少女達は明日へと歩む
〜Current flow 〜




















―――ここで、時は少しさかのぼる―――



















ルーウェンはシティ・マサチューセッツの軍に在住する身でありながらも、外部の、それも空賊という輩に依頼を申し込んだ。

基本的に物事を慎重に片付けようとしていて、今までそのような行動を起こさなかったルーウェンだったが、機転というべきものが訪れ、先日の出来事が起爆剤となり、ルーウェンに行動をおこさせた。

そしてルーウェンは答えを出す。あのような事があった以上、シティ・マサチューセッツにアルティミスをおいてなどおけない。それに、おそらく近い内に『反対派』は動き出す―――と。だから、作戦には慎重を要する必要があった。

勿論、最初は誰に頼むかで迷った。

依頼達成率などを考慮し、かの有名な『悪魔使い』に頼もうかとも思ったが、いかんせん『悪魔使い』はその時は別な仕事を請け負っていたようだ。

時期をずらして頼む事が出来る依頼ではなかったので、今回は『悪魔使い』に頼むのはパス、という流れになった。

その後は、持てるだけの情報を駆使して、やっと一人、依頼をする事が出来そうな人物が見つかった。所属不明の空賊―――ヴァーミリオン・CD・ヘイズだ。

その判断は正しかったと、後にルーウェンは思う。いざ会ってみて分かったのだが、『Hunterpigeon』のマスターであるヴァーミリオン・CD・ヘイズは、思っていたよりずっと話の分かる男だった。

アルティミスが『龍使い』だと明かした時点で、全てを理解してくれたのだろう。

そう、アルティミスをシティ・ロンドンに送る為の最大の理由はアルティミスの身の安全に他ならない。

―――即ち、ヘイズに説明したマザーコアなどというくだりは、完全なる嘘偽りだ。但し、この事はいつか絶対に謝らなくてはならないと、ルーウェンは心の中で決めていた。












…さて、ここで一つ、説明する必要のある事柄がある。

それは、どうしてルーウェンが、シティ・ロンドンに『龍使い』がいるのかという事実を知っているのか、という事だ。

シティ・モスクワについての『龍使いの情報』の件なら、スパイを送ってあったという事で合点のいくものである。だが、シティ・ロンドンに逃れた『龍使い』の情報はシティ・ロンドンの最重要事項で、決して外部に漏れる事があってはならない類の情報のはず…にも関わらず、ルーウェンは『それ』を知っていた。

然しながら、それを知る事が出来たのは本当に偶然だった。

通る道を一つでも間違えば、決して出会うことのなかったであろう希望。人生における無数のルートの中から幸運にも引き当てた奇跡。

事の始まりは、2198年6月8日。シティ・モスクワによる『島』の攻撃の日。

その時点で既にシティ・マサチューセッツ側のスパイは、シティ・モスクワに進入していた。そのメンバーの中には『賛成派』の一人である、中年の男性を選別し、送り込んでいたのである。勿論身分はシティ・ニューデリーの者だという偽りをつけて、である。

因みに、入国の際の偽造IDなどの問題に関しては、『そういった技術』に関して詳しい者がいたので、全くもって心配は要らなかった。

その時、偶然にも、中年の男性は見たのだ―――FWeyeの解析データによる『脱出者』の中に、翼の少女の姿を。

その翼の少女は、空に浮かんでいた『島』で育成された実験サンプルである可能性が極めて高いとされた。加えて、『ヘイズ』なる人物と共にシティ北京付近に現れた、という目撃情報も入手できた。

当然ながら、中年の男には、翼の少女の正体が一瞬で理解できた。事前に『龍使い』の情報を持っていて、かつ、シティ・マサチューセッツ内部でいつも『龍使い』を見ていた為である。

中年の男は直ぐにシティ・マサチューセッツに戻り、ルーウェンにその旨を伝えてくれた。

当然ながらルーウェンとしては非常に嬉しい情報でもあったし、それは希望への道筋の現われでもあった。














そしてルーウェンは、そのヘイズという男の詳しい所在を血眼になって探した。

データベースの類を最大限に利用したのはもちろんの事で、あちらこちらのシティに刺客を数名ずつ送り、調べさせたりもした。

おおよそ三ヶ月ほどかかって、やっと一つの手がかりを手に入れた。

シティ・ロンドンにて、降り注ぐ雨の中で、ふらふらと歩く翼の少女の姿を見かけたという報告が入ったのだ。その担当は勿論、先にシティ・モスクワで翼の少女の姿を見た中年の男性だった。

尚、万が一の可能性ではあるが、シティ・モスクワで彼の顔を知っている者がいて、そいつがシティ・ロンドンにいるかもしれないという可能性は当然の事ながら危惧してあったので、今度は髪を染めたりなど、体の一部にシティ・モスクワの時とは違う要素を持たせた。

ここでとってつけたような話だが、その中年男性は一時期ではあるが、日本に伝わる文化の一つ『ニンジャ』という物に対して強い興味を持っており、その中でも『変装』という術が最も好きだったらしい。

当然ながらその『変装』という道に対しての勉強や訓練も行っており、最終的には一流とまではいかないものの、それなりに詳しい者でなければばれないような変装の術を身につけていた。それが、今回のシティ・ロンドンでの仕事で役に立った。

「人生なんて本当に何が起こるか分からないものだな」と、後に中年男性は語っている。

その後、その少女は、また別な金髪の少女に連れられてどこかに行った、と、ルーウェンに報告が入った。

それ以降も中年男性はさらに捜査を続け、結果、翼の少女は間違いなく『龍使い』であり、シティ・ロンドン内部で『黒の水』に関する症状を克服する為に生きていて、シティ・ロンドン内部でその為の研究が行われているという事まで知った。

但し、その頃にはそこまで深く入り込んだ中年男性に対し疑念の眼差しを向けるものも居た為に、捜査をそこで打ち切る。よって『最も重要な事項』にまで辿りつく事は出来なかった。

因みに、中年男性に対して最も鋭い目線を送っていた人物が、かのリチャード・ペンウッドである。

もう少し滞在していたらばれたかもしれない、と、後に中年の男は語っていた。












さて、次は、どうしてあのような形でアルティミスが送られてきたのか。という事についての説明が必要となる。

中年男性の報告から、ルーウェン達はアルティミスの避難先をシティ・ロンドンへと定めた。

何故なら、シティ・ロンドン内部では『龍使い』を匿っている。そこにヘイズからさらに『龍使い』が送られてきても、不信感を持つ者はそうそういないだろうし、何より、中年男の報告から、リチャード氏は信頼できる人物だという事も明確にされている。だから、アルティミスをシティ・ロンドンにさえ送ってしまえば、当面は安心できるということだ。

さて、そうなると、一つの問題が残るわけである。

それは、如何にしてヅァギの裏をかくか、である。散々言われているとおり、ヅァギは狡猾な男であり、加えて、厄介な事にそういう事態の流れを察するのが非常に鋭い。

ただ、ヅァギ本人曰く、『大戦中はワタクシなんぞよりもっともっと卑怯な輩なんて吐いて捨てるほどおりましたがね』との事らしいが…そんな事はルーウェンにとっては知った事では無いので、脳内に止めておきながらも、その話に関しては殆ど触れないでおく事にした。

この段階にいたり『賛成派』は会議の中で様々な提案をした、が、どれもヅァギの裏をかくには足りなそうなものばかりしか出てこないのが現状だった。最も『ヅァギの裏をかく』のボーダーラインすら分からないのだから、どこまでの案なら合格になるのかすら分からない。

そんな中、一人の青年が一つの案を出す。

昔『棺桶の中に生きた人間を入れて国外に逃亡させるお話』があった―――と、彼は言っていた。

つまりは、そういう事。荷物に偽装しての、アルティミスのシティ外逃亡劇。勿論、ルーウェンが運び役を担う事となる。

理由は二つ。先ず、ルーウェンほどの地位を持っているならば、他のシティに対して用事を言いつけられる事もある(勿論、真っ当な用事なわけがなく、大方がスパイ的行動をしてこいという命令)というのが一点。

そして、アルティミスが最も心を開いているのがルーウェンであって、さらにルーウェンが魔法士だというのがもう一点。そもそも『賛成派』からしてみれば、自分達以外の者にアルティミスを任せるなど出来る訳がないのは明確だから、だ。

勿論、素っ頓狂で唐突で意外すぎるその意見に対し、最初は反論ばかりが出た。だが、逆に考えてしまえば、今ではほぼ間違いなく使われない手段であるがゆえに『反対派』裏をかける…そういう意見もあった。

然しながら時間も無くなってきていたし、他にいい案も出なかったので、一部にとっては非常に不本意だっただろうが、そういう訳で、作戦は決まったのだった。

だがそれでも、ルーウェンには一抹の不安があった。寧ろ、先の案において不本意な感情を持っていたのはルーウェンとて同じだったからだ。

それは、15歳の少女を箱詰めにする事に他ならない。そのような窮屈な環境を提供する事に対して、ルーウェンは踏みきることが出来なかった。

長い間結論を出せず、散々躊躇った。

だが、それ以外に有効な手段も思いつかず、いざ覚悟を決めて、ルーウェンはアルティミスに話を切り出す。

その話を聞いた直後、アルティミスは小さく俯いてうんうんと考え込んでしまったが、数分の時が経過すると、雪のように白い色の顔を上げて、小さくにっこりと微笑んで「…はい、ルーウェンさんが一緒なら、だいじょうぶ」と告げた。
















(―――この顔には、我は一生勝てないな)

ふ、と小さく息をついて、ルーウェンは頭の中でそんな事を考えた。




















移動の手段としては、シティ間を繋ぐ高速輸送船を利用した。

高速輸送船のその役割は、主に別々のシティに住む者達が一箇所に集まる為に使用される。或いはシティ同士で何か交換したいものがある時にも使われたりする。

短時間で長距離を移動する為に利用者が多大な数に上る事はとうの昔に予想されており、高速輸送船の開通と同時に規制がかけられており、。

その『シティ同士で交換したいもの』の類にマザーコアがあるのは言うまでもないだろう。現存する六つのシティの中でも、シティ・マサチューセッツはマザーコア体制に対し賛成的なほうだ。その為、マザーコア輸送の為に高速輸送船を使う事も少なくない。

そしてルーウェンはシティ・マサチューセッツの人間…とくれば、知らない者から疑われる余地など殆ど無いだろう。











シティ・マサチューセッツからシティ・ロンドンまでかかる時間は、おおよそ三時間ほど。

安全の為に、完全防音の客用の個室を取った。

乗り込み時に、乗務員がその大きすぎる鞄を見て驚いたが、無理も無い事だっただろう。

とりあえず誤解の無いように、加えて、鞄の中にアルティミスがいる事が悟られないような、そんな説明をしておこうと判断。よって「万が一、高速輸送船が止まった時の際の為の物が入っている」とだけ言っておいた。

当然ながら乗務員はきょとんとしていたが、まあ、気にしない事にした。









がちゃり、と扉の鍵を閉めて、ルーウェンがぱかり、と鞄の蓋を開けると、緊張したのかがちがちに固まっている状態のアルティミスの姿が目に入った。

自然と、口の端に浮かぶ笑み。

「…あ、ルーウェンさん」

アルティミスが身を起こす。特に身体に損傷は無いようだ。それを確認すると安心する。

「大丈夫だったか?アルティミス」

僅かに顔が紅潮したアルティミスがこくんと小さく頷く。

「…はぅ、ちょっと苦しかったけど、でも、全然、だいじょうぶ」

もそもそ、と、鞄の中から這い出して、鞄の中にある靴を履いて、アルティミスは室内の強化カーボンの床に立つ。

細い足を動かして2.3回ほど強化カーボンの床を踏みしめた後、アルティミスはルーウェンの顔を見上げる。

「あ、そうだったな」

はたと気づき、ルーウェンは静かに腰を下ろし、アルティミスの目線と同じくらいの位置までしゃがむ。

アルティミスの身長は142cm、ルーウェンの身長が179cmである事を考えると、どうしてもアルティミスがルーウェンの顔を見上げる形になってしまうのだ。

「あ、ルーウェンさんのお顔、近い」

ぱっ、と、花が咲いたかのように、アルティミスの顔が明るいものになる。そのアルティミスの顔を見た瞬間、ルーウェンの中にあった決意が脳裏に浮かんだ。

(―――そうだ。我はこの子を、この子の笑顔を守りたいから、今、こうやって頑張っている)













シティ・ロンドンに到着するまでの三時間の間、まるで閉鎖空間のような船室の中で二人はひたすらに会話を続けた。世代と立場の違いから、共通の話題を見つけ出すのは難しい事だったので、世代を問わずに話せそうな会話が中心となった。

二人とも『賛成派』と『反対派』云々の話は極力出さないように心がけながら、普段の生活を題材にした話題を語り合っていた。

特に盛り上がったのは、この前のホットケーキのお話だった。

「あの時のホットケーキ、本当においしかった…。思い出すと、また食べたくなってくるの…」

両の頬に両手を当てて、うっとりとした顔でアルティミスは語る。

「そこまで喜んで貰えたのなら、我としては本望だ。如何せん、女性の好きそうな食べ物というのは分からなかったから、色々と調べてみて、その結果、ホットケーキが一番いいのではないのか、という結論に何とか至る事は出来たが…どうやら、それは正解だったようだ」

「はい」

今度は小さくはにかんだ笑みを浮かべる。

言葉こそ少ないが、それだけでもアルティミスの心情は十分に理解できた。

最も、アルティミスがこんな風に表情を変えるのは、目の前に信頼している人物がいるからこそであり、知らない人間の前ではいたって頑なな態度を崩せないのが普通だった。

その後に色々と

「と、ところで、聞きたいのですけれど…」

話が途切れた時に、アルティミスがおずおずとした様子で問いを投げかけてきた。

「ん?どうした?」

何気なしに答えるルーウェン。すると、アルティミスは数秒ほど、なにやら口をもごもごさせる。まるで、言うべきか言わないべきか迷うように。

だが、現実時間にして六秒がたとうとした所で決心がついたらしく、小さくて消え入りそうな声で、そう告げた。











「る、ルーウェンさんって…今、好きなひと……います?」












…沈黙が、世界を支配した。

互いに何もいえないまま、時計が一秒ずつ、確実に時を刻んでいく。

アルティミスは顔を思いっきり俯かせた状態で、ルーウェンは黙りこくってしまった。

「…その質問の意図が分かりかねるが、とりあえず分かる事から答えるぞ」

3秒後、なんだか自分でも何を言っているのか良く分からないような、そんな妙な感覚にさいなまれながらも、ルーウェンは続けて言葉を紡ぐ。ルーウェンが言葉を発している間、アルティミスがぎゅっと拳を握り締めていたのが、

「…少なくとも、今のところは我にそんな人はいない、とだけしかいえないな」

その言葉をいい終えた途端、アルティミスが小さく「ほっ…」と息をついて、肩を撫で下ろした様子が目に入った。

そんなアルティミスの姿を見て、ふと、ルーウェンの脳裏に『とある考え』が浮かんだ。

(……いや、まさかな……)

そこまで考えたものの、ルーウェンは頭を振ってその考えを打ち消した。そもそも、ルーウェンとアルティミスでは外見年齢が離れすぎている。だから、その可能性は無いだろうと、そう思うことにした。















そして、一時の別れの時がやってくる。

高速輸送船のアナウンスが、シティ・ロンドン到着の旨を告げたのだ。

「さて」と言ってルーウェンが立ち上がる。

「…もう、こんな時間なのか。
 アルティミス、申し訳ないのだが、そろそろ準備をしてくれな…」

「…うう、で、でも…」

ルーウェンの言葉が途中で止まる。その原因は、ルーウェンを見るアルティミスの顔が不安一色に染まっていたからだ。

勿論ルーウェンとしても、こうなる事は予測の上だった。当のアルティミスからしてみれば、今まで一度も見たことも、足を踏み入れた事のない場所に、いきなり一人っきりで送り出されるのである。怖がらないほうが無理というものだ。

しかし、今はそんな悠長な事を言っていられる場合ではない。賽はとうの昔に投げられた。もう、引き返す事はままならない。

すうっ、と小さく息を吸って、ルーウェンは『優しい口調で喋ろう』と心に言い聞かせ、口を開いた。

「…やはり、そうだな。
 だけど、もう此処まで来てしまったんだ。今更後戻りも出来ない。お願いだから、だだをこねないでくれ…」

「……で、でも、やっぱり、この時が来ちゃうと…怖いの」

うるうるした瞳がルーウェンの顔を見上げている。

「…気にするな。
 シティ・ロンドンには、アルティミス以外で唯一現存する『龍使い』がいるって言っただろう。だから、アルティミスを其処に送ろうと思ったんだ。
 …アルティミスに『友達』を作ってあげたくてな」

「…お友…達?アルティミスに…お友達?」

『友達』という単語を聞いて、アルティミスの声に僅かながら感情がこもる。

「ああ、そうだ。
 なんとか得ることの出来た情報によると、元気で活発で、人を疑う事を知らないような天真爛漫な少女…という事らしい。だから、きっと悪い事は無いはずだ。その子なら間違いなく、アルティミスにとっていい友達になってくれると思う。
 ――――さぁ、もう時間だ……そう悲しい顔をしなくてもいい。近い内にまた会える。いや、我が絶対に会いに行く。これだけは、命に代えても約束する。だから今、この時だけ、ほんの少し…そう、ほんの少し、我慢してくれればいい」

「………」

それを聞いても尚、未だアルティミスの瞳には戸惑いの色が濃かった。

『やっぱり嫌』と言いたげに、ルーウェンの事を上目使いにじっ、と見つめるアルティミスだったが、そのまま一分ほど経過した時に変化が起きた。

目を瞑り、ふるふる、と小さく首を振って、再び目を開き、ルーウェンの事を真っ直ぐに見つめる。その瞳に、先ほどまであった戸惑いの
色は、完全には消えてないけれど、

「…うん、ルーウェンさんは…絶対に来るって…約束…してくれた。
 だから、アルティミスも我慢するの…」

こくん、と、笑顔で頷いた。

こうしていても状況が変わるわけが無い、というのと、ルーウェンが困っているというのを察してくれたのだろう。

「…ありがとう。分かってくれて。
 さぁ、もう本当に時間が無い。少しの間、鞄の中に入って」

「……」

アルティミスは再びこくん、と頷き、自分用に作られた鞄の中に横になって、目を瞑った。鞄の内部は、アルティミスの身体に負担をかけないように設計されている。
 
ルーウェンは鞄の蓋をパタンとしめて、がちゃり、と鍵をかける。

それと同時に、中から「…でも、やっぱり怖い…」という声が小さく聞こえた。

鞄を開けてあげたい衝動に駆られたが、ルーウェンは喉から「くっ」という声を出し、ぎりり、と音がするまで歯を食いしばり、蓋を開けてあげたいという感情に逆らい、任務の遂行に徹した。

















その後、偽造IDを使用してシティ・ロンドン内部に入り、予め手回しをしておいた運び屋に大きな鞄を手渡した後に、ルーウェンは即座にシティ・マサチューセッツに戻り、何事も無いかのように過ごしていた。

この事はルーウェン達だけで決めた事であり、裏切り者などいない筈だと、そう信じたかった。













―――しかし、やはりヅァギ達は狡猾だった。













シティ・マサチューセッツに戻ってから数日後、ルーウェンを待っていたのは、驚愕に値する報告だった。

ルーウェンらの知らぬ間に、此処最近妙に大人しくしていたヅァギ達は何らかの形でルーウェンの行動を解析し、シティ・ロンドンへと向かったという。

シティ・マサチューセッツにとっては、『龍使い』がいるというだけで、シティ・ロンドンに攻め入るには十分な理由になる。

加えて、シティ・ロンドンは、数ヶ月前の事件のせいで色々と厄介な事になっているらしい。そこをつけ入ればなんとかなる…彼らはそう考えたのだろう。












だが幸いだったのは、シティ・ロンドンへと攻め込んだのはヅァギ達だけだったという事実だ。

軍としても、WBFへの牽制や世間体があるし、ヅァギのような輩が上層部からそうそう簡単に信用されるはずも無い。そのような様々な要因によって、そう易々と兵力をさく事はできなかったらしい。

ヅァギの部隊の持つ戦闘力は分からないが、それでも今から急げばおそらく間に合うという結論にルーウェンは達する。












急ぎで支度を整えて、いざ出発しようとしたところ、聞きなれた声がルーウェンの名を呼んでくれた。

振り向いた先には、『賛成派』のメンバー達が一堂に集まっていた。

このメンバーの性格を考えれば、こういう行動に出てくる事は十二分に考えられた。そして、この後に告げられる言葉も、だ。

「ルーウェン殿、やはり、貴方は行くのですね。いえ、行かねばならないでしょう。
 そして、手伝えない事が非常に苦惜しくございます」

次に告げたのは、情報収集に長けた、変装上手な中年男。加えて、精神科医の免許を持っているのもこの男だった。

「我の向かう先は戦場だ…魔法士である我ならともかく、何の力も持たない普通の人間であるお前達を向かわせるわけにはいかない。
 だから、その分を、此方で頑張ってくれ―――何、我には心配など不要だ。あのような男を相手に負けることなどありえない」

「何を仰るのですか、ルーウェン殿!
 ……と、言いたいところですが、どうやら今回の件に関しては、貴方の言い分の方が正しいでしょうね。
 ヅァギの事だ。魔法士の兵力もいくらか連れて行ったでしょう。そうなっているならば、ただの人間である私達では歯が立たない。少々歯がゆくはありますが、これは仕方の無い事だと思っておきます」

次に、ずい、と前に出たのは、熱血漢な青年。

「いや、我にはその気持ちだけで十分だ。
 それより、お前達にはれっきとした任務がある…それは、この事がWBFに漏洩しないようにする事だ。
 ただでさえシティ・マサチューセッツの軍とWBFの関係が正に一触即発なこの状態、下手をすれば、なんらかの事件が起きる事は十分考えられる。それだけは、絶対に防がなくてはならない」

「そうなると、この件、最も重要、かつ厳しい役割を担っているのはルーウェン、お前さんになるな。
 敢えて自分に最も厳しい道を課すとは―――だが、それでこそわしらが認めたリーダーじゃ」

やや年老いた男がそう告げた。

「ええ、その件につきましては、私達に任せてくだされば十分です…ですからルーウェン殿は、あの子の事に全力を注いでください」

「―――言うまでも、ない」

最後に口を開いたのは、ルティミスと仲の良かった、ボーイッシュな黄色い髪をしている、眼鏡をかけた女性。

彼女の言葉に対して返答する時にだけ、何故かちょっとだけ口ごもってしまったルーウェンであった。

それを察知したらしい女性が「にたり」と笑みを浮かべたが、敢えて無視したところ『素直じゃないんだから〜』という冷やかしの声が小さく聞こえたが、それも徹底して無視した。 
















―――そして、ルーウェンはフライヤーに乗り、一心不乱にシティ・ロンドンへと向かった。

これが、この物語が始まる前に起こった出来事の全て。












―――そして『これから』が始まる―――。














【 続 く 】



















―――コメント―――











―――以上、アルティミスがシティ・ロンドンに送られた理由と、ルーウェンがシティ・ロンドンの裏事情を知っていた理由とかが明かされた話でした。



色々考えて、これが一番無理の無い結果って事で落ち着きましたからね。

や、よく考えれば第一話からあんな事やらかしたのが原因かもしれませんけれどw

―――と言いますか…見事にローゼンメイデンだったなぁ、と思ってます(笑)

おかげでヘイズにいらんレッテルが貼られたという…ファンの方スミマセン。

―――ん?でももしかすると、真のヘイズファンならこれくらいは許容範囲内なのだろうか?






実は、昔、生きたまま棺桶の中に入れられて国外逃亡するお姫さまの物語をなんらかの話で聞いたときに、いつか自分でそういう展開をやってみたい、と、心の底では思ってたんです。

で、今回、それを実行したわけなのです。





さて、そろそろ山場を越えました。

予定では20話ほどで終わるはずですので、もうしばらくお付き合いください。











―――以上。






画龍点せー異







※校正担当。昴さん、デクノボーさん、ありがとうございました。







HP↓

Moonlight Butterfly