「―――つまりこれから、シティ・マサチューセッツのごく一部の人達と戦うの!?」
ピンク色に彩られた部屋の中、褐色の肌の少女が素っ頓狂な声を上げた。
「また物凄い驚きようだな……だがファンメイ、これは紛れもない真実だ」
褐色の肌の少女の名前を呼んだ人物―――リチャードは、いたって冷静な口調だ。
因みにこの人物は、つい今しがた『実に唐突だが、これからシティ・マサチューセッツのごく一部の連中と戦うことになった』という、普通に聞いたらとんでもないような事をあっさりと言ってのけたのだった。ファンメイが驚いたのもまさにそこである。
「で、でも先生、どうしてシティ・マサチューセッツのごく一部の人達が、わたし達と戦う事になるの?まず、そこからの説明が欲しいんだけど」
さっきまで驚いていたのは何処へやら、ファンメイはいつものファンメイに戻り、リチャードに問いを投げかける。
その横では、白人の少女が、僅かに顔を俯かせて黙り込んでいた。気のせいか、その顔には、僅かばかりの自責が見られる。
「…そういえば先生、まだファンメイには、全部話してないんだっけな…そろそろ話してもいいかもしれねーな。アルティミスが今までどんな風に生きてきて、どんな経緯を経て此処に居るのかって事をよ」
リチャードの横に座る赤髪の人物―――へイズが発言する。
「ふむ、我もそれには賛成だ。それに、これからの事を考えれば、この場に居合わせた者全てが、詳しい事情を知っていた方が言いだろう」
黒髪長髪の青年が、静かな口調でそう告げる。
彼の名はルーウェン・ファインディスア。ある意味では、この件を引き起こした張本人とも言える男だ。
因みにこの男、本来ならシティ・マサチューセッツの人間なのだが、リチャードの権限および手回しにより、特例としてシティ・ロンドンへの入国を許されている。因みにその理由は『故あって違うシティに住まざるを得なかった友人だ』となっている。
それは勿論、この場に居る白人の少女の事があるからに他ならない。今、この五人が偶然とはいえ組み合わせで出会えているのは、
尚、エドがいないのは、エドに負担をかけないようにという、ファンメイとリチャードの心遣いから、エドにはこの件を話す事はやめる方向に決まった為だ。それに、エドには『世界樹』の事もある。
間違っても仲間はずれとか、そういうのでは断じてない。エドに戦わせる事自体が反対だというのは、エドの事を知らないルーウェンを除いて、誰一人例外なく同じ意見だった。
「そうだな、じゃあルーウェン、お前に頼め…」
「待って…ください」
小さな声で、ルーウェンに全てを話すように促したヘイズの言葉を遮り、すくっ、と立ち上がったのは、この五人の中で最も背の低い白人の少女―――アルティミス・プレフィーリング。
「それは…アルティミスが、話すの。だって、これは、アルティミスの事…だから」
アルティミスのその顔は、いつもの泣き虫な少女の顔に比べると、ほんの少しだけ、凛としていた。
元々がかなりの童顔な上に、真紅色の大きな瞳も手伝って、アルティミスとしては凛とした顔でも、普通の人間のそれと比べると、ちっとも凛としているように見えない件については…本人の目の前では言ってはいけないだろう。
「――アルティミスがそう言うなら、我は止めない…他の者も異論は無いか?」
「…あー、アルティミスが自分から話すってんなら、オレも止める理由は無いぜ」
「ふむ、ここは彼女の意思を尊重しよう」
「アルティミスちゃんがそういうなら、わたしも止めないの。でも、ほんとにいいの?」
ヘイズ、リチャード、ファンメイの3人は、3人ともルーウェンの意見に対し肯定の意を返した。
「…大丈夫…見てて、ファンメイさん」
聞いていてあんまり大丈夫じゃなさそうな声だけど、それでも、アルティミスの声からは、確固たる意思が感じられた。
「…じゃあ、始めるの」
そしてアルティミスは、アルティミス自身がその目で見てきた事を語り始めた。
「―――もう、皆さんは知ってると思うけど、アルティミスは…シティ・マサチューセッツで…生まれたの。
目を覚ましてから暫くの間は培養層の中で過ごして、そしてある日、生まれて初めて、外に出たの。
外の空気は、培養層の羊水と比べると、冷たく感じたけど、だけど、それと同時に、アルティミスが新しい一歩を踏み出せたと思ったの アルティミスの周りにいた皆さんは、みんな優しくて、生まれてきてよかったって、思ってたの」
アルティミスは、そこで一旦言葉を区切る。その時のアルティミスの表情は、かすかな笑顔。だけどそれは、触れれば壊れてしまいそうな、そんな儚さを含んでいるように見えた。
「あの時は、本当に楽しかったの。
アルティミスの足で歩いて、何度も転んだけれど、痛みなんて感じなかったから、何回転んでも平気だったの。
シティ・マサチューセッツ内の限られた区域から出る事は禁止されていたけど、それでも、あの時のアルティミスは、それだけで十分だった。アルティミスは生まれた時から魔法士で『龍使い』だったけど、普通の人間の皆さんと、同じように生きていけると、信じて…た」
最後の『信じてた』の時に、アルティミスは僅かにつっかえた言い方をした。
それは、この後に出てくる言葉の想像を容易にさせる。
「…幸せは、長くは…続かなかった…の」
アルティミスの声に、悲しみの色が混じり始めた。
「ある日、アルティミスが戦えるかどうか…実戦テストが始まったの」
アルティミスの声が小さくなった。同時に、先ほどまでアルティミスの顔に浮かんでいた、触れれば壊れてしまいそうなかすかな笑顔に、徐々に闇が現れてきた。
「シティ・マサチューセッツの近くに住んでいる、あまりよくない人達を取り押さえる為の、お手伝いだって言われたの。
もちろん、アルティミスは反対したの…誰も傷つけたくなんて…なかった…から……実戦テストの人も、それならって事で、気絶させて来いって…言ったの。それ以上はどうにもならなくて、アルティミスは、もう、逃げられないって分かったの」
アルティミスの真紅色の瞳が、少しずつ潤んでいく。
ファンメイが「あ…」と声をあげた。
ルーウェンが無言で水色のタオルを持ってアルティミスの傍へと駆け寄り、「大丈夫か?無理はしなくていいんだ」と告げて、アルティミスの瞳に溜まった涙を拭う。
「はぅ」
ファンメイにとってはもはや聞きなれている小さな声。転んだとき、驚いたとき、そして泣いたとき、そのつどに彼女の口から発せられるその言葉が彼女の口癖なのだということは、この数週間でもうわかっていた。
それから十数秒かけて涙を吹き終えたルーウェンは、かすかに不安をよぎらせた表情で、座っていた場所へと戻る。公に口にこそ出さないが、やはりルーウェンも不安なのだ。
その背中へと向けて、アルティミスが「ルーウェンさん…ありがとう」と、少しの泣きと、心からの笑顔が混じった顔で、そう告げた。
ヘイズとリチャードは、その様子を無言で見守っていた。
「…え、えっと、じゃあ、続けます。
実戦テストは、成功したの。アルティミスは、誰も…殺さなくて…済んだ…の…」
その後に「ひっく…えぐ…」と、小さな嗚咽が続いた。
「でも、それでも、やっぱり、アルティミスは、すごく悲しくて、すごく苦しかった……もう…いやだった。アルティミスは…戦いたくなんてなかったのに…周りの皆さんは…戦え、戦えって言ってきた…」
完全に俯いたアルティミスの頬を、涙が幾筋も流れ始める。
「アルティミスちゃん、頑張って」
今度は、オレンジ色のタオルを持ったファンメイが、アルティミスの涙を拭う。
再び聞こえる「はぅ」という一声。
涙を拭き終えた後、アルティミスは「はい…ありがとう、ファンメイさん」と、泣き笑いの笑顔で答えた。
「…その後、みなさんで話し合った結果、アルティミスは戦わなくて済むようになったの。まだまだ戦うには、早すぎたって言われたの。でも、アルティミスからしたら、その方がよかった。だって、もう、誰も傷つけなくて済むから…けれど、ずっとそれが続いたわけじゃなかったの……」
ここでアルティミスは一呼吸置いて、話を続けた。
次に話したのは『賛成派』による一部の連中による、アルティミスの女性としての尊厳を奪おうとせんが為の行為の未遂…まぁ、ここでの詳しい説明は省かせてもらう。
その話を聞いた時に、最も憤慨したのは、同じ女性であるファンメイだった事は説明するまでもない。「今からそいつらぶっ飛ばしに行くから名前教えて!」と、憤怒の形相でアルティミスに詰め寄ってしまい、犯人どころかアルティミスを泣かせかけそうになった。
この話をしている時のアルティミスの口調は、とても暗かった………話の内容を考えれば至極当然。
「……もう、駄目かと思ったの。このまま、あの人達の好きにされちゃうと…思うと…何もかもが、真っ暗になってしまいそうだった」
暗い顔と泣きそうな声でここまで話を進めたアルティミスは、それまでとは一転してにこり、と微笑んで、続きを述べた。
「……でも、そんな時に、アルティミスの事を、助けてくれた人が居たの。それが…ルーウェンさんだった…そして、ルーウェンさん…言ってくれた。アルティミスを守ってくれるって」
そう言い終えた直後、俯いたアルティミスの頬が真っ赤に染まる。さらに、その視線は、間違いなくルーウェンへと向いている。
「ひゅぅ、やるねぇ、色男」
「茶化すな」
肘を突きながら放ったヘイズの冷やかしを、ルーウェンはその一言で一蹴した。
アルティミスも、はっ、と我に返り、とぎまぎしながら話の続きを始める。それでも、やっぱりその顔は赤いままだ。
「え、ええと、話を戻すの。その後、ルーウェンさんにおいしいホットケーキのある店に連れて行ってもらって、アルティミス、すごく嬉しかった。そして、ルーウェンさんなら信頼できるって、そう信じる事が出来たの」
「お、続いてはお惚気話か。意外と大胆なんだな」
「…だから、茶化すなと言っている。それともなんだ、自分にそういう話に縁がないが故の行動か?ヘイズ殿」
「―――ぐさっ…」
葉を見せた笑顔で、再び茶化そうとしたヘイズは、ルーウェンから思わぬカウンターを喰らい、図星をつかれたダメージから両手を地面についてうなだれる。さながらそれは、アルファベット三文字で表す「orz」の表現そのものだった。
そんな二人の様子を一通り見届けた後に、アルティミスは続ける。やっぱり、こういう話をしている以上、ルーウェンの反応が気になるのだろう。最も、当のルーウェンは、人前だからか違うのか分からないが、アルティミスの『そういう話』に対して、変に干渉するつもりは無いようだ。
「……でも、まだ、終わってなかったの……シティ・マサチューセッツが求めるのは、戦うための兵器。でも、アルティミスは戦うのが大嫌い…アルティミスは、知らないうちに、シティ・マサチューセッツの望む形と違う方向に育っていたって言われたの。
そして、ルーウェンさん達と敵対する人達は、アルティミスを……ころして……また、新しく『龍使い』を作ろうとしたの。だからルーウェンさん達は、その人達と決別したの―――そして、今に至るの」
全てを語り終えて、アルティミスは大きく息を吐いた。その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「…アルティミスちゃん。ほんとに大変だったのね」
そういうファンメイの瞳の端にも、小さな涙が光っていた。
今度はピンク色のタオルをもって、アルティミスへと歩んでいく。なにやらファンメイの役目がアルティミスの涙拭き要員となっているが、それについて突っ込む者は誰も居なかった。
「…しかし、やはり気に食わんな。自分の思い通りにならなければ殺してでも作り変えろ、か…シティ・マサチューセッツは、現存する全てのシティの中で、魔法士の人権が最も低いとは聞いていたが、それを差し引いてもそれは異常だ―――ヘイズ、お前もそう思うだろう」
リチャードは顎に手を当てて、その顔にかすかな苛立ちを募らせている。
「先生、聞くまでもねぇぜ……とりあえず、むかつくからぶっ飛ばす。協力は惜しまねぇぞ」
「…しかし、本当にいいのか?これは本来なら我ら…いや、我の戦いだ。それを、他のシティの住民であるあなた方まで巻き込む形になってしまった。これは完全に、我の不手際の招いた道だというのに」
「ごめん…なさい。皆さんを巻き込むつもりは…ほんとうになかったの…でも…でも…」
ルーウェンに続く形で、アルティミスもぺこりと頭を下げる。
「あー、もう!アルティミスちゃんもルーウェンも何も気にしなくていいの!
だって、アルティミスちゃんとわたし、お友達だもん。それなら、アルティミスさんのお友達であるルーウェンも、わたしにとってはお友達!これでいいの!いいって言ったらいいの!」
半ば強引にファンメイが叫んだ。その言葉に反応したかのようにアルティミスが顔を上げる。
「…お、お友達。アルティミスが、お友達……ほんとうに、お友達なんだ」
「―――いい友達を持ったな。アルティミス」
「うん!」
先ほどまでの泣き顔はどこへやら、ルーウェンへと向き直り、満面の笑みを浮かべてアルティミスは頷いた。
「…あー、後よ、正直、オレはこの件に関わってよかったって思ってる…オレ自身、あんまり言いたくないんだが…」
頭をぽりぽりとかきながら、ヘイズは少々口ごもる。
リチャードはそれだけでヘイズが何を言いたいのか察したらしく、すかさずフォローにまわった。
「なら私が代理で言おうと思うが…ヘイズ、それでいいか?」
「ああ、先生に任せとく」
「なら、私が代わりに説明しよう……ここだけの話で、他言無用で済ませてほしい話だが―――実はヘイズはな、かのアルフレッド・ウィッテンに作られた魔法士だ。そして、アルフレッド・ウィッテンといえば、世界で一番最初に『龍使い』を作り上げた魔法士……これだけいえば、分かるだろう?」
「アルフレッドだと!?俗に『三賢人』として世界に名高い科学者である、あの男の事か!?」
アルフレッドという単語を聞いたその瞬間、はっ、と驚きの表情をしたルーウェンが声をあげる。
「ああ『その』アルフレッドだ」
「そ、そんなこと、初めて知ったの…あ、で、でも、その…なんで、そんな重要な事を、アルティミスとルーウェンさんに教えてくれるの?」
横から、アルティミスがおずおずと、上目遣いで口を挟む。
するとリチャードは柔らかい笑みを浮かべて、こう答えた。
「なに、簡単な事だ―――お前さん達が信じるに値すると思っている。これでは不服か?」
「…いや、そう言われては、こちらとしては反論する術がないな」
肩を竦めながらも、苦笑を交えるルーウェン。
「では、納得してもらえたところで続きといこうか。
そして『龍使い』の基本プロットを考えたのも、アルフレッド・ウィッテンだ……こう言っては何だが、ヘイズとファンメイは、ある意味では兄妹だと取れなくもない。
アルティミスを作ったのはアルフレッドではないが、それでも『龍使い』であるなら―――いうなればヘイズにとっては『兄妹』……ではなく、この場合は『従妹』にあたる―――つまりは、そういう事だ」
リチャードの説明を聞いて、ルーウェンは、ほう、と息を漏らした。
「……信じられないが……なんという繋がりだ。世界というものはどこかで繋がりを持っていると聞いた事はあるが、まさか、こんな形での繋がりがあるとはな…つくづく、世の中には分からないことがあるものだ」
その次に放たれたルーウェンの声は、驚きに満ちていた。無理も無い。ルーウェンが関わっていた『龍使い』が、かの有名なアルフレッドの製作した魔法士と、知らぬ間に大きな接点をもっていたという事実は、たとえ偶然でも驚かないほうがおかしいというもの。
「…でもね、今ね、その繋がりがあってよかったなって、わたしは思ってる」
ファンメイのその言葉が出た刹那、何かを言おうとしたヘイズが言葉をとめた。ファンメイのこの発言を邪魔させてはいけないと、そう判断した為かもしれない。
「……だって、そうじゃなきゃ、わたし、アルティミスちゃんに出会えなかったもん」
そしてファンメイは、にっこりと、心からの笑みを浮かべる。
「……あ」
「だから、この出会いに、物凄く感謝してるの。この世界に『龍使い』って、もう、わたしだけしかいないと思ってたの。けど、違ったの。もう、ひとりぼっちじゃないの。それは、わたしだけじゃなくて、アルティミスちゃんにも言えることでしょ」
「……うん!」
ファンメイのその言葉に、アルティミスは頬を緩ませ、年相応の笑顔で答えた。
そんな光景を、微笑を浮かべて見つめながら、ルーウェンとリチャードは会話を進める。
「…では、最後に、シティ・ロンドンへ攻め入ってくる舞台についての対処法だが―――いずれにしろ、シティ・ロンドンをいらない戦闘に巻き込むわけにはいかない。だから、私の息のかかった戦闘部隊を連れて行く。理由は『シティ・ロンドン付近に賊が居た』とでも言えば十分だろう」
「先生…そんなんで大丈夫なのかよ」
「忘れたのかヘイズ、こう見えてもシティ・ロンドン内部ではかなりの高位についているんだぞ」
「リチャード殿、貴方は面白い方だな。さらに、それでいて聡明で度胸もある。住むシティさえ違わなければ、良き友として出会えていたかもしれない」
「おや、ルーウェン殿は口が上手いな。どうだ、今度、私と煙草でも吸いながら語らんか?」
「すまないがリチャード殿、我は煙草が苦手だ。故に、申し訳ないがその申し出は断らせていただこう…まぁ、酒なら話は別だが」
「おや、酒なら大丈夫なのか。なら安心するといい。私は酒も煙草もやるのでな。なら一杯といこうではないか」
「ああ、覚えておこう」
「…リチャード先生も…ルーウェンさんも…緊張感がないように見えるの」
その様子を見ていたアルティミスは、困った顔をしている。もうじきシティ・マサチューセッツの一部の連中が来ると分かっているのに、それにそぐわない態度を取っている二人に対して、僅かながらの不安を覚えたのだろう。
「違うよ、アルティミスちゃん。あれは大人の余裕ってやつよ」
「大人の…余裕?」
「そう、大人の余裕。リチャード先生はね、普段はおちゃらけているけど、その実、やる事はきちんとやる人なの。ヘイズもわたしも、それが分かっているから、今、こうしていられるの。それと…今更だけど、ルーウェン……でいいのかな?それとも、さん付けをしたほうがいいかな?」
一旦言葉をきり、ファンメイが問う。
「ルーウェンでいい。別に我に変に気を使う必要は無い」
ルーウェンと呼び捨てにする事をルーウェン本人が承諾したのを確認後、ファンメイは続ける。
「じゃあ、続けるね……ルーウェンは、アルティミスちゃんが見てきたとおりだと思うんだけど…どうかな?」
「え、えっと、る、ルーウェンさんは…な、なんでもこなす、素敵な人だと…お、思うの!」
アルティミスにしては珍しく、張り上げた声。ついでに、顔が僅かに赤い。
その言葉が間違いなく耳に入ったであろうルーウェンからは動きがないが、よくよく見ると、口元が僅かにむずがゆそうに動いているのが垣間見えた。
ルーウェンへは敢えて指摘をせず、ファンメイは「あはは、アルティミスちゃん、すごい気合入ってるね」と苦笑してから、続けた。
「そこまでルーウェンの事を信じてるなら、変に心配なんてしなくていいんじゃないかな。大丈夫だって思わなきゃ」
「……はい!」
さっきまで泣いていたのはどこへやら、アルティミスもまた、元気な声で、力強く頷いた。
ルーウェンはやはり無言を貫いていたが、その口元にかすかな笑みが浮かんでいた。そして、それを、ファンメイは見逃さなかった。
(…任されてるって分かって、嬉しいみたい)
敢えて本当の事を口に出さない青年に、ふと、ファンメイは、誰かの面影を覚えた。
それは、意地っ張りで、自分より背が低いけれど、誰よりもファンメイの近くにいてくれた、一人の男の子。
もちろん、その子とルーウェンでは似ているところなんてほぼ無いけれど、それでも、その『本当の事を口に出さない』という点に関してだけは、一瞬だけ、一人の男の子の影が重なって見えたのだった。
―――そして、数日後、ついにその時がやってきた。
戦闘要員は、リチャードの言うとおり、リチャードの手のかかった者達で構成された。
リチャードはシティ・ロンドンに対して『どうやら、シティ・ロンドンの付近で、なにやらよろしくない事を考えている者がいるらしい』といった旨の説明をした。
シティ・ロンドンの軍の人間も、リチャードの言う事なら信じられると判断したらしく、特に疑われる事もなく、事は進んだ。
雪で白く染まっているシティ・ロンドン付近、距離にしておおよそ1キロほど離れている地にて、ヘイズとルーウェンは、ちょっとした会話をしていた。
「……本当にいいのか?貴方まで戦おうとする必要は無いのだぞ?我とて魔法士だ。戦う為の能力なら保持できている。後は、リチャード殿が貸してくれた兵力さえあれば、ヅァギなどおそるるに足らない筈なのだが…」
ルーウェンの言葉に対し、ヘイズは首を左右に振って答えた。
「気にすんなっての。ここまで来て引き下がれねーし、オレとしてもそのヅァギとかいう奴の顔が気になるんだよ。後、リチャード先生の貸してくれた兵力なんだが…やっぱりよ、出来るならヅァギ達は俺達だけで片付けようぜ。一般兵士を危険な目に遭わせちまったら気がひけるしよ」
「それに関しては我も同感だ。だから、リチャード殿が貸してくれた兵力には、シティ・ロンドンの入り口付近を守ってくれとお願いしたのだろう。あれはあくまでも最終防衛線のようなものだ。要は、ヅァギがシティ・ロンドンに到着する前に、我らの手でヅァギを倒せればそれでいい。それだけだ。
それとヅァギの顔だが、是非とも一度見てみるといい。笑えるほどに『詐欺師』あるいは『ペテン師』を体現したような顔をしているからな」
ヅァギの事を口に出した際に、ルーウェンは少しばかり楽しそうな笑みを浮かべてそう言った。
「…にしても、お前の武器はいったい何なんだ?まさか、そのケースで敵を直接ぶん殴るってわけでもねーだろ?」
頭に疑問符を浮かべて、ヘイズが問う。
そう、ヘイズの言うとおり、ルーウェンは今、つい昨日まではヘイズらにとって見覚えの無い物を、その手に持っていた。
白を基調としており、形状は、例えるなら、トロンボーンという楽器を入れるケースに瓜二つ。
ヘイズの問いに対し、ルーウェンは率直に答えた。
「百聞は一見にしかず、さらに、態々隠す必要もない。それに、そろそろ戦闘態勢に入らねばならないとなれば、ここで明かしてもなんら問題はないな」
そういいながら、ルーウェンは白い地面にそのケースを置き、ぱかっと蓋を開く。
ケースの中にあったのは、群青色を基調とした、大きめの銃身の先端に太目の槍を装着した、ヘイズが今まで見てきたことのない兵器だった。
「……おい、この仰々しい武器はいったい何なんだ」
「グナーデン・パイルバンカー……一般的なパイルバンカーは巨大な金属槍を火薬や電磁力などにより高速射出し、敵の装甲を打ち抜く近接戦闘装備だ。純粋な質量弾を至近距離からぶつけ、敵に衝撃を与え、そして体を貫通し内部に損傷を与える使い方が主だ。だが、グナーデン・パイルバンカーには遠距離戦用の為に、遠距離まで小型の金属槍を飛ばす事が可能となっている―――以上だ」
「……いや、オレは淡々とした説明がほしかったわけじゃねーんだが……ま、まぁ、いいか。んじゃ、オレはそろそろ持ち場に戻るぜ」
ヘイズとしては、何故ルーウェンが『グナーデン・パイルバンカー』などという武器を使っているかを聞きたかったのだが、どうやら言葉の受け止められ方に語弊があったらしく、淡々と『グナーデン・パイルバンカー』の説明をされて、そのせいで頭を抱えていたヘイズだったが、時間が迫ってきたとなれば仕方がないと判断し、与えられた場所へと駆け足で戻っていった。
そして、ヘイズと一旦離れたルーウェンもまた、所定の位置についた。
兵力はそれで全て。ファンメイに戦わせるわけにはいかないし、アルティミスに戦わせるなど論外もいいところだ。
ちなみに、作戦開始の直前に、シティ・ロンドンには一人の『人形使い』がいるという話を聞かされたのだが、どうやらその人物は今、故あって戦えない状態にあるらしいので、戦闘参加は無理だという旨を、ルーウェンはリチャードを通して聞いた。
(さて…奴はどう来る?シティ・ロンドンには、絶対に入れさせるわけにはいかない。決着は、その前につけねばならん)
……シティ・ロンドンの税関を信じていない訳ではない。シティ・ロンドンの税関も、他のシティと同じくらいに強固である筈だ。
だが、ヅァギらが偽装IDを用いてシティ・ロンドンに入るという可能性も考えられる。それに、あの男なら、市民を平気で人質に取りかねないし、何より、どんな手段を使ってくるかが分からない。あの男は、勝つためなら手段を選ばないのだ。
危険予知が出来ない以上、その事態を起こさせないのが一番だ。
(最も、我の能力なら、我一人で奴等と鉢合わせても、奴等への時間稼ぎは十分にできる)
ルーウェンの心の中には、安堵感と自信が同時に浮かんでいた。
そこまで考えた刹那、こつん、と音がした。
「―――誰だ!」
「…ちぃっ!みつかったか!」
(この耳障りな声は……全く、どうしてこうなるのか――まぁ、いずれにせよヅァギとは戦わなくてはならなかったところだ。それに、不安要素は早めに排除しておくに限る)
心の声と共に、ルーウェンは振り返る。
雪で真っ白に染まった岩の影から姿を現した声の主は、ルーウェンがよく知る顔だった。
「…意外だな、まさか貴様が直接出てくるとは。てっきり、後方でふんぞり返って部下達をこき使っているものとばかり思っていたのだが…解雇がかかって、土壇場でやけっぱちの作戦に出てきたか」
ちっ、と軽く舌打ちをし、ルーウェンは相手に対しあからさまに嫌そうな顔を向ける。
目の前にいるのは、長く伸びた髭を先端で丸め、まさにペテン師という言葉を体現した容姿の男――ヅァギ。
「おやおや、このワタクシの事をよりにもよって『貴様』などとお呼びになられますかルーウェン殿。元々は同じシティ・マサチューセッツの人間であったというのに…。そして、今、ワタクシ達はこうして対峙しているという訳ですな…ふむん、素晴らしい、実に素晴らしい展開ですぞルーウェン殿。
正直、ワタクシはあなたが大嫌いでしてね。常々、こうして、都合よく戦える場面が来ないか来ないかと思っていたのですが…ううん、こうも早く来てくれるとは予想外でしたよ。そして、チャンスが来てくれたからには、ワタクシはチャンスを逃さない……ここでケリをつけるだけだっ!」
「奇遇だな。我も貴様の事が死ぬほど嫌いでな。ならばもう、ここで決着をつけようではないか。後顧の憂いは絶てる内に絶っておかねばなるまい。さて、解雇直前のヅァギ殿はどういう手段で来るのかな?」
最後の一言は、思いっきり嫌味を込めた口調で吐き捨てておいた。刹那、ヅァギは、酒を一気飲みした時の人間よりもさらに顔を赤くした。
「こ…こ…こ…このワタクシを此処までコケにするとは何たる事かっ!だがしかし、そのような大口を叩いていられるのも今のうち!このワタクシをあまりなめないほうがよろしいですぞ!」
悔しそうに地団駄を踏んだヅァギは、地団駄を踏みながら、捻りも何も無い捨て台詞を吐く。どうやら、先ほどのルーウェンの言葉がよっぽどこたえたらしい。
「…能書きはいい。来るなら来ればいい」
「言われなくともそうしてやりますとも!」
―――そして、戦いが、始まった。
【 続 く 】
―――コメント―――
この物語を1話目から今まで振り返ってみると、アルティミスが泣きすぎな気がする…。
全キャラ中一番の泣き虫設定がついているとはいえ、ちょっと多かったかも。
生まれて育った環境のせいもあるかもしれませんが、15歳ってこんなに泣いていいのかなぁ?
正直、その辺の判断が結構難しいです。
さて、いよいよ戦闘が始まりました―――まぁ、1,2話くらいで決着をつける予定ですが。
小規模な戦いですし、双方とも短期決戦を望んでいる状態でもありますし、何より、戦い重視の物語ではないですから。
それでは、また次回に。
画龍点せー異