送されているとき、その船にこっそり乗り込んでいたのさ。まあ、そん時は錬、あんたとは目的が違ったけどな。んで俺は、その時に『四番』すなわち『フィア』の写真を撮ってある。この写真と同姓同名の人間なんて、そうはいない。ほれ」
言って、ぴっ、と胸ポケットから写真を取り出し、見せる。
ひらひらと舞うその一枚の写真を錬は手にとって、
刹那、
錬、赤面。
フィア、錬の三倍くらい激しく赤面し、
「貸してください!!」
フィアが怒りを含んだ声で叫んだ。
「か、かか、貸したらどどどうするんだよフィア」
予測し得なかったいきなりの展開に、錬は思わずどもってしまう。
「問答無用で破きます!!なんてもの撮っているんですか!!しかもこれ私の…」
そう。
それに写っていたのは、培養層に入れられた裸身のフィアだった。
「…よし、本人確定」
「あ!」
迂闊だった。
かまかけに引っかかってしまった…最も、写真は本物だったから、かまかけとは言わないかもしれないが。
「…ていうか君、そんな風に女性の裸身ばかり撮ってるの?」
錬、じろり、と軽蔑のまなざし。
「んなわけあるかっ!!あの時、とある別の場所からの依頼で『四番』の写真とってこいっていう別依頼があったんだよ!」
ブリード、顔を真っ赤にして怒りの反論。
「それはどこ」
「…俺に勝ったら教えてやるよ。いずれにしろ、同じ依頼を受けた以上、食うか食われるかの世界だしな。天樹健三の息子さんよ」
錬は、悟った。
ブリードは、全てを知り尽くしている。
ブリードの前では、もはや言い逃れは出来ない。
「…それに、彼女を連れて行きゃ、マザーコアの替えになるっぽいしな。マザーコア用の魔法士は、どこでも不足しているし…ああ、そうだった、先日、マザーコアの替えになるはずだった二十人の魔法士が何者かにかっさらわれたから、ちょうどいい。
…来い、フィア。
そして、シティ・モスクワのマザーコアになりな」
とんでもないことをさらりと言った。
さらにブリードは、紳士的に手を差し出す。
だが、フィアは見て分かるように怯えて「ひっ」と喉をならした。
そしてもちろん、手を取るはずもなかった。
錬はフィアの前に立ちふさがり、凛とした表情で言った。
「フィアは渡さない」
こうなれば、もはや戦うしか道はない。
研究所の跡地で、戦いが始まった。
お互いの、大切なものの為に。
自分達の事をあれだけ調べつくしているブリードには、生半可な戦法は通用しない。
こちらの手を完全に読まれないうちに先制あるのみ。
そう思った錬の行動は、素早かった。
(『分子運動制御デーモン』常駐。『炎神』発動)
空気中の酸素に対して能力を働かせて炎を具現化させ、ブリード目掛け投げつける。
その炎を盾にして、錬本体も論理構造が書き込まれたナイフを携え突撃。
刹那の時間単位で、
(『運動係数制御デーモン常駐』運動能力を五倍、知覚能力を二十倍に定義)
同時に身体速度も上昇。周りの景色が流れるように後ろへと移動する。
案の定、ブリードはさっきと同じ手順で炎を打ち消すために、
(『氷使い』常駐。『氷剣』発動)
周りの空気中の水分を急速に冷却して一本の氷の剣を具現化し、振りかざす。
それに反応して、錬はナイフで斬り上げる。
鳴り響くは綺麗な金属音。
ぶつかり合うは二つの武器。
きらきらと舞う氷の結晶。
今のところは、力量はほぼ互角らしい。
ならば後の勝負の明暗を分けるのは、戦略しかない。いかに相手の裏をかくか、いかに相手を出し抜くか。無数に存在する選択肢同士のせめぎ合いにして読みあいにして後の無い死闘遊戯。
そして勝負をかけるのは、勝利を確信した時。
双方ともお互い十メートルの距離をとり、相手の出方を待つ。一対一の勝負なら、待ちも有効な戦術となる。
そしてこの場合、痺れを切らして冷静さを欠いたほうが、敗北とはいかないまでも圧倒的に不利になる。
ブリードは動かない。
錬も動かない。
ただ、お互いを睨みつけながらも、頭の中で戦術を組み立てている。この手が読まれたらあの手で、あの手が読まれたら次の手で。考えを止めている暇などあまりに無用。
現実時間にして永遠とも思える五秒が過ぎ、先に錬が行動を開始。
(『分子運動制御デーモン』常駐。『氷槍』発動)
三度、ブリード目掛けて氷の刃を飛ばし、
(『分子運動制御デーモン』。『炎神』発動)
そっくりそのまま、氷槍の中に熱量を戻す。
後に続くは、水蒸気爆発。
視界を防ぐほどの爆発と、聴覚を破壊しかねない爆音が、あたりに響く。
(『氷使い』常駐。『氷盾』発動)
ブリードのI−ブレインが告げるや否や、急速に冷却された空気中の水分が凝結を引き起こしてブリードの周りを氷の壁が包み、水蒸気爆発をまるっきり無効化する。
さらに、
(『氷使い』常駐『氷水』発動)
空気中の水分をある程度固化した液体窒素のようなものを具現化させ、錬めがけ飛ばす。
「!!」
何かが飛来するのを肉眼で確認した後に右方向へと飛翔して、すかさずそれを回避する錬。
飛来した液体窒素のようなものは壁にぶつかり、きれいな輝きをもつ鏡のようなものを作る。
否、それは完全に鏡だった。
きらきらと光る鏡のようなものに照らし出されて、その向こうの壁が驚くほどきれいに写っている。
見とれるのもそこそこに、錬が反撃する。あの能力がこっちに当たったら、その場に即席の氷像が一個完成するだろう。
右方向に五メートルほど跳躍し、空中で能力を発動する。
(『分子運動制御デーモン』常駐。『氷槍』発動)
(『分子運動制御デーモン』。『炎神』発動)
先ほどと同じ手段で、再び水蒸気爆発を作成。狙うは視界の悪さを利用しての突撃。背後の壁を蹴り、その勢いで錬は急降下してブリードに奇襲をかける。
キィンッ!!!
刃物同士がぶつかり合う音が戦場に響く。どうやら、攻撃を読まれたらしい。あの視界の中で攻撃を見切るとは、油断のならない相手だ。
反動を利用して錬は後方へと跳躍。刹那、水蒸気爆発の向こうから氷の槍が飛来するが、氷の槍があたるコンマ八秒前に錬は右側にある強化カーボンの壁を蹴り左斜め下に急降下。その動きで錬は氷の槍を回避する。氷の槍は錬の横わずか二センチを通りすぎていった。
「ち」
水蒸気爆発の向こうから、ブリードが舌打ちする。
成功だ。
水蒸気爆発で視界を悪くすれば、I−ブレインを使っても相手の位置を正確に捉えるのは難しくなる。その後に錬は千変万化の攻撃を可能とする戦法を取ることができる。勘と経験以外に絶対的な防御方法が存在しないのが、この戦法の最大の特徴である。
後は、そう――――――確率と統計の問題だ。
錬は勝機を見出せたと思った。
ある意味で、それは正しかった。
視界さえ悪くすれば、あちらからはこっちがどう来るかの予測を立てることが容易ではなくなる。ならばその隙を衝いて、一瞬の内に勝負を決められる!!!
…しかし同時に、今の錬の攻撃は、絶対たる失敗だった。
水蒸気爆発の効果範囲外にいる錬には、水蒸気爆発のせいで視界が悪くなるという事はない。I−ブレインで相手の位置を特定出来るからだ。
だが、相手の位置を特定できても、相手がどんなカウンター手段を持っているかまでは見切れない。もしかしたら、剣を構えて待っている可能性だってあるのだ。しかし、今の錬にはそれを考えている猶予は無かった。
錬がブリードに与えてしまった勝機は、まさにそれだった。
(ありがとよ…わざわざヒントを与えてくれて…)
心の中でブリードは呟く。
(『氷使い』常駐。『氷水』発動)
霧の中から、再び飛来する液体窒素。
錬に回避され、この戦場に二つ目のきらきらと光る鏡のようなものを作り出す。
(あとはっ!!!)
ブリードは霧の中を駆ける。錬に位置を悟られないようにするために。
(この辺か!!)
ブリードはそこから動かない。否、ブリードはそこにいなくてはならない。
理由はただ一つ、勝利の為に。
「見つけた!!」
これは錬の声。
水蒸気爆発による煙が晴れてくると、こちらに背を向けているブリードの姿があった。
隙あり。好機天来。
迷うことなく、錬はその背中にナイフを突き刺した。それでも、きちんと致命傷は避けている。
だが、錬が感じた出応えは、まるで金属を切るような感覚だった。
「なっ!!!」
そういえば、I−ブレインは目の前に熱量を感知していない。目の前の攻撃に気を取られすぎて、それが本物のブリードなのかどうかを確認するのを忘れていた。
そして初めて、錬は、ブリードが先ほど作った『きれいな輝きをもつ鏡のようなもの』に攻撃してしまったことに気がついた。
この視界の悪さでは、見間違えても仕方が無かった。
完全に錬のミスだった。
しかし、錬がそれに気づいたときはもう遅かった。
「こっちだ!!!…見えなかったろ、水蒸気爆発によるお手製光学素子がでかすぎてさ!!」
錬の後ろから襲いかかったブリードに、ノイズメーカーをはめられた。
「っ!!!」
首の裏側に何かが刺さるような感触。
(I−ブレイン起動率、二十五パーセントに低下)
抑揚の無い声で、I−ブレインが告げた。それは間違いなく、ノイズメーカーを刺された時の感触。
錬の体がびくりと痙攣する。
さらに、口元を何か白いガーゼが覆った。
それがクロロホルムであることに気づいた時には既に遅し。
フィア、ごめん…逃げて…。
その言葉を口にすることなく、錬の意識は、暗闇の奥底へと落ちていった。
「ふう、おしまいっと…あぶねぇあぶねぇ…」
戦闘で額にかいた汗をぬぐいながら、ブリードはフィアの方へ歩いていく。
…正直、錬は手ごわかった。世界最強の魔法士の肩書きも、伊達ではないということか。ブリードが視界の悪さを利用して錬を罠にはめなければ、負けていたかもしれなかった。
「来ないでください!!」
怯えた声でフィアに叫ばれた。フィアはいやいやをするように首を振りながら後ずさりする。だが、その背中が強化カーボンの壁にぶつかる。それすなわち、これ以上の後退は出来ないということだ。
「悪いけど、手荒な真似はしたくない。大人しくしててくれないか」
即座に、フィアは反対方向を向いて走り出した。
(『氷使い』常駐。『氷水』発動)
背後から、能力の発動を確認。
フィアの後ろから液体窒素のようなものが飛来し、唯一の出口を氷で閉ざした。
フィアは立ち止まった。
そして絶望した。
もう、逃げ道は無い。
こうなったら、同調能力を使うしかない。フィアとて、ブリードに捕まるわけにはいかない。
今のフィアは、七ヶ月前と違って、帰れる場所があるのだから。
優しい家族と仲間がいるのだから。
(錬さん…私は…戦います!!!)
決意を固め、フィアはブリードに近づく。
「ん、やっと堪忍したか」
安堵の息を衝いたブリードがそういった刹那、
(『同調能力』発動)
大きく深く息を吸い込み、フィアは天使の翼を部屋一杯に広げる。
闇色の空気を光で満たし、心の内に世界を取り込む。効果範囲を五メートルに設定。対象空間内の全存在情報をI−ブレインの記憶領域に転写。物質、空間、生物、無生物―――光の翼が空間を駆けていき、届く限りの全てを情報として脳内に再構築し、対象と自分の間に『完全なリンク』を確立する。
(『空間の同調支配』に成功)
たとえマイナス五十度の凍えた大気も秒速三十メートルの突風があっても、フィアが望めば、それは春のそよ風へとその姿を変える。
…決して、フィアの皮膚感覚がおかしくなっているわけではない。
数値演算によって動作を細かく定義された普通の魔法士の能力とは違い、全てを感覚のレベルで処理する『同調能力』のI−ブレインは複雑な命令を必要としない。大気運動の制御も重力の書き換えも、フィアにとっては指を動かすのと同じくらい簡単なこと。意のままにならないものは何一つ存在せず、あらゆる定義が互換の定義で認識できる。
ただし、あらゆる情報構造体を意のままにする同調能力も、決して万能というわけではない。人間や人工知能などの『高速で思考する物体』を取り込むには、それなりの脳内容量を必要とする。
通常の空間や無生物の存在情報ならほぼ無尽蔵に制御できるが、人間が相手ならたとえそれが魔法が使えない一般人でもせいぜい二十人が限度。その上、特殊なデバイスを使ってあらかじめ目標物を設定しておかないと、能力の効果範囲は自分を中心にした球状に広がってしまう。当然、敵だけを選んで支配するなんて器用なことも出来ない。
とどのつまり、人の密集地帯に対し下手にI−ブレインを起動すると、『同調能力』は周囲の人を無差別に取り込み、勝手に容量不足による機能停止を引き起こしてしまう。
『フィアの力は物凄く強いけど、同じくらい物凄く不器用だから気をつけてね』
そういって、黒髪の少年はいつもフィアの事を心配してくれるのだった。
今こそ、その心配の恩返しの時。
そして、フィアは天使の翼の力を解放し、ブリードの精神を自分の支配下に……………
…
……
………
…………
……………
………………
…………………
……………………置くことが、出来なかった。
「そんな…事って」
ありえない、という顔で、フィアの顔に怯えが浮かぶ。
そう、何故かブリードに対しアクセス出来ない。周囲の情報は確かにそこに人間がいることを示しているのに、いくら探っても何も見つからない。
論理構造の破綻にI−ブレインがエラーを起こし、同調支配が弱まる。
ブリードの精神に入れない。それどころか『同調能力』は、ブリードの存在を存在として認識してくれない。
どうして。
相手が魔法士である以上、精神を自分の支配下に置くことを防ぐ術は無いというのに。
「…ふ、相手が悪かったな」
フィアのその迷いの隙をつき、口元に笑みを浮かべたブリードが駆け出した。
「しまっ……」
気づいた時には遅かった。
首にノイズメーカーをかけられた上に、両手を無理矢理後ろに回され、いつの間にかブリードが手にしていた軟性ワイヤーで縛られた。
「…こういうのは趣味じゃないんだが、暴れられても困るからな」
続いて、軟性ワイヤーにより両足の自由が無くなった。というか、いうなれば達磨状態だ。
最後に、口にガムテープをはられ、助けも呼べなくなった。
「ん――――!!!んん―――――!!!」
当たり前だが、思い通りの声が出ない。
おもいっきり人さらいの場面の再現である。が、今のブリードにはそれを気にしている余裕は無かった。
「さて、問題は…」
そう言ってブリードは、眼下の錬を見下ろす。
「錬をどうするか…だよな」
正直、錬を殺したくはない。彼もまた、被害者なのだ。
だが、放って置けば、錬は必ずシティ・モスクワまで来るだろう。
フィアを取り戻すために。
そうなってしまっては、非常に拙い。折角手に入れたマザーコア用の魔法士であるフィアを手放すのは、ブリードとしてもシティ・モスクワとしても大問題だ。今はシティ・メルボルン辺りにいるはずのイル――――『幻影』が奪われた魔法士の子供達を取り返してくれるなら話はまた別かもしれないが――――ええい、これも『賢人会議』がマザーコアを奪うからだ。
「う〜ん、どうすっかな…」
しばらく考えて、
「よし!!こうしよう!!」
近くにあったボロ毛布を手に取り、それを錬にかぶせる。後はなるべく風の来ないところに錬を移動させる。こうすれば、少なくとも錬の凍死は避けられる。
後は錬のナイフを奪う。こうすれば、錬は武器無し状態になるから、こちらの危険性は減る。
いっそ、追いかけられないように手足を縛っておくというのも考えたが、こんなとこで死なれても流石に困るし、殺さずに済むなら殺さないで済ませたい。
それを見たフィアのエメラルドグリーンの瞳から、涙が零れた。
これでは、錬は来れない。
フィアを助けに来てくれない。
「よーし、行くぞ〜…ふう、今日はいい日だぜ。マザーコアの替えまで手に入ったしな」
『やり遂げた男の顔』のブリードは、片手で、身動きの取れないフィアを背負いながら部屋を後にし…ようとして、忘れていた事を思い出した。
唯一の出口を、フィアの脱走を防ぐために氷で…厳密には『氷水』で塞いでいたのだった。
「ま、いいか」
(『氷使い』常駐。『氷剣』発動)
刹那、氷の剣を具現化し、振りかざす。
鏡のような氷は粉々に砕け散り、後には綺麗な氷のかけらが舞を披露する。
続いて、
(『氷水』発動)
氷の壁を再度作る。上からはかすかな空気が来るから窒息の心配は無いし、魔法士ならノイズメーカーがついていても、体温調節くらいはできるはずだ。
そう思って、ブリードは研究所を後にし……ようとして、雨漏りに気づく。
しかし、その雨漏りは右肩にのみ集中している。
見ると、それはフィアの涙だった。
それはとめどなく流れ、止まるところを知らない。
その瞳を見て、すごく罪悪感に襲われたが、こっちだって生活がかかっている。
弱肉強食。これがこの世界の掟だ。弱いものは惨めな思いをするのも、また世界の心理だ。
「ああ、そうそう、何で俺にあんたの『同調能力』が効かなかったか、説明しとくよ」
フィアは、聞きたい。という表情を作った。
「俺は新種の魔法士『対同調能力者』」
次の言葉は、フィアを絶望させた。
「俺の能力『対同調能力者』は同調能力者に対するべく作られた存在だ。つまり、どれほどあがいても、お前は俺を『同調能力』の支配下に置く事は出来ないということだ。
何故俺がこんな能力を持って生まれてきたかは分からない…だが、その能力故に、お前にとって俺はイレギュラーな存在かつ天敵ということだ。『同調能力』は確かに強力だが、逆に言えばお前はそれ以外の能力を持たない。つまり、『同調能力』さえ封じてしまえば、後は成す術が無いのさ。
もちろん、『同調能力』に対抗するためのデバイスだって、作ろうと思えば作れる。だが、そいつだと『同調能力』の周波が違えば効果が無い…しかし、俺の能力『対同調能力者』にはそんなもの一切関係ねぇ。あらゆる『同調能力』の周波に対して即座に対応して『同調能力』を無効化出来るのさ…これが、全ての理由だ」
フィアの頭の中を、絶望が満たした。
これでは、勝機がまったく無い。
涙が、勢いを増した。
その瞳には、だんだんと遠くなっていく、フィアの大好きな人の姿があった。
「いや―――!!!いやいやいやいやいやいやいや――――!!!!!
れん――――――――!!!」
ガムテープのせいで、最高でもそれくらいしか喋れない。
錬は起きない。
その間にも、フィアは成すすべなく連行されていく…。
そして、
フライヤーの助手席にフィアを乗せ、ブリードは研究所を後にした。
―――【 口 は 災 い の 元 】―――
〜THE RESHUREI&SERISIA&RAZIERUT〜
総面積十六平方メートルの究室の大半を占める巨大なコンピュータのディスプレイに、大量の文字の羅列が表示されている。
夕食の手を休めて、ラジエルトは、レシュレイがシティ・ロンドンから盗んできたデータを見ていた。
「…やはり、あなたですか…先生」
ディスプレイに現れた、直筆の署名で表示された『アルフレッド・ウィッテン』の文字。ここ―――崩壊したシティ・メルボルンの地下都市のを含めて、此れで二つ目。
ラジエルトの師であるアルフレッド・ウィッテンが、何故こういう行動に出ているのかは、弟子であるラジエルトにも分からない。天才の思考ほど、理解しがたい物は無い。
「…で、後は『世界樹』と、『天樹錬』と『フィア』と…『龍使い』だと…!?」
『龍使い』の単語が出てきた途端、ラジエルトは深く考え込む。
「上空一万二千メートルの楽園の子供達が、地上へと降り立ったのは聞いていたが…まさか、こんなところにいるとは…」
アルフレッド・ウィッテンが上空一万二千メートルの楽園に封じた四人の『龍使い』。
確かあの四人は、あの『島』からは絶対に出られなかったはず…にもかかわらず、ここには『龍使い』ときっちり書かれている。いくらなんでも、ダミーの情報なわけではないだろう。
半年近く前に起こった、シティ・ニューデリーによる『島』への総攻撃。
あの時、『島』は完全に消滅したが、その際に、一人の男――――今や世界中の賞金首に追われるHunterPigeinのマスター『ヴァーミリオン・CD・ヘイズ』によって、一人だけ『龍使い』の少女が脱出できたらしいという情報があった。
「少女ということは…李芳美か
飛露蝶のどちらかだな…それらしい少女がいなかったかどうかをレシュレイに聞いてみる必要があるな…。
後は『世界樹』だが…エリザベートの失敗作である『世界樹』が、何故発芽したのか…ふむ、どうやらエドワード・ザインが絡んでいるようだな…、最も、当のエドワード・ザインは『世界樹』に取り込まれた…何という事だ…。
で、『天樹錬』か…黒髪に黒目の東洋人の少年。今のところ分かっているのは、依頼達成率百パーセントの便利屋であることと、複数の異なる系列の能力を操る特異なI−ブレインを有しているということ。
七ヶ月前のシティ・神戸崩壊事件にも関与したと噂される、おそらく世界で最高レベルの魔法士の一人――――通称『悪魔使い』。
…これは間違いなく、天樹健三が最後に作り上げた魔法士だろうな…。確かあの人は『魔術師』の開発にも勤しんでいたはずだが…どうやら、それは『天樹錬』では無いみたいだな…。
で、後は『フィア』か…確か彼女は…」
「ただいま―――!!!」
「おっと」
玄関の方向より、とてもよく聞きなれた声。
「帰ってきたか…まあ、この事はデータを全て見てから明日にでも話そう…今日はなんだかんだで遅いからな…」
強化カーボンの壁に立てかけられた時計は、とうに八時をまわっている。
「ふう…夕食作りの続きだな」
よっこらしょ、と掛け声一つ。ラジエルトは重い腰を上げた。
とりあえず、まだ解凍していない情報ファイルがあったが、後回しにする事にした。
「…ふむ、そんなことがあったのか」
夕食中、赤く腫れているレシュレイの頬を見て、買い物の最中に何があったのかを聞き出したラジエルトは、話を聞いて苦笑した。
ちなみに、その日の夕食はカレーである。
「…笑い事じゃないよ、父さん」
「そうです!!!レシュレイったら酷いんです!!!」
「あれは不可抗力だって言ってるじゃないか!!!」
「う…そ、そうだけど…」
「まあ、落ち着け」
ほっとくといつまでも口論しかねない二人を落ち着かせる。
「セリシア、レシュレイはお前を助けようとしたんだぞ」
「でも…」
「結果的には助かったんだ。レシュレイをその辺で許してやれ…それに、いずれにしろ、数年後にはもっとレベルの高い事をやるんだから、今のうちから慣れておいてもいいじゃないか」
「…え!?」
レシュレイとセリシアが、同時に唖然とした。
「いいか、もしそうなったらな、何よりも大切なのはムードだ。あ、もちろん基本は優しくな」
「いや、何の話だ?」
レシュレイが聞き返すが、ラジエルトは無視してさらに続ける。
「あ、後はな、最初は電気を消すんだ。じっくり見たい、という気持ちは分かるが、そこは我慢だ」
「え!?ええ!?な、なんか違う話に進んでませんか!?」
セリシアが困惑する。だが、ラジエルトはさらに続ける。
「おおっと、一番大事なことを忘れていた。押し倒したりしてはいけない。もちろんアレだ。双方合意の上ならば何の問題もないし、俺としても別に構わんというかむしろ歓迎する。で、その時はちゃんと避妊」
ずがっ!!
確か、そんな音がした。
瞬間的に、レシュレイはラジエルトの鳩尾に正拳突きを見舞っていた。もちろん、先ほどからのラジエルトの話のせいで、レシュレイの頬は赤く紅潮していた。
「み…見事…」
それだけを言って、ラジエルトは床に倒れ付した。
「ったくもう…って、セリシア!?」
ちょっとだけ痛む拳を抑えつつ、レシュレイはセリシアの方を振り向いた。
そこには、これ以上無いほどに顔を紅く紅潮させて、俯いている彼女の姿。
「おーい…何を考えてる?」
セリシアの目の前でひらひらと手を振ってみるが、反応無し。それどころかセリシアは「ひに…それって…」などと、ぼそぼそと呟いていた。
「おーい!帰ってこーい!」
セリシアが現実に戻るまで、その後三分くらいかかった。
―――【 賢 人 を 去 り し 者 達 】―――
〜THE NORTHUEL&ZEINESUT&SHARON〜
今いる場所は、シティ・ロンドンから東に僅か二十キロ。今は雪に埋もれてしまった森の只中に、この建物はあった。
戦前に軍が極秘に建造した、記録にも残らない小規模な実験施設の一つ。情報制御理論研究部の最高責任者であったエリザベート・ザインは、この場所を自分の私的な空間として利用していたらしい。
木々の間に隠れるように建てられた半球形の内部は僅か五部屋の狭いものだったが、その容積の殆どは書籍やデータディスクの保管庫で占められ、部屋の床という床には棚に収まりきらない資料がそこいらに山積みにされていた。
「…随分と荒れてるわね…エリザベート・ザインってよっぽどのずぼらだったのかしら」
金髪のお下げの少女、ノーテュエル・クライアントは、ふう、とため息を一つ衝く。
「だが、何者かが進入した形跡があるぞ…それも、つい最近の話みたいだ。この足跡、まだ新しい」
埃っぽい絨毯につけられた、まだ新しい足跡を睨むように見て、紅い髪の少年、ゼイネスト・サーバは、壁一面を覆い隠す本の山と格闘していた。
「…やっぱり、この前の『世界樹』暴走事件と関係があるに違いないなの…それに、ここ最近、オーストラリア――――崩壊したシティ・メルボルンの地下都市あたりで怪しい動きがあるし…世界は、私達が思っているよりも、ずっと妙な状態になってるなの」
適当な棚からディスクを抜き出そうとしていた茶髪のポニーテールの少女、シャロン・ベルセリウスは、ノーテュエルとゼイネストの方に振り返りながら言った。
その声は、外見年齢十六歳・製造年齢二歳とは思えぬほど幼かった。
ちなみに、ゼイネスト・サーバは外見年齢十七歳・製造年齢二年。ノーテュエル・クライアントに至っては、外見年齢十八歳・製造年齢六年である。
「…妙な動き…ていうとアレ?三ヵ月くらい前の、シティ・マサチューセッツでの騒動の話かしら?」
これはノーテュエル。
「おそらくそうだろうな。シティ・マサチューセッツ自治政府直属の魔法士開発機関『WBF』―――そこのエージェントがシティを裏切りテロに加担。あのFA−307と戦闘やらかして、最後には行方不明になったっていう、ファクトリー創立以来の醜聞だ…最も、俺達はそいつの名前が分かるがな…」
これはゼイネスト。
「あ、うん、確か『デュアル.NO33』っていう人なの」
「何でも、好きな子の為にFA−307と戦闘やらかしたって説が有力みたいだしね…あーあ、愛の力なんて、『デュアル.NO33』を見せ付けてくれるわよね…あーあ、私もあんな彼氏が欲しいなぁ…」
「ま、『賢人会議』の情報が正しければ、そうなるだろうな」
「厳密には私達は、『元』『賢人会議』だけどね。あんなとこにいつまでもいられないわ…何とか私たちで
『狂いし君への厄災』を消す手段を考えなくちゃ…そして、『賢人会議』に、絶対に復讐してやるわ…私達をこんな風にして生んだあいつらに…!!!」
ノーテュエルの心の奥底から、ふつふつとした怒りが沸いてきているのが、はたから見てもよく分かる。そして何よりも、シャロンとゼイネストの二人には、ノーテュエルが怒る理由が嫌というほど分かる。
その理由は至極簡単だ。
ノーテュエル・クライアント。
ゼイネスト・サーバ。
シャロン・ベルセリウス
この三人は、
同じ場所で生まれ、
同じ境遇で生きてきて、
つい先日『賢人会議』を脱走したのだから。
適当な棚からディスクを抜き出そうとしていたシャロンの目の前を、一枚の紙切れが舞った。
「ん?」
ノートか何かの切れ端と思しき小さな紙切れをゼイネストがキャッチ。長い文章の一部を切り取ったらしく、前後の文脈は全く分からない。
だが、なんとか解読してみた結果、こう書かれていた。
―――計画…大気制御衛星に偽装
…天樹にはウィッテンから連絡。アリスを―――
なんだこりゃ。
なにこれ。
なになの。
ゼイネスト・ノーテュエル・シャロンの三人による、三者三用の感想。
天樹とウィッテンについては分かる。天樹は天樹健三。ウィッテンはアルフレッド・ウィッテン。だが、アリスとは何者なのかが謎に残った。
そして、最も理解できない『大気制御衛星に偽装』という一文。
大気制御衛星というからには、南極と北極に一つずつ浮かんでいるあの衛星のことだと理解できて間違いないだろう。十二年前の暴走事故で世界中の空に遮光気体の雲をまき散らし、世界大戦の勃発の引き金を引いた、かつての人類繁栄の象徴。
問題は、その大気衛星に、何故『偽装』という単語がついているのかということ…。
「…で、この紙が振ってきた位置は…と」
ノーテュエルは視線を背後に巡らせる。紙切れの舞の始動点を逆算し、紙切れの山を見つける。
その背後に壁を発見。
「ったぁ―――――!!!」
ノーテュエルは気合の入った声を上げて、問答無用で紙切れの山をキックして崩す。
「…この後ろの壁、まだ新しいなの!!…もしかして、前にここに誰かが来てたの!?」
…その『来ていた人物』が、かの有名な『ヴァーミリオン・CD・ヘイズ』であるということを、この時点の三人が知るよしは無かった。
「斬!!!」
その後ろの壁はゼイネストが騎士剣『天王百七十二式』で一刀両断する。
その奥にあるさらなる部屋を発見。
で、そこで目的の物…正確にはファイル、を発見する。
それには、こう書かれていた。
―――世界樹育成における問題点について―――
「…なんだとぉっ!」
「嘘でしょっ!?」
「み、認めたくないなの!」
『世界樹育成における問題点について』を読んだ、ゼイネスト・ノーテュエル・シャロンの三人による、三者三用の感想。
ゼイネストは驚愕。ノーテュエルも驚愕、シャロンだけが半泣き状態。
そんな中、最も先に正気に戻ったのはノーテュエルだった。
「成程ね…だいたいの筋書きは読めたわ…多分、エドワード・ザインはこの事を知らなかった。だから世界樹の育成に取り掛かってしまい、その結果、『アルプス山脈の裾野』に『世界樹』というモノが出来てしまったということね…」
ゼイネストとシャロンは、そろって頷いた。
「世界樹…欠陥品だったなの…だからあんな事に…」
怯えを隠すことなくシャロンが呟いた。
その後も一時間ほど、三人は探し物を続けた。
「収穫は『世界樹育成における問題点について』か…まあ、世界情勢を知るにはいい情報だったわね」
これはノーテュエル。
「…だけど結局、『狂いし君への厄災』の削除方法は見つからなかったな…もしかしたらと思ってここまで来たんだが…駄目だったか」
ふう、と、ゼイネストはため息一つ。
「まあ、気にしないで次行きましょ!!次!!」
目的の物が見つからなかったのに、妙に元気なノーテュエル。
それが空元気であることを、ゼイネストとシャロンは分かっていた。
「…じゃあ、次はイギリスの研究所あたりにでも行こうなの」
だから、ちゃんとした返事を返してあげた。
これ以上、ノーテュエルを不安にさせないために。
「で、ノーテュエル。確かお前さっき『デュアル.NO33』みたいな彼氏欲しいって言ってたけど」
ゼイネストがここで一区切りして、
「そんなことやったら、その彼氏食われるからやめと…」
「シメる!!!」
ゼイネストの余計極まりない言葉で頭から湯気が出そうなほど怒りを露にしたノーテュエルが、ゼイネストに飛びかかった。
「来い!!」
即座にファイティングポーズをとって、ゼイネストは迅速に対応した。というより、これはもはや慣れの域だ。
「…この二人は…」
もはや定番ともいえるこの二人の行動に、シャロンはため息を衝いて壁に寄りかかり、二人の戦いを観戦することにした。
交わりあう拳。I−ブレインによる能力を使わないということは、本気でやりあっているというわけではない。
だが、当のシャロンにしてみれば、さわらぬ神に祟りなし状態だ。元より喧嘩など好まぬこの身。喧嘩など挑んだら即座に負けが見えている。
『狂いし君への厄災』
ノーテュエルのI−ブレインに埋め込まれた、忌わしき能力。
発動するとノーテュエル本人が、ほぼ全ての魔法士能力を無効化し、狂人のごとく、破壊と殺戮を繰り返す破壊神と化す。この能力は、戦闘中、神に匹敵する戦闘能力を発揮できる反面、いかに相手を残酷に殺すかということを、無意識のうちに主観に置くようになってしまうという、非常識なまでの能力。
それを消す事が、現状でのこの三人の目的――――――。
―――【 来 た る は 災 厄 】―――
〜THE SERISIA〜
「近頃、この崩壊したシティ・メルボルンの地下都市に人攫いが出るみたいだから、気をつけるんだぞ」
レシュレイにそう言われたのが、五分くらい前の事。
夕御飯の後、ちょっと涼しい風にあたりたくなったセリシアは、崩壊したシティ・メルボルンの地下都市のラジエルトの研究所の庭にいた。
玄関からは、おおよそ五メートル。何かあったら、すぐに家の中に駆けつけられる距離だ。
「ん―――…いい風。気持ちいいな…けど、ちょっと寒い」
頬を撫でるそよ風が、とても気持ちいい。
作り物の空に移る夜空は、本物と区別がつかないくらいに美しい。
闇夜がかもし出すものは、どことなく神秘的な雰囲気。
…と言っても、地熱発電プラントの細い電力供給によって運営されているこの町では、他のシティのような完璧な照明設備は整ってはいない。常時、街頭の明かりで無理矢理照らし出された薄暗い世界。気温も十度を超えることは無く、薄暗い大通りを一歩でも外に出れば、そこは漆黒の闇が支配する世界。そこらの路地で酔いつぶれれば、次の日の朝には見事に凍死死体の仲間入り。
あやういバランスの上にかろうじて成り立つ、黄昏色の夜の街。そういう意味では、ここも世界中に存在する多くの町と何一つ変わらない。
「…レシュレイに、謝らなくっちゃ…」
夜風にあたりながら、セリシアの口を衝いて出たのはその言葉。今のセリシアの顔には、罪悪感がありありと浮かんでいた。
あの後、よくよく考えてみれば、あの時レシュレイが助けてくれなければ、セリシアはもっと酷い大怪我を追っていたかもしれない。そう考えると、今でもぞっとする。…最も、事故とはいえセクハラまがいの事をされたという真実を許すわけにはいかないが。
だから、このすぐ後に家に戻って、すぐにレシュレイの所へと行って謝ろうと思った。
「…そろそろ帰らなくちゃ」
脳内時計が『午後九時九分』を告げた。
流石にこのままでいたら、下手すれば風邪を引いてしまうし、レシュレイ達にも心配をかけてしまう。最近このあたりに出没するらしい人攫いの噂もあり、油断は出来ない。
強化カーボンの床に手を付いて、セリシアは立ち上がる。
その瞬間、
空間が動いた。
「!!!」
背後よりいきなり襲い掛かる熱量。
セリシアが気がついたときには、全てが手遅れだった。
口に何か、白いものが当てられる。それがクロロホルムだと知った時には、セリシアの意識は深い闇の底へと落ちていった。
レシュレイ!!と、叫ぶ余裕も無かった。
「…遅い…」
セリシアが夜風に当たると言って、研究所を出たのが『午後九時二分』。で、今は『午後九時十三分』なのだから、既に十分以上が経っている。
「…迎えにいくか。夕方の件で、謝らなくてはいけないからな…」
あの時はあれしか方法が無かったとはいえ、流石に女性に対して失礼極まりない手段であった事に変わりは無い。客観的に考えても、こっちが謝る必要があるだろう。
…それにしても、おかしな位に静かである。
もしかしたら、あまりの気持ちよさに寝ているかもしれない。
そう考えて、レシュレイは玄関のドアを開けて、
その考えが、間違いだった事に気がついた。
桃色の髪の少女の姿は、忽然と掻き消えていた。
本来そこにいるべき彼女の姿の変わりにあったものは、
桃色の、セリシアの靴だった。
その後のレシュレイの反応は、素早かった。
何があったかを即座に理解して、ラジエルトを呼ぶ。
一瞬で状況を理解したラジエルトも血相を変えて、だが冷静に判断する。
「…こいつは、クロロホルムの匂い…」
かすかに残っている、眠気を誘う香り。
「何でだ…人が近づいた気配は無かったぞ!!!」
I−ブレインさえあれば、熱量感知で人が近づいた事くらい認識出来る。
「レシュレイ!!これを見ろ!!!」
玄関に設置してあるカメラに移っているのは、何も無い場所からいきなり現れた人間が、セリシアの口に何かをあてがったシーン。その直後にセリシアが眠りに落ちたところをみると、やはりクロロホルムが使われたという考えは間違っていないようだ。
さらに検証を続けた結果、微量ながらもヘリウムが確認された。
「…うかつだった…まさか、光学迷彩で様子を見つつも、気配を消して近づいてくるとは…!!」
ラジエルトの顔に、ありありと苦悩が浮かぶ。
おそらくこのヘリウムは、バッテリーと小型カメラと偏光迷彩と姿勢制御用モーターを搭載した強化ラバーの風船を膨らませるのに使われたのに間違いないだろう。偏光迷彩のランクはおそらく最高級品。どこぞの空族が使用したと言われる旧型や安物などとはレヴェルが違う。
「くそっ!!やっぱりレーダーを設置するべきだった!!!偏光迷彩で姿を消してくるっていう可能性は十二分にありえたのに、気づけなかった!!!」
歯噛みするレシュレイ。だが、ラジエルトは慌てることなく的確な指示を出す。
「レシュレイ!!熱源を追え!!偏光迷彩で犯人は姿を消せても、セリシアの熱源反応までは消せないはずだ!!」
「分かった!!」
(I−ブレイン、戦闘起動。運動係数を五十五倍、知覚係数を百十倍に定義)
抑揚の無い声で、I−ブレインがそれを告げる。
人生三十年と第三次世界大戦を生き抜いたラジエルトの判断力は、こういう時には絶対的に信頼が置ける。だからこそ、レシュレイもセリシアもこの父親を頼りにしているし信頼もしている。
ラジエルトの助言を胸にレシュレイは一歩を踏み出す。その一歩で、レシュレイは既に百メートルを駆け抜けていく。現実時間に換算すると、百メートルを約一秒と少しで走り抜ける計算だ。
世界が流転する。
ジェットコースターにでも乗っているかのように、世界が流れる。セリシアの熱源反応を目指して、あらゆるものを後ろへと後ろへと追いやり、レシュレイは突き進む。
「くっ…無事でいてくれ!!!セリシア!!」
その顔に、今までに感じた事の無い不安をありありと浮かべながら。
―――【 謎 の 少 年 】―――
〜THE ?????〜
桃色の髪の少女が、黒い外套を羽織った人物の体から出ている鞭のようなものに全身を絡めとられて、眠っている。
そして黒い外套を羽織った人物は、駆けている。
空を切るように、駆けている。
まるで、食い逃げのように。
「いや…この場合、もっと重い罪に比喩したほうがいいな…そうだなぁ、さしずめ『誘拐犯』ってところか…否、これでは真実だな。
…まあいい、真実だろうが虚言だろうが、どちらにせよ、オレに見つかった時点で、あれの未来は変わらない。
…ちょうど資金がやばかったんだ…賞金首さんよ…。
元より罪を持ちし者…第六法の下に千切れて消えろ」
漆黒の闇夜の仲、屋根の上にその人物はいた。
黒い髪の毛。フード付きの黒いスーツ。腰には二本の刀。
『剣』ではなく、あくまでも『刀』である。
闇夜のコントラストの中では、彼の肌のみが色栄えする。
「…ん」
蒼色の髪の少年が、世界を駆けていく。
「…ふむ、さしずめ、今の少女の彼氏といったところか…。
なら、ちょうどいい。
味方は多いほうがいい…彼と共同前線を結んでみるか…」
『彼』は、そのまま屋根の上から飛び降りた。そのまま音を立てないで、強化カーボンの地面に着地し、
(I−ブレイン、戦闘起動。『刹那未来予測サタン』簡易常駐。演算効率依然として変わらず。『運動係数変化』並行起動。運動係数を二十五倍、知覚係数を八十倍に定義)
五秒先までの未来を確率で予測。脳内コンピュータが『現実時間にして五秒後に黒い外套を羽織った人物がいると思われる地点』を可能性という名の情報の海から演算してコンマ二秒で割り出した。脳内コンピュータがはじき出した計算の結果は…ここから数キロ先の廃屋!!!
そして、通常の二十五倍の運動係数で、漆黒の『彼』は駆け出した。
今、この世界で彼の名を知る者は、殆どいない。
だからこそ、その正体を知れば、然るべき人物は驚くだろう。
『殺人嗜好者』
『魔法士の究極系』
『煉獄の処刑人』
『刹那の断罪人』
『第六法の具現者』
そ し て―――――――――『魔 術 師』!!!!!
彼の者の名は……………………『天 樹 論』!!!!!!!!
―――【 続 く 】―――
―――――【 お ま け 】―――――
レシュレイ
「どうもこんにちは!!こんばんわの人はこんばんわ!おはようございますの人はおはようございます!
本作にて主人公を勤めさせていただくレシュレイ・ゲートウェイです。
今回の物語では冒頭からいきなりシティ・ロンドンへと潜入してハッキングやったり、不慮の事故でセクハラまがいの事をしてしまったり、破廉恥な会話を繰り出す父さんに鉄拳制裁を喰らわしたりと、一貫性の無い行動をしております。(苦笑)」
セリシア
「そして私は、この物語のヒロインを勤めさせていただくセリシア・ピアツーピアといいます。ヒロインらしく清楚なキャラに設定されてるのに、使用する武器は何故か鎌。よろしくです(ぺこり)」
レシュレイ
「ふむ…しかしこのコーナー、何の意味があるんだ?」
セリシア
「本編が中々にシリアスな流れを汲んでるから、ここくらい羽目を外してもいいんじゃないかと思って、作者が作ったそうです」
レシュレイ
「そういうことなら…何する?」
セリシア
「私とレシュレイじゃ、真面目な会話ばっかりで、笑いに走った会話なんて出来ないのよね…ていうか、本編では何者かにさらわれた私がここにいることに、何で疑問を抱かないの?」
レシュレイ
「だってここは、いわゆるパラレルワールドに値する世界。すなわち、本編とは全く関係ない空間だから、こんな現象が起こっても不思議じゃないさ…本編の俺とこのコーナーの俺が別人だとでも考えればいい」
セリシア
「う〜ん、何か変だけど、気にしないでおきましょう…で、何しよう?レシュレイ」
レシュレイ
「そうだな…じゃ、料理の練習でもするか?」
ぴきっ。セリシアの顔が引きつる。
セリシア
「…な、何でここに来てまでお料理しなくちゃいけないんですか!?」
レシュレイ
「いや、だってセリシア、この前のお米がおか…」
セリシア
「嫌――――っ!!!それは言わないで!!!(ちょっと泣き)」
レシュレイ
「それに、服の修繕したら、指が…」
セリシア
「ダメ――――――っ!!そんなこと言わないでぇ!!!(半泣き)」
レシュレイ
「後は…そうだな…塩と砂糖を…」
セリシア
「それ以上言ったら、即座に本気で泣いちゃうから…(マジ泣き寸前)」
レシュレイ
「何!?それは困る!!!お、おいカメラ!!電源を切れ!!!(ちょっと混乱)」
セリシア
「カメラなんて無いです!!」
??????
「あるわよ――――」
レシュレイ
「あるのかよ!!!」
セリシア
「というか、貴女誰ですか!?」
??????
「ん、私はノーテュエル・クライアント。先行者さんのお気に入りキャラ二位よ。で、三位はゼイネストだったかな…。
で、管理人様はかつて、レシュレイ×セリシアへの愛が生まれつつあったらしいけど、今はどうなんだろ?」
セリシア
「わ、私とレシュレイ、公認カップル…!?」
レシュレイ
「な、何か照れくさいな…」
ノーテュエル
「…さて、お二人さんが照れてるとこ悪いけど、早速、私の目的を達成しますか」
セリシア
「目的って?」
ノーテュエル
「ずばり!!!先行者さんのお気に入りキャラ一位になること!!!」
レシュレイ
「あ、そうか…お前二位か…一位誰だっけ?」
ノーテュエル
「シャッ!!!」
セリシア
「きゃあ!!!な、何でいきなり襲い掛かるんですか!!」
ノーテュエル
「セリシア・ピアツーピア…私が先行者さんのお気に入りキャラ一位になるには、貴女の存在が一番邪魔なのよ!!!つーか一位は貴女なのよ!!!そして何より、私よりも胸がでかいし―――――っ!!!ああ、むかつく!!!」
セリシア
「えーと、この設定集によると、確か貴女のバストサイズは七十四センチでしたね…それに、全キャラ中最もナイムネだとか書いてありま…」
ぶちっ!!(キレた音)
ノーテュエル
「設定集見ながらいうな―――――っ!!!このバスト八十八のくせして―――っ!!!少しは私に分けろ――――――っ!!!!!」
セリシア
「いや――――っ!!!助けてレシュレイ!!!」
レシュレイ
「ああもう!!何でこうなるかな!!ていうか、そういうネタに走るか作者!!!」
怒れるナイチチ。鬼神咆哮ノーテュエル。
<こっちのコーナーも続く>