目を開けると、そこは見慣れた場所だった。
シティ・ロンドンに居る今では、絶対に縁の無い場所のはずである―――シティ・マサチューセッツのとある研究室。
周囲には白一色で統一された無機質なパーソナルコンピュータ達と、桃色の培養液が満タンにまで詰め込まれた培養層の数々。
入り口のドアは窓一つ無く、まるで中世の重騎士の持つ大盾のよう。
付け加えるなら、何人たりとも外からはこの部屋の内部の様子を見る事が出来ないという事だ。
何故なら、この部屋で行われている『研究』は、如何なる事があっても外部に漏らしてはならないもの―――即ち極秘事項に他ならない。
しかし、全ての物事に言える事なのだが、時には逆手に取られる事もある。つまりが、進入禁止一つとっても裏の理由が存在する可能性があるという事である。
そう、例えるなら…誰も来ない空間だからこそ、出来ることがあるという事―――。
「はぅ…ぅ」
そして、それはアルティミスの周りで起こっていた。
壁際に追い詰められ、白い強化カーボンの壁を背にしてしまった今、逃げる事ができない。
好きでこんなところに逃げ込んだわけじゃない。最初から逃げ道なんてないのだ。
目の前に居るのは、中年と呼ぶのが相応しい顔つきをした男が三人ほど。見た目だけでガラの悪いタイプだと判別が可能な部類の輩だ。
「上司の扱いが荒くてストレスが溜まってきてるんだ。ここらで発散しねーとやってけねーっての」
「昔ってよ、農民の立場より下があったらしいぜ。将軍様が農民達を頑張らせるために『お前たちより下が居る』って感じでそう位置づけたらしいけどな」
「なるほど…んじゃ、今目の前にいるこいつが『下の者』に値するのかね……と、逃げんな!!」
「はぅっ!」
何も考えず、ただこの状態から逃げ出したい思いでアルティミスが走り出そうとしたところを、ぐい、と、アルティミスの白い髪の毛が無骨な手に掴まれて引っ張られた。
頭ががくっ、と後ろに引っ張られる感覚。だがアルティミス当人の感覚としては『髪の毛を引っ張られた』という感覚こそあるものの『髪の毛を引っ張られた痛み』は全く感じていなかった。
それはアルティミスが何の魔法士なのかを考えれば、一秒足らずで分かるであろう回答―――そう、答えは『龍使い』だ。
だがそれ故に、アルティミスはより酷い被害を被ってきたのだ。痛みを痛みとして知覚せず、身体に受けた外傷を即座に修復する能力があったが為の皮肉とはこういう事ではないのだろうか。
「あぶねぇあぶねぇ。逃げられるところだったぜ」
「おし、よくやった」
「…んー、ところで前から思ってたんだけど、こうしてみるとこいつの体、意外と成長してねぇか?」
手前の男からは舐めるような視線。その目つきに籠められた意味を理解するのは、アルティミスにとって簡単な事だった。
人からはよく童顔と言われるが、一応これでもアルティミスの外見年齢は15歳。つまり、そういう知識くらいはもっているという事。
それを理解すると、ひぅ、という小さな声が喉から漏れた。
「今更気づいたけどよ、あながち間違っちゃ無いよな」
「俺達は今まで気づかなかったのに…お前、やっぱ変態かよ。アレな本をベッドの下に隠してる男は違うねぇ」
「うむ、つい最近、新しい属性に目覚めた」
「ペドめ」
「言ってろ…んじゃ、徹底的に調べるとしますか…」
「昔懐かしい身体検査の時間ってヤツだな…おい、服を脱げ」
その言葉に、アルティミスは身を俯きがちになりながらも消え入りそうな声を出す。当然だ、そんな事許してなるものか。
感情が恐怖で塗り替えられ、そんな中でやっと行う事のできたせめてもの反抗は、とても非力なものだった。
「あ…アルティミス、そんなのいや…」
その言葉を最後まで言う事は、ままならなかった。
―――ガッ!!
「きゃ…!!!」
アルティミスの後頭部が、男の無骨な手でわしづかみにされて、その顔が、眼前の強化カーボンの白い壁に思いっきりぶつけられる。
響いた鈍い音が、手加減などされてない事を証明していた。
「脱げって言ったのが聞こえなかったのか!?口答えしてんじゃねぇぞてめぇ!!」
「うっ…うぅ…ぶ…」
鼻血を流しながら、赤く腫れてしまった鼻を泣きながら押さえる。
『龍使い』であるお陰で痛みこそ感じずに済んでいるものの、鼻を思いっきり叩きつけられたら涙が出るし、もちろん鼻血だって出る。
「鼻血流してる場合じゃねぇだろ!!」
後ろから、男の怒声が飛ぶ。
「しかしまあ、よくこれで叫び声とかあげずに済んでるもんだ…普通の奴だったら泣きわきくはずなのによ」
「その理由を知ってるくせにそれを言うか?」
「余興だよ、余興。だって、俺達がこいつの能力の正体を知っているのは当たり前の事だろ」
そう、彼らはアルティミスを知っているし、アルティミスには彼らの顔に見覚えがあった。
彼らはれっきとした『龍使い』プロジェクトの連中だ。しかし今では、どちらかというとアルティミスの敵と言える連中。
因みに『龍使い』プロジェクトとは、文字通りに『騎士』に対して絶大な強さを誇る『龍使い』を作成するプロジェクトの事である。
だが、アルティミスは過去に起きたとある事件でミスを犯してしまった。その後から、アルティミスはそれを弱みとして持ってしまった。
そこに文字通り付け込んできたのが、目の前に立ちはだかる三人組。
誰もいない部屋に連れ込まれ、顔以外の場所に殴る蹴るの暴行を受けた。
そんなものは『龍使い』の再生能力ですぐに治ってしまう。その事実が男達の暴力に拍車をかけていた。
『どうせ治るんだ。満足いくまで殴らせろ』―――その言葉を聞いた時、心の中に冷たい何かが舞い降りた。
『助けなんか呼んだらどうなるか分かってんだろうな』との脅しに逆らう事は出来ず、アルティミスは言われるがままにしてきた。
しかし、そんな状況下でも幸いはあったようで、男達はアルティミスの女性としての尊厳に関わるような事は一切してこなかった。
―――だが、今日は違った。
少なくとも『身体検査』や『脱げ』なんて言葉、今まで言われた事がなかった。
故にアルティミスは戸惑い、それだけは勘弁してほしいという思いと共に反論した。
「い、いや…そ、それだけはだめ!」
「…うるせえ!!さっさと脱げって言ってんだよ!」
「…や、やだ…どうして…どうしてそんなことするひつよ…」
―――ぼきぼき、と、男の中の一人が拳を鳴らした。
「ああ!?てめぇ話を聞いてなかったのか?
―――ならもう一度言ってやる!!突然の予定変更によるちょいとした保健体育だよ!!!」
ぐいっ。
「…あうっ!!」
頭上に伸びた手が、アルティミスの髪の毛を思いっきり引っ張った。付け加えると、男は先ほどからアルティミスの髪の毛を握ったままだった。
「またその鼻を壁にぶつけてやろうか?これ以上痛い目をみたくなければ、大人しくしてろっ!」
「せめて俺達の欲望を満たしてくれたっていいだろ!」
一人の男の手により、むんず、と、アルティミスのスカートの端が捕まれる。
男はそのまま、自分の方へと手を引っ張った。そうなれば、次にどうなるかは子供でも分かる事。
―――絹が避ける音がした。
「…き、きゃああっ!」
アルティミスの顔が羞恥心から真っ赤に染まる。反射的に両の腕が動き、右腕は身体を守るように自身を抱きしめ、左腕は今破かれた場所を隠すように動いた。
音の正体は、まさに絹を裂く音。その結果、男の手には、アルティミスのスカートだった布切れが握られている。
小さな手では破かれた部分を完全にカバーする事が出来ず、すらりと細くて白い足が露になる。
スカートの切れ端を掴んだ男が、恍惚な笑みを浮かべた。
「いい反応だぜお前。やっぱりこういうのじゃねえとウソだなぁ!」
「違いねぇ!」
「逆らうわけもないしな!こりゃいいな!」
嘲笑の混ざった言葉がアルティミスの胸に突き刺さり、情けない気持ちで心がいっぱいになる。
そう、今やここにアルティミスの仲間になってくれる人間はいない。故に、アルティミスの身を守る事が出来るのはアルティミスだけだ。
「―――っ!」
そう思った刹那、カケラほど残った勇気を振り絞り、涙の流れる瞳で、キッ、と、目の前の男達を睨みつけた。
人を傷つける勇気を持てないアルティミスが今出来る、唯一の反抗手段。
このままじゃいけないって思っていた。だけど、反撃する勇気もなかったし、何より、人を傷つけたくなかった。
だがこうなっては話は別。女性としての尊厳に関わるような事まで認容する訳にはいかない。
それを見た一人の男がアルティミスに一歩詰め寄った。
(ま、負けない…ここで負けたら、アルティミス、ずっと、負け続け…)
それでも、涙ぐんだ瞳で男を睨み付ける。刹那、途端に男の顔が歪んだ。
「おいおい、この期に及んでそう来るのか…生意気なんだよっ!」
「おい、いっその事やっちまうか。自分の立場ってもんを分からせてやれ」
「いいなそれ…さぁて、どんないい声でないてくれるのかなぁッ!」
今度は男達は三人に並び、一声にアルティミスに歩み寄る。
その口元にげひた笑いを貼り付けて、一歩一歩と踏みしめてくる。
アルティミスの心が恐怖一色に染まる。
先ほどまでの虚勢が一気に崩れる音が聞こえたような気すらした。
現実を認めてしまうことが負けだと分かっていたのだが、それでも、やはりこの壁は今のアルティミスには高すぎた。
もうだめなのかと、そう思った。
――――――だが、そこに、さらなる人間が一人、姿を現した。
「…ほう、なにやら面白い事をやっているようだな」
「!」
アルティミスが、そして男達がその声に気がついて振り向く。
いつのまにか、研究室の入り口には、笑みを浮かべた人物が立ちふさがっていてこちらを見つめていた。
その人物は我関せずといった感じで此方に近づいてきた。その内に、その人物の顔が、その人物の外装が段々とわかってきた。
白いコートのような服に身を包んだ、黒髪の男。端正な顔立ちは、ほぅ、と息が出そうになる美形のものだ。
その身長は目の前の男達より高い。その様子はまるで、外部からの侵入者と内部からの脱走者を同時に防ぐ為の盾の如き存在。
武器のようなものこそ所持しているようには見えないが、気のせいか、両手の拳が強く握り締められているように見えた。
…そしてアルティミスには、その顔に見覚えがあった。何故なら、その顔は、時折アルティミスの傍に居てくれた、一人の人物の顔だったからだ。
当然ながら立ち上がろうとしたが、それまでの恐怖で足が震えて動けないのでますます泣きたくなった。
そして、今までこの場に居なかった者が突如として登場した事に、男達三人の顔が歪む。
同時に、それは、今まさに始まろうとしていたお楽しみを邪魔された事による怒りも含まれているだろう。
「…何だテメェは。
今、俺達は保健体育の一環として、このガキの身体検査中なんだよ。つーわけで、とっととあっちに行ってくれねーか?」
「成るほど、要は弱いもの苛めか。下賎な行動の正当化、ご苦労な事だな」
口もとに蔑むような笑みを浮かべた、やや低めのトーンで放たれた青年の声。
加えてその台詞は、男達の神経を逆なでするには十分なものだった。
その口の端にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「なんだとてめぇ」
いきり立つ男に対し、青年がおちゃらけた口調で対応する。
「いきりたたれる覚えは無いな。その状況がどうみても弱いものいじめにしか見えない以上、我は見たままを言っただけだが」
男の態度もなんのその、さらりと軽く流す。
「…ま、それはお前の好き勝手に解釈しな。
で、何だ?まさかテメェ、こいつを助けに来たナイト様とでも言ってのける気か?」
ナイト様、という言葉に、アルティミスの表情にほんの僅かの希望が浮かんだ。
だが、次に青年の口から出た言葉は、その希望とは正反対のものだった。
「いや、それは違うな。
我にもやらせてほしいという事だ。『
「ひ…!」
青年のその発現に、びくん、と身体を震わせるアルティミス。どうして、という言葉が心の中だけで紡がれる。
「おーおー、分かってんじゃねーか」
男達の中の一人が、やや調子付いた声をあげた。どうやら、突然登場した青年を仲間だと認識したらしい。
刹那、アルティミスの脳内が、希望が絶望に摩り替わった事を理解した。
「い…やぁ…!!」
三人が四人に増えて、アルティミスは絶望を隠すことなく、首を振っていやいやをする。
後ずさろうにも後ろは壁。逃げ道などどこにもない。
(…どうして、アルティミスがこんな目に遭わなきゃいけないの…)
過去の出来事が、まるで走馬灯のようにアルティミスの脳内を掛けめぐる。
生まれた時こそ周りに誰かが居てくれたが、誰も彼も、本当の意味でアルティミスを見てくれる人など居なかった。
一言で言うなら―――実験動物を見る目。
そう、ここではアルティミスはただの実験動物。普通の人間として生きる為の道など与えられない存在。
シティ・マサチューセッツ内にまさかの事態が起こった時の為に作られた、戦う為の命。
一応、アルティミスを普通の人間として見てくれる人は居るけれど、それよりも、アルティミスを実験動物として見る人の方が圧倒的に覆いのが現状である。
そして、目の前の青年も…。
「さて、それでは始めようか」
青年がずい、と一歩を踏み出した。
(いや…だれか…たすけて…………)
心の中で叫んでも、現実がそう甘いわけがない。そもそも、甘ければとっくにこんな事態から逃げおおせる事が出来ているだろう。
青年のその声に、反射的に体がぴくんと反応し、両手で頭を押さえたアルティミスは目を瞑った。
その、刹那だった。
「―――ふっ!!!」
…刹那、ものすごく鈍い音がした。
(…え?な、なんの…おと?)
おそるおそるアルティミスが目を開けると、そこには、真横に拳を突き出した青年の姿。
ぶん殴られた男の体は壁にめりこんでおり、顎の骨が砕けていて、口の周りは血みどろだった。
ひぅ、という声。
「…な、なんの心算だテメェッ!!!!」
仲間をやられた事と、青年の予想外の行動に、残り二人の男は激昂した。
当然の事ながら、明らかな殺意を纏って青年を睨みつける。
「ん?最初に我は言っただろう」
だが当の青年は、それがどうした。と言った感じの涼しげな顔で作業的に答えた。
「こんなか弱そうな少女一人に対して、三人がかりで暴行の限りを尽くそうとする弱いものをいじめる、とな。
―――これでどういう事か完全に分かったであろう?
我の言った弱いものというのは、貴様らド外道三人組の事を言ったという事だ!!!!」
「…あ」
一瞬、視界が歪んだ。
目元から何かがこぼれ落ち、頬を伝う感触。そこで初めて、アルティミスは自分が泣いている、という事に気がついた。
「無事…みたいだな。アルティミス」
「ふぇ?……う、うん…」
突然名前を呼ばれて戸惑ったが、それでも何とか答える事ができた。
助けが来た嬉しさか、自分の名前を呼ばれた瞬間、視界が潤んだ。
俯くと、涙はより激しさを増して流れ出した。
「っく…ひっ…く…うっ……うう…」
「……待て、泣かれると困るんだが」
「…だ、だって…っく…ひっく…」
辛い時とはまた違う時に流れる涙の事を、確か『嬉し涙』っていうんだったと思う。
「参ったな…どうすればいいのだ?」
青年が困っているというのが、その声で分かってしまった。
(アルティミスも、どうしたらいいかわかんない…)
自分が泣く事で目の前の青年が困っているという事は理解出来ている。だけど今のアルティミスは、脳内で理解出来ていることを即座に行動にうつせるような状態ではなかった。
嗚咽と涙が止まらない。自分がコントロールできない。
「…おい、俺達を無視して何ラブコメなんかやってやがる」
そこに、つい先ほどから完膚なきまでに無視されていた男の声。
「成程、そんなに早く死にたいか…いいだろう」
青年がくるりと振り向いたのが、ぼやけていても分かった。
「…実は、内部のものから連絡があってな。研究室にたてこもって一人の少女に暴行を加えている連中があると聞いていた。
で、立ち入り禁止と書かれていたから、入ってみたら案の定という事だ。
しかも貴様らは『龍使い』プロジェクトに関わる連中ではないか…そんな奴らがそこまでするとは、どうやら貴様らを信じすぎたようだな」
「…へぇ、そこまで調べてあんのか……」
吹っ飛ばされた男が、左腕で鼻血を拭いながら青年を睨みつける。
「なら、生かして返す訳にはいかねぇなぁ…いっとくが、最初にやられたあいつは喧嘩が弱い。だが、俺達は違うのさ」
ぽきぽき、と拳をならす男。
「己が不幸を呪うんだなこの野郎。俺達がそこんじょいらのチンピラか何かと同系列の人間とでも思ったか?
ならそれは傲慢というもんだ。なんせ、俺達はな―――」
そして、もう片方の男がその台詞を口にする前に、男の目の前を何かが通り過ぎる。
「―――ぶべら!!」
青年の放った拳の一撃がもう一人の男の頬を直撃し、横方向のベクトルを加えられたその体は僅かに宙を浮いて直線状に吹っ飛び、最初の男と同じ運命を辿った。
アルティミスの視界は涙でぐしゃぐしゃに濡れていて何がなんだか分からなかった。それが幸いだったかもしれない。
「んなっ!!」
残された一人の男の顔が驚愕に歪んだ。
喧嘩慣れしている筈の相棒が一撃で沈んだのだ。無理もないだろう。
「―――ああ、言い忘れていた」
ふぅ、と軽く息を吐き、青年は最後に残された男の方へと振り向いた。
「我の名はルーウェン・ファインディスア。
シティ・マサチューセッツ所属、『極秘龍使い』プロジェクトに携わる者の一人にして魔法士!
―――この事を罪人用牢獄で覚えておくんだな!」
―――刹那、アルティミスの意識が引き戻された。
反射的にがばり、と起き上がり、辺りが電気の消えた暗い部屋であることを確認する。そう、シティ・ロンドンのリ・ファンメイの部屋だ。
そして此処は、二段ベッドの上。
脳内時計は『2:10:21』を告げた。時間帯的には丑三つ時である。
「…ゆ、夢」
寝汗こそかいてないものの、高鳴る心臓が打ち鳴らすどっくんどっくんという音が、大きすぎるほどの音量で心の中に鳴り響く。
だけど、不思議と悲しくは無かった。寧ろ、嬉しくもあった。
「ルーウェン…さん」
―――今の夢は、ルーウェンがアルティミスを助けてくれた時の記憶だった。
ルーウェンとは、シティ・マサチューセッツで『龍使い』プロジェクトに関わっていた男であり、あの場所でのアルティミスの唯一の理解者。
今はシティ・マサチューセッツにて、アルティミスの事を必死で隠蔽している魔法士の一人でもある。
あの時、姿を現したルーウェンが「我も仲間に入れろ」と言った時には、もうどうなっちゃうのか分からなかった。あの男達と一緒に、いつものように暴力を振るわれるのかと思っていた。
けれど、ルーウェンはそんな人ではなかった。
アルティミスがどんな目に遭わされているのかを知って、アルティミスを助けに来てくれた。
さらに今回、アルティミスシティ・マサチューセッツからが居なくなる事がシティ・マサチューセッツ内部になんらかの影響を及ぼすかもしれないと分かっていても、それでもアルティミスの為に行動を起こしてくれた。
一度、その理由を聞いてみたところ、少し照れたような表情で『我がやりたいと思っているからだ…これではダメなのか?』という返答が返ってきた。
勿論、完全に納得できたわけじゃない…けど、心の中に『嬉しい』という感情が沸きあがってきたので、それでいい事にした。
ルーウェンと離れ離れになったものの、心までは離れていないとアルティミスは思っている。
何故なら、ルーウェンにはアルティミスから託し―――。
(…あ)
思い出した。
そういえば、アルティミスが生まれてからずっと傍においてあった『ある物』は、今はルーウェンが持っているのだった。
そう思うと、例え遠く離れた場所に居るとしても、ルーウェンが直ぐ傍に居てくれるような、そんな感じがしたからこそ渡したのだ。
そして『いつかアルティミスのところに我も向かう心算だ』と言ってくれたのだった。
気がつけば、手が動いた。
胸の前で小さな白い両手を組み合わせて、アルティミスは目を瞑り、心の中だけで呟いた。
(ルーウェンさん…アルティミスは、今、幸せに過ごせてる。
だ、だから、ルーウェンさんも…頑張って)
この場にいない彼に、静かな祈りを―――。
数秒の祈りの後に、アルティミスは両手をほどいてから目を開けた。
(でも、やっぱり、ルーウェンさんに会いたいの)
今更ながら、寂しさを覚えた。ホームシックというのとはまた違うだろう。寧ろ、アルティミスとしてはあんなところには帰りたくないのだから。
(…ううん、だめ。ルーウェンさんは絶対に来るっていっていた。
だから、アルティミスに出来る事は、それを信じて待つの。
だから、早く寝ない…と…)
そのまま、布団を被って横になる。
落ち着いた安堵感からか、再び横になるとすぐに寝付くことが出来た。
今度は、何の夢も見なかった。
―――コメント―――
ふー、やっとルーウェンとアルティミスの出会いのシーンが書けました。
王道って言えば王道な出会いの方法だったかもしれませんが、どうにも私という人間はこういうシチュが好きなのかもしれません。
特に、女の子のピンチに颯爽と現れるナイト様ってのが。
この話で分かったとおり、アルティミスが内気な理由の一つは、あのような下賎な男達に苛められていたからです。
間違ってもヘイズのせいじゃないですよ―。念の為に付け加えておきますが。
前回のお話でもその旨を明かしてましたが、ルーウェンは無口系かと思いきや実は熱血系というキャラですね。
後、ルーウェンは自分の事を魔法士だと言っておりましたが、彼の能力については今は明かす事は出来ません。
それは物語の中でこそ明かされるべきものなんだと思ってます…まあ、当たり前の事なのですけどね。
それでは。
画龍点せー異